【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 えー、なんか書けたので更新します。代わりに来週をプロット整理のために休むことにします。


 ちなみに、今話はなんとあの人のお話です。
 みんな待ってたんじゃないですかね。


幕間:とある少女の回顧

「行ってらっしゃい、彩土君」

 

 背を向けて一歩を踏み出した彼を、そう送り出す。

 ごめんなさい。結局、私はあなたの背中を見ることしかできない。

 

 隣に立って一緒に歩いてあげることも、背負ったその重すぎる荷物を後ろから支えてあげることも。

 前に立って、あなたを襲う幾多もの苦難から護ってあげることも。

 

 何も、できはしない。

 

 その事が、酷く恨めしい。

 自分らしくないと思いながらも、無力感に心を折られそうになる。

 

 でも。そう挫けそうになる度に、笑顔を浮かべてやるんだ。

 あの子は私の……子ども達の笑顔を、何よりも大切に思っているから。

 

 最初から。私を救けるために行動したその瞬間から、彼は子ども達の幸せのために立ち上がっていたから。

 だから、彼に最初に救われた……そのくせ彼を苦しめる楔になってしまった私は、せめて笑顔を浮かべていないと。彼を覆う黒い闇を、少しでも拭えるように。

 

 

 いつかの日のように、それでいていつかの日とは決定的に違う光の翼。

 それを靡かせる大きな背をpathを通して見つめながら、私は呟くのだ。

 

 

「……ごめんね、彩土君」

 

 

────────

 

 始まりは突然だった、なんて言い回しはチープかもしれないけれど。

 でも、本当に始まりは突然だった。

 

 きっかけはよく覚えている。私の些細な思い付きだ。

 それが、この状況を招き寄せた。

 

 

 当時の私たちには、やるべき事が山積していた。

 借金返済を筆頭に、校舎設備の整備や自治区のパトロール、復興に繋がる案探し。それに、砂漠化への対応。

 

 いくつもある『やるべき事』に対し、私たちはたったの二人ぼっちで。それに何も嫌な感情を覚えたことは無い、とまでは言えないけれど。でも、不満は無かった。

 

 大切な、私にとってはたった一人の後輩との、目の回るような忙しない日々。それが、どうしようもないほど楽しくって。

 奇跡みたいにキラキラしていて、きっとこれが青春なんだ、なんて思ってたっけ。

 

 

 そんなある日の、出来事だった。

 

 

 その日はホシノちゃんが市街地でのヘルメット団の不審な動きについて調べに行っていて、私は『ユメ先輩がいると逆にやる事が増えるので付いてこないでください』と待機するよう言われていて。

 そんな手持ち無沙汰な時間で、不意に思い出したのだ。

 

 誰からともなく噂になりはじめた、砂漠に住まうと言われる怪物の話。

 正確には、それこそが活発になりはじめた砂嵐の原因なのではないか、なんて眉唾な噂。

 

 それと、たしか砂に埋もれた旧校舎にその資料があったはず、なんていう思い付き。

 

 それが────捻じれて歪んだ今に繋がる、最初だった。

 

 

────────

 

 初めてその背中を見た時、一番に抱いた思いは『大きいな』なんていう場違いな感想だった。

 実際には、その後すぐに『かっこいい』という好意にそれは塗りつぶされたんだけども。

 

 けれども、あの場面を客観的に見返せばそう思ってしまうのも仕方ないだろう。

 

 なにせ、死を目前にして心の折れた私を、あの人は颯爽と駆けつけて護ってくれたのだ。

 そんな物語のヒーローみたいな存在を前にして平静を保っていられるほど、私は鉄火場に慣れていないのだし。

 

 なんて自己弁護を誰にするでもなく行いながら、僅かに頬を赤く染める。

 

 分かってはいる。

 こんな思いを抱く権利なんて、私にはない事を。

 

 分かってはいる。

 この思いは恋や愛なんて呼べるほど純粋なものじゃない事を。

 

 救けられた恩義に、その後のあれこれに纏わる罪悪感。それに、垣間見た彼の記憶には“吊り橋効果”なる知識があった。

 だから、これは恋なんて無邪気なものじゃない。

 

 無邪気なものにはなれない。

 

 

 分かっては、いる。

 

 

