【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 独自考察に基く捏造設定あり〼


交錯する決意、勇者たちの選ぶ未来

 時は流れ、場所はアビドス砂漠。

 カイザーコーポレーションが発掘したウトナピシュティムの本船に、先生たちは搭乗していた。

 

「今から私たちは『ウトナピシュティムの本船』に乗り、キヴォトスの上空75,000mにある『アトラ・ハシースの箱舟』に突入します。目的は箱舟の占拠、およびその機能の無効化……そして、今はマクガフィンと名乗っている人物の確保。これらを果たし、その上で私たちは無事地上に戻らなくてはなりません」

 

 普段の連邦生徒会のそれとは異なるオペレーター用の制服に袖を通した七神リンが、統括責任者として言葉を紡ぐ。

 

「それでは、点呼をとります────」

 

 とある青年の識るメンバーにリオの加わった計10名の少女たちの名前が読み上げられ、続けて呼ばれるのは、航空管制および技術支援の担当者であるミレニアムのヴェリタスとエンジニア部の名。

 それに加えて呼ばれるのが、占領戦のサポーターであるアビドスの対策委員会とミレニアムのゲーム開発部、そして────

 

「トリニティのティーパーティーより、百合園セイアと聖園ミカの二名」

「余計な肩書は、ここで語るのは無粋だろうか。まあ、よろしく頼もう」

「そういうわけだから、ここではただの生徒として扱ってくれると助かるかな☆」

 

 悪びれる様子もなく堂々と答える二人に、オペレーター陣の間に漂う空気が微妙な物になる。

 

「……やっぱりあの二人も来るのね。いや、リオ会長がここにいる時点で今さらではあるんだけど」

「うふふ、セイアちゃんも大胆になりましたね。なんだか私も嬉しくなっちゃいます」

 

 いくつか言葉は交差しながらも、しかし否定のソレは上がらない。

 その段階はとっくに通り過ぎている、というのもあったが、何よりも誰もが彼女らの感情を理解できているからだ。なにせ、オペレーター陣には既にマクガフィンに関する諸々が共有されているのだ。

 

 命を擲って進む彼を引き留めたいという想いは、誰にも共感できるものであった。多かれ少なかれ、この場に集まった面々には彼と何かしらの関わりがあったからこそ。

 ……同時に、とある少女の語った『だからこそ止めに行けないのだ』という想いもまた、理解できてしまうのだが。

 

 ともかく、リンによる点呼は終わり。

 いよいよ、先生がシッテムの箱を繋げて本船を起動しようとした……その瞬間であった。

 

「……っ!?」

 

 衝撃が、オペレーター室を含めたウトナピシュティムの本船全体を襲う。

 どうやら威嚇射撃であったらしいそれは直撃こそしていないものの、しかし連続する振動はその脅威を如実に告げていた。

 

「これは、いったい……?」

 

 誰からともなく疑問が呟かれ、一同に動揺が広がる。

 虚妄のサンクトゥムが顕現していない現在、出発を阻む存在はいないはずだったのだ。共有していたその前提が揺らぎつつあるという事実は、いかに切れ者の生徒が揃った面々でも容易く処理できるモノではなかった。

 

 だが、そんなオペレーター陣に一つの通信が入る。

 最も搭乗口に近い位置にいた、小鳥遊ホシノである。

 

『先生……アイツらだ。カイザーが私たちを囲んでる』

「なっ、いつの間に!?」

 

 険しい声色のままにホシノが送ってきた映像には、どこにまだこんな戦力を残していたのかと言わんばかりの軍勢が、くりぬかれた岩肌の淵をなぞるよう本船を包囲している光景が。

 しかし、問題はそれだけではなかった。

 

「待ってください、先生。これ……PMCだけじゃありません」

 

 そう。包囲網を構築している中には、PMC以外の様相をした者たちも大量にいたのだ。

 いや、もはや割合としてはPMCの方が少ないだろう。事実、包囲陣の最前線には────肉壁としての役割もあるのだろう────銃を握らされただけのカイザーコーポレーション社員が大量にいた。

