【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

61 / 101
データ収集 ■■■■■■■ / 三番兎は笑って跳ねる

「どうやら、お困りのようですね」

 

 背後、一つの声。

 警戒が薄れていたのは間違いなかった。だが、完全な無警戒とまでは行っていなかったはず。少なくとも、こうも迂闊に背後を取られるほどではなかった。

 

 それが、いつの間にか背後に立たれていた。

 

 チラリと横へ視線を向ければ、エイミもまた警戒した表情を浮かべている。

 

「ふむ……少し、ファーストコンタクトを失敗しましたかね。別段、貴方たちに何かをしようという気はないのですが」

 

 お道化たように、大仰に肩を竦める大人。

 身に纏う真っ白なガラベーヤの下に見える身体は、同じく真っ白なフレームで構成されている。顔部分は、半透明な強化ガラスの奥に部品としての単眼レンズが大きく覗く無骨な仕様。

 

 全体として、一度も見た事のない機械の肉体の大人であると言える。

 

 そして、白色のボディで見た事のない存在と言えば────

 

「あ、これ、デカグラマトンとの関係を疑われてます? 後から表に出てきた連中のせいで迷惑被るのは勘弁して欲しいんですけどね」

「……ッ」

 

 思考を読まれた。

 それも、完膚無きまでにドンピシャに。

 

「あー、なんか完全に裏目ってますね、さっきから。さて、はて。いったいどうしましょうか……」

 

 目の前の存在は変わらず剽軽な調子を崩さないが、もはやそれを信じる余地はない。

 少なくとも、警戒を緩めるべきでは────

 

「先生、先生。あの人、多分デカグラマトンの関係者じゃないと思う」

「……エイミ?」

「あの人、あっちのオートマタ兵と違ってオレンジ色のパーツが無い。それに、身のこなしも戦う人のソレじゃないっぽいし」

 

 最初は何事かと思ったエイミの言葉であったが、それらは冷静な分析に裏打ちされた物であった。

 そうして先入観を捨てて観察してみれば────たしかにデカグラマトンのオートマタ兵と似た点はいくつかあるが────目の前の人物はデカグラマトンの尖兵ではないようにも見える。

 

(少し、気が立ちすぎていたか)

 

 生徒の目の前で先入観に囚われた行動をするなど、先生失格だろう。

 苦い感情を戒めとして胸に刻みながら、改めて先生は顔を上げた。

 

「ああ……良かった。服装は中々にアレですが、どうやらそこのお嬢さんは話が通じる方のようで」

「申し訳ありません。少し、気が立っていたみたいです」

「いや、さっきのは先生への嫌味とかじゃなくてですね。急に背後に立った私にも非がありますし。ただ……」

「ただ?」

「……ただ、普段から人の話を聞かないどころか人を振り回しまくるような生徒の方と関わっていると、ですね。まあ、先入観と言いますか、一種の偏見と言いますかが…………」

 

 やけに重い実感の込められた言葉に、思わず頷きそうになる先生。

 生徒を悪く言いたいわけではないが……はっちゃけたタイプの生徒と関わっていると、マトモな生徒と出会った時に感動を覚えそうになるのだ。

 

 いや、本当に。

 心の底から理解できてしまう。

 

(っとと、あまり警戒を緩めすぎるのも良くないな)

 

 一転して警戒を解きそうになったのを、思い直して持ち直す先生。

 デカグラマトンと関係無かったとしても、この人物が敵ではない保証はないのだ。それに、自身の先生としての素性だけならともかく……この人物は、デカグラマトンの存在まで把握していた。

 

 少なくとも、ここまで事情通な大人がそこらの一般人ではないだろう。

 あるいは────

 

(ゲマトリア……)

 

 黒服を始めとした、幾人かの大人の姿が脳裏を過ぎる。

 この非常事態でも自身のペースを崩さない姿は、どこかあの組織を思わせた。

 

「さてさて。あまり時間の余裕も無いというワケで、話を進めましょうか。私はこのブラックマーケットで商いをしている者です。繋ぎ手(connecter)、あるいは継ぎ手(jointer)と名乗れば伝わりますかね」

「────っ! あなたが」

「ああ、良かった。カスミさんの事ですから、妙な伝わり方がしていないかと少し心配してたんですよ」

 

 2年前にアビドスで起きた事件。

 その真相について何か知っているのであろう人物の名が、白ずくめの大人の名前だった。

 

