【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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データ収集 エリドゥ外郭

 ミレニアムサイエンススクールが自治区内にて、同校の制服とは異なる物に袖を通した少女が一人。

 

「うう……みんな、どこに行ったの…………?」

 

 心細げに呟くその姿からはこれでもかと『私、困ってます』というオーラが滲んでいたが、しかし少女に話しかける存在は誰もいない。

 

 ミレニアムは余所者に冷たいのか?

 否。

 

 少女に何か近付きがたい要素があるのか?

 否。

 

 少女の居る場所には他に人がいないのか?

 否。

 

 否、否、否。

 

 研究者や科学者の集まるミレニアムサイエンススクールであっても困ってる人に手を差し伸べる程度の温かさはあるし、それは生徒だけでなく大人たちも同様だ。

 可憐とも形容できる少女に近付きがたい雰囲気があるワケでもなく、そして少女の周囲にもいくらか人通りはある。

 

 ならば何故少女は独りで居るのかと言えば……ある意味、その原因は少女の側にあった。

 単純に、影が薄いのだ。

 

 だがそれも馬鹿にできない。

 なにせ、彼女は極限まで影が薄いのだ。それこそ、同じRABBIT小隊で活動しているはずのメンバーからもたまに忘れられてしまうほどには。

 

 故に、誰も一人心細そうにしている少女に話しかけない。

 そもそも気付いていないのだから当然だ。

 

 そして、少女自身もその気弱な性格が災いして知らない人に話しかけるのを躊躇してしまっている。まさに八方塞がりな袋の鼠である。

 まあ彼女は(RABBIT)なのだが。

 

 

 と、そんな彼女に近付く影が一つ。

 どれだけの時間が経過したのか、もはや『私はこのまま誰からも忘れ去られて消えちゃうんだ……』とネガティブな想像(自分の世界)に閉じこもりつつある少女の下にまで辿り着くと、その人物は彼女へと話しかけた。

 

「ふっふっふ……嬢ちゃん、お困りのようだがどうしたんだい?」

「え?」

 

 “序盤と中盤の間辺りに登場する、冒険者ギルドにて困っている主人公に手を貸してくれる凄腕の先輩冒険者”という少し王道から外れたラインのロールプレイをしているアリスが、そこに立っていた。

 

 

 

「なるほど、ミユは特殊作戦のためにミレニアムへと来たのですね!」

「え、えっと……ふええぇ…………」

 

 時はしばらく流れ、場所は変わらずミレニアムの自治区内にて。

 ミレニアムに到着した直後にはぐれたRABBIT小隊の面々を探しながら、霞沢ミユは隣を歩く少女、天童アリスの勢いに少し……かなり…………めちゃくちゃ押されていた。

 

 それこそ、半ばパニックになって妙な鳴き声を上げてしまうぐらいには。

 

 しかしそれでもなんだかんだ会話が続いている辺りに、アリスのコミュニケーション能力の高さが窺えてくる。彼女の纏う天真爛漫な雰囲気は、よっぽどの人間嫌いでもない限りは邪険に扱えなくする力があるのである。

 

 とはいえ、こうもグイグイと来られると逆に困ってしまうのがミユなわけで。特に、今回はミレニアムにまで来た理由が理由(預言者の調査)であるために、あまり大っぴらに色々と話す事はできない。

 つまるところ、かなり内容をぼかして“特別な作戦のために来た”と語るのが精一杯なのだ。

 

 が、その曖昧さはむしろアリスに刺さってしまう。

 詳細を明かせない特殊作戦のために自治区外からやってきた人物など、ゲームで言えば明らかな『イベントフラグ』でしかない。それに食いつかないわけがないだろう。

 もちろん、それはそれとしてミユが本心から嫌がるようなら引き下がる程度の分別はあるし、ついでに言えば残りのRABBIT小隊の捜索を手伝うだけの善意もあるのだが。

 

「それで、ミユのジョブは何なんですか? やっぱりその気配の薄さは……アサシンですか? それともシーフ? はっ、ここは変わり種で忍者という可能性も……!?」

「じょ、ジョブ……? 一応、小隊だと狙撃手を担当してるけど……」

 

 そんな風に、二人の『人探しクエスト』は賑やかに進むのであった。

 

