【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 なんとか間に合いました。今話でエデン条約編は終幕と相成ります。
 あと来週の更新はお休みします。シンプルに疲れました。

 それと、ロンギちゃんのネームド化を望む声が多かったので書いてみました。思ってた数百倍ぐらいヒロインになったし文字数も膨れ上がりました。なんでこの最終決戦の場面でラブコメみたいになってるんだ。
 誰か責任取ってください。



それぞれの“これから”へ

《通功の古聖堂地上部・正面広場》

 

 飛び交う銃弾と爆ぜる爆炎、空間を蹂躙する神秘と恐怖の燐光。

 物語に記されていてもおかしくないような戦闘が、その場では繰り広げられていた。

 

 しかし、この場の戦闘が激しくなるのはある意味仕方のない話でもあった。

 なにせ、向かい合う片側の勢力は色彩の恐怖と聖人の神秘を取り込んだ化け物であり。そしてもう片方は世界が終わるまで抗い続け、世界が終わってもなお敬愛する先生のために武器を取る生徒たちなのだ。

 

 それが尋常な戦闘で収まるワケもなかった。

 

 と、そんな戦闘の最中。先生のインカムに、叩き付けられるような声が響いた。

 

『先生! 未来が変わった!! 第一陣を向かわせたからあと2分耐えてくれ!!』

「了っ……解!!」

 

 通常時よりも更に鋭くなった……まるで無数の鉄火場の経験が追加で付与されたかのような指揮を熟しながら、どうにか短く先生が返す。

 同時に、シッテムの箱によるリンク越しに通信を把握した生徒たちの幻影が、動きを変えた。

 

『さあ、一緒に行くわよ!』

 

 まずはユウカが大きく動き、合わせて移動してきた面々を含めた対象にバリアを供与。

 

『逃がさない……』

 

 それとほぼ同時にシロコが異形を攻撃し、動きを怯ませながらその防御力を減少させた。

 

『ご利益あると良いね』

『後はお任せしますね』

 

 続けて、強化の切れ始めたワカモにカヨコとアコが支援を飛ばす。

 

『イズナ、合わせなさいッ!』

『はいっ!!』

 

 それに応えるようにワカモとイズナは踏み込み、裂帛の気合と共に攻撃を放つ。

 

『これが────イズナの本気です!!』

『そこでお亡くなりになりなさい!!』

 

 イズナによって狙いの集中した部位に、吸い込まれるようにワカモの狙撃が命中。10秒の空白を開けて爆発するように再度破壊を齎す。

 

『■■■■!?』

 

 あまりもの威力に風が巻き起こり、異形が仰け反りながら悲鳴を上げる。その規模を思えば、彼女たちだけで異形の生命力の4割を削り切った事にも頷けるほどだ。

 しかし────同時に、生徒たちの幻影が薄く透け始める。

 

 時間切れであった。

 

 カードに記録された……蓄えられた過去を薪にしている以上は、それが尽きてしまえば彼女たちは消え去ってしまうのだ。

 それが、それこそがこの“奇跡”の代償。不可避にして不可逆な結末。

 

 奇跡を必ず起こすオーパーツが必要とする、唯一の犠牲であった。

 

『……そんなに悲しそうな顔しないで、先生。元々私たちは過去の幻影、本来ならここに居るはずもない存在なんだから』

「カヨコ……でも。でも、君たちは私の力不足のせいで────」

『ん、それは違う。あの終わりの責任はみんなで分け合うって決めたはず。だから、それは破っちゃダメ』

『ええ。それに、ご安心ください。たとえあなた様が忘れようと、私が消え去ってしまおうと……私はあなた様の傍に居続けますから』

「シロコ……ワカモ…………」

『そうですよ、主殿! だから、笑っていてください! 主殿の笑顔が、イズナは大、大、大好きなんですから!!』

『あ、でも委員長に何かあれば化けてでも出てきますからね? 気を付けてくださいよ~?』

「……うん。ありがとう、イズナ、アコ。君たちのような生徒を持てたことは、私の誇りだ」

『それじゃあ、もう時間ですね。大丈夫です。きっと先生なら完璧~♪ に全部救えますから。だから、頑張ってください』

「ああ。きっと、今回こそは。頑張るよ、ユウカ」

 

