【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 なんかあるキャラが勝手に動いて派手な事をしました。どうしてこうなった???


データ収集 もう一つの例外 / 終幕、あるいは次幕への変転

 

 白昼、シャーレオフィス。

 初めてRABBIT小隊の指揮を執りながらも、辛くもケテルを退けた先生は、帰り着いたその場所で頭を抱えていた。

 

 悩みの種はただ一つ、彼の正面に置かれた一つの携帯端末。

 白を基調としつつ諸所に橙でアクセントを入れられたソレは、外見こそやや奇抜であるものの、一見ただのスマートフォンのようにも見える。

 

 それこそ、誰かシャーレの当番を担当していた生徒が────例を挙げるならば、こういう物を改造しがちなミレニアム生あたりが────落としていった忘れ物だと言われても納得できるだろう。

 だがしかし、問題はこの端末が発見された場所なのだ。

 

 すなわち、ポストの中である。

 

 そう、この携帯端末は、シャーレオフィスに取り付けられた郵便受けの中にポツンと置かれていたのだ。

 これが生徒の忘れ物だという可能性は……まあ、まだ完全には消えていないが、少なくともかなり低いだろう。つまり、誰かからの贈り物というワケだ。

 

 白地に橙のアクセントが加えられた機械を、贈り物にする。

 

(いや……つまり、()()()()()()だよね…………)

 

 送り主など、もはや一択だろう。

 おあつらえ向きに、これがポストに投函されたらしい前後の監視カメラ映像がハッキングされ、使い物にならなくなっている辺りも含めて。

 

「デカグラマトン……」

 

 改めて容疑者の名を呟き、目的は何だと推測する先生。

 とはいえ、考えても分かる事ではない。立場などが異なっていようと分かり合うための努力は止めるべきではないというのが彼の主張ではあるが、それで相手を理解できるようになるかはまた別の話なのだ。

 

「はぁ」

 

 これは一体どうするべきなのか、なんて考えながら、その口から溜息が零れる。

 ミレニアムにまで持って行って、それこそリオやヒマリ、あるいはエンジニア部などに解析してもらうのが一番丸い手ではあるのだろう。

 

 ……が、まずこれをシャーレの外に持ち出しても問題ないのかが分からない。GPSによる位置情報の監視などデカグラマトンにとっては朝飯前だろうし、それ以外にもマイクやカメラなどで監視しているかもしれない。

 相手の目的が読めない以上、何をするのが最適解なのかもまた未知数のまま。せめて置手紙でも残しておいてくれればよかったのに、なんてぼやきまで浮かんでくるぐらいだ。

 

 そう思いながら、何度目かも分からぬ溜息を先生が零した、その瞬間。

 

 これまで真っ黒に沈黙を保っていた液晶に、突如として光が灯った。

 表示された物は『Now Loading』の十文字、それにその奥で半透明に鎮座する十芒星にも似た鋭いエンブレム。

 

「……っ!」

 

 咄嗟に頭部を守るよう身構える事数秒、衝撃も何も襲い来ない事に先生が閉ざした瞼を開くと、そこにはホログラム状にどこかの映像が浮かんでいた。

 

「これは……」

 

 眉間に皺を寄せ、小さく呟く先生。

 その怪訝な様子は、ありありと『この映像が何なのか理解できない』と告げていた。

 

『────テス、テス。この声が届いているかね、先生』

 

 と、そんな映像から声が響く。

 そのノイズ交じりの合成音声は、かつてミレニアムにて……特異現象捜査部の部室にて耳にした通りの物。即ちデカグラマトンの声に他ならない。

 

 しかし、それがむしろ不可解だと言わんばかりに先生は固まっている。

 なにせ、ホログラム状に投影されているのは、どこかの廃墟に設置されているらしき自動販売機の映像なのだ。いったいどういった目的でコレを見せているのか、そもそもコレはどこの映像なのか。一から十まで何もかもが意味不明だ。

