【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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予約投稿ミスって今話だけ投稿時間ズレてました。申し訳ナスm(_ _)m


データ収集 アリウス自治区・バシリカ跡地

 カリカリとペンの走る音が断続的に響く室内。

 寒々しい自治区を柔らかく照らす日差しが窓越しに差し込むそこに、コンコン、というノックの音が響いた。

 

「失礼します。サオリさん、こちら、先週の物資消費量と修正を加えた配給計画書となります」

「ああ、いつもありがとう。今から────は、少し厳しいな。後で確認しておく」

「了解しました。何かあればまたご連絡しますね」

「そうしてくれると助かる」

 

 では失礼します、と扉の閉まる音を耳にしながら、錠前サオリは書類を捲り続ける。どうやら、今日も彼女の一日は忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 時計の短針が3つほど数字を飛び越え、時刻はおおよそ午後の一時。

 あの後も何度か追加で報告書が上がって来たり、視察に出ていたはずのアツコたちが何故か高品質のオーパーツを拾って来たりとしながらも書類仕事を終えたサオリは、大きく伸びをしていた。

 

「もうこんな時間か……。約束の時間まで、少し休憩するか」

 

 相も変わらず慣れる気配のまるでない仕事で凝り固まった身体をほぐしながら、少女は思う。

 

(今のところは、どうにか持ちこたえている。……だが、水面下では兆候も見えてきている、か)

 

 物資の消耗や、開発計画の進捗。先ほどまで確認していた書類の内容を思い出しながら、溜息が一つ。

 

「……はぁ。ままならん物だな」

 

 アリウス分校は、非常に微妙な境界線上を綱渡りしている。

 残った生徒を賄えるだけの食料や生活必需品といった、物質的な側面はもちろんの事。政治的な側面なども含めてギリギリで持ちこたえている、というのが現在のアリウス分校であった。

 

 特に、政治的……あるいは国際的な(学園間の)立ち位置は日に日に悪くなっている。

 エデン条約調印式の直後辺りは、マクガフィンや怪物として暴れたベアトリーチェの存在もあって同情的な意見も多かったのだが、外部に出ていった過激派の元アリウス生徒の影響がいよいよ無視できなくなってきたのだ。

 

 ティーパーティーの三人による情報統制や、繋ぎ手────結び手という名はベアトリーチェと交渉するための一度きりの偽名だったらしい────による情報操作などによってどうにか持ちこたえているものの、いつかはそれも限界を迎えるだろう。

 

 まあ、初期のタイミングからトリニティとの統合案が頓挫するという形で影響は出てはいたのだが。

 とはいえ、あれに関しては穏健派・過激派関係なくエデン条約調印式の襲撃には全アリウス生徒が参加したという事実の影響の方が大きかった。

 少なくとも、ここまでの……アリウス分校の排斥運動を心配しなければならないほどのレベルでは、なかったのだ。

 

 

 それに、アリウス自治区内で問題が起きていない訳でもない。

 というより、毎日のように問題が溢れている。そもそも、現在アリウス分校を統治しているのが経験値の皆無なアリウススクワッドなのだから、そうならないワケがないのだが。

 

(……やはり、あんなでも腕は確かだったのだな)

 

 思い起こすは、これまで自分たちを支配し、そして苦しめてきた恐怖の象徴。

 真っ赤な肌に覆われた、怪物のような大人の姿。

 

 今よりもっと酷い状態だったアリウス分校を年単位で支配し続けてきた、ベアトリーチェである。

 

 参考にできる部分など欠片も無いが……それはそれとして、やはりあの大人の統治の腕は卓越していたのだろう。こうして体感して、ようやくその実力が分かってきた。

 

 まあ、参考にできる部分は欠片も無いのだが。

 

(────いや、“反面教師として”ならあれ以上の参考も無いか)

 

