【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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マジで申し訳ないんですけど、明日の更新は間に合わないか間に合っても普段より遅くなる可能性が高そうです……
本当に申し訳ない。


それと、今話は過去最長を更新しました。
クソ長いですが温かい目で読んでくれるとありがたいです。


夜明けに向かって、手を伸ばして

《通功の古聖堂地上部・正面広場》

 

「────っ!! みんな、下がって!!!」

 

 ()()に対応できたのは、間違いなくホシノによる警告のお陰であった。

 

「これは……」

 

 声に従い退避した面々の前に、重い音を上げながらナニカが着地する。

 濛々と立ち込める白煙越しに浮かび上がるシルエットはやけに細く、そして縦に長い。

 部分的に覗く指先などは、赤色のはずなのに瞬きの度に黒や白に揺らめく異質さを備えている。

 背後で光を放つヘイローらしき大きな光輪は、ノイズが混じるみたいに蠢いていた。

 

「■■■■!!!!」

 

 最後に、ソレが大きく咆哮しながら腕を振り抜き、土煙が霧散する。

 色彩に呑まれ、生前の姿など見る影も無くなったベアトリーチェがそこにいた。

 

 

 

 

 

 先生たちは、顕現したヒエロニムスの複製と総力を挙げて戦っていた。

 それは、セイアやツルギ、ミネといった元々正面広場にいた面々だけでなく、地下から合流したホシノやゲヘナ側の主戦場を片付けて援護に回ってきたヒナといった主力生徒が揃っていた事もそうだが。

 

 何よりも分かりやすいのが、動員されている生徒の数であった。

 そう、光の柱の発生と前後して古聖堂周辺を覆っていた結界は消え去っていたのだ。それによって、トリニティとゲヘナはマンモス校の強み……即ちマンパワーを十全に生かせるようになった。

 

 もちろん、援軍の生徒は最初から古聖堂に詰めていた生徒たちに比べてしまうといくらか見劣りのするものであった。

 別箇所への奇襲に備えて最低限の戦闘力は持っていたが、主力となる部隊は基本的に古聖堂へと回されていたからである。

 

 しかし、これらの生徒であっても連携すればユスティナ聖徒会を撃破できる程度の力はある。

 そして、ユスティナ聖徒会の横槍を気にしないで良くなるとなれば────最高戦力である生徒たちはヒエロニムスに集中できる。

 

 加えて、ヒエロニムスの動きがやけに鈍くなっている事も大きかった。

 というのも、この白い複製は攻撃を受けた時に反撃を行うのみで積極的な攻勢には出てこないのだ。むしろ、目の前の戦場ではなく最初の光の柱が突き立った辺りを気にしているようにさえ感じられる。

 

 更に言えば、先生だけでなくナギサやアコ、リオにヒマリといった指揮の補助ができる生徒が何人もいた事も戦闘の後押しをした。

 

 

 こういった無数の要因により、先生は未だ『大人のカード』を切っていなかった。

 いつでも使えるように懐から出して構えておくといった用心は見せていたが、大人のカードは先生にとっても軽々に使えるような物ではないからである。

 

 それは生徒たちの物語を破壊するから、といった心理的な要因であったり。そして、消耗が大きすぎるが故にその後の指揮を維持できるか分からない、といった戦略的な要因でもあった。

 あるいは────無意識の内に、カードに残った大切な想い出が消え去る事を感じ取っていたのかもしれない。

 

 

 しかし、事ここに至っては躊躇ってなどいられない。

 空から降ってきた異形は明らかに友好的でないばかりか、ヒエロニムスと同格かそれ以上の危険度を有していると予想できるからだ。

 

 それは、ついさっきまで先生たちが総力を挙げて戦っていた白の複製が異形に喰われている事からも読み取れる。

 多少の消耗や空からの奇襲といった要因こそあれ、あのヒエロニムスを一方的に貪っている時点で無害ではないだろう。

 

 加えて、異形の登場に合わせて一部を除いた生徒は苦しそうにしており、更にユスティナ聖徒会はその身を銀河のような黒色に染めつつある。

 先生には知る由もない事であったが、異形がその身から放つ恐怖による影響であった。

 

 ともかく、この状況で異形が暴れ始めれば戦線の崩壊……ともすれば全滅さえあり得る。

 故に、彼の行動は早かった。

 

「先生……?」

「みんな、周りの子たちを下がらせて戦線を立て直して。それまでの時間は私が稼ぐから」

 

 右手の指先で挟むように持たれた一枚のカードが光を放ち、その周囲を優しく照らす。

 

「先生、コイツはおそらくベアトリーチェだが……どれぐらい耐えられそうだ?」

「正直、長時間は自信が無いかな。それと、アレとの戦闘は厳しいものになると思う。できれば……」

「アリウスの説得、だろう? こっちは任せてくれ」

 

 そんな先生の斜め後ろあたりにまで移動すると、セイアが小さく先生へと問いかけた。

 そのまま短く確認すると、キツネ耳の少女は他の生徒を連れて退避を開始する。マクガフィンの知識を通して、原理は不明ながらも先生の『大人のカード』が奇跡を起こせる代物だと理解していたからだ。

 

 それならば今のうちに邪魔になり得る生徒たちを下がらせてしまい、少数精鋭で異形と戦えるようにする方が良いだろうという判断である。

 今の消耗した状態では長時間恐怖に対抗し続けるのは辛い、というのもあったが。

 