 

 それが指す事とはすなわち、カイザーPMCではなく“カイザーコーポレーション”そのものが総力を挙げてこの場に集っているという事実である。

 

『許さん……ッ! 許さんぞっ!! それは私たちが得た物だ! 私の野望を果たす物なのだ!! 貴様らのような薄っぺらな愚図共になど断じてっ、断じて渡しはせん! 返せぇッ!!!』

 

 聞えてきた平静を失ったらしいカイザープレジデントの絶叫は、それだけ彼が本気であるという事を表している。少なくとも、まともにやり合えばかなりの時間を奪われてしまうだろう。

 

 

 

 ここに、本船の乗組員以外に生徒がいなければ。

 

 

「ふふ、これをあなたにも言うことになるなんてね、ホシノ────ここは私たちに任せて、先に行きなさい」

 

 

 カイザーの大軍を見るホシノの近く、段差になった岩の陰から、一人の少女がゆっくりと姿を現す。

 ワインレッドのコートを翻し、背後に二人の少女を率いる彼女は……陸八魔アル。仲間の一人をオペレーターとして送り出すことになった少女である。

 

「アルちゃん……?」

「かわりに、あの人のことはお願いするわね。あなた達ほどじゃないけれど、私たちもいくつか恩があるの」

 

 いったい何故と疑問を零すホシノに、アルは遠回しに答えを返す。

 そう、ブラックマーケットとも関わりの深い彼女らは、何度かそこで巻き込まれたトラブルをマクガフィンに助けられた過去があるのだ。

 

 それ故に、彼女たちはこっそりと見送りに来ていたのだ。

 オペレーターとしてカヨコを送り出す事になったから。同行すると言うには、さすがに彼との縁が薄いから。カヨコを通じて、青年の悲劇的な歴程を知ってしまったから。

 

「ほら、早く行きなさい。あの程度、私たちなら朝飯前よ」

 

 けれども────いや、だからこそ。

 これこそが自身の役割なのだと。一緒に行くのではなく、ここで心置きなくホシノたちが飛び立てるよう露払いを行う事こそが、自分がここで為すべき事なのだと。

 

 そう、陸八魔アルは前に進み出る。

 

 しかし、銃の強みとは素人でさえある程度の脅威として仕立て上げられる点にあると言う。ならば、これほどまでの数が揃えられたのならそれはどれだけの戦力になるのか。

 

『社長っ! あの大軍はさすがに無理がある! 考え直し────』

「カヨコ。私は、社員一人だけを危険にさらして安全地帯に引きこもるような意気地なしなんて目指してないの。だから、これが私なのよ」

『社ちょ────ッ、アル!!』

 

 通信越しに叫ぶカヨコに、アルは“これこそが自分なのだ”と返す。焦りも何もない静かな表情は、それが勢いに任せて口にした言葉ではないことを何よりも雄弁に告げていた。

 なるほど、たしかにこれこそが陸八魔アルという少女なのだろう。

 

 この場面で迷いなく踏み出せるのが彼女であるからこそ、カヨコもムツキもハルカも一緒に生きてきたのだ。

 そして────そうであるからこそ、カヨコは止めたいと思うのだ。

 

『…………っ』

 

 ギリギリ彼女が欠けても本船を動かせるだけの人数が揃っているとはいえ、このタイミングでカヨコがオペレーターを降りればその混乱は無視できないものになるだろう。

 それでも、義務も何もかもを投げ捨ててアル達の下へと駆け付けたい彼女の想いは抑えられない。むしろ、そちらの方がよっぽど強いほどだ。

 

 そもそも、その程度で諦められるほど薄っぺらな関係ではないのだ。当然のことだろう。

 

 しかし、そんなブリッジに光が差す。

 比喩ではなく、物理的な光が。頭上を覆う岩肌を貫いて、一筋の陽光が。

 

 それはすなわち、地上からこの地下空間にまで何かが貫いてきたという事で。

 