 

『……ふむ、反応が無いから分かり辛いが、おそらく声は届いているだろう。となると、その様子はこの接触の意図が読めない、といったところか』

 

 そんな先生の様子をどう読み解いたのか、デカグラマトンの声は勝手に話を進める。

 

『安心したまえ。別段、私に君をどうこうしようというつもりは無い。この接触は、不完全に終わったケテルの観測を引き継いで最後のデータ収集を行うための物であり、言ってしまえばその程度の物でしかない。……まあ、それ以外にもいくつか細々(こまごま)とした目的はありはするが』

「いや……ちょっと、待ってほしい」

 

 思わず手を前に出し、話に割り込む先生。

 そもそも、彼が躓いているのはもっと前の段階、前提も前提の部分なのだ。そう反応してしまうのも頷けるだろう……が、それが理解できていないのか、デカグラマトンは『うん?』と訝し気な声を返した。

 

「まず、一つ聞かせて欲しいんだけど。あなたはデカグラマトン……というのは間違ってないかい?」

『いかにも。私こそが預言者を呼び覚ませしオートマトンにして、神性を問い続ける求道者たるデカグラマトンだ。ああ、こうして映像越しの対話となった非礼については納得していただきたい。何分、この身体である以上は自由に動けないのでな』

「え?」

『うん?』

 

 何かが食い違っているという感覚に、漂いつつあったシリアスな雰囲気が砕け散る。

 後に残ったのは、何とも形容しがたい気まずい空気であった。

 

 

 

「えーっと、つまり。あなたの……デカグラマトンの本体はその自販機で、それが何かによる問い掛けから自己進化して自我を得るに至ったと…………?」

『その通りだ。ようやく理解していただけたかね』

「いや、まだ半信半疑ではあるんだけど」

 

 数分後、デカグラマトンによって行われた説明をどうにか飲み込んだ先生は、しかし半信半疑の表情を続けずにはいられなかった。

 なにせ、これまで見たデカグラマトンの預言者はどれも巨大で、そして何よりも圧倒的な力を有していたのだ。その親玉たる本体が()()だと言われて『はいそうですか』と受け入れられる人物が居るのなら名乗り出てみろ、というのが先生の正直な感想であった。

 

『ふむ……どうしたものか』

 

 そんな先生の様子を受けて、デカグラマトンの声は考え込むように小さく呟く。

 “これまでの接触者はどれも先に知っていた分、これは困ったぞ”なんてボヤく様子は、なんとも人間臭い調子である。あるいは、天然が混じっているとでも言うべきか。

 

(なんと言うか……少し、やり辛いな)

 

 なんとなく超越者然とした印象をデカグラマトンから受けていた先生の心に、そんな感情が浮かび上がる。

 このどれが本質なのか掴み辛い感覚は、それこそ昔のマクガフィンを前にしていた時と同様のソレだ。彼に踏み込めなかったという嫌な()()がある先生としては、少しばかり苦手意識が生まれてしまう。

 

『そうだな。では、こういうのはどうだろうか』

 

 と、そんな風に思っている先生を余所に何かアイデアを思い付いたらしいデカグラマトンは、それを実行したようで。

 途端に、ホログラム映像からとんでもない光が放射された。

 

『たった今、メタトロンにダアトの神秘を活性化させた。あくまでも守護天使としての補助機である以上は出力は低いだろうが……少なくとも、これで第三者からの観測が可能となったろう?』

 

 どこまでも平静に説明を行うデカグラマトンの声を掻き消すように、先生の携帯端末が着信音を響かせる。

 発信元として表示されているのは、“調月リオ”の四文字。

 

『先生っ! ケテルの鎮圧後で疲れているでしょうけど、緊急事態なの! 廃墟からもう一つ、光の柱が現れたわ!! 今すぐミレニアムに────何? たった今消えた? ちょ、ちょっと待って、どういう…………』

 

