【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 えー、まず始めに。
 私は先週、先々週と続けて「来週は休む」と言いながら結局更新をする……つまりは休む休む詐欺を皆様へしてしまいました。本当に、誠に、本当の本当に申し訳ありませんでした()

 なんて冗句はさておき。
 体裁上カルバノグの兎と章題を付けていますが。ここから先、実際の内容はオリジナル展開オンリーみたいな事になります。ちゃんとRABBIT小隊は出てきますけどね。
 そんなわけですので、どうぞご注意を。


カルバノグの兎 / 終わりへ向かう四幕目
ウサギは()見て跳ねるのか


 

『キヴォトスに現れた光の柱! その正体は!?』

『光の柱は予言されていた!? 世界の終焉とその対処法!』

『被害はD.U.にも!? 大規模な気候変動と光の柱の関連性について!』

『聖人の完成とその影響に関する諸考察』

『情報提供求む! 光の柱の出現と神の降誕について』

 

 目を引く文言で構成された、サイケデリックな見出しの数々。

 スライドすれば、数秒のロードと共に膨大なウェブサイトが際限なく続く。

 

 エトセトラ、エトセトラ。

 

「…………」

 

 苦々しい表情を隠しもせずに、スマートフォンから目を離した大人が天を仰ぐ。

 キィ、と背もたれの軋む音が、茜の日差しに染まる室内へ響いた。

 

「……君は、いったい。何が…………いや、何を起こしたんだい?」

 

 ────マクガフィン。

 

 口の中で転がした名前は、先生自身の耳朶も震わせずに溶けて消えた。

 

 

────────

 

「────今回は悪かったな。俺の失敗の後始末をしてもらって」

 

 エデン条約調印式が予定されていた日から数日、先生はトリニティ総合学園で後処理に奔走していた。

 本来ならば自身が関わるべきでない事だとは理解していたが、子ども達の手が圧倒的に足りていなかった事、そして何よりも事情説明には自身がいる方が都合の良かった事が大きかったのだ。

 

 そんな中、少しだけできた空き時間に、背後から投げかけられた言葉が最初のソレであった。

 

「君は……マクガフィン?」

「質問に質問で返すけど……なんで疑問形?」

「いや、なんか。印象が変わったというか。そもそも、君、そんな口調だったっけ……?」

 

 振り返った先に居たのは、総身を黒で統一した青年。

 以前までよりもなんだか存在感が薄いような、けれども圧迫感は強くなったような。それでいてどこか吹っ切れたような雰囲気を纏う、マクガフィンがそこに立っていた。

 

 

 

「それで……わざわざ私に会いに来て、どうしたの?」

 

 廊下から場所を移し、人気のない教室の中。

 二者面談のように対面して、改めて先生が切り出す。とはいえ、黒ずくめの青年は背もたれに体重を預けた船漕ぎの姿勢で、そこまでまじめに振る舞おうとはしていないようであったが。

 

「最初の一言が全部だよ。迷惑かけた詫びに来た。まあ、他にもちっとばかし用はあるんだけど」

「そう……なの?」

 

 これまでの“慇懃無礼なマクガフィン”しか見たことのない先生にとって、少しばかり違和感が勝る口調。そして態度。

 どこか砕けた……というより一方的な信頼のようなものを感じる雰囲気に迷いながらも、先生は言葉を返す。

 

 が、やはりその困惑は露骨すぎたらしく。

 先生は、気遣うようにマクガフィンから提案を受ける事になった。

 

「あー、あんまり気になるなら口調変えるけど……」

「いや、そのままでいいよ。私の問題だからね。ただ……どうして、私に素を見せてくれるようになったのかな、って」

 

 とはいえ、これまでの大仰な────それこそ、演じているかのような────振る舞いが無いのは悪いことではない。

 見たところ、これぐらい砕けた調子が彼の“素”なのだろうし。

 

「ん? あー、まあ。本当は前の演技を維持した方が良いんだろうとは思うけど……なんか演じたところで最早無駄そうだし。それに、わざわざ“舞台装置(マクガフィン)”を演じなくても俺がマクガフィンなのには変わりないからな。んじゃあまあいっか、って感じ? ついでに言えば、先生なら無闇に口外したりしないだろうし」

 

 そんな読みから先生がかけた鎌に、マクガフィンは気負う事なく乗っかった。

 

