【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 これは書かないと嘘だろうという事で、少しだけ時間軸が前後したりします。とはいえまだ本命が残ってるので、ある程度あっさり風味ではありますが。


幕間:真実を前に、少女たちは

『……ホシノ。落ち着いて、聞いてほしい』

 

 それは、ビナーを鎮圧してから数日ほど経った日の朝の事だった。

 頻発していた砂嵐も治まり、空は雲一つない快晴で。窓の外では小鳥がチュンチュンと囀っていて、校庭の隅ではプランターに植えられた花が咲いていた。

 

 いつも通りの、けれども思わず頬が緩んでしまうような。そんな素敵な日だった。

 

 

 

 

 

『マクガフィンは、死んだ』

 

 

 

 

 

 先生から、そんな電話が掛かってきたのは。

 窓の外は、嫌なほどに明るかった。

 

 

 

「せ、先生~、いくらおじさんでも、笑えないジョークってのはあるんだよ? そんな……そんな事────」

『ホシノ』

 

 咄嗟に口から零れ出たのは、誤魔化すような、必死に普段通りを維持するような、いっそのこと滑稽にすら感じる言葉だった。

 けれど、それは割り込むように私の名を呼ぶ先生の声に掻き消されて。

 

「嘘、でしょ? ねぇ、先生……嘘だって言ってよ」

『ホシノ、受け入れられないかもしれないけど────』

「嘘だ! 嘘だよ!! そんな事が────だってあの人は、私よりも強くて、これまでだって倒せなくて、それに、それに────────」

『ホシノ。彼に、ヘイローは無いんだ』

「────っ、本当、なの……? あの人が、死んじゃったの?」

 

 ヒステリックに叫ぼうと、一縷の希望として問い掛けようと、答えは変わらなかった。

 感情を削ぎ落したかのような、無理矢理に平静を保ったかのような先生の言葉は、何も変わらなかった。

 

 いっそ無情なまでに、何も。

 

(なんで? あの人が。どうして? 違う。嘘でしょ? でも、先生はそうだって。そんなわけないよね? でも、だって、いや────)

 

 心がぐちゃぐちゃに叫んでいる。

 思考も脈絡なく喚いている。

 

 視界が黒く沈み始めている。

 

 でも、先生の話は続く。

 

『マクガフィンはエデン条約調印式の日に────』

 

 嫌だ、とでも叫べばよかったのだろうか。

 聞きたくない、とでも拒否すればよかったのだろうか。

 

『ベアトリーチェと戦って────』

 

 あるいは、最初にスマホを取り落としでもしておけばよかったのだろうか。

 通話を切りでもしておいたらよかったのだろうか。

 

 そうすれば、そんな真実を知らずに済んだのだろうか。

 

『アリウスの生徒を庇って────』

 

 先生を嫌悪でもすればよかったのだろうか。

 “受け入れるのは辛いかもしれないけど、でも、ちゃんと聞いてほしい”なんて告げたこの人を拒絶すれば、よかったのだろうか。

 

 同じように、辛そうにしているこの人を。

 

 

 

 

 

「うん……分かった、先生。教えてくれて、ありがと」

『……ホシノ、ごめん。でも、これを黙っているのは』

「分かってる。分かってるよ、先生。不義理だもんね。大丈夫、分かってる」

『ホシノ────』

「とりあえず、切るね。先生も疲れてるだろうし。じゃあね」

 

 不安そうに引き留めようとする先生の声を無視して通話を切り、そのままスマホの電源を落とす。

 これ以上は、先生相手でも当たり散らしてしまいそうだったから。

 

 

 

「……」

 

 カタン、と、スマホを机に置く音が響く。

 窓の外は変わらず明るく、少しだけ雲が浮かぶ空はどこまでも穏やかだった。

 鳥の鳴き声も、校庭の隅の花も、何一つとして変わりない。いつも通りの、平穏な日常の光景。

 

 そう。何も、何一つとして変わりない。

 

「はは……」

 

 改めて一人に戻って、独りの静寂が戻って。

 自然と乾いた笑い声が漏れて、その事に自分で驚いた。

 

「ははは……そっか」

 

 空虚な嗤いが続いて、それが響いたかのように、胸にズキリと痛みが走った。

 もちろん、虚構の痛みだ。私は、何一つ傷を負っちゃいない。

 

 だって、護られてきたんだから。

 

「ああ、そっか。ははっ……ははは」

 

