とはいえ最終編ですし、どうぞお許しを。
瓦礫の並ぶ寒々しい自治区の中、同じく瓦礫に姿を変えたバシリカがあった場所にて。
「あーー、どうしよ。さすがにちょっと早まったかもしれねぇ…………」
沈んだ様子で頭を抱える黒ずくめの影が、一つ。
お察しの通り、マクガフィンその人である。
トカゲの尻尾切りとして分体を残してアビドス砂漠から撤退した彼であったが、その後のホシノの行動は想定外に過ぎたようで。
思いっきり俯いて頭を抱える姿からは、これでもかと弱った気配が漏れ出ていた。
とはいえ、まさか欠片とはいえ他者の魂を取り込むなどという遠回しな自殺行為をする者がいるとは、彼も全く思っていなかったのだ。
こうして困り果ててしまうのも、仕方のないことなのだろう。
なお、彼自身も『自分の魂を分割する』なんて遠回しどころではない自殺行為を積極的に行ってはいるのだが……やはり人間、自分自身を客観視するのは困難なのだろう。
ある意味、両者ともに似た者同士なのかもしれない。
閑話休題。
「まあ……過ぎたことは仕方ないか」
十数秒ほどそうして、ようやく踏ん切りがついたのか。
青年は、そう呟きながら立ち上がった。
あるいは、さっさと次に計画を進めてしまおうという考えなのかもしれないが。
なにせ、これから彼が向かわんとする先は色彩の内側なのだ。いかにホシノであっても追いかけては来られまい、なんて思考が浮かんでもおかしくはないだろう。
(……なんか最近、こんな感じでフラグが回収されてる気がするな)
嫌すぎる感慨にブンブンと頭を振ると、改めてマクガフィンは気を取り直す。事実として、色彩本体の内側に直接足を踏み入れる手段などほとんど存在しないのだ。
アトラ・ハシースの箱舟ならばともかく。ここで青年が色彩へと旅立てば、次に相見える機会は彼自ら箱舟に移動した時となるだろう。
その居所が分かろうと、その場所にまで向かう術がなければそれは『絵に描いた餅』と同義。少なくとも、この想定外の影響は最小限にまで抑えることができるだろう。
そう思考を纏めると、青年は現状の分析に議題を移した。
「さて、さて。虚妄のサンクトゥムは……まあ、最低でも第一ウェーブは問題ないか」
自重を捨てた青年が顕現直後のサンクトゥムを派手に攻略したことで、残る守護者はスランピアのシロ・クロと聖徒の交わりたるヒエロニムスの二体のみとなっている。
彼が口にした通り、これならば問題は起きないだろう。
となれば、盤面の整理はその続き、第二ウェーブにまで遷移する。
「怪しい部分はペロロジラぐらいで、こっちも多分問題なし、と」
しばらく前、アビドス砂漠で別れた三人娘の事を思い起こしながら、首肯と共に青年が呟く。
預言者をサポートするエンジニアだと自己紹介をしたアイン、ソフ、オウルとの出会いは、彼にとっては一種の福音となったらしい。
とはいえ、彼女らの協力があったおかげで預言者たちを色彩の支配下から奪還できたのだ。そう思うのも当然の事なのだろう。
なにせ、この世界における預言者は例外たる『ダアト』からのフィードバックを受けて軒並み強化されているのだ。特に、ビナーに関しては学園主力級の生徒が小隊を組んで当たらなければ相手にもならないほどになっている。
もちろん、少し前に行われたように、分体ではない彼自身が攻略へ出向けば解決はできるのだが……如何せん、彼自身にも計画がある。
保険として分体も残して行くつもりではあるのだが。戦わずして無力化できるのならば、それに越したことはないのだ。
(お膳立て、って言うと恩着せがましくなるが……まあ、ここまでやれば『F.SCT攻略戦』に関しては大丈夫だろう)
バルバラやアンブロジウスもまた強化が施されているため、事が起きる前の彼は自治区防衛戦に関して幾ばくかの懸念を抱いていたのだが。
そちらに関してもどうにか進行できていることを『知識』を用いて確認すると、改めてマクガフィンはコクリと頷く。
「…………これで、こっち側でやることは無くなったか」