「────大丈夫です、視えていますから。あなたがここに居るのには、それ相応の理由があるのでしょう? だから、今は私に任せてください」

 

 カン、と高い音を立てて、一本の槍が岩肌に突き立つ。

 元が儀礼用であったらしいそれは、いくらかの装飾が欠けている有様ながら優美さを保っていた。しかしそれ以上に特徴的なのは、揺らめく水面のような妖しい光を全体に纏っていることで。

 

 それが、持ち主がただ一人の少女であることを示していた。

 かくして、槍で穿ち抜いた空間を通って灰髪の少女が現れる。ヒエロニムスの撃破に伴って一騎当千の称号を得た、遺蘇迓(いすが)カシスというアリウス分校の少女が。

 

「ホシノさん。私にできるのは、これが精一杯です。だから────だから、託します。どんな結末に終わっても恨みません。どうか、後悔の無い選択を」

 

 一度振り返って、トン、とホシノの胸を叩くようにして。

 その言葉と共に、青年の魂を取り込んだ今の彼女だからこそ渡せる神秘を託して。

 

 少女は、アルたちに並ぶよう前に出る。

 

「あなた、たしか……」

「アリウスのカシスです。微力かもしれませんが、お手伝いします」

「……覚悟は、できているのね」

「ええ、とっくの昔に。それと、援軍は私だけじゃありませんよ」

 

 その一言が合図になったかのように、天井付近から爆発音が連続する。緻密な計算の下に敢行されたらしきソレによって、崩落の全てがカイザーの軍勢へと降り注いだ。

 

 そして降下してくるのは、下手人である少女。

 

「ハーッハッハッハ! いい啖呵じゃあないか、お嬢ちゃんたち!!」

 

 臙脂のシャツに黒のショートパンツ、そしてその上に羽織った白衣が目立つ少女。

 すなわち、ゲヘナ学園が“誇る”温泉開発部を率いる鬼怒川カスミである。その背後には彼女を部長と仰ぐ温泉開発部の少女たちも続いて降下している。

 

『まあ、そういうわけです。先生、ここは私たちにお任せを』

 

 最後に、やっぱり胡散臭さの抜けない白ずくめの大人の通信がブリッジに響き渡り────

 

「みんな、ありがとう。……行こう」

 

 先生たちは、ウトナピシュティムの本船を発進させたのだった。

 

 

────────

 

 ガタンガタン、と一定周期でその身体が揺らされる。

 

(あれ……私、何をして。ここは?)

 

 薄っすらと瞼を上げた先生は、寝起きに似た心地のままぼんやりと思う。はたして、ここはどこだろうかと。

 

(なんだか、懐かしいような……)

 

 霞むその視界には、席に座る一人の少女が。

 連邦生徒会の制服に袖を通し、夥しい血を流しながら少女は語る。

 

 懺悔と、そして託すための言葉を。

 いつかの日にあったはずの、祈りの言葉を。

 

「だから先生、どうか────」

 

 そうして、少女は言の葉を紡ぎ終え。

 しかし……なおも列車は止まらない。ガタンガタンと一定の周期で揺れながら、進み続ける。

 

 そこに、まだ乗客がいるからこそ。

 

「へえ……こうなるんだな。面白いというかなんというか」

 

 貫通扉を開けて、先生のいる車両に乗り込む一人の青年。

 総身を彩るのは常の黒色の正反対、一切の穢れなき純色の白。カツカツと、列車の揺れなど存在しないかのように彼は足音を鳴らし。

 

「…………」

 

 つい先ほどまで少女が腰掛けていた血の染みた席を、何かを想うように瞳を細めて眺めた。

 

「マクガフィン……!? どうして!?」

 

 その姿を見て、ようやく意識が覚醒したように先生が叫ぶ。がばりと身を起こす姿は、これ以上ないぐらいに彼の衝撃を示していた。

 対するマクガフィンは、パチクリと驚いたように一つまばたきをして、“いや、俺もこんな予定はなかったんだけど”と返す。実に対照的な様子だ。

 

