【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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自重を捨てた暗躍者と、各所で動く物語

 とある青年の暗躍により内実は異なりつつも、元々の流れと同様に先生と防衛室長が欠けた状態で設立された非常対策委員会。

 しかしながら、その会議は元の流れとは全く違う様相を展開していた。

 

「……以上が、キヴォトス全域に出現した、超高密度エネルギー体現象の全貌です。この現象を解明するためには、各自治区の協力が必要不可欠です。何卒ご協力のほど、よろしくお願いします」

「ああ、そう心配しないでくれ。私たちトリニティ総合学園は、本件における全面的な協力をここに宣言する」

 

 説明を終えて頭を下げた七神リンに最初に声を上げたのは、トリニティ総合学園の席に座るキツネ耳の少女────つまりはティーパーティーのホストである百合園セイアであった。

 全面的な協力という大胆な発言であったが、他に出席しているトリニティ生……彼女と同じティーパーティーの一翼を務める桐藤ナギサや聖園ミカ、それにシスターフッドの歌住サクラコや救護騎士団の蒼森ミネもまた同様に頷いている辺り、これがトリニティ総合学園の総意なのだろう。

 

 そして、声はまだ止まらない。

 

「同じく、私たちミレニアムサイエンススクールも全面的な協力を宣言させてもらうわ」

 

 続けて発言したのは、ミレニアムサイエンススクールはセミナーの会長として出席している調月リオ。同行人として付いている早瀬ユウカ、生塩ノアと共に怜悧な表情を維持している姿からは、焦燥などの感情は一つとして見受けられない。

 

「ああ、それと。これに関しては追って連絡が入るとは思うけれど、急用で欠席しているアビドス高校も本件に関しては協力を宣言していたわ。それもよろしく頼むわね」

 

 更にもう一つ、涼し気な表情でリオは爆弾を落とした。

 キヴォトスでも特に巨大な学園であるミレニアムとトリニティ、そこにかつてとはいえキヴォトス最大の学園であったアビドスまで協力を宣言すれば、その影響力は計り知れない。

 

 確実にこの対策委員会は難航するだろうと考えていたリンにとって、その状況は信じられない物であった。

 しかし、まだ宣言は止まらない。

 

「キキキッ、このマコト様が率いるゲヘナ学園の事を忘れてもらっては困るぞ?」

 

 ゲヘナを代表して、万魔殿議長である羽沼マコトが口を開く。

 いつも通りの特徴的な笑い声を始めとし、彼女は協力を宣言しようとした。

 

 しかし、その瞬間の事であった。

 非常対策委員会に、乱入者が現れたのは。

 

 

「やあやあ、どうもどうも」

 

 

 コの字型に設置された机の中心に、黒ずくめの影が気障ったらしく礼をしながら現れる。

 何の前兆も無く。文脈も、前後関係も、何もかもを無視して。

 

「マクガフィン……!」

「ああ、手厚い歓迎は今は結構。なに、俺は少しばかり耳よりな情報を持ってきただけだからな」

 

 室内の警戒が高まり、彼を単なる指名手配犯として解釈している者がそれぞれに愛銃を構える。

 が、その程度では圧が足りない。そもそも、この場における最高戦力である空崎ヒナや聖園ミカ、百合園セイアが動いていないのだ、それも当然だろう。

 

 そんなわけで、黒ずくめの青年は“耳よりな情報”の中身を語った。

 

「色々とあってカイザーが乾坤一擲の作戦に乗り出したんだが……PMCの大軍、ここに向かってきてるぜ? っと、やるねえ。既に包囲網ができあがってきてる」

 

 何でもないように口にされた言葉に、室内が騒然とし始める。

 事実を確認する者、信用に値しないと口にする者、マクガフィンの目的を考える者……そして、目の前の像からどうにか本体の位置を探ろうとする者。

 

 それぞれに要因は様々であれど、彼一人の乱入で会議が大きく荒れたことには違いない。

 

「まったく、真っ昼間からご苦労な事で。連中、ここを逃すと屋台骨が傾くってんで総力挙げてるみてーだな。アホみたいな数動員してやがる。この感じだと、連邦生徒会だけでなく各自治区のトップまでまとめて確保するつもりかね?」

