本年もよろしくお願いしますね。
ちなみに今話はちょっとあっさり目かも。
砂色の地平に、白磁の大蛇が大きく吠える。
快晴の空を荒そうとするかのように砂嵐が踊り、僅かに漂う雲を貫かんとするかのように砂面が爆ぜる。
純白の装甲に薄橙と
「みんな! 行くよ!!」
相対するは、十と余人ばかりの小さな人影。
ビナー鎮圧のためにアビドス砂漠にまで出向いて来た、RABBIT小隊と対策委員会、トキ、エイミ、ヒマリ、それに先生────と、繋ぎ手。それが、この戦いにおける役者の全てであった。
「相も変わらずの巨体ですね……っと、奥空さん! 出血大サービスの大盤振る舞いなんです、遠慮せず派手にどうぞ!!」
『はい!』
ビナーの側方を取ったヘリコプターから放たれたミサイルが、橙の華を咲かせる。繋ぎ手から提供を受けたヘリコプターやその火器によって、今回は
頭部付近に複数のミサイルを受けて怯んだビナーを尻目に、悠々とヘリコプターは退避する。代わるように攻撃を仕掛けるのは、地を駆ける生徒たち。
ヒマリによる補助を受けながらその指揮を執りつつ、先生は考える。
「ひとまずは作戦通りに進められていますが……さて、はて。どうなりますかね」
「ですね……」
このまま、上手く事を運び切れるだろうかと。
────────
場面は朝方にまで遡り、アビドス本館にて行われた『対ビナー作戦会議』にて。
ミレニアムから特異現象捜査部としてヒマリとエイミが、そしてリオ直属の生徒として*1トキが合流し、ついでに校舎内に泊まっていたRABBIT小隊も巻き込んだことで人数が圧倒的に増えたその会議には、更に途中から参加した人間が居た。
「やあやあ、どうもどうも。アビドスの皆さんは初めまして、そしてSRTとミレニアムのお嬢さん方は二度目まして。今回、こちらの申し出と先生からの要望が重なった結果協力させていただく事になりました、“
それこそが、繋ぎ手。
身体の隅から隅までを白色で覆われた、そのくせ清廉さよりも胡散臭さの方が強く感じられる大人である。
「さて、とりあえず明星さんから作戦地域などの情報は共有されていると思うので……私からは、提供できる火器類と独自に調べ上げたビナーの情報を」
「ちょちょ、ちょっと! 急に入ってきて、そもそもあんた誰なのよ!」
「おや、良いツッコミですね。お名前を伺っても?」
「黒見セリカ────じゃなくて! あんた誰なのって聞いてんのよ!」
「自己紹介ですか? えっと、先ほど名乗った通り繋ぎ手ですが……もしかして、記憶力が?」
「違うわよ!!」
困惑による物か若干キレ気味のセリカの問いにもまるで動じず、人を食った調子を維持する白ずくめの大人。しかし、彼も弁えるべき場面が分からないほど耄碌しているワケではない。
一つ咳払いをすると、繋ぎ手はセリカの問いに答えた。
「失礼、思ったより良い反応が返ってきたので巫山戯すぎてしまいましたね。では、改めて自己紹介をば。
「────っ!」
「継ぎ手って……」
「……やっぱり」
それぞれに────ホシノ以外は概ね驚愕の色が強い────反応を示す対策委員会の面々。しかし、繋ぎ手の言葉はまだ終わらない。
「あるいは、ですが。おおよそ2年ほど前から黒ずくめの彼に協力していた者、と名乗る方が立場を明確にできるでしょうか」
「────っ!? それ、って……」
今度こそ、全員が驚愕に目を見開く。
対策委員会に向けた言葉ではあったが、遠回しに語られた人物が誰を指すのか分かるミレニアムの3人もまた反応してしまうぐらいには、その宣言は衝撃的であったのだ。
「……ふむ。その反応を見る限り、やはりあなた方もある程度は彼について把握できているようですね。よかったです」
「それは、どういう……?」
「……失礼、失言でしたね。ただ、あそこまで苦しみながらも歩む姿を見ていますと、ね。誰かに知っていてほしいと思ってしまうのですよ。それに、今はできるのならあなた方の手をお借りしたいとも思っていますので」
「何か……いえ、何があったんですか?」
「それは────」
「先生、それに繋ぎ手? さん。少し、よろしいでしょうか。先ほどから語られている
繋ぎ手について見えている範囲は氷山の一角程度のものだろうが、それだけでもこの人物が傑物だとは理解できる。
そんな人物が手を借りたいと語るとは何があったのだと先生は問いかけたのだが。
それに繋ぎ手が答えるよりも先に、我慢できなくなったらしいミヤコからの質問の声が上がった。