「予定に、なかった……?」

「そそ。ほら、先生、黒服に言われたろ? 本船を使用したら取り返しのつかない被害に遭うって。まあ大丈夫だろうって事は識ってるけど、懸念点なのには違いないからな。一応待機してたのよ」

「いつのまに……」

「箱舟から帰した時についでに。っと、あー、ホシノたちが気付かなかったのは仕方ないからな? 待機してたって言っても分体じゃなくて神秘を固めただけの木偶人形だからな。その上で隠密に極振りして操作してたから、pathが繋がっててもそう簡単にはバレんよ」

 

 “とはいえ、カシスさんにはバレてたっぽいけどなぁ”、なんて続けて、青年は大仰に肩をすくめてみせる。

 

「で、そしたらなんか入り込めそうな感じだったから。扱いとしては精神の直結とか念話とか、その辺りになるのかねぇ……?」

 

 その後に繋げられた言葉も含めて、なんとも自然体な様子だ。おそらく、この対話がイレギュラーな物だというのも真実なのだろう。

 そう思考をまとめ、先生は会話へと意識を切り替えた。彼の側からコンタクトを取ってくるというのは、そうそうない機会であるからこそ。

 

「マクガフィン。君は、どうして私を護ろうとするの?」

「あなたが鍵だから。この世界を子ども達の青春の物語にするには、先生という存在が必要不可欠なんだ。だから、あなたにはこれからも生きていてもらわなくちゃ困るんだ」

 

 即答。

 きっぱりと、そしてすっぱりと。

 

 瞼を閉ざし、深く重い実感が乗せられたような言葉を青年は紡ぐ。いや、事実としてそこには実感が伴っているのだろう。

 彼は、色彩に深く触れ、さらには新たなる色彩になるまで至ったのだから。そこに保存されていた滅びの記録は、彼が識らなかった物も含めて既知のソレに変わっている。

 

「君はいったい、何をするつもりなんだい? まさか……」

「ここで命を使い切るつもりなんじゃないか、か?」

 

 以前から感じていた、嫌な予感。それが対面の青年の様子から急速に形をはっきりさせ始めたのに対しての先生の問いには、先読みしたようなマクガフィンの言葉が返された。

 そして、その後に否定の言葉が続けられないという事は。

 

「なんで……っ! 君がどれだけ想われているのかは分かってるんだろう!? なのに────」

「それが、それこそが俺だからだ。俺が見定めた、ただ一人、誰でもない“俺”にしかできない役割だからだ」

 

 再度、割り込むように紡がれる言の葉。

 迷いを表す揺らぎも、そして何かを抑え込むための平坦さもない。どこまでも力強い、声。

 

 世界に繋ぎ止めるための軛から真に解き放たれていることを示すその響きは、これ以上ないほどに眩しく、そして何よりも寂しい。

 彼はもはや一人でも終着点へと進めるからこそ。もはや誰との繋がりも意味を為さないからこそ。

 

「ああ、分かっている。これでも分かっているつもりさ。あの子たちは優しいからな。俺に情を覚えてくれていることは、分かってるさ。その上で突き進むってんだから、やっぱり俺は救いようの無い奴なんだろうな」

「ならどうして! それが分かっていて……きっと、君が犠牲にならないでもいい道はあるんだ!」

「ないよ。少なくとも、俺が見定めた『俺がこの世界に来た理由』を果たすには。他の道なんて、どこにもない」

 

 断言。

 諦観は込められていない。悲観も、そして絶望でさえも。

 

 あるとすれば、透き通った開悟の念だろうか。

 

「先生────“死んだ人間は、蘇らない”。だろう?」

「で、でも君は……」

「俺はあなたとは違う。先生にはなれない。だから、俺が何かを為そうと思えば、そこには必ず代償が必要になるんだ。結果的に、であろうとな」

 

 言葉にした響きへ納得するように。

 歩んできた歴程を振り返るように。

 

 深く頷いて、マクガフィンは続ける。

 

「だから────()()()()()、これが俺なんだ。最後に一つ、とびっきりの奇跡を遺すのが。きっとこの(神秘)は、そのために俺に宿ったんだ」

 