 

 しかし、そんな周囲を気にもせずに、マクガフィンは飄々とした空気を保ち続ける。

 いや、というより、今の彼にとってその程度は気に留めるまでもないのだろう。なにせ、自らの終着点を見定め、そしてその幕引きにまで全力で駆けている真っ最中なのだ。周囲の反応など、どんな種類の物であろうと些事でしかない。

 

「マクガフィン。いったい何をするつもりだい?」

 

 それこそ、このような質問だとか、気遣わし気な視線だとか。

 どれもこれも、彼を止めるには力不足でしかないのだ。

 

「ん? いや、特にこれと言って特別な事はないが? とりあえず、一旦帰ってもらうだけだからな」

 

 セイアの質問に答えたようで、しかし欠片もそうとは思えない一方的な調子。

 既に彼の中で確定した事実を出力するだけの言葉。

 

 故に────そこに、真意を問おうとする生徒たちへの誠意は存在しない。

 

「そんじゃ、行ってらっしゃーい、ってな」

「待て! 君は────」

 

 気の抜けた適当な声とは裏腹に、鮮やかなまでに緻密な制御で神秘が操作される。

 

 まずは、室内の生徒をいくつかのグループに分けるかのように蠢きながら、神秘が生徒たちを覆い。

 続けて、その腕の一振りと共に窓ガラスが全て叩き割られ。

 次の瞬間には、固まりごとに生徒を覆った神秘が、それぞれに指定されたアンカー(神秘の目印)目がけて高速移動を開始した。

 

 すなわち、神秘の操作技術が上昇した事で可能となった、一種のファストトラベルである。

 

 まあ、今回は、どちらかと言えば拘束と強制転移を両立させた攻撃技のようになっているのだが。実際、打ち込むアンカーの位置を火口にでも設定しておけば立派な即死技の完成である。

 費用対効果の観点で見て、それが消耗する神秘の量に釣り合っているかはともかくとして、ではあるが。

 

 閑話休題(殴った方が早いと思います)

 

 とにかく、これでマクガフィンはカイザーから生徒たちを逃がすつもりであった。

 なにせ、この世界におけるカイザーコーポレーションは彼自身や繋ぎ手の影響もあってかなり追い詰められており、下手に重要生徒の身柄を押さえさせると何をしでかすか分からないのだ。

 その上で彼の識る物語における混乱を思えば、無理矢理にでも全員退避させるべきと判断が下されても不思議ではないだろう。

 

 だが、しかし。

 ここに来て、誤算が生じた。

 

「あはっ☆ この程度じゃ、私は捕まえられないよ?」

 

 拘束として覆っていた神秘を一人だけ力押しで突き破り、薄桃色の髪の少女が再度会議室の床を踏む。

 その顔に浮かんでいるのは、“笑顔とは元来攻撃性の裏返しである”という事実を思い起こさせるようなイイ笑顔であった。

 

 続けて、キツネ耳の少女がその両手に拳銃を構えながら会議室へと舞い戻る。

 

「ホシノほどではないが……私も神秘の操作は得意なのでね。悪いが、少しばかりわがままを通させてもらうよ?」

 

 こちらは、自身の神秘で拘束用の神秘に孔を開け、そこから転移を抜け出てきたようで。

 どことなく恐怖感を煽るキレイなアルカイックスマイルを浮かべながら、少女は不敵に語った。

 

「試しに使ってみたけど、コレ、案外便利ね」

 

 そして最後に、いつの間にか引っかけていたらしいワイヤーを巻き取りながら、白髪の少女が会議室へと飛び込んできた。

 少しばかり前の二人とタイムラグはあったものの、彼女には自立飛行できる翼がある。そこにワイヤーのアシストもあるとなれば、多少飛ばされた所で問題なく復帰できたのだろう。

 

「あなたとは大して因縁は無いけれど……ホシノにも頼まれているから。ウチの自治区で暴れた分も含めて、ここで拘束させてもらうわ」

 

 おそらく拘束から抜け出す時にワイヤーと合わせて使ったのだろう、全身を覆うように展開されていた紫の神秘をしまいながら、ゲヘナ風紀委員長である少女はその愛銃を構えた。

