【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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それぞれが抱える想い

 アビドス砂漠の一角。

 ある物と言えばつい先ほど破壊された『虚妄のサンクトゥム』の残骸ぐらいの、茫漠とした砂面が遥か先にまで広がるその場所にて。

 

 熾烈な、苛烈な、そして鮮烈な戦闘が繰り広げられていた。

 

「くっ、相変わらず────っ、強くて()になるなぁ!!」

 

 片や黒ずくめの像を神秘で編んだ、大元たる本体の青年。

 如何なる運命かその身に余る過剰な神秘を宿してこの世界に降り立ち、幾重もの歴程を経て遂には聖人にまで至りし人の子。

 

 誰よりも強く、純粋に子ども達の未来を望む────そんな、終着点へと駆け抜ける殉教者。

 

「そりゃ、こっちのセリフだよ! まったくッ!!」

 

 相対するは、膝裏までの桃髪をポニーテールに纏めた“キヴォトス最高の神秘”とまで称された暁のホルス。

 彼女にとっての始まりの事件から2年の歳月を経て、ようやく掴んだ真実の概略に決意を改めた青年にとっての因縁深き相手。

 

 その武力で以て、“マクガフィン”としての青年を殺してでも引き留めようと足掻く────そんな、追い縋る少女。

 

 

 互いに神秘まで総動員した意地のぶつけ合いは、凄まじいの一言に尽きる。

 撒き散らされる余波だけで大地が爆ぜ、風が吹き荒れ、そして大気が軋む。稀に空間さえ歪んで見えるのは、きっと目の錯覚ではないのだろう。

 

 これが砂漠でなく市街地であったならばどんな惨状に繋がったろうか、といった様相である。

 

 だがしかし、それら一切を思考に入れもせずに。

 両者は、深い集中と共に動く。

 

(右上一、左から二……で、足元に二、いや三!)

 

 再誕に伴って操作精度の跳ね上がったマクガフィンの手繰る『神秘の鋼線』を、時に躱し、時に撃ち抜き、時に銃身から伸ばした神秘で斬り裂きながら少女は駆ける。

 以前までは無かった時間差の攻撃もなんのその、淀みなく疾駆するその五体はもはや美しさすら伴いつつあった。

 

 が、マクガフィンもまた負けてはいない。

 

(SG残弾4、3、2。HGは5のまま変わらず────っとなると)

 

「そりゃあまずは牽制で崩しに来るよなぁ!?」

 

 以前までの実戦で研磨された本能的なソレだけでなく、新たに得た『知識』の力で基礎から学んだ戦術が統合された今の彼のタクティカルシンキング(戦術的思考)は、もはや学園主力級の生徒たちと比較しても遜色ないほどに仕上がっている。

 相手の動きを予測し、選択肢を縛り、的確に打開の一手を潰すその立ち回りは、ある種の戦闘機械のような正確さが滲んでいた。

 

「そのっ────イヤらしい動き、止めてほしいんだけどなぁ!」

「おい誤解を招く言い回しは止めろよマジで!! 今の罪状に性犯罪まで入ったらもう役満なんだよ! しまいにゃ泣くぞ!?」

「だったら大人しく捕まって? ね?」

「可愛らしく言ってもさすがに騙されんからな!?」

 

 一度、両者が共に向き合ったからだろうか。以前までとは異なり、交わされる言葉に緊張感はない。それこそ、思わず吹き出してしまいそうな柔らかさに満ちている。

 

 だが────いや、だからこそ、その衝突の苛烈さはより一層引き立てられる。

 

 加えて、現在のホシノは盾を背中に格納したままなのだ。

 攻撃力に特化した彼女の戦闘が、静かなままに推移するわけがなかった。

 

 とはいえ、そのせいもあってマクガフィンの攻勢は若干弱まってはいるのだが。

 以前までと異なり彼女が盾を構えていないということは、下手に攻撃するわけにはいかなくなるからである。

 

 子ども達を護ろうと、ハッピーエンドを贈ろうとしているのに、その過程で子どもを傷つけるなど本末転倒に他ならないのだから。

 

 ちなみに、であるが。

 マクガフィンも薄々察してはいるが、こうなることを見越してホシノは盾を装備せずにいたりする。言葉であれなんであれ、彼を引き留めるのに使えるのならば躊躇せずに使うぐらいには今の彼女は強かになっているのだ。

