【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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最後のチャンス、最後の戦い

 一切の対話に応じないシロコ*テラーによる妨害を受けながらも、先生たちが箱舟の第1から第4エリアまで全ての次元エンジンを破壊した頃。

 オペレーター陣がいつの間にか本船の管制システムにハッキングを受けていたことに気付き、騒然とし始めた────その、直後。

 

 これまで長く息を潜めていた青年が、その力を解き放った。

 

「こ、今度はなに!?」

「本船ではありません! これは……1,200m下方、アトラ・ハシースの箱舟最下層? そこにいったい何が……?」

「そんな事よりも早く箱舟との連結を解除するわよ!」

 

 起こった事象について思考を回すヒマリを叱責するように叫ぶリオが、地上のヴェリタスと共同で箱舟と本船の連結を解除しようとし。

 

「よし……成功よ!」

 

 そして、無事に連結は解除された。

 それはすなわち、とある青年の識る物語において特にギリギリであった『シャル・カリ・シャッリ回廊』の中継端末を青年が破壊したという事で。

 

 

 pathが繋がっているはずのホシノでさえ察知できないほどの隠密を以て、じっと子ども達を見守るようにしていた青年が、遂にその姿を晒したという事であった。

 

 

「……とにかく、まずは本船のセキュリティシステムを再設定する必要がありますね」

「それに、管制権の修復もよ」

「うふふ、そうですね。まあ、私とあなたが手を組むのなら余裕でしょうが」

 

 それぞれに言葉を交わしながら、しかし一同の前にはある問題が生まれつつあった。

 そう、現時点で、箱舟の無力化という目的に関しては達成が可能になったのだ。自爆シーケンスの実行、という形で。

 

「……ここに来て悩むなんて、らしくないわね。先生?」

『リオ?』

「もう一人のシロコとプレナパテスは、箱舟中央の『ナラム・シンの玉座』にいるわ。さっき、ハッキングの反応はそこから出ていたもの」

『……! それって』

 

 踊るように凄まじい速さでキーボードを操作しながら、表情を変えずにリオは語る。

 

「世界の存亡が懸かっている状況では非合理の極みでしょうね。でも、それでもそちらを選択するのがあなたなのでしょう?」

「……リオ。こういう場面でそう言えるようになっただけでも成長なのでしょうが、もっと直接的に言った方が伝わりやすいと思いますよ? 次に何かあってもこちらでどうにかするから、行けばいいって」

「…………仕方ないでしょ。まだ少し、苦手なのよ」

 

 並び合って荒らされた本船のシステムの修復作業を進めながら、リオとヒマリは言う。あなたの望むままに為せばいいと。

 そんなあなただからこそ、先生と仰ぐのだと。

 

 

 

 

 

 そして、彼女が声を飛ばすのは先生だけでなく。

 

『それと、ホシノ。私が最初に言う事でもないかもしれないけれど、あなたもよ』

 

 一度本船にまで戻ってきていたホシノは、そのリオからの通信に少しだけ表情を歪める。苦しさではなく、どちらかと言えば苦々しさの表れだ。

 

「……うへ、やっぱりバレちゃってるか」

『さっき反応のあった場所に、彼がいるんでしょう? なら、早く行きなさい』

「でも、もう一人のシロコちゃんは…………」

 

 正しく、少女は葛藤していた。

 この箱舟にまで来た最大の理由は、マクガフィンと名乗る恩人である青年だ。

 

 しかし、もう一人のシロコに何の感情も向けていないのかと言えば、それは間違いなく否であるのだ。

 それに、道中で度々妨害をしてきたシロコ*テラーの実力はかなり高かった。ここに集まったメンバーを思えば問題はないだろうが、自分だけ抜けて任せてしまうというのは……と、彼女が悩むには十分すぎる程であったワケである。

 

 そんな悩む彼女へと、しかしいくつかの影が近寄る。

 

「……ホシノ。あの子に倣うわけじゃないが、君に託すよ。彼が待っているとすれば、きっとそれは君なんだ。私はもう一人のシロコの下へ向かおう」

「……っ、セイアちゃん」

 