ポツリ、と、小さく呟きが零れて。
ほんの少しだけ、寂寞にも似た感傷がその胸中に湧き上がる。
その終わりに恐怖を抱くことは無い。
それが、それこそが彼の望みであるからこそ。
けれども、この世界も見納めかと思えば寂寥感も浮かんでくるもの。
良い思い出は少なくとも。振り返れば中々に悲惨だと思うことはあれど。それでも、彼がこの地を、この世界の上を2年と少しの間生きたことは間違いないのだ。
画面越しに眺めるだけだった、彼の愛する世界を。精一杯、全力で生きてきたという事実は。
「…………」
沈黙は変わらず、ゆるりと周囲を満たす。
混乱や喧騒から外れたこの場所は、ともすれば世界から切り離されたのではと思ってしまう程に静かで、そして物寂しい。
珍しく、青年の心に感傷が生まれるほどに。
けれども、その全てを受け入れ、マクガフィンは頬を緩めた。
何かを確かめるみたく、瞼を下ろして深く頷きながら。
先にも述べたように、その心に恐怖はない。
一つの可能性を前に見て見ぬフリができるほど彼は童心を失っておらず、だからこそ見定めた終着点は彼のできる最後の贈り物なのだ。
そこに期待を、希望を抱きこそすれ、恐怖だとか迷いだとかに襲われたりはしない。
だから、そう。
これは、言ってしまえば『もうすぐ終わる物語を惜しく思ってしまう』みたいな心の動きでしかないのだ。
その終わりはきっと良いものになると確信できるけれど……もうその先を、続きを見ることは無いのだと理解して、少しだけ寂しく思う。世界を、そこに生きる子ども達を深く愛しているからこそ。
それが、この感傷の正体で。
だからこそ、青年は頬を緩めるのだ。
────思えば、長いようで随分と短いものだ。
こんなにも穏やかに終着点へ向かえていることを驚くように、そんなありきたりな言葉が脳裡を通り過ぎて、そのコトにくすりと笑いが零れる。
青年にとっては意外も意外、まさかあの2年前の始まりからこんな所に繋がったのだから。
人生とは斯くも面白く、そして美しいものであったのか。なんて、かつての文芸部に所属していた日々でも使った事のないような、柄にもない固い表現が浮かぶほどに。
彼にとって、今この瞬間は何よりも綺麗で、愛おしいものなのであった。
「…………。さあ、行くか」
けれども、感傷とは物事に対する心の動きであるからこそ、それが永遠に続くことは有り得ない。そうでなくとも、彼に時間的な余裕があるかは怪しいのだ。
再誕の時のように、いくら色彩の内側と外側とで流れる時間が異なっていようとも。
旅立ちの時は、いよいよ。
そう青年が一歩を踏み出そうとして……彼との契約に応じて黒服が創り上げた、ありし日のステンドグラスのように色彩と現世とを区切るための結界の内側に向かおうとして。
足音が、辺りの静寂を切り裂いて響いた。
────────
「……ああ、うん。君は来るかもしれないって、思ってたよ。カシスさん」
不意に映った、何にも代えがたい美しい神秘の色。
私にとっての唯一の光。私が『私』として始まった瞬間の、どこまでも
がむしゃらに走ってその場所にまで辿り着いた私へ、あの人は静かにそう声をかけた。
「……っ」
その光景に。
凪いだ水面のような穏やかさを纏う、その姿に。
思わず言葉が詰まって、何も言えなくなってしまう。
これでは、まるで死にに行く人みたいじゃないか、なんて。
そんな嫌な思考が、どうしようもなく浮かんでくる。
頭が、ガンガンと割れるように痛んだ。胸が、ズキズキと抉られるように痛んだ。
鼓動はうるさいぐらいにドクドクと音を立てていて、全身からは不快な汗が吹き出すように流れ出た。
「行くん……です、か…………?」
主語も修飾語も、何もかもが欠如した言葉。
どうにか私が吐き出せたのはそんなもので……けれど、それだけで伝わったのだろう。あの人は、静かに頷いた。
やっぱり、変わらない穏やかさのままで。
けれども、その中にどこか罪悪を覚えるような色を見つけた気がしたのは。きっと、気のせいではないのだろう。