「おっと、ごめんよ。前を見て歩いてたつもりなんだけどねぇ……」

「あ、アリスちゃん。今日はどこまで冒険に────って、え? そこの人誰? いつからいたの?」

「おや、アリスちゃん。また冒険に……って今日は連れがいたのかい。ちょっとびっくりしちまったよ」

 

 ……道中にて、いくつもの事件を差し挟みながら。

 

 

────────

 

 一方その頃、ミユ以外のRABBIT小隊のメンバーはと言うと。

 

「なんなんだよコイツら!? 預言者とかいう奴らの仲間か!?」

「知らないよ!」

 

 はぐれたミユを探す途中で、何やら暴走した気配のする4体分の機械たちと戦闘を繰り広げていた。

 特別な理由があるわけではない、ただ襲われたから応戦しているだけである。

 

 だが、いくら実験施設などの集まるミレニアム校舎の敷地付近を歩いていたとはいえ急に攻撃を受けたのだ。少女たちの困惑は、これ以上ないほどに高まっていた。

 これがもしミレニアムにある程度慣れている人物であれば『あー、うん、多分あの子たちかなぁ……』となるのだろうが。残念ながら、彼女たちはミレニアムのはっちゃけた集団(エンジニア部)との関わりは無いわけで。

 

 まさかこんな自治区の中心にまで『光の柱事件』の余波が……? と疑ってしまうのも仕方のない事であった。

 

 と、そんな一同の下に近寄る影が一つ。

 

「コンサバティブ君とやらはアレですか?」

『よく見つけてくれた! 頼めるかい?』

「まったく……私は姉さんとは違って戦闘は得意じゃないんですけどね」

 

 腰や膝どころか地面にまで届くほどの長い黒髪に、はぐれたミユと同じぐらいの小柄な体躯。その手に見慣れない大型の拳銃らしき物を握った少女が、機械を飛び越えてRABBIT小隊の前に着地する。

 

「その服装、おそらく他校の方ですよね。ウチの不手際でご迷惑をおかけしました。後はお任せください」

「えっと、あなたは……」

「ああ、名乗ってませんでしたか。私は天童ケイ、ミレニアムサイエンススクールの1年生です」

 

 思わずといった風に零してしまった言葉に答える少女。

 この状態がまるで日常の一コマでしかないかのように気負わずにいるその姿は、しかし隙がまるで窺えないほどに研ぎ澄まされていた。

 

『対象を識別しました。モード・エリミネイションへ移行します』

 

 以前ブラックマーケットで共闘する事になったC&Cでないことは服装から読み取れる。

 だが……いや、むしろならばこの少女は何者なのかと疑問を抱くRABBIT小隊の前で、その手に握られた拳銃らしき装備から謎の音声ガイダンスが響いた。

 

「……っ!」

 

 同時に、白い機械へと照準が合わせられた銃が変形。銃身の半ばから開くように上部と下部のパーツが展開し、妖しく青緑の光を放つ。

 

「……本当に破壊してもいいんですよね?」

『ああ。暴走したのはその4機だけだし、原因についても既に特定できている。それに、暴走した結果人に危害を加えてしまうのはその子たちも本望では無いだろう』

「で、ついでに改良したコレの試運転もしておきたい、ですか?」

『よく分かってるね。まあ、頼むよ、ケイ』

「……はぁ、仕方ありませんね。まあ、あなた達にはかなりの恩があるわけですし」

 

 おそらくインカム越しに何かの確認をしているのだろう。

 何事かを呟く少女に、コンサバティブ君と呼ばれた機械がその銃口を向けた。

 

「危な────」

「心配ご無用。把握していますから」

 

 注意の逸れている状態では、回避が遅れてしまう。

 そう咄嗟に声をかけたミヤコが見たのは、圧倒的な身体能力によって引き出された稲妻のような速さと、それを完全に制御していると分かってしまうほど滑らかな動き。

 

 そして、少女の拳銃から放たれたエネルギー弾を撃ち込まれ、瞬時にその身を膨張させながら崩壊する機械たちであった。

 

「え?」

 

 思わず声が漏れてしまったのも仕方ないだろう。

 なにせ、これまであのコンサバティブ君とやらの装甲は自分たちの攻撃をこれでもかと弾いてきたのだ。それがまるで道端の雑兵のように一撃で撃破されたとなれば、目を疑うのも当然な話。

 

 むしろ、それを抵抗なく受け入れられる人物がどれだけいるのだろうか。なにせ、彼女たちは一年生でありながらキヴォトスでもそこそこ上位に立てるだけの総合力を有しているのだ。

