「『殉教者は知識を胸に果てへと旅立つ』ッ!!!」
「『電磁巨砲:未来を縫い留める祈りの瞬き』ッ!!!」
衝突する。
光が、願いが。
二人が、心の底から望む物が。
決して譲る事のできない物が。
白ずくめの青年は、その右手に無限の可能性を同時顕現させ。
桃髪の少女は、Eye of Horusを中核に託されたいくつもの想いを乗せて。
互いに、無数の光彩を揺らめかせながら。
煌めかせながら。
衝突する。
交差する。
交錯する。
混ざり合うようにぶつかって、反発し合うように一つになって────数秒。
光が薄れ、霧が晴れるみたく元の光景が広がる。
立つ姿は一つ。
力なく倒れる姿も一つ。
勝者は────
「ごめんな、ホシノ」
白に染まった、青年であった。
「どう、して……」
倒れ伏す少女が、涙さえ溢れさせながら呟く。
どうして、この身体はもう動かないのだと。
どうして、この手はいつも届かないのだと。
────どうして、あなたは止まってくれないのだと。
慟哭は短く、されど鮮烈なまでに。
いくつもの感情が籠められたその声は、否応なしに少女の内心を理解させる。
いや、その声だけではない。
這いずってでも手を伸ばそうとする姿が。疲労と粉塵に塗れながらも前を向くその顔が。どこまでもまっすぐに、小鳥遊ホシノという少女の想いを伝えていた。
しかし、それを受けてもなお。
白ずくめの像を端から燃え散るように薄れさせる青年は、止まらない。決して立ち止まらない。彼もまた、譲れない想いを胸に抱いているからこそ。
「……ごめん。俺は、君が悲しむと理解して、それでもこの命を使い切ろうとしている。とても酷いことだ」
ポツリと響いた謝罪は、何よりも純粋な内心の吐露だ。
それは、かつてとは違って他者からの思いにも目を向けられるようになったという変化の証で、そしてそれでも終着点へと向かう足を止めないという純化の証でもあった。
……あるいは。
それは、他者からの思いに目を向けられるようになっても────結局最後の最後までそれがどれほどの大きさで、そしてどれほどの重さであるのかを理解できなかった、そんな青年の鈍さの証なのかもしれない。
一つではない真実は重なり合って、ただ一つ、青年が静かな表情で謝ったという事実だけを残す。
それを、その本心の発露を受けて。
少女は。
呆然と目を見開いて、すぐに込み上げたものを吐き出すように言葉を紡いだ。
「なら……っ! なら、どうしてっ!!」
「でも! でも、見つけちゃったんだ。一つの悲劇を、ほろ苦い終わりをどうにかできる方法を。自分自身の生を呪っていたあの子に、ほんの少しでも救いを残せる術を」
何故を問う叫びに割り込むように語られたのは、ピントがずれたような言葉。それでいて、何よりも的確に青年の望みを言い表した言葉。
かつて彼自身もそうであったからこそ、とある少女の呪縛を解いてあげたいという。
かつては彼も“先生”としてその在り方を看取ったからこそ、最期まで子どもを案じて託した大人を救いたいという。
つまりは────見え透いた悲劇をどうにかしたい、という。
薪浪彩土の始発点にあった、そして再誕を経て取り戻した、どこまでも純粋な想い。願い。
それこそが彼の全てであるからこそ、青年は語る。
「君が俺のことを想ってくれているのは知ってる。それでも逝こうとしてるんだから、恨んでくれていい。俺を酷い奴だって、最低の奴だって。君にはその権利があるし、正当性もある」
「いや……いや、だよ。ねえ、行かないでよ…………」
その歴程がどうであれ。
自らが原点を想起し、再誕を果たし、更には未練という繋ぎ止めるための軛からも解き放たれてしまった青年は、もう止まらない。
もはや揺らがない。
その在り方の強固さを暗示するように、ピントがずれた言葉はずれたままに紡がれ続ける。
「大丈夫。今だから言うけど、俺は本来この世界にいなかったはずの存在なんだ。だから、俺の存在も、その痕跡もきっといつかは風化する。君の悲しみだって。大丈夫、また笑える日は来るんだ」
見え透いた一つの悲劇を。
ほんの少ししか救いが残されなかった筋書きを。
子ども達に襲い掛かる不幸をどうにかできるのならば……彼には、見て見ぬふりなど絶対にできない。
この世界を、そこに生きる子ども達を心から愛しているからこそ。
悲劇のような歴程を経て、悟るように願いを抱いたのだからこそ。
「私は……私は、そんなもの望んでないの。あなたに、生きていてほしいの。ユメ先輩を救けてくれたあなたに。たくさんの子を救ってきたあなたに」
いつの間にか、室内には再び花が咲いていた。