 しかし、そんな生徒たちと入れ替わるように先生へと近付く影が。

 真っ白な装甲にミレニアムの校章が刻まれた機兵、AMASである。

 

『あなたのそのカードの力は見た事があるけれど、囲まれたら厄介でしょう? 周りの雑兵は任せてちょうだい』

 

 生徒と違い神秘を宿さない機械は、ベアトリーチェの放つ恐怖の影響を受けない。それ故にリオとヒマリが援軍を寄越したのだ。

 

「ありがとう。心強いよ」

 

 それに張り詰めていた表情を少しほぐれさせ、改めて先生が大人のカードを構える。

 

 まるで心臓の鼓動のように放たれる光が脈打ち、その強さを引き上げる。やがてそれが目も開けてられない程の眩さになった頃。

 

 

 奇跡が起こった。

 

 

 “大人のカード”から放たれる光がユスティナ聖徒会が顕現する時のように揺らぎ、やがて人の形を取る。

 

 まず現れたのは、黒い着物風の衣服と狐の面が特徴的な、銃剣付きのSRを構える一人の少女。

 続けて、大きなキツネの尻尾が特徴的な水着を着た忍の少女が、飛び跳ねるようにして現れる。

 仕方がないとばかりに笑みを浮かべて現れたのは、白と黒の混じった髪が特徴的な晴れ着の少女。

 次に現れたのは体操服に袖を通し、その藍色の髪をポニーテールに纏めた少女。こちらも似たような笑みを浮かべている。

 更に、少し前に撤退したばかりのはずの狼の耳をした少女が水着を纏った姿で現れる。

 そして、今も本部で戦況の整理や指揮などをしているはずの行政官の少女もまた、その姿を現した。

 

 少女たちは一様に、敬愛する先生に再び逢えたことに嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに微笑みながら、その指示を待つ。

 その姿は歴戦の軍人のように統率立っており、それでいて死地へと向かう兵士のように悲壮であった。

 

「みんな、今回の相手はあの異形になる。他の生徒が崩れた戦線を立て直そうとしてるから、私たちはその時間稼ぎだ」

『また化け物ですか……って、あれは会長のAMAS? もしかして近くにいるんですか?』

『ふむ……時間稼ぎとは仰いますが、別に倒してしまっても良いのでしょう? あなた様』

『主殿のためならばどんな怪物でも倒してみせますよっ!! にんにんっ!』

『ん、私も頑張るね。任せて、先生』

『ここは……通功の古聖堂、ですか? ────っ! 委員長はご無事なんですか!?』

『トリニティとゲヘナの共同戦線……私たちの世界とは結構違うみたいだね。でも、さすがに社長たちは来てないっぽいか…………』

 

 それぞれに状況を把握し、昔のように言葉を交わす生徒たちの影。

 変わらぬその姿に郷愁にも寂寥にも似た感情を抱きながらも、先生がベアトリーチェへと視線を向ける。

 

 嘗ての生徒たちに行える、たった一度きりの最期の指揮。

 胡蝶の夢のような戦闘が、始まった。

 

 

 

 

 

「────ああ、なるほど。先生、それに大人のカード……そういう事だったのですね」

 

 そうして始まった激しい戦闘を、離れた場所から観察しつつ納得の頷きを示す影が。

 陶磁器のような黒い肉体に、同じく黒のスーツを纏った大人。黒服である。

 

「あのオーパーツは時間を……いえ、過去を代償に捧げる事で奇跡を起こすものであった、と。そうなると、彼のダアトとしての『知識』の源は────その過去を記録した物、仮に名付けるならばアカシックレコードとなるでしょうか」

「……む、何か分かったのか? 黒服よ」

 

 そんな彼の隣に立ち、思わずといった形で零れた呟きに反応を示す、もう一つの影。

 木で作られた双頭のマネキン人形に、暗い青緑のタキシードを纏った大人────すなわち、マエストロであった。

 

「おそらく、といった仮説ですが。いずれ確証が得られれば貴方にもお話ししましょう」

「そうか。しかし、ベアトリーチェもああなってしまうと憐れにも思えるな」

「おや、貴方はもっと別の反応を示すかと思っていましたが。何か心境の変化でも?」

 

 見方によっては秘密主義とも取れる黒服の言葉には大して反応せず、むしろ同胞の成れの果てに憐れみを向ける双頭のマネキン人形。

 その姿に意外さを覚えた黒服が、今度はマエストロに質問をした。

 

「なに、たしかに私とベアトリーチェは反目する事も多かったが……彼女の行動はあくまでも彼女の正しさを基に取られていたこと程度、元より理解していたとも。決して相容れることは無かったろうが、彼女の手腕や功績を疑ったりはしない」

「故にこそ、道半ばで倒れるばかりか知性なき化け物になった今の姿が憐れだ、と。てっきり貴方の作品を捕食されたことに怒りを示すかと思っていましたよ、マエストロ。失礼しました、少しばかり貴方を見くびっていたようです」

「構わん、普段の振る舞いは理解している。()()を見てしまった後では、あの完成度の作品で騒ぎ立てるなど私にはできんしな。……それに、喉元過ぎれば何とやら、とも言うだろう?」

「ククッ、それもそうですね」

 

