死すらも次なる冒険の始まりに成るのならば、終わりとは則ち始まりと呼ぶ事もできるのだろう──
(訳:続きません)
キィ、ガタンガタン。
言葉で表すならば酷くチープになる音が、鳴り響いている。
「……私のミスでした」
淀みなく続く音は、それこそ永遠に続くのではないかと言わんばかりに規則正しかったが……その中に、不意に別の音が混じった。
そう、別の音。
あるいは──誰かの声と、呼んでもいいだろう。
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」
その声は、なんと形容するべきなのだろうか。
大人のもの、と呼ぶには瑞々しい。まるで乾きが足りていない。
では子どもなのか、と言えば……やはり、それもまた否であろう。その音色には、たしかな重みと矜持、そして何よりも『責任を負う者』としての深さがあった。
「結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
過渡期。
もしくは、変容期。
子どもであり、しかし大人になりつつもある。
橋渡しとなる頃の、特徴的な響きの声。少女の声が、語りかけている。
「……今更図々しいですが、お願いします」
不意に、
黒一色でベタ塗りされていたような周囲に、確かな光が宿る。景色が、情景が生まれ落ちる。
「──先生」
それは、どこかの列車の中であった。
ポツポツと点のように雲を浮かべる青空と、差し込み始めた朝陽を背後に。目元から上の見えない少女が座っている。
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません」
少女は、傷を負っていた。
深い、深い傷だ。身に纏った白の衣服に、内側から赤色を塗りたくっている。
僅かに見える顔にもまた、傷や煤が。
まるで、その柔らかな肌を穢すように痕を残している。
「何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
けれども──それら一切が意識に浮かんでもいないかのように、少女は続ける。
長く、長く。まるで祈りを籠めるように。まるで跡を託すように。
長く、少女は言葉を紡ぐ。
そうして、どれだけの時が経ったのか。
少女が伝えたい最後の部分にまで、話が進んだ。
「──責任を負う者について、話したことがありましたね」
言葉は静やかに。
そして、純粋に。
規則正しく揺れる列車の中に、形を失い揺らぐ世界の中に、声は響く。
それは
それは
それは
捻じれて歪んだ先の終着点に到ってしまったからこその──これからに託すための。
そんな、願いであり呪いでもある言葉であった。
「だから先生、どうか……」
そうして、少女のできる最期の贈り物は終わって。
列車からダレカが送り出されたのを確認して、少女は息を漏らした。
「これで……少しは、責任を果たせたかな…………」
ポツリと零れた音は、先までとは違った色で彩られている。
彼女の信頼できる『先生』に見せられる、最期の
苦悩、悲嘆、そして後悔。
内に押し込めていたソレらによって、少女の言葉は弱々しく沈み込むように変わっていた。
「あはは……『超人』なんて言われても、ダメだったなぁ」
ツウと、光を反射する雫が頬を流れる。
漏れ始めた感情は、一度決壊してしまったからこそ止まらない。水滴は止めどなく、一筋の線となって伝っていく。
「ごめんなさい……結局、私は間違えていて。そして、“こう”なるまで過ちに気付けなかった」
誰も聞く者がいない列車に、少女の声は虚しく響く。
当然だろう。なにせ、世界に在った生命のほとんどは呑み込まれたのだから。
居るはずもない“ダレカ”に宛てた謝罪が空虚にならなければ、何になると言うのか。
ああ、だけれども。それならば。
どうして、少女は涙を流して、ずっと謝っているのだろう────
「ん? 何これ?」
不意に、声が響いた。
誰もいない、もう誰も乗りこまないはずの列車の中で。少女のものとは違う、間の抜けたような声が。
「──え?」
声の源は、少女にとって左前になる辺り。
咄嗟に視線を向けたそこには……人が、立っていた。
背の丈はそう高くない。