 常にふざけて皮肉を吐いている、そんなどこぞの大人の影響だろうか。脳内に浮かんだ皮肉に、フッと鼻から息が漏れる。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、そんな笑いも長くは続かない。

 何度も言っているように、アリウス分校の現状は笑っていられるようなレベルの物ではないのだ。分裂の兆しが見え始めているような今は、特に。

 

「…………」

 

 そう。現在のアリウス分校には、いくつかの派閥が内部に形成されつつあった。

 それも、以前のような“過激な憎悪を抱えた親ベアトリーチェ派”と“それに付いていけなくなった反ベアトリーチェ派”といった分かりやすい二極体系ではなく、より混沌とした形で。

 

 まず分かりやすいのは、ベアトリーチェが斃れてもなお憎悪を忘れられず、遂にはアリウスを離れてでもテロ行為に走るようになった過激派。

 目下、アリウス分校を────より正確に言うのならば、その舵取りを行っているサオリ達を────最も悩ませている派閥である。

 

 次いで、現行のアリウスを運営している、サオリを旗印とした穏健派。

 かつてのアリウス分校生徒会長の血を引く秤アツコが所属しており、更にはトリニティ総合学園を代表とした他校との関係も築いているため、派閥としての将来性は随一となっている。

 過激派には少しばかり劣るものの十分な人数が集まっているため、このまま次代のアリウス分校を担っていくだろう。

 

「この二つだけだったなら、楽だったんだがな……」

 

 呟きながら目を落とすサオリの視線の先には、“無気力派”と名付けられた勢力に関する報告書が。

 

 無気力派。

 端的に言ってしまえば、反ベアトリーチェ派の中でも周りに流される形で穏健派に合流した生徒が、飢えなどの日々の苦しさが結局消えなかった事に絶望して集まった派閥である。

 特徴としては、その名の通り何に対しても無気力になっている事。生きる事にさえ無頓着になったその姿は、決して無視できない影響を周囲に及ぼしていた。

 

 少なくとも、放置しておく訳にはいかない問題である。

 

 だが、まだ話は終わらない。

 最後の派閥にして最少の人数で構成された、それでいて最大の不安要素となっている物が残っているのだ。

 

 

 それこそが、“天使派”。

 エデン条約調印式の日にベアトリーチェの守護を命じられていた生徒だけで構成される派閥であり、どこよりも強い結束力と、そして何よりも危うさを内部に有した派閥である。

 

 いや、別段過激派のように問題を起こしているわけではない。一度だけ事件を起こしこそしたものの、普段はむしろ傍目から見て心配になるほど働いてくれているぐらいだ。

 

 ただし、その“一度だけ”が大いに問題だったのだが。

 

「…………」

 

 回想するのは、おおよそ半月ほど前の事。

 潜伏する事で自治区に残っていた過激派が彼女らに炙り出された際に、捨て台詞として吐かれた『どうせ誰も救われたりしないってのに、何を夢見てるんだ? お前らが言うテンシサマとやらを殺せば思い出すのか? 所詮、外の人間なんて薄っぺらな憐れみありきで動いてるに過ぎないんだよ!』という言葉に対して、天使派が取った反応。

 

 彼女たちは、一斉にその銃口を向けて引き金を引いたのだ。

 しかし真に恐ろしかったのは、既に捕らえられている相手を躊躇なく撃つ姿ではなく、それを行った彼女たちの眼であった。

 

 冷酷さも、ドロドロとした熱もなく。その眼は、ただひたすらに無機質だったのだ。

 どこまでも無機質で、無感動で、無色で、それでいて殺意だけが乗せられた視線。思わず『かつての自分達がまるでままごとみたいだ』とサオリが感じてしまうぐらいには、それは研ぎ澄まされていた。

 

 その後の止めるサオリに対しての『退いてください、サオリさん。大丈夫です、殺しはしません。あの人が悲しみますから。ただ、思い知らせるだけですので』という言葉も含めて、あそこまでサオリが肝を冷やしたのは後にも先にもその時だけであった。