 思わぬ場所で思わぬ人物と出会えた事に、先生の表情が明るいものに変わる。少なくとも、これまでのカスミの動向からして目の前の大人は悪性の存在ではないはず。

 それに、彼はあの破天荒な少女が義理を通そうとする人物でもあり────

 

(何より、マクガフィンとも関わりがある人物のはず)

 

 つい先ほどまでブラックマーケットを荒らしていた青年の姿を思い出しながら、しかし思考を切り換える先生。今は、とにかく目の前の脅威に対応しなければ。

 

「それで……えーっと」

「ああ、繋ぎ手と呼んでいただければ。継ぎ手の方は古い名前でして……法人名が必要でもない限り、できれば使いたくない名前なんです」

「なるほど。それで、繋ぎ手さんは何の用で?」

「いえ、かなりお困りのようでしたので。私にも何か助力できる事があるのでは、と」

 

 これでも顔は広い方ですので、と続ける繋ぎ手に、先生の口角が思わず上がる。

 無制限にこの人物を信頼するわけにはいかないが、少なくともさっきまでの八方塞がりだった状況よりは好転しているのだ。

 

「じゃあ────」

 

 それならばと、先生は方針を切り換えるのだった。

 

 

────────

 

「げっ」

 

 光の柱に重なるように突き立っていた謎の柱状の構造物。この場で起きている異変の原因と思われるそれを破壊した結果、より苛烈になったオートマタ兵の攻撃から辛くも抜け出したRABBIT小隊は、近寄ってくる大人に対して声を漏らしていた。

 何とも嫌なタイミングに嫌な人物と出会ってしまったぞ、と。

 

「何の用でしょうか」

 

 立ち位置として一番前に立っていたという事で、まずはミヤコが口火を切る。

 冷たいその声色は、鉄火場の雰囲気も相まって酷く敵対的に響いた。

 

 けれども、その程度で先生の笑みは崩れない。

 遡れば原因は自身の迂闊な言動にあるのもそうだし、何よりももっとぶっ飛んだ生徒と普段から関わっているのだ。それこそ、不適格な飲食店を問答無用で吹っ飛ばすような。

 

 ならば、多少の刺々しさは精々が『元気だなぁ』と思う程度でしかない。

 

 が、そんな裏事情をRABBIT小隊は知らぬわけで。

 崩れない笑みを余裕の表れ、あるいはもっと直接的に自分たちをせせら笑っているのかと、サキが牙を剥いた。

 

「なんだ、私たちを笑いに来たのか? やっぱり自分には遠く及ばないって」

「いや、そうじゃなくてね。まずは謝らせてもらえないかな、って」

「謝る……?」

「うん。君たちが移動した後、改めてSRT特殊学園について教えてもらったんだ。だから、何が君たちの気に障ったのかも理解してるつもり」

「その上で、謝罪させてほしいと?」

 

 ミヤコの問いに頷きを返した先生へと、怪訝な視線を向ける少女たち。

 そもそもの話として、今のRABBIT小隊はSRTにすら所属していない宙ぶらりんの状態だ。それに対し、先生はシャーレの顧問として立場を持った人物。

 

 つまり、RABBIT小隊と先生との間には明確な立場の差があるのだ。あるいは、地位の差か。

 もちろん、そんな物に屈するつもりは少女たちには毛頭無いが、それはそれとして彼我の差を認識できないほど彼女たちは馬鹿ではない。

 

 それなのに、わざわざ頭を下げたいと先生は言うのだ。

 

 ある程度キヴォトスの大人について……というか、立場を持つ者の黒い部分について知識を有している少女たちにとって、それは酷く奇特な物として映った。

 

 しかし、目の前の大人が深く頭を下げているという現実は変わらない。

 

(変な大人……)

 

 誰からともなく、そんな思考が浮かんでくる。

 いっそ何か裏があった方が腑に落ちるぐらいである。

 

「……ひとまず、頭を上げてください。あなたとしても、そんな姿を周りに見られるのはよろしくないでしょう」

「私の外聞なんかどうでもいい。そんな事より、君たち生徒の方がよっぽど大事だ」

 

 なんとなく、居心地の悪さを感じたミヤコの言葉。しかし、それは即座に否定されてしまう。

 

(……何なんですか、この人は)

 

 困惑が更に強まる。

 さっきまでは自分たちの事を認識すらしていなかったくせに、少しSRTの事を知ったらこれなのだ。いっそ気味の悪さすら感じる。

 