 珍しく少しシニカルになったマエストロに、黒服は笑いながら同意を示す。

 きっと、聖人の再誕へそれぞれに感じるものがあったのだろう。

 

「お待たせしました」

 

 と、そんな二人の下に一人が……いや、二人が追加で合流する。

 蒲茶色に似た色合いのコートを纏った首なしの大人と、その手に抱えられた後ろ向きの肖像画。ゴルコンダとデカルコマニーである。

 

「おや、思っていたよりも早かったですね」

「結局ほとんどの『ヘイローを破壊する爆弾』は彼に消されましたからね。回収する物は残っていませんでした。それに、あまり長居して彼に見つかってはあらぬ疑いをかけられかねませんし」

「そういうこったぁ!!」

「なるほど、そうでしたか」

 

 現在活動しているゲマトリアの全メンバーが揃った事を確認すると、黒服は踵を返した。

 残る二人、いや三人もそれに続く。

 

 

「さようなら、マダム・ベアトリーチェ。貴女の事は忘れないでおきますよ」

 

 ────彼に敵対すればどうなるのか、その一つの末路として。

 

 

 風にさらわれたその呟きを聞き届けた者は、マエストロ達以外にはいなかった。

 

 

────────

 

《通功の古聖堂地上部・西方》

 

「はあ……はあ…………どこに、行っちゃったの?」

 

 うず高く積もった瓦礫が左右に控える道を、薄桃色の髪をした少女が駆けていた。

 しきりに左右を見回している姿からは、その言葉通り誰かを探している事が読み取れる。

 

 少女の名は聖園ミカ、トリニティ総合学園の生徒会組織『ティーパーティー』に所属し、今はアリウス分校の主力部隊アリウススクワッドと戦闘中……であるはずの人物であった。

 そんな彼女がこうして一人で誰かを探すようにしている、という時点で察せられる部分はあるが、ミカはアリウススクワッドを見失っていた。

 

 とはいえ、これは逃げの一手に徹されたがための結果であり、半ば仕方のない事でもあった。

 

 そう。

 隕石による一撃を受けた後、スクワッドは血相を変えたように撤退を開始したのだ。

 

(あの光の柱が立っていたのは、たぶんアリウス自治区の方角だった。……てことは、もしかしたら)

 

 既に自治区にまで他のアリウス生徒を連れて逃げられてしまったのでは、という弱気を振り払い、少女は再び足を動かす。

 しかし、正面広場以外での戦闘音がまるで聞こえてこない事、そしてこれまで一度もアリウス生徒を見かけていない事がその不安を色濃くさせる。

 

 加えて、装着していたインカムが故障したのかうんともすんとも言わなくなっている事も疑念を強める一つの要因であった。

 つまり、今の彼女は戦況がどうなっているのか全く知らないのだ。正面広場でしか戦闘が起きていないのは何故なのか、そもそもまだ何本か残っているあの光の柱は何なのか。

 

 そういった内心を占める疑問に対する答えを、それどころかその答えに繋がるヒントですら彼女は持ち合わせていない。

 

(……こうなると、一旦本部に戻るべきかな。このままサオリたちを探したくはあるけど、向こう(正面広場)が押し込まれてる可能性もあるんだし。それに、私っていう戦力を遊ばせておくのも良くないし)

 

 ここまで探して手がかりも見つけられなかった以上、一旦本部に帰って情報を貰う必要があるだろう。

 そう考え、後ろ髪を引く思いに少しばかり足を重たくしながらも、少女が踵を返そうとした時の事であった。

 

「やっと……見つ、けた」

「アズサちゃん? どうしたの────というか傷は大丈夫なの?」

 

 誰かの駆ける足音が聞こえてきたかと思えば、ミカの目の前に白髪の少女が飛び込んできたのだ。

 敵襲かとも一瞬疑ったが、その姿は見覚えのあるもの。かつてアリウス分校に所属し、そして今では共にアリウス生徒を救おうと協力している生徒……すなわち白洲アズサであった。

 

 しかし、彼女はスクワッドとの戦闘で重傷を負い気を失っていたはず。目が覚めたとしてもこんな動き回って良いのだろうか。

 そんな心配から質問だったのだが、しかし少女はミカの問いには答えずに話を進める。

 

「ミカ……サオリたちを探してるんでしょ? 居場所を聞いた、一緒に行こう」

「それは……分かった」

 

 色々と疑問に思うところはあるが、アズサの切羽詰まった様子に了承を返すミカ。

 かつてはスクワッドに所属していた事もあり滅多に冷静さを欠かない彼女がこうも取り乱している、更には痛む身体を押してまで動いている素振(そぶ)りもあるとなっては、一旦内心の疑問は置いておくべきだろうという判断である。

 

 そして、これはアズサにとってもありがたかった。

 というのも、アズサ自身も少し前に意識を取り戻したばかりで状況はほとんど掴めておらず、更にセイアに『目覚めたばかりで悪いが、ミカと合流してスクワッドの説得に向かってほしい。ここが分水嶺なんだ』と最低限の情報だけを聞いて送り出された身なのだ。

 

 一応移動中にもインカム越しにいくつか情報を貰っているためミカよりは現状に詳しくなっているが、結局は焼け石に水程度でしかない。

 更に言えば、サオリたちの居場所も通りすがりの白のガラベーヤを着た大人に教えてもらって見つけただけであり、ミカを探す間に移動されている可能性もある。

 

