正直カヤの過去をエグイほど捏造してますし、ツッコミどころも多々あるかと思われますが……生暖かい目で読んでくださいな。
それと「前話で『一万字超えそうだから分割しました』とか言ってたのに結局今話で一万字超えてるじゃん」とは言ってはいけません。いいですね?
「それで、ええと。これはマクガ──アヤトさんがやったという事でいいのか?」
数分後。
平静を取り戻したらしいSRT組と、俺は自己紹介もどきや状況の共有をしたりしていた。
「おう。銃ぶっこ抜いて追いかけられたから、とりあえず全員伸しといた」
「しかし、彼らは被弾もしているようだが……銃を使えたのですか?」
「いんや、ちょいと小細工をしたんだ。弾道をうまく操作して……って言っても伝えられんか」
質問者であるユキノを含めて、繋ぎ手を除く場の全員が訝し気にしているのを見て、肩をすくめる。
どうやら、コレに関しては実演した方が速そうだ。
「んー、そだ、誰か俺を撃ってくんない?」
「は?」
「え?」
場の空気が完全に凍り付いた。
目を見開いたまま、少女たちは固まっている。言葉選びを完全にしくじったらしい。
ちなみに繋ぎ手は背後で大爆笑していた。
コイツ後でしばくか。
「あー、その、別に死にたいわけでもマゾに目覚めたわけでもないから。さっき言った小細工を実演するだけだから」
「あ、そ、そういうことでしたか」
答えたミヤコが、そのまま代表して、俺へと銃口を向けて引き金を引いた。
マズルフラッシュが橙に花を咲かせ、光を反射する銃弾が吐き出され──しかし着弾したのは俺から右に大きく逸れた地面。
「っ!?」
「もう一回やるか?」
「え、ええ」
再度引き金が引かれ、そして全く同じ光景が再演される。
まるで、先生がシッテムの箱によって守護された時のような有様だ。
しかし、二度もあれば十分だったのだろう。驚きながらも、ユキノが頷きながら言葉を紡いだ。
「なるほど……神秘の鋼線で銃弾を逸らしたのか」
「そそ。ま、正確には鋼線ってよりもレールを敷いた形だけどな」
今度は分かりやすく、多量の神秘を籠めて中空にレールを構築する。
緩やかにカーブを描くソレは、現実にはあり得ない事象を起こすための術に他ならない。
「てことで、これ使って誤射させたってワケ。マクガフィンの存在を疑われたくなかったから、誰かが敵の銃を奪って持ち替えながら戦った、みたいな感じにするつもりだったのよ」
まあ、正確には、神秘の鋼線で敵の銃を軽く動かして射線の調整をしたりもしてたんだが。まあ、正直、これに関してはいつも通りな部分が大きい。
それにちょっと悪趣味でもあるからな。極めたら他人の肉体を俺が操作するみたいなこともできそうだし。
「てな感じで……納得してもらえた? んじゃ、次は繋ぎ手の話だな」
本当はRABBIT小隊と繋ぎ手の橋渡し役をするつもりだったのだが……この感じだと、手を出さない方がいい気もする。
というわけで背後の白ずくめとアイコンタクトを交わして、俺は数歩ほど後ろに下がった。
交代するように前に出てきた繋ぎ手が、口を開く。
「さて、それでは皆さんが今最も気になっているであろうこと……すなわち、SRT特殊学園の再興について。私から、お話しさせていただきましょう」
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が鳴った。
「さて、それではまず始めに。SRT特殊学園を再興させるにあたって、何が障害となっていたかを整理しましょう。分かりますか?」
シンとした静寂に、繋ぎ手の声が響く。
常のヘラヘラとした軽薄さが鳴りを潜めた音色は、どこか物を教える教師のようにも。
「はい、どうぞ月雪さん」
「えっと……権限の問題、でしょうか」
「はい、そうですね。分かりやすいものとして、まずSRTの権限をどう保証するのか、という点があるでしょう」
手を挙げたミヤコの答えに頷くと、続けて白ずくめの大人はユキノへと視線を向けた。
「では、次は七度さん」
「資金の問題、だろう」
「ええ、それもありますね」
先の焼き増しのように、再度コクリと頷いて。
満足気にしながらも、繋ぎ手は更に続けた。
「この二つは、分かりやすい障害……言うなれば、顕在化している問題です。しかし、実際にはSRT特殊学園の再興にはもう一つ問題点があります。勿体ぶらずに言えば、連邦捜査部──つまりはシャーレの存在ですね」
改めて、頭の中でSRT再興に当たる上での障害を整理する。
ミヤコも言っていたように、最初に挙げられるのは権限の問題だ。