 

「ハ、ハハ、勘弁してくれよ…………おい、嘘だろ」

 

 振り返ったマクガフィンの笑い声は、仮面に遮られていてもその奥の顔が引きつっていると理解できるほどに震えていた。

 

 

────────

 

 場所は移り、D.U.は子ウサギタウンのとある一軒家。

 しばらく前までは空き家であったそこは、現在は一括現金という豪快さで買い取った少女たちの拠点として使われていた。

 

 とはいえ、元はただの民家である。

 居住者たる少女たちの特殊性から内装などが多少変化してこそいるものの、傍目から見れば極めて一般的な一軒家として映るだろう。

 

 と、そんな家に、来訪者が訪れたようで。

 ピンポーン、と、どこか気の抜けるインターホンの音が鳴り響いた。

 

 本来ならば、どこまでも日常的な光景だろう。

 しかし、ここには一点だけ見過ごせない非日常的な────あるいは、非現実的な部分があった。

 

 

 そう。戸口には、誰も立っていないのである。

 

 

 ピンポンダッシュのような悪戯ではないことは、繰り返し鳴らされるインターホンの音が証明している。だというのに、カメラには何も写っていない。

 インターホンに備え付けられた物だけでなく、追加で設置された複数の監視カメラも含めて。どこにも、チャイムを鳴らしているはずのナニカの姿は見当たらないのだ。

 

 異常を察知して集まった小隊員は、揃って訝しげに言葉を交わした。

 例えば、インターホンが誤作動を起こしているのではないか、とか。監視カメラがハッキングされたのではないか、とか。

 

 あるいは────幽霊の仕業なんじゃないか、とか。

 

 しかし、チャイム音に規則性はなく、ハッキングを受けた形跡も何一つとしてない。つまり、出された可能性のうち最もあり得るのは、一番最後の物になるわけだ。

 一番非現実的で、ついでに言うと一番認めたくないソレが。

 

 とはいえ、最初にインターホンが鳴らされてから既に5分ほど経っているが、変わらず間の抜けた“ピンポーン”という音は鳴り続けている。

 

「……出るしかない、か」

 

 こうなってはいよいよ覚悟を決めるべきかと頷きを交わすと、ポイントマンである一人を先頭に少女たちは移動を開始したのだった。

 

 

 

 一方その頃、カメラの視覚外から神秘を伸ばしてインターホンを鳴らし続けている青年はと言うと。

 

「これ……もしかしてだけど、先生担いだ姿晒してても警戒度は変わらなかったんじゃ…………?」

 

 なんて呟きながら、先生を預けられる少女たちが出てくるのを待っていたとかいなかったとか。

 そんな、サンクトゥムタワーの修羅場とはかけ離れた光景が、ここでは繰り広げられていたのだった。

 

 

────────

 

「風紀委員長の……ヒナちゃんだっけ。得意距離は?」

 

 場所は戻り、サンクトゥムタワーは非常対策委員会が行われていた会議室。

 マクガフィンの計画を初っ端も初っ端から壊した少女たちは、手早く言葉を交わしていた。

 

「近距離の撃ち合いもできなくはないけど、できるなら遠距離の方がやりやすい」

「オッケー、それじゃ私が前衛だね。連携は────」

「私に任せてくれ。二人は好きに動いてくれて構わない、うまく調整してみせよう」

「さっすがセイアちゃん。頼りにしてるよ」

 

 最低限の、位置取りだけを決める作戦会議。

 それを終えると、即座に薄桃色の髪の少女が駆け出す。

 

 即断即決、相手に策を巡らせる暇を与えないための行動であった。

 

 対する、黒ずくめの青年は────

 

「ふっざけんな、お前らなんで残ってんだよ!?」

 

 目に見えて狼狽えながら、どうするべきか思考を巡らせていた。

 なにせ、この場にいるのはトリニティ最強格の聖園ミカと百合園セイア、更にゲヘナ最強の空崎ヒナの三人なのだ。それこそ、どこの自治区を落としに行くつもりだと言いたくなるような面子だろう。