 自身の“終わり”を目前にしながらも、少女たちは取り乱さない。既に一度受け入れた末路であり、むしろ今こそが例外的な延長時間であるから。

 だからこそ。僅かに涙を滲ませながらも、静かに微笑むのだ。

 

 最後まで。最期の一瞬まで、先生の姿を眼に焼き付けるために。

 

 

「みんな、ありがとう。さようなら」

 

 

 それに応えるように必死に涙を堪えると、先生は離別の言葉を口にする。どうか、この子どもたちの最期の光景が良い物であるように、と。

 計6度の声が返る頃には、その場には何も残っていなかった。

 

 あの6人は、たった今を以て完全に消え去ってしまったのだ。

 

『■■■■!』

 

 と、その姿を好機と見たのだろうか。

 硬直から覚めた異形が、その指先から爆炎を放つ。ヘイローを持たない先生ならば一撃で絶命せしめる攻撃である。

 

 しかし、それを前にしても先生は動じない。

 

 最早自分の命運もここまでと諦めたのか。

 否。否である。

 

 むしろその真逆、生徒たちを信じているが故に先生は揺らがないのだ。

 なにせ、セイアの通信から既に2分経過している。それに、もし自分の身に危機が迫っているとなれば、きっと彼女たちは“大人のカード”の絶対的なルールにすら逆らってこの場に留まっただろうから。

 

 それぐらいには、一時的に思い出した全ての記憶からも消えつつある彼女たちの事を先生は信じていた。

 

 そう。先生は生徒を信じているのだ。

 過去も現在も関係なく、全ての生徒たちを。

 

 故に────生徒たちもまた、その信頼に応えようとする。

 

「お待たせ、先生!」

 

 風に舞うように桃色のポニーテールが靡き、その左手に握った盾で先生を護る。

 

「これまで任せてしまってごめんなさい。ここからは私たちも入るわ」

 

 同時に、紫紺に染まった弾丸が異形へと襲い掛かる。

 少し遅れて耳朶を叩くのは、合計4人分の足音。

 

 即ち、第一陣である対策委員会にヒナが追加で入った6人であった。

 

「よし。それじゃあみんな! ここが正念場だよ!!」

 

 先頭で盾を構えるホシノが代表して声をかけ、そして他の面々が全身に力を張らせる。

 ここに、異形との戦闘、その第二幕が開かれた。

 

 

 

『先生! こちらで分析した内容と立てた方針を今から伝える! 返答は不明点や懸念が無い限り不要だ!』

 

 ホシノとヒナを主軸に、二人以外のメンバーは一定以上前へ出ない形で繰り広げられる戦闘。

 その動きに合わせるように指揮をする先生のインカムに、再びセイアの声が響いた。

 

『まず、その異形はベアトリーチェで間違いない。ただ、問題は恐怖とマクガフィンの神秘を扱っている点だ。だから、段階を踏むことでそれを解決していく』

 

 おそらく向こうも向こうで切羽詰まっているのだろう。

 どことなく普段の余裕が欠けたような声で、セイアは続ける。しかしそれでも理解に必要な説明は欠かそうとしない辺り、実に彼女らしいとも言えるだろう。

 

『まず前提として、アレは常に恐怖や神秘を供給されているわけではないという想定を基にして作戦を立てている。その上で、第一陣には一番厄介な恐怖の中和を頼んでいる。おそらく、ホシノとヒナの神秘量ならば可能なはずだ』

 

(なるほど……だからヒナまで来ているのか)

 

 セイアの言葉に、内心で納得を示す先生。

 第一陣ということは二陣目以降も存在するのだろうと予想していたため、わざわざ対策委員会だけでなくヒナも追加で動いている事に少し引っかかっていたのだ。

 

 そもそも対策委員会だけでも纏まった十分な戦力として扱えることを思えば、それもそうおかしな疑問ではないのだろう。

 

『続く第二陣でマクガフィンの神秘を使い切らせ、最後の第三陣でトドメまで運ぶ、というのがその後の予定だ。かなりの長丁場になると思うが……先生の指揮が必要だ。頼む』

「任せてよ。生徒に頼られて音を上げるほど、私はヤワな大人じゃないからね」

 

 最後に少しばかりの申し訳なさを滲ませたセイアに強がりを返すと、先生は再び指揮に全意識を集中させる。

 ホシノの言ったように、ここが正念場なのだ。ならば空元気だろうと振り絞らなくては。

 

(さてと、まずは……)

 