 その顔に浮かべられたのは、笑みであった。

 悲しみではなく、嘆きではなく、ましてや怒りでもなく。

 

 自身の生まれた意味を、自分が此処にある理由を果たせるのだと。

 そんな笑顔は、なるほど透き通った美しさがあった。言葉にするならば、眩しい光に触れた硝子か、はたまた手遅れなほど落ち切った底から見上げる水面だろうか。

 

 儚いようで、それでいて晴れやかなようで。もしかすれば、どこかの美術館に飾られていそうなぐらいに美しくて────

 

 

「ふざけないで! 自分から死を選ぶだなんて……あまつさえ、それが自分なんだ、なんて! そんなこと────そんな悲しいこと、あっていいはずがないじゃないか!!」

 

 

 だからこそ、先生には見ていられなかった。

 

「マクガフィン。たしかに、君はもう子どもじゃないのかもしれない。でも、君はまだまだ若い……ううん、幼いんだ。だから、そんな君が命を擲たなければならない義務なんてどこにもない。あるとすれば、それはその世界の“責任を負う者”にこそあるんだ」

「いいや、それは違う。それだけは違うぜ。あなたには生きていてもらわないと困るんだ。奇跡を必然としてなぞろうとする俺が消えたとしても、その先の世界をずっと。()()()()()()()()。俺じゃなくて、子ども達を」

「子どもじゃなくても、生徒じゃなくても! 君だって、この世界に生きる私の救けたい人だ!!」

「はは、それだけで俺には十分だ。いや、むしろ貰いすぎてるぐらいだ。……実を言ってしまえば、俺は本来この世界に居ないはずの存在なんだ。だから、頼むぜ、先生。これから先の世界を────子ども達の、明日を」

 

 ガタンガタンと続いていた振動が、不意に弱まる。

 それはつまり、列車が止まってしまったという事で。

 

 席を立った青年が、開いた扉の方へと歩を進めた。

 

「じゃあな、先生。俺にはまだやる事があるから、この辺りでお先に」

 

 遠ざかっていく。

 扉の奥から差し込む光に同化するよう、白ずくめの影が消えていく。

 

「最後にあなたのその在り方を間近で見れたのは、よかったよ。憂いなく託せる」

「マクガフィン、待って────!」

 

 消えていく、消えていく。

 対話は終わったと。伝えるべき事は伝え終えたと。

 

 どこまでも身勝手に、独りよがりな納得をして。

 

 消えて、消えて、扉が閉まる。

 残された先生は、再び揺れ始めた列車の振動と、浮上し始めた意識を感じながら。

 

「それでも、まだ……! まだ!!」

 

 力強く、その手を握った。

 

 

────────

 

 先生が目覚め、箱舟がバリアの次元を変えたことでブリッジが騒然としはじめた頃。

 甲板との出入り口に立って、並び合うように言葉を交わす二つ分の影があった。

 

「……姉さん。どうするつもりですか?」

 

 少女たちの名は天童アリスと天童ケイ。

 名もなき神々の王女でも、それに付き従う修行者たるkeyでもない、ただの天童アリスと天童ケイである。

 

 そんな二人は、吹き荒ぶ風にバタバタと髪を煽られながら見上げていた。

 視線の先には────遂に肉眼でも捉えられるようになった『アトラ・ハシースの箱舟』の多次元バリアが。

 

「……ケイ。アリスはあの日、ただの天童アリスになることを選びました。世界を滅ぼす名もなき神々の王女ではない、ただの天童アリスに。だから、プロトコルATRAHASISに関わる全てを放棄しました」

「…………もしかして、後悔、しているんですか?」

 

 どこか怯えるように、心配の色を隠しもせずにケイが問いかける。

 その選択のせいで、もしかすれば皆の力になれたかもしれないという可能性を消してしまったと。そう後悔しているのではないか、と。

 

 けれども、アリスはそんな問いにふるふると首を振る。

 