 最初に声をかけたのは、大きなキツネ耳の特徴的な少女。

 二丁拳銃をホルスターに収めたことで萌え袖に戻った腕で、セイアは“ぽすり”とホシノの胸を叩いた。流れ込むのは、その内心を表すようなまっすぐな神秘。

 

「正直、私だってあの人の所にすっごく行きたい。……でも、きっとここで向かうべきなのはあなた以外にいないの。一番あの人との関わりが深い、あなた以外には。だから、そこから逃げないで」

 

 続けて声をかけたのは、ホシノよりも薄い桃色の髪をした少女。

 セイアとは違って“ドン”と叩かれたミカの拳は、そのまま彼女の力強さを示すように神秘を託した。

 

「ホシノさん。アリスは、魔法使いさんに“天童アリス”としての生を肯定してもらいました。お礼を、言いたいんです。だから……よろしく、お願いします」

 

 次は、地に付いてしまうほど長い黒髪の少女。

 どこか静けさを覗かせながらお辞儀をすると、アリスはホシノの手を取った。繋がれた手から流れるのは、勇者に憧れる少女の祈りが籠められた、眩しいまでの神秘。

 

「小鳥遊ホシノさん。私が“天童ケイ”としてアリスの隣に居られる理由には、間違いなくあの人が一因にいます。だから、あなたに頼みます。為すべきと思った事を……そして、為したいと思った事を為してください」

 

 赤紫の瞳の少女もまた、姉に続くように言葉を紡ぐ。

 アリスとは反対の手を取ると、ケイはまっすぐに目を合わせて一つ頷いた。流れるのは、自分自身を貫くということを何よりも肯定するような柔らかい神秘。

 

「ん、ホシノ先輩。もう一人の私は任せて、今回はやりたいことをやってほしい」

 

 そして最後に、瞳を潤ませるホシノの背がそっと押される。

 彼女の背後には、これまでずっと先頭に立って守ってきた後輩たちが。直接背を押して神秘を託したシロコだけでなく、ノノミも、セリカも、通信越しのアヤネも、皆が“これが後輩の務めなのだ”と微笑んでいた。

 

「みんな、ありがとう。それじゃあ、私はあの人の方に行ってくるね」

『うん。行ってらっしゃい、ホシノ』

 

 先生の声も含めた全てに後押しされるように、小鳥遊ホシノは駆け出すのであった。

 さっきまでとは違って、たしかに感じ取れるようになった“彼”の感覚の方へと。

 

 最後の衝突は、きっとすぐそこに。

 

 

────────

 

 ざぁ、と風が流れる。

 ざぁ、と花が揺れる。

 

「……やあ。上じゃなくてここに来る人がいるとすれば、きっと君だと思ってたよ。まあ、本当に来るかは怪しいとも思ってたんだけど」

 

 鋼鉄の地面を埋め尽くす、茎も花弁も何もかもが白で編まれた花、花、花。

 その中心で佇むやはり白ずくめの青年は、手を組んでも跪いてもいないのにどこか祈るような空気を纏っており────室内の景色も相まって、酷く神秘的に映った。

 

「よく言うよ。ずっと隠してた気配を誘うみたいに分かりやすく出して、その上でセキュリティシステムも解除して待ってたくせに」

「でも、ここで最後まで逃げるのは不誠実すぎるだろう? ここが最期なんだから」

「いいや。ここをあなたの最後になんて絶対にさせない。あなたには、これからも生きてもらうんだから」

「……うん。答えはあの日に言ったから、もう大丈夫かな」

 

 受けて立つと言わんばかりに、青年の纏う空気が少しずつ切り替わる。

 これまでの、自ら亡き後を案じる殉教者のような静かなソレから、物理的な圧力さえ伴いかねない重いソレへと。

 

「……ところで、この花畑は」

「ああ、安心してほしい。限定的に『ナラム・シンの玉座』の環境を構築しただけ……って言っても伝わらないか。まあ、特に罠を張っている訳じゃないよ。俺が有利になる環境ではあるだろうけど」

 

 穏やかに微笑む姿からは、嘘の気配はしない。

 いや、そもそも彼が誰でもない“小鳥遊ホシノ”と向き合うと決めたのだ。そこに不誠実な細工が挟まれることは無いのだろう。

 

