【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 今年最後の更新となります。それと、年末年始は少しゆっくりしたいので一旦週一更新に戻させてもらいますね。


データ収集 アビドス砂漠

 

 風が吹き抜ける。

 茫漠とした砂漠を、巻きあげた砂で自身を薄黄色に染めながら。

 

 風が強く吹き抜ける。

 

「ここに来るのも、随分久しぶりですね」

 

 空の青色と、地表の砂色。

 単調な二色で構成されたその景色の中で、異物として白のガラベーヤが風に揺れる。

 

 過去を懐かしむように、感傷に浸るように。

 それでいて、過ぎ去った時に引きずられるような弱さは見せずに。

 

 吹き荒ぶ風にも巻き上げられた砂にも慣れたように立ちながら、白ずくめの大人は一言。

 

 

「みなさん、見ていてください。次は……今回は、私は折れませんから」

 

 

 既に何も無くなった砂漠(過去)に背を向け、彼は立ち去って行った。

 

 

────────

 

「ねえ……いい加減疲れてきたんだけどさ。ここどこなの?」

 

 場所は移り、アビドスの住宅地……で、あった場所。

 住民が全員出て行ってしまったことでゴーストタウンとなったそこを、4人の少女が行軍していた。

 

 身長は疎らなれど同じ隊服を身に纏った少女たちはRABBIT小隊。既に廃校されたSRT特殊学園に在籍していた、一年生の4人である。

 

「ねー、聞こえてるんでしょ? RABBIT2?」

「あーもう五月蝿いな! 文句言ってる暇あるなら足を動かせ!」

「といっても前の休憩からそろそろ1時間だよ? いくら遭難してるからってそこのペースは崩しちゃ駄目じゃない?」

「む……それもそうか────って遭難はしていないぞ!」

「いや、いくらなんでも無理があるでしょ」

 

 主にモエとサキの二人が中々に賑やかにしながらも、少女たちは休憩のために腰を下ろした。

 

 先の発言が正しいならばRABBIT小隊は遭難中のはずなのだが……その姿から不安や悲壮感を読み取れはしない。

 元々物資は余分なぐらいに持ち込んでいたのと、かなり早くにアビドス自治区へと前入りしている分時間的な余裕があるからである。

 

 SRTの特性上、野営には慣れているというのも大きかった。

 更に言えば、事前情報で道に迷う可能性が高いという事を知っていたため、4人はこうなる事も織り込み済みであったのだ。故に、まだ余裕は残っている。

 

 まあ、それはそれとして疲れはするし多少の焦りもあるのだが。

 

「で、道は分かりそうなの?」

「ちょっと待ってろ。今地図と照らし合わし直してる」

「って事はやっぱり迷ってるんじゃん」

「うぐっ、それは……」

「別に出発前に迷う可能性がある事は共有してるんだし、素直に認めればいいのに……ねー、ミユ?」

「え、えと……失敗は誰にでもあるから、気にしないで、サキちゃん……!」

「ナチュラルに失敗したと断定しましたね…………」

 

 そんな焦りを誤魔化すように、なるべく普段通りを維持する面々。

 しかし、そんな4人に水を差すように話しかける存在が現れる。

 

「なんだぁ? 随分賑やかな声が聞こえると思ったら……ちょうどいい、その良さそうな装備とか置いてけよ」

 

 先頭でそう告げた赤いヘルメットの少女に引き連れられるように、何人ものヘルメットを被った少女がぞろぞろと続く。

 人が消えた事を良い事にこの辺りを根城にしていた“ざわざわヘルメット団”であった。

 

 が、RABBIT小隊にとって重要なのは十把一絡げなヘルメット団の名前ではなければ、当然ながらこの場をどう切り抜けるかなんて策でもない。

 

「お、新しいガイドじゃん。ラッキー」

 

 そう。この辺りを根城にしているという事は、ヘルメット団には多少は土地勘があるのだ。

 つまり、落ち着いてから話を聞けば(返り討ちにして恫喝すれば)道を教えてもらえるワケである。もちろんその後は適当にふん縛ってヴァルキューレに通報しているのだが。

 