あるいは、責任の問題と言ってもいいだろう。
そもそも、SRT特殊学園に関するあらゆる権限・責任は連邦生徒会長という“超人”によって担保されたモノであった。
その当人が行方不明になった以上は……誰がSRTの権限を保証して、そして誰がSRTに関する責任を取るのか、という点は重要な問題点となる。
次に、資金の問題。
単純な話として、SRT特殊学園の運営にかかる費用は莫大なのだ。
装備類に始まり、施設や訓練などにも相応の資金が必要となる。ヴァルキューレも運営している連邦生徒会にとっては、無視できない負担になるわけだ。
そして最後に待ち構えるのが、役回りの問題。
前提として、シャーレとSRT特殊学園には類似点がある。
すなわち、共に超法規的権限が下でキヴォトスにおいて起きた問題を解決する組織である、という部分だ。
もちろん、厳密にはシャーレには『生徒間の些細な問題まで取り扱う』という便利屋に似た側面があったり、SRTは逆に『企業などの重犯罪を多く扱う』という警察的な側面があったりすることは間違いない。
しかし、ある程度その役回りが似通っていることもまた間違いのない事実なのだ。
となれば、この二組織を両立させるメリットは薄くなる。
言ってしまえば、両組織とも金食い虫であるわけで、どちらか片方で済むならばそうするのが合理的な選択だからだ。
故に、SRT特殊学園を再興するには、これらの問題を解決する必要がある。
「さて、ここまでが前提知識となります。FOX小隊の方々はアヤトさんから既に聞いていたらしいですが……皆さん、問題ないですか? ……大丈夫そうですね」
俺が整理を終えるとほとんど同時に、繋ぎ手による説明も終わったらしい。
確認を取る白ずくめの大人に、SRTの少女たちがコクリと頭を動かすのが見えた。
……どうでもいいことだが、やはり特殊部隊として訓練を積むと動きが揃うのだろうか。
揃って頷く姿を見て、不覚にもかわいさに萌えそうになってしまった。
「では、次は解決策についてなんですが……正直、これに関しては内容を先に話す方が早いんですよね」
今度は小首をかしげる動きがシンクロしている。だからかわいいかよ。
なんて俺が明後日の方向に思考を飛ばしている間に、繋ぎ手は解決策を口にした。
「皆さんには、私の立ち上げた新会社『
気負う様子のない言葉は、その内容の重大さに反比例するように。
けれども、この策が先の問題点を解決できることは間違いないのだ。
まず、権限の問題。
これに関しては、やはり連邦生徒会に頼るしかなかった。自治区を問わずに活動するには、各学園の行政機関よりも上位に立つ存在による保証が必要だ。
ただし、ここで重要なのが“責任者の名義を先生にする”という一工夫。これを挟むことで──つまりは、SRT特殊学園を疑似的なシャーレの下部組織とすることで──シャーレの持つ超法規的権限を適用することができるようになるのだ。
加えて、先生のネームバリューも上手く利用することができる。
で、次に、資金の問題。
こっちに関しては、SRT特殊学園の運営に必要な全資金を繋ぎ手の会社が提供することで解決する。元々莫大な資金を有しており、さらにはカイザーコーポレーションというキヴォトス屈指の大企業を買収したからこそ可能な方法だ。
そして、これは最後の役回りの問題の解決にも繋がってくる。
繋ぎ手が設立した『明日の結び目』は、正確にはブラックマーケット内における彼の同盟者が集って作られた企業なのだ。そして、現在ではカイザーというブラックマーケットでも上位に君臨していた企業を呑み込みすらしている。
言い換えれば、繋ぎ手は、ブラックマーケットの勢力図を大きく書き換えたのだ。
そして、それ故に可能となったことがある。
すなわち────
「都市の場所は、ブラックマーケット東部。私の勢力下となっている地域です」
ブラックマーケットを削り取り、新たな都市を作り上げる事。
正しく前代未聞な、アイツにしか不可能な偉業。それこそが、SRT特殊学園再興計画の基幹であった。
「そのため、新たなSRT特殊学園の基本業務には、都市内部……つまりは削り取ったブラックマーケットの一部ですね。そこの治安維持が加えられます。また、役回りに関してもそれに応じて変化します」
疑似的とはいえシャーレの下部組織的な位置付けになる以上、やはり以前のままのSRT特殊学園ではいられない。
具体的には、扱う業務はシャーレの手が届かない範囲……生徒の絡まない企業間の重犯罪の解決にほとんど一極化される。