たしかに、この場では彼女たちRABBIT小隊だけが彼に関する情報を持ち合わせていない。となれば、話の流れはまるで読めないだろう。
(ただ……どう答えようか)
しかし、ここで問題になるのがマクガフィンという存在の複雑さであった。
繋ぎ手が語っていたように、表面的にはマクガフィンはただの犯罪者だ。いや、
とはいえ、それは彼の真実ではない。先の繋ぎ手の言葉からも証明されているように、彼はキヴォトスに溢れている犯罪者とは違う……きっと生徒たちのために動いてくれている存在なのだ。
────俺は
(……っ)
蘇る、トリニティでの彼の言葉。
彼は、先生の味方でなければ生徒の味方でもないと断言していた。
もちろん、それが正しいのかは分からない。噓の気配こそしなかったものの、それがイコールで“真実を語っていた”とはならない事を先生はよく知っている。
だが……それでも、解釈には困ってくる。
と、そんな悩む先生を余所に、ミヤコの質問には答えが与えられた。
割り込まれるまで先生と会話をしていた大人、すなわち繋ぎ手によって。
ただし、その答えは彼女の望む物では無かったが。
「申し訳ありませんが……今のあなた方には何も語れません」
「……何故か、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
スッとミヤコの目が細められ、纏う気配が鋭く変化する。
いや、彼女だけでなくRABBIT小隊全員が同様の反応を示す。
元々、ブラックマーケットの住民という事でその信頼度には疑いの目があったのだ。そこに今回の怪しすぎる言葉である。
廃校してもなおSRTの名を背負わんとする少女たちが、この胡散臭い大人へと敵意を見せ始めるのも当然の話だろう。
しかし、やはりその程度で繋ぎ手は動じない。
個人であのブラックマーケットの上位層へと食い込んでいるのだ、敵意にも殺意にも慣れ切っている。
「もちろんです。むしろ、納得されでもしていたら困惑していましたし。……さて、それでは何も話せない理由ですが。端的に言えば、あなた方RABBIT小隊には真実を理解できるだけの土壌ができあがっていないからです」
「真実を理解できる……?」
「ええ。有している知識量、あるいは精神的な余裕。もしくはその価値観にあるべき
「そんなのは────そんなの、は……」
ミヤコと並んで名指しで呼ばれた事へ反発しようとして、そこではたと気付くサキ。
そう、繋ぎ手が分けたのは、これまでの預言者の鎮圧において何らかの変化を見せた隊員とそうでない隊員とであったのだ。
もちろん、その分類が偶然の結果である事はあり得るし、そもそもモエの変化に関しては溜まっていた鬱憤が晴れて余裕を取り戻した程度でしかない。
しかし、それでも“もしかしたら”と思わせるには十分であった。
「……とまあ、これが私の考えなワケですが。私のような初対面の、それも胡散臭い大人に言われたところで納得などできないでしょう。ですので、一度、アリウス分校の自治区へと行ってもらえませんか? おそらく、それで充分話せるだけの土壌は築けるでしょう」
「アリウス分校、ですか?」
「ええ。SRTの理念としてもあの場所を調べるのは悪くないでしょうし、このビナーの一件が済んだ後にでもどうでしょう。もし私のこの考えが外れていたようでしたら、土下座でもなんでもしますので」
「……少し、考えてみます」
そんな形で、繋ぎ手とRABBIT小隊の会話は一先ずの終わりを見せ。
続けて、白ずくめの大人は顔をグルリと見回す。
「他にも疑問等あるようでしたらどうぞ。こういうのは最初にまとめてやっておくのが一番ですから────」
「なら、一つだけ質問。いい?」
その言葉に割り込むように問いを放ったのは、この場で最も小柄な少女。
常のまったりとした雰囲気の一切を捨て去った、抜き身のナイフのような鋭さを覗かせる小鳥遊ホシノである。
「どうぞ、小鳥遊さん」
「ありがと。……あなたは、あの人の味方?」
「ええ。何があろうと」
たったそれだけの会話を終えると、ホシノは『私はこの人を信用するよ』と宣言した。
「ただ……あの日の話について、忘れてないよね?」
「ええ。デカグラマトンの一件が済めば、改めて話しに来させていただきます」
最後に釘を刺すようにそう言い、ホシノは後は何も言うことは無いと黙り込んだ。
そして、先輩がそうならとアビドスの残り4名は一応の納得を示し、ミレニアムの3名は独自のルートで繋ぎ手を調べていた事からその協力を承諾し────こうして、ビナー鎮圧作戦には白ずくめの大人が加わったのだった。