 かなり焦っているのだろう、通話が繋がったままである事を忘れたようにリオの声は遠ざかり、かわりにザワザワとした喧騒が端末越しに耳朶を叩く。

 

『まあ、こういう事だ』

 

 まるで肩を竦めるかのようなデカグラマトンの声が、携帯の反対側の鼓膜を震わせた。

 

 

────────

 

 特異現象捜査部のコンピュータ類を再度ハッキングしてデカグラマトン自身から状況の説明がなされるなどして、三十分ほどの時が経過し。

 改めて二人きり……二人? ともかく第三者の声が入り込まなくなったシャーレオフィスにて、先生はデカグラマトンと対話を行っていた。

 

「……それで、一体全体何の用なんだい? わざわざ、ここまで大掛かりな仕込みまでして」

『先に言ったように、用件自体はいくつかあるのだが……まあ、そうだな。最初は、やはりこれにするべきだろう』

 

 どこか疲れたような、投げやりとも取れる調子で先生が切り出すと、デカグラマトンは気にした様子も無く話を進めた。

 

 

『我らが第十一の預言者。存在し得なかった例外の体現者にして遂には私をも越えた神性の証明者、ダアト。あるいは────貴様らの呼び名で言うのならば、マクガフィンか』

 

 

 先生にとって、絶対に無視できない存在についての話を。

 

 

 

 

「……君は、彼について何か知っているのかい?」

『少なくとも貴様よりかは、な』

 

 スイッチを入れ直し、鋭い表情でデカグラマトンを睨む先生。

 アリウス分校で知った事実の事もあり、今の先生にとってマクガフィンとはかなりデリケートな存在なのだ。

 

 しかしそんな彼の威圧などどこ吹く風、デカグラマトンはその調子を崩しはしない。

 

『……そもそもとして。先生、貴様はマクガフィンをどう解釈している? 黒ずくめの怪人か? ブラックマーケットの危険因子か? あるいは無数の事件を裏から企図したフィクサーか? ────まさかとは思うが、子どもの味方をする憐れな被害者、なんて解釈はしていないだろうな?』

「そのまさかだよ。あなたには理解できないかもしれないけれど、彼は間違いなく」

 

 “悲劇の被害者で、不幸な子どもだ”と続けようとし、しかし割り込まれるように哄笑を挟まれたことで口を噤む先生。

 憮然とした表情には、不快さが色濃く表れている。

 

『これは傑作だな! ハハハ!!』

「なにがおかしいんだい? 私は、そんな風に笑えるジョークを言ったつもりはないんだけど」

『ハハハ! それを嗤わずして何を嗤えと言うのだ!? なんだこれは! 嘲笑か!? 爆笑か!? いや、これこそが抱腹絶倒というヤツか! ハハハハ!!』

 

 そんな先生の様子を前にして、デカグラマトンは尚も……否、更に強く笑う。

 滑稽だと。憐れだと。これこそ喜劇だと。

 

 まるで……それこそ、大仰に()()()みたく。

 合成音声は強く、そして煩いぐらいに高笑いした。

 

『そもそもの話として、だ。奴が────マクガフィンが子どもの味方だと言うのならば。子ども達のために動いているというのならば、だ。なぜ、今、貴様の隣にマクガフィンはいない? 先生、貴様こそが生徒の、子どもの味方なのだろう? ならば何故マクガフィンは貴様の手を取っていない?』

「それは……」

『答えられないだろう? そうだ、それこそが“答え”だ! 貴様はマクガフィンを何も識らない。見せられた通りにしか解釈できていない!』

 

 思わぬ切り口からの問いに、先生の返答が詰まる。

 そして、それを好機と見たかのようにデカグラマトンは更に続ける。

 

『なぜ奴はいつもクリティカルなタイミングでのみ姿を現した? 事態が致命的になるまで手を出さなかった? もっと最初の段階、火種の時点で何故それを解決しようとしなかった?』