また、資金の出資と権限の保証が別々の組織に依存している以上、判断も合議制に近しくなる。以前ほどの迅速な行動は、難しくなるだろう。
「再興と銘打っておきながら以前のままにはできない事は心苦しいですが……これが私にできる最大限です。どうするかの判断は、あなた達に委ねます」
そう言って、頭を下げる白ずくめの背中。
揺れ惑う沈黙が、周囲に空白を漂わせた。
俺もまた、口出しするべきではないと静かに眺め続けて。時間にして十秒程だっただろうか。
いよいよ、静寂を切り裂いて声が響いた。
「繋ぎ手さん。私は、この社会を……世界を変えたいと思っています。罪を犯さざるを得ない人が生まれてしまう、そんなこの世界を。あなたの望みは、何ですか?」
「子ども達の明日を」
ミヤコの問いに対して、繋ぎ手の答えは即座に。
もはや食い気味なまでの速さで、アイツは語った。
「始まりは、恩人の明日を、幸福を願っていました。けれども、その人と関わるうちに──その人の在り方、願いに触れる度に、私も同じように想いました。これからの未来そのものである子ども達が笑っていられるようにしたい、と。それが私の行動理念です」
“少しばかり、欲張りですがね”なんて続けて、肩をすくめてみせる背中。
どうしてか大きく見えて仕方が無いそれを見て、胸の内に温かな感触が広がるのを感じて。
(……まったく、俺が誇らしげに思ってどうするんだか)
やはり、アイツこそが俺の相棒なのだろうな。
「……分かりました。ブラックマーケットという立地やあなたの過去などに、思うところが無いわけではありませんが……私は、あなたのその眩しさを、その内に灯る炎を信じます。これから、よろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそ。どうか私が腐らないように目を見張らせておいてください。きっと、その方が健全ですから」
一歩を踏み出したのはミヤコだけでなく、この場にいたRABBIT小隊とFOX小隊の全員が。
こうして、SRT特殊学園の再興は確定路線となったのだった。
────────
場所は移り、時も少しだけ移り、サンクトゥムタワーにて。
「……それで、これはどういう風の吹き回しで?」
手錠などの拘束具が取り払われ、GPSの埋め込まれたチョーカーだけが最低限の用心として残された少女が、憮然とした顔で問いかける。
ストレスのせいか薄桃色の髪は少し乱れており、肌の調子も荒れ気味の彼女は──不知火カヤ。横領やカイザーコーポレーションとの癒着などが明るみに出たことで矯正局行きが確定した生徒である。
「いえ。どちらかと言えば嫌がらせみたいになりますが……あなたにも納得を得てもらいたいなと思いまして。少しだけ無理を言って時間をいただいたのです」
そんな彼女の視線の先、質問に答えたのは、ガラベーヤを身に纏った白ずくめの大人。RABBIT小隊・FOX小隊と別れ、一人でサンクトゥムタワーにまで来た繋ぎ手である。
少女にとっては自身の栄光を叩き潰した怨敵に当たる大人は、けれども睨み付けるような鋭い視線を気にも留めずに飄々としたまま。ついてきてくださいとだけ言うと、歩を進めていった。
「……? ここは、連邦生徒会長代行執務室?」
いくつか廊下を渡り、エレベーターを昇り、たどり着いたそこはカヤの口にした通りの場所。
現在は七神リンが執務をこなしている部屋こそが、繋ぎ手の目的地であった。
「どちらですか?」
「失礼します。約束していた繋ぎ手ですが……今から、よろしいでしょうか」
「ああ、見学の。構いません、どうぞ」
コンコン、コンコンと計四回のノックと、事前に話が通っているらしい会話。その後に、繋ぎ手に続く形でカヤは室内へと踏み入る。
当然ながら──そこにいるのは、部屋の主たる七神リン首席行政官。
「……カヤさん」
「リン、行政官……」
カヤが拘束されてからは初となる顔合わせに、少しだけ緊張感が漂う。
クーデターを画策していた者と、その矛先となっていた者。以前通りの関係は、どう足掻いても維持できない。
「…………私が何を言おうと、おそらくあなたにとっては逆効果となってしまうと思います。ですので、一言……本当に残念でした、とだけ。そうとだけ、言っておきます」
「──っ! なんですか、煽りですか!? こんなの……こんなのただの偶然です! 私は認めません!! あなたではない、この私こそが」
「はいはい、そこまで。今回は舌戦を交わしてもらいに来たわけではありませんからね」