 

 そこに加えて、ここにいるマクガフィンは切り分けられた魂を核とした分体でしかないワケで。いくら再誕の影響で力が上がっていようと、本体ではない以上は関係の無い話であるのだ。

 

 とどのつまり、彼視点で言えば、この状況は『レベル制限をかけられた状態でラスダンのボスに襲撃された』とでも形容するべき代物(無理ゲー)なわけである。

 焦るなという方が無理があるだろう。

 

「ぬおおおぉぉぉぉおおっ!!」

「まだまだ行くよ?」

 

 が、そんな彼の事情を少女たちが考慮するかと言えば……それは、いの一番に接近した薄桃髪の少女を見てもらえば分かるだろう。

 いや、ある意味では考慮しているのかもしれない。もっとも、その方向性は“手加減してあげようか”ではなく“今が狙い目だ、やれ! 畳み掛けろ!”といったモノなのだが。

 

 完全に捕食者と被捕食者のそれである。

 

 とはいえ、腐ってもそこはマクガフィン。

 足りない力を培った技量でもってカバーし、どうにか彼はミカの猛攻をしのぎ切った。

 

「うっしゃ、ここで────」

「残念ながら、まだ私たちのターンだ」

 

 そうして、いよいよ反撃の一手を切り出そうとした瞬間に────絶妙な厭らしさで割り込んできたセイアの銃撃が、黒ずくめの身を掠める。

 籠められた神秘の量こそ少なかったものの、それはマクガフィンの意識を逸らすには十分に過ぎた。

 

 そして、そうなれば彼に手番が渡ることは無いわけで。

 

「逃がさないわ。ええ、絶対に」

 

 至近距離で戦っていたミカが退くと共に、その奥から通った射線を弾幕が蹂躙する。これまで沈黙を保っていたヒナによる掃射である。

 ご丁寧にセイアの銃撃も続いていたため、回避の間に合わなかったマクガフィンはそれをもろに被弾し……しかし、少女らが警戒を緩めることは無い。

 

 この程度で無力化できるのなら、それこそとっくの昔に彼は斃れているはずだからだ。

 

 そうして待つこと数秒、室内に数回の風切り音が響く。

 転瞬、ボロボロの粗大ごみに姿を変えた机や椅子であった残骸たちが蠢き、四方八方から少女たちへと飛びかかり────

 

「そこ。前にも言ったが、神秘の流れを読む程度ならば私でもできる。見くびってくれるな?」

「っぶねーな!」

 

 指揮者である青年が行動を回避に切り換えたために、中途半端な位置で机などが落下する。埃が舞い上がり、少しだけ視界が通りにくくなる。

 

「だぁあ、こんな閉所でやってられっか!」

 

 その隙を突くように、黒ずくめの影が駆け出す。

 ただし、行く先は少女たちの方ではなく、彼自身の手で破壊した窓があった辺り。口ぶりからして、おそらく地上に戦場を変えようという目論見なのだろう。

 

「なんて、私が騙されるとでも?」

「チッ、ほんっとに厄介だな! その予知!!」

「残念ながら、これは勘だよ。君は予知に映ってくれないのでね」

 

 会議室の一つ上の階に繋げていた神秘の鋼線がセイアによって撃ち抜かれた事で、そのままに地上へと墜ちる青年。その文句に涼し気に返しながら、逃亡を許さぬためにも彼女は傍らの少女へと呼びかけた。

 

「悪いが私に翼は無いのでね。ミカ、頼めるかい?」

「任せて!!」

 

 わざわざお姫様抱っこでセイアを抱えながら、ミカが屋外へと飛び降りる。2、3秒程の自由落下の後、その柔らかな腰の翼が大きく広げられる事で滑空状態へと移行、最低限の減速を挟みながら地上へと一気に落ちる。

 

「ちょっ、ミカ!? 速くないか!? 大丈夫なの────ぉぉぉおおおおお!?」

 

 そんな悲鳴と共に、ズシン、と大きく音を立てて着地したミカが周囲へ粉塵をまき散らす。

 昔から身体が丈夫だった彼女はともかく、セイアにとってその墜落は少々刺激が強すぎたのか。煙が晴れたそこでは、涙目の少女がポカポカとミカの頭を叩いていた。

 と、そんな辺り一帯に降り注ぐ物が。

 