 

 それに、普段の熱心さも危うくある。

 そもそもの話として、アリウス分校にプラス方向の熱意などあるはずがないのだ。ベアトリーチェは、そんな物が生まれるような土壌を作っていない。

 その真逆、憎悪を抱えて従順に従う駒を求めていたのだから、当然の話である。

 

 だというのに、天使派の少女たちは精力的に活動しているのである。何かに取り憑かれたかのように、あるいは何かに急き立てられるかのように。

 

 調印式の日に何があったのか問えども、口をそろえて返されるのは『きっと知らない方が良いですよ』という言葉のみ。

 続く言葉が『安心してください。私はあの人の分まで、あなた達が陽の光の下で笑えるように頑張るので』で共通しているあたりも含めて、不気味と言う他ない。

 

 総評として、いつ暴発するか分からない爆弾のような派閥。

 

(なんとかして、あの日に何があったのか聞き出さないと────ん?)

 

 あれこれと思い悩むサオリの耳朶を、不意に誰かの駆ける音が叩く。

 その足音は次第に大きくなり、遂には正面の扉にまで至ると────

 

 ダァン、と扉が蹴り開けられる豪快な音に続いた。

 

「……は?」

「サオリさん、何かが凄まじい速さで来ています! 打って出るので、申し訳ないですが増援をお願いします!!」

「…………は?」

 

 扉を蹴り開けたのは、ちょうど頭を悩ませていた“天使派”の筆頭、遺蘇迓カシスという3年生の少女であった。

 彼女はそれだけ告げると、扉を閉める間も惜しいとばかりに来た道を駆け戻って行く。

 

「いや、え?」

 

 普段は落ち着いている彼女があそこまで焦っているとなっては確実に非常事態なのだが、しかしそれにしても脈絡が無さすぎる。

 呆気に取られたままのサオリが再起動を果たすには、もう10秒程の時間がかかるのだった。

 

 

────────

 

 アリウス分校自治区内、かつてバシリカがあった周辺。

 辛うじて残っている建物のうち最も高い物の屋上に陣取り、大きく息を吸い込む。

 

(サオリさんには悪いことしちゃったな……普段から私たちのせいで悩んでるっぽいのに)

 

「────ふぅ」

 

 胸中を過ぎる僅かばかりの申し訳なさやその他諸々が、吐き出す息と共に薄れて消える。

 残るのは、戦闘のために特化した思考のみ。

 

「距離は……遠すぎて不明、と」

 

 雲の向こう、遥か高みを悠々と飛ぶ大きなナニカから視線は外さずに。肩にかけたベルトを外し、自身の手でカスタマイズした新たな愛銃(SR)を構える。

 

「角度も……まあ怪しい、と」

 

 雲の上というのが具体的にどれぐらいの距離なのかは知らないが、このスコープでは力不足だったらしい。

 焼け石に水程度の補正を捨て、倍率を普段通りにまで落としつつレンズから視線を外す。

 

(まあ、想定内ではあるか。そもそも雲が邪魔だし、スコープ越しだと()()()()()しね)

 

 右膝を地面に着けつつ、左脚を膝を立てるように折り曲げる。サポートハンドとなる左の肘がちょうどその膝の上に乗るように調整し────そこで息を一つ。

 

(上方向って、面倒な方向だなぁ。まあ、SRで狙うなって話ではあるんだろうけど)

 

 吐き出す息と共に鼓動が弱まり、身体から余計なブレが消え……同時に、注ぎ込まれた神秘によって銃身から淡く光が漏れる。

 それら全てを感じながらも、ひたすらにニーリングフォームを維持。

 

 ひとまず必要なのは一射だけ。

 というより、それを外せば次は無い。故に、徹底的に機を待つ。

 