「後悔は、していません。こんな、いつまでも続いてほしいって思えるような日々(幸せ)に出会えたんですから。それを、ケイと一緒に過ごせたんですから」

「……それは、私もそうです」

 

 賛同の言葉は静やかに、けれども確かな感情を乗せて。

 両者ともに、騒がしくも幸せな毎日を心地よく思っていたのだ、と。

 

「アリスはあの日、勇者になりたいと思いました。初めて抱いた憧れである、勇者に」

「勇者……誰よりも先頭に立って、光へと手を伸ばす存在…………でしょうか」

「はい。そして、みんなと一緒に進む存在でもあります。……みんなの手を握って、繋ぎ止める。そんな存在でもあります」

 

 脈絡の無いようにも思える言葉は、しかし二人の間ではしっかりと文脈が成り立っている。

 共に生み出され、一度すれ違い、そして再び手を取り合ったからこそ。その姉妹の間には、とても深い想いが繋がっているのだ。

 

「……私も、そんなアリスの隣にいたいと思いました。いえ、今もずっと思っています。侍女として付き従うのではなく、あなたの隣で、いつまでも」

「はい! それは、とっても嬉しいです」

 

 今度は、ケイの側から言葉が投げかけられ。

 通じ合っていても、やはり実際に言葉にされれば嬉しいのだろう。アリスは、微笑みながら言葉を返した。

 

 けれども、はにかむような笑みは引いていく。

 

「……でも、アリスは『名もなき神々の王女』として。世界を滅ぼす存在として、生み出されました」

「……そして私も、王女の侍女である『key』として。終末を告げる引き金として、生み出されました」

 

 言葉はやはり、静やかに。

 事実を事実として認めているからこその落ち着きで、言葉は交わされる。

 

「はい。そして、やっぱりその事実は────」

「────いくつ否定を重ねても、消えません」

 

 一度は……否、何度であろうと少女たちは“そう”であることを否定してきた。

 課された役割を、産み落とされた目的から逃げ出してきた。

 

 だが、しかし。

 

 どれだけ目を逸らそうと。

 いくつ否定を重ねようと。

 

 その『事実』は決して消えたりせずに、その後ろをずっと付いてきていた。

 

 だが────いや、だからこそ、少女たちは言葉を紡ぐのだ。

 今一度、前へと進むために。一つの呪いとして刻まれたその誕生に、新たなる一石を投じるために。

 

 

「アリスは『廃墟』から出て。モモイと、ミドリと、ユズと、そして先生に出会って。勇者のようになりたいと思いました」

 

 

 天童アリスが、一歩を踏み出す。

 風の吹き荒れる甲板に、その先に待ち受ける『アトラ・ハシースの箱舟』へと立ち向かうように。

 

 

「けれど、アリスは魔王でもあります。世界を滅ぼす『名もなき神々の王女』でもあるんです。そして、そう生み出されたからこそ、ケイと……みんなと出会うことができました」

 

 

 風に攫われて消えた言葉に、けれども残された響きに納得したように、頷きが一つ。

 

 

「あの日、アリスに私のしたい事を聞かれて。私は、アリスの隣に居たいと思いました。どこまでも天真爛漫な『天童アリス』の隣に」

 

 

 続くように、天童ケイが一歩を踏み出す。

 騒乱の最前線に、姉を一人ぼっちにはしないようにするために。

 

 

「けれど、私は引き金でもあります。終末を最初に告げる『key』でもあるんです。そして、そう在れかしと望まれたからこそ、アリスの傍にいられました」

 

 

 

 

「「だから、アリスたちは『その全て』を選びます」」

 

 

 

 

「アリスは世界を滅ぼす『名もなき神々の王女』で、ゲーム開発部の『勇者見習い』で、そして何よりもただ一人の『天童アリス』です」

「私は王女を呼び醒ます『key』で、そそっかしい姉を隣で支える『アリスの妹』で、そして何よりもただ一人の『天童ケイ』です」

 

 静やかさが、厳かさに切り替わる。

 風を切り裂き、その宣言が響き渡る。

 