 エリート校であるSRT特殊学園出身という自負が、目の前の光景を疑わせてしまったわけである。

 

 だが、どれだけ信じ難くとも現実は変わらない。

 

(これが……最先端の技術が生み出される学園)

 

 ついに最後の一機を撃ち抜いたケイが振り返るのを見ながら、三人は少しだけ身震いをする。

 まだまだ世界は広いのだと。

 

 ……まぁ、実際には、彼女たちが遭遇したアレ(エンジニア部の発明品)コレ(天童ケイ)はミレニアムでもかなり上位の存在であったのだが。彼女たちがそれを知る由は無かったのだった。

 

 

────────

 

 場面は移り、そんな三人を探して東へ西へと歩き回るミユとアリス。

 噛み合わないようで噛み合っている二人組は、現在────

 

「やっぱり私は誰にも気付かれず……徐々に徐々に忘れられて、捨てられて…………」

「ミユ、ミユ、大丈夫ですか?」

 

 公園のベンチに座り、少しばかりの休憩を取っていた。

 道行く人にぶつかられたりアリスに話しかけた人に驚かれたりした結果、ミユが疲れてしまったのだ。まあ、主に精神的に。

 

 そんなわけで近くにあった公園に入り、自販機で買った適当なペットボトル飲料と持参したコンパクトサイズのポットを片手に、二人はポツポツと言葉を交しているわけである。

 

「ごめんね、アリスちゃん。私、いつもこんな感じだから……」

「……? ミユはいつも迷子になってるんですか?」

「いや、えっと、そういう訳じゃなくて」

 

 ドクターペッパーのペットボトルを傾けるアリスに、ミユは何と言うべきか頭を悩ませる。

 良くも悪くも正直すぎるこの少女に自身の内心を伝えるには、それこそ言葉を飾らずに語るしかないだろう。が、それはそれで自分にもダメージがあるわけで。

 

 ああでもないこうでもないと考える姿は、先の負のスパイラルに陥っていた姿とも重なるように弱々しく映る。生来の性格ゆえ、仕方のない事ではあるのだろうが。

 とはいえ、そうやって困っている姿を目の前で見せられて黙っていられるほどアリスは冷めているのかと言えば、そんなワケもなく。むしろその真逆、困っている人には率先して手を差し伸べるのが天童アリスという少女なのだ。

 

 という事で、アリスは傍らのポットを両手で転がす少女に問いを放つ。

 

「ミユは……影が薄い事を気にしてるんですか?」

「……っ!」

 

 それも、正解ドンピシャな内容の質問を。

 

 

 

 普段の天真爛漫な振る舞いだけを見ていると誤解されがちだが、決して天童アリスという少女は馬鹿ではない。

 もちろん、純真無垢で明るく前向きな部分がある事……というかその側面が彼女の大部分を占めている事は間違いないのだが。

 

 しかし、それはそれとして他者の心の機微を解する能力や高い適応力などもまた彼女は有している。むしろ、根が純粋であるからこそこういった能力は高くなったと言っても良いだろう。

 もっとも、これ自体は普段から一緒に過ごしている妹の影響や、情動を得たばかりの彼女にほんの一瞬の邂逅でとんでもない衝撃を与えたどこかの魔法使いさんの影響が大きかったりはするのだが。

 

 

 ともかく。

 予想だにしないタイミングで内心を言い当てられたことで、ミユは大きく反応を示してしまった。あるいは、分かりやすいぐらいに反応してしまったと表現しても良いだろう。

 

 そして、ここまでの反応を見せておいて今さら『そんな事ありませんけど』なんて否定ができるのかと言えば、そんなワケもなく。

 というより、そこまでのふてぶてしさを有していたのなら彼女はここまで思い悩んだりしていないワケで。

 

「そう、なの。私、昔から影が薄くて。それで、こんな風に人に迷惑をかけちゃったり……」

 

 少女は、顔を俯かせながら肯定を返した。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙。

 流れる雲によって隠された太陽のせいか、纏う雰囲気をより一層沈んだ物にしたミユのせいか。どんよりと、夜とまでは行かずとも薄暮の頃ぐらいにまで周囲が暗くなる。

 

 その中で、天童アリスという少女は。

 

「アリスは、それも凄い事だと思います」

 