(……なんだ? 何か、今の言葉に違和感があったような)

 

 普通ならば、それは喜ぶべき場面であろう。あるいは、占めたと思うべきか。

 なにせ、彼の企図した通りに会話が進んだのだ。ならば、抱くべき感情はそういった方向性のものになって然るべきである。

 

 だが、そんな先生の胸中に去来するのは拭いきれない違和感、それも見落としてはならないと感じるような特大の違和感であった。

 何かが決定的に食い違っていると、直感が叫んでいるのである。

 

 特に、『わざわざ“舞台装置(マクガフィン)”を演じなくても俺がマクガフィンなのには変わりない』の部分が。

 普通に考えれば前の言葉を強調しているだけだ。だというのに、何かがズレていると感じる。

 

(いったい、何だ? この感覚は……)

 

「んで、何か他にあるか? 無いなら話を進めるんだが」

 

 しかし、先生の思索に付き合って止まってくれるほど世界は個人に親身ではない。流れる時間は、ある種の無情さを伴って彼の思考を打ち切らせた。

 

(一旦置いておいて、後で考え直すべきか)

 

「えっと……じゃあ、いくつか聞きたいことがあるんだけど。いいかい?」

 

 とはいえ、先生もタダで倒れるほど正直な大人ではない。

 何が違和感をもたらしているのか分からないならば、その材料となる情報を集めようと彼は切り出した。

 

「……答えられる範囲なら。ベアトリーチェの一件に関しては俺の方に非があるからな」

 

 数秒の沈黙、悩むような空白の後に、答えが返される。

 はたして、それは先生が予期していた物とは少しばかり異なっていた。

 

(もうちょっと渋られるかと思ってたんだけどなぁ……なるほど?)

 

 そう。

 たしかに先生は“マクガフィン”について気になっている事は山のようにあるのだが、同時に彼は自身について知られる事は避けている……ともすれば、忌避しているとまで言っても良いぐらいだと知っているのだ。

 

 故に、この提案はもう少し渋られるか、もしくは断られるだろうと思っていた。

 その上で、『ならば』といった具合で条件付きの質問をさせてもらおうと彼は予定していた訳である。付ける条件としては、質問の内容か回数辺りにすれば向こうも飲むだろう、と。

 

 いわゆるドア・イン・ザ・フェイス。

 本命の前に少し高めの要求を提示し、あえて自分から譲歩する事で相手の譲歩を引き出す、大人としての交渉術である。

 

 しかし、ここに来て先生の読みは外れてしまった。

 となると────少しばかり、予定が狂ってくる。

 

(とはいえ、またとないチャンスでもある……か)

 

「じゃあ……君は、私たちの味方?」

 

 とりあえず、まずは一番明確にしておきたい部分を聞いてみよう。

 そう考えると、彼の中ではほとんど答えが出ている質問を先生は口にした。

 

 はたして、その答えは。

 

「いんや、違うな」

「────え?」

 

 彼の予期していた物とは、180°異なる内容であった。

 

「No、否、大外れ。俺は()()()()()()()()()()()()()()。オーケイ?」

 

 再度、重ねるように並べられる否定の言葉。

 そして、その姿からは嘘を吐いている様子は見受けられない。

 

 

「なら────君は、生徒たちの味方?」

 

 

 しかし、先生は即座に二の矢を継ぐ。

 返された言葉に微妙にニュアンスの異なる内容を見つけたがための、対象の変更。シャーレや自分ではなく、生徒たちならば、あるいは。

 

 そんな期待を籠めた問いは、しかし。

 

「んー、そっちもNoだな」

 

 少しばかり悩むようにしながらも返された否定の言葉によって、打ち砕かれた。

 

「嘘は……吐いていないんだね?」

「詫びに来たって言って嘘を吐くほど腐っちゃいねえさ」

 

 確認の言葉もまた、同様に返される。

 思わず、苦々しさに先生の表情が歪んだ。

 

 

 

 

(あっぶねー。いや、さすが先生って所か)

 

 とはいえ、黒ずくめの青年も編み込んだ仮面の下で顔を歪めていたのだが。

 実に危機一髪だった、と

 

 そう、マクガフィンは嘘を吐いてはいなかった。ただ、正確に聞かれなかったから真実を答えなかっただけである。

 そもそもの話として、彼は識っているのだ。信じているのだ。

 