 

 時々思い出したように愛嬌のある台詞を口にしているのには、そういう理由もあった。

 

 

 しかし、そこまでしても戦況は互角……否、僅かにマクガフィンの方が優勢となっている。

 そもそも、今の彼はヒトガタを取ってこそいるものの内実は神秘の集合体でしかない。となれば、その動きには物理法則に縛られない部分が出てくる。

 

 例えば、銃撃を予期して右腕を骨から関節まで無視したように背中側へと折り畳むだとか。あるいは、糸を手繰るために振り抜いた左腕をブレるような速度で引き戻すだとか。

 やり過ぎれば編んでいる像が解れるため乱用こそできないが、そんな動きができる時点で彼の優位性は計り知れない。

 

 むしろ、そんな常識外の存在相手にほとんど互角にまで食い下がれている時点で、少女は称賛されるべきなのだ。

 今の彼に一対一で戦うというのは、もはや何分耐えられるかを競うような次元にあるのだから。

 

 

 とはいえ、戦闘が互角に推移している時点でホシノの敗北は半ば確定してしまっている。

 消耗するリソースの差である。

 

 マクガフィンはその膨大な……いっそ測るのさえ馬鹿らしくなるような神秘を使って戦っている。つまり、彼のリソースはほとんど無尽蔵にあるのだ。もちろん、今後の事を考えるならば浪費はできないのだが。

 それに対し、ホシノは残弾という形で明確にリソースが限られている。さしもの彼女であっても、白兵戦でマクガフィンに拮抗できるほどの実力はない。となれば、互角の戦況とは彼女にとっては敗北と同義となる。

 

(ま、このまましくじらなけりゃ勝てそうか。次からは『知識』での監視も緩めないように気を付けないとな)

 

 そして、当然ながら今のマクガフィンはその事実を理解している。

 故の楽観、この戦いに勝った後のコトを、彼は考えてしまった。

 

 つまり、言い換えれば────彼は、油断してしまったのだ。

 

「…………は?」

 

 右腕を撃ち抜かれ、肘から先を消し飛ばされた青年が間の抜けた声を漏らす。

 油断の、慢心の代償とばかりに、続けて左足が撃ち抜かれた。

 

「……いや。いやいやいや、ソレを土壇場で思いついて、んでもって成功させるか?」

 

 バランスを崩しながらも無理やりに後退した青年が、再度像を編み直しながら言葉を紡ぐ。放たれた()()()()()が掠めたことで割れた仮面の下では、ドン引きしたように引き攣った笑いが浮かんでいた。

 

「うん……案外行けるね、コレ」

 

 対する少女は、どこまでも平静なままにその手の愛銃を見つめる。

 そして、その銃口が青年の方へと向けられ────

 

 

「っぶねぇ!?」

 

 

 転瞬、引き金が絞られると同時に、その射線上にある全てを撃ち抜くよう()()が通過する。

 純度百パーセント、紛う事なき()()()()()()()()()()()()が。

 

 咄嗟に叫びながらも、バク転を交えたアクロバティックな回避をマクガフィンは敢行。どうにか場の流れを戻そうとする。

 が、それを易々と許すホシノではない。マクガフィンの身体を掠める桃色の軌跡は、黒ずくめの像を次々と解れさせていった。

 

「チィッ!!」

 

 忌々し気な舌打ちと共に、周囲一帯を覆う光の奔流。

 このままでは狩られると判断したマクガフィンが、一度視界を切ろうと無作為に放った神秘の光である。

 

「そこでしょ」

「っと! あぶっ、容赦ねえなぁ!!」

 

 あわよくばその機に乗じて逃亡までしてしまおうという目論見の下の目くらましは、しかしどうやら最低限の効果しか発揮できなかったらしい。

 先よりも幾分か正確性が薄れつつも少女の射撃が掠めたことで、焦燥も露わに黒ずくめの青年は叫ぶ。その声がまた目印となってしまっている事を理解しているのかいないのか、そんなやり取りが数秒ほど続き。

 

 それでもどうにかマクガフィンは距離を稼げたようで、光の晴れる頃には両者の間合いは開戦時よりも広くなっていた。

 