「シロコ、ちょっといい? 実は────」

 

 どことなく悪戯を思いついた子どものような表情で、先生はある作戦が実行可能か確認するのであった。

 

 

────────

 

《アリウス自治区・バシリカ外部》

 

「あ……」

 

 自分たちを眺めて一つ頷いた白の青年が背を向けるのを見て、『行ってしまうんだ』と思った少女の喉から、知らず声が漏れる。

 今の今まで槍を手放せず、結局ソレを抱きしめたまま集団からぽつねんと離れて立っていた、灰に褪せた髪をボブカットにした生徒……つまりは私であった。

 

「うん? まだどこか────っと、君は」

 

 さっきまで敵対していたはずの自分たちを護り、更にはざわざわする奇妙な感覚を鎮めてくれた。そんな優しいあの人は、やはり自分の小さな声も聞き逃さずにいてくれたらしく。

 少し複雑そうな表情で心配をする顔が、気付けばすぐそこにまで来ていた。

 

「いえっ、その……傷はあなたが癒してくれたので」

「えっと、それじゃあ……」

 

 困ったように、あの人は眉を落とす。

 さっきの引き留めるような声は何だったのか、と困惑されているのが目に見えるようだ。

 

(ああ……私、何やってるんだろ)

 

 さっきからずっと胸をジクジクと刺激する自己嫌悪が、より一層強くなる。

 

 きっとこの人は今すぐにでも動きたいはずなのに、私のせいでここに留められている。それが嫌なはずなのに、どこかそこに嬉しさを感じてしまっている。

 そんな自分が、嫌いだ。大嫌いだ。

 

 

 そもそも……この人に心配される価値なんて、私にあるはずが無いのに。

 

 

(だって、この人が死んじゃった理由は……この人を殺したのは、私なんだから)

 

 ジクリと、胸が再び痛みを訴える。

 私にはそんな資格なんてないはずなのに。

 

 

 

 この人の遺体を槍で刺してから……正確には、その後の白い光を浴びてから。私の眼はこれまでとは違う物が視えるようになった。

 たぶん、これがマダムの言っていた『神秘』ってやつなんだと思う。

 

 だから、分かってしまうのだ。

 

 この人が、ただの神秘の集合体でしかないという事が。

 本当に、この人は死んでしまったのだという事が。

 

 私が────他でもない私が、殺してしまったのだという事が。

 

 けれども、弱い私はその罪を告解する事ができない。懺悔することができない。

 それでこの人に、命を捨ててまで私を救けてくれた人に否定されたらと考えてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 

 そんな考え自体が罪深いって……この人はきっと赦してくれるのだろうって分かっていながら。

 

(このまま黙っておいて一方的に赦してもらおう、なんて思ってるのかな。気持ち悪い)

 

 もしくは、赦されたくないのかもしれない。

 どこか他人事のような心地で分析をする、そんな自分が居るのを感じる。

 

「……多分だけど。君は、俺を殺してしまったと自分を責めてるんだと思う」

「────っ、それは」

 

 ゆるりと優しく微笑むその顔を見ていると、どうしようもない惨めさが襲ってくる。

 

 ああ、やっぱり。

 この人は優しいから、こうして私の内心を言い当ててしまった。こうなったって事は、きっとこの人は『君は悪くない』って赦してくれるんだろう。

 

 嫌だ。

 本当に。

 

 何よりも嫌なのが、それを自分が期待しているという事だ。

 本当に気持ち悪い。

 

 弱い私が憎らしい。

 

「大丈夫。君は気にしないでいいんだ」

 

 ほら、やっぱ────

 

「俺程度の命なんて、君が気にする必要は無いんだ」

「────え?」

「それに、君のお陰で俺は自分を再定義できたんだ。だから、むしろ俺の方がお礼を言いたいぐらいで……」

「ちょ、ちょっと。待って、ください」

 

 今、この人はなんて言ったのだろうか。

 “俺程度の命”と言わなかっただろうか。

 

 ……はぁ?

 

「俺程度って、なんですか……私は、あなたに救われたんですよ? 誰でもない、あなたに」

「えっと……」

「黙って、ください。今は私が話してるんです」

 

 ああ。なんだろうか、この感情は。

 怒りなのには間違いない。でも、何かちょっと違う気がする。

 

(この人が……大切な人が貶されるのが、耐えられない…………とか?)

