「ミユ、昨日から暗い顔をしているようですが……どうかしましたか?」
聞き込み調査とその後の情報交換、作戦会議などを終え。
モエがまさかの先生へと聞き込みに行っていたという事実が発覚したりと多少の事件はありながらも一夜が明け、いよいよ作戦のために出発しようかというタイミングでのミヤコの発言が、最初のソレであった。
「えっ……と、大丈夫、だよ? うん……大丈、夫」
咄嗟に取り繕うように、ミユが返す。しかし、その姿は明らかに『何かあった』と告げているものであり、少なくとも当人が語るように大丈夫そうな様子ではない。
そして────彼女が気弱な発言や低すぎる自己評価などを見せることは珍しく無くとも、ここまで深く、そして長時間思い悩むのはイレギュラーな事である。
「……本当に大丈夫なのか? 無理はするなよ?」
少しばかりぶっきらぼうな言動が目立つサキまでもが心配の言葉を口にするあたり、ミユの様子のおかしさが表れているだろう。
まあ、即座にモエに『めっずらしー。普段ならSRTの生徒が調子の管理もできないでどうするんだ、とか言いそうなのに』と茶化されてしまったのだが。
しかしそんなモエからも気遣わし気な視線をチラチラと向けられている事を自覚すると、ミユは再度口を開いた。
「大丈夫。作戦には……みんなには、迷惑かけないから」
その姿に思わず閉口してしまった3人は、何を思ったのか。
不安要素を抱えながらも、RABBIT小隊の作戦は開始されたのだった。
────────
“本作戦は、二正面作戦と似た形で推移する事になります。苦戦する事も覚悟しておいてください”
作戦開始前のヒマリの言葉を思い出しながら、先生は改めて『シッテムの箱』を握る手に力を籠めていた。
ケセドの攻略をするという方針が決まった当初、作戦の第一候補は全戦力を集中させた電撃戦であった。そもそも生産されているオートマタ兵の数が膨大になっているのだから、当然の話である。
それが撤回されたのは、ケセドに関する詳細な調査が進んでからであった。
これまでオートマタ兵の生産以外に大きな活動を行っていないと思われていたケセドは、しかしそのオートマタ兵を使って何かの調査をしていたのだ。
エリドゥ外郭の辺りで活動していたそのオートマタ兵たちを発見した時、作戦本部は騒然としたものだった。
デカグラマトンの預言者はやはりそれぞれに何かしらの行動を起こしているという事が判明したこともそうだが、何よりもオートマタ兵たちが居た場所は『アリスにまつわる一件において、おそらくマクガフィンがDivi:sionと戦っていた場所』だったのだ。
それで反応するなと言う方が無理のある話だろう。
これで、少なくともデカグラマトンの預言者はマクガフィンの何かを探っている事が明らかになったのだ。
が、問題になったのはここからだった。
ケセドの生産したオートマタ兵は、こちらの想定を超えて活動していたのだ。基本は『廃墟』付近から離れないようにしているとはいえ、その範囲はかなり広がっていたのである。
つまり、打ち漏らしが出る可能性が────もっと言えば、作戦中に挟撃を受ける可能性が出てきたのだ。
それ故の、二正面作戦。
主戦力を対ケセドに充てることは変わらないが、一部の生徒には兵器生産工場周辺に出ているオートマタ兵の対処を行ってもらう。
割り振りについては難航したものの、最終的に兵器生産工場への突入をC&Cと特異現象捜査部、それにSRTのRABBIT小隊が。
外部で活動しているオートマタ兵の掃討をリオとエンジニア部、そしてそれぞれが開発した無人兵器『AMAS』と『コンサバティブ君』が担当することになった。
また、本作戦やケセドに関する情報などはヒマリ経由でヴェリタスにも渡っており、いざという時にも事態の共有ができるよう保険をかけてあるなどかなり入念な準備が行われている。
一部の生徒は知らせておくべきだと判断した生徒にも情報を渡したりしたらしいが……ともかく、それぐらい皆気合を入れて作戦に当たっていた。
そんなケセド攻略作戦が、本隊が兵器生産工場に突入する事で遂に開始され────そして、早々に躓いた。