 いや、ここまで来れば先刻のやり取りに悪気は無かったのだろうと理解はできる。だが、それにしてもここまでの対応をするものだろうか。

 先にも述べたように、自分たちと『シャーレの先生』との間には、いっそ清々しいほどの差があるのだ。ならば、振る舞いにもソレが出てしかるべきだろう。

 

 そんな思考が、RABBIT小隊の四人の脳裏を過ぎる。

 先生のような『社会的に高い立場にありながら、真っ当に誠実なままでいる大人』というサンプルをこれまで見た事のない一同にとって、今の彼の姿はどこまでも異質な、理解しがたい物であったのだ。

 

「ああ、もう。分かりました。謝罪を受け取りますから、頭を上げてください。ただし、それはあなたを許すだとか信頼するだとか、そんな事を意味したりはしないので。勘違いしないでください」

 

 高まり続ける居心地の悪さに耐えかねたミヤコが、音を上げたように謝罪を受け取る。念のため振り返った彼女の視線の先では、他の隊員が『よくやった』と言わんばかりに頷いていた。

 どうやら、ここに来て少し不和の覗いていたRABBIT小隊の心は一つに固まったらしい。

 

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが。

 

「ありがとう、今はそれでいいよ」

「本当に変な大人ですね……」

「あはは……」

 

 いよいよ以て零れ出てしまった内心にも、先生は困ったように微笑むばかり。もはや怒りの感情を失っているのではと疑ってしまうほどだ。

 とはいえ、多少中心から離れてこそいるものの、ここは鉄火場のど真ん中。いつまでもこうして会話していられるような余裕はない。

 

「それじゃあ、なんだけど。私はあそこの光の柱、正確にはその原因になってるホドを何とかしたいんだ」

 

 そうして会話を進めた先生。

 その内容に、RABBIT小隊の少女たちは落胆と奇妙な安堵を抱いた。

 

 なにせ、シャーレの先生と言えばその卓越した指揮の腕で有名なのだ。いや、もはやそのスキルは“卓越した”なんて表現では収まらない程に優れている。

 その人物がこんな事を口にしたという事は、十中八九続く言葉は『自分の指揮下に入って協力しろ』になるだろう。多少言葉が変わるかもしれないが、どうせ内容は変わらない。

 

 つまるところ、さっきまでの謝罪だの何だのはこのためのポーズであったわけだ。自分の心証を良くして、あるいは私たちに負い目を作らせておいて、それを笠に自身の麾下に入れと要求するための。

 

(なんだ。やっぱり、この人もそうなんじゃないですか)

 

 落胆しているようで、安堵しているようで。

 奇妙な感覚にどこか戸惑いながらも、その心が冷えて行く。

 

 しかし、先生が続けた言葉はそんな少女たちの予想を裏切る内容であった。

 いや、たしかに全てが外れていた訳ではない。だが、最も重要な……あるいは、少女たちが最も嫌悪した言葉は含まれていなかったのだ。

 

「だから、君たちにも協力してほしい……んだけど、きっと君たちは私の指揮下に入るのは嫌だと思う。当然だ。だって、私と君たちの間にはまだ信頼関係も何も無いんだから」

「…………」

 

 先刻のようにさっさと立ち去ってしまおうとしていた少女たちの足が、ピタリと止まる。

 予想と違った内容に、ではここから続けられる言葉は何であろうかと思ったからである。

 

 

「だから、君たちは好きに動いてほしい」

 

 

 はたして、その言葉は。

 少女たちに、どのように映ったろうか。

 

 ある者は怪訝さを瞳に浮かべ、ある者は“軽んじているのか”と反感を抱き、ある者は困惑を露わにし、そしてある者は面白い物を見つけたように口角を上げながら。

 しかし、何も返さずに少女たちは続く言葉を待つ。

 

 今は、彼の語る言葉を最後まで聞きたいと。聞き届けたいと。

 

「あそこで戦ってるC&Cのみんなや、これから来る……と思う増援の生徒たちの指揮は私が執る。だから、君たちの動きにも合わせてみせる」

「態々それをあなたがするメリットも、そしてそれを宣言するメリットも見当たりません。何が目的ですか?」

「まあ、もしそれで私を信頼できそうだと思ってくれたなら君たちも指揮させてほしい……なんて打算はちょっとだけあるけれど。そもそもの話、この戦場において君たちは間違いなく無視できない戦力なんだ。だったら、その実力を最大限に発揮できるようにするのが────指揮官の務めだろう?」