沈痛な表情のリンと、激昂も露わにまくし立てるカヤ。二人の間に割り込むように手を叩いて注目を集めると、繋ぎ手は場の空気をリセットした。
穏やかな日差しの差し込む室内は、その様子とは裏腹に険悪そのものであった。
「さて、それじゃ話を進めましょう。今回は、カヤさんにリンさんの仕事ぶりを見ていただこうと思いまして」
「行政官の、仕事を?」
「はい。真意などは置いておいて、ひとまず見学会を始めましょうじゃありませんか」
「……分かり、ました」
繋ぎ手に取り仕切られたことで多少は冷静になったのか、カヤは渋々といった様子ながらも了承の言葉を返す。
おそらく、彼女自身も今できることは提案に乗ること以外に無いと理解しているのだろう。それきり、薄桃髪の少女は戸口付近の壁にもたれかかるようにしながら口を閉ざした。
不服さを隠しもしない子どもらしい部分と、状況を受け止めて認められるだけの成熟した部分。まさしく高校生らしい姿に頷くと、白ずくめの大人もまた並ぶようにして壁際へと移動する。
奇妙な見学会、あるいは授業参観が始まった。
『行政官……以前提案させていただいたD.U.の再興計画ですが』
「ふむ、お伝えした改善点については修正されているようですね。では、この方向性で進めてください」
『はい、了解しました!』
各行政委員会から上がってくる書類や相談等をテキパキと処理しながら、リンは職務をこなしていく。
(……ほら。やはり、この程度であれば私でも……いえ、私の方が)
おおよそ30分ほど経った頃だろうか。
カヤは、腹の底から湧き上がってくる焼け付くような感情に、爪を噛みそうになっていた。
一つ一つ丁寧に仕事を進めるリンの姿は、悪く言えば派手さからは程遠い地味なモノ。前任者である連邦生徒会長の姿を知る身からすれば、なるほどこれでは代行を務めるには力不足だと思う事もあるだろう。
あるいは──彼女のように、自分の方が上手くやれるだろうと驕ることも、また。
しかし、そんな只中の事だった。
室内の静かな空気を切り裂いて、通信が入ってきたのは。
『リン行政官! その、お忙しい所申し訳ないのですが……!』
「防衛室ですか。どうなさいました?」
『たった今、北麓中央線で現金輸送列車が武装した強盗にハイジャックされ、行方不明になりました。対応をお願いしたいのですが』
「今月は3回目ですか。いつもより頻度が高いですね……分かりました、すぐに交通室の方へ連絡します。防衛室はヴァルキューレ警察学校と連携し、近隣の駅の封鎖を」
『了解しました、よろしくお願いします』
(は……? え? 今なんて?)
顔色一つ変えず、やはり丁寧にリンは仕事をこなす。
そこに派手さはなく、揺らぎもなく──故にこそ、その働きは異質にも。
「この時間だと……モモカはランチで動かない可能性がありますか。でしたら──」
『はい、交通次長です。リン行政官、どうしました?』
「いつもの列車ハイジャックです。モモカは今動かないでしょうから、非常列車制御システム実行の準備を進めておいてください」
『今月3回目ですか……了解しました。あと10分もあればモモカさんのランチも終わると思います、それでは』
どちらも平静なままの、まるで雑談を交わすかのようなトーンでの通信。
それを終えると、続けてリンはハイジャック解決のために必要な連絡をしようとして──
「ちょちょ、ちょっと待ってください!?」
耐え切れなくなったカヤが、割り込むように叫んだ。
「……? なにか? 今は少し立て込んでいるので……」
「少し!? 列車のハイジャック事件が“少し”立て込んでる!?」
「ええ。いつものハイジャックですから」
「いや、え……? いつものって、ハイジャック事件がですか?」
「月に数回はありますね。とはいえ、今月はいつもよりハイペースですが」
“しばらく前の大災害の影響でしょうか”と続けると、カヤに向けていた怪訝な表情を収めてリンは連絡を再開した。
やはり動揺の見られない姿は、彼女が口にした通りにコレが慣れ切っている日常であることを言外に告げている。
けれども逆に、それこそがカヤには信じられない。
(月に数回、ハイジャック事件が……? そんなの、聞いた事も)
「はい、はい……では、その通りに。よろしくお願いします」
『了解しました』
一通りの連絡を終えたのか少しだけ息を吐く姿を見て、少女は思う。もし、これが日常なら、と。
(リン行政官は通常業務に加えて、いつもこんな事案を扱っていた……?)
