【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 一万字を超えそうになったので前後編に分割しました。後編は明日か明後日にたぶん投げます。


正義の灯は、もう一度・前

 

 D.U.区内、某所。

 人気の見当たらない場所の、これまた人気のない隠れ家じみた──というより、廃墟じみた──趣の平屋にて。

 

 蔦に覆われつつある外見とは裏腹にカフェのような内装をした室内で、二つ分の人影が会話をしていた。

 

「しっかし、ほんと派手にやったなぁ」

「ええ。仕留める時は派手に、そして徹底的に。私のモットーですから」

 

 声をかけたのは、席に腰を下ろして机に付いた右肘で顔を支える青年。かつて表の顔になっていた黒で統一された装束は纏っておらず、現在は至ってラフな格好である。

 上は白のTシャツにゆったりとした黒のテーラードカーディガンを重ね、下は黒のテーパードパンツとこれまた黒のスニーカー。

 

 全体的に黒系統の占める割合が大きいシックなコーディネートは、どこか以前の“マクガフィン”としての青年を思い起こさせるようで、だからこそ今の彼がその頃とは違ったのだと意識させるもの。

 それはきっと、仮面を外した素顔が緩く笑っているから、というのもあるのだろう。

 

 だらしなくも映るくつろぎ方で青年が視線を向ける先には、こちらは変わらずに白のガラベーヤを身に纏った大人の姿が。

 いつかの日のようにグラスを磨きながら、白ずくめの大人は肩をすくめる。飄々とした様子は、彼が普段通りの自然体であることを分かりやすく示していた。

 

「……」

「……」

 

 しばしの無言が、二人の間に広がる。

 青年は、カップを傾けて提供されたコーヒーを味わっているために。そして繋ぎ手は、そんな彼が机に置いたスマホに表示されたニュース記事をチラリと眺めているために。

 

『カイザーコーポレーションに敵対的M&A成立! 今後の動向は!?』

 

 時は薪浪彩土が蘇ってから一週間後。

 麗らかな日差しがさんさんと降り注ぐ、穏やかな晴れの日の事であった。

 

 

 

「……んでさ、ところでお前ってこんなところで油売ってていいの?」

「たまには休憩も必要ですから」

「“適度な”な?」

「私の価値観に異を唱えるのは権利侵害ですよねぇ!?」

「……SNSに蔓延るめんどくさい連中かよ、急にスイッチ入りすぎだろ」

 

 

────────

 

 センセーショナルさを追求したように見えて、その実これ以上ないまでに端的に事実を表した題のニュース。

 すなわち、あのカイザーコーポレーションが買収された……それも同意なき買収、敵対的M&Aを行われたという報道。

 

 クロノススクールによるそれは、記事・動画・配信と媒体を問わずにキヴォトス中に拡散された。

 

 なにせ、買収されたのはあのカイザーコーポレーションなのだ。アビドスでの不祥事が発覚して以降は業績が低迷しつつあったとはいえ、キヴォトスでも屈指の大企業であることには間違いない。

 その上で、買収した側がたったの半月前に設立されたばかりの無名企業であるというのだから……その注目度が高くなるのも頷けるというものだろう。

 

 ……あるいは、陰謀論や敵意などが盛んになるのも、かもしれないが。

 

 さて、そんな騒動の渦中の人、というか引き起こした張本人である繋ぎ手だが、現在はとある人たちとの待ち合わせに移動している最中であった。

 ただし、かくれんぼをしながらであったが。

 

「くそっ、どこにいった!?」

「必ず見つけ出せ! ぶっ殺せ!!」

 

 どたどたと駆けまわる足音と、恨みに満ち溢れた怒号。統率をかなぐり捨てた動きは、立ち込める砂煙の舞い方に似て無秩序だ。

 すなわち、繋ぎ手によって路頭に迷うことになったカイザーPMCの残党──ちなみに、もれなく全員が素行の悪かった連中だ──である。

 