 

 大胆に、不敵に。

 先生の顔に笑みが浮かべられる。

 

 

「戦場じゃ指揮ぐらいしか私にできる事はないけれど……まあ、指揮にはちょっとだけ自信があるんだ」

 

 

 背を向けながら、身を翻しながら語られた言葉に。

 無数の鉄火場を超えてきた、その背中に。

 

 鳥肌が立つ。

 どこか拍子抜けしつつあった一同が、今相対しているのはシャーレの先生なのだと再認識する。何が『なよっちくて変な大人』だ、全く違うではないかと。

 

 これは、普段は牙を隠しているだけで────どこまでも固い覚悟と自信を胸に進む、何があろうと揺らがないタイプの傑物だ、と。

 

 

 何やら白ずくめの大人に連れてこられたらしい少女たちの下へと向かう先生に、RABBIT小隊の四人はゴクリと唾を飲み込むのだった。

 

 

────────

 

 SRTの少女たちと別れ、本格的に先生が戦闘に参入してからおおよそ20分ほど。

 戦況は、一時期押し込まれつつあった生徒たちの側が持ち直したことで拮抗状態に陥っていた。

 

 その原因には、RABBIT小隊の四人がある程度パフォーマンスを取り戻した事や先生がその動きに合わせて指揮を熟している事などもあったが────やはり一番大きかったのは、援軍に入った4人組の存在であろうか。

 

 その4人とは、即ち。

 

「社長っ!」

「ええ、任せなさい!」

 

 ちょっとした用事で偶然ブラックマーケットを訪れていた、便利屋68の4人であった。

 

 

 

 便利屋68。

 二つ名が広く知れ渡っている大悪党(七囚人)や、都市伝説にすらなっている危険人物(マクガフィン)ほど誰でも知っているわけでは無く、しかし裏社会に身を置く者ならばある程度は知っている人物もいる。

 知名度としては、そのぐらい。

 

 しかし、彼女たちについて注目するべきはそこではない。

 即ち、組織としての戦闘力の高さである。

 

 なにせ、彼女らは母校であるゲヘナ学園で日々治安を維持している風紀委員会を────最大戦力である風紀委員長がいなければ、という条件付きではあるが────たった4人で相手取れる程の実力を有しているのだ。

 考えるのも馬鹿らしくなるほどの人数差をどうにかできる、というのは額面通りの意味では収まらない。個々の実力が高い水準で纏まっており、その上で互いを活かし合える連携力やブレーンとなる存在などが求められるからだ。

 

 その他にも、()()自由と混沌を極限まで体現したゲヘナ学園ですら活動できなくなっている点や妙にトラブルに巻き込まれやすい点などなど、注目するべき箇所はいくつかあるが……ひとまず、この場では戦闘力が極めて高いという部分だけで十分だろう。

 

 

 

 そんな彼女たちを『知り合いで問題無さそうな生徒さんがいました』と繋ぎ手が連れてきた時、先生は思わず跳び上がりそうになるほどだった。

 大前提として求められる戦闘力、戦場の変化に臨機応変に対応できる柔軟性、まず間違いなく自身の知る中でもトップクラスの善性を備えた性格などなど、今求めていた条件を完璧に満たした人選であったからだ。

 

 ちなみに、余談ではあるが便利屋68にとって繋ぎ手は『よく分からないが、“連れ”が時々迷惑をかけているからとブラックマーケットで会うたびにご飯を奢ってくる変人』だったらしい。

 最初はこれでもかと警戒していたものの、次第に毒気を抜かれてご馳走になるようになったようだ。それはそれとしてカヨコやムツキは独自に繋ぎ手の身元を探ったりしていたらしいが。

 

 閑話休題。

 

 

 そんな便利屋68が先生の頼みなどもあり参戦したことで、戦況は拮抗状態にまで持ち直しはしていた。

 彼我の物量差を思えば、快挙と呼ぶべき事である。

 

 しかし、その中で指揮を執る先生の表情は浮かない物であった。

 否、それは彼だけでなく、この戦場に立つ誰もが程度の差はあれど表情を曇らせていた。

 

(どうにか打開しないと、いつか崩れるな……)

 

 そう、拮抗状態では足りないのだ。

 なにせ、敵は疲れ知らずな機械の軍勢。同じペースで戦っていては、先に生徒たちに限界が訪れる。

 

 加えて、便利屋の4人は元々戦う予定など無かった事もあり準備が不十分であった。これでは、いずれジリ貧になるのが目に見えている。

 