二人の衝突で、無茶苦茶に荒れていたはずだというのに。辺りは、純白の花で満たされていた。
ゆらゆらと花弁を揺らす様は穏やかで、そして静やかだ。
それは、両者の声もまた。
「ねえ……どうして、行っちゃうの? やだよ、私は…………」
「うん。……うん。それだけで、俺には十分すぎるんだ。君にそう言ってもらえただけで。君に惜しんでもらえただけで。ただのエゴから始まった道の先で、君にそこまで想ってもらえただけで」
いっそ密やかなまでの静けさで、言葉は交わされる。
認識はズレたまま、けれども心根は真っ直ぐに。
死に装束みたく染み一つ無い花に囲まれて、白に総身を彩られた青年が笑みを浮かべる。無垢に、無邪気に、透明に。
自身の死期を悟った者が、あるいは自ら死地へと赴く殉教者が浮かべるような。
どこまでも綺麗で、最低なぐらいに見ていられない笑顔を。
「ごめん。そして、ありがとう。一番好きだった君にそう言ってもらえたなら、そこまで想ってもらえたなら────俺は、この生涯は間違いなく幸せだった。それだけで十分なんだ」
「やだ……待ってよ。私は、私は────」
不意に、言葉が途切れる。
引き留める言葉が。
否定を訴える言葉が。
白に染まった青年に抱きすくめられた少女の、震える言葉が。
「大丈夫。大丈夫だよ、ホシノ。君は強い子だ。きっとまた笑える。あの人もすぐに目覚める。紛れ込んだだけの俺なんかに足を取られないで、自由に生きていけるさ」
「────ぇ」
「大丈夫。今はちょっと辛いかもしれないけど、きっと朝は来るんだ。透き通った、綺麗な朝が。そしたら、また笑えるよ」
その想いを代弁するように、抱きしめる白の腕に力が入る。
強く、きつく、それでいて宝物を大切に抱えるように。
驚くように見開かれた橙と青のオッドアイから、雫が流れ落ちた。
「バイバイ、ホシノ。きっと、幸せになってね」
キラキラと光を反射する雫が顎を伝い────地へと落ちる寸前。
そんな言葉を最後に、少女は。
小鳥遊ホシノは、マクガフィンの神秘に包まれて、上空75,000メートルの箱舟から地上へと送り出された。
伸ばした手は微笑む青年には届かずに、虚しく空を切った。
────────
小鳥遊ホシノとマクガフィン、両者にあった2年以上の歳月の因縁に一つの幕引きが訪れてからしばらく。
シャル・カリ・シャッリ回廊より1,200メートル上方、ナラム・シンの玉座においても一つの決着は付きつつあった。
「どうしてっ……どうしてぇっ!!」
いよいよ以て抵抗のできなくなったシロコ*テラーが、地に蹲るようにして叫ぶ。
どうして私だけ、と。
どうしてあなた達だけ、と。
どうして────どうして、こんな風になってしまったのだろう、と。
「…………」
重い沈黙が、周囲を満たす。
誰も、何も口にすることができないからこその、必然的な静寂。空白の中には、シロコ*テラーの嗚咽だけが虚しく響いている。
けれどもやはり、この世界の先生たちには簡単に言葉を紡ぐことはできない。
全てを知ってしまったからこそ。別の世界にて起きた悲劇を理解してしまったからこそ。
そして、どうしてシロコ*テラーがああも必死に抗ってきたのかが、分かってしまったからこそ。
そう。ある意味、この
なにせ、シロコ*テラーはただ一人で戦っているのに対し、この世界の生徒たちはサポーターを除いても10名もいたのだ。
つまり、リンやリオ、ヒマリなど多数の生徒が補助に入ったからこそどうにか指揮できただけであって、本来ならば先生であっても扱いきれないほどの人数が一度に会していたわけである。
さらにさらに、その中には聖園ミカに百合園セイア、天童アリスと天童ケイ、そして砂狼シロコというキヴォトスでも有数の実力者が揃っていたということで。
むしろ一時であろうと拮抗できていたシロコ*テラーがおかしい程なのだ。
だがしかし、そんなことは慟哭する彼女には何の意味も持たない。
一度でも負けてしまえば、何もかもが“おしまい”になってしまうのだ。当然だろう。
「────っ。分かり、ました。それが先生の望みならば」
と、そんな少女の前に、護るように進む一つの影が。
「プレナ、パテス……?」
シロコ*テラーの指揮を行っていた、プレナパテスである。
「────あなたのせいじゃないよ、シロコ」
弱々しく掠れた声は、けれどたしかに響く。
脆く震える肢体は、けれど折れない力強さで動く。
ウトナピシュティムの本船が突撃してくるよりも前、穏やかに眠るシロコ*テラーを送り届けた白ずくめの青年を思い起こしながら────プレナパテスは、果たすべき責任を果たさんとする。