「……花、好きなの? いくつか種類があるみたいだけど」

「うーん。いや、そういうワケではないかな。ただ、昔だけど小説を書いたりしててね。いくつかだけど、誕生花や花言葉を覚えてたりしたから、さ」

 

 地に並ぶ花は、タツナミソウをはじめとし、赤いアネモネ────色は白色のため分かりにくいが、彼は赤いアネモネを意図している────やラッパズイセン、クチナシなど。

 青年がこの場に相応しいと思った花たちが、揺れるように咲いている。

 

「…………」

「…………」

 

 シン、と沈黙が満ちる。

 交わされていた言葉が止んだ結果の空白は、否応なしに場の緊張感を高め────そして。

 

「それじゃあ」

「ああ。始めようか」

 

 幾度と繰り返されてきたマクガフィンと小鳥遊ホシノの戦い、その最後となるであろう一戦の幕が、いよいよ切って落とされた。

 

 

 

 先手を握ったのは、マクガフィンの方であった。

 閃光で目くらましをしながら、青年はアウトレンジからいつものように神秘の鋼線を振るう。

 

 先んじてそれを読んでいたホシノは迎撃を選択。まず向かってくる糸を確実に撃墜し、その後に接近しようと構え……その目を大きく見開く。

 

「────っ!」

「さすがに、今回は簡単に切れないぜ?」

 

 起きた事象は、マクガフィンの口にした通り。

 ホシノが銃身から剣のように伸ばした神秘は、これまでとは違って鋼線を断ち切るには至らなかったのだ。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に爪先から神秘を放出し、その勢いで空中へと身を翻らせる少女。

 しかし、なおも追撃は止まらない。ひらがなの“つ”の字のようにターンした鋼線が、次は空中で身動きの取れない彼女へと殺到する。

 

 ホシノが盾を格納したままであるために格闘攻撃こそ入ってきていないものの、その代わりに振るわれる鋼線の操作精度は跳ね上がっているのだ。

 一度躱した程度で、その攻撃が終わるわけもなかった。

 

「────な、ら!!」

 

 ならばと、鋼線の密集箇所に狙いを定めて少女は引き金を引く。

 これまで数多の敵を沈めてきた《Eye of Horus》は十全にその破壊力を発揮、衝突に閃光と煙を散らしながら射程内の全てを消し飛ばす。

 

 全方向を囲むように彼女へと迫りつつあった拘束網に、穴が生まれた。

 

 刹那、それを確認するよりも先に背中から神秘を放出したホシノが、隙間を抜けるように着地する。

 

「チッ」

 

 一瞬可能性が見えたからか、回避されたことに白ずくめの青年から舌打ちが零れ。しかし、すぐさまマクガフィンは追撃を敢行する。

 そもそも、彼はこれまで少女に何度も驚かされてきたのだ。下手に手番を渡せばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 

 粉塵と光に遮られたその奥へと、神秘の鋼線が殺到した。

 

「……は?」

 

 が、響いたのは手応えに喜ぶ声ではなく、戸惑いを示す呆けた音。

 それが示す事とはすなわち、追撃を凌がれたという事であり。

 

「ようやく、その域にまで追い付いたよ」

 

 得意気な少女の声が示す通りに、ホシノに手番が渡りつつあるという事であった。

 

 

 ゴウ、と何か面状の物が振るわれたように風が吹き、煙が散る。

 その先にいたのは、盾を構えた小鳥遊ホシノその人であった。

 

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()小鳥遊ホシノであったが。

 

「今さら驚きはしないが……ホント、凄いな」

「どうも。素直に受け取っておくよ」

 

 その鋼線が薄桃色であることからも、誰でもない彼女がソレを扱っていることが読み取れる。

 故の称賛に、しかしホシノは冷静なままに対応。鋭い気配を纏ったまま、ゆっくりと深く踏み込んだ。

 

「じゃ────次は、私の番ね」

「────っ!?」

 

 転瞬、マクガフィンの真横にまでホシノが移動する。すなわち、無拍子とは似て非なる、刹那の間隙を縫う高速移動。

 神秘の放出をアシストに使った踏み込みは、以前までのような轟音を響かせずに蓄えた力を放出したのだ。

 

 一瞬だけ、青年の反応が遅れる。

 

(まずはここから!!)