「まーじで天才ってのはヤになるね。どうしてこの土壇場で強くなれるんだか」

「……誰かさんがいつまでも勝たせてくれないからじゃない? 必要に差し迫れれば、誰だって強くなるよ」

「それにも限度があるって話だよ、まったく」

 

 常の調子を保つように肩を竦める姿からは、ここまで来てもまだ余力が残されているようにも映る。事実、ホシノはリロードを挟みながらも、少しだけ様子を窺うように会話に応じていた。

 しかし、表に出る態度がその内心とピッタリ一致しているとは限らない。

 

(おいおい……こうなると普通に俺が不利だぞ。いや、本気で潰しにかかるなら勝てはするけど…………確実にホシノを傷つけることになるしなぁ。こりゃ、打った手が効果を発揮するまで時間を稼ぐしかないな)

 

 編み上げた仮面の下で、少しだけ険しい表情を作りながらマクガフィンは検討する。

 はたして、どう行動するのが最適だろうかと。

 

 それだけ、ホシノが至った新たな攻撃は脅威的だったのだ。

 とはいえ、それは少し考えれば分かる事でもある。

 

 なにせ、神秘で構築された弾丸は、実弾と違って空気の影響をほとんど受けないのだ。つまり、引き金が引かれた次の瞬間には着弾しているわけである。もはや一種のレーザーガンとして扱う方が近しいだろう。

 それでいて、威力は過剰なまでに高い。愛銃から撃つという動作が関係しているのか、その攻撃力はマクガフィンの像を穿つどころか消し飛ばす程の域にまで達しているのだから。

 

 それに加えて、残弾は神秘が残っている限り無制限、発射時の反動も無く、更には連射さえ可能となれば────その脅威度は『高い』なんて言葉ではまるで足りない。

 互角程度の戦況を傾けるには十分すぎるほどだろう。

 

「……へぇ。あなたでもそこまで言うほどなんだ」

「そりゃもう。方向性こそ違うが、それ、最大火力に関しては俺と同じぐらいまで伸ばせるだろ? まったく、2年以上の努力は何だったんだって気分だよ」

「ずいぶん嬉しいこと言ってくれるじゃん。でも、私はそんな褒め言葉より────」

 

 転瞬。

 マクガフィンと会話をしていたホシノの姿が、一切の兆候も無しに消える。

 

 否。

 

(無拍、子────ッ!?)

 

 青年のすぐ近く、零距離にまで接近する。

 

「あなたが止まって、私たちの隣を生きてくれる方が嬉しいかな」

 

 引き金は一発。

 それで、決着が付いた。

 

「は、はは……今回は、完敗だわ」

 

 上半身の全体に傷を付けた青年の影が、小さく呟く。

 横たわる身体に欠損は無く、それが先の一射が実弾の……散弾による攻撃であったことを何よりも示していた。

 

 そう。

 彼女は、決め手になるであろう最後の攻撃において。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 恐るべしは、その卓越した戦闘センスと、何よりも新しく得た最大火力の攻撃でさえブラフに用いる度胸だろう。

 

 結果は、見ての通り。

 全く予期していなかった範囲火力によって、マクガフィンは地に伏せる事となった。

 

 まさしく快挙、彼女は誰にもできなかった偉業を成し遂げ────

 

(ちょっと、待って。いくらなんでも、諦めが良すぎない?)

 

 そこで気付く。

 はたして、この青年はこんな簡単に折れるような人物だったであろうかと。答えは、考えるまでもなく否である。

 

 となれば。

 現状が指し示す事とは、つまり。

 

「……やられた。光で目くらましされた瞬間か」

「クハハ……さすがに、バレるか」

 

 切り分けられた魂の欠片を核に作られたマクガフィンの分体が、さらさらと像を崩れさせながら答える。

 その様子は、悪戯に引っかかった相手を見る子どものように無邪気で、それでいて痛み分けの結果に不満を示すように苦々し気でもあった。

 

 そう。

 マクガフィンは、ホシノが神秘弾を使い始めた瞬間に、方針を『ホシノを返り討ちにする事での勝利』から『損耗を最小限に抑えての撤退』へと切り替えていたのだ。

 

 それ故に、彼はわざわざ周囲一帯を光で覆い隠し、その上で分体に声を上げさせて注意を逸らさせた。

 