だって。
今この状況は、彼が最も嫌がるものであるはずだから。
私を悲しませるだけで、あの人の望む“幸せな世界”など欠片もない。そんな、苦い味しかないものなのだから。
それでもこうして私と言葉を交わしてくれているのは、それだけあの人が真摯に向き合ってくれているからで。自分の感情よりも私たち子どもを優先してくれているからで。
だから。それが分かってしまうから、余計に胸が苦しくなる。
「…………」
口を開けては閉じるだけの、何も言葉にできない数秒間。
もう帰ってこないんですよね、なんて確認も。私も連れて行ってください、なんてわがままも。何も言えない……どの答えも聞きたくないがための、静まり返った沈黙。
分かっている。
この人は、ここを最後に、この瞬間を最期として二度とキヴォトスには帰ってこない。
分かっている。
私がどれだけ言葉を紡いでも、たとえ縋り付いたとしても、その旅路に付いていくことはできない。
分かっている。
アヤトさんは、誰よりも純粋に『子どもたち』の未来を望んでいるから。その過程が、歴程が、この人をその結論に至らさせたのだから。
でも────はたして、アヤトさんは分かっているのだろうか。
それが、どれだけ残酷なことなのかを。あなただけに光を見出している私にとって、それが何を意味するのかを。
「そういえば……君も、聞かされているんだっけ」
「……はい」
「そっか」
不意に投げかけられた、一番重要な修飾語が抜けた質問。どうしてか理解できた、アヤトさんの過去を知っているのかという問い。
答えれば、困ったようにあの人は頭を掻いた。
きっと、また余計な事で申し訳なく感じてるのだろう。
そんな事、私にとってはどうでもいいのに。
「マクガフィン、さん。私は、あなたに救われて幸せでした」
何度も深呼吸を繰り返してどうにか吐き出した言葉は、少しだけつまりながらも考えた通りの内容を乗せてくれた。
(……そう。この、調子。この調子で、言わないと)
時間が流れても痛みが薄れる気配のない鼓動が、治まる気配のない嫌な汗が、心の代わりに悲鳴を上げているようだけど。
それでも、私は言わなくちゃいけないんだ。
“行ってらっしゃい”って。
「私は、あなたに救われて幸せだったんです。幸福を、奇跡の色を知ることができたんです」
辺りは変わらず沈黙に満たされている。
響く私の声が、酷く頼りなく、そして虚しく聞こえるように。
それでも……私は、言わなくちゃいけないんだ。
「そう、なんです。……私は、あなたに救われて幸せでした。それまでの苦しみも、虚しさも……何もかもが、どうでも良くなるぐらいに! あなたに出会えて、あなたに救われて! だから……だからぁっ! うぅ、うあぁぁ」
言わなくちゃ。
行ってらっしゃいって。
笑顔で、送り出さなくちゃ。
私は、この人を縛る枷になんてなりたくないんだから。
この人の望みにだけは、背きたくないんだから。
なのに。
なのに、どうして。
「どうしてぇっ!!」
この身体は、震えるばかりなのだろう。
この喉は、嗚咽を漏らすだけなのだろう。
この目は、雫を溢れさせるだけなのだろう。
私は、どうしてその一言ですら言葉にできないのだろう。
「あぁ……うぁぁ…………う、うぅ────ぇ?」
ぽすりと、俯いた頭に柔らかな感触。
いつかの日のように、優しく髪をすくよう撫でられる感触。
「大丈夫」
私が顔を上げる間もなく、アヤトさんはそう言った。
短く、けれども万感の思いが籠められた声で。
「大丈夫だよ。君も、きっと幸せになれる。君の人生に、ただその場に入り込んでしまった俺がいなくなっても。だって、もう暗闇からは抜け出せているんだから」
いつかの日に『俺なんか』と語っていたのとは────自身を軽んじていたのとは違う、世界に重く希望を抱いた言葉。
きっと、この人は信じているのだろう。この先に続く未来には、無限の可能性が待っているのだと。
(でも、その未来にアヤトさんはいない。ここから先に、この人は続かない)