 

 裂帛の気合と共に引き金は数度絞られ、銃口より無数の散弾が放たれる。

 

 至近距離どころか零距離での銃撃は、なるほど少女が手応えを内心で抱くほどなのだろう。

 少なくとも、いくらマクガフィンであってもここから境布────神秘の鋼線を布状に編み上げた防御技だ────を展開するのは間に合わない。

 

 しかし、少女はなおも手を緩めない。

 これまでに何度も、彼女は辛酸を舐めさせられてきたのだ。僅かにでも余裕を残してしまえばどうなるかなど、明々白々という物だろう。

 

 故にホシノは胸部のホルスターから()()()()()()()()()()()拳銃を抜き放ち、連続して引き金を引く。

 放たれるは────彼女の辿り着いた一つの解。すなわち、純度100%の神秘で構築した弾丸である。

 

 これが再誕前の彼であったのならば……いや、今より少し以前の彼であったのならば落とせていただろうという攻勢。小鳥遊ホシノという少女の決意を窺わせるソレの結果は、はたして。

 

「いやぁ、ちっと前に練習しといてよかったよ」

「────っ!?」

 

 うなじを撫ぜるようなヒヤリとした感覚に従い、少女がバックステップで大きく距離を取る。

 硝煙の晴れた先には、一切の手傷を負っていないマクガフィンの姿と。

 

 その周囲で光を反射しながら舞う、六角形状のバリアが。

 

「防御力自体は境布よりかは落ちるが……代わりにこの速度で展開できるのはやっぱり便利だな」

 

 コキリと首を鳴らしながら、青年が少女を見返す。

 交差される視線は、同じ感情と共に。

 

(やっぱり……)

(一筋縄じゃ、行かないな)

 

 互いの感情を互いが理解し、しかし笑みは零れない。

 二人の間を繋ぐpathは、それだけでなくいくつもの感情を伝えあっているからだ。

 例えば、互いにまだ伏せ札を残していることや。

 

 それに。一瞬の隙を突いて優位を握りに行こうと、機会を窺っているということなど。

 

 今すぐにでも崩れかねない、けれどもどう足掻いても崩せそうにない膠着。緊張が空間を満たし、そして。

 

「しまっ────」

「────先手、貰ったぜ」

 

 一瞬。

 ホシノがまばたきをしたその一瞬で、マクガフィンが動く。生理現象から解き放たれたからこその先制攻撃は、数段の時間差を挟みながら少女へと襲い掛かった。

 

 まずは右手で手繰った神秘の鋼線が差し向けられ、続けて左手の操る耐久よりも隠密性を優先した鋼線が少女の背後から襲い掛かり、僅かなタイムラグと共に本体である彼が突撃する。

 二の矢、三の矢を迷わずに放ちながらの攻撃は、やはり青年が彼女に対して最上級の警戒を抱いていることを示している。

 

 だがしかし、それすらも超えるのが小鳥遊ホシノという少女なのだ。

 

「うっそ…………」

 

 後手に回ったはずの少女が、しかし圧倒的な速さで盾を構える。

 本来ならば青年の操る鋼線の防御には向かないはずのソレは、しかし彼女の神秘を桃色の光として纏い────そして触れた鋼線を片端から消し飛ばした。

 

 続けて、背後から襲い掛かりつつあったはずの鋼線が、少女を覆うように展開された半透明な薄桃のバリアに遮断される。

 

 青年が、信じられない物を見たように目を見開いた。

 

 

 それは、今の小鳥遊ホシノが《IRON HORUS》を構えたからこそ起きた現象であった。

 青年の知らぬいつかの世界にて“臨戦”の枕詞を付けられるであろう、今の小鳥遊ホシノだからこそ。その防御力は、そもそも相手の攻撃を遮断してダメージを無効化する域にまで達している。

 

 加えて、この世界の彼女は、遂には神秘の操作精度を青年と同次元にまで昇華させているのだ。並大抵の攻撃は、無為として散るのみであろう。

 

 だが、それを見てもなおマクガフィンは止まらない。

 合理的に考えれば退くべきではあるが……しかしこの状況でホシノに手番を渡してしまえば、最悪そのまま趨勢が決してしまいかねないほどに悪い流れができているからだ。

 

 退くも地獄、進むも地獄。

 

 ならば。

 否、なればこそ。

 

 

(ブチ破る!!)