 自身が何かをするまでもなく、子ども達はハッピーエンドに辿り着けるのだと。先生さえいれば、きっと遍く奇跡が始まる場所へ至れるはずだ、と。

 故に、彼は自身を『勝手にやって来て、好き勝手に行動しているだけの部外者』だと定義している。味方などではない。言ってしまえば第三勢力である。

 

 生徒たちと共闘することも、協調することも無く。どこまでも純粋に、純度百パーセントのエゴで動く存在。

 ただ、それだけ。

 

 探究の方向性が、自身の興味・関心ではなく生徒たちの幸福になっただけで。ゲマトリアと、大した違いは無い。

 たしかに子ども達のために行動はしているが、それは決して先生や生徒の味方である事を意味しないのだ。

 

 明らかに屁理屈ではあるが、突き通してしまえばそれも理屈になる。

 少なくとも、嘘“は”吐いていないのだし。

 

 故に、もし先生が『君の行動は、子ども達のため?』と聞いていれば、彼は是と返さざるを得なかった。

 自身でも口にしていたように、謝意はあるのだから。

 

 

 ただ、それはそれとして。

 

(どうにか、真実は終着点にまで持っていけそうだな)

 

 周りを不幸にするだけの真実は、誰にも教えない。

 改めて客観視して、自分でも悲劇的だと思った諸々は────誰にも知られないまま終わらせる。きっと優しいホシノや先生は、余計な事で悩んでしまうから。

 

(それに、結局は俺が贖罪から逃げたのが始まりなんだしな)

 

 それでも、薪浪彩土が死んだのは自分のせいだとホシノが苦しむ可能性がある。

 仇敵を赦すどころか心配するなど、いくらなんでも優しさの度が過ぎているだろう、とは思うのだが。それでも、心優しい彼女は『私が止められなかったから、あの人が死んだ』なんて考えてしまうかもしれない。

 

 そうでなくとも、人が死んだとなれば子ども達に何かしらの悪影響を及ぼす危険性がある。

 だから、あの日の真相は……マクガフィンの真実は、知られない方が良い。

 

(それに、今ならこの在り方も肯定できる。最期も、見定められたしな)

 

 神秘で編みこんだ仮面の下で、笑みを浮かべる。

 とある少女が“どこまでも透明な笑顔”と呼んだ、今にも消え入りそうな笑顔を。

 

「……さて、聞きたいことは全部か?」

 

 そうして、マクガフィンは改めて話を進めようとする。

 あまり時間を与えすぎて、余計な事に勘付かれてはたまらないから。それに、本題の事もあるのだし。

 

「なら、一旦はそういう事にしておくよ。それじゃあ、別の事を聞いてもいいかい?」

 

 とはいえ、先生もまたそう簡単に諦めはしない。

 

「あの日。調印式の日に、君はアリウス分校で何をしていたの?」

 

 堂々巡りに陥りかけた思考を脇に置き、別の角度からマクガフィンを捉えようとする。

 もはや油断も余裕も無い、戦場で指揮を執っている時と同様の雰囲気である。

 

「ああ、ベアトリーチェをしばこうとしてた」

「しばくって……」

 

 まあ、今のマクガフィンは滅多に自身のペースを見失わないため、真剣さを出そうとあまり意味がないのだが。

 

「じゃあ、その理由は? まさか偶然アリウスの自治区に立ち寄って偶然出会ったってわけじゃないんだろう?」

「んー、前々から計画してたしな……強いて言うなら、気に食わなかったから?」

「気に食わ、なかったから……」

 

 落胆か、諦めか、はたまた別の感情か。

 肩の力が抜けるように脱力した先生の顔に、微妙な笑みが浮かべられる。

 

(なんか……思ってたよりも大人じゃない、のかな? 調子狂うなぁ……)

 

 以前までよりも核心に迫っている感覚はあるのに、以前までの彼の姿がそれを邪魔する。

 慇懃無礼で、ここぞというタイミングで介入してくる計算高いマクガフィンという、これまでの彼の姿が。

 

 目の前の彼は間違いなく同一人物だというのに、ちらつく過去の影が『今の姿は演じているだけなのでは?』と疑わさせるのだ。

 

 あるいはそれは────生徒ではなく、けれども敵だとも思えない大人との関わり方を測りかねている、とも言えた。

 

 と、そこで気付く。

 

(そう言えば……彼は何歳なんだ?)