少女よりは高くはあるが、先生を超えるほどでもないぐらい。中肉中背、と言うのだろうか。筋肉にも脂肪にも膨れ上がっていない身体は、引き締まった印象を与える。
もっともそれは、黒を基調としたシックな服装によるものもあるのかもしれないが。
そして──何よりも、それは男の人間だった。
「……」
「……」
視線が合って、パチクリとほとんど同時にまばたきをして。
「えっと……連邦生徒会長?」
誰何の声もまた、ほとんど同時に。
いっそのこと何かのコメディのような……それも、とびっきりチープなコメディのような展開だ。
それこそ、どうしようもなくなった舞台を終わりに導くために、
なんて少女の思考が巡って、そこで思い出したみたいに肉体が悲鳴を上げる。
「──っ痛!」
さっきまでのヒロイックな展開が終わったからか、はたまた単にアドレナリンが切れたからか。
脇腹を押さえながら、少女の口からも悲鳴が漏れる。
対する青年はと言えば──何事かをブツブツ呟きながら、天を仰ぐようにしている。
今にも勘弁してくれよと言わんばかりの様子だ。
「あー、これってもしかしてプロローグのタイミング? そういうこと?」
しかし、青年にとっては自身の感情よりも子ども達こそが優先するべき対象であるからこそ。
首を振るようにすると、青年は少女の方へと近付いた。
「傷は、脇腹?」
「えっと……?」
「傷の場所。まあ、他にも小さいのはあるだろうけど……一番重いのは脇腹であってる?」
「そう、ですけど……」
首を傾げる少女の、脇腹を押さえるたおやかな指先に重ねるように。青年が、その両手を掲げて。
それで、少女の身体から痛みが全て消え去った。
「え……? どう、いうこと? 傷が治った?」
「癒したからな。よかったよかった、この辺りは据え置きだったみたいで」
訳も分からず目を白黒させる少女と、何かに納得するみたく頷く青年。
対照的な光景は、しばらく続いて──
「えっと。あなたは、誰なん────っ!」
改めて、少女が青年へと誰何をしようとした。
しようとして、言葉が途切れて。
見開くようにした視線の先、優し気に目を細める青年の背後に、“終わり”を見た。
「あ、ああ……っ!!」
「おぉう、色彩じゃん。ってことはやっぱりプロローグは失敗√だったわけね」
歯をガチガチと打ち鳴らし、寒気に苦しむように両腕で身体を抱きしめる少女。
振り返った先の光景に、けれどもマイペースを崩さずに飄々としたままの青年。
やはり対照的な二人を、けれどもそのまま呑み込もうとするかのように、極彩色の黒色が大口を開けて迫った。
キヴォトスに生きる者にとって根源的な恐怖たり得るソレに、もう駄目だと少女はギュッと目を閉じて──
「おいおい。俺にそれが効くわけねーだろ」
瞼越しに、全てを照らし上げるような光が注いだ。
「──きれ、い」
思わず目を開けば、そこには眩い光そのものがあった。
白色、だけではない。赤、青、黄、緑……否、もっと無数の。
無限にまで至りそうな光
満天の星空のようで、けれども黒色とは無縁なその色は、どこまでも美しい。
思わず見惚れて、言葉を失ってしまうほどに。
「えっ待ってちょっと待って!? 蘇生後の据え置きじゃねーじゃん! これ最大値じゃん!? 最盛期じゃん!? どういうこと!?!?」
あるいは、自分でも慌てているような青年の声も耳に入らないほどに。
「あなたは、いったい────」
こぼれ落ちるように、再びの誰何の問い。
三度目の正直、というワケではないのだろうが、どうやら今度は答えが得られるらしい。顔半分だけで見返すようにしながら、青年がニッと口角を上げた。
「薪浪彩土。先生に憧れて、先生になれなくて──その果てで大切な人たちに繋ぎ止められた、ただの人間だ」
名乗りは静かに、されど朗々と。
その声を祝福するように、青年を覆う光がさらに強まって。
「正直俺も状況は掴めてねーが……ま、よろしく頼むぜ。連邦生徒会長?」
斯くして青年と少女は出会い、手を取り合った。
終着点へと至ったはずの世界に、再び光が差し込むまで、あと────
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