「……その。仲が良いのは構わないのだけれど、あまり気を抜かれると困るわ」

 

 少し遅れてサンクトゥムタワーを飛び降りたヒナによる弾幕である。

 まだわずかに残る粉塵も含めた全てを撃ち抜く銃弾の雨は、隙を突いて逃亡を図ろうとしていた青年をその場に縫い留め、改めて戦況を仕切り直させた。

 

「……ああ、済まない。少しばかり、私も浮かれていたようだ」

 

 そう返しながらミカから降りたセイアが、再び双銃を構える。かくして、いよいよ戦闘の第二ラウンドが────

 

「────っ!? な、なに!?」

「これは……なるほど、そう来たか」

「新手? いえ…………」

 

 空から降り注ぎ、コンクリートを深く貫いて突き立つ一本の十字架。

 そして、その衝撃で巻き上がった粉塵を吹き散らすよう、糸で編み上げた翼をはためかせながらその上に着地する人影。

 

 どこか墓標のようにも映る足元の神秘を砕いて吸収し直すと、その黒ずくめの影は口を開く。

 

「ったく、なんて事してくれんだ。さすがにお転婆にもすぎるだろ」

 

 先ほどまで少女たちと対峙していた像と姿を同じくし、しかしそれとは比にならない圧力を放つ青年。

 ぶつくさと文句を呟く人間臭さに真っ向から反するように、その総身からはいっそ異様なまでの神秘が漂っていた。

 

「本体がわざわざ出向いてくれるとは……随分な歓迎じゃないか。マクガフィン?」

「下手に追いかけられるよりかはマシだろ? それに、欠片とはいえ俺の魂を確保されるのは困るからな」

 

 引き止めようと追い縋る少女たちと、引き離そうと終わりへ駆け抜ける青年。

 かくして、分体が逃亡する代わりに到着したマクガフィンの本体によって、サンクトゥムタワーにて勃発した戦闘は第二ラウンドに幕を移すのだった。

 

 

────────

 

 場所は再び移り、D.U.内の某所。

 僻地も僻地、乾いた渓谷に沿ったそこに建てられた一つの施設の前では、向かい合って会話する者たちが居た。

 

「どーもー、お届け物でーす」

「……ふざけているのか?」

「え? うん────っと、ジョークだよ、ジョーク。そう殺気立たんでくれんか?」

 

 施設側に立つのは、セーラー服をデフォルメした隊服に袖を通した4人の少女。後輩たちとは異なり全員が天然物のキツネ耳を頭部に付けている彼女らは、一様に険しい表情を浮かべていた。

 それに対面するのは、現在キヴォトス各地に遍在している黒ずくめの青年。肩に桃髪の少女を担ぎながら、実に気安い調子で言葉を紡いでいる。

 

「マクガフィン。お前の事は随分前から把握している。ブラックマーケットきっての暴力装置にして、自治区を問わず活動する危険因子。いったい何の目的だ?」

「おうおう、険悪だねぇ」

「……もう一度聞くぞ。目的は、なんだ」

「そーいう所は後輩と似てんのな……まあいいわ。目的だけどなぁ……いや、最初はコレ届けて終わりにするつもりだったんだが、ちと思い付いたことがあってな」

 

 ヘラヘラと軽薄に、されど一切の隙は見せずに。

 青年は、とんでもない爆弾を少女たちへと投げ込んだ。

 

 

「SRT特殊学園の再興……それを実現できる可能性のある奴がコイツ以外にもいるって言ったら、どうする?」

 

 

 少女たちにとって、決して無視できない……そんな、言葉を。

 反応は、劇的であった。

 

「……っ!?」

「嘘……」

「本当、なの……?」

 

 冷たい表情を保つ先頭の小隊長以外の隊員が、言葉を漏らす。SRT特殊学園の生徒としては落第もいい所かもしれないが、しかしそれだけ彼女らにとって『SRT特殊学園』は大きな存在であったのだ。