 とはいえ、マクガフィンに損失が何一つ無いわけではない。なにせ、この分体には欠片ではあれど彼自身の魂が中核にあるのだ。

 つまり、これを倒すという事は、そのままイコールで彼の魂の欠片を確保するという事に他ならない。

 

 聖人の、ダアトの、マクガフィンの魂を、である。

 

 得られる恩恵など、考えるまでもなく多岐に渡るだろう。

 そもそも、これを有しているだけで本体である彼との間に繋がりができるのだ。どうやっても切れないような、位としては最上級の繋がりが。

 

 確実に、今後のマクガフィンの動きに影響は出る。

 

 ……まあ、それでも彼が撤退を優先させたあたりに、ホシノの尋常でない強さが表れているのだが。

 ともかく、その事実を彼女も理解したのだろう。

 

 してやられたという思いに顔を歪めながらも、ホシノはマクガフィンの魂の欠片へと手を伸ばし────

 

「はっ!? ちょ、おまっ!」

 

 抱きしめるように、体内に取り込んだ。

 消える寸前に思わず分体が叫んだのは、それが彼の想定から大きく外れた行動であったことを示していたのだろう。一体化したことで少女に伝わった感情は、焦燥と心配に満たされていた。

 

 とはいえ、今なお昏睡状態の梔子ユメが、その唯一の原因として神秘の混線を残している事からも彼の懸念は理解できるだろう。

 下手すれば彼女も同様に意識を失うか、そうでなくとも今より弱体化する可能性の方が高いのだから。

 

「────っ、ぐぅっ!」

 

 そんな青年の危惧を肯定するように、少女が胸元を抑えながらうめき声を漏らす。

 きつく握りしめられたその両手の下からは、薄く光が零れ始めていた。

 

「うぅっ! ああぁっ!!」

 

 純色。

 他の色の介在の無い、混じり気なしの────紛う事なき、彼を表す白の光。

 

 白の、神秘。

 

 そこに濁りは無く、曇りも無く。

 ただ只管に鮮烈な、触れる物全てを呑み込むかのような強い白色。

 

 もはや周囲を照らす程になったその光は、遂には物理的な風をも巻き起こしながら煌めきを強める。

 だが、しかし。それにすらも少女は不敵に頬を歪め────

 

「はあぁぁぁぁああああ!!!」

 

 渾身の力で以てそれを抑え込み、自身の内側へと取り込んだ。

 

 転瞬、風が、光が、何もかもが凪ぐ。

 まるで、先のソレが幻であったかのように。

 

 その中心に立つ少女もまた、呻き声を漏らしていたとは思えないほどの平静な表情で、改めて愛銃をその手に握る。

 

「これで、繋がった。もう見失わないよ────マクガフィンさん」

 

 呟く言葉は、そのまま起きた事象を分かりやすく示していた。

 すなわち、まさかの方法で彼女の側から青年へとpathを繋げたという、ほとんど奇跡にも近しいソレを。

 

「待っててね」

 

 少女の視線の向く先は、本体たる青年がいるアリウスのバシリカ跡地の方角。この少しの間にどこまで逃げているのだと言いたくなるような彼へ、けれどもはっきりと少女は告げる。

 

 もう、逃げられると思うなと。

 あなたの諦めが悪いように、私もまた諦めは悪いのだと。

 

 最後に一つ頷くと、少女は踵を返した。

 この場に残っている意味は無くなったからだ。

 

 

「私は、絶対にあなたの手を掴んでみせるよ」

 

 

 桃色の神秘の外側に白銀の燐光を漂わせながら、少女は次なる一歩を踏み出すのだった。

 

 

────────

 

 場所は移り、遥か宙高くに座すアトラ・ハシースの箱舟。

 転移で帰還した一人の少女が、小さく声を響かせる。

 

「ただいま、先生

 

 答える声はなく、ただ残響のみが虚しく木霊する。

 そもそも答えられるものがいないのだから、それも当然の事ではあるのだが。

 

 なにせ、()()()先生は────色彩の嚮導者にまで成り果ててしまった、その人には。

 もはや、言葉を紡ぐだけの力は残されていないのだから。

 

 死に体すら超えた骸の身で、色彩を受け入れた彼には。

 

(……私の、せいで)

 