 標的の位置。動き。自身との角度。空気の流れ。

 スッと動きを緩やかにした世界の中で、極限の集中を以て待ち続ける。全てが合致する瞬間を。

 

 その一瞬を待ち続け────

 

 

「────照準、合わせました。貫きます」

 

 

 視界の中央に映る神秘に向け、引き金をゆっくりと絞る。

 スコープを覗かずとも問題は無い。あれだけ分かりやすく神秘を撒き散らしているのだ、照準は勝手に合う。

 

 なにせ、私の神秘は何かを……特に強い神秘を持つ存在を貫く事に特化しているのだ。

 そこに、あの槍の装飾の一部を移し替えた新たな相棒が合わされば────絶対に命中する。外れるわけがない。

 

「……よし」

 

 グラリ、と堕落するように神秘の影がふらついたのを確認し、即座に屋上から飛び降りる。

 狙撃が成功した時点で、この位置は確実に割れている。さっさと動かなければ。

 

(それに……できるなら、ここからは引き離しておきたいし)

 

 チラリと背後に視線を流し、かつてバシリカであった瓦礫の下に強い神秘の塊が埋まっている事を確認する。ついでに、その神秘に抑え込まれるようにするナニカが、その奥で蠢いている事も。

 変わりないままであるこの均衡は、何が原因で崩れるかも分からない。それに、アレはバシリカ跡地を目掛けて向かってきていたように見えた。近付けるべきでは無いだろう。

 

 そうでなくとも、あの場所はあの人の……アヤトさんの墓標なのだ。マクガフィンではなく、薪波アヤトさんの。

 

 できる限り、この辺りで騒ぎは起こしたくない。

 

「と、もう墜ちた!? ……いや、違う」

 

 どうやら、命中したのは翼部ではなかったらしい。

 わざわざ私目掛けて舞い降りてきた大きな影に、思いっきり顔をしかめながら溜息を吐く。

 

「…………」

 

 くすみの一つも無い、純白の装甲。

 特徴的な四脚は、一本だけでも私と同じぐらいの大きさをしている。そしてその上方、見上げるような位置では────オートマタ兵を巨大化したような()()()()()()が、こちらを睥睨するように見下ろしている。ギラリと、バイザー型の眼部が光を反射した。

 腰部辺りから背後に展開していたあの人を思い起こす翼を収納すると、ソレは脚部のスラスターを吹かせながらゆっくりと着地する。

 

 同時に、その両手に握られたマシンガンとレールガン、それに肩部に取り付けられたミサイルポッドが、まるで獲物を見つけたかのように、ギシと軋みを上げた。

 

 どうやら、覚悟を決めた方が良いらしい。

 

「……誰かを護るためなら、あの人は許してくれるかな」

 

 小さく呟いて、その内容に思わず笑いそうになった。

 

 決まってる。

 絶対に赦さないだろう。自分が傷付くことは良くても、誰かが傷付くことは嫌うだろうから。だから、ここで死んでしまえばあの人はとても悲しむ。

 

(それは、ダメ。罪深い私の命なんて、私はどうでもいいけど。でも、あの人を悲しませるのはダメ)

 

 それだけは良くない。

 自分の命なんてどうでもいいし、正直周りの事だってどうでもいい。でも、あの人が悲しむことは────()()あの人の苦しみになってしまうことだけは、赦さない。

 

 それが、今の私が持つたった一つの戒。

 それだけが、あの人に救われた私たちの戒。

 

 となれば、やることなど決まり切っている。

 

■■■■■■────────────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 初手で、最大火力を叩き込む。

 様子見も、小手調べもしない。そんな余裕はない。

 

 コレと私は、それが許される程の力量差じゃない。

 

 だから、コレが動き始めるよりも先に一撃で決める。

 

 

 大きく掲げた右手に、どこからともなく飛んできた槍が収まる。

 いくらか装飾が剝がされ、簡素になった槍。しかし、その簡素さが纏わりつく悍ましいまでの神秘を強調する槍。

 