(どこか一点に集中しての突破……は、さすがにリスクが高すぎる。成功しても囲まれるだろうし。とはいえ長距離狙撃だけでピラーの破壊が困難である以上は接近する必要がある、と。ただ、結局その後本体をどうにかできないと意味が無いし…………)

 

 やはり、一番厄介なのはホドが未だ地中深くに引きこもっていることだろう。

 この状態でホド本体にまで攻勢に出られればどうなるかは目に見えているが、それはそれとしてその陰湿さには少し文句も言いたくなってくる。

 

(さて、どうしたものか)

 

 最近乱用しすぎな気もしなくも無いが、やはり大人のカードを切ることも考えるべきだろう。そうあらゆる可能性を模索する先生の耳朶を、いくつかの足音が叩いた。

 

「うふふ、お困りの様ですね。先生?」

「ハルナ……?」

 

 振り返った先に居たのは、美食研究会の4人であった。

 

(いや、なんで……?)

 

 思わず脳内を疑問符で溢れさせてしまう先生。

 たしかにゲヘナの校風をよく実践しているこの4人ならばブラックマーケットにいることもおかしくはないが、それはそれとしてどうしてここにまで来たんだ、と。

 

 周囲に繋ぎ手の姿が無い事も、その疑問を加速させた。

 しかし、そんな先生に簡単な事を告げるようにハルナは口を開く。

 

「普通では手に入らない食材や、広まっていない調理法などなど……ブラックマーケットには、ある種『ならでは』と表現するべき美食があります。もちろんブラックマーケットである以上はハズレのお店が多いのですが」

 

 そこで一度言葉を切ると、改めてにっこりとイイ笑顔(アルカイックスマイル)を浮かべながら彼女は続きを語った。

 

「だからこそ、数少ない“当たり”の美食は貴重なのです。アレはそんな美食に危害を加えようとしているのですから────ね?」

 

 なるほど、どうやら美食研究会は平常運転だったらしい。

 平常運転に、かなり頭に来ていたらしい。

 

 今になって再び戻ってきた繋ぎ手の姿を見て、理解する先生。大方、他と違う動きをしていた彼から事情を()()()してもらったのだろう。

 随分と疲れた様子だ。

 

 どこか現実逃避するように笑顔を浮かべながら、先生はそう分析するのだった。

 

 

 

 

────────

 

 

 少女にとって、世界とは退屈な物であった。

 あるいは、つまらない物だろうか。

 

 どちらにせよ、彼女にとって周囲の世界は自身を満足させるに足りなかった。

 そもそも、刺激が足りないのだ。

 

 現状維持などもっての外。後の事など考えないが故に生まれる刹那的な美しさをこそ、少女は何よりも求めていた。もしくは、破滅に繋がるカタルシスだろうか。

 それこそ、爆薬が派手に爆ぜる瞬間などたまらない。その規模が大きければ大きいほど、その魅力は強くなる。抗いようがない程に。

 

 しかし同時に、それは自身が異端である事の証明でもあった。

 もちろん、ある程度ならば理解できる人物もいるだろう。それこそ、ドミノ倒しのような軽い物であれば。

 

 でも、ある一線を越えれば誰も付いてこれなくなる。学校でも、塾でも、自身と価値観を共有できる存在はどこにもいなかった。

 別に、それに対して文句を言おうだとかは考えていない。それが普通で、一般的で、そして理性的な人間の振る舞いなんだから。自身がマイノリティに属する側の人間だという事ぐらい、とっくの昔に理解している。

 

 けれども、それはそれとして『つまらない』と思うのだ。誰も彼もが安全策ばかり選択して、危険は避け続けて……なんとも刺激の薄い生活ではないかと。

 この破滅へ繋がる刹那にしか見られない世界に、その美しさに魅せられないのは。

 

 少女にとってそれは、考えられないほど退屈な事であった。

 

 故に、少女は進学する高校を最も刺激を感じられそうな場所にした。

 もちろん、それだけでなく多少の憧れなども理由にはあったのだが。

 

 ともかく、少女は過酷な入試を越えてエリート校として名高い『SRT特殊学園』に入学したのだ。

 これから扱えるようになるであろう数々の危険な銃火器や兵器たち、それにこれから関わる事になるであろう刺激に溢れた数々の事件へと胸を膨らませて。

 

 そうして少女はSRTへ入学し────そして一年も経たない内に連邦生徒会長が失踪した。

 