『アリスちゃん!? ケイちゃん!? そこで何をしているの!?』

 

 と、そこでようやく二人が甲板に出ていることに気付いたのか、ユウカの叫ぶような通信が鳴った。

 

「ユウカ、大丈夫です。安心してください!」

「ええ。だからヒマリ先輩もリオ会長も、そう心配しないでください。きっと、これが私たちの為すべき事なんですから」

 

 誕生の役割(呪い)から見れば随分な縁を結べたものだと、二人は顔を見合わせて。

 クスリ、と少しだけ息を漏らして。

 

「だって、これがアリスの」

「だって、これが私の」

 

 頷きを交わしながら、二人は更に踏み出す。

 

「やりたいことで、」

「なりたいもの、なんですから」

 

 いよいよ、その身から神秘が解き放たれる。

 その色は少女たちを表す青と赤紫の二色。

 

 ────そして、とある青年を思い起こさせる白色もまた、ほんの少しだけ。

 

「だから、魔法使いさんも安心していてください。アリスもケイも、こんな所で終わるつもりはありませんから」

「ええ。そして、物語がハッピーエンドで終わっても、その先にまでずっと私たちの生は続いていくんですから」

 

 その言葉通り、そこに一切の問題はなかった。

 なにせ、既にイレギュラーを……すなわち奇跡を起こす感覚は覚えているのだ。ケセドの鎮圧を行ったあの日に、漂う青年の神秘をどう扱えばいいのかは。

 

 とっくのとうに、理解しているのだ。

 

「さあ、ケイ! 始めましょう!!」

「ええ、アリス! 今、この瞬間から!!」

 

 斯くして、この地に新たなるプロセスが作成される。

 誰でもない二人の少女によって起こされる、新たなる奇跡が。

 

「“天童アリス”が要請します────どうか、この手に希望(ヒカリ)を!」

「“天童ケイ”が認証します────この先に、奇跡の導きを!」

 

 呼ばれる名は、プロトコルATRAHASISではなく、そしてウトナピシュティムの名でもなく。

 その原点(ノアの箱舟)と名を同じくしながらも、しかし全くの別の音。

 

 すなわち。

 

 

「「プロトコル ジウスドゥラの瞬き」」

 

 

 光が束ねられる。

 神秘が形を持つ。

 二人の少女が宙に投げた、二振りの愛銃を中心にして。

 

 それが指す事とは、つまり。

 

『そんな……神秘の物質化!? あり得ないわ!?』

 

 リオの驚愕が示す通りの事象。

 すなわち、新たなる色彩にまで至ったマクガフィンでさえ実現のできない、神秘を物理的な存在にまで昇華させるという超常(奇跡)であった。

 

 

「ケイ」

「アリス」

 

「「────行きましょう!!」」

 

 それは、正しく少女たちの祈りが籠められた奇跡であった。

 

 この日常が、この幸福がいつかは終わってしまうのだと理解して。けれどもそれが、今の日々がずっと続いてほしいという。

 ほんの少しだけ弱さの滲んだ、しかしどこまでも純粋な祈りが。

 

 その願いが形となった、そんな力であった。

 

 

「魔力充填────1,200%ッ!!!」

「ターゲット確認────照準、合わせました!!」

 

 

 故にその力は『対象の変質(アトラ・ハシース)』にはなく、ましてや『対象の解析(ウトナピシュティム)』にもなく、その先に。

 

 すなわち万物の固定化。

 あるいは────()()()()()()

 

 それこそが、プロトコル ジウスドゥラの瞬きの全てであった。

 

 

「「────光よッ!!!!!!!!!」」

 

 

 斯くして、遂に光は解き放たれ────アトラ・ハシースの箱舟を覆う多次元バリアを、完全に固定することで破壊してみせた。

 

 時は満ち、いよいよ少女たちは箱舟へと乗り込む。奇跡の後押しを受けて進む彼女たちに待ち受ける物は、はたして。

 

 

 




最後になりましたが、ラーメン小僧 さん、カカオ_ さん、評価付与ありがとうございました
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