 

 

 白光を軌跡に、青年の右拳が振り抜かれる。

 

「おおッ!」

「ぐぅっ!」

 

 衝撃。

 轟音。

 

 防御したバリアと盾越しに少女へと風を浴びせる一撃は、しかし声を僅かに漏らすのみ────

 

(二発っ目!!)

 

 再度、衝撃。

 先を上回る轟音。

 

 腕を振り抜いた姿勢のまま、拳の形を掌底に変えたマクガフィンが打撃を放つ。

 拳を振り抜けずとも、脚、腿、腰、胴、肩と伝達された力は十分に過ぎる程に。例えるならばパイルバンカーのように右腕から衝撃を放ち、ホシノの展開した薄桃のバリアへと罅を入れる。

 

 マクガフィンの振り抜いた右腕と、ホシノの構えた盾との接触点に、いよいよ橙に火花が散り始め────

 

(三発ッ目!!!)

 

 今度は反動に従って右腕を引いた青年が、動きの流れを殺さずに左拳を打ち放つ。

 狙い過たず先の二撃の着弾箇所を襲わんとする拳が、遂にその防御を貫かんと進み、しかしその刹那。

 

「舐めるなぁぁぁあ!!」

 

 盾越しに《Eye of Horus》を構えたホシノが、そのトリガーを引き絞る。

 しかしそのマガジンにあった弾丸は既に全て撃ち放たれた後。すなわち、その銃口から発射されるは神秘弾に他ならず。

 

 故に、青年がそれを読んでいないワケがなかった。

 

 ニィッ、とマクガフィンの口角が上がり、編まれた像に空洞が作られる。

 ホシノの放った神秘弾は、なんの効果も発揮できずにその空洞を通り抜けていった。

 

 だが、刹那。

 

「うん。あなたなら、()()()()()()()()()

 

 須臾にも満たぬ一瞬では聞こえぬはずの声が青年の耳朶を叩き、再度引き金が引かれる。

 

 銃口より放たれるは────薄桃の神秘を纏いながらも、確かにそこにある()()

 

「なっに────ッ!?」

 

 事象は刹那、然れど同時に。

 

 

 マクガフィンの左拳がホシノの撃った散弾が

 遮蔽物としてホシノが展開したバリアを砕く無防備なマクガフィンの胴を砕くように穿つ

 

 

 

 ドサリ、と上半身だけになったマクガフィンが吹き飛ばされ。

 しばしの沈黙が、周囲に満ちる。

 

 青年は得心に。

 少女は警戒に。

 

 静寂が空白のように、白に覆われた室内へと広がる。

 

「なるほどなぁ……そりゃ、神秘の鋼線で弾の装填もするよな」

 

 口火を切ったのは、青年の方。

 それが、彼自身は銃を使わないが故に抜けていた使い方に『なるほど』と言葉を零す。手を使わずに装弾ができるのならば、そちらを選ぶのは当然だと。

 

 対するホシノは、静かな表情で薄桃の鋼線を操る。

 シュルシュルと動くそれは、ともすれば手でやるよりも早いのではという滑らかさでEye of Horusのマガジンに弾を込めた。

 

 カチャリ、と装弾を終えた愛銃を少女が構え直す。

 目の前の姿は神秘で構築されただけの像であることを、そして何よりもこれで折れるような人ではないと知っているが故に、その姿に油断は欠片も存在しない。

 

 対するマクガフィンは、編み直した下半身で反動を付けて起き上がると、右手を顔から少し離れた辺りに置く。

 左手でその手首を握るようにして眺めること数瞬、コクリと一つ青年は頷き。

 

 まっすぐにホシノの方へと向けて、開いた状態の右手を構えた。

 

「……ホシノ。君を信じて、俺は俺の可能性をここに見せるよ」

 

 

 ────だから、ちゃんと耐えてくれよ?