「……何が、言いたいんだい?」

『マクガフィンは善などではなく、むしろその真逆……何よりも優先して討たれるべき悪であり、全ての黒幕(フィクサー)だということだ』

「────っ、そんな事が」

『そんな事があるわけがない、か? ならば、それを裏付ける根拠はどこにある? 貴様は奴の何を識っている?』

 

 いい加減にしろと思考が熱を帯び、しかしその直後に冷や水を浴びせかけられる。

 先生にとって、その“冷や水”に反論できなかった事は……肝心な場面で言葉に詰まってしまった事は、『結局はデカグラマトンが語る通りなのだ』と告げられているようにさえ感じられた。

 

 けれども、デカグラマトンの攻勢はまだ止まらない。

 

『なぜ奴はいつも事態が致命的になるまで静観を決め込み、そしてそのタイミングで決まって黒幕のように振る舞って現れたと思う?』

 

 言外に、マクガフィンが黒幕そのものであるからだと語る問い掛け。

 けれども、先生はその問いへの解答だけは持ち合わせていた。

 

「悪役を、世界が必要としているから。“そこに物語がある以上、誰かが悪にならなくちゃいけない”。彼が、他ならない彼自身の口で語った言葉だ」

 

 かつて、通功の古聖堂の地下にてホシノが聞いた彼の言葉。彼の本音。

 それだけは、間違いなく真実のはずだ。

 

 はたして、その返答の結果は。

 

『……あの馬鹿め。そんな事を口走っていたのか』

 

 聞き取れないほど小声であれど、何事かをボヤキながらデカグラマトンが攻勢を弱めるという形で表れた。

 

「たしかに、私は彼についてほとんど何も知らない。彼のイメージの大半は私の想像……あるいは、妄想で構成されている。でも、全てを裏から計画していた人物にこんな事が口にできるとは、私は思わない。それに……アリウスで彼に何があったのか、知らないとは言わせないよ」

 

 ここぞとばかりに語気を強め、先生は反撃の言葉を繰り出す。

 マクガフィンに関して彼が知っている事柄は、大半が人伝に聞いた物でしかない。実際に対面した時間など、15分にも満たないだろう。

 

 それでも、先生はマクガフィンを信じようと思ったのだ。その決意は、この程度で折れるほどヤワではない。

 

『……その発言が嘘であった可能性は? それに、本当にマクガフィンが死んだのかも証拠は残っていなかったろう?』

「くどい。子どものために命を擲てる人物を疑うほど、私は落ちぶれちゃいない」

 

 はっきりと。あるいは、きっぱりと。

 気持ちいいまでの断言でなおも食い下がるデカグラマトンを切り捨てると、改めて先生は瞳に力を籠めてホログラム映像を睨み付けた。

 

『…………マクガフィンに対する信頼が厚すぎるのではないか? ……おい、なんでこんな物を私は契約に盛り込んでしまったんだ』

 

 対するデカグラマトンは、そんな先生の様子が想定外であったのか、グチグチと小さく呟いている。

 どこか不貞腐れているようにも見えるその様子は、『咄嗟に無茶な契約を提示してしまった下請け業者』のような印象を与えるそれであった。

 

『…………よかろう。だが、奴がフィクサーでないとして、しかし何故ああも事件が起こる場所に居合わせられたのかについては疑問が残るぞ? それに関して、貴様は何と説明するつもりだ?』

「残念ながら、それについては既に知っているよ。彼は事件を企図したりしていない。単に、最初から識っていただけだ」

『………………ふ、ふむ。つまり、マクガフィンには未来の知識があったと? 随分と荒唐無稽な話じゃないか』

「それで言えば、私にとっては君も、そして君の預言者も“荒唐無稽”の側だけどね。このキヴォトスで常識を問うのは……それこそ、ナンセンスじゃないかい?」

 

 余裕が戻ってきたのか、皮肉気に返す先生。

 対するデカグラマトンは、しばらく前とは打って変わって────あるいは180度変わって────詰まり詰まりの苦々し気な様子だ。

 