 それぞれに会社から持ち出したり闇市で買ったりした銃を手に、彼らは繋ぎ手を見つけ出そうと駆けまわる。

 おそらく、発見された暁には明日の朝刊にその姿を飾ることになるだろう。随分バイオレンスなかくれんぼだ。

 

「……なあ。なんで見つかってるわけ?」

「私に言われましても。あちらさんの執念が私の想定を超えたとしか。まったく、しつこい男って嫌ですよねぇ」

「それ、お前も数年かけてカイザーを潰そうとしてたじゃんってツッコミはいる?」

「一つの事に長く打ち込める男性って真摯でいいですよね!」

「数秒前の発言忘れた? お前ってもしかして鶏の亜種だったりしたの?」

 

 物陰に身を潜めて、彩土と繋ぎ手はコソコソと言葉を交わす。

 両者ともに鉄火場には慣れ切っているからだろう、その内容は実にふざけ切ったものだ。打てば響くとはまさにこの事なのだろう。

 

 もっとも、今撃って響くとすればPMC残党が手に持った銃声に他ならないのだが。実に嫌な響きだ。

 

「しっかし……これ、どうしたもんかねぇ」

「あら? もしかして、打って出ようとか考えてます?」

「いんや、それが厳しいから悩んでる」

 

 青年の経歴を思えば、この程度の雑兵の集まりなど片手間でも処理できる脅威度でしかない。かつてはもっと大規模なカイザーPMCの大隊を単騎で壊滅させた事もあるのだ、当然だろう。

 たとえ肉体に戻ったことで多少の弱体化をしていようと、その実力に翳りは欠片も無い。

 

 その上で、繋ぎ手というサポーターの存在もある。直接的な戦闘こそできないものの、盤面の掌握からサボタージュまで、彼の得意とすることは多岐に及ぶ。

 

 もし両者が反攻作戦を実行した場合、最低でもやはりカイザーPMCの大隊規模の戦力でなければワンチャンスも生まれないだろう。

 もっとも、一個大隊程度ではどれだけ耐久できるかというレベルの話で終わるのだが。

 

 結論としては、やはり伊達にあのブラックマーケットで最上位に君臨していたタッグではないという事なのだろう。

 

 しかし、ここで問題であったのが、先の色彩の襲来に際してマクガフィンは死んだということになっている点であった。

 これ以上その仮面が必要とされることは無く、加えてこれ以上彩土が追われることになるのを嫌った全員による決定である。とはいえ、そこにもいくつか悶着があったり、現在完全に解決されたとは言い難くあったりもするのだが……ともかく。

 

 それ故、彩土は今打って出るかを悩んでいるのである。

 

 そもそも、彼の得意とする戦い方は特異にすぎるのだ。昔のように『神秘の鋼線』を使ってしまえば、一発でマクガフィンの仕業だと断定されてしまうだろう。

 だが、訓練も何もしていない彼が銃を扱う事ができるかと言えば、それは否であり。強いて言えば拳銃程度ならば使えなくもないかもしれないが……それでは力不足と言う他ない。

 

(あるいは……捕縛による無力化に方針を切り替えるか?)

 

 安全を考えるならば、それも悪くないかもしれない。そう、彩土の思考が切り替わる。

 

(撃退じゃない以上、追跡されるリスクは残るが────)

 

「あん? いや、待て。そっか、俺じゃ無理ならアイツら自身にやってもらえばいいのか」

「アヤトさん……?」

「繋ぎ手、アイツらをいくつかのグループに分けて固めることってできる? ちとイイこと思い付いた」

「その顔、悪巧みですか? 悪巧みですね悪巧みでしょうよし乗りました」

「……だからさっきから反応が露骨すぎだろ」

 

 二手に分かれ、影は動く。

 いっそ気楽なまでの調子とは裏腹に、それは狩りに出向いた肉食動物みたいな鋭さを覗かせていた。

 