 それこそ、防衛室長の命令に従って犯罪の片棒を担ぐことさえ選択肢に入ってくるほどには。

 

「ああ。とはいっても、そいつは連邦生徒会に属してるわけじゃないし、ついでに言えば伝手があるわけでもない。なんなら計画自体も最近になって立てられたものだから……まあ、廃校前のままのSRTってのは難しいだろうな。ただ────」

「結構だ。私たち武器に、自分で考える、なんて機能は必要ない。それに、なぜ初対面のお前の言葉を信じられる」

 

 しかしながら、小隊長の心は動かされない。

 その言葉通り、今青年に担がれている防衛室長と彼とでは信頼度に天と地ほどの差があるのもそうだが、何よりも既に手遅れなのだ。

 

 “SRTのために”と嘯きながら幾度となくSRTに……かつて志していた『正義』に背いた時点で、もはやFOX小隊の小隊長に引き下がることなどできない。

 今さら別の道を提示されたところで、冷え切った心に熱など灯るワケがないのだ。

 

「おっと、こいつはド正論パンチ。俺の信頼度に関してはなんにも言い返せねーな」

 

 そんな冷たい言葉に、しかし黒ずくめの青年は堪えた様子もなく肩を竦める。

 口にした通り相手の言が正論であることを認めているのもあるが、そもそもこの会話自体が移動中に思い付いた物であるため、彼には事前準備も何もなかったのだ。

 

 難航するのも当然だろうと、元々彼も覚悟の上だった。

 まあ、そうでなくとも、これまで物事が準備したとおりに運んだことの方が少ないのだ。今さらどうってことないな、というのが青年の正直な感想であった。

 

 とはいえ、それは諦めて引き下がるということを指すわけではない。

 

「まあ、とはいえ信頼度に関してはコイツも同じようなモンじゃないかね」

「は……? 何を────」

「いやだって、コイツ、詰めは甘いし夢見がちだし、そのくせ法も平然と犯すし……ぶっちゃけて言えば、付き従う将としてはかなりイマイチだろ」

 

 生徒に対しては無条件にその身を護ろうとする彼には珍しい、かなり辛辣な言葉。

 さすがにその方針自体はブレていないものの、逆に言えばそのレベルにまで扱いが雑になる辺りに少女の人柄が出ているだろう。

 

 まあ、なにせ、彼女を言葉を選ばずに表すのであれば……それこそ、子ども特有の全能感を御しきれなかった自信過剰な少女とまで言ってしまってもあまり間違いではないのだ。

 おまけに無駄に行動力があるとなれば、いくら彼でも擁護は不可能であった。

 

 今では半ば『聖人』の現身となってこそいるものの、彼は生まれながらの聖人(異常者)ではないのだ。万人に等しく好感情を抱ける博愛精神は、残念ながら持ち合わせていなかった。

 

 閑話休題。

 

 

 

「実際、俺が介入しなかったら、防衛室長サマはカイザーに裏切られて監禁されてたしな。その辺り、かなりお粗末だぜ? ついでに言えば、君らを便利な私兵扱いしてるフシもあるし……本当にコイツに付いていってSRTは戻るのか、俺は疑問だがな」

 

 ともかく、説得材料になるならば何であろうと青年は使う。ブラックマーケットで2年の歳月を過ごしているのだ、その程度の強かさは身に付けている。

 それこそ────たった今D.U.全域に発令された、戒厳令だろうと。

 

「っと、始まったか。本体の方はごたごたしてるみたいだが……ま、いい。で、君らと協力関係にあるカイザーはサンクトゥムタワーを乗っ取って戒厳令を発令したわけだが────これでいいのか?」

「…………」

「行く先が目に見えている泥船に縋りついて、それ以外の可能性を模索せず。……君は本当にこれでいいのかと、俺は聞いているんだ。武器でもなんでもない、七度ユキノ、君という一人の人間にな」

「…………まれ」

「まー、とはいえ、ここまで言いはしたが選択は君らの自由だ。そこを強制できるような権限は俺にはないし、そこにまで踏み込むつもりもない。選択肢があるって事は教えた、後は自由だ。好きにしな」

「黙れぇっ!!」

 