 まあ、この程度は鎮圧の駄賃として適当ではあるのだろう。

 

「しかし多いですね。これで何度目ですか?」

「多分……5回目?」

「まったく、アビドス生徒会は何をしてるんだか」

 

 既に慣れたように会話しながら陣形を整えるRABBIT小隊の面々。

 正直、彼女たちならばこの程度の手合いを相手に真面目にやらずとも……それこそ、誰か一人だけでも壊滅させられる程度には実力差があるのだが。

 今回は指揮を執っているサキの意向もあり、こうして教範通りの戦いをしているのである。

 

 あるいは、最初の襲撃において敵の名乗りを聞き届けもせずに処理してしまったモエとミユの手際が鮮やか過ぎたのも、逆に作用したのかもしれないが。

 ちなみに、その時の手順はモエが敵陣に発煙弾を投擲して攪乱し、その隙に影の薄さを活かしてミユが敵の中央へと入り込み、同士討ちを誘いながらも一人ずつ確実に仕留めるという非常に慈悲の無い物であったようだ。

 

 

 閑話休題(ショッギョ・ムッジョ!)

 

 さて、そんなわけでポイントマンであるサキを先頭にRABBIT小隊が陣形を整え。それに応じてヘルメット団も臨戦態勢に入り、場がピリピリとした緊張感に満たされ始めた頃に。

 

 異変が起きた。

 否、誰かが上から降って来た。

 

「……は?」

 

 思わぬ展開に、サキの口から呆けた音が漏れる。

 敵の増援ではないように見える。敵陣のど真ん中に着地したが、しかしその桃色の髪をポニーテールに纏めた生徒はヘルメットを被っていないのだ。

 それに、ヘルメット団の方も困惑しているように見える。

 

 では一体、あの人物は何者なのか。

 

 全員の思考が、同じ疑問に行き着く。

 そう、全員の注目が、その一人に集まったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ガッ!?」

 

 突如として、ヘルメット団の一人が叫びながら倒れた。

 否、一人だけではない。何人ものヘルメット団が、同じようにその意識を刈り取られている。

 

(狙撃、にしては威力が高すぎる気も。いったい何が……?)

 

 混乱。

 疑問。

 そして少しばかりの恐怖。

 

 今のところ被害に遭っていないRABBIT小隊の4人の内心に、似たような感情が浮かび上がる。

 と、そこでサキが気付いた。

 

(あれ……? 最初に降って来たあの生徒、どこに行った?)

 

 そう、この状況を作るに至った原因である桃色の髪の少女が消えていたのだ。

 

(まさか、こっちにも奇襲を?)

 

 目を離したとしても一瞬であったはずの少女の姿が忽然と消えていた事へ、サキが警戒を強める。

 そんな彼女の視界の端に、ついさっき見た桃色が横切った。

 

「速っ────」

 

 どうやら、彼女の標的は自分たちではなくヘルメット団のままだったらしく。その手に握られた()()は、狙撃から逃れたヘルメットを被る少女たちを一人ずつ確実に仕留めて行っていた。

 だが、真に恐れるべきはその動きの凄まじさだろう。

 

 まず最初に、圧倒的なまでに速い。

 その長い髪が靡いていなければ見失いかねないと思ってしまうほどには速いのだ。少女たちがSRTで訓練を積んできたことを思えば、その異常さが良く分かるだろう。

 

 そして次に、その身体能力の凄まじさに釣り合うどころか霞ませるほどに鮮やかな身のこなしだ。

 死角を突くためのステップ捌きや合間に挟まれる体術(CQC)のキレ、照準を合わせるまでの速さ、それにその正確性など、節々から覗く研鑽の色。そこには自分たちのような専門的で高度な訓練を積み重ねて作られた規則性はなく、むしろ度重なる実戦の中で研磨されたと思わせる効率があった。

 

「凄い……」

 

 誰からともなく、そんな声が漏れる。

 自分たち(SRT)の目指す先とは異なる、しかし圧倒的なまでの完成度を見せるその少女の動きは、未だ発展途上の4人には眩しく映ったのだ。

 