 止まらない笑い声が、陽光の差し込む温かな室内に響く。

 ようやく追いついて来たみたいに現実感が襲ってきて、ズキズキと、胸の痛みが強まった。

 

「そっか、私のせいか。ははははっ」

 

 壊れたように、笑い声が止まらない。

 違う、止められないんだ。

 

 止められない。

 

 だって、そうでもしないと本当に壊れてしまいそうだから。

 

 

 だって、そうでもしないと────壊れたフリでもしておかないと、私のせいであの人が死んだという現実を受け止められないから。

 

 

 私があの時、古聖堂の地下で、あの人を止められなかったから。

 あの人を先に進ませてしまったから、あの人はアリウス自治区にまで行ってしまって、だから死んでしまったんだ。

 

「ははっ……はははっ! ははっ────ぁ。ああ……うあああ…………」

 

 気付けば、頬を雫が伝っていた。

 なんだこれは。なんなんだこれは。

 

 なんで私は泣いている? そんな資格がどこにある?

 あの人を止められる可能性があったとすれば、それは私だけだったんだ。あと一歩のところまで迫れたのは、私だけだったんだ。

 

 なのに、私は最後の最後で止まってしまった。

 殺意を向けられただけで、踏み出す足を止めてしまったんだ。あの人に『信じてる』だなんて言いながら、最後の最後で疑ってしまったんだ。

 

 その私のどこに、涙を流す資格がある? あの人の死を悼む資格がある?

 

「あぁ……ごめんなさい。ごめん、なさい」

 

 こんな事を言って何になる?

 心はちっとも楽になったりしないのに。もう、全ては手遅れだっていうのに。

 

 ああ、苦しい。

 苦しい、苦しい。

 

 でも、あの人の方が何倍も、何十倍も苦しんでいる。

 

 先生の言葉が、リフレインする。

 

『今のマクガフィンは、神秘で肉体を編んでいる……らしい』

 

 私には分かる。

 私だけには、分かる。

 

 おそらく、生徒の中で現状唯一の、神秘を体外で実体化できるようになった私には。

 

(……正気の沙汰じゃ、ない)

 

 あんな不安定な物で肉体を構成するなんて、普通の思考回路じゃ思いつかないし、何よりも実行なんてしようとしない。

 だってそれは、常に肉体が壊れ続けているのと同じだから。

 

 どれだけ凝縮させても、実体化させても、神秘は結局神秘でしかない。だから、それは少しずつ剥離していく。神秘が尽きる頃には、何もかもが幻であったみたいに消え去ってしまうだろう。

 そう。どこにいても、何をしていても、常に肉体が壊れ続けるのだ。病に侵されるよりもなお酷い。神秘を操作する主体が自分である以上、刻々と迫りくる終わりを誰よりも正確に理解できてしまうのだから。

 

 それがどれだけの恐怖であるかなんて、想像するまでもない。

 それを受け入れるなんて、正気じゃない。

 

(……でも、それを受け入れさせたのは、私。他でもない私が、あの人を追い詰めて、止められなかったから)

 

 ズキリと走る胸の痛みに、呼吸が止まったかのように息が苦しくなる。

 はくはくと喘ぐ口が、まるで陸に揚げられた魚みたいで随分と無様だ……なんて風に、いやに他人行儀な思考が脳裏を過ぎった。

 

 私に、そんな風に苦しむ資格なんて無いのに。

 

 何度も何度も巡り返ってくる言葉が、自己嫌悪が、ズブズブと沈み込むように自我を侵す。

 苦しい。

 

 息が苦しい。

 心が苦しい。

 思考が苦しい。

 

 いっその事、何も考えず、感じずにいたいと思う程に。

 何もかもが、苦しい。

 

 視界が狭まる。

 

 苦しい。

 

 身体が暑い。いや、寒い?

 

 苦しい。

 

 神秘が勝手に流れていく。消えていく? いや、裏返る?