『せ、先生! 箱舟の全エネルギーが、プレナパテスに集中しています!!』
起こった事象は、アロナが先生に叫んだ通り。
色彩の嚮導者へと成り果てた大人の頭上に、ブラックホールの如きエネルギーの集積体が生まれた。
「マズ────」
薄青の輪郭を帯びるそれは凄まじい速度で膨張し、先生たちが何かをするよりも先に解き放たれる。
「────え?」
轟音。
衝撃。
粉塵。
しかし、呆ける一同を置いて事態は進行する。
『なっ────先生! アトラ・ハシースの箱舟の自爆シーケンスが、たった今実行されたわ!』
続けて響いたのは、耳を劈くような警報音と、通信越しのリオの叫び。
それを肯定するように、箱舟の各所から衝撃と爆発音が連続する。
『ギリギリ全員分の脱出シーケンスの構築は終わってるわ! 詳細は分からないけど、ホシノはおそらく彼が脱出させた後のはず! 先生、そちら側の避難をお願い!!』
切羽詰まったその声は、現在の状況を分かりやすいまでに表している。いかに生徒の身が頑丈であるとはいえ、上空75,000メートルに備えなしに放り出されては一溜まりもないのだ。
ましてや先生に至っては、万に一つどころか億に一つも生存の可能性は無いだろう。
けれども、そんな緊急事態の中で、先生はゆっくりと前へと進み出た。
歩む先には、プレナパテスの姿が。
『────ありがとう。生徒たちを、よろしくお願いします』
たしかに耳朶を震わせた声は、死に絶えたはずの大人の声。
それを、先んじて予想していたかのように唇を引き結んで、先生は聞き届けた。
「分かった」
返答はただ一つ。
装飾の一切が剥がれ落ちたような、最小限の言葉。
その内心ではいくつもの感情が、想いが渦巻いていた。
それは、最期まで生徒を案じる在り方への敬意であったり。
ボロボロになって、いくつもの大切な物を失った姿への憐憫であったり。
あるいは、どうして誰も彼も私に託して勝手に逝こうとするんだ、なんて怒りであったり。
そして────自分もまた大人としての責任を果たさなければ、という覚悟であったり。
無数の想いが乗せられたからこそ端的になった了承の言葉は、けれども互いが『先生』どうしだからこそ十分だったのだろう。
先生は、プレナパテスが安心したように目を閉じたのが分かった。
かくして、先生は
リオの構築した脱出シーケンスは十全にその機能を発揮し、先生の護るべき生徒たちを地上へと避難させた。
ナラム・シンの玉座に残されたのは……アロナと
『せ、先生……自分用のシーケンスを、シロコさん、に…………?』
「あはは……ごめんね、アロナ。これで、お別れかな」
力尽きたように倒れ伏すプレナパテスにもう一度視線を向け、瞼を下ろして頷くようにして。
その後、くしゃりと笑うように先生はアロナへと答える。
『先生……っ! そんなっ!!』
「私は無理だろうけど……うん。その代わりに、あの子に手を差し伸べてあげてほしいな。お願い、できる?」
迫りくる崩壊は、されどまだ“ナラム・シンの玉座”にまでは到達していない。
僅かに残された猶予で、先生は外の景色が見える場所へと移動する。道中で口にするのは、謝罪とお願い。
託された生徒を想う、そんな言葉であった。
「本当に……ごめんね、アロナ」
穏やかに微笑み、先生は青い世界を眼下に見下ろす。
透き通った笑顔は、かつて白ずくめの青年が浮かべていたものと同様に。すなわち、自ら殉教の道を選んだ者特有のソレであった。
だが、それを前にしてもアロナは諦めない。
『まだ……それでもっ』
『────? ここ、は?』
『助けてくださいっ! 私一人じゃ力不足なんです! どうか、先生を……!!』
『……理解。状況を、確認。分かりました。私が力になります、アロナ』
頷き合った二人の少女が、その手を重ねる。
祈り合うように、額を合わせる。
その中心を起点に光は生まれ、それは奇跡へと輝きを増し────
一筋の流れ星が、光芒を引きながら群青の空を切り裂いていく。
青と赤、二人の少女を表す燐光を軌跡として。
奇跡は、ゆっくりと流れるみたく空から降りて行った。
────────
舞台は戻り、ナラム・シンの玉座。
いよいよただ一人残される事となったプレナパテスは、薄れ行く意識の中で満足感にも似た心地を抱いていた。
(どう、にか……最後の責任は、果たせたかな)
もうそんな力なんてどこにも無いはずなのに、少しだけ口角が上がる。
自分は“
そうして、刻々と迫りくる終わりを待つ大人に。
不意に、変化があった。
(なに、か……温かい?)