 

「シロコちゃーん! 終わったよー! ……ふぅ。ヘルメット団相手じゃ、リハビリもこれぐらいしかできないか」

 

 そのまま危なげなくヘルメット団を壊滅させると、桃髪の少女はぶんぶんと遠方に手を振った。方向や聞こえた声からして、おそらく狙撃をしていたもう一人を呼んだのだろう。

 

「ん、おつかれ、ホシノ先輩。流石だった」

「そう言うシロコちゃんこそ~。どう、感覚は掴めた?」

「まあまあ、かな? ただ、あまり安定はしてない感じ。ホシノ先輩みたいに自由自在には操れないし」

「そっかそっか~。ま、気長に練習してこっか」

 

 呼びかけた先から現れたARを握る狼耳の少女と話しながら、横たわるヘルメット団を一ヶ所に纏める桃髪の少女。雑さの覗く手慣れた手つきで片付けると、そのままパンパンと軽く手を(はた)きながら彼女は体の向きを変えた。

 その正面には────RABBIT小隊の4人が。

 

「…………」

 

 向かい合った事で先の圧倒的な動きを思い起こし、ゴクリと生唾を飲み込みながら4人が身構える。

 果たして、そんなRABBIT小隊の前で、桃髪の少女は。

 

 

「ごめんねぇ、大変だったでしょ。この辺り、特にヘルメット団が屯してる地域だからさ。あ、おじさんは小鳥遊ホシノ、アビドスの3年生ね。こっちは2年生のシロコちゃん」

「ん、砂狼シロコ。よろしく」

 

 

 なんて、へにゃりと笑って自己紹介をした。

 

「え、えっと……」

 

 つい十数秒前までの凛々しさが嘘のような、緩~い調子の声。“おじさん”という特徴的すぎる一人称。そして、こっちはこっちでマイペースに握手を求めてくるシロコ。

 落差やら何やらで応答に困る一同に、しかしホシノは流れで押し切ろうとするかのように声をかける。

 

「君たちが先生の言ってたSRTの子たちでしょ? 取り敢えず付いてきてよ、校舎の方まで案内するからさ」

 

 斯くして、RABBIT小隊の新たなる出会いは騒がしく始まったのだった。

 

 

────────

 

 場所は変わり、アビドス自治区に広がるまた別のゴーストタウンにて。

 大して珍しくもなくなってしまったその景色の中に、珍しさの極みのような物が存在した。……いや、ある意味アビドスではそこそこ見かける物かもしれないが。

 

「み、水……冷たくて喉ごしの良い水…………」

 

 地を這いずるように動くそれは、決して原生生物ではない。

 外部からやって来て、そして遭難した人間である。

 

『先生、落ち着いてください! 持ち込んだ水分はまだ残ってるはずですよ!?』

 

 まあ、つまりは先生である。

 まるでいつかの焼き増しのように、アビドスに一人でやって来て遭難した先生である。

 

 とはいえ、今回は彼が悪いわけではない。どちらかと言えば運が悪かったのだ。

 というのも、実は現在のアビドスはビナーの活性化に伴って砂嵐が頻発しており、これまであったはずの道が砂に埋もれて消えていたり、かと思えば稀にこれまで埋まってたはずの道が通れるようになっていたり、と地元住民でも注意しなければ迷ってしまうような状態なのだ。

 

 となると、下手に何度もアビドスを訪れた経験がある事で油断した存在がどうなるか。

 結果はまあ、ご覧の有様といった所だろうか。

 

『先生、先生ー!』

 

 必死に呼びかける健気なアロナの声も虚しく、横になった先生が妙な痙攣をし始めたころ。

 ザリザリとアスファルト上の砂を踏む足音が近付いてきた。

 

 はたして、物音の主は。

 

「先生さん、ですか……? こんなとこで何してるんです……?」

 

 郷愁を堪能してきた、真っ白なガラベーヤを纏った大人であった。

 

 

 