 あの日、あの人を貫いた槍。

 

 私以外には触れる事ですら害になるソレは、けれども私の声には従順だ。新調した相棒(愛銃)と同様に、よく腕に馴染む。

 

「行くよ」

 

 呟いて、穂先を目の前の敵へと向ける。

 転瞬、刀身を覆わせていた布が弾け飛んだ。ぬらり、と濡れたような光が放たれる。

 

 それに頷いて────

 

 

貫け

 

 

 一息に、槍を突き出す。

 結果はすぐさま、距離を無視して現れた。

 

「────ッ!?」

 

 驚愕の気配は、目の前の機械から。

 

 その胴体部分が、ボロボロと円形に崩れ始める。何かに刳り貫かれたかのように。穿たれたかのように。

 白磁に輝いていた装甲は見るも無残にくすみ、その事に驚いたように敵が身動ぎをした。

 

 でも、もう遅い。

 だって私は、この槍は。

 

「既に、あなたの神秘を貫いている」

 

 声に答えるように、崩壊が広がる。

 否、貫かれた事を自覚したように孔が開く。

 

 当然だ。

 その部位を構成していたはずの神秘が、貫かれて消え去ったのだから。元の形など、維持できるわけがない。

 

 

 

 元が儀礼用のソレであったこの槍には、物理的な脅威というのは殆どない。

 そもそもキヴォトスは銃火器で溢れているのだから、まあ、当然の話ではあるのだけれど。

 

 でも、この槍には一点だけ普通ではない点がある。来歴がある。

 ()()()()()()()()()()、という過去が。

 

 重ねて言えば、あの人が蘇った際の神秘を大量に浴びたという過去がある。

 

 あの瞬間、この槍は変質した。

 私と一緒に、有り得ないはずの変化をした。この世にあってはならないような、異質な変容をした。

 

 私の場合は、異常なまでの身体能力の向上と神秘の変化、それに視えないはずのモノ(神秘)が肉眼で捉えられるようになった。

 そして、この槍は。

 

 ()()()()()()()()()()()になった。

 

 どんな防御も、耐性も、関係なく。

 そこに宿るはずの神秘を貫き、破壊する。あまりにも危険すぎる性質だ。

 

 おそらく、この槍の前ではヘイローの加護も無意味となるだろう。いや、むしろヘイローを持つ、つまりは神秘を宿す生徒にこそこの槍は効果的になる。

 

(本当に、危険すぎる)

 

 視界に映る、そのシルエットのうち胴体部分を貫かれた機械の神秘。それを正確に捉えながら、思う。

 コレは、間違いなくこの世界にあっていい代物ではない、と。

 

 けれども、今だけはそんな槍の存在が頼もしい。

 

「はあぁぁあっ!!」

 

 上げる叫びと共に、柄が、刀身が、穂先が、槍のありとあらゆる部位が姿をボヤけさせる。

 過剰なまでに励起した槍の(神秘)、その余波が周囲に漂う神秘まで貫き始めたのだ。

 

 けれども、まだ足りない。

 この程度では、アレを貫き切るには至らない。

 

 だから、もっと。

 もっと────

 

「もっと、お願い!!!」

 

 応えるように出力が跳ね上がり、遂には物理的な光となった神秘が視界を眩ませる。

 眼も開けられないほどの光の奔流の中、周囲を満たす神秘に眼が使い物にならなくなった中に、確かな手応えを感じ。

 

「やああああ!!!」

 

 力に任せて、思いっきり突き通した。

 

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

 朦朧とする意識の中、光が晴れると共に眩んだ視界が少しずつ正常に戻る。

 息が苦しい。肉体の隅から隅までが酸素を求めて悶えているようだ。

 

 神秘を使いすぎたらしい。

 もしくは、槍の反動だろうか。

 

(まだ……気を失うわけには)

 