どうしてか開けられるようになった瞳に映るのは、真っ白な影。
(あ……この子は)
次第に靄が薄れ始めた思考が、目の前の影を認識する。
それは、しばらく前に見た青年であった。穏やかに眠るシロコを、優しく抱きかかえて送り届けてくれた。
そして────無名の司祭の支配を超えて、箱舟の破壊を行うための勇気を与えてくれた。そんな、青年であった。
「────プレナパテス
青年もまた、プレナパテスが気付いたことを察知したのだろうか。
ゆるりと微笑んで、彼はその大人の名を呼んだ。消えてしまったはずの言葉を繋げて、敬意と共に。
(あれ……?)
と、そこでプレナパテスが気付く。
「痛みが……?」
ずっと全身を苛んでいたはずの痛みが、どうしてか薄れていることに。
否、それだけでなく、ほとんど見えなくなっていたはずの目が、そして聞こえなくなっていたはずの耳がハッキリとしていることに。
そんな戸惑う彼に、青年は微笑んだまま言葉を贈る。
「これは、ただの呪いです。祈りだとか願いだとか、ましてや奇跡だなんて綺麗なものじゃありません」
「────ぁ」
紡がれた言の葉に反するように、奇跡は起きる。
色彩の嚮導者としてプレナパテスの内側にあったはずの、色彩との繋がり。それが、まるで最初から無かったかのように取り除かれた。
薄く声を漏らす大人に構わず、青年は続ける。
彼の遺す、最後の一つ。とびっきりの贈り物を。
「そう。これは、ただの自己満足です」
薄れ行く像のどこにそんな神秘が残されていたのだと言わんばかりに、光が満ちる。
それは温かく、それは優しく、それは柔らかく。
プレナパテスの全身を巡り、原典となった力を発揮させる。
「待────って…………」
「だから、生きてください。生きる事から、その責任から逃げないでください」
壊れ行くのみであったはずの全身に力が満ち、そして遂に。
ドクン、と、止まったはずの心臓が鼓動を刻む。
それはすなわち、青年の意図した通りに事が運んだという事で。
“死者蘇生”という超級の奇跡が、成し遂げられたという事を示していた。
「生きて、あの子たちの笑顔を見届けてください。あなたに残された、たった二人の子どもを見てあげてください。たとえ先生としてじゃなくても、いいんです。残された縁を知る者としてで、十分なんです。だから────お願いします」
随分と昔に失ったはずの活力を取り戻したプレナパテスが目を見開き、その手を伸ばす。
「────え?」
手を伸ばして。
けれど、何にも触れられずに通過する。
そこに見えるはずの、そこに居るはずの青年を通過する。
まるでホログラムのように。
まるで蜃気楼のように。
まるで幻のように。
いっそ無慈悲なまでに。
あるいは、無情なまでに。
そこに熱はなく。そこに実存はなく。故に、そこにあるものはただの残滓にすぎない。
遂には半透明に像を薄れさせる青年は……最期の奇跡を以てその神秘を使い切った青年は。もはや物理的な存在を保つ事など、できないのだ。
それを、一時的に繋がってしまったpathを通じて理解して、涙を溢すようにプレナパテスは瞠目する。掠れるように動いた唇が紡ごうとしたのは、“どうして”の4文字だろうか。
けれども、青年はやはり答えない。
もう、その身に残された時間は僅かであるからこそ。
まだ、最後にやるべき事が一つ残っているからこそ。
斯くして、プレナパテスの全身を青年の神秘が覆う。
真っ白なそれは護るように彼を包み込んで、地上に刻まれた
「俺からは、以上です。どうか、この世界の明日を────きっとこれから続いていくはずの“奇跡”を、よろしくお願いします。プレナパテス
「待っ────」
伸ばされた手はやはり届かず、代わりに折り鶴をゆっくりと握らされて。