「いや、助かりました」

 

 念のために繋ぎ手が持ち込んでいたペットボトルの麦茶を貰った事で復活した先生は、『迷ったなら案内しますよ?』と前を行く白ずくめの大人に礼を言っていた。

 

「いえいえ、こういう時のための水分でしたから。しかし、アビドスで水分不足とは感心しませんね。地元住民でも外出時は気を付けるものですよ?」

「耳が痛いですね……いや、言い訳では無いんですが、実は水分自体は一応まだあったんですよね」

「ほうほう?」

 

 手持ちの鞄から水筒を取り出す先生に、繋ぎ手は相槌を打つことで続きを促す。

 

(うーん、この場面で思う事じゃないだろうけど……やっぱり聞き上手だな、この人)

 

 なら何故自分から水分を取ったんだと突っ込んでも問題ない……というよりむしろそう反応するのが普通な場面で、しかし否定を挟まずに続きを聞こうとする辺りが。

 

「先生?」

「ああ、すいません。いえ、実は水筒には氷を入れてたはずなんですけど……」

 

 どうでもいい思念から我に返り、先生は右手の水筒を軽く左右に振る。

 聞えてきた音は、耳に涼しいカラカラという氷の音ではなく、チャプチャプという水の揺れる音。

 

「……なるほど、氷が溶けて温くなってしまったと」

「知識としてそれでも水分摂取できることには違いないと理解してるんですが……どうにも、飲んでも飲んでも喉が渇く感覚が消えなくてですね」

「まあ、あるあるですね」

 

 気まずげに苦笑いを浮かべるスーツの大人に、ガラベーヤの大人は顔だけで見返るようにしながら肩を竦める。なんとも気さくな様子だ。

 

「しかし、それなら魔法瓶でも買ってはいかがです? 水筒とは中々に性能が変わりますし……よろしければ、メーカーのご紹介もしますよ?」

「魔法瓶ですか……」

「あるいは、ペットボトルを半分だけ凍らせるとかでしょうか。単純ですが、かなり効果がありますよ」

「ペットボトルを、半分だけ凍らせる?」

 

 先生の疑問に、繋ぎ手は先ほど手渡した麦茶を覆うボトルカバーを外すようジェスチャーを示す。

 言われるままに外した先、隠されていたペットボトルの内側は。

 

「なるほど、半分だけ凍っている……」

 

 ボトルを斜めに区切るように、半分だけ凍った麦茶が存在していた。

 

「一旦半分だけ別の容器に移して、斜めに傾けて凍らせるんです。普通に半分凍らせるより接触面が多いので液体の部分は冷えますし、全部凍らせた時のように味にムラが出たりもしませんからね」

「生活の知恵だ……」

「ふふ、大袈裟ですね」

 

 ボトルカバーに麦茶を戻しながら、先生はううむと唸る。

 繋ぎ手がいつからアビドスにいたのかは分からないが、確かにこの冷え具合はかなり良い。もちろん、ボトルカバーも高品質の物を使っているのだろうが、それにしても水筒に入れていた自分のよりも冷えているのではと思うほどだ。

 

(うん、いい事を教えてもらった。ついでに魔法瓶も調べておこうかな)

 

 次回以降アビドスに来る時は同じようにしようと心に決めつつ、ふと思い起こす先生。

 

「そういえば、ブラックマーケットはもう離れて大丈夫なんですか?」

 

 そう、以前のホドの一件で縁を結んだ繋ぎ手だが、彼はごたつき始めたブラックマーケットを抑えるために暫く動けなくなると言っていたのだ。

 ケセドの一件において彼が名前すら上がらなかったのは、そういう理由であったわけである。

 

「ええ、おかげさまで。とはいえ、後手に回ってしまった分既に出ていってしまった方々については何もできてませんが……少なくとも、これ以上ブラックマーケットから人が出ていって外で問題を起こす事はないでしょう」

「なるほど、それは良かったです」

「それに、喉元過ぎればと言うワケじゃありませんが……この一件で私の計画の一つも大きく進んだのでね。中々に悪くない塩梅です」

「……なるほど。それは……良かったです?」

 