要因としては、大きく二つ。
おそらくケセドも偵察をしていたのだろう、オートマタ兵が陣形を整えて待ち構えていた事。
そしてもう一つは。
「コイツら……あん時のDivi:sionとかいうのと同じか!?」
ケセドが、一同の想定外の進化を果たしていた事であった。
ダアトからのフィードバックを受けて自己再生能力を獲得した際、ケセドはホドと同様に何らかの形でそれを応用できないか模索していた。
ケセドもホドも、自身だけで完結して戦闘を行えるようにデザインされていないためである。
そう、ケセドは自身が生産したオートマタ兵を、ホドはインベイドピラーとそこから侵食した無人兵器を利用して戦うため、自己再生能力から得られる恩恵が他の預言者よりも薄かったのだ。
故に、両預言者は得られた力を応用する術を模索した。
なんならケセドは本体の戦闘能力の一切を有していないため、ホド以上に熱心に研究をしていたぐらいである。
そして、その過程で思い起こしたのだ。
ダアトの……マクガフィンの神秘を得た結果、独自のエラーを起こした存在が過去にいた事を。
その存在と自身の生産したオートマタ兵が戦闘していた事を。
即ち、名もなき神々の王女を指揮官とする追従者。
あるいは“不可解な軍隊”。
あるいは“無名の守護者”。
あるいは────Divi:sion。
ダアトが完成するより前、彼がただの新たなる預言者候補であった頃に執り行った試練において、その不必要な入力として邪魔だった勢力。
それこそが、ケセドが参考にした存在の名であった。
より正確に言うのであれば、あれが行っていた『無力化された機体の残骸をそれぞれが吸収し、自己の修復と強化に充てる』という現象を、ではあるが。
ともかく、これはケセドが参考するにあたって非常に良いテストケースとなった。
まず、同じダアトの神秘を用いているために再現性が高い事。Divi:sion自体がオートマタ兵と同様に汎用化された機体であった事。
そして何よりも、その過程や法則性を既にある程度分析していた事。
これらの要因によって、ケセドはDivi:sionが起こしていた事象の再現に着手したのだ。
もちろん、その過程は試行錯誤に溢れた物であった。
ダアトの神秘にはいくつもの属性が混ざり合っているため、必要な側面を強調して抽出する必要があった。
同じ大量生産のために汎用化された機体であっても、設計思想から用途まで異なるDivi:sionではそのまま参考にする事はできなかった。
分析も、これまでは優先度を低く設定していたためそこまで進んでいなかった。
だが、それらを失敗と再実験を重ねることで踏み越え、遂にケセドはDivi:sionが行っていた現象を再現したのだ。
それが行えるのは大気中のダアトの神秘を集中させられ、尚且つ本体による干渉が十分に行える場所────すなわち兵器生産工場内部のみ、という制約こそ付いたものの……ケセドはそれを成し遂げたのだ。
いや、むしろ範囲を明確かつ限定的な物にしたことで、その安定性は参照元よりも遥かに高まってすらいた。
よって、先生たちの作戦が難航するのも当然の話であった。
「お前ら! 先に行け!!」
突入時に待ち構えていた物と、その後に増援として現れたオートマタ兵。それら全てを破壊し、残るはそれ以外の全ての残骸を取り込んで肥大化した一機のみとなった時、ネルがそう叫んだ。
「リーダー!?」
「このままここで時間使うよりかはマシだ! すぐに追いつく!」
奥へと続くであろう扉は封鎖されているが、アカネの爆弾があればこじ開けることはおそらく可能だろう。
こちらを試すように、あるいは測るように段階分けてケセドがオートマタ兵を差し向けている辺り、残る最後の一機を破壊すれば開くのではないかとは予想できるものの……
(たしかに、それだと時間を取られ過ぎる)
時間をしっかりと使うことが事態を好転させるのならばいくらでも使うが、今回はそうではない。ここで時間を取られれば取られるほど、ケセドはオートマタ兵を生産できるのだ。