 

 体格や振る舞いからして、そう歳を食っているようには見えない。けれども同時に、“子ども”としての範囲は超えているだろう……これまでのマクガフィンから、先生はそう考えていた。

 だが、ここに来て根拠が揺らぎ始めている。

 

 彼の人物像が、分からなくなっている。

 となれば、興味が惹かれる。

 

 もしかすれば、後悔する事になりかねないとは思いながらも。今この機会を使って、聞いてみたいと思ってしまう。

 

「君は……何歳なの?」

 

 思ってしまった。

 聞いてしまった。

 

 はたして、答えは。

 

 

「年齢……? 多分、二十歳ぐらいだと思うけど…………もしかしたら19かも? それがどうしたんだ?」

 

 

 一瞬。衝撃で、思考が空白に染まる。

 

(はた、ち……? って事は、20歳?)

 

 怪訝そうな様子と共に返された年齢は、先生の予想を遥かに裏切って低いものだった。

 それこそ、こんな簡単な言葉の意味を噛み砕くのに時間を必要としてしまうぐらいに。

 

 そして、また気付いてしまう。

 

(今二十歳ぐらいって事は、2年前は……)

 

 18か、17か。自分が普段関わっている子ども達と、そう変わらない年齢だ。

 つまり────彼は。

 

 マクガフィン、あるいは薪波アヤトは。

 

(子どもの身で……それでも、ユメを救けようとした? そして、何かがあって、ブラックマーケットなんて無法地帯で過ごさざるを得なくなった?)

 

 視界が、ぐにゃりと歪む。

 なんだそれは。

 

 なんなんだ、それは。

 

 どうして、子どもがそんな目に遭ってるんだ。

 どうして、これまで私はそれに気付けなかったんだ。

 

「……? 先生、どうしたんだ?」

 

 どうして────君は、そんなに平気そうにしているんだ。

 

 揺らぐ。

 揺らぐ。

 

 視界(世界)が。自身の在り方が。

 子どもを護る、『大人』としての自分が。

 

 揺らいで、歪んで。

 

 でも、やっぱり。

 世界は、そんな個人の感傷に付き合ってくれるほど、優しくはない。

 

「……ッ!? おいおい、嘘だろ? なんで気付かれたんだよ」

 

 何かに驚くように、弾かれたように。

 急に立ち上がったマクガフィンが、信じられない物を見たように声を漏らす。

 

 そして、そのままの勢いで姿を薄れさせる。

 

「悪ぃな、先生。時間切れだわ。つーわけで、伝えたい事だけ最後に言っとく」

 

 まるで像が解れるように、端の方からゆっくりと。

 ユスティナ聖徒会が消える時と、似たように。

 

 黒々としたシルエットが、透けて行く。

 

「まず、あの光の柱。あれはデカグラマトンの預言者が出してる物だ。まだ残ってるのは感覚的にケテル・ビナー・ケセド・ホドの四体だな。なんでやってんのか後で聞きに行くつもりだが……もしかしたら、特異現象捜査部から調査依頼が入るかもしれない。まあ、上手くやってくれ」

 

 ホログラム、あるいは分身。

 一瞬何が起きているのか呆けかけたが、様子の変わらない彼の姿からそう読み解く。

 

 元々神秘を手繰ることに卓越していたマクガフィンなのだ。ユスティナ聖徒会という実物を見たならば、模倣も容易だったのだろう。

 

「それと、これが最後だ」

 

 もはや頭部だけが薄っすらと残っている状態で、尚もマクガフィンは口を開く。

 警告を告げる、預言者のように。

 

 

 

「色彩は、既にキヴォトスに向かってきている。備えておいてくれ」

 

 

 

 そうしてマクガフィンが完全に消え去ると同時に、先生の背後に位置する戸口が勢い良く開かれる。

 立っていたのは、桃色の髪をした少女。

 

「ッ! 先生」

 

 全力で走ってきたのだろう、切れた息も絶え絶えに少女は周囲を見回す。

 何かを探すみたく、必死に。

 

 先生以外に誰もいなくなった、伽藍洞な教室を。

 

「もう、いなくなった。ごめんね、ホシノ」

 