 キヴォトスの大人にありがちな腹黒い悪意と、子どもが何か計画を立てる時のような無邪気さ。それが両立したような妙な気配に、思わず微妙な返事をする先生。

 

「おっと、ご安心ください。先生や生徒のみなさんに害を及ぼすような計画ではありませんので。私は再びそこまで零落れるつもりはありませんしね。それに……」

「それに?」

「これでも、私はアヤトさんに付いて行こうと思ってるんです。だったら、生徒さんを傷つける訳にはいかないでしょう?」

 

 顔が無いのに、ニヤリと笑ったのが分かる。

 そんな調子で語る繋ぎ手に、苦笑交じりに先生もまた笑顔を返す。

 

「ふふ、少しカッコつけ過ぎましたかね」

「いいじゃないですか。カッコつけるのは子どもだけの特権じゃないですからね」

「おや、さすが先生」

 

 スイスイと家々の隙間の路地や裏道を進む繋ぎ手に続きながら、先生は思う。“やはり、この大人ならば信頼できそうだ”と。

 この、飄々としながらもどこか悪戯小僧のような無邪気さを兼ね備えた大人ならば。

 

「まあ、そんなこんなで余裕が出てきたのでアビドスに来た訳ですね。どうやらビナーの鎮圧をなさるようですし」

「耳聡いですね……」

 

(うん。それはそれとして、油断はできないなぁ……なんていうか、食えない相手って感じ)

 

 “今回はミレニアムのC&Cも動けないようですしね”と続ける繋ぎ手に、いったいその諜報力はどこから来ているのだろうと先生は相槌を返す。

 

「とはいえ、C&Cに関してはブラックマーケットが迷惑をかけてしまった形になりますからね」

「つまり、手伝いに来てくださったと?」

「直接戦闘は無理ですが、物資などはかなり融通できますのでね。ついでに言えば、私個人が持ってる物ならタダで流すなり貸し出すなりできますし」

「それは……ありがとうございます!」

 

 C&Cの不在など少しばかり不安要素もあったが、これならば。希望が見え始めた事に、先生は口角を上げる。

 

「しかし、先ほどから迷いなく進んでいる事といい、ペットボトルの話といい……繋ぎ手さんは、アビドスに居を構えていらっしゃるんですか?」

「…………いえ。まあ、昔取った杵柄ですかね」

「……そう、ですか。少々踏み込み過ぎましたかね、すいません」

「いえ、お気になさらないでください」

 

 繋ぎ手が先生をアビドス本館にまで送り届けるのは、それから10分ほど経った後の事であった。

 

 

────────

 

 陽が地平線に沈み、その装いをすっかり夜の物へと変えたアビドス自治区。

 アビドス本館で合流した対策委員会にRABBIT小隊が歓迎されたり、ちらりと零れた過去の銀行強盗の話についてやけにモエが食いついたり、ノノミの母性にミユが溶けそうになったり、先生がまた遭難していたという事に皆で呆れたり、その先生を案内してきた繋ぎ手にホシノが大きく反応したりと色々と事件を挟みながらも、RABBIT小隊はアビドス校舎の一室で寝袋を並べていた。

 

 元々はどこか公園ででもテントを張るつもりだったのだが、最近のアビドスでそれは危険すぎると対策委員会に止められた結果である。

 あるいは、ほぼ初対面なのに『それなら空き教室使えばいいんじゃない? ちょっと砂っぽいかもだけど』と言ってくれたホシノの好意に甘えた、とも言えた。

 

 

 さて、そんなわけでどっぷりと更けた夜の深みにて。

 念のための歩哨として起きていたサキは、眠っている3人に気取られぬように教室を出た。向かう先は、別の階で同じように寝ているであろう先生の下────ではなく、廊下を挟んで斜めに位置する教室。

 

 ガラガラガラ、と気を付けていても音を立てる横開き戸を開けると、そこにはその桃色の髪を月明かりに照らされた少女がいた。

 