 

 

「っ!!」

 

 白ずくめの像から無数の煌きが(イロ)を溢れさせ、同時に伸ばされた右手が揺らめく。否、組み変わる。

 先の感覚とは比べ物にならないほどの寒気に、少女が自分自身の腕で盾を構え────

 

 

知識は博く深淵をも照らし上げる

 

 

 

 刹那、閃光が世界を蹂躙する。

 暴風、轟音、そして熱に衝撃。

 

「────っ!!」

 

 余波だけでも十分に危険なソレを全霊を以てホシノが押さえ込むこと数秒、ようやく光が薄れ始めた。

 

「……っはぁ、はぁ」

 

 立ち込める白煙の中でも分かるのは、先の攻撃がもたらした被害の重さ。

 まっすぐ線状に花々は抉られ、ホシノが盾で散らした閃光によって天井などまで溶かされている。

 

 荒く息を吐きながら、ホシノはその光景に肌が粟立つのを感じた。

 

(なんて破壊力……これじゃまるで)

 

「デカグラマトンの預言者みたいだ、かな?」

「……女の子の心の中(大事なトコロ)を見るなんて、いけないんだ」

「別にpath使って覗き見たりしてないわ! つか誤解を招く言い方は止めろって言ったよね!?」

 

 煙が晴れたその先には、ツッコミを入れた通りに憤る青年の姿が。

 しかし、自然体なまでに軽妙なその姿には、一点だけ自然ではない部分が。

 

「……その、右手」

「ああ、これ? さっき君が考えた通りだよ。俺がデカグラマトンの預言者として……つまりダアトとして完成した世界線の腕。さっきのはこの世で最も破壊力の出せる技を『知識』で探って模倣したモノだ」

「ダアトとして完成した、世界線……?」

「言い換えれば可能性の励起だな。この箱舟の中は……特に俺が再現した『ナラム・シンの玉座』の内部は次元、時間、実在の有無までもが混ざり合った空間だから、それを応用してね。まあ、()()に関しては俺が色彩にまで至れたからできる技なんだけど」

 

 スパークを散らす右手を見下ろしながら、青年はニヤリと口角を上げる。悪戯がうまくいったのを喜ぶかのように、あるいは、相手をうまく策に嵌めたぞと満足するように。

 いよいよ最後のピースまで揃い切ったぞ、と。

 

「……さて、君は俺に説明されて、そして絡繰を理解したね。ありがとう。そのお陰で……俺以外の観測者が認識してくれたお陰で、可能性の共存は完成した」

「待って……それ、つまり」

「ああ。君がこれから相手取るのは、無数の世界線、無限の可能性を一つに集約した『マクガフィン』だ。悪いね、不平等で。ただ────勝たせてもらうよ」

 

 瞠目する少女へと得意気に語ると、右手を元に戻しながら青年は告げる。

 これが、これこそが自身の至る最強の姿だと。

 

 対するホシノは、それを呆然と眺めて。

 そして、一言。

 

 

「なぁんだ。考えることは(おんな)じだったんだ」

 

 

 その一言で理解できてしまったのだろう。

 今度は青年の方が目を見開きながら、“まさか”と呟き────その頭上に、()()が降り注ぐ。

 

 それは紛う事なき聖園ミカの技であり、すなわちそれが指す事とは。

 

「託された他人の神秘を媒介に、他人(持ち主)の可能性を再現する……だとっ!? イカれてんじゃねえの!?」

 

 ふざけんじゃねえと言わんばかりに叫ぶ青年に、次はレールガンの閃光が襲い掛かる。

 続けて、まるで回避方向を予知しているかのようにSGの掃射が放たれ、最後に再び隕石が降り注ぐ。

 

「……っふぅ、はぁ。中々、キツイねぇ」

 

 そこで連撃の限界が訪れ、少女が息を吐くと共に攻勢が止まる。

 転瞬、立ち込める煙を貫いて即座に襲い掛かるは、白ずくめの青年が手繰る神秘の鋼線。先の一合から学習したらしく左右両方から殺到する鋼線は、遮蔽物であるバリアでは防げないだけの威力を備えている。