 SRT特殊学園に関するあらゆる権限……つまりはあらゆる責任は連邦生徒会長が持っていた。その人物がいなくなったことでSRTは宙ぶらりんな謂わば『火薬庫』に変貌し、廃校処分が下されてしまったのだ。

 

 なんともまあ、酷い話だろう。

 これまでの自分の苦労は、そして期待は何だったんだ。ヴァルキューレ警察学校への編入など認めてなるものか。それならばまだゲヘナ学園の方が望みに近いだろうし、そもそもSRT以上に自身の望みに合致する場所など存在しない。

 

 故に少女たちは……少なくとも彼女は、自身の楽園を存続させるために立ち上がった。一緒に動いている他の隊員については、正直分からないが。

 

 

 ともかく。

 そうして彼女は立ち上がり、とにかくどこかでデモでも行おうと準備をして────そしてその一歩目で躓いた。

 

 それも、本来ならば再起不能になるレベルで。

 

 キヴォトス全域における大規模かつ急激な気候変動と、デモの準備をしていた子ウサギタウンにおける記録的豪雨。

 どんな抵抗をしようと無意味な、大いなる自然による猛威。

 

 たった一度の雨で、何もかもが台無しになった。

 

 

 全くもって、あんまりな話じゃないか。

 自分たちが何をしたのだと。まあ、自分には多少の罪はあるかもしれないが……それでも、こんな目に遭わされるほどの事をしただろうか。

 いくらなんでも、酷すぎやしないだろうか。

 

 幸か不幸か道は繋がりこそしたものの、少女にはそんな燻ぶった感情があった。

 

 そして、その思いは功績を稼ぐために訪れたブラックマーケットにて更に強くなる。

 連邦捜査部、シャーレの先生。自分たちが活動できなくなってから代わるように現れて、瞬く間にいくつもの成果を挙げた人物。

 

 そんな一種の商売敵とも呼べる人物と遭遇したのだ。

 

 正直な話、少女は噂に聞く先生の事を好きではなかった。むしろ嫌いの側に寄ってすらいただろう。

 なにせ、先生について聞く話のどれもが好意的で“つまらない”物ばかりだったのだ。一部、生徒の足を舐めただとか生徒の頭皮の匂いを嗅いだだとか“気持ち悪い”に分類される物もあったが。

 

 少なくとも、噂から想像できる先生は『お綺麗でお利口さんでそれでいて成功している人物』であり、自身の好むような要素は欠片も無かった。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。

 

 たしかに自身の好む刹那的なカタルシスを求める姿勢は見受けられないが……しかしまあ“つまらない”など論外ではないか。

 自信に溢れた振る舞いやそれを裏付けする実力もそうだが、何よりもあの人物はゲヘナの生徒と親しげにしているのだ。

 

 それも、便利屋68に美食研究会というゲヘナでもトップクラスに危険な生徒と。

 何がお綺麗でお利口さんだ。完全にかけ離れているではないか。

 

 その姿を見た時、少女は口角が上がるのを堪え切れなかった。全くもって、先生とはこんなに面白い人物だったのか。

 

 そして、極め付けがこれだ。

 

『ホドを地中から引っ張り出したい。だから、あの辺り一帯を纏めて吹き飛ばしたい……んだけど、今その規模のミサイルや爆薬を纏めて制御できるのは君しかいない。責任は私が取るから、お願いできないかな』

 

 気でも狂ったような通信と、ブラックマーケットならではな危険度の高い兵器の数々。

 どうやらこれを仕入れてきた人物がブラックマーケットでも上位の人物で、そして『この辺りなら吹き飛ばしても構わない』と語ったなど色々と裏事情はあるらしいが────

 

 

(こーんな面白い事、やらない訳ないじゃんね)

 

 

 先生の言葉に従う事になるのを悩むミヤコやサキを放置して、少女、風倉モエは笑う。

 

 気に入った。

 最高だ。

 

 ああ、いいだろうとも。こんな面白い人物ならば、従ってやるのも悪くない。

 

 

 

「さあ、派手に行こうか!!!」

 

 

 

 まるでこの一画だけ夜明けが訪れたかのような閃光と、油断すれば吹き飛ばされかねない爆風が周囲を蹂躙し────地中に引き籠っていたホドが、引きずり出される。

 

 その光景を前に、風倉モエは満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 




最後になりましたが、物部皐 さん、評価付与ありがとうございました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。