 肯定の言葉を、口にした。

 

「……え?」

 

 ポツリと零れた疑問の声は、心から漏れ出た物か。

 その一音に、少女の内心の全てが表れていた。

 

「もちろん、ミユは影の薄さのせいで嫌な事も経験してきたんだと思います。それはきっと、間違いない事実です」

 

 そんなミユの内心を知ってか知らずか、アリスは言の葉を紡ぎ続ける。

 思った事を思ったままに、どこまでも純粋な言の葉を。

 

「でも、きっとそれだけじゃないんです」

「……」

 

 苛立ちは無く、反発も無く。

 ただ静かに、ミユは隣の少女の言葉を聞く。

 

 思えば不思議なものだと。

 

「ユウカが言ってました……『物事は一長一短が基本』なんだって」

 

 偶然会った行きずりの他校生に、ここまで自身の内心を明かした事も。

 そして、そんなほとんど初対面と変わらない人物に、自分の苦悩へと一石を投じられている事も。

 

 何もかもが、不思議なものだと。

 

「だから、きっとミユの影の薄さにもきっと良い所があるはずです」

「たとえ、ば……?」

 

 気付けば、再び声が漏れている。

 否定するための催促ではなく、続きを聞くための期待の言葉が。

 

「そうですね……やっぱり、影が薄いって事は奇襲がしやすくなると思います」

 

 まずは、自分でも思った事のある内容が。

 けれども、きっとこれだけじゃない。だって、隣の少女はまだ口を閉ざし切っていない。

 

 俯いていた顔をいつの間にか上げながら、少女はそう思う。

 

 きっと、まだ何か言ってくれるはずだと。

 少女はそう期待する。

 

 そんな彼女に応えるように、アリスは『それに』と言葉を繋げた。

 

「それに、そんなミユが味方にいてくれれば、アリスはとっても心強く感じると思います。だって────」

 

 ザア、と風に木の葉が音を立て、雲に切れ間が生まれる。

 

 

「────ミユが味方にいてくれれば、『誰もいないかも』って思うような場面でも、きっとミユが近くにいてくれるんですから」

 

 

 逆転の発想。

 誰にも気付かれないという事は、誰の傍でも気取られずに付いていられるという事。敵の油断を引き出す事も、逆に過剰な警戒を引き出す事も容易なのだ。

 

 見えざる伏兵とは、存在するだけでも心強い。

 だって────きっと、そこに居てくれるのだから。

 

 それは随分と過剰な信頼だと、感じはするけれど。ほとんど初対面の生徒に言われる言葉では無いようにも、感じるけれど。

 でも、その言葉は心地よかった。

 

 これまで考えた事も無かった、自分の強み。

 それを思い付いたのがこんな偶然出会っただけの人物だというのが、面白くて。

 

(ほんと、不思議な人……)

 

 そして不思議なものだと、少女は……霞沢ミユは、笑うのだった。

 

 

 もちろん、これだけで前を向けるほど少女は強くない。

 それに、彼女が真に恐れているのは『影が薄い事』ではない。まだまだ、この言葉だけでは足りないだろう。

 

 けれども────

 

 

 こうして少しだけ顔を上げられたのは。

 暗がりしか無いと思っていた自分の人生に、少しだけ陽が射したのは。

 

 きっと、間違いない事実なのだろう。

 

 

「あっ、ケイ────って、あれ、もしかしてミユが探してた人たちなんじゃないですか?」

 

 なんて立ち上がるアリスに、霞沢ミユは笑いながら礼を言うのであった。

 

 

────────

 

 そんなミレニアムでの初日から一夜明け、改めてそれぞれに聞き込み調査を行うRABBIT小隊。

 ブラックマーケットでは住民との相性が悪かった事や早々にホドとC&Cが戦闘を開始した事などが影響してまともに行えなかったが、多少の余裕がある状態ならば少しでも調査を行うべきだろう。

 

 SRT廃校を撤回させるための功績集めとはいえ、SRTの誇りを失ったわけではない。市民の生活に支障が出ていないかも含めて、その辺りの調査はしっかりとしなければ。

 特に、ミレニアム周辺には2本分の光の柱が立っているのだから。

 

 そんなわけで気合十分に手分けして調査を始めたRABBIT小隊であったが、しかし早々に壁にぶち当たる隊員が一人いた。

 何を隠そう……というより、何を隠すまでも無く霞沢ミユである。

 