ゾクリと、その背筋に冷たい感触が走る。
けれども、まだ終わらない。
再度リンの端末が着信を告げ、そして同時に繋ぎ手の端末もまたバイブレーション音を立てる。
「……?」
随分タイミングが揃っているなと思いながら、扉越しに聞こえる繋ぎ手の声にも耳を澄ませるカヤ。
はたして、その内容は。
「どうしました、交通次長?」
『それが、ハイジャックとは別件なんですが……復興用に大量の資材を運送していた業者が、事件に巻き込まれたそうで。その辺り一帯にコンクリートが漏れ出てしまったようです』
「……そうならないようにルートは選定したつもりだったのですが。まあ、了解しました。交通室は周囲の交通規制を行ってください。諸々の後処理に関しては私から相手方へ相談しておきます」
(また事件……!?)
『すいません、繋ぎ手さん。資材の量が量だったので注意はしてたんですが……急に道路沿いの料亭が爆破されたようで』
「現場の状況は?」
『玉突き事故にまで発展して、最終的にミキサー車が3台潰れました。コンクリートの流出は半径4kmほどかと』
「分かりました。一先ず、これ以上の流出はしないようにしておいてください。撤去作業に関しては……温泉開発部の方々にお願いしましょう。おそらく、今なら闇市で開発をしていると思うので、連絡はすぐにつくはずですし」
二人の通信の終了は、ほとんど同時に。
繋ぎ手が室内に戻ってくると、即座に二人は後処理の打ち合わせを始めた。
「撤去に関しては私の方で伝手を当たります。交通規制などはお任せしますね」
「はい、既にそのように手配しております。こちらでルートを選定したというのに、申し訳ありません……」
「いえいえ。おそらく今回のは予想しようの無かった事故でしょうから。では、ひとまずこの件はこの辺りで」
(早すぎる……というより、どうしてこの人はずっと平然としてるんですか!?)
カヤが慄いている間にも、リンはテキパキと仕事を処理していく。
『リン行政官。今朝提出してもらった“D.U.復興に伴う追加費用請求書”だけれど、一枚捺印が滲んでいる書類があったわ。このままじゃ受け取れないから、やり直してちょうだい』
「分かりました。17時までに修正して再提出させていただきます」
『リン先輩、なんかハイジャック事件が起きたんだって? 今から非常列車制御システムを動かすから、よろしく~』
「はい、お願いしますね、モモカ」
『行政官! 次の光輪大祭についてなんだが──』
『リン行政官──』
『リン先輩──』
ハイジャック事件の連絡が皮切りだったみたいに、ひっきりなしに連絡が入ってきているというのに、リンは動じずに一つ一つ対処していく。
やはり一貫してそこに派手さはないが、しかしその丁寧な進み具合には目を見張るものがあった。
(この人、ずっとこんな業務をこなしていたの……?)
防衛室長としての業務から離れ、こうして付きっきりでその仕事を見たことで視えてきた事実。
カヤにとっては青天の霹靂であったそれは、しかしリンにとってはただの日常に他ならないのだ。
(……ああ、なるほど。これが“見せたいもの”ですか、繋ぎ手さん)
張り詰めていたカヤの顔から力が抜けて、脱力するように笑みが浮かび上がる。
その表情は、彼女本来の美しいものであった。きっと、“七神リンの日常”を受け入れることができたからなのだろう。
憑き物が落ちたような姿は、どこか晴れやかにも。
これにて、不知火カヤに関する諸々の問題は一件落着。画策されていた事の規模や物々しさに比べれば、随分と丸い所に着地でき────
『リン行政官! ま、また列車のハイジャック事件が発生しました!!』
ピシリ、と、室内の空気が固まった。
「またですか!?!?」
「……はぁ。また、ですか?」
ここに来て初めて、リンとカヤの感想が一致した。
どうやら、さすがにこれはリンにとっても日常ではなかったらしい。
『は、はい。今回は人質をとってのハイジャックで、連邦生徒会に要求があるだとか。路線は──』
「……ああ、よかったですね。今回は早く終わりそうです」
『え?』
「──次の駅は、子ウサギ駅です」
(子ウサギ駅……ああ、なるほど。彼女たちですか)
目を見開いていたカヤの顔に、少しだけ苦々しい色の翳りが差す。とはいえ、SRTの生徒は彼女にとって色々とやらかしてしまった相手に当たるのだ。
その反応も当然のものと言えるだろう。
……が、その感情は次の瞬間には跡形もなく消し飛ぶ事となった。
「犯人との連絡は繋がっているのですか? 私が出ましょう」
(……ん、え? 今この人なんて言った?)