────────
その後も『今回私から提供できる兵器類です』とかなりの量が記載された目録を渡されたり、『これ、潜り込んでたゲマトリアから引っこ抜いてきたビナーの情報です』と詳細過ぎるほどのビナーの情報を共有されたりと、繋ぎ手によって振り回されながらも作戦会議は進み。
結局出された結論は、『弄する策もクソも無いから堅実にやるしかない』という身も蓋もない物となった。
そもそも、ビナーにはホドやケセドのような特徴的な能力が無いのだ。
ただひたすらに強くて、強くて、強い。
周囲の侵食などせず、尖兵を生み出したりもせず、その他の特殊能力も有さず。どこまでも純粋な暴力を突き詰めた存在がビナーであるからこそ、そこに複雑な策を弄する余地もない。
とはいえそのままでは流石に雑すぎるため、一度切りの作戦が一つだけ立てられたのだが。
ともかく、基礎となる部分に変わりはない。
敵の大技はなるべく阻害し、隙の見えたタイミングにのみ堅実に攻撃する。それが『ビナー鎮圧戦』の根底であり、そしてそれこそが普段オペレーターを熟しているアヤネまでも火力役として駆り出された理由でもあった。
隙を作り出すにはミサイルなどの大火力が必要であり、その手数を増やす必要があったからである。今回は、既にヒマリという指揮の補助役がいた事も大きかった。
「しかし……少しばかり流れがマズいですね」
「繋ぎ手さんもそう見ますか?」
「当初の予定よりも削りが浅いんですから、これで良い訳がないでしょうよ」
ビナーと生徒たちが戦っている辺りから少し離れた、戦場の全体を俯瞰できる位置。そこに並ぶように陣取る3人の内、2人が言葉を交わす。
戦況を芳しくないと分析するのは、車椅子に座る少女『ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカー』とガラベーヤを纏う白ずくめの大人、つまりはヒマリと繋ぎ手である。
残る一人である先生は、言葉を発するだけの余裕は無いため聞くのみだ。
「覚醒した『聖人』に預言者としてのテクストを被せる事で得たフィードバック、でしたか。実に厄介ですね」
「ゲマトリアの分析では、ですがね。……私が引っこ抜ける範囲にあった情報である以上は、ブラフやミスリードである可能性もありますが。まあ、厄介な事には同意します。元がシンプルに硬くて強いビナーだっただけに、相性も良かったのでしょう」
蓄積するダメージの大部分を自己再生で相殺し、曇りなき純白の装甲を輝かせるビナー。ホドやケセドと異なり余計な手間無くダアトの神秘を活かせる彼にとって、しばらく前のフィードバックはとても大きかったのだ。
と、そんなジリジリと進む戦闘の最中。
突如、ビナーが動きを止めた。
否。その蛇腹状の関節部を、身体を起こした状態で固めたのだ。
「しかしまあ。こうなると、仕掛けでどれだけ削れるかが────っと、これはマズい!」
「先生!」
「分かってる!」
『サキ! 急いで下がって!!』
こちらの指揮には口を出さないという約束を破り、通信に乱入してきた先生の声。
そこで名指しされた空井サキは、咄嗟に動くことができなかった。
そもそも、彼女の中では今回の作戦は悪くない物であったのだ。想定よりも上手く運べていない事を理解してもなお。
なにせ、今回の作戦はどこまでも堅実で、それこそゴリアテなどの大型兵器を相手取る時の教範の内容と重なる部分がある程の物であったのだ。
多少不穏な気配があろうと、基本に忠実な作戦を彼女が好まないワケがなかった。
しかし誤算であったのは、既にビナーが似たような形の戦闘を経験していた事であった。
それも、2年以上も前に、自身の初の敗北という形で。
そう。ダアト、あるいはマクガフィンとの────その頃の名で呼ぶのならば、薪浪彩土との戦いである。
あの時も、展開された戦闘は実にシンプルであった。
今回と同様、『アツィルトの光』や『大道の劫火』といった隙になる大技は使用を封じられ、回転率の高い通常攻撃でのみ応戦するしかなかったのだ。
唯一違いがあるとすれば、今回はミサイルのような大火力兵器が使用されているため、大技の隙を見せずとも怯ませられている所だろうか。
しかし、最も重要な部分に変わりはない。
強みである、超火力の攻撃を打てなくさせられているという部分には。
こうなった時点で、つまりはこの形に戦況を整えられた時点で敵の術中に嵌っている事を、既にビナーは理解していた。