私の世界、それそのものと言ってもいいこの人は。
そう思って、またズキリと胸に痛みが走った……そんな瞬間の事だった。
「────っ、え」
不意に、光が差しこんだ。
声も忘れて見上げれば、空が割れていた。
まるで奇跡のように。
緋色に染まった空を裂いて、この一画にだけ。
それはどこまでも綺麗で、美しくて、幻想的で……そして、アヤトさんの旅立ちを告げるような、どこまでも残酷な景色だった。
その情景を、きっと最後になるアヤトさんの姿を瞳に焼き付けるように。その奥、脳裡にまで焼き付けるように。
じっと見つめて、一度深呼吸をして。
私は、言葉を紡いだ。
「いってらっしゃい、アヤトさん。そして、さようなら。本当に、ありがとうございました」
きっとこれ以上ない笑顔を浮かべて。
思わず続けそうになった『大好きです』の五文字は飲み込んで、精一杯の強がりで。
どうか、この人の最期に蘇る記憶の中の私が、綺麗なものとして映るように。
「────っ。うん。ごめん、そしてありがとう。バイバイ、カシスさん。君を救けられたことは、数少ない俺の誇りだよ」
一瞬だけ驚いたように、見惚れたように……そして涙を流しそうに目を見開いて。その後にアヤトさんは、私のたった一人の大切な人は、背を向けた。
ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように、私の世界の全ては遠ざかってしまう。
まだだ。
まだ、笑顔は崩しちゃいけない。
一瞬一瞬が区切られたようにスローモーションになった世界の中を、黒ずくめの背中は少しずつ離れて行く。
その全てを、溢れ出るような愛しさを、張り裂けるような悲しさを、身を切るような寂しさを、今この瞬間を構成する何もかもを記憶に刻み込むように。
まだ、まだだ。
まだ、嗚咽は漏らしちゃいけない。
頬を止めどなく伝う雫を拭いもせずに、その姿が消え去る瞬間まで、私はずっと見送り続けた。
差し込んでいた光が消えるまで、身体に残されたほんの少しの温かさが消えてなくなってしまうまで。
「…………さよう、なら。大好きです、アヤトさん」
独りぼっちになってしまった世界に響いた声は、風に吹かれて消えていった。
熱も、色も、何もかもを失って。
────────
場所は移り、アトラ・ハシースの箱舟内部。
いずれ第4エリアと仮称される中央区画にて、一人の少女が目を覚ました。
銀灰色の髪に狼の耳、首元の水色のマフラーが特徴的な少女。
すなわち、プレナパテスによって地上から連れ去られた砂狼シロコである。
「ん……ここは?」
とある青年が識る世界とは異なる、早い目覚め。
けれども、多少目覚めが早くなったところで────
なぜなら、彼女の力では彼女自身が閉じ込められているセクションからの脱出はできないはずだったのだ。
箱舟上層階に位置する特別エリア、その中の制御室を破壊しなければ、彼女のいるセクションのゲートは閉ざされたままなのだから。
だが、しかし。
少女の目覚めが早まるというイレギュラーが起きた時点で……そのイレギュラーを引き起こす要因があった時点で、その道理がそのままに適用されることはない。
つまりは────
砂狼シロコが、自身の神秘を制御下に置きつつあった時点で。
続く展開が彼の識る世界から逸脱するのは、半ば自明の理であったのだろう。
「────よし」
少しだけ水色が染みた白色。
そんなシロコの神秘が空間を僅かに歪め……極光の如く揺らめき、煌めき、そして解き放たれる。
衝撃。
轟音。
そして、破壊。
かつて再誕直後の青年がベアトリーチェへと打ち放った一撃、その威力にまで迫ろうかというヒカリが、少女の前に立ち塞がるゲートに襲い掛かる。
少女のいる場所が多次元解釈の内側、すなわちいくつもの可能性が共存する世界だというのも作用したのだろうか。常よりも数段ほど高まったその神秘は、彼女が望んだとおりに扉へと風穴を開けた。
「…………」
シロコ自身にとってもこの出来栄えは意外であったのか、少女は頷きながらも少しだけ目を丸くする。