 

 何を馬鹿な事をとは、自分でも思うが。

 それでも、口から出る言葉は止まらない。

 

「自分を、卑下しないでください。あなたに救われた人はいるんです。少なくとも、ここに一人……ううん、他の子たちも。あなたが自分を蔑ろにしたら、それはあなたが救けた人も蔑ろにすることになるんです」

「あの……はい…………」

「そもそも、あなたが『俺程度』なら、私はどうなるんですか! 私なんて……私、なんて。あなたを殺してしまって。その上で、あなたの遺体を辱めるように…………うぅ、うぁああ」

 

 本当に、何をしているのだろうか。

 急に怒り出して、かと思えば次は泣き始めて。これでは困らせてしまうだけではないか。

 

 ああ、もう。本当に、自分が嫌だ。

 どうして、こんな私をこの人は────

 

「え?」

 

 また、声が漏れてしまった。

 けれども、仕方ないじゃないか。誰かに頭を撫でられたのなんて、初めてなんだから。それがよりにもよって、この人なんだから。

 

「ありがとう。それと、ごめんな。これでも一応自分を見つめ直したつもりだったんだけど、足りてなかったみたいだ。君がそこまで思ってくれてた事、嬉しいよ」

「あう……」

 

 顔がカッと熱を帯びる。

 なんだ、これは。どうしてしまったのだ。さっきからどうにも感情が制御できていない。

 

「うん、そうだよな。人殺しって、辛いよな。苦しいよな。そこまで意識を回してあげられなくて、ごめんな」

 

 違う、そうではないのだ。

 私たちは人を殺すための道具として育てられてきたのだ。だけどあなたは……あなただけは、何があってもダメなのだ。

 

 他の人の事など分からない。知らないのだから。

 でも、あなただけはダメなのだ。

 

 そんな私のぐちゃぐちゃな内心を知りもせずに、この人は言葉を紡いでいく。

 

「たぶん、ここで俺が赦すって言ってもその苦しみは変わらないか、むしろもっと酷くなるだけだと思う。だから、それは言わないでおくよ」

 

 私の救いになる言葉を。

 

「きっとコレは、どうしたって忘れられない物なんだ。自分で折り合いを付けて、贖罪を果たし切るその瞬間まで」

 

 どこまでも身勝手に、どうしようもないほど優しく。

 だから縋り付きたくなって……だから、余計に苦しくなる。

 

「実はな、俺もそうなんだ」

「……え?」

「俺も、人を殺してしまった事がある。それも、その人のことを大切に思ってる子の目の前で」

 

 けれども、そんな私の思考は続く言葉の衝撃で霧散させられてしまった。

 本当に、思いもしなかった言葉に。

 

 この人が……天使様が、人を殺しただなんて。

 

「……うん。だから、きっとこれは抱えていくしかないんだ」

「抱えて、いくしか」

「そう。…………まあ、あれだ。一緒に頑張ろう。いつか、君の贖罪の形が見つかるまで」

 

 ああ、そっか。

 これが、その感情なんだ。

 

 なんだか、急に腑に落ちたような気持ちだ。

 

「分かり、ました。いつか見つかるまで、頑張ります」

「そっか。うん、それが良いよ」

「カシス。遺蘇迓(いすが)カシスです。天使さんの名前も、聞いていいですか?」

 

 大丈夫だろうか。

 流石に急過ぎやしないだろうか。いや、急過ぎる気がする。

 

 ……急過ぎるな。引かれやしていないだろうか。

 

「マクガフィン。それが今の俺だよ」

「えっと、そうじゃなくて。じゃあ……昔のあなたの名前を教えてください」

「……薪波アヤト。でも、今の俺はマクガフィンだから、そっちで呼んでほしい」

「分かりました。マクガフィンさんも、頑張ってくださいね」

 

 薪波アヤト。

 たった今聞いた名前を心に刻み付けながら、頑張って笑顔を作ってみる。こんな事やったことないから、きっとぶきっちょな笑顔だろうけど。

 

 少しでも、この人を安心させたくて。

 

「……? まあ、俺はもう行くよ。君たちの呪いはきっちりケリを付けてくるから、そこは心配しないでおいてくれ」

 

 どうやらそんな私の行動には多少の効果はあったようで。どこか釈然としない様子を見せながらも、アヤトさんは歩いて行った。

 