 静かに、そう言葉を紡ぐ。

 崩れるように膝を落とす少女から、返される言葉は無く。何か、言いようもない感覚を。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()かのような感覚を否定するための、小さな『まだ、きっと次がある』という呟きだけが、教室に響き渡った。

 

 

────────

 

 これまでのマクガフィンの足跡を記憶の中で辿り、色々と思い悩みながらも一夜が明けて。

 その日、先生は朝からミレニアムサイエンススクールの校門を潜っていた。

 

 特異現象捜査部から、依頼が入ったからである。

 要件は、『光の柱、及びデカグラマトンに関する調査』……つまりは、マクガフィンが語っていた通りの物。

 

 その事になんとなく気を重くしながら、特異現象捜査部の部室へと歩を進める。

 はたして、そこで待ち受けていたものは。

 

 

「リオッ! ホドは止められないんですか!?」

「動かせるAMASは総動員してるわ! それにC&Cも入ってもらってる!! でも、これは! 本体の居る座標が深すぎる! 浸食を中和するだけで…………」

 

 鬼気迫る表情で次から次へとコンソールを操作するヒマリと、同じように方々へと連絡を飛ばすリオの姿であった。

 

 

 

 事態は先生がD.U.を出た辺り、すなわち数時間前に遡る。

 その日、デカグラマトン調査の目途が本格的に立ったという事で、改めて先生に協力要請を送っていたヒマリ。そんな彼女の下に、リオが駆け込んできたのだ。

 

 曰く。地下に設置してあるセンサーが、異常を検知したと。

 

 両者にとって、必要な情報はこの言葉で済んでいた。

 なにせ、今、ミレニアムの地下という言葉で指す対象など一つしかないのだ。

 

 つまりは、デカグラマトン第八の預言者。

 地下深くの通信ユニットが乗っ取られた結果誕生した、ある意味ミレニアムの『恥』とも呼べる存在。

 

 そして、預言者へと変化してから長らく一切の活動を行っていなかった存在でもある。

 

 そう。誕生から少し前の『光の柱事件』まで、ホドは何もしてこなかったのだ。

 動きもせずに、ただ一所に固まったまま。

 

 

 それ故、特異現象捜査部はホドの調査を後回しにしていた。

 デカグラマトンの預言者に変化し本来の役割を果たさなくなった、というのは調査に値する事ではあったが、如何せん競合となる別の調査対象(マクガフィン)の優先度が高すぎたのだ。

 

 結果として、そのツケは高く付いているのだが。

 それも、現在進行形で。

 

 

「クッ、駄目です! 自治区外にまで出られます!」

「……こちらでも、確認したわ」

 

 ホドの活性化と同時に送り込んだAMASは半壊、そしてC&Cの消耗も甚大。

 もはや、彼の預言者を引き止めることは不可能だろう。

 

 しかし、敗北の苦々しさを噛み締めている暇はない。

 これまで動かなかった物が動き始めたという事は、何かしらの目的ができたからのはずだ。つまり、その目的を果たすまで、ホドは止まらない。

 

 その動線上に、何があろうとも。

 

「私はすぐに他学園に情報を知らせてくるわ。ヒマリは────」

「対策会議の準備、ですね?」

「ええ。頼んだわ」

 

 事態は、大きなうねりを見せながら進み始めていた。

 

 

────────

 

 ホドの脱走からおよそ30分後、ようやく先生はヒマリからいくつかの説明をしてもらっていた。

 

「まずは、こちらから呼んでおいて今まで放置してしまっていた非礼を詫びさせてもらいます。先生、本当にすいませんでした」

「いや、いいよ。どうやら、かなりの緊急事態だったみたいだしね」

 

 まずは礼儀として、ヒマリが謝罪をする。

 非常事態であったとはいえ、流石に色々とよろしくなかったと思っているのだろう。今ばかりは、常のヒマリ節も鳴りを潜めていた。

 

「それでは、改めて今回先生をお呼びした理由、そして今起きている事態についてお話しさせていただきますね」

 

 あるいは、その余裕が残っていないのかもしれない。

 どちらにしても、先生からそれについて触れる事は無いのだ。どちらであっても大して変わりないのだろう。

 

「まずは、先生をお呼びした理由……正確には、デカグラマトンの調査を行おうと思った理由について」

「光の柱を出しているのが、デカグラマトンの預言者だから……だよね?」

「どうやら、既にご存知だったようですね。ただ、理由はそれだけではありません」

 