 なにせ、彼女は影が薄いのである。極限にまで影が薄いのである。

 諜報任務ならばいざ知らず、聞き込み調査においてこの性質は悪い方向にしか作用しない。そも、聞き込む対象に気付かれすらしないのだ。これがプラスに働くわけが無い。

 

 まあ、これに関しては彼女が悪いのではなく、むしろその采配をしてしまったミヤコにこそ責任を求めるべき案件であろう。

 とはいえ、そんなミヤコもまた憧れの象徴であるSRTの廃校やその後にも続いたいくつもの不幸、そしてブラックマーケットでの一件などによって精神的に追い詰められている。その上でミレニアムでの初日をほとんど無駄にしてしまった事などもあり、普段よりも遥かに視野が狭まっているのだ。

 

 とどのつまりは、不幸な事故とでも表現するべき事であったワケである。今のミユの状況は。

 しかし、そんな事実は彼女にとって何の救いにもならない。彼女の認識では、自身は他の隊員との仲はあまり良好ではなく、加えて普段から迷惑をかけてしまっているのだ。

 

 こんな聞き込みですらできないようでは、もしかすれば……なんて考えてしまうのも、無理のない話なのである。

 けれども、やはり住民たちはミユの存在に気付かない。勇気を出して話しかけてみても、その度に驚かれるせいで思うように話は進まない。

 

 

 そんなわけでまたもや負のスパイラルに陥りかけた彼女に、しかし救いの手が差し伸べられる。

 すなわち────

 

(あ……アリスちゃん)

 

 つい昨日お世話になった、ミレニアムで唯一ミユが関係を持つ少女である。

 

 

 

「なるほど、ミユの受注していた特殊作戦はあの光の柱の調査だったんですね」

 

 相変わらず少しばかり特殊な言葉を使うものの、どうにか状況は把握してもらえたらしい。

 対面に座る()()()()()()の様子を見て、霞沢ミユは安堵の息を一つ漏らした。

 

 場所は昨日とは異なる公園の中。

 今回は、ベンチだけではなく屋根や机などまで設置された東屋にて。ミユは、アリスたちに状況を説明して聞き込みを行っていた。

 

 さて、さて。

 これで二人の内どちらかが今回攻略しようとしている方の光の柱の情報を持っていれば、願ったり叶ったりなのだが……はたして、どうだろうか。

 

 そんな風に二人の様子を窺うミユに、双子の片割れ、天童ケイと名乗った赤紫の瞳の少女が口を開く。

 

「どうやらSRT所属だというのは間違いないようですし……まあ、ある程度なら話しても問題ないですか」

 

 そう切り出すと、ケイはいくつかの情報を教えてくれた。

 まず、今回調査するデカグラマトンの預言者の名前と、その詳細。根城にしている『廃墟』の兵器生産工場の場所に、そこまで向かうためのいくつかの経路。

 加えて、現時点でケセドが生産したオートマタ兵はかなりの規模になっていると予想できるため、計画を主導している先生たちやC&C以外にもエンジニア部などに声がかかっている事。

 

 そして。

 

「これは、さっきまでの情報を勝手に話してきたエンジニア部部長の個人的な考察のようですが……現時点でいくつか鹵獲されているオートマタ兵を観察する限り、ケセドはホドとはまた異なる形で異常な事象を起こす可能性が高いそうです」

 

 今回もまた厄介な事になりそうだという、情報。

 

(知ってる情報もいくつかあったけど……とにかく、これだけ話を聞ければ十分かな)

 

 これらの情報を精査して作戦を立てるのは、小隊長の役割だ。自分が出しゃばるべき分野ではない。

 それに集合時刻もある程度迫ってきているという事で、ミユは礼を言いながら席を立とうとしたのだが。

 

「にしても、ミユはやっぱり凄いんですね!」

 

 そんなアリスの言葉が、彼女の足を引き止めた。

 

「……本当に、そうなのかな」

 

 これまでの人生で、ここまで真っ直ぐな、そして純粋な称賛の言葉を受けたことが無かったからだろうか。

 スルリと、少女の口から卑屈な内心が零れていた。

 

「私は大した取り柄も無くて、いつも失敗ばかりで」

 

 そして、いちど流れ始めれば後は止まらない。

 15と余年ばかりの人生であろうと、何か大きな事件があったわけでは無かろうと、少女がずっと悩んできていたのは確かな事実なのだ。ならばその規模が小さいはずも、零れ出したソレを止めるのが容易いはずもない。