「あのっ! 本当に、ありがとうございました! 行ってらっしゃい、です。マクガフィンさん!」

「────! ああ、行ってくるよ。カシスさん」

 

 最後に、伝えられていなかった感謝を叫んでおく。

 なんとなくだけど、今を逃すと二度と伝えられなくなるような気がしたから。

 

 返された言葉の最後で自分の名前を呼ばれたことに、鼓動を速めながら。

 遠ざかる背中を見送り続ける。

 

 目に焼き付けるよう必死に。いつまでも。

 

 大丈夫。この感情は外に出したりしない。

 何度も言ってるように、私にその権利はないから。

 

 

 ────でも。心の中であなたの名前を呼ぶぐらいの我儘は、許してほしい。

 

 

 抱えた槍を大切そうに握りしめながら、少女はいつまでも白い背を見送るのだった。

 

────────

 

《通功の古聖堂地上部・正面広場》

 

 相変わらず異形とホシノたちとの戦闘が繰り広げられているその場所は、しかし少しばかり様相を変えていた。

 

「んっ!!」

「……逃がさないよ」

「どれくらい耐えられるか見物ね……!」

 

 何せ、元々ホシノが装備していた盾を今はシロコが使っており、そしてホシノとヒナは異形の近くで苛烈なまでの攻撃を行っているのだ。

 それで以前と同じ戦いになるハズが無かった。

 

 

 

 今この場で戦っている第一陣、即ち対策委員会とヒナの六人の役割は、異形の纏う“恐怖”を消耗・中和させる事。セイアからそう聞かされた先生は、一つの作戦を思い付いた。

 というのも、このままでは削り負ける可能性があると考えたからである。

 

 そもそもの話として、一同の中で異形にまともなダメージを与えられる……つまりは役割である恐怖の消耗・中和を行えるのはホシノとヒナの二人しかいない。

 多くの神秘を籠めた攻撃を必要としている以上、仕方のない話ではあるのだが。

 

 更に言ってしまえば、異形の放つ恐怖(Terror)のせいでセリカやノノミは接近すらままならないのだ。辛うじてシロコならば異形の近くでも活動できなくはないが、それでもホシノやヒナのように攻勢に出る事はできない。

 

 これが、先生が削り負ける可能性があると判断した理由である。

 異形に有効な攻撃を行える二人の片方(ホシノ)が盾役を担っていては、どうしても火力が減ってしまうのだ。

 

 故に先生が考案したのが────

 

「ホシノ先輩、前衛って大変だね。……だけど、防御するだけなら。私でも、できる!!」

 

 異形の近くでも動けるシロコに盾を渡し、防御役を代わってもらう事でホシノの火力を最大限に引き出せるようにするという策であった。

 

 

 

「そこ退いて」

「■■■■!?」

 

 時の経過とともに纏う雰囲気を鋭く変化させたホシノが、異形を撃ち抜く。

 先生の策が機能したことで、その身を覆う恐怖の黒色は薄れ始めていた。

 

(よし……これなら、ホシノとヒナがあと数発攻撃するだけで終わらせられるはず)

 

 これまでの感覚から、ひとまずの終わりが近いことを理解する先生。

 しかし、異形もそれを理解したのだろう。大きく腕を振り回すことでホシノとヒナを引きはがすと、異形は残る恐怖を全て籠めて爆炎を放った。

 

 戦線の要となっている存在────すなわち、先生へと。

 

「あ……」

 

 思わず喉から漏れ出た呆然とした音が、虚しく周囲へ響く。

 誰の物かは分からない。先生自身の物かもしれないし、生徒たちの誰かの物かもしれない。

 

 ただ、状況を正しく理解した者たち全てが、等しく思考に空白を生み出していた。

 

 たった一人、今は盾を持つその少女を除いて。

 

「今は────みんなは、私が守る」

 

 誰よりも早く駆け出していたシロコが、射線上に身を滑り込ませる。

 その言葉通り、守り抜くために。

 

「ダメだっ! シロコ!!」

 

 先生が張り上げた声が、残響となって木霊する。

 

 そう、このままではきっと少女は耐えられないのだ。

 そもそも異形の近くを辛うじて活動できる程度のシロコでは、高純度の恐怖には耐えられないのだ。それこそ、迫り来つつある爆炎のような一撃には。

 

 故に先生はそう叫び、目の前の少女を庇おうと駆け出す。

 だがしかし、最早遅すぎる。先生が間に合うより、黒々とした爆炎が着弾する方が早い。

 

(クソッ……子どもが大人を庇って死ぬだなんて、あっていいはずが無いだろ!? 動けよ! もっと早く!!)