 何が行われるのかは今は定かではないが……間違いなく言えることは、これからPMC残党には不幸が訪れるという事だろう。

 

 

────────

 

「クソッ……ちょこまかと鬱陶しいネズミだ」

 

 PMC残党の一人である男は、ぶつくさと呟きながら廃墟街を駆けていた。

 追いかけているのは、長年目障りに動いていた忌々しい仇敵にして、遂には権力と暴力に支えられていた自身の世界を破壊した怨敵。

 

 すなわち、繋ぎ手と名乗る狂人である。

 

「おい! どこに行った!?」

「こっちだ! 見つけだぞ!!」

「行け行け! つっこめ!!」

「敵の潜水艦を発見!」

「駄目だ!」

「ぶっ殺──おい今の誰だ?」

 

 怒号は廃墟街の各所から響き、しかしやがて一箇所へと集まっていく。

 それはまるでピントが次第に合わせられていくようであり、あるいは撒き餌に鳩が集うようであり。いつの間にか声の数が減っている事に気付きもせずに、PMC残党は足を動かす。

 

 ──はたして、その先にあったのは。

 

「あん? なんだここ」

「教会の跡地か?」

「それよりアイツはどこだ!」

「お前がこっちだって呼んだんじゃねえのか?」

 

 壁も天井も大部分が崩れ去った、物悲しさすら漂わせる教会の跡地。トリニティでは一般的な規模であっただろうそれは、僅かに残された長椅子やステンドグラス、それに正面でポツンと佇む十字架だけがかつての姿を伝えている。

 

 その中で、ただ一人違和感を覚えた男は、騒ぎ立てる他の連中をよそに周囲を見回していた。

 

(……何か、妙だ。気味の悪い感覚がある)

 

 こうなってくると、つい先刻まで思考を支配していた熱も冷めてくる。

 

(この感じ、覚えている。そうだ、これは────)

 

「いやあ、ここまでお集まりいただき感謝で~す」

 

 声。

 発信源は、一同の中央。数秒前に見た時には何もなかったはずの、十字架の隣。

 

 

「よお」

 

 

 そこに、いた。

 深く、おどろおどろしい声。低く、呑み込まれるような声。

 

 その全身を彩る黒色のように強く。薄れて奥側の景色が見える姿のように非現実的に。

 

 そこに、いた。

 恐怖の象徴が。敗北の象徴が。死の象徴が。

 

「ひぃっ!」

「うわぁぁああ!!」

「なんでっ! なんで生きてんだよッ!?」

「来るなぁぁぁあああ!!」

 

 一瞬で思い出したのだろう。

 いや、あるいは忘れようとしたのかもしれない。

 

 PMC残党たちは、恐慌状態で握る銃を乱射した。

 

「おい、待て! 何かおかし──っ()!?」

 

 やはり平静を取り戻しつつあった一人だけが叫び、けれどもその声は銃声に掻き消されて。

 さらに言えば、最後まで言い切ることもできず、言葉は消えた。

 

(なんだ? なんで俺が被弾してる? 誤射? いや、位置的に──)

 

「は、は、は……」

 

 混乱に空回りする思考の中で周囲を見回した男の視線の先には、一様に意識を奪われて倒れ伏す仲間たちの姿が。よく見れば、彼自身と同じように身体のどこかしらを被弾している。

 だが、何名かは明らかに傷が浅いのを見る辺り、全員が被弾によって意識を失ったわけではないはずだ。

 

 となれば、意識を奪ったであろう下手人がすぐ近くにいるということになり。

 

「残念賞。お前だけは、唯一惜しかったな」

 

 背後、至近距離に声。

 耳元で囁くような音は、けれども欠片も安心させる要素はない。ただただゾッとする気配に背筋を凍えさせながら、男はどうしてか急激に薄れ始めた意識に身を委ねた。

 

(ああ、最悪だ。最悪の悪夢だ)

 