 

 が、しかし。その射線上、盾のない側に束ねられた神秘が実体を持ち、IRON HORUSと同様の盾へと変性する。

 

 結果、マクガフィンの行った挟撃は()()()()()()()()()()()()ことで跡形もなく消し飛ばされた。

 

「まあ、そりゃそうだよなぁ。アリスとケイの力があるんだ、もう一個盾創るぐらいは余裕だよなぁ」

 

 “さっきもレールガン創ってたんだし”と溜息を吐くように声が響き、発言者である青年が腕を一振りすることで煙が散らされる。

 ようやくマトモに視界の通るようになった室内には、向かい合う二人分の影が。

 

 片方は総身を白に染め、その周囲に無数の願いを煌めきとして彩らせる青年。

 もう片方は防弾装備を纏い、両肩の上辺りに二つの盾を構え、そしてその両手に二振りの愛銃を構える少女。

 

 互いにその瞳に無数の光彩を揺らめかせながら、いくつもの可能性をその身へと降ろした姿で。互いに正しく相手を理解して、呆れたように苦笑を零す。

 

「いや、なんでコレが被るんだよ」

「それ、こっちのセリフなんだけど」

 

 肩をすくめて見つめ合う二人は、心の底から苦笑を浮かべる。

 よりにもよって、どうして隠していた切り札が同じ結論のソレになっているんだと。

 

 色彩に深く触れ、更にはいつかにあった願いを束ねる事で新たなる色彩へと至り、そうして編み出した切り札が。

 彼の魂の欠片を取り込み、願いを同じくする何人もの仲間たちに神秘を託され、更には箱舟の環境から着想を得たことで実現した切り札が。

 

 それがほとんど同じ形であったとは、なんとも因果なコトだと。

 二人は笑みを交わす。

 

 笑みを交わして────

 

「そんじゃ……」

「うん、再開だね」

 

 激戦の第二幕が、再び開く。

 

METEOR(降り注げ)ッ!!」

「見えてるっーの!」

 

 もはやそれは人と人の戦いには非ず。

 交わされるは銃弾と鋼線ではなく、隕石に熱線、光線。超常の災害たるそれらを束ね、その身に降ろし、かくして両者は人の次元を超える。

 

 子どもを相手に初となる本気を出すマクガフィンの手繰る神秘の鋼線は、既に絶死の刃となって久しい。一度振られれば降り注ぐ隕石群が賽の目に斬り裂かれ、二度目には少女の展開する障壁を破壊せんと向かう。

 合間を縫って放たれるは、ダアトと成り果てた可能性世界における多種多様な武装群の攻撃。開幕の光線だけでなく、ミサイルに火炎放射、果てはパイルバンカーといった無数の攻撃法は、少女へと確かな負荷を与える。

 

 が、その全てを防御し、更には撃ち抜き、撃ち落としながらホシノは駆ける。一度手が掲げられれば雨のように隕石群が降り注ぎ、上げた手が下ろされる頃にはそこに創り上げられたレールガンが光を放つ。

 合間を縫うように青年の未来が読まれ、少女本来のSGによる掃射までもが挟まれながらその攻勢は強まっていく。

 

「くっ……!」

「チィッ!」

 

 幾人もの可能性を振るう少女を相手に、青年の『知識』は曖昧な結果しか出力せず。

 幾重もの可能性を切り替えながら戦う青年もまた、少女の視る未来の光景を乱しながら迫る。

 

 一瞬の判断ミスが全てを決しかねない状況で、されど両者に一切の失敗は存在しない。

 弛みなく、揺らぎなく。その攻撃は、防御は、迎撃は、回避は、攻防の一切はいっそ美しいまでに交わされる。

 

 互いに、これ以上ないというほどの全力をぶつけ合っているからだろうか。

 ふと、両者の顔に笑みが宿る。

 

 舞い散る神秘は火花のようで、弾ける様はどこまでも美しい。

 その心が通い合っていることを証明するように。苛烈な戦闘に反して、その雰囲気はどこか柔らかなソレ。

 