 

 苦しい。

 

 ああ────苦し

 

 

「どうしてそう、極端なまでに優しすぎるんだか」

「────ぇ?」

 

 不意に、背後から声が響いた。

 これまでに何度も耳にした、けれども今は一番聞きたくない声が。

 

 ほんの少しだけ幼さを残したような、男の人の声が。

 

 振り返ってみれば、そこにあるのは黒ずくめの姿。

 一から十までのほとんど全てを黒でコーディネートしたマクガフィンが、何かを抑え込むように立っていた。

 

「なん────どう────ここに」

 

 咄嗟に口から零れたのは、文章どころかもはや単語にすら成り損なった言葉たち。

 けれども、対面の彼はそれを正確に読み解いて、そして肩を竦めながら答えを口にした。

 

「“なんで、どうやってここに”ってとこか? 理由は君が反転しそうになってたから。方法については……まあ、さっき先生に聞いたろ?」

 

 中々便利だろ? なんて口にする姿からは、欠片の恐怖も見当たらない。

 今この瞬間も、その魂は着実に削られていっているはずなのに。

 

(私の、せいで)

 

 薄れない痛みが、再び心を切り刻む。

 かさぶたができる気配なんて、慣れる気配なんて僅かにも無い。ズキズキと痛みが、自己嫌悪が走り続ける。

 

 と、そんな私の内心を読み取ったのだろうか。

 彼はガシガシと頭を掻いて、呆れたように首を振りながら言葉を紡いだ。

 

「……さっきも言ったけど、優しすぎるのも毒だな。誰も彼も、なんでそこまで俺の事を気にするんだか」

「だって────あなたは、私のせいで」

「違うさ。それは、それだけは違う。なんせ、これは俺の選択だからな」

 

 そう言って、彼は仮面を編んでいた神秘を解いた。

 必然、その下にある素顔が露わになる。

 

「────ぁ」

 

 初めて見たその素顔は、あまり特徴のないものだった。

 特段、整っているわけでもなく。けれども不細工なわけでもなく。

 

 柴大将とのツーショットの面影を残しながらも、少しだけ固い印象を受ける顔。あの頃の子どもっぽさが薄れた、どちらかと言えば“大人”と形容するべき……そんな、顔。

 

 けれども、何よりも衝撃的だったのは。

 彼が、晴れやかに微笑んでいた事だった。

 

「この状態も、いずれ来る末路も、何もかもが俺の選択だ。誰でもない俺が、それを選び取ったんだ。そこに後悔はないし、嘆きもない」

 

 その瞳には、光が瞬いていた。澱みなんて、欠片一つだって存在しない。

 一目見るだけで、噓偽りなくこの人は後悔していないと理解できてしまう。

 

「で、でも」

「んー、そうだな……ちょっとだけ強い言葉を使うなら、お節介だよ。この道の先にある苦しみも痛みも、喜びも幸福も、何もかもが俺の選択の先にある物だ。たとえ君でも、それを奪う事は許さない」

 

 まっすぐにそう言い切って、その後、『まあ、正直、そうやって心配されるのは嬉しくもあるけどさ。俺は弱いから』なんてはにかむ人。

 それを見て、ようやく理解した。

 

 この人は、本心から望んでこの在り方を選んだのだと。

 この人は────止まることのできる最後の場所を、踏み越えてしまったのだと。

 

(これも、私のせい)

 

 再び、自分を責める言葉がリフレインして。

 けれども、胸に痛みは走らない。

 

(なら、私がやるべき事は違うよね)

 

 理解した。

 この人は、たぶん、やろうと思えば元の肉体で蘇ることもできた。神秘で肉体を編む、なんて絶技を行っているのだ、それぐらいならば容易かったはず。

 

 でも、この人は更に進むことを選んだ。

 

 きっと、私たちの────“子ども達”のために。

 夢のために努力する人は何度も見てきたのだ。今さら、見間違うわけがない。この晴れやかさは、自身の望みのために進む人特有のソレだ。

 

(だから。私がするべき事は────)

 

 この人を、止めてあげる事。

 あなたが私にお節介だと言うのなら、私だってあなたにお節介だって言ってやる。あなたがわざわざ死なないでも、あなたが生きたままでも私たちは幸せになってみせる。

 

 それを証明して、止めなくちゃならないんだ。

 この人の夢を、理想を壊してでも。それが、この人にとって死よりも重いのだとしても。

 

 誰かが犠牲にならないでも、ハッピーエンドに辿り着けるのだと。

 それを示してみせる事が、この人の止まりどころを奪ってしまった私の、責任だ。

 

 さあ、力を振り絞れ。膝を突いている時間なんて欠片も無いぞ。

 

「……マクガフィンさん」

 

 さらさらと、端から段々と崩れていく像に声をかける。

 目の前の彼が、本体にまで還ってしまう前に。

 