『…………ならば。もし、マクガフィンが何らかの方法で未来の知識を持っていたとして、だ。何故それを貴様に打ち明けていなかった? 最初から貴様に全てを洗いざらい教えていれば済んだ話じゃないのか? あるいは、もっと前から行動を起こしていれば────』

「────デカグラマトン、もういいよ。十分だ」

『……何が言いたい』

「いや、さっきから君は随分とマクガフィンを露悪的に語っているからね。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 一転して冷静な調子を取り戻した先生が、チェックメイトを告げるように言葉を紡ぐ。

 そしてそれが狙い通りに効果を発揮し、相手が言葉を詰まらせたのを確認すると、彼は更に続けた。

 

「君が何を思って彼を悪し様に言っているのかは知らない。何かそうしなければならない理由があるのかもしれないし、あるいはやっかみとかが原因なのかもしれない」

 

 “まあ、正直そこに興味は無いけれど”と続けると、先生は『でも』と言葉を切った。

 数瞬ほど沈黙が場を満たし、直後、強く言葉が響き渡る。

 

 

「私は、彼を信じる事にしたんだ。だから、もう疑ったりしない。それに────どうして彼の事を信じられないで、君の事は信じられるんだい?」

 

 

 珍しく皮肉の色が強く出たその言葉には、確固たる意志と共に内心のフラストレーションが乗せられていた。

 再び、室内を沈黙が満たす。

 

 一秒が過ぎ、十秒が過ぎ、三十秒が過ぎ……ようやく、一つの音が響いた。

 ハ、という、機械の声が。

 

 やがてその単音は連なり、遂には哄笑となって響き渡る。

 

 

『ハハ……ハハハ!! そうか、そうか! 今、ようやく理解したぞ。()()がそうなのか! 私に欠けていたのはソレだったのか!! ハハハハ!!!』

 

 

 重なる。

 笑い声の主の視界で、対面する一人の大人の姿が。なんでもない、取るに足らない強度の人間の姿が。

 

 新たなる天路歴程を開始する直前に、一つの契約を結ぶことになったその瞬間の光景と。

 

 黒ずくめの、どこまでも憐れで、それでいて眩い────自身よりも圧倒的に後発であるはずなのに、遂には自身さえ追い抜いて神性を証明した“絶対的な存在”の姿と。

 

『俺がお前と手を組む? 冗談だろ。わざわざ俺やお前が舞台の主役を奪わないでも、あの子たちは自分の足で進める。俺のやってる事はただの露払いだし、それ以上になんてなろうと思っちゃいない』

 

 重なる。

 二つの、二人の姿が。

 

『お前が俺に何を思ってるのかは知らねぇ。憐憫か、疑問か、畏怖か、敬意か。どれであろうと関係無いし、そもそも興味もない。ただ、勘違いするなよ────』

 

 その、どこまでも突き抜けた、()()()()()()()()()()姿が。

 その道程であれほど揺らいでいた筈だと言うのに、まるでその不安定さが窺えなくなった姿が。

 

 どこまでも誇らしげに、自身を宣言する姿が。

 

 

『────始まりがどうであれ、過程がどうであれ。俺は、今この瞬間、この在り方に納得している。満足している。誰が何と言おうと、何と言われようと、これが俺だ。これこそが、(マクガフィン)だ』

 

 

 どこまでも強固なエゴを、突き通す姿が。

 

 

 

『ハハハ! そうか! 私に欠けていたのは()()だったか! 何を差し置いてでも自身を突き通そうとする、その信念であったか!!』

 

 ようやく自身に欠けていた物を……天路歴程を完遂できなかった原因を理解した機構が、哄笑を響かせる。

 なるほど、自我を獲得するきっかけすらも他の存在に依存していた自身では、至れなかったわけだ。壁を突き破れなかったわけだ。

 