最後の一人を残して、アトラ・ハシースの箱舟からプレナパテスは送り出されたのだった。
────────
爆発が、眩いまでの橙の華を連続して咲かせる。
肌を撫ぜる炎に熱を感じるのは、きっと薄れ行く感覚でも捉えられるぐらいにそれが熱いからだろう。
ただ一人残された箱舟で、俺はゆっくりと頷く。
「後悔はない」
紡いだ言葉は、はたして空気を震わせられているのだろうか。
それすらも自分では分からなくなっていることに、込み上げた笑いが堪えられなくて、少しだけ息を吐くようにする。
我ながら随分なブラックジョークだが……白ずくめになった今なら、これぐらいの黒さは悪くないのかもしれない。
「……色々とイレギュラーもあったし、辛いこともたくさん経験した」
思ったことを、思ったままの形で吐き出す。
最期なんだ、これぐらいは許されるだろう。
「ああ。一度は、自分自身の生も呪ったりしたさ。何でこの世界に居るんだって、何で俺は生きてるんだって」
────でも、後悔はない。
「うん。そうだ。この生涯に、この幕引きに、一切の後悔はない。夢を果たして、大好きだった人に、世界に惜しまれて死ねるんだ。後悔なんて、欠片だって存在しない」
紡いだ響きに納得するよう、頷いてみる。
ゆるりと上がった口角は、緩められたそのままに。
なにせ、世界は俺が識っていたよりも遥かに良くなっているんだ。
少なくとも俺の識る地点までは救いの無かった子ども達に。そして、ほろ苦い結末に終わっていた子ども達に。ハッピーエンドを、遺せたんだから。
俺の死で多少は悲しませてしまうかもしれないが……でも、あの子たちはみんな強い子なんだ。この世界に生きる子ども達は。
だから、きっと大丈夫だ。乗り越えていける。
この先に続く、無限の可能性と一緒に。
「ははっ。なんだか、夢みたいだ」
走馬灯のように、キヴォトスでの日々が蘇る。
喉元過ぎればなんとやら、というワケじゃないが、どうしてかそのどれもが愛おしく感じられる。きっと、その過程が、歴程があったからこそ、この幕引きへと至れたからなのだろう。
いつかの日と同じように、火に撫ぜられ、煙に抱かれ。
そうだった、こんな感じでキヴォトスに来たんだっけ、なんて思って、懐かしさが込み上げてきて。
やっぱり、笑みが浮かんでくる。
「あー、本当、夢みたいだ」
ただのどこにでもいるような子どもだった自分に、ここまでの事ができただなんて。
あんな……黒く濁った罪を背負うような始発点から、青く透き通った終着点に辿り着けただなんて。
(……まあ、今の光景は青じゃなくて赤なんだけど、さ。なんちゃって)
思わずこんな面白くもない洒落が浮かんでくるぐらいには、今の俺は幸せだ。
誰が何と言おうと、これこそが俺なんだ。
「ははは! 愛してるぜ! ブルアカ!!」
叫んだその言葉を最期に。
目の前で遂に爆ぜ切った箱舟の景色を最期に。
そして、あの人との繋がりが切れた感覚を最期に。
俺の意識は、完全に消え去った。
────────
流星が落ちる。
一つは、青と赤の燐光を残して、必死に揺れるようにして。
一つは、真っ白な燐光を残して、願いのままに真っ直ぐに。
二つの流れ星が、白みはじめた空を裂くように落ちていく。
その、どこまでも幻想的な、思わず感動してしまいそうな綺麗な光景を眺めて。
「…………ごめんね。本当に、ごめんなさい、アヤト君。さようなら」
二年ぶりに意識を目覚めさせた少女は、涙を流しながら呟いた。
奇跡は成り、そして。
青年の歴程は。その物語は。
幕引きを、告げた。
人生って、笑って終われたらハッピーエンドだったって事らしいですよ。
まあ、これがハッピーエンドだとは思えませんが。
最後になりましたが、ヨシハラカイト さん、クシャーンティバラ さん、評価付与ありがとうございました