「私は、あなたを止めてみせるよ。あなたが犠牲にならないでも、みんなが笑ってられるハッピーエンドに辿り着いてみせる」

 

 “次”なんて無い。

 ここで言わないと、楔を打ち込んでおかないと。ギリギリであろうと、まだこの人がこの世界に残っている間に────まだ間に合わせられる、今この瞬間に。

 

「────っ。ははっ、そうか。うん、やっぱり君には、そっちの方がよく似合ってる」

 

 一瞬驚いたように目を見開いて、その後、緩やかに微笑みながら返される。

 いつの間にか開けられていたらしい窓から、暖かな風が舞い込んだ。

 

「でも、俺は止まらないよ。だから……まぁ、受けて立つよ。本当なら、俺には君の選択に歯向かう資格なんて無いんだけどね」

 

 その言葉を最後に像が解けて、どこかにいるらしい本体の彼の下へと神秘が還っていった。

 

「うん。見ていて。絶対に、止めてみせるから」

 

 

 

 先生がデカグラマトンから聞かされた情報を伝えられたことで、更に少女の決意が強まるのは、その翌日の事だった。

 

 

 

────────

 

「……そうか」

 

 以前から共有されていた『光の柱事件』の真相、すなわちデカグラマトンの預言者なる存在がアリウス分校を襲撃した報告と、そしてその対処のための救援要請。

 先生からの急な連絡に応え、アリウスにまで急行し、一連の差し迫っていた諸々を解決した後。

 

 百合園セイアは、とある話を彼から聞かされていた。

 

「そう、か」

 

 人払いがされたことで二人きりとなった室内に、ポツリと声が響く。

 自分でも驚くほどに、乾いた声だった。

 

「他に……この事実を、知っているのは?」

「サオリ達スクワッドのみんなと、SRTの4人。彼に救けられた子達以外だと、今のところはこれで全部のはず」

「となると、私が最初になるわけか」

 

 ホシノなどを差し置いて自分が最初に話された事にどことなく意外さを覚えたが……沈痛な先生の顔を見て理解する。

 何ということはない、彼もまた余裕が無いのだ。

 

(あるいは……電話越しで話しても問題無いか、対面で話さなければならないか。それの見定め、といったところか?)

 

 それに、今話せる相手が自分しかいなかったというのも大きいのだろう。

 

 そう────先生からの連絡は緊急要請であったために、責任者として咄嗟に動ける人員は自分しかいなかったのだ。

 ナギサではいざという時に身を護れるか危ういし、ミカは一部の()()()()()()()パテル分派の生徒を抑えるので手一杯。ツルギは悪化傾向のある治安維持のために自治区を走り回っているし、サクラコもどうにか混乱を抑えようと色々と工作している真っ最中。唯一どうにか都合の付けられそうだったミネが後詰めとして向かってきているが、それもまだ到着していない。

 

 という事で、日常業務を予知という()()をして手早く済ませている自分にお鉢が回ってきたというワケである。

 そして、エデン条約にまつわるマクガフィンの真実を知っているのはさっき挙げた面々で全員である。一応、補習授業部の4人もある程度の情報を持ってはいるのだが……彼女たちは一般生徒なのだ。余計な重しを背負わせる必要はない。

 

 となれば、この場で遺蘇迓カシスからもたらされた情報を話せるのは、やはり自分一人に絞られる。

 更に言えば、普段の振る舞いからある程度『自分なら受け止められるぐらい成熟している』と信頼もされていたのだろう。

 

(……私も、まだまだ子どもではあるんだがね。とはいえ、いつかは必ず訪れてくる真実ではあったか)

 

 顔をしかめつつ、ひとまず事実を事実として受け入れる。

 なるべく、余計な感情が外に漏れ出ないように。

 

「……先生。少し、一人で考えを整理したい。構わないかい?」

「…………うん」

 

 心配そうに何度か振り返りながら、躊躇いがちに戸口を潜る背中。やはり話すべきではなかったのではないか、なんて後悔が透けて見えるようだ。

 

 それに声をかけてあげるだけの余裕は、今の自分には無いのだが。

 

「……はぁ」

 

 一人きりとなった寒々しい室内に、溜息の音が木霊する。

 壁に取り付けられた電気のスイッチをカチリと切れば、深夜という時間帯も相まって、部屋は真っ暗闇に覆われた。

 

「…………」

 

 その中で改めてソファに腰を落として、窓から覗く夜空を見上げる。

 黒く深い闇の中で、小さな星々はそれでも光を放っていた。

 