 どこか遠くにあるような、身体が地面へと衝突する感覚。それと共に男が最後に見たのは、見覚えのない黒ずくめの脚であった。

 

 

────────

 

「ふいー、終わったか」

 

 倒れるPMC残党の中心で、陽光を浴びながら肩を回す。

 慣れない事をしたせいで、少しだけ凝ったような感触があった。

 

「さて、こっからはもうちょっとだけ偽装工作しねーとな」

 

 廃教会内に散らばる弾痕をぼんやりと眺めて、何はともあれまずは敵の握る銃を奪おうかと踏み出す。

 設定としては、コレを行ったのは『敵の武器を奪って持ち替えながら制圧した誰か』という風にするつもりだからだ。

 

(……よくよく考えたら、荒れてるとはいえ教会内で戦うって不敬の極みじゃないか?)

 

「…………」

 

 ま、まあ、殺しはしてないから。

 誓って殺しはやってないから。意識奪っただけだから。

 

 なんて言い訳をしたのが悪かったのか、はたまた教会内で戦闘した時点でアウトだったのか。

 

 突如として、残っていた壁の一角を吹き飛ばしながら、教会内に集団が踏み込んできた。

 

「動くな! SRTだ!!」

 

 ついさっきまでの騒がしさが薄れた周囲には、その声は気持ちいいまでに響き渡る。

 どうやら、騒ぎを聞きつけて向こうの方から来てくれたみたいだ。

 

 先頭に立つのは、二小隊それぞれのポイントマンであるサキとクルミ。その後ろには残りの隊員も続いている。

 よかったよかった、これなら彼女たちにコイツらの身柄を引き渡すのも悪くないな……なんて呑気に考えていたら。

 

「お前が犯人か!?」

「へ?」

 

 全員の銃口が、一斉に俺へと向けられた。

 

「あっ、やっべ」

 

 ここで気付く。

 まず、さっきまでの様子。複数箇所で銃声が鳴り響き、明らかにここで何かが戦っていますよと喧伝するレベルだった。ワンアウト。

 次に、現場の状況。一様に意識を失って倒れ伏す、何人もの大人たち。ツーアウト。

 最後に、そのど真ん中で佇む彼女たちの視点では見慣れない顔の人間。

 

 うん、スリーアウト。

 

「何者だ! 答えろ!」

 

 嘘じゃん、マクガフィンの姿じゃないから逆に警戒されるようになることってあんの?

 普通逆じゃない?

 

 いや、まあ、事前連絡を入れてなかった俺に非があるのは間違いないんだけどさぁ……

 

「いや、少し待ってくれ。さっきの声、まさか」

「……FOX1、心当たりが?」

 

 さてどうしたものかと頭を悩ませていると、どうやらそれよりも先に向こうの方が気付いたらしい。たしかに、RABBIT小隊はともかくFOX小隊とはそこそこ会話もしていた。

 とはいえ、声から俺の正体に当たりを付けられるのは正直に凄いと思うが。そもそも俺の生存については共有されてないはずだし。

 

「貴方は、もしかして──っ!? 誰だ!?」

「ちょっと待ったぁぁぁああああ!!! この人は怪しい人じゃないんです! 私の連れなんです!」

「あ、繋ぎ手。遅かったじゃん」

 

 俺とSRT組との間に、今度は白色の塊が飛び込んできた。珍しく機敏な動きのソレは、普段の飄々とした気配をかなぐり捨てて叫ぶ。

 そして、そこまでくればおおよそ事態を掴めたのだろう。少女たちは、大きく目を見開きながら俺の名を呼んだ。

 

「やはり……生きて、いたんですね。マクガフィン……いえ、薪波アヤトさん」

「ん、どーも。っておわああ!? なんで泣き出してんの!?」

「うぅっ、ぐすっ……良かった…………!」

 

 ボロボロと涙を零す少女たちに、今後は俺が焦る羽目になったのであった。

 

 

 

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