 

 自身の無力を呪い、絶望を感じながらも必死に体を動かす。

 そんな先生の目の前で、しかし少女はゆるりと口角を上げた。

 

「大丈夫。今なら────」

 

 小さく、確信に満ちた言葉が呟かれ。

 転瞬、少女から溢れた膨大な神秘が、周囲に風を巻き起こす。

 

 

「きっと、できる」

 

 

 いずれは自身に並び立ち、ともすれば自身を超えていくだろう。内心で小鳥遊ホシノがそう評していた少女の才能が開花し、放たれた恐怖を打ち消していく。

 その神秘は、キヴォトス最高峰と言われた桃色の少女にも引けを取らないほど。可視化するほどの純度の神秘が、光となって舞い散る。

 

 そして、後輩が奮起したのならば彼女もまた黙ってはいない。

 

「ナイスカバー、シロコちゃん!! 攻撃は任せて!」

 

 これまでよりも更に強く神秘の籠められた一撃が異形を貫き、その身を大きく怯ませる。

 同時に、周囲を満たしていた重苦しい恐怖が薄れて行った。

 

 

「第一段階、完了……だね」

 

 

 構えていた盾を下したシロコが呟く頃には、第二陣の生徒たちはすぐそこにまで近付いていた。

 

 

────────

 

《通功の古聖堂地上部・尖塔頂上》

 

「なーんか……俺、最近尖塔に登ってばっかだな…………?」

 

 少しずつ曇り模様が晴れつつある空に近付くように、尖塔の上へ立つ白い影が、小さく呟く。

 アリウス自治区を出て、ついでに少しばかりの野暮用を済ませて来たマクガフィンである。

 

「別に馬鹿にも煙にもなったつもりは無いんだが……いや、ある意味煙ではあるのか?」

 

 轟々と吹き抜ける風の中、しかし青年は小揺るぎもせずに立ち続ける。

 どこか抜けたような言葉とは裏腹に、その表情は硬く引き締まっていた。

 

「えーっと、今戦ってるのはセイア、ツルギ、ミネ、ヒフミ、ハナコ、コハルの六人。様子からして近くのホシノたちは戦った後っぽい感じ、と。んで、アリウス組とミカ・アズサが西方から合流中か」

 

 睥睨する眼下の状況を確認すると、青年は思考する。

 はたして、ここで自分が為すべき役割は何であろうか、と。

 

「見た感じ、色彩の恐怖は全部使い切った後。ただ、ここから取り込まれた俺の神秘が残ってるってなると……今のペースじゃ厳しそうか? ……ちと情報が足りないな」

 

 とはいえ、セイアたちの作戦が分からない以上は下手に手出しするのもマズい。良かれと思ってやった事が悲劇を招く、という事象には覚えがあるからだ。

 そう判断すると、マクガフィンは周囲を漂う神秘に自身のソレを少しだけ混ぜ、セイアたちの周囲にまで飛ばした。

 

 以前から何度も行っている、神秘による探知である。

 しかし、肉体が神秘そのものになった影響で、今の彼は視覚や聴覚、はては嗅覚情報といった以前とは比べられない程の量の情報まで取得できるようになっていた。

 

『クッ……なんの、これしき!』

『ミネっ! 無茶はするな!』

『しかし……セイア様。このままのペースで神秘を削り切る事は不可能です』

『……ツルギさんの言う通りですね。アズサちゃん達も近くまで戻ってきてるようですし────』

「なるほどなぁ…………」

 

 そうして盗み聞いた会話に、少しばかり表情を歪めながらマクガフィンが呟く。

 子どもたちの敵に塩を送った形になるがための苦々しさであった。

 

「ま、これで状況も掴めた」

 

 セイアたちの役割は、おそらく吸収された俺の神秘を使い切らせる事。その後に、合流したサオリたちがトドメを刺すといった所だろう。

 たしかに、ベアトリーチェに引導を渡すなら彼女たち以上に相応しい存在もいない。

 

 ホシノたちが消耗しているのは、恐怖の中和を行ったからだろうか。

 

「さてと。そんじゃまあ、やるか」

 