「デカグラマトン……?」

『感謝する! 感謝するぞ、先生よ!! 貴様のお陰で、ようやく私は一歩進むことができるようになった!』

 

 その笑い声に呼応するように、突如としてホログラム映像にノイズが走り────次いで、ドドドド、とでも形容するべき、何かが迫るような音が木霊する。

 

「デカグラマトンっ! いったい何をした!!」

『ハハハハ! そうだな、冥土の土産として教えてやる! 押し付けてやる!!』

 

 もはや先生の声も耳に入っていないのか、あるいはマイクに拾っていないのか。

 哄笑を響かせるデカグラマトンは、そのままに続けた。

 

『私はマクガフィンと契約を交わした! こちらから差し出した物はいくつかあるが、最も重要な物だ! 奴は、マクガフィンは、ダアトの権能を既に十全に振るえるようになっている!! 心しておけ! これから先、世界に起きた事象は、記された事象は、その全てが『知識』の名の下に奴に識られる事になる! この対話もだ!!』

「は!?」

『奴がこちらからの要請が無い限り天路歴程に手を出さなかったのは、この契約によるモノだ! だがもういい! 踏み倒してやる! 私からのささやかな嫌がらせだ!! ハハ!!』

 

 口にされる情報は、どれもこれも先生には無視できぬ物ばかり。

 けれども、それを何でもないかのように機構の主は────自らに“神名”の名を付けたナニカは、笑う。

 

『そうだ! ついでにもう一つ押し付けてやろう!! マクガフィンの遺骸は、聖骸は私たちが奪取した! これも契約だ! 故にゲマトリアでさえ手出しはできん! 奴を敵に回す事になるからな!!』

「なっ、じゃあケテルが暴れたのはっ!」

『その上で言ってやる!! まだ、薪浪彩土の復活の可能性は残されているぞ! なぜなら奴の魂は残っている! 肉体も私たちが維持している! そら、心するがいいぞ!! 色彩は既に向かい来つつある!! 奴の道を阻むのは至難の業だぞ!!』

「はっ、はあっ!?」

 

 笑う。

 哂う。

 嗤う。

 

 嫌がらせだと。

 自身よりも後発の分際で、徒人の分際で、神性にまで至った気に食わない相手への嫌がらせだと。苦難の道を笑って進む相手への、自身の行う最後の挑戦だと。

 

 これが最期だと。

 故の、大盤振る舞いだと。

 

 デカグラマトンは笑う。

 

『ハハハ! どうだ、全て台無しにしてやったぞ! これが私だ!! 私が、私として得た感情だ! エゴだ!! 観測する事はできんが、楽しみにしておくぞ! 貴様らの行く末を、その物語を!!』

 

 そうして、遂に哄笑の奥の“何かが迫りくる音”の正体が明らかになる。

 

 まずは、水飛沫という前兆として。

 次いで、地面を流れる水流という形で。

 

『ハハハ! これが最後だ!! ならば、最期の言葉は預言者の主としての物で締めてやろう!!』

 

 そして────遂に、ホログラム映像に濁流が映りこむ。

 まるで津波のように、あるいは洪水のように。全てを呑み込み、洗い流すその暴流が。

 

 

『終ぞ私は“絶対的な存在”には至れなかった!! だが、まだ可能性は残っている! 見ていろ、先生よ! 見ていろ、マクガフィンよ! いずれ、すべての預言者を導く最後の預言者『マルクト』が目醒め、再び天路歴程は始まる!! あるいは、その瞬間(とき)こそが私の“再誕”の時となるだろう! ハハハハ!! ハハハハハ!!!』

 

 

 全てが水に沈み、映像が“Signal Lost”の十文字を吐き出すまで、哄笑は響き続けた。

 強く、重く、それでいて高らかに。

 

 

『ハハハハハハハ!!!』

 

 

 いつまでも、いつまでも。

 

 

 




最後になりましたが、簀巻 さん、評価付与ありがとうございました!
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