 そんなわけで焦るアズサの先導のもと走ること数分、ミカとアズサの二人はアリウス生徒が身を隠している区画に辿り着いた。

 

 

「これって……」

「…………」

 

 そうして相見えた光景に、しかしミカは唖然と言葉を失った。

 遠目にとはいえ既に一度見ていたアズサでも、この光景に何と言うべきかは掴めていないのだ。それも仕方のない話だろう。

 

 なにせ、そこに身を寄せているアリウス分校の生徒は、誰もが一様に今にもその命を絶たんばかりに絶望して膝を抱えていたのだ。

 

「誰だ……?」

 

 と、そんな二人へ銃を向けながら寄ってくるいくつかの影が。

 しかし、その少女たちが初めて二人に気付いたワケではない。どんなに沈んでいても至近距離にまで人が近付けば気付くものだし、事実としてミカとアズサの近くで俯くアリウス生徒は二人の存在を察知していた。

 

 ただ、それさえ()()()()()()()()()()()から反応を示さずにいた。それほどまでに少女たちは無気力に……絶望に浸っていたのだ。

 

 そして、それは二人へ近付く少女らも同様であった。

 他の生徒を守らねばという思いがその膝を付かせてはいないものの、足取りは随分と重くなっている。

 

 それこそ、十数分前とは比べるべくも無いほどに。

 

「サオリ、なのか……?」

 

 生きる希望が打ち砕かれたかのように、その姿からは気力が薄れている。

 生気が消えたハイライトの薄い瞳には、諦観が澱のように溜まっていた。

 

 十年、とまでは行かずとも数年程度は老けたのではと言わんばかりの草臥れた姿に、アズサでさえ本人か一瞬疑ってしまうほどには。

 その姿は、弱り切っていた。

 

「アズサ……それに、ミカか。今さら、何の用だ?」

 

 元からダウナーだったミサキや儚げな印象の強かったアツコ、後ろ向きな笑顔を作る事の多かったヒヨリだけでなく、あの鋭い印象を纏っていたサオリまでもがこうなっている。

 その事に怯みそうになりながらも、二人は事情を話した。互いに情報の穴を補い合いながら、必死に。

 

 けれども、それに対するサオリの反応は『そうか』と一言だけのどこまでも淡白な物であった。

 

「え? ……サオリ、何があったんだ? それに、他のみんなも…………」

「お前たちには悪いが、私たちは協力できない。この姿を見たらわかるだろう、私たちはもう終わりなんだよ」

 

 その姿にいい加減疑問が抑えきれなくなったのかアズサが質問を口にするも、しかしその返答は無く。突き付けられるような否定の言葉だけが返されるだけであった。

 

 いよいよ分からなくなったミカとアズサは、静かに顔を見合わせる。

 はたして、自分たちの知る“錠前サオリ”とはこんな少女であっただろうか。責任感や頑固さを覗かせることはあれど、こんな沈み込むような人物であっただろうか、と。

 

 答えはやはり否であった。

 多少不安定な側面はあれど、人目も憚らずに弱音を吐くような人物ではない。少なくとも『何か』が無ければ。

 

 それが二人の共通の見解であったのだ。

 

 

 と、そんな二人の様子に何を感じ取ったのか、サオリは再びその重い口を開いた。

 

「……アズサ。あの化け物を見たのなら────かつてアリウス分校で過ごしていたお前なら、分かるだろう?」

「何が────」

「あれはマダムだ」

「……っ」

 

 セイアは、あの異形の正体について特に語らなかった。

 それが気を遣ったのか混乱を避けるためだったのかは分からないが、彼女は意図的にその話題を避けていた。

 

 だが、それでもアズサには分かってしまったのだ。

 

 あれは、かつて自分に絶望と憎悪を押し付けようとしてきた存在……ベアトリーチェであると。

 白と黒に揺らぐ隙間から垣間見えた素体の色が見覚えのある赤と白だったからか、はたまた自我の奥に刻み込まれた感情からか。

 あるいは、セイアたちが口にしていた“神秘”とやらが関わっているのかもしれない。

 

 しかし、そんなものはアズサにとってどうでもよかった。

 これは好機だと彼女は思ったのだ。こうして分かりやすい敵対者としてベアトリーチェが姿を現したのならば────ここでアリウス分校と協力できれば、あるいは、と。

 

 けれども、それが他の者にとっても同様であるとは限らない。

 そもそも、アリウス分校において彼女は異端の側であったのだ。それも、たった一人だけの。

 

 

 

 

 話は少し変わるようだが、この調印式襲撃事件が始まるよりも少し前の頃、アリウス分校の環境に干渉していた繋ぎ手と鬼怒川カスミは“何か事件が起きればサオリは革命に動く”と予想していた。

 いや、予想どころか確信までしていたと言っても良いだろう。

 

 彼らはそれだけ上手くアリウス分校に蔓延する意識に入り込み、そして誘導していたのだ。

 そのため、彼らの計画では『この襲撃を失敗させ、その後にベアトリーチェの行う何かしらの事件に応じてサオリを奮起させ、そしてそれに乗じて行動を起こす』という予定であった。

 