 

「影ばっかり薄いせいで、誰にも気付かれなかったり、忘れられたり…………だから、いつかきっと独りぼっちになっちゃうの」

 

 遂に口にされた、彼女の核心。

 何よりも、どんなことよりも彼女が恐れるコト。

 

 世界中の誰からも忘れ去られ、気付かれなくなり、そうして独りぼっちで消えていく。

 

 痛いのも、怖いのも、しばらく前に味わった飢餓のような苦しみも。たしかに、恐ろしくはある。

 けれども、真に少女が恐怖するのはそれではない。

 

「私は、それが何よりも怖い。独りぼっちで、誰にも知られずに消えていくのが」

 

 頭の中の冷静な部分が、『こんな事を急に打ち明けられても困るだけだろうに』なんて呟くのを無視して、少女はそう言い切った。

 もしかすれば、期待しているのかもしれない。

 

 昨日のように、自分では思いもよらない方法で励まされる事を。

 あるいは、そんな事あるわけないとバッサリ切り捨てて欲しいのかもしれない。そうすれば、きっと諦められるから。

 

 自分でもよく分からない混沌とした内心を抱えながら、少女はギュッと目を瞑る。

 故に、彼女は気付かなかった。途中まではどうしたのだろうと聞いていたアリスが、とある一言で……『いつかきっと独りぼっちになる』という言葉で、その表情を大きく変えた事を。

 

 ギュッと瞼に力を入れる少女は、ただ待つのみ。

 返される言葉を。どう転ぼうと自身のこれからを左右するであろう、何かを。

 

 はたして、そんな少女にかけられた言葉は。

 

 

「アリスにも……ミユの気持ちは、よく分かります」

 

 

 “共感”であった。

 

「……え?」

 

 励まされるでも、切り捨てられるでもなく、寄り添われる。

 聞き間違いだろうかと瞼を開けたミユの視界では、けれども静かな笑みを浮かべたアリスの姿が映った。静かで、そしてとても寂しそうな。

 

「アリスは、実は人と違うんです」

他人(ひと)と……?」

 

 それはどういう事だろうかと、オウム返しにミユは呟く。

 もしかして、“みんな違ってみんないい”みたいな綺麗でツルツルしただけの話に繋がるのだろうかと。

 

 けれども、そうではなく。

 

「そうではなくて……アリスは、実はロボットなんです」

 

 本当に、少女は人と違っているらしい。

 

「ちょっ、アリス……!?」

「ケイ。ミユは、正直に打ち明けてくれました。なら、私たちも隠し事をするべきじゃありません」

「それは……そうかもだけどっ…………」

 

 静かに会話を見守っていたケイが、慌てたようにアリスに声をかけている。

 しかし、その内容が入ってこないほどに少女は混乱していた。だって、目の前の双子はどちらも人と変わらない見た目なのだ。

 

「本当、なの……?」

「……はぁ。ええ、そうですよ。私も姉さんも、この身体は人の物とは異なります」

 

 零れ出た疑問に、観念したようにケイが答える。同時に、彼女は袖口から幾本かの通信用ケーブルを出して操る事で実演してみせた。

 

「アリスは、人ではありません…………だから、きっといつか、アリスはみんなに置いて行かれてしまいます」

「……! で、でも、ケイさんがいるんじゃ……?」

 

 ミユが納得を示したのを見て、アリスが話を進める。

 その言葉にはとても重い実感が乗せられていて、けれども見逃せない疑問点があって。そうミユが零した反論は、けれども静かに首を振るアリスによって否定された。

 

「ケイも、アリスとは違うんです。だからきっと、アリスよりも先にケイの方が限界が来ます」

「…………」

「事実です。色々と、私たちにも事情があるので」

 

 その沈痛な様子に何も返せず、静かにケイへと視線を移せども肯定が返される。

 両者ともに寂しさを湛えた、どこまでも静かな表情であった。

 

「だから、アリスにはミユの気持ちが……独りぼっちになるのが怖いっていう想いが、よくわかります」

 

 それは、たった一人の妹ぐらいにしか打ち明けていなかった、『天童アリス』の恐怖。

 