そして、オートマタ兵が一機増えるだけでこちら側の負荷は跳ね上がる。なにせ、その一機は他のオートマタ兵の糧となるのだ。費用対効果が桁違いに高い。
「……行こう、みんな」
「先生も────いえ、そうですね。巧遅は拙速に如かずとも言います、急ぎましょう」
元々ヒマリは現状のマズさを理解しているため、ネルの言葉に賛成している。エイミもまた、その方が効率的だと賛成よりの考え。RABBIT小隊は他校の話に首を突っ込むべきでは無いと沈黙を貫いている。
そしてC&Cのブレーンであるアカネも同意を口にしたことで、場の意見は『ネルの言う通りに彼女を置いて進む』で統一された。
「それじゃあ……ネル、任せたよ」
「おう!」
最後に一言残すと、先生たちは爆破でこじ開けた扉の先に進んだ。
はたして、その選択は吉と出るか凶と出るか────今はまだ、分かりはしない。
────────
時刻は変わらず、しかし場所は移り。図書館ほど近くに位置するモノレールステーションが斜め上から良く見える、とある建物の屋上にて。
瓜二つな双子の少女が、会話をしていた。
「……アリス。行くのですか?」
声をかけたのは、赤紫の瞳をした少女。
そんな彼女が、青く透き通った瞳の姉へと質問した。
「どちらかと言えば、迷っています」
互いにいくつもの言葉を省いた、重要な情報だけが乗せられた会話。
アリスとケイが二人きりの時に、ごく稀に起こる種の会話である。
互いが互いを深く理解しているために、自然とそうなってしまうのだ。
「珍しい、ですね」
「……なんとなく、この選択はとても大事な気がするんです。アリスだけじゃなく、ケイにとっても」
「それは、私も感じています」
少女たちの視線が向く先にあるのは、一本の光の柱。
時間の経過と共にもはや日常の風景へと成り下がってしまった、非日常の光景である。
「昨日、ミユとお話ししてから。……いえ、それよりもずっと前。ずっとずっと前から、心のどこかで考えていました」
数秒ほど、風の音だけが二人の間を吹き抜け。
ポツリと、アリスが再び口を開く。
「アリスは、どうするのが正解なんだろう……って」
「…………」
過去の選択に、後悔はない。疑問もない。
そこにそんな物を持ち込むのは、あの時自分へと声の限りに叫んでくれた皆への侮辱でしかないから。
あの時の、自分が肯定された瞬間の嬉しさを汚す行いだから。
だから────
「アリスは……これからどうするべき、なんでしょうか」
けれども、かつて『名もなき神々の王女』であった天童アリスは、未来に疑問を抱いてしまうのだ。
彼女は自分を天童アリスだと思っているし、誰に何を言われようとそれを撤回するつもりもない。しかし、同時に自身が『異物』であることも揺らぎようの無い事実である。
ただ一人の妹であるケイを含めた、全てから。自身を取り囲む世界の全てから少しずつ取り残されるのを感じる度に、少女はその異物感を胸に抱いていた。
だから────普段とは違うふとした瞬間、静かな気持ちになった瞬間に『自分はこれでいいのか』と思ってしまう。
普段の、ゲーム開発部で過ごしている楽しくてキラキラした日々では感じない。
明るくて無邪気な『ただの天童アリス』でいる間は、欠片もそんな事は思わない。
でも、そこから少し離れると……不意に疑問を抱いてしまう。異物感を抱いてしまう。
少しずつ、けれども着実に変化をする周囲との齟齬を認識してしまう。
だから、『これから自分はどうするべきなのか』と考える。
そんな疑問を言葉にした姉に、ケイは。
駅から進んで行くモノレールを、じっとこの場に留まって眺めている天童アリスに────天童ケイは。
「姉さんは、そんな余計な事を悩まなくて良いと思いますよ?」
悩みをぶった切るような、情緒もへったくれもない言葉を返した。
「…………」
豆鉄砲を食らった鳩のような表情で固まるアリスに、ケイは続ける。
「そもそも、姉さんにはそんな将来のアレコレを悩んで足を止めて、なんてのは似合いませんし。いつものように、天真爛漫に突き進めば良いんですよ。色々考えて悩むのは、私がやりますから」