 だが、流石の彼らも現状は想定していなかった……否、想定できなかった。想定外であった。

 それこそ、自身の姿を晒す事すら厭わずに解決を図ろうとするほど焦ってしまうぐらいには。

 

 まあ、端的に換言してしまえば。

 “こんな異常事態想定できるかよバカ野郎! 事件の規模大きすぎてサオリたちの心折れちゃったじゃん!!”といった所だろうか。

 

 ここまで稚拙な愚痴を口にしているかと言われれば……おそらく否ではあるだろうが。ともかくその内心はそう外れていないだろう。

 

 

 

「なぁ、アズサ。分かるだろう? ……いや、あるいはお前だけは理解できないか?」

「……何が、だ」

私たち(アリウス分校)が詰んだという事だよ」

 

 項垂れてアズサに語りかける姿は、どこまでも小さく弱々しい。

 道に迷ってしまった幼子のようにさえ思えてしまうほど。

 

「アレは……正面広場で暴れているあの化け物は、私たちがどうにかできるような存在じゃない。次元が違うんだ」

 

 やはり、普段の彼女からは想像も付かないような弱気の言葉。

 この場の誰も知り得ぬ事であったが、元々ニヒリズムに囚われていたアリウス生徒は恐怖(Terror)への耐性が非常に低かったのだ。加えて、その発生源が因縁深いベアトリーチェとなってはその影響はより大きくなる。

 

「だけど……」

「それに、倒せたとしてどうなると言うんだ? マダムがああなった以上、私たちの帰る場所は無くなった。そして、アリウスの外にも私たちの居場所なんて残っていない。なにせ、私たちの指導者があそこまで露骨に敵対してしまったんだからな」

 

 それこそ、何もかもをマイナスに考えるようになってしまう程に。

 

「分かっただろう? 私たちは詰んだんだ」

「…………」

 

 悲観的ではあれども。思うところはあれども。ある程度の正しさを持つその予想は、簡単に否定してしまえるものではない。

 それ故に沈黙したミカとアズサに何を思ったのか、一転して優しい調子でサオリは言葉を紡ぐ。

 

「ああ、安心するといい。トリニティに……アリウスという日陰ではなく日向に出られたアズサなら、きっと私たちの分も幸せになれるさ。それに、ここまで来ればミカの罪だって明るみに出ることは無い。だから大丈夫だ」

 

 痛々しい笑みを浮かべながらの、まるで的外れなフォロー。

 一から十まで全てがズレていて、それでいて節々から滲み出るほどに優しさに満ちたフォローには、少女の生来の性格が……ベアトリーチェに歪められる前の彼女の本来の姿を思わせた。

 

 そんなサオリに対し、アズサは肩をプルプルと震わせ────

 

 

「ふっざけんな! バカサオリ!!」

 

 

 張り倒した。

 強く、それこそ手形が頬に残るほどの勢いで。

 

「他の子たちも救けるために……日陰に取り残さないようにするために、アリウスに残ったんだろ! なら、諦めるなよ!!」

 

 別に慰めてほしかったワケではないが、しかしまさか沈んだ状態で手を上げられるとは思っていなかったのだろう。呆気に取られたように目を見開くサオリに、アズサは胸倉を掴んで叫ぶ。

 

 誰がそんな事を望んだと。

 誰がそんな結末を認めてやるかと。

 

「これまでずっと守ってきたんだろ!? ベアトリーチェから────あの場所(地獄)にあった苦しみから! 先の見えない暗闇の中で!!」

 

 ならこの程度の絶望が何だって言うんだと、少女が叫ぶ。

 喉よ張り裂けろと。ここで思いを伝えられねば何のための口だと。何のための喉だと。

 

「あともう一歩なんだよ! あともう少しでサオリたちだって幸せになれるんだ!!」

「何を……どこにそんな可能性が残ってる! なあ、どこにそんな奇跡があるって言うんだ!? 私は、私たちは、お前みたいに強くないんだよ……もう、頑張れないんだ」

 

 やがてその言葉に感化されたのか、鈍く澱んでいた少女の瞳に光が戻る。

 しかし、それは決して希望の光ではない。

 

 苦悩、恐怖、諦観、そして絶望。

 無数の負の感情が混ざり合った、暗い、どこまでも昏い光だ。

 

「お前は凄いよ、アズサ! たった一人でも諦めなかったんだから! あの世界の中でずっと抗い続けて、最後には本当に陽だまりにまで進んでいったんだから!! でも私たちは違う! 強いお前とは違うんだ!!」

「その私を護ってくれたのは誰だ!? あのままでは殺されていた私を今まで生き永らえさせてくれたのは誰だ!? サオリだろ!? 私は結局独りよがりの反抗をしてただけだ! サオリみたいにアツコたちの命を背負ってたわけでも、ましてや護っていたわけでもない!」

「結果的にそうなってただけだ! 容易く崩れる砂の城にしがみついて護った気になってただけで、私は結局何も為せちゃいない!! 何もしてこなかったんだから!」

「いつまで意地張ってんだよ頑固者! 私が凄いってんならサオリだって凄いんだよ!!」

「違うと言ってるだろ!」

「バカサオリ!」

「アホアズサ!」

 

 もはや小学生のような言葉の応酬になりながらも、飛び交う言葉が途絶える事は無く。互いに意志が固いがための口喧嘩は、止まらない。

 