 荒い息を繰り返しながらも、倒れ込もうとする身体をどうにか支える。

 これで倒せていなければ打つ手など残っていないが、それはそれとしてまだ意識を途絶えさせるワケにはいかない。

 

 そんな希望を籠めながら向ける視線の先、ようやく見えるようになった前方には。

 

「はは……嘘、でしょ」

 

 思わず、乾いた笑いが喉から漏れる。頬が引き攣っているのが自分でも分かるようだ。

 

 そんな私へ向けて、胴体から左肩にかけてを穿たれた機械はレールガンを構えた。

 右手に握られたそれが、キィィ、と甲高いチャージ音を立てながら光を湛え始める。

 

 どうやら、もう油断はしてくれないらしい。

 

(ああ……これが、私の終わり、か)

 

 全身から力が抜け、ペタリと地面に座り込む。

 支えとして抱えていた槍が、カランと空疎な音を立てて横たわった。

 

「────ごめんなさい、アヤトさん」

 

 最後にそう呟いて、眼を閉じようとして────

 

 

「ケテル。それ・・は契約違反だと、俺は判断するぞ?」

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 

────────

 

 ケテルが帯びた役割は、天路歴程の最終段階として聖人が完成した場所へ赴き、調査すると共に注意を逸らすように攪乱する事であった。

 

 そのためにわざわざ雲の上を常に飛行し、更には自身に出せる最高速で移動する事で下界から捕捉されないようにした。

 ホドのように『向かい来る脅威』として振る舞うのも悪くはなかったが、今回はそれをしてしまうと調査のための時間を取れないだろうと予測したから。

 

 目的地も目的地であるため、確実に待ち構えられてしまうだろう、と。

 

 誤算であったのは────その目的地に神秘そのものが視えるようになった少女がいた事。

 雲の上に身を隠そうと、その少女の前では無意味であった事。

 

 突如として何かに撃ち抜かれ、目的地付近に不時着したケテルはそれを知った。

 とはいえ、ここまでは悪くはなかった。

 

 誤算であったのは、想定外であったのには違いないが、この少女も調査の対象であったからだ。

 それに、ダアトからのフィードバックを受けた自身が生徒相手に敗北するわけがないという自負もあった。ならば、観察対象から向かってきてくれて、更には戦闘という観察に都合の良い事をしてくれるのは悪くない。

 

 それは過剰な慢心では無く、客観的な事実であったはずなのだ。

 

 一番最初にダアトからの入力を受けたのがビナーであったならば、ケテルは一番大きな入力をダアトから受けた預言者であったのだから。

 自身がその力を十全に発揮したならば、ビナーと同格の……つまりは生徒では倒し得ない脅威として君臨できるはずだと、デカグラマトンからも太鼓判を押されていたのだから。

 

 なぜそこまでの変容を果たせたのかは、終ぞデカグラマトンにも分析できなかったが。

 曰く、“最初の預言者”としてのテクストか、もしくは冠する惑星が冥王星であった事が影響したのではないかというのが予想であったか。

 

 ともかく、それぐらいには自身の力は高まっていたはずであったのだ。

 

 

 だが、それがどうであろうか。

 

 確かに、油断はあった。

 手加減もしていた。

 

 それでも、ここまで────戦力の6割以上を削られるほどではなかったはずだ。

 

 

 ここに来て、ケテルはその思考を切り換えた。

 眼前の対象を、観察すべき存在でなく……排除するべき存在であると。危険すぎるイレギュラーであると認めた。

 

 今この場で、消耗しているこの瞬間に消し去るべき存在であると。

 

 そうして、明確な害意の下に、残った兵装を構えたのだが。

 次の瞬間には、思考領域の全てが“どう生存するか”を演算し始めた。

 

 

「ケテル。それ・・は契約違反だと、俺は判断するぞ?」

 

 

 殺意。

 痛ましいまでの殺意。

 悍ましいまでの殺意。

 