 けれども、あの日の背中を。

 取り込まれる大気中の神秘が翼のように煌めく彼の背を思い出すと、どうしても鼓動が早まってしまうのだ。

 

 同時に、その後の自分の脆さを恨めしくも思ってしまうのだけれども。

 

 

────────

 

 2年前のあの日、気付けば私はどことも知れない場所に居た。

 前後左右に上方下方、どこを向いても白一色。濃淡も、明暗も、一切の変化が見当たらない。なんとなく、これは私を害するものじゃないとは直感できたけれど。

 

 とはいえ、中々に非日常的な……非現実的な光景だった。

 今では、もはや見慣れた景色になってしまったのだが。

 

 ともかく。当然ながら、私はその光景に取り乱し、そして必死に記憶を辿ったのだ。

 まさかまた拉致されたんじゃないだろうな、と。ホシノちゃんに口を酸っぱく『心配とかじゃないですけど、二度とこんな事されないでください。心配なわけじゃないですけど』と言われたのに、と。

 

 そこで気付いたワケだ。

 私を救けてくれたあの人が光線みたいなのを放った前後の辺りで、急に苦しくなったのだと。まるで、何かに侵食されたかのように。体内から壊されたかのように。

 

 まあ、今にして思えば。アレは、彼に宿っていた恐怖がデカグラマトンの神秘に触れて活性化した結果なのだろうと想像できるんだけども。

 しかし、当時の私にはその考察に至れるほどの情報が無かったわけで。

 

 あれ、もしかして私死んじゃったの!? なんて、焦りに焦ったのだったか。

 その直後に、pathを通じて彼の記憶や『知識』が流れ込んできた事で、そんな感情はそれ以上の驚愕やら疑問やらに塗りつぶされたわけなのだが。

 

 

 そして────それからの日々は、矢のように過ぎて行った。

 

 

 彼の記憶や、pathを通して見聞きした情報、それに彼だけが持つ特異な『知識』たち。

 そのおかげで、少しずつ状況の把握はできた。

 

 例えば、私を襲ったあの暴力について。

 

 違いを痛感する静観の理解者。理解を通じた結合。デカグラマトン第三の預言者。

 広大な砂の海を征く蛇、あるいは鯨。

 

 つまりは、ビナー。

 

 ある意味では同胞のようになってしまった、天路歴程を支える人外の神性の一柱。

 それこそが、私が遭遇した絶望の正体。まあ、正確にはあの邂逅自体は偶然のものであり、更に言えばその後の諸々などデカグラマトンにとっても想定外の事態だったらしいのだが。

 

 それについては、今はいいだろう。

 正直な話、あの自販機の事は好きにはなれない。今の私が生きられているのは彼との間にpathがあるから……つまりは間接的にはアレの権能のおかげで生きられているのだとしても。

 

 それでも、私がデカグラマトンを好きになることは無い。

 アレによる干渉が始まりになって、彼の神秘の変質は始まったのだから。たとえ逆恨みや八つ当たりじみた感情であっても、彼が悲痛な覚悟を抱くに至った────聖人になんて成り果てさせた原因を、私は憎んでいるのだ。

 

 つまりは、私自身も。

 

 

 まあ、結局のところはそれもどうでもいい事だ。

 正直、彼の影響を受け過ぎているような気はしないでもないけれど。昔の明るさが、随分と陰ってしまったような気がしない事はないけれども。

 

 結局のところ、こんな独白なんて誰も望んでいない戯言でしかないのだから。

 

 だから、そんな誰も幸せにならない……私だけが楽に『なった気』になれるだけの独白なんて、どこにも存在しない。

 するべきじゃない。

 

 

「…………よくないなぁ」

 

 彼に関する事だけは、感情をうまく制御できない。

 (イヤ)。正確には────昏い感情を、だろうか。

 

 やっぱり、独りぼっちで居るのも良くないのかもしれない。

 まあ、新しくできた友人であるあの子と一緒に居たころとは、彼の状況も何もかもが異なっているのだけれど。

 

「……はぁ」

 

 胸中の嫌な感情や、暗い方へ向かい続ける思考。そんな色々を、溜息に込めて吐き出す。

 何が変わるのか、と聞かれたら、なんにも変わらないのだけれども。切り替えるには、こういった動作を挟んだ方が良いから。

 

 自己嫌悪だとか、彼を取り巻く世界への恨みだとか、そういったアレコレは置いておいて。思考を、追憶に戻す。

 