 共に、互いが互いに相手のことを想っていると伝わっているのだ。交わされる神秘を通じて。繋がった魂のpathを通じて。

 いっそ、痛いまでに。

 

 

 しかし、そんな只中。

 いよいよ、ホシノの攻撃がマクガフィンの身を捉える。

 

「よし────」

「────とでも? 甘い」

 

 消し飛んだ右腕が、コンマ数秒のラグもなく再生した。

 一つの可能性、治癒・再生に全ステータスを特化させた世界線におけるマクガフィンの力である。

 

 これまで伏せていたソレが狙い通りに隙を生み出したことを認識すると、更に青年は次の手を打つ。

 

「消えた……!?」

 

 言葉は無く。

 前兆も無く。

 

 その姿が掻き消え、刹那、ホシノの視る未来が歪む。

 

(背、後────)

 

 これもまた、マクガフィンに有り得た一つの可能性。

 キヴォトスに降り立った頃の『薪浪彩土』の神秘の元になった、二種の奇跡の内の片方。すなわち『異世界転移』のテクストが『死者蘇生』よりも強まった世界線における、空間跳躍(ワープ)の力である。

 

 本来付けられていただろう名を呼ばれずに発現させられたその力は、距離で言えば僅か数メートル程度しか飛ぶことはできない。

 だが、それ故にその奇襲性能は初見殺しの域にまで高まっており、そしてこの場においてはその“数メートル”で趨勢は決する。

 

 それを理解し、後手に回った少女は────

 

「おい、嘘だろ」

「っ()────!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 零距離、視線が交差する。

 

 

『仰ぎ見よ、知識の瞬きを』

電磁砲レールガン聖者を穿つ瞬きロンギヌス

 

 

 青年が光を放つ。

 少女が、こちらも伏せていた特効となる力を解き放つ。

 

 互いに必中、何があろうと外しようは無い。

 

 はたして、その結果は。

 

「く……そ…………」

 

 胴体を丸々消し飛ばされた白ずくめの青年が、余波に耐え切れず吹き飛ばされる。

 対する少女は、隕石の直撃によってダメージを負いつつも確とその両足で立っている。

 

 これにて幕引き。

 決着は付き、マクガフィンの歴程は────

 

「ま、だっ……」

 

 神秘が揺らぐ。

 舞い散る様は、火の粉のように儚く、然れどどこまでも鮮烈に。

 

 今一度、輝きを灯さんとするかのように。

 

 

「“再降臨”っ! だっ!!!」

 

 

 再度、その足が強く地を踏みしめる。

 眩く後光さえ煌めかせながら双翼を背にはためかせる姿からは、落ちかけた数瞬前の勢いなど欠片も見当たらない。

 

 何故ならば────彼は、彼に関する総ての可能性を顕現させられるのだ。

 すなわち、再誕でさえも。

 

 だが、それを見ようと少女も折れはしない。

 

「私、だって……ッ!!!!」

 

 再び立ち上がってくるのならば、何度だろうと倒すだけだと。

 裂帛の気合と共に再度その足が踏み込まれ────遂に、その身に宿した全ての神秘(可能性)が輝きを放つ。

 

 すなわち、魂の欠片ごと最初に取り込んだマクガフィンの神秘と、背中を押される形で最後に取り込んだ砂狼シロコの神秘が。

 

 その背に二翼一対の翼が宿り、少女を後押しするように力を増幅させる。

 両肩の盾とその翼の間を編むように半透明の羽衣が生まれ、その身に宿した無数の光彩(神秘)を揺らめかせる。

 

 どこかマフラーのようにも見える、そんな薄桃と水色の羽衣が。

 

「ホシノッ!」

「マクガフィンッ!」

 

 互いが最後の力を振り絞っていると、これが最後の一合になると理解し、その名が呼ばれ。

 

 

 

殉教者は知識を胸に果てへと旅立つDomine, quo vadisッ!!!」

「『電磁巨砲レールカノン未来を縫い留める祈りの瞬き私たちの願いの物語』ッ!!!」

 

 

 

 

 光が、正面から衝突した────

 

 

 

 

 




最後になりましたが、Parcy215 さん、Shin85 さん、にけ さん、レイドラ さん、評価付与ありがとうございました!
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