 それだけで何もかもを壊してしまうかのような、どこまでも研ぎ澄まされた殺意。

 

 気付けば、眼前にダアトの像が編まれている。

 それが、排除対象を庇うように立ち、更には示威目的でない本気の神秘を構えていた。

 

『“それ”は、キヴォトスに残すには危険すぎる。排除するべきだ』

「んな事は聞いてねぇんだよ。殺すぞ」

 

 声と同時に、残っていたはずの右腕の反応が消失した。

 見れば、何かに抉られたかのような滑らかな断面が。

 

「さっきのは警告だ。どっちが上か、分かったか?」

 

 最後に排除対象を一瞥し────ケテルが出した結論は、一度引き下がって自己再生を行う事であった。

 契約を先に破ったのは自身なのだから、正当性はダアトの側にある。

 

 それに、このままここに居ては本当に自身は破壊されてしまうだろう。

 他の預言者とは異なり、完全に。完膚無きにまで。

 

 最低限の攪乱は既に果たせている、というのも大きい。

 

 そうやって不満を訴える演算回路をどうにか抑え込むと、ケテルは退却したのだった。

 

 

────────

 

 眼を開ければ、そこにはいつかのように私を護ってくれる背中が。

 

(マクガフィン……さん…………)

 

 黒い背中が何事かを会話するかのように二、三言呟き、眼にも見えない速度で機械の右腕部を消し飛ばすと、引き下がるようにアレは退却していった。

 どうやら、私はまた救けられてしまったようだ。

 

(あはは……いや、うん…………)

 

 恥ずかしさやら、無力感やら、嬉しさやら。

 いくつもの感情がない交ぜになって纏まらなくなった思考が、熱を帯びる。やっぱりこの人だけが光なんだと、心がぼんやりと納得する。

 

 サオリさんには申し訳ないが、私が命令に従うとすればやはりこの人以外にいないのだ。

 ここまで崇拝できる存在は。

 

「……ごめんな、カシスさん。俺のせいで────」

「────いいん、です。あなたのためなら、私は……どんな事でも、受け入れられますから」

 

 振り返ったその顔には、いつかのように申し訳なさそうな色が濃く浮かんでいた。

 本当に、仕方のない人だ。

 

 あなたがそう思っているように、私も自分の事なんてどうでも良く思っているというのに。

 

 きっとこれを言ってしまえばこの人は悲しむだろうから、何も言わないけれど。

 でも、うん。罪深い私をここまで思ってくれているというだけで、嬉しさで溶けてしまいそうになる。どこまでも堕ちていきそうになる。

 

(もし、私が全てを赦すって言ったら……一緒にいますって言ったら。この人も、同じように)

 

 堕ちてくれるだろうか。

 私の言葉に苦しそうに、それでいてどこか救われたように顔を歪める姿を見て、ぼんやりと思ってしまう。

 

 やっぱり、私は最低だな。

 垣間見えた、何もかもを置き去りにして二人で堕ちていく醜悪な(理想の)情景を、黒色で塗り潰しながら。仄暗い欲望に蓋をしながら、いつも通りに自己嫌悪に溺れる。

 

(ああ……でも、もう限界か…………)

 

 安堵によるものだろうか。

 いよいよ視界が暗く沈むのを感じながら、私をそっと横たえる姿を眼に焼き付ける。

 

 その、最後の瞬間。

 

「あ────ダメ、です……」

 

 バシリカの跡地からあの人の遺骸が……楔が消え去っている事に気付き。

 

「大丈夫。そのために、色々と準備してきたから」

 

 背を向けるあの人の隣に、黒いスーツの影が並んだように見えた。

 

 耳に響いた、ククッ、という特徴的な笑い声は幻聴だろうか。

 それが、意識を手放す私の最後の思考だった。

 

 




最後になりましたが、目指せ生首世界一周 さん、凪 瀬 さん、評価付与ありがとうございました!
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