なにせ、ビナーの強みとは、その重装甲からなる堅牢な防御性能と搭載した兵器による圧倒的な攻撃性能にあるのだ。その半分が封じられれば、弱体化は避けられない。
ならばどうすればいいのか。
単純だ、大技を撃てるようにしてしまえばいい。
そして、そのための方法も2年の休眠の間に練り上げている。
大技の準備中に攻撃されて怯ませられるというのならば、その前に身体を固定すればいい。自身の装甲を一撃で貫ける攻撃など、それこそダアトぐらいしか有していないのだし。
もちろん、チャージの間に多少のダメージは受けるだろうが……敵の策を砕けるのならば、それ以上の成果に繋がる。堅実な作戦とは、大抵が崩れてしまえば呆気ない物なのだから。
故にビナーは、僅かでも綻びが覗くまで耐え続けた。
機を見計らい続け────そして今、行動を起こした。
狙ったのは、最前線に出ている中で最も容易そうな相手。どことなく余裕が欠けているように見える、鉄帽を被ったポイントマン。
とある
そんな目論見の下の攻撃は、しかし防御される形で終わった。
盾を構えた桃髪の少女が、想定の数段上の速度で庇ったのだ。
それも、威圧も兼ねて通常よりも更に火力を上げていたはずの『アツィルトの光』を。
どうやら、まだまだこの戦いは終わらないらしい。
────────
瞼越しで赤くなった閃光。
肌を撫ぜる熱。
吹き飛ばされそうな衝撃。
「サキちゃん! 大丈夫!?」
それに、自身へと呼びかける声。
咄嗟に目を閉じてしまったサキが感じ取れたのは、これが全てであった。
(痛みが来ない……どういうことだ?)
恐る恐る瞼を開けたサキの視界には、自身を庇うように立つ小柄な背中が。
(私は、守られたのか……?)
ようやく状況を理解するのと時を同じくして、ビナーから放たれていた熱線が和らいでいく。それに比例して盾を握るホシノの体から強張りが抜けている辺り、やはり自分は守られてしまったらしい。
(はは、なんてザマだ)
思わず、口元が歪む。
作戦前にあれだけ意気込んで、ミヤコに酷い事を言っておいて……そのクセしくじって他校生に庇われたなど、笑い話でしかない。
成績の優秀だった自分ならできるはず、だなんて。
なんて思い上がりだったのだろうか。
「ホシノ先輩! 大丈夫ですか!?」
ぼんやりと聞こえてきた声を耳にしながら、少女は自嘲する。
しかし、それで状況が変わるワケもない。ここが鉄火場の只中である以上、膝を突いたままではいられないのだ。
「こっちは大丈夫~! ……サキちゃん、立てる?」
「……ああ」
差し向けられる心配げな視線を振り払うように、最後の意地で立ち上がる。
SRTの制服に袖を通しているのだ、せめてそれぐらいはしなければ。
(そうだ。教範にも『いかなる状況においても折れてはならない』と書かれていたんだ。だから────)
「うーん……ちょっと、お節介かもしれないけどさ。顔から余裕、無くなっちゃってるよ?」
投げられた言葉が、スッと入り込む。
耳を通り抜けて、心にまで。
────────
少女にとって、世界とは温い物だった。
あるいは、緩いものだろうか。
周囲から頑固だとか杓子定規だとか言われる事もあったが、やはり彼女は自分がおかしいのだとは思えなかった。戸惑いを隠すことができなかった。
これ以上ないほど明確に規則として記されている物事があるのに、なぜそれに従えないのだろうか。
それが、周囲から揶揄されるたびに少女が抱いていた感情であった。
そもそもそれが正しいコトで、破ってはならないコトなぐらいは理解できているだろうに。だからこそ、自分に何か言う時には決まってばつの悪そうな顔をしているのだろうに。
それに、そういった規律に普段から従っておく事こそが、過酷な状況に追い込まれた時に折れない強さに繋がるというのに。
少女の十と余年ばかりの人生で、既にその実例を何度か見てきた事も大きかった。
普段から規則を破っていた人間が、次第にブラックマーケットを代表とした“よろしくない”方向へと流れて行く。折れて行く。さすがにそんな最下層にまで至る事は少なくとも、大抵が問題児に成り下がっていくのを何度も眺めてきたのだ。
当然の結果として、その度に少女の考えは補強される事になった。
そういった諸々もあって、少女は規則や規律、それもとりわけ厳しい物に従う事を好むようになった。
それは間違いなく『良い事』であり、そして自身の強さに繋がる事なのだから、と。
そんな彼女にとって、SRT特殊学園との出会いは渡りに船と形容するべき物であった。
自身の考えをより具体的にし、強くし、そして更にその先を行く。それこそがSRT特殊学園であり、少女が憧れたFOX小隊だった。