 そう言うと、ヒマリはいくつかのデータをホログラムディスプレイに表示させた。

 内容は、それぞれキヴォトス各地の降水量や日照時間などなど、気候に関するデータが多いようだ。

 

「現在、キヴォトス全域で大規模な気候変動が起きています。おそらく先生も、子ウサギタウンの記録的豪雨などでご存知かとは思われますが……」

「それと、預言者との間に関連が?」

「確証までは得られていませんが、あの光の柱から放出されているエネルギーが何かしらの影響を及ぼしているのは間違いないかと」

 

 そう言いながら、ホログラムディスプレイを『光の柱事件』の前後における各種データの変化率を表したものに切り替えるヒマリ。

 なるほど、たしかにあの日を境にして急激な変化をしているように見られる。

 

「もちろん、それ以外が要因である可能性もありますが……」

「デカグラマトンの可能性が一番高い、と」

「ええ。まあ、これに関してはそうであってくれた方がありがたいという側面もあるのですが」

 

 いつも自信満々なヒマリが、表情を沈んだものにする。そんな珍しい様子にどういう事か聞いてみると、彼女はなんとも嫌そうな顔で答えた。

 

「デカグラマトンが原因である可能性が最も高いと先ほど言いましたが、実のところこの表現は正確ではありません。正しくは、その他に原因らしき物が見当たらないから自動的にそうなっている、と言うべきなのが現状なのです」

「って事は……」

「ええ。気候変動の原因がデカグラマトン以外にあるとなれば、その調査にはかなりの時間が掛かる事になるでしょう。そして、その間は対症療法程度しか異常気象への対策は打てません」

「なるほどなぁ……」

 

 たしかに、それはあまり考えていて良い気のするものではない。

 

「天候の操作などの研究も急ピッチで開始されているのですが……こう言ってしまうと工学的ではありますが、天気を操作するよりも建材を改良するなり貯水池を作るなりする方が費用対効果が高いので…………」

「これまでその分野の研究は盛んじゃなかった、と」

「はい。最先端を謳うミレニアムの名折れではありますが……」

「まあ、仕方ないよ。研究費用とかの問題もあるんだろうしね」

 

 と、そんな二人の下にリオが戻ってくる。

 

「ヒマリ、会議室が取れたわ、それと、先生……碌に事情説明を行えていない状況で本当に申し訳ないのだけれど、力を貸してほしいの。お願いしても、いいかしら」

「任せてよ。それに、ある程度の事情はヒマリに教えてもらえたからね」

「助かるわ。先生の助力に、心からの感謝を」

 

 深く頭を下げること数秒、再び顔を上げたリオは、先生とヒマリを先導するように会議室へと向かう。

 

「移動時間も無駄にしたくないから、いくつか追加で分かった事を話すわ。まず、ホドは自治区を出てから大きく移動スピードを落としている。ただ……本体が地下深くにいるため、依然としてその妨害はできていない」

「なるほど……目的地の検討は?」

「全く。けど、今のまま真っ直ぐ進むのであれば……あるいは」

 

 

 ────ブラックマーケットが、動線上に位置してるわ。

 

 

────────

 

「くひひ、聞いた? 光の柱、一本だけ大きく動き始めたみたいじゃん」

「みたいだな」

 

 場所は移り、D.U.の某所にて。

 

「でも、目的地はブラックマーケットだって……」

「ミユ……私たちはむしろ取り締まる側だろうに、ブラックマーケットなんかを怖がってどうするんだ」

 

 子ウサギ公園()()()()とある一軒家から、4人分の声が響いていた。

 

「既に光の柱が移動を開始してから3日ほど経過しています。それでも解決の兆しが見えないという事は、私たちSRTが動くほかありません」

 

 

 ────RABBIT小隊、行動開始。目的地はブラックマーケットです。

 

 

 筋書きに紛れ込んだ『例外』によって大きく歪んだ物語。

 その幕が、上がった。

 

 

 

 




真実の一部に辿り着いた先生は0/1D6のSANチェックです。


最後になりましたが、未完成さいぼおぐ さん、アルフォート白チョコ さん、煉獄騎士 さん、山原わたる さん、評価付与ありがとうございました!
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