 好き勝手に語るマクガフィンに、いよいよ沸点を超えたユキノが叫ぶ。

 強く、押し込めてきた感情を乗せて。

 

「お前に何が分かるっ! 今のままではSRTは────私たちの夢は消え去るだけだ! なら、それを防ぎたいと思うことはおかしいのか!? なあ!」

「俺は別にそれを否定しちゃいないさ。ただ、このままでいいのかと聞いてるだけだからな」

 

 しかし、そんな激情を前にしても青年の調子は崩れない。

 どこまでも飄々と、問いを突き付けるのみであった。

 

 そんな姿を前に、更に苛立ちを煽られたように少女は叫ぶ。

 

「分かってるさ! 私たちの行いはSRTから────抱いていたはずの正義から遠く離れたモノだって! こんな方法で取り戻したSRTに価値があるのかとも考えた!! でも、私たちには後輩がいる! こんな私に憧れてSRTに入学してきた子たちが! もう、『SRT特殊学園』は私たちだけの夢じゃないんだ!!」

「……はぁ、そら、そこにあるじゃないか。道具じゃない、武器じゃない、君自身の思いが」

「…………っ、それは」

「君みたいな純粋な子には舞台装置は似合わんよ。やりたくない事はやりたくないって、もっと自分の心に正直になりな? 昔はともかく、今はそんな子どものために動いてくれる大人もいるんだからな」

 

 やはり軽い調子で、仮面の奥で笑っていると分かるほどの明るさで、青年は語る。

 可能性は、選択肢はまだあるのだと。

 

「さっきも言ったが、こんな犯罪だらけじゃない方法を企んでる大人はいる。断言してもいいが、アイツはやるときは確実に……そんでもって派手に、徹底的にやる奴だ。悪巧みに関しちゃあアイツに並ぶ奴はいないだろうさ。ま、とはいえ、中身が分からなけりゃ決断もできんか」

 

 そう言って、顔も知らぬ大人の“悪巧み”を話される少女たち。

 話が進むにつれ、その表情には驚愕の色が浮かび始める。それだけ、信じられない話だったのだ。

 

「そんなことが……」

「夢みたいな構想だが、ある程度現実性はある。そんでもって、少なくとも法に触れはしない。どうだ、懸けてみるのも悪くは無いだろ?」

「それは、でも…………」

「……あのなあ、まさかこれまでに手を汚したから、とか考えてんのか? だとしたらSRTを再興してそこで頑張ることだって贖罪になるだろ。ってか、武器を自称してたのなら、諸々の責任はそれを振るったコイツにこそ降り注ぐべきじゃないのかね?」

 

 どこまでもあっけらかんと、少女たちの悩みなど取るに足らないと────君らがそれを悩む必要など無いと言外に告げるよう、気絶したままの防衛室長を示しながら青年は語る。

 周囲に、当初のような険悪さは欠片も残っていなかった。

 

「さて、そんじゃ改めて聞くか。どうする?」

「…………私たち、は」

 

 最後にそう問いかける青年へ、少女たちは躊躇いがちに口を開くのだった。

 

 

────────

 

 場所は再び戻り、時間は少しだけ遡り、サンクトゥムタワー前の広場にて。

 そこで繰り広げられている戦闘は、より一層の苛烈さを伴って続いていた。

 

「だぁぁあ、もう! いい加減諦めろよ!!」

「そっくりそのまま君に返すぞ!」

「少なくともあなたが言える事じゃないじゃんね!?」

「まずはあなたが抵抗を諦めたら考えてあげるわ」

 

 飛び交う言葉の馬鹿らしさとは裏腹に、舞い踊る神秘と銃弾によって地形が変貌していく。

 元は連邦生徒会本部であるサンクトゥムタワーの威容を示すよう整えられていた広場は、今や花壇ではなく瓦礫と破壊痕が華を添えている有様。巻き込まれただけのカイザーPMCが幾人も残骸に姿を変えている事からも、この場の戦闘がいかに激しいかが察せられるだろう。

 

 と、そんな戦いに、不意に静寂が訪れる。

 マクガフィンが大きく距離を取ったのだ。

 