かつてとは真逆のように、アリスの方へと進み出ながら。
ケイは、いつの間にか綺麗にできるようになっていた笑顔を浮かべながら。
言葉を紡ぐ。
「だから────好きに生きてください、アリス。私は、そんなあなたにこそ憧れて、そんなあなただからこそ救われたんですから」
風が流れる。
どこまでも真っ直ぐな肯定の言葉と共に吹き抜けるように、あるいは内に抱えていた悩みを連れ去るように。
「分かりました」
ゴウ、と吹く風に髪を靡かせながら。
姉の顔にも、笑顔が浮かべられる。かつて手を引き上げた妹が、成長したものだと。そんな彼女の言葉が、嬉しいものだと。
「なら、アリスはあそこに行きたいです。ネル先輩たちがいる────あの、魔法使いさんの気配が感じられる光の柱の方へと。一緒に、来てくれますか?」
「ええ、もちろん。あなたと一緒なら、どこまでも」
二人の少女が、『廃墟』へとその足を向ける。
新たなる奇跡が、起きようとしていた。
────────
時は進み、場所は戻りケセドの居城たる兵器生産工場にて。
ケセド攻略作戦の要、本隊たる少女たちは、遂に工場の中核にまで辿り着いていた。
ただし、そのメンバーはネルが第一ウェーブにて一人残る事を決めた時よりも更に減っている。
欠けているのは、C&Cがコールサイン04・飛鳥馬トキと特異現象捜査部が和泉元エイミの二名。工場中核に進む直前、第二ウェーブにおいてネルと同様に足止めとして残る事を宣言した二人であった。
そんなわけで工場突入時よりも3人ほど減った一同は遂にケセド本体と相対し────当然のように苦戦した。
何という事はない、単純な決定力不足である。
そもそもの話として、突入メンバーの中で突出して強い生徒はネルとトキの二人なのだ。
装備などによる影響は大きくある上、他のC&Cのメンバーやエイミ、それにRABBIT小隊の実力が高い事も間違いないが……どうしても、この二人と比べると見劣りしてしまう。
特にこの二人に関しては、攻撃能力に秀でている事もあり分かりやすく“強い”生徒だったワケで。だからこそ最も強くなった最後のオートマタ兵の足止めに回ったのだが、それはそれとして残るメンバーの火力は目に見えて低くなる。
もちろん全員まだまだ余力は残っているし、じわじわとではあるがケセド本体にもダメージを与えられている。
が、やはりその進攻は遅々とした物であり、まさしく一進一退といった様相。口が裂けても順調だとは言い難い戦況であった。
と、そんな綱渡りのような戦闘の最中に。
「……っ!」
RABBIT小隊の動きが、大きく崩れた。
ほんの少しだけサキが突出してしまい、ほんの少しだけミユの処理が遅れてしまった結果である。
とはいえ、これだけの物量差があれば些細なミスであっても大きく響く。特に、まだまだ実戦経験の浅い彼女たちにとっては、こうした失敗時にリカバリーを入れる事ですら難しいのだ。
となれば、こうしてRABBIT小隊が窮地に陥るのも当然の話だったのだろう。
だが、先生はそれが当然の結末だったとしても納得できない。
生徒が傷付く事など、先生たる自分が何よりも優先して防ぐべき事なのだ。ならば、それもまた当然の話だろう。
ああ、しかし────だがしかし、もう届かない。
RABBIT小隊が崩れれば、その皺寄せは他の生徒へと向かう。そして、先生のリソースはその修正に割く分で使い切ってしまっている。
今は辛うじてミヤコとモエが持たせているが、あのミユとサキの様子を見る限りRABBIT小隊が自力で立て直す事は不可能。
故に、もはや手遅れ。
誰もがそう思った瞬間に、しかしそんな諦観を打ち払うように声が響いた。
「魔力充填、100パーセント」
「照準は私が合わせます。派手に行きましょう」
「はい────行きます! 光よ!」
室内をレールガンの輝きが眩く照らし、その射線上に存在する一切合切をまとめて消し飛ばす。
大切な友達を、仲間を助けるためにやってきた勇者が、そこに立っていた。
最後になりましたが、パトブルペル さん、評価付与ありがとうございました!