「やる前から諦めてどうするんだよ! ここで立ち上がれば────ベアトリーチェを打ち倒せば、何とかなるかもしれないんだ!! だから」

「頑張れと!? さっきも言っただろう、ここで立ち上がって何になる!? あの化け物に勝てるとでも!? 死ぬのが多少早まる程度でしかないだろ!!」

「そう思ってるなら……死にたくないって、救われたいって思ってるなら諦めるなよ! ここで蹲ってたって何も解決なんてしないんだぞ!?」

「そんな事は分かってるさ! でも! でも!!! だからって誰もがお前みたいに立ち上がれるわけじゃないんだよ!」

 

 曇天の中、声が、想いが響き渡る。

 瓦礫だらけの景色に似合うような、どこまでも悲痛なソレが。

 

「……なぁ、信じてくれよ。きっと、サオリたちだってまだ間に合うんだ。幸せになれるんだ。だから…………諦めないでよ。私は、サオリたちを諦めたくないよ」

 

 やがて息が切れたのか、縋りつくようにアズサが零す。

 その姿は、まるで姉を失いたくないと涙する幼子のようでもあった。

 

「アズサ……」

 

 しかし、尚も少女は立ち直れない。

 それだけ、少女に刻まれた傷は……打ちこまれた楔は深いのだ。

 

 二度と大人の言葉を破らないと、反抗しないと────将来に希望を抱かず、二度と幸福を望まないと誓わさせられた彼女は、ともすれば人一倍に。

 

 

 そんなサオリに、もう一人の少女が声をかける。

 アズサと同じように……ある意味ではアズサ以上の因縁を持つ、そんな少女が。

 

「サオリ。私は、あなたを救けたいよ」

「ミカ……」

「私はあなた達を救けたい。……うん。私はあなた達を救けたいの」

 

 静かにそう繰り返す少女に、サオリは何と返せば良いか分からずに戸惑う。

 そもそも、サオリの視点では恨まれる事こそあれど、こうして『救けたい』などとは言われるはずが無いのだ。

 

「サオリ……知ってる? 暖かな日差しの柔らかさを。友達と語り合う喜びを。────幸せの、色を」

「何を────何が言いたいんだ?」

 

 ともすれば当てつけかと疑ってしまうような事を、しかし静かにミカは言葉にする。

 どこまでも純粋な、彼女の始まりの想いを伝えるために。

 

「私はね、あなた達にそれを知ってほしいの。あなた達が苦しんでいるのなら、私はそれを吹き飛ばしたい。あなた達の世界が暗闇に満たされているのなら、きっと世界はそれだけじゃないって教えてあげたい。たとえ考え無しだと……子どもの絵空事だとバカにされても。傲慢だと罵られたとしても」

「…………」

 

 分からない。

 どうして、この少女は自分たちのためにこうまでするのだろうか。

 

 分からない。

 この少女の言葉に、自分は何と返すべきなのか。自分は何を思っているのか。

 

 分からない。

 アズサのように繋がりがあったわけでもないこの少女の言葉が、どうして感情を揺さぶるのか。胸を突くのか。

 

 分からない。

 判らない。

 理解(わか)らない。

 

「私がバカな事は知ってる。考えの足らなさも……自分の無力さも。痛いぐらいに思い知らされた。でも……それでも。それでも!! 私は諦めたくない! あなた達に幸せになって欲しいの!!」

 

 一度自分たちの策に踊らされたからこそ、その言葉にはたしかな実感が乗っている。

 一度その幸せを失いかけたからこそ、その言葉には何よりも重い感情が籠められている。

 

 そこまでは、分かる。

 だが、何故その言葉が自分たちに向けられている。何故その想いが変わらず自分たちへと向いている。

 

 どうしようもない疑問は……行き場のない疑問はやがて感情へと姿を変える。激情へと。

 

「……ふざけるな。今さら、どうにかできるとでも思っているのか? お前一人がそう思って何になる? なあっ!? エデン条約を破壊して、マダムまでああなって! それでどうにかなると!? どうにかできると!?」

「私がなんとかしてみせる。証拠を揃えて、みんなにちゃんと説明すれば────」

「お前のような考え無しの『お姫様』ができると!? 私たちの計画に踊らされて、馬鹿みたいに黒幕ぶっていたお前ごときに!!」

 

 過去は消えない。

 ミカが行った事も、その身に深く刻まれた呪い(諦観)も。

 

「それに、今さら救われてどうなるんだ? 私たちは何も知らない。憎しみと虚無感と、人を殺すための方法。それだけしか教えられていないのに。もう遅いんだよ、聖園ミカ。今さら私たちが陽だまりに連れ出されたところで、眩しすぎる光に焼かれるだけだ。もう、私たちの存在を許す場所は無いんだ」

「そんな事ない。だって、私やアズサちゃんはあなた達に幸せになって欲しいって思ってる」

 

 一歩進み出るように。

 その過去を踏み越えて……サオリとの間に跨る距離を詰めるように、薄桃色の少女は語りかける。

 

「手遅れなんてない。諦めて下を向いちゃうから見えなくなってるだけで、きっと道は続いてる。私にも、もちろんあなたにも。だから────」

「────知ったような口を!! お前のような奴に……誰からも持てはやされお姫様みたいに扱われてきたお前なんかに、何が分かる!!」

 