『はい……? はい、はい!? はいぃっ!?』
「あなたが直接出るんですか!?」
「時間稼ぎには一番良いでしょう?」
「正気ですか……!?」
小首を傾げるリンに、カヤは思わず叫んでしまった。
どうでもいいが、随分とキレの良いツッコミだ。
「繋ぎ手さん。ウサギの皆さんに“天まで高く跳ねてください”と」
「まさかのノリノリ……!? やけになってませんか!?」
「ええ。キツネの皆さんにも、“存分に化かしてあげてください”と伝えておきましょう」
「こっちもノリノリ……!? え、この場で正気なのって私だけですか……!? 嘘でしょう!?」
人生で一番大きな声を出しているのではというぐらいに叫ぶカヤであったが、悲しいかな、そのツッコミが届くことは無く。
「もしもし」
『ああ!? 誰だよ!』
「連邦生徒会長代行の七神リンです。連邦生徒会に要求があるのだとか?」
『いや、は? マジで代行なの? 嘘でしょ……!?』
「それで、人質を取ってまで我々に伝えたいことがあるのでしょう? 何の用ですか?」
「……この人、心臓に毛でも生えてるんですか?」
その後、数分ほどのリンとハイジャック犯との通話は続き、最終的に子ウサギ駅で突入したSRTの生徒たちによって事態は解決される事となった。
ちなみに、犯人の要求はウミガメのスープが許されるならリクガメのスープも許されるんじゃないか*1とかいう意味不明なモノであったらしい。カヤはツッコミ疲れる事となった。
「──さて。リン行政官の仕事を一日見学して、どうでした?」
「……認めるのは癪ですが。ええ、非常に癪ですが、彼女が優れていることは認めましょう。少なくとも、考えていたような無能ではありませんでした」
「なるほど」
日が暮れ始め、街が橙に染まり始めた頃。
連邦生徒会長代行執務室を出た繋ぎ手とカヤは、訥々と言葉を交わしていた。
「……もっと、勝ち誇ったりなさらないんですか?」
「まさか。むしろ惜しいとすら思っていますよ」
「皮肉ですか?」
「いえ、本心です。あんな計画を立てるほどだったのにその事実を素直に認められる人は、中々いるものではありませんから」
「…………」
場所は西側の壁一面がガラス張りになったエレベーターホール。
既にある程度の連邦生徒会役員が帰宅した後だからだろう。辺りは、静けさに包まれている。
「……別に、素直に認めているわけではありません。あそこまで見せられてしまえば認めざるを得ないというだけで、今でもはらわたが煮えくり返る思いです」
「それでも十分すぎるんですよ。感情を切り捨てるのはいけませんが、だからといって常に感情に従うのは論外です。その点、ある意味あなたは『大人』に近しいとも言えるでしょう」
“認めざるを得ない事実を、認められているのですから”と、そう続けて。
繋ぎ手は、微笑むみたいに顔を傾けた。
沈み行く落陽に、眩しさは無い。
僅かに残る温かな光も、すぐに夜闇に溺れて消えてしまうだろう。
「……認めざるを得ない事実、ですか」
ポツリと漏れた声は、か細く、脆く、そして消え入るように。
夕陽のように、少しだけ影を残すように響いた。
「……? カヤさん?」
「少しだけ、連邦生徒会に入った頃のことを……思い出したんです」
ガラス張りの壁に、右手を撫でるように触れさせて。
少女は、訥々と呟きを零す。
「……例えば、どこにでもいる子どものように夢見がちな少女が、いたとしましょう。少女には、周りよりも優秀になれるだけの能力があって、そしてそれを自覚できる程度の成熟した精神を持っていました」
「…………」
「そんな少女は、けれども夢見がちなままでした。夢見がちなまま、この力を使えばキヴォトスをもっと良くできると思って──そうして、連邦生徒会の一員になりました」
はたして、その少女とは誰の事を指すのか。
静かな響きは、輪郭を曖昧にする黄昏時の陽のように。
「そうして連邦生徒会に入って……けれども、現実は夢ほど綺麗ではありませんでした。泥にまみれて、ズブズブと沈んで行くようで」