「ありゃりゃ、バレちゃった? おじさん、これでも気配は上手く隠してたつもりだったんだけど」

「私はポイントマンだからな。伏兵の気配には他よりも敏感なんだよ」

 

 昼間と変わらぬ調子であっても、月明かりだけがぼんやりと照らすこの場では映り方も変わる。

 それに、状況も状況だ。その姿からは、不信感を呼び起こすには十分な底知れなさが滲み出ていた。

 

「……それで。何のつもりか聞いてもいいか?」

 

 僅かに顔を覗かせた恐怖を振り払うように、強気な口調で詰問する。なるべく硬い表情で。手に握る愛銃の感覚を、まるでお守りのように確かめながら。

 はたして、そんな彼女は気付いているのだろうか。頬を一筋、汗が伝い落ちている事に。

 

「わざわざ私たちの戦闘に割り込んで、案内までして……最後には他校の部外者に校舎を使わせる。何が狙いだ」

 

 まるで自分を大きく見せようとするかのように。内心をどうにか誤魔化そうとするかのように、饒舌になる少女。

 否応なしに、室内の緊張感が高まる。

 

「なあ、早く答えろよ。何が狙いなんだ!」

 

 黙したままの桃色の少女に、焦れたようにサキの声が荒らげられる。

 もはや限界が近いのか、その手に握られたMGの銃口は少しずつ上がりつつあった。

 

 そして、そんな彼女に対し、ホシノは────

 

 

「いや、えっと……何も言わずに監視するような真似したのは謝るからさ……別に私、君たちをどうこうしようなんてつもりも無いし…………」

 

 

 ちょっと、引いていた。

 

「…………は?」

「先生は信用してるみたいだけど、ほら、私は君たちと初対面なわけじゃん? だから念のため……本当に念のために待機してただけでさ。その、おじさんとしても何も無いならその方が良かったぐらいだし」

 

 先までのシリアスな空気が、一瞬にして弛緩する。

 毒気を抜かれるとはまさにこの事かと言わんばかりの様相である。

 

 それぐらいには、ポリポリと右の人差し指で頬を掻くホシノの姿からは邪気が見受けられなかったのだ。

 

「……本当に、そうなんだな?」

「うん。というかさ、ある程度立場が保証されてても初対面の相手を残して校舎を留守にする方がダメじゃない?」

「まあ……それは、たしかに。不用心だな」

「でしょ? まあ、それがこうして黙って監視の真似事をした免罪符になるわけじゃないんだけどさ。ごめんね? 他の子たちにも、明日謝らせてもらうよ」

 

(…………なんなんだ、コイツは)

 

「いや、構わない。そっちの言い分も納得できる物だったし、何か危害を加えられたわけでもないしな。もしみんなが気付いていたようなら、私から説明しておく」

 

 不意に浮かんできた思考を振り払いながら、ホシノの申し出を断るサキ。

 この苛立ちが外に出るよりも先に離れるべきだと判断したからである。

 

 そう思ってしまうほど────そんな思いを抑えられないほど、サキにとってこの少女は不可解であったのだ。

 

(力はある。警戒心が無いわけでもない。むしろ、この感じからして本質は見た目の真逆だろう)

 

 そう。

 教範の教えを重んじ、厳格な規則をこそ求めるサキにとって、『力があり警戒心も強いだろうにわざと緩く振る舞っている人物』というのはまるで理解できない存在だったのだ。

 

 それこそ、苛立ちを覚えてしまうほどに。

 

 

 そんなわけで足早に立ち去って行ったサキ。

 その背中を見て『ちょっとしくじっちゃったなぁ……』と呟くと、ホシノは一人考えるのだった。

 

(なーんか、焦ってるように見えるし……気を付けといた方がいいかな)

 

 昔の自分が見せていた余裕の無さを、思い出しながら。

 

 

 




 今年は皆さんにお世話になりっぱなしな一年でした。本当に、本当にありがとうございました! そして、よろしければ来年も『黒く濁った罪を背負って』をよろしくお願いします。
 では皆さん、良いお年を!
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