 いつも一緒で、大切で、大好きな妹。自分とどこまでも近しくて、けれども決定的に自身とは異なる存在。

 そんな天童ケイと一緒にいた事でいつの間にか考えるようになってしまった、“いつか”の話。今はまだ遠くて、でも、きっといつか訪れてしまうはずの“終わり”の話であった。

 

 

「アリスは、みんなと一緒にはいられません。いつか、独りぼっちに置いて行かれてしまいます」

 

 

 風の凪いだ東屋に、その言葉は嫌によく響いた。

 普段の快活さからは想像もできないほど、寂しそうなアリスの声。言葉。

 

 なるほど、たしかに自身の思いにも共感できるはずだ……なんてぼんやり考えながら、ミユは奇妙な諦観に襲われる。

 だって、自分が期待していた相手も同じような恐怖を抱いていたのだ。ならば、きっとこの恐怖はどうしようもない種の物なのだろう、と。

 

 どこか安堵するようなその諦観は、けれども即座に打ち破られた。

 でも、とアリスが言葉を続けたのだ。

 

「でも。アリスは、今の毎日がとても楽しいです。キラキラしていて、ワクワクして……ケイと、モモイと、ミドリと、ユズと、みんなと過ごす毎日が、とっても楽しいんです」

 

 静かな、それでいてとても綺麗な笑顔をアリスが浮かべる。

 羨む事もできないぐらいに“幸せ”を感じさせる、そんな笑顔を。

 

「だから、アリスはこの日々を大切にしようって決めたんです。いつか失ってしまうのだとしても────独りぼっちになってしまうのだとしても。とっても恐ろしい終わりがいつか来てしまうのだとしても」

 

 一度そこで息を吸って。

 宣言するように、言葉が紡がれる。

 

 

「この日々がキラキラしている事には、違いないんですから」

 

 

 そう、言い切って。

 大切な物を抱きしめるように微笑む少女は、『ミユはどうなんですか?』と問い掛けた。

 

「私は……私、は…………」

 

 思い返してみる。

 RABBIT小隊での生活は、楽しかったのだろうかと。キラキラしていたのだろうかと。

 

(分かん、ないよ)

 

 答えは、心の中で呟かれた通りだった。

 

 分からない。

 こんな自分を見てくれる人たちだとは思う。頼りになる人たちだとも。

 

 でも、はたして自分はこの日々を『楽しい』と思っているのだろうか。

 対面の少女のように、何よりも真っ直ぐに肯定できるのだろうか。

 

 それが、分からない。

 分からないままに時間が過ぎて────遂に、集合時刻(タイムリミット)の方が先に至ってしまう。

 

 どうにか腰を上げた少女は、聞き込みの礼を言いながら立ち去るのだった。

 

「忠告、と言うと恩着せがましいかもしれませんが。自分の心から目を逸らすのは、やめた方が良いですよ。私もそれで取り返しのつかない事になりかけましたから」

 

 最後に、背後から響くケイの言葉を聞きながら。

 

 

 




この度、亜空間タックル様より再び支援絵を頂きました!

【挿絵表示】

拙作オリジナル武器であるレクトル(ドミネーターもどき)を構えるケイとなっています。凛々しくてかっこいいですね。チラッと呟いただけのアイデアを形にしていただけて嬉しかったです! ありがとうございました!


 以下余談

 ケイの武装(名称:rector(レクトル))
 雑に言ってしまえばみんな大好きなドミ○ーター。ただし本家本元とは異なりモードはイモビライズ(非殺傷の麻痺弾)とエリミネイション(殺傷性の高いエネルギー弾)の二種類のみ。
 また、エリミネイションについてはキヴォトスでは生体相手に使用するよう設計されていないため、高レベルマイクロ波を照射していると思われる本家エリミネーターとは原理が全く異なっている。具体的には、攻撃対象へと撃ち込んだ高エネルギー弾を内部で瞬時に熱エネルギーに変化させる事で周囲の物体を気体にまで昇華させ、それによって敵を破壊している。その関係上、浸透するエネルギーそのものをシャットアウトできる機構を対象が有していない限りは、この攻撃は装甲を無視した防御貫通攻撃として猛威を振るう事になる。
 ちなみに、固体から気体にまで変化させるため当然体積は膨張し、その結果エリミネーターと似たような光景が繰り広げられることになっていたりする。


最後になりましたが、小説と妄想好きな匿名 さん、猫っぽい猫 さん、遠浜 さん、評価付与ありがとうございました!
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