 

 そう言えば、彼について分かったのは随分遅くだったろうか。

 “神秘”なる力を扱える事や、これから行おうとしている事について、それにもう一人の彼がどこかでpathに繋がってる事なんかは早いうちに分かったのだけれど。

 

 そんな表面的な事柄じゃない、『彼』についての知識は。

 “マクガフィン”じゃない“薪浪彩土”についての事柄は、中々知ることができなかった。

 

 理由自体は単純で、彼が昔の事を思い出そうとしなかったからだ。

 

 私は彼とpathで繋がっていて、彼の記憶や『知識』、感情など、彼が()体験している事を同じように感じられる。

 つまり、なんでも見れるワケではないのだ。

 

 まあ、たとえなんでも見れたとしても恩人のアレコレを勝手に覗こうとは思わないが。

 気になりは、するだろうけれども。

 

 ともかく。その関係上、彼が思い出そうとしなければ彼の過去を知る事はできない。

 そして、彼が過去を追憶する事は滅多になかった。

 

 キヴォトスにおける過去だけでなく、おそらく別の……もしかしたらキヴォトスの外側ですらない世界における『過去』も。

 たぶん、過去を思い出して、現在との差に苦しみたくなかったんだと思う。もしくは、追憶を現実逃避だと、罪だと思っていたのかもしれない。

 

 どちらが正解かなどと、私には分かりはしない。

 結局は私の想像で、妄想でしかないのだから。全く別の理由である可能性もある。

 

 とにかく、彼は滅多に自分の過去の追憶をしなくて、そしてそれが原因で彼について知れたのは随分遅くなった。

 それが事実で、それだけが事実だった。

 

 

 それでも、時間が経てば分かる事も増える。

 

 たとえば、彼の家族について。

 特別なところは無いけれども、優しくて温かな両親がいて。たまに口が悪くなったり扱いがぞんざいになったりはするけれども、なんだかんだ仲の良い妹がいて。典型的な孫に弱いタイプの祖父と祖母がいて。

 

 普通の、そして大切な家族がいたという事。

 

 たとえば、彼の生活について。

 全寮制の高校に通っていて、その2年生。交友関係が特別広いわけではないけれど、ある程度クラスの誰とでも会話する。一番仲が良かったのは出席番号が一つ前の子。ゲームや小説のようなサブカルチャーを特に好んでいた。

 

 普通の、キヴォトスとは違う『普通』の高校生であったという事。

 

 それ以外にも、彼がどうしてキヴォトスに入ってくることになったのかだとか。転移から2年前のあの日まで、誰の下で生活していたのかだとか。

 その生活が、なんだかんだ幸せだったという事だとか。

 

 色々な事が分かって。

 

 色々な事が……分かって。

 ようやく、私が彼の幸せな生活を奪ったのだと、分かって。

 

 

 分かってしまって。

 

 

 最早どうしようもない過去を、恨んだ。

 どうしてあの時耐えられなかったのだと、脆い私を恨んだ。

 こうして繋がっているはずなのに声を届けられない、無力な自分を恨んだ。

 真実を識ってなお目覚められない……彼を止めるために動けない、弱い自分を恨んだ。

 

 言い訳は、いくらでもあった。

 生徒にとって『恐怖(Terror)』とは劇毒で、一部の生徒以外は耐えられない事。

 私と彼とのpathは偶然繋がっただけの不完全な物で、ほとんど一方通行の物でしかない事。

 恐怖に歪められかけた私を彼の神秘が癒している以上……神秘が混線している以上は、どんなに強い生徒でも動けるわけがない事。

 

 いくらでも、言い訳はできた。

 

 けれども、彼はそんな不条理を乗り越えるために。

 徒人(ただびと)の身でデカグラマトンの預言者を超えるために、動いたのだ。

 

 だというのに、なぜ彼に救われた私は何もできないのだろう。

 なぜ私は彼を苦しめる重石になるだけで、彼に何も返せないのだろう。

 

 そう思うと、どうしようもなく苦しくなった。

 

 

 けれども、そんな私を置いて日々は矢のように過ぎて行く。

 

 カイザーコーポレーションとの戦争。

 繋ぎ手さんとの出会い。

 いくつかの挫折と、その度に傷だらけになりながら立ち上がる姿。

 

 pathを通して見る彼の日々は、目まぐるしく変化していた。

 