 ポツリとその内心で漏れた声に、少女が顔を歪める。今にも、泣き出してしまいそうなほどに。

 それこそ……行き場も帰る場所もなくしてしまった、迷子の幼子のように。

 

 けれども、泣こうが、喚こうが。どれだけ過去を嘆き呪おうが、既に確定してしまったソレが変わったりはしない。

 壊れてしまったものをその前の状態にまで戻すことなど、どう足掻こうが不可能なのだ。そして、死んだ人間が蘇ることもまた。

 

 故に、壊れてしまった彼女の世界が元に戻ることは無いし、彼女を一人(独り)残して旅立って行った人たちが帰ってくることも無い。

 彼女の先生も、既にその末路は確定してしまっている。今流れている時間は、すなわち例外的な延長時間に他ならない。

 

 だからこそ────少女はその時間を引き延ばそうと、少しでも『その時』を先延ばしにしようと足掻いているのだが。

 

 しかし、過ぎ去った過去を想起して“もしかしたら(ifの話)”を考えてしまうのは人の性なのだろう。どうしようもない現実を前にする事となった人間ほど、その傾向は顕著だ。

 言うまでもなく、そして考えるまでもなくそれは逃避であり、現実から目を逸らしているだけに過ぎない。

 

 過去を想うならばいずれは妄想が現実にまで追い付くし、未来を想うならばいずれは現実が妄想にまで追い付く。

 どうしたって、今生きている時間軸は“現在(イマ)”でしかないのだから、それは必然の理である。

 

 だがそれでも、その目でコチラ側の世界を見てしまった少女には、思わずにはいられなかった。

 

 

 ────もし、私の世界がこの世界だったのなら。私の時にも、同じようにあってくれたのなら。

 

 

 身勝手な感情だとは、少女自身も理解している。

 こんな物を押し付けられても、迷惑以外の何物でもないだろうとも。

 

 けれども、そんな薄っぺらな綺麗事で抑えられるほど感情というのは容易くない。それが、身を焼くほどの激情であればなおさら。

 

 だって────

 

 

 この世界では、本来救われなかったはずの生徒が救われている。

私の世界は、何一つとして救われなかった。

 

 

 この世界では、もっと前に死んでいるはずだった人間が生きている。

私の世界は、誰一人として残さず死んでしまった。

 

 

 この世界には、先生以外にも救ってくれる人がいる。

私の世界には、先生以外に誰もいなかった。

 

 

 

 この世界では、まだ先生が生きている。

私の世界からは、先生すら失われてしまった。

 

 

 

 羨ましい。

 厭、妬ましい。

 

 憎い。憎い。憎い。

 

 ジクジクと傷口が膿むように。

 ドロドロと全身を覆うように。

 

 ジリジリと、炎が燃え広がるように。

 

 少女の内から、止めどなく感情が溢れ出る。

 

 どうして、この世界ではみんな笑ってるの?

 どうして、この世界ではみんな手を取り合えているの?

 どうして、私の時はそうじゃなかったの?

 

 繰り返される疑問は、しかしずっと前に答えが出ていた。

 この世界には、分かりやすすぎるまでに目立ったイレギュラーが存在したから。恐ろしいを超えて、悍ましいまでの神秘を宿した聖人が。どうしてか色彩の内側でも見つけられた、例外の体現者が。

 少し探れば、簡単に分かる事実であった。

 

 嗚呼、だが、だからこそ────

 

 少女は、思うのだ。

 

 

 

 

 

 どうして、私は救けてくれなかったの?こんな世界、早く滅びてしまえばいいのに

 

 

 

 

 

 そうでなければ、不平等に過ぎるから。

 そうであってこそ、不公平が解決できるから。

 

 追い詰められた少女には、それがどれだけ破綻した思考なのか、それがどれだけ醜い感情なのか考えられない。

 “自分のせいだ”という自責と、“どうして自分だけ”という憎悪は矛盾せずに両立できるのだ。それが追い詰められている人物ならば、なおさら。

 

「……そう。全部、壊れてしまえばいい」

 

 

 

 そんな少女を、プレナパテスは静かに見つめていた。

 

 

 

 




最後になりましたが、クレイジーレンズマン さん、塵時計 さん、Asterisk1001 さん、評価付与ありがとうございました!
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