 そこまで分析すると、マクガフィンは尖塔の頂上から屋根の上にまで飛び降りる。

 相も変わらず気の抜けた事を呟いているとは思えないほどに、その総身からは膨大な力が漏れ出始めていた。

 

「籠める神秘はこんぐらいで十分か」

 

 両足は肩幅程度に開き、体重が均等に分かれるように。

 頭の上辺りに軽く上げられた両手へ合わせるように、弓と矢が象られる。

 

「テクストは抜いて、純粋なエネルギーに変換して、と」

 

 質量を持たない仮初の弓と矢が、しかし籠められた膨大な力にギチギチと身を震わせる。引き延ばされた弦から、今にも放たれようとしているかのように。

 余計な反応を起こさないために『聖人』としてのテクストは脱色され、恐怖も籠められていない。しかしながら、むしろ『聖人』としての────救う者としてのテクストが消えたことで、その破壊力は増していた。

 

「フゥ────」

 

 そうして。

 槍ではなく矢として成型されたソレが、今。

 

 子どもたちと異形との間に距離が生まれた瞬間。

 

 

「穿て」

 

 

 解き放たれる。

 

 閃光。

 轟音。

 破壊。

 

 狙い過たず異形の心臓部を貫き、尚も止まらぬヒカリが地まで穿つ。

 深々とした穴を開けながら余波による破壊を撒き散らし、巻き上がる瓦礫を塵芥に分解させる。

 

「…………」

 

 数秒の後、光が晴れる頃には。

 一角を見るも無残な地形に変えた広場の様子が、広がっていた。

 

 これでもし貫通力に特化させていなかったならばどうなっていたのだろうか、と言わんばかりの様相である。

 

「……ちょっと、やり過ぎた?」

 

 ダラダラと────律儀な事にそんな所まで再現していたらしい────冷や汗を流す彼の耳に、『何事ですか!?』『アリウスの隠し玉……?』『いや、違う……これは…………』と広場の声が聞こえてくる。

 神秘による探知である。

 

 そんな中、勘の鋭い数人、つまりはホシノやセイア、先生が上へと視線を向けた。こんな事をできる人物など、一人しか心当たりがなかったからである。

 

「……」

「……」

「スゥ────逃げよ」

 

 目と目が合い、微妙な沈黙が続くこと数秒。

 セイアが地面の穴とマクガフィンを交互に指差した辺りで、青年が身を翻した。このまま捕まると……というか追いかけられるだけでもロクな事にならないと感じたからである。

 

 なんならホシノは疲労を無視して駆け出し始めていた。

 

「こんな力上がってるって思わねーじゃん! 逆になんで再誕直後の俺は制御できてたんだよ!?」

 

 白い青年の叫びを聞き届けた者は、幸運なことに誰もいなかった。

 

 

────────

 

《通功の古聖堂地上部・正面広場付近》

 

「────っ!? 今のは!?」

 

 最後の戦場である正面広場に近付きつつあった一同。

 しかしその最中に起きた異変に、サオリが声を上げた。

 

 とはいえ、その疑問は他の者にとっても同様である。

 なにせ、目的地である広場の方から『どんな爆弾を起爆させてもこうはならないだろう』というような光が放たれたのだ。いくらキヴォトスの住民であっても、疑問を抱くというものだろう。

 

 そんなわけで進行速度を上げた一同が駆ける事およそ三十秒、ようやく正面広場の様子が見えてきた。

 

「これは……」

 

 そうして辿り着いた先に広がっていた光景に、しかし誰もが言葉を失う。

 何と表現するべきか分からなかったからである。

 

 いや、基本的な部分については説明できる。

 瓦礫が大量に溢れた、極めて一般的な戦場の光景でしかない。しかし、一角だけ明らかに瓦礫が少なすぎる……というか物が少なすぎる。

 

 まるで何かにごっそりと抉り取られたみたく、狭く深いクレーターができあがっているのだ。

 

 しかし、その中心に見覚えのある存在を認めた一同は、内心の疑問を横に置いて戦闘態勢を取った。

 左胸の辺りに開いた大きな穴を、グジュグジュとグロテスクな音を立てながら癒す異形────即ちベアトリーチェである。

 

「……っ」

 

 明らかに致命的であるはずのソレを癒してしまえる。そんな冒涜的な光景に言葉を失いつつも、少女たちは動かない。

 彼女たちの役割は、第二陣が神秘を削り切った後のトドメなのだ。現段階がどの辺りなのかが分かっていない以上、迂闊に突入はできない。

 