一つの事実がある。
一つの事実が、あったのだ。
カイザーコーポレーションと防衛室との癒着は、不知火カヤが室長に上り詰めるよりも以前からずっと続いていたという。そんな事実が、あったのだ。
「少女は……現実を認めざるを得ませんでした。現実を変えられるほど優秀ではなく、しかし現実から目を背けていられるほど愚かではなかったのです。……ええ。認められる程度には、少女の精神は成熟していたのです」
「カヤさん……」
「なんて、ただの戯言です。誰の記憶にも残らない。残るべきではないのです。物語は、大団円で幕を閉じたのですから」
はたして、少女に何があったのか。
少女は何を思って、何を想って。そして、何を決断したのか。
それは、誰の記憶にも残っていない。
誰なのかを明言されなかった少女自身を除いて、誰の記憶にも。
それは、沈み行く夕陽のようにも。
誰にも知られずに、ただ静かに夜へと沈んで行くのだろう。
「……結局、私は何がしたかったんでしょうかね。目的を見失って、いつしか手段だけに目を取られるようになって。本当に」
「カヤさん……」
少女の顔は、正面から夕陽に照らされている。
身長の差もあって、繋ぎ手からその表情を窺い知る事はできない。
「……やはり、惜しいですね」
「……?」
口を閉ざした少女の代わりに、白ずくめの大人が言葉を紡ぐ。
かつて何もかもを失って、現実に打ちのめされて、底の底にまで沈み込んで──そうして、朝陽のような輝きに照らし上げられた大人が。
「カヤさん。あなたの計画していたクーデターは、先生やリン行政官など極一部の人物にのみ共有されています」
「それ、は……」
「ええ。色々な思惑が重なった結果ですが……あなたの罪状は、本来のソレよりも非常に軽くなっています。そして、私はこの事実を墓場まで持っていくことに決めました」
顔を上げた少女が、ハッと目を見開く。
エメラルドのような瞳には、陽が色を灯していた。
「不知火カヤさん。あなたは、まだ子どもです。高校生の子どもなんです。ですから、失敗して学んで行けばいいんです」
「──っ!」
「今でこそこうしていますが、私も元は犯罪者です。決定的な物は未遂で終わったあなたと違って、色々とやってきた本物の犯罪者です。……だからこそ、言いましょう。手遅れはありません。手遅れでは、ないのです」
橙の光を乱反射させるように、その瞳が水気を帯びる。
浮かび上がるのは、いかなる感情か。
「どうかここで終わらずに、その力を、思い出したその想いを誰かのために使ってください。きっと、それこそが何よりもの贖罪なんです」
「……いい、のでしょうか。泥に塗れて、沈んでしまったのに」
「ならばまた磨き直せばいいのです。もう一度立ち上がって、抜け出せばいいんです」
過去を想起するような響きは、正しく万感の思いが乗せられて。
繋ぎ止めようとするように、言葉は紡がれる。
「あなたはまだやり直せる。まだ立ち上がれる。きっといつか、共に仕事ができる日を楽しみにしています」
「…………」
返事はまだなく。
見上げるようにしていた顔を正面へと向け直して、少女は考え込むように唇を引き結んで。
「分かり、ました。きっといつか、また立ち上がれるのだと信じて──頑張ってみます」
眩しさが欠けて、沈み行く陽は。
けれども、どこまでも鮮やかだった。
「あ、それと先生から伝言です。『最初は失敗したり自分が小さいことに悩むかもしれないけど、最初はみんな小さいものだから。頑張ればきっともっと大きくなれるよ』だそうです」
「もしかして喧嘩売ってるんですか???」
「冗談です。正しくは『私は、生徒たちみんなの味方だからね。失敗しても、君が大きくなって巣立っていくまで私は支えるよ』だそうです」
「……そう、ですか」
途切れ途切れながらも、返事はたしかに。
頬が赤くなって見えるのは、きっと夕陽の色のせいなのだろう。