 そして最近は、特に。

 

 アビドス、ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ……それ以外にもいくつもの場所を渡りながら、彼は色々な事を為し続けた。

 そして遂に、アリウス分校で。彼は、至ってしまった。

 

 限界と、その先へと。

 

 普通の青年として弱く苦しんでいた薪浪彩土は限界を迎え……それでもと彼は立ち上がり、その先(マクガフィン)を選択した。

 だから、きっともう彼は止まらない。止められない。

 

 回帰不能点を踏み越えたから。

 自分の意思で、それこそが自分なのだと選び取ってしまったから。

 

 見え透いた自身の末路を、彼は肯定してしまっているから。

 

 

 きっと、その最後の引き金になったのは私だ。

 私が生きているって知ったから、彼は最後の躊躇を振り切ってしまえたのだ。もう思い残す未練はないのだと。

 

 ああ、だからこそ────

 

「……ごめんね、彩土君」

 

 私は、謝るしかないのだ。

 振り切った、どこまでも透明な笑顔を浮かべる彼に。

 

 

────────

 

 改めて、path越しに見える光景に意識を戻す。

 

 そこには、白と黒の翼を広げる『聖人』がいた。

 取り込まれる神秘が残す青白い軌跡が翼のようになっていた、2年前のあの日と似た……けれども、決定的に違う翼を広げる彼が。

 

 そもそも、今見えるアレは過剰な神秘と恐怖が漏れ出ている形なのだ。

 だから、何もかもが決定的に違う。

 

 だというのに、その背中はいつかの光景とよく重なる。

 

 きっと、私だけが知る彼の姿に。

 

「…………」

 

 

 酷く眩しい、そしてどこまでも哀しいその背中を目に焼き付けながら。

 小さく、呟く。

 

「────ねぇ」

 

 きっと、この声は届かない。

 届きようがない。

 

 でも……それでも、私は言うのだ。

 何度目かも分からない言葉を。自己満足なのだとしても、それでも。

 

「私は、あなたに救われたんだよ。誰でもない、あなたに」

 

 だから。

 

「だから、私はあなたと一緒にいるよ。あなたを独りにはしない」

 

 きっと、最期を共にする事はできないけれど。

 そもそも、あなたはそんな事を望まないのだし。

 

 でも……ううん、だからこそ。

 

「うん。私は、あなたと一緒にいる」

 

 誰にも知られる事のない真実を、私は見つめ続けるのだ。

 どれだけ苦しくとも。

 

「ずっと、ずっと」

 

 アリウスの少女たちを救う青年の後ろ裾に編まれた、捧げられたタツナミソウ。その隣に寄り添うアングレカムの浅葱色が、少しだけ揺れた。

 まるで────手を繋ごうと、するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 轟と、風が吹き付ける。

 

「これは……何のつもりですか?」

「ん? ああ、さっき言ったろ。これまで散々迷惑かけてきた分の恩返しだって」

 

 開かれた扉越しに、雪が吹き乱れる。

 

「こんな事を喜ぶ存在がいるとでも? 自分が口にした事を、貴方は分かっているんですか!?」

「クッハハ。まあ、悪いとは思ってるさ。ただ────残念ながら、盆から溢れた水は二度と戻りはしない。回帰不能点を超えた以上、俺とお前とを繋いでいた縁はここまでだ。その糸は、たった今俺が断ち切った」

 

 轟々と、風が吹き荒れる。

 

 

 

「────じゃあな、繋ぎ手(connecter)

 

 

 

 パタリと、呆気ない音で扉が閉められる。

 

「……私は、諦めませんよ。マクガフィン────いえ、薪波アヤトさん」

 

 響く声は一つ。

 虚しいだけの声が、一つ。

 

 取り残された、憐れな大人が一人。舞台が、大きく動き始めた。

 

 

 




 かなーり今さら感はありますが、前々から言っていた『ユメ先輩の死因が原作と拙作とで異なっている理由』の説明がようやく明かせるようになったので、割烹に投げました。気になる方はご覧ください。


最後になりましたが、くり抜き南瓜 さん、ku6no さん、シロmk2 さん、さいころん さん、nakamura2008 さん、M45Pleiades さん、たていすかん さん、うささま さん、評価付与ありがとうございました!
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