 そう。

 既にミカは過去を乗り越えていた。否、ミカだけではなく、アズサもまた。

 

 だからこそ、その言葉には希望が籠められている。

 だからこそ、その言葉には決意が乗せられている。

 

 だが、誰もが『そう』であるわけではない。

 過去に縛られ、過去に呪われ、過去に膝を突く。そんな少女から見れば、聖園ミカは眩しすぎるのだ。

 

 それこそ、妬みのような言葉が漏れてしまうほどに。

 

「なあ! お前は知っているのか!? 分かっているのか!? 痛みの恐怖を! 暗闇の寒々しさを! 恭順を示す事の楽さを! 飢えと渇きの苦痛を!!」

 

 それこそ、自分の苦しみ(過去)を押し付けてしまいたくなってしまうほどに。

 

「なあ! お前はこのどれか一つでも知っているのか!? ずっと陽だまりで生きてきた、お前が!! 誰からも持てはやされ祝福されてきた、お前のようなオヒメサマが!!」

「知らないよ! そもそも私には知らない事が多すぎるって、つい最近思い知らされたばっかりだし!」

 

 そんなサオリの慟哭に、しかし少女は一切怯まずに言い返す。

 その程度で揺らぐほど、彼女の決意は脆くないのだ。

 

「なら────」

でも!! 想像するぐらいならできる! きっとそれは何もかもが足りないような想像だろうけど! それでもあなた達の苦しみを知ろうと歩み寄る事はできる!!」

 

 けれどもやはり、そんな彼女の姿はどこまでも眩しく映ってしまう。

 痛みを抱え、傷を認め、それでもと歩むその姿は。

 

 とっくの昔に諦めて、歩みを止めてしまった少女には、特に。

 

「そんなキレイゴトで何ができる!? どれだけ歩み寄ろうと、陽だまりと日陰には絶対的な……絶望的なまでの差があるんだ。どう足掻こうと、二つが混ざり合う事は有り得ないんだ!!」

 

 もはや意地のようにサオリは否定の言葉を口にする。

 そうでなければ、惨めに過ぎるから。

 

 もし自分も幸せになれるというのならば……陽だまりに行けるというのならば、ここで足踏みしている自分は何なのだ。

 もしミカと協力できるというのならば……自分たち(日陰)彼女たち(陽だまり)との間に境界など無いというのならば、ここで足が竦んでいる自分は何なのだ。

 

 “他の生徒が囚われているから”などと嘯きながら、結局は勇気が出せずに周りを不幸に導いているだけなどと────到底、認められない。

 

「もう、分かっただろ? 私たちとお前じゃ、住んでる世界が違うんだよ」

 

 何度目かも分からない拒絶の言葉を呟きながら、少女は目を逸らす。

 眩しすぎる瞳を見ていられないから、どうか諦めてくれと。

 

 嗚呼、だがしかし。サオリが認められないように、ミカも認められないのだ。

 

 こんな所で終わってしまう事など。

 こんな所で諦めてしまう事など。

 

 だって────あれもこれもと手を伸ばして進むその営みこそが、人生なのだから。『生きる』という事なのだから。

 そう、教えてもらったのだから。

 

「それでも!! 私は、諦めたくない! きっと奇跡はあるんだって、あなた達にも幸せになる権利はあるんだって信じたいっ!!」

 

 胸元をギュッと強く握りしめて。

 その可憐な服に皺が入る事を気にも留めずに、少女が叫ぶ。

 

「その想いにだけはっ! 嘘を吐きたくないっ!!!!!」

 

 震えてみっともなくなった声で、涙さえ滲ませながら。

 それでも、少女は叫ぶのだ。

 

 未熟だって良い。幼稚だって良い。

 それでも、諦めたくないから。

 

 

 そんな少女の言葉は────足りないだらけの、それでいてどこまでも純粋な願いは。

 ようやく、暗闇に囚われた少女の呪縛へ罅を入れた。

 

(何故、なんだ? こんなの、子どもの癇癪だ)

 

 そう、もはやミカの叫びに計画性など欠片も含まれていない。

 ただ自分の感情を声に乗せただけの、癇癪だ。

 

(なのに、どうして────)

 

 

 

 “その手に腕を伸ばそうと、私はしているんだ?”

 

 

 

(……ああ。違うのか。“なのに”じゃなくて、“だからこそ”なのか)

 

 思い起こされるのは、白ずくめの胡散臭い商人が初対面で語った言葉。

 

『案外、世界には子どもには幸せでいてほしいと思う奇特な大人も居るんですよ?』

 

 次いで脳裏に響くのは、かつて自分を唆してきた蛇のような奴の言葉。

 

『人が人として生きるのならば、夢というのは必要不可欠だからな』

 

 そして、最後に幻聴したのは。

 大切な……誰よりも大切な人の、問い掛け。

 

 

『サッちゃんはさ、何がしたいの?』

 

 

 今更こんなモノを思い出すのは、心が動かされてしまったからだ。

 誰よりも……何よりも純粋な、聖園ミカという少女の言葉(願い)に。

 

 

(打算も何も無い、純粋な願い。だから、私はミカの手に縋りたくなったのか)

 

 

 痛いのは、怖かった。

 何の容赦も無く暴力を振るう大人たちが、怖かった。

 

 寒いのは、怖かった。

 末端からジワジワと這い上がってくるように、命が消える感覚が怖かった。

 