 と、そんな彼女たちに投げられる声が一つ。

 

「ミカッ!」

 

 大きなキツネの耳が特徴的な少女、百合園セイアである。

 そして、名を呼ばれた少女には、その一言で十分だった。

 

「分かった!!」

 

 一言だけ返し、薄桃色の少女が駆け出す。

 大詰めの場面だと理解したからだ。

 

「合わせるよ」

 

 そんなミカに一歩遅れるようにしながらも、続くように動くもう一人の少女が。

 仮面を捨て去り、被っていたフードを脱ぎ払った秤アツコである。

 

 前線を支える役を務めるが故の、動きの速さであった。

 

 

 

 

 

 とはいえ、実は彼女たちがそこまで急ぐ必要は無かったりする。

 マクガフィンがうっかりやり過ぎたせいで、ベアトリーチェは既に満身創痍の虫の息であったからである。

 

 事実、それから程なくして戦闘は終わる事となった。

 

『ワタクシハ……ワタクシコソガ、偉大ナル存在ニィ…………』

 

 生前の名残か聞き覚えのあるような言葉を紡ぐ、倒れ伏した異形。

 どこか憐れにも映るソレに近付きながら、少女たちはそれぞれに決別の言葉を紡ぐ。

 

「セイアちゃんの事とか、色々あなたが仕組んでたのは知ってる。思うところもある。でも、私はあなたを恨んだりしてあげない。みんなのために祈るって、そう決めたから」

「もし、あなたの教えが本当だったとしても……全てが本当に無意味だったとしても。私はこれからも抗い続ける。絶対に、諦めたりなんてしてやらない」

 

 薄っすらとその姿を透けさせ始めた異形に最初に語りかけたのは、過去を疾うの昔に乗り越えた二人。

 そして、それに続くように。迷いや恐怖、決意など無数の感情を籠めながら、スクワッドの4人が口を開いた。

 

「……いい加減、私たちの人生からは出ていってもらう。たとえ死ぬ理由が見つかってないだけの消極的な生でも、姉さんと一緒に生きていくんだから」

 

 ハイライトの薄い瞳で、しかし決然とミサキが呟く。

 

「はい。……人生が辛いことや苦しいことで溢れているのだとしても、私たちはこれからも生きていきます。だから、あなたに振り回されるのは今日を最後にするんです」

 

 普段の後ろ向きな様子など想像できない様子で、ヒヨリが言葉を紡ぐ。

 

「仮面も、声も。あなたに縛られていた物は全部捨てた。これからは、決まった運命をなぞったりはしない。考えることも、決めることも、その全てを私自身でやってみせる」

 

 アツコは、封じられていたその声でもって決意を語った。

 

「さようならだ、マダム。きっとあなたの事を忘れられはしないだろう。ただ、それでも……こんな私たちにも、手を伸ばしてくれる人がいるから。だから、私は生きていくよ。いつか、幸せを知れるのだと信じて」

 

 そして最後に、静かな表情でサオリが希望を口にする。

 

 その言葉が、きっかけになったのだろうか。

 雲が晴れ、陽の光が地を優しく照らし始めた。

 

 少女たちの決意を、肯定するかのように。

 少女たちの門出を、祝福するかのように。

 

『アア……アアァァァァアア…………』

 

 柔らかな光に灼かれるように、異形の身体が更に透ける。

 そうして、誰かがトドメの一射を撃ち込むよりも先に、ベアトリーチェは消え去ったのだった。

 

 

「……行こうか、みんな」

 

 

 それを見届けると、サオリが声をかけながら踵を返す。

 他のアリウス生徒との再合流や、事情説明。その他にもまだまだやる事は山積みだ。

 

 これは終わりではなく始まりなのだから。

 いつまでも、立ち止まってはいられない。

 

「ミカ、アズサ。色々と世話になった、ありがとう。それと……多分、これからも世話をかけることになるとは思うが…………よろしく頼む」

「うんっ」

「ああ」

 

 柔らかな陽の光に合わせるように、一陣の風が吹き抜ける。

 温かくて柔らかなその風に、少女たちは笑みを浮かべるのだった。

 

 

 




最後になりましたが、〜 蓮兎 〜 さん、熱き洗眼 さん、評価付与ありがとうございました!
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