「覚悟は、していたつもりだったんだけどね」

 

 誰に言うでもなく、ポツリと呟きが漏れる。

 なんとも無様な物だ。

 

 覚悟はしていた()()()だったのだ。

 あの日、調印式の日に、白く変貌した彼の姿を見た時に……いや、デカグラマトンの託宣を聞いた時に。

 

 どうしようもないほど胸騒ぎがして。

 どうにも拭えない、嫌な予感がして。

 

 もしかしたら、と、覚悟をしたはずだったのだ。

 

 だが、現実はそんな物をいとも容易く壊していった。残ったのは、ぽっかりと穴の開いたような喪失感と、全てが手遅れなのだという諦観。

 

 まったくもって最悪な心地だ。

 

「……彼の者はされこうべの場所へと赴き、その命を以て万民の罪を拭うだろう。祝福せよ、祝福せよ、祝福せよ」

 

 随分と昔に読んだ、聖典に影響を受けたらしいとある小説の一節。不意に浮かんできたソレを諳んじて、思いっきり顔をしかめてやる。

 

「冗談じゃない」

 

 その上で、吐き捨てるように、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 そうだ、そうだとも。冗談じゃない。

 

「私は誰かの犠牲に上に成り立つ幸福を喜んでやれるほど、怠惰になったつもりはないんだ」

 

 このまま終わってしまった場合の、未来(末路)を考えてみる。

 ミカはまず泣くだろうし、確実に拗らせる。下手すればとんでもないトラウマになるだろう。ナギサも、あれで中々優しすぎる性格だ。心を痛めるだろう。

 アリウスの子やホシノ辺りは、それこそ心が折れたっておかしくない。

 

 私だって、最低でもしばらく笑えなくなるぐらいにはなるだろう。

 

 そして。ならば、誰よりも彼に近い彼女は…………

 

「────なぁ、来ているんだろう。予知に映らなくとも、神秘の流れ程度ならば私でも読める」

「…………」

 

 返答は無く、室内に変化も無い。

 傍から見れば、随分と()()()行動だろう。

 

 だが、今さら外聞など気にしてやるつもりはない。そもそも、私だってまだまだ子どもなんだ。

 

「君は、君が思うよりも遥かに多くの人物にその身を案じられていて、そして犠牲になる事を拒絶されている事を知るべきだ」

「…………」

 

 やはり、返答は無い。

 まあ、そんな物を気にしてやるつもりはないのだが。文句があるのなら、それこそ自分の口で返すべきだろう。

 

「……が、おそらくそれを聞かせたところで君は止まらないのだろう。肉体ではなく神秘に魂を移し、その状態で活動までしているんだ。止まりどころなど、疾うの昔に消え去っているのだろう?」

 

 そこで言葉を切り、ソファから腰を上げる。

 存外、答えというのは出てしまえば呆気ない物らしい。

 

「だから、私は君の止まりどころを作ってみせよう。色彩の襲来、あの終末において君が何を終着点に見定めているのかはまだ分からないが────私が、君よりも先にそれを叶えてみせる。そうすれば、君は自分の使いどころを失うわけだからね」

 

 悲劇とは、曇り空とはいつか晴れるからこそその名で呼ばれるのだ。

 最初から最後までその状態が変わらぬようであれば、そこに特別な名など付けられない。

 

 普段の言動を見ていると大人びているように感じるかもしれないが、私はこう見えても諦めが悪いのでね。面倒なのに目を付けられたとでも思って、折れてもらうとしようじゃないか。

 

 それに────受け売りではあるが、どんな状況でも奇跡は起きるらしいからね。

 

 

「見ていろ。私が必ず、今の君を悲劇にしてみせる」

 

 

 背を向けてそう宣言して、振り返ることなく部屋を出る。

 まずは先生と合流して、これからについて方針を固めなくては。それに、そろそろ到着するだろうミネにも状況を共有しなければ。

 やる事は、山積みだ。

 

(まあ、それも悪くは無い。なにせ、まだやれる事が残っているわけだからね)

 

 

 

 

 

 

 

 先生も生徒も立ち去った事で静まり返った室内に、呟きが一つ。

 

「……なんともまあ、情熱的な宣言で」

 

 これなら心配いらなかったか? なんて呟きを最後に、室内から今度こそ完全に人がいなくなり……改めて、その部屋は沈黙に満たされるのであった。

 

 

 

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