 暗いのは怖かった。

 飢えるのは怖かった。

 渇くのは怖かった。

 

 苦しかった。

 顔も知らない誰か、カミサマに縋りたくなるぐらいには。

 

 けれども、同時にそんな自分が嫌だった。

 

 だから、アズサが妬ましかった。

 

 どんなに痛め付けられようと、どんなに酷い目に遭おうと。

 それでも決して諦めず、遂には陽だまりの下にまで行ってしまったアズサが。

 

 どうしようもなく憎くて(嬉しくて)羨ましさと妬ましさを覚えた(どうか私の分まで幸せになってくれと思った)

 

 自分には無いものを、彼女は持っていたから。

 

 自分には、勇気が無かった。

 自分には、覚悟が無かった。

 

 自分が反抗する事でアツコが、ミサキが、ヒヨリが巻き添えになるんじゃないかと思うと、何もできなかった。

 

 彼女らにどうしたいか、聞く事すらも。

 

 

(────ああ、そうか。私は救われたいんじゃなくて、救いたかったのか)

 

 

 漸く行き着いた答え。

 拭えなかった違和感の正体。

 

 痛いのは怖かった。

 寒いのは怖かった。

 暗いのは怖かった。

 飢える事も、渇く事も────あの場所(アリウス分校)にあった何もかもが、怖かった。

 

 でも、何よりも怖かったのは。

 

 

大切な人たちを、失う事だった。

自分のせいで、苦しませてしまう事だった。

 

 

 だからアツコに手を伸ばした。

 だからミサキを生に縛り付けた。

 だからヒヨリを先導するよう前に立った。

 

 だから、アズサを送り出した。

 

(ああ、そうか。そうだったのか。私の始発点は、そこにあったんだ)

 

 投げかけられた純粋な願いに……あなた達を救けたいという言葉に自身の始まりを思い出した少女が、顔を上げる。

 

「……聖園ミカ。もし、さっきの言葉が真実なら。私の全てを差し出すから、アツコを、ミサキを、ヒヨリを────アリウスのみんなを救けてくれ」

「っ!?」

「無条件の善意は信じられない。だから、“私”という代償を支払う。全ての責任は私が……アリウススクワッド隊長として、そしてアリウス分校生徒会長の血を引く秤アツコの代議人として私が負う」

 

 先までの後ろ向きな様子が嘘であったかのように姿勢を正した少女が、頭を下げて懇願する。

 どこまでも強く、それでいて誰も期待していなかった事を語りながら。

 

「今更都合がいい事は分かってる。それでも、これが私の願いなんだ。だから────頼む、みんなを救ってくれ」

「それは…………」

 

 予期していなかったサオリの言葉に、ミカが何と返すべきか詰まる。

 アズサもまた同様であった。

 

 それでもこのまま放っておいては悪い方向に暴走しかねない、とミカが口を開いた辺りで、また別の声が響いた。

 

「その願い、訂正で。犠牲になるのは姉さんじゃなくて私でお願い」

 

 サオリの近くでやり取りを見ていたスクワッドの一人、戒野ミサキである。

 しかし声はまだ止まらない。

 

「だ、駄目ですっ! それなら、私が!!」

 

 自信なさげにそれでもと、槌永ヒヨリが声を上げる。

 

「ううん。代償として捧げられるって言うのなら、それはロイヤルブラッドの私であるべき」

 

 その隣に立つ秤アツコはベアトリーチェの厳命を破り、仮面を捨て去って素顔を晒し、その喉から声を出して自身を代償にするべきと語る。

 

「それなら、私が……」

「サオリさん達はこれからも必要なんです、だから私が!」

「ううん、私が────」

 

 そんな4人の姿に勇気を出したように、こちらを呆然と眺めていた他のアリウス生徒達まで声を上げる。

 最早てんやわんやの大合唱になりながら、この場に居る誰もが『犠牲になるなら自分が』と口にしていた。

 

「ああ、もう!!」

 

 その喧噪の中でもよく聞こえる声が、どこか怒ったように響いた。聖園ミカである。

 

「私はそんな誰かが犠牲になる話は嫌いなの! だから、ここに居る全員を『ティーパーティーの聖園ミカ』の名に懸けて救けます!! 私が決めた!」

 

 そのまま“私がルールだ”と言わんばかりに断言すると、薄桃色の少女は目の前の呆然とした少女へと声をかける。

 薄く微笑むその姿は、隠し切れない喜びが滲んでいた。

 

「これがあなたが頑張ってきた結果なの。だから、あなただって幸せになっていいの。ね?」

「いい、のか……? 私は…………」

「みんなそう言ってるでしょ? それとも、あなたが救けたいって言ってた子たちの言葉は信じられない?」

「そう。サオリはいい加減素直になるべき」

 

 瞳を雫に潤ませる少女に、二つ分の手が差し伸べられる。

 いつまでも諦めずに声をかけ続けていた、二人の手が。

 

「あ……うぁ…………」

 

 堪え切れない感情をその目尻から流しながら、少女が……錠前サオリが、白洲アズサと聖園ミカの手を取る。

 

 

 夜明けのように、曇天を裂いて太陽の光が差し込み始めていた。

 

 

 




最後になりましたが、メガマソ さん、吉村大希 さん、評価付与ありがとうございました!
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