いわば、一種の象徴になったのだ。
自分の考えは正しいのだと。やはり周りが温すぎたのだと。
疑問が確信に、戸惑いが軽蔑に変わるのは、そう遅い事ではなかった。
そこからの日々は、矢のように過ぎ去って行った。
憧れたるSRT特殊学園に入学すべく勉強し、訓練し、とにかく必要な事を詰め込む。それだけの日々は、しかし何よりも楽しい物として流れた。
もはや自身を揶揄する声も届かない。
だって、自分は正しい事をしていて、そして憧れに至るために努力しているのだから。そんな物に割くリソースなど、欠片たりとも残っていない。
そんな日々の果て、一世一代の大勝負を越えて、遂に少女はSRTの制服に袖を通す資格を得た。
その時の感動を……やけに眩しく鮮やかに見えた世界を、少女はきっと一生忘れない。それだけ嬉しい事であったのだ。
その喜びの影で。
キラキラとした世界の、目に映らない影の部分で。
少女の考えが、確信が、信奉に変わった事になど気付かずに。
ここまで来れたのならば、やはり自分の考えは間違っていない────否、
いつの間にかそう考えるようになっていた事になど、少女は気付きもしなかった。
目を向けてすらいないのだから、それも仕方ない。人間は、結局のところ見たいものしか見えないのだし。
とはいえ、『規則で自身を律する事こそが一番だ』と信じるようになっても、それが周囲の否定にまで繋がる事はなかった。
彼女の愛する規律には当然ながらそんな内容は無かったのと、彼女自身もそこまで歪んではいなかったためである。
それはそれとして、やっぱり温いなと思う事はあったが。
しかし、そんな少女の
前兆も無く連邦生徒会長が失踪し、その煽りを受けてSRT自体に廃校処理が下されたのだ。そうして編入先として提示されたのは、ヴァルキューレ警察学校。
なるほど、業務の方向性で言えば納得の進路ではある。
だが、少女にとって編入など到底認められる事ではなかった。何度も言っているように、温すぎるのだ。
ヴァルキューレにはSRTのような厳格な規律など存在しないし、所属する生徒もそれに応じたものになっている。つまりは、自分とは温度差があるのだ。
一度SRTでの生活を経験してしまった少女には、そんな環境にまで生活水準を
となれば────認めさせねばならない。
SRTの存在が間違っている訳がないのだから、連邦生徒会こそが判断を誤っているのだ。
だから、その過ちを認めさせねばならない。
それが、少女の出した結論であった。
しかし、そんな決意も日々と共に焦燥に覆われていく。
上手くいかない作戦。嫌でも目に付く先生という存在。そして何よりも、少しずつ変化を見せる小隊の仲間たち。
抱く考えが強固であるからこそ、その焦燥も強くなる。
早く何とかしなければ。
早く自分の考えの、SRTの正しさを証明しなければ。
早く、早く、早く────
そんな彼女が、よりにもよって理解できないような“温い”相手からかけられた言葉が『余裕が無くなっている』という指摘であった。
しかし、意外な事にも、その言葉に苛立ちが生まれることは無かった。
なぜなら、彼女が愛する教範にも載っていたのだ。それも、最初の項に。
曰く────戦場において真っ先に落ちるのは余裕を失った者だ、と。
(……ああ、そうか。私は、焦り過ぎていたのか)
スッと、冷や水を浴びせられたかのように思考が鎮まる。
誰かに言われるまでそれに気付けなかった事や、よりにもよってその“誰か”が温いと思っていた相手であった事など、思うところはいくつもある。
自分の不甲斐なさには、いっそ悍ましいまでの恥ずかしさを覚える。
(だが、その後悔は今するべきじゃない)
なにせ、今はまだまだ鉄火場の只中なのだ。
経緯がどれだけ最低な物であれど、指揮を預かっている以上は自分が折れるワケにはいかない。
それに、今ならばさっきまでよりもマシな指揮もできるはず。
幸い、規律に従う事しかしてこなかった自分でも付いていけるぐらいには今回の作戦は堅実だ。
ならば────多少は余裕を取り戻せた、今ならば。
「ホシノ……さん。その、感謝する。それと、これまで済まなかった」
「い~よい~よ、困った時はお互い様ってね」
(ミヤコにも、ちゃんと謝っておかないとな)
そんな事を考えながらも、ポイントマンとしての役割を果たすために空井サキは前へと踏み出すのだった。
最後になりましたが、シギンコウ さん、北端のグレイガ さん、逃亡騎士 さん、評価付与ありがとうございました!