「…………」

 

 少女たちの間に、絶妙な空気が漂う。

 すぐにでも距離を詰め直して余計な策を打てないようにしたい感情と、下手に動いて今の状況を悪化させたくない理性とが、真っ向から衝突しているのだ。

 

 そして、青年の狙いもそれだったのだろう。

 コクリと一つ頷くと、マクガフィンは口を開いた。

 

「じゃあ、こうしよう。非常対策委員会に出席するはずだった先生、どこにいると思う?」

「……君は、知っていると?」

 

 さすがに無視できないその言葉に、短くセイアが問い返す。

 はたして、その答えは。

 

「ああ。なんてったって俺が拉致したからな」

「…………っ!」

 

 今朝の天気を告げるかのように、いっそ雑と表現しても問題ないような調子で語られた言葉。

 驚愕を示す少女たちに、マクガフィンは続ける。

 

「さてさて、どうする? 俺をさも善人のように言ってるが────」

「……いや、君、揺さぶりにしてももう少し何かなかったのかい?」

「────へ?」

 

 平然と割り込まれた言葉に、今度はマクガフィンの方が固まる。

 そも、彼の企みは相手の冷静さを奪って逃亡を図ろうという物であったのだ。さすがにこの速さで平静に戻られるのは想定外であった。

 

 が、そんなマクガフィンに苦笑するようにセイアは言葉を投げかける。

 

「君の事だ、大方、今騒ぎを起こしつつあるカイザーから先生を匿ったとかだろう? ついでに言えば、これまでの傾向からして、余計な干渉を避けるために誰かへ預けようとしていてもおかしくないな。ふむ、となると……以前会ったSRTの子たちか?」

「…………い、いやいや。いやいやいや。さすがに好意的に見すぎだろ。これでも俺指名手配犯だぞ」

「悪いが、デカグラマトンの言葉は私たちも聞かせてもらっている。今さら君を疑う方が無理があるよ」

「あんのクソ自販機……っ!」

 

 もはや地団駄を踏みはじめそうな黒ずくめの青年の様子に、いよいよセイアは苦笑を浮かべながら『抵抗は無駄だと分かったかい?』と続けようとする。

 続けようとして────しかし、少女は豹変したマクガフィンに言葉を遮られた。

 

 

「────なぁんちゃって」

 

 

 以前の慇懃な演技ではない素の表情を見せられるようになって、少女たちが忘れかけていた事実。

 あるいは、その異常なまでの戦闘力に目を取られて注意が薄れていた事実。

 

 マクガフィンは、あのブラックマーケットで2年以上の歳月を無事に過ごしてきた人物であり……何よりも、たった一人でこれまで策を練ってきていた策士であるという、その事実。

 

 それが、少女たちに優位かと思われた盤面を覆したのだ。

 

「これは……!?」

「結界だよ。エデン条約の時よりもブラッシュアップした、な。そう簡単に破れるとは思わんでくれよ」

 

 そう、彼はこの場に到着した時に、元々いた分体を吸収せずにいたのだ。

 この結界の仕込みを任せるために。

 

 結果はご覧の通り、劇的であった。

 

「それじゃ、俺はこのあたりで。大丈夫だとは思うけど、カイザーには気ぃ付けてな? お先~」

 

 背を向けてこの場を立ち去ろうとする、黒ずくめの影。

 どこかほっとしたように勝利宣言をした彼の耳に、しかし、カシャンという儚い音が響いた。

 

「…………」

 

 ギギギ、と錆び付いたロボットのようにぎこちなく振り返る青年。

 その、視線の先では。

 

 

「あは☆ だから、今さら逃がすわけないじゃんね?」

 

 

 空手における正拳突きのように右拳を振り抜いた聖園ミカの姿と、悲しいまでにあっけなく崩れる結界の残骸が。

 

「何だよもおおおお!!! またかよぉぉおおお!!!!」

 

 どうやら、まだしばらくサンクトゥムタワー前の戦闘は終わらないようだ。

 

 

 




最後になりましたが、ハッカ油 さん、無二 さん、榊 影理 さん、テカラ さん、暁桜 さん、評価付与ありがとうございました!
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