とはいえ、事を起こしてしまった時点で立ち止まるのは悪手でしかない。自身を誘拐したのがどういった勢力でどのぐらいの規模感なのかは分からないが、ここまで派手に動いたのならば誰かが来るのもすぐになるだろう。
そう思考を纏めると、少女は人一人分ほどの扉の穴をくぐり抜けて脱出しようとした。
だが、シロコにとって誤算であったのは────ちょうど箱舟に戻ってきた存在にとって、距離の概念などさして意味を持たないという事実と。
それが、よく見慣れた、けれども見た事のない姿だったことだろう。
「え……? わた、し…………?」
邂逅は早まり、起き得なかった演目は加速する。
全ての始まりである、『
────────
そんなアトラ・ハシースの箱舟から少しだけ離れ、色彩そのものが内側にて。
前後左右、上方下方、世界を構成する全てが黒で満たされたその場所を、どうやってかカツカツと音を立てながら歩く青年がいた。
全身を黒で覆われたその姿は、ともすれば周囲の黒に溶けて消えてしまうのではと思ってしまうほど。僅かに配された紫の差し色が無ければ、あるいは少しだけその身から漏れ出る神秘が無ければ、確実に暗闇に同化していただろう。
けれども、その姿に弱々しさは欠片も無い。
別れを経て、送り出す言葉に背中を押された彼には。もう、ほんの少しも揺らぐ物はない。
酷いことをしたと理解しているがための罪悪感や、それでも笑顔で見送ってくれるような子を救えた事への幸福感や、そんな彼女自身への感謝など。
胸中で渦巻く感情は、いくつもあるけれども。
それでも。
彼の見定めた終着点へと繋がる道は、その上を駆ける足には、ほんの少しの歪みも、揺らぎも、震えもない。
それに、ここで揺らいでしまえば────必死に笑顔を浮かべてくれた少女に不誠実に過ぎる。不義理に過ぎる。無責任に過ぎる。
ならば。なればこそ、彼はまっすぐに進むのだ。
「…………」
そう、カツカツと足音を立てる青年は、しかし少しだけ疑問を抱きつつあった。
色彩の内側において、距離の概念とはほとんど存在しない。いや、距離だけなく時間や物質といった概念も無用のソレではあるのだが。
それはともかくとして。
何もかもが呑み込まれ、そして溶け合った色彩の内側においては、望めばその場所にまで行けるし、素質さえあれば大抵の事はできてしまえる。
そうであるのに、pathという繋がりを辿っているはずだというのに、彼は目的たるもう一人の彼の下にまで辿り着けていないのだ。
となれば、そこには何らかの要因があって然るべきで────
(……これは、となると)
一応想定しておいた
そんな、ちょうどその瞬間の事だった。
『あー、聞こえてるか?』
その脳内に、直接声が響いた。
その音は彼の喉から出るものと同じであり、けれども彼自身が話す調子とは異なるものであり。
つまりは、色彩に保存された彼自身の声であった。
「問題なく聞こえてるが……これ、つまり最悪のパターンってことでいいんだよな?」
『話が早くて助かるっつーか、早すぎてキモイっていうか』
「想定してた事はお前も知ってるだろうに……」
カツカツと響いていた足音が止む。
すなわち、青年が足を止める。
その眼前で、少しずつ像を編み始めた存在がいるからだ。
「防衛本能……いや、防衛反応ってとこか」
『そーいうこと。色彩的には、呑み込むのはありでもそこから何かが消されるのはアウトだったっぽいな。ってことで、すまんが最後に世話かけるわ』
「ま、一種の介錯だろ? そんぐらいはいいさ。お前にもいくらか世話にはなったんだからな」
構築された像が、何かに操られるみたく動く。
否、事実として操られているのだろう。
意志があるかも怪しい“色彩そのもの”によって。
かくして、色彩の内側にて一つの戦いが始まる。
決戦……否、大決戦とでも呼ぶべき超常の存在同士の戦いが。
最後になりましたが、ねじれバルジ さん、砂男曹長 さん、評価付与ありがとうございました!