「……あ」
「……ん」
ばったりと。
そう、まさしくばったりと出会った。
銀灰色、と呼ぶには少しだけ灰色の強くなった、膝にまで届きそうな長髪。透き通った水色とは変わりながらも、変わらず白と黒の
表情が薄いのはそのままでありながらも、どこか彼女からは落ち着いた淑やかさを感じるのは、高校生の少女だった頃から成長しているからなのか。
とはいえ、それでも細部の癖──たとえば、ピクピクと定期的に狼の耳が動いている事など──が変わっていない辺りからは、かつての姿となる少女の名残を感じさせる。
変わった部分と、変わっていない部分……いや、成長した部分とそのままの部分。別人ではなく、けれどもまったくの同一人物でもない。言うなれば、同一線上にある人物だろうか。
まあ、つまりはシロコ*テラーである。
百鬼夜行連合学院の自治区での、事であった。
「んー! 擬態解くとやっぱ体が軽い気がするなぁ」
ひとまず人通りの多い街中で話すのもアレだということで、移動した先は五重塔みたいな仏閣の頂上展望階。
時間帯かそれとも少し肌寒い気温のせいか、人っ子一人いない閑散具合だ。まあ、だからこそこの場所を選んだのだが。
「たしかに、細部まで作り込んであった。あれは疲れそう」
「まあ、そうさな。慣れれば無意識下で制御はできるけど……うん、疲れはするな」
伸びをする俺の横に並んだシロコ*テラーの言葉に、肯定を返す。
現在の俺は、月の半分をアビドスに構えた──というより、いつの間にか繋ぎ手たちに作られていた──家で過ごし、もう半分でどこかしらの自治区を旅する、みたいな生活をしている。
逃亡生活、と呼ぶには気楽だが、自由奔放な旅人、と呼ぶには少しだけ義務の色が強い。そんな絶妙なバランスだ。
まあ、理由は単純で、俺がこれまでにやらかし過ぎていたからだ。
色々と必要だったからとはいえ、自治区を問わずに派手に活動し過ぎたわけだ。その上で最終編では分体を使ってまで動いたわけで……端的に言えば、まだほとぼりが冷めきっていないというコト。
マクガフィンは死んだという噂こそ流されているものの、『それはデマでまだ生きている』、『顔を変えて潜伏している』、『分身できるニンジャだから死なない』、『クローン体が水面下で蠢いている』、『魂だけの存在になってキヴォトス地下を蠢いている』などなど……
根も葉もあるものから根はあるが葉まではないようなものまで、多種多様な都市伝説がまことしやかに語られているのだ。
……てか最後の一つに関してはどこの賢○の石だよ。錬金術は使えねーぞ? 便利そうだけども。
さて、さて、さて。まあ、そんなわけで。
一所に定住しているとマクガフィンと
それに、“男の人間”というだけでも何かしらの噂が立つ可能性もある。プレ先ならば先生と瓜二つ*2だから多少はごまかしが効くが、俺にそんな事はできないからな。
で、それが最初の『擬態』に繋がるワケだ。
といっても仕組みはシンプルで、神秘で光を歪めて作った獣人の像を被っているだけなんだが。とはいえ、これを習得する時は酷く……本当にとんでもなく苦労した。
最初はアリスとケイの『ジウスドゥラの瞬き』を参考に擬態を作成しようと思っていたのだが、超感覚派のアリスと超高度理論派のケイによる解説は俺には難易度が高かったし、モモイには純粋すぎる笑顔とお礼*3を言われて逆にいたたまれなくなったし、リオの説明は分かりやすい代わりに定期的にアバンギャルド君やAMASの改善案に異見を求められたし*4……
最終的にヒマリが『光学迷彩みたいにはできないんですか?』って言ってくれなかったら、一月ぐらいは時間が溶けていた気がする。
で、そんな色々を経て、今。
「にしても、へーって感じだな。プレ先、シャーレで働いてるんだ。っと、あー、別に他意はないぞ?」
「ん、分かってる。防衛室のあれこれが思ったより根深かったみたいで、手が足りなくなったんだって。まあ、短期のピンチヒッターだし、基本的には裏方みたいだけど」
「で、たまには一人で旅をするのも経験だから──みたいな感じ?」
「そう」
シロコ*テラーは、基本的にプレ先と二人旅をしているらしい。といっても定期的……かなりの高頻度にシャーレを訪ねているようだが。
目的はもちろん、今はアロナと共に先生のサポートをしているプラナに会いに行くためだ。
で、そしたらどうにも先生が仕事に忙殺……文字通りに忙“殺”されそうになっていたらしく、書類仕事などの一部をプレ先が手伝うことになったというのが事の経緯。
少しだけ寂しさが声に色を乗せているが、それなりに彼女も一人旅状態を楽しんでいるようだ。
「アヤトさんは……どうなの?」
「ん? 俺も楽しく過ごしてるよ。というか楽しすぎて満たされすぎて不安になってくるぐらい──って、あ」
思わずポロリと零れた言葉に、けれども灰髪の彼女は反応に困ったりはせずに。
深く頷く事で、同意を示した。
「それは、分かる。夜寝る前に、『もしかしたらコレは夢なんじゃないか』って……時々、不安になるから」
「…………」
風が、熱を奪うように通り抜けていった。
高所だ。当然だろう。さっきまでと大して強さが変わったわけでもない。だというのにそれが酷く冷たく感じるのは……まあ、そういうことなのだろう。
一緒にするのは彼女に失礼かもしれないが、俺もこの子もどん底にまで落ちた身だ。
まあ、彼女は不幸十割の過失ゼロなのに対して、俺は原因の7割……いや、6割ほどか? いくらかは俺自身にあるから、何もかもが同じというワケではないが。
それでも、重なる部分があるからこそ。
静寂が、辺りを満たした。
今だけは、眼下に聞こえる喧騒が酷く遠く感じる。物理的な距離以上に、酷く。
でも、それでも。
遠く感じるってことは、見えているって事だから。暗闇の底に視た幻覚じゃなくて、記憶の果ての情景じゃなくて。たしかにそこにある“光景”として、見えているという事だから。
「じゃあさ。今日は、目一杯楽しもうぜ? 疲れ果てて、何か考える間もなく寝落ちするぐらいにさ」
不安はある。恐怖も、迷いも。
それでも、生きているのだから。
──少しくらいは、楽しんでもバチは当たらないと。そう、信じたい。
そんなこんなで塔を降りて、しばらく。
偶然*5やっていたお祭りに、俺たちは出向いていた。
「お、このたこ焼き当たりだわ。めっちゃうまい」
「そういえば、アヤトさんは元々百鬼夜行みたいな和風? の場所に住んでたんだっけ」
俺はたこ焼きの船を、シロコ*テラーはりんご飴の棒をそれぞれ手に持って。
流れて行く人混みをベンチに座って眺めながら、言葉を交わす。
「そそ。だからこの味は懐かしさが凄い……あー、一個食べる?」
「ん、じゃあお言葉に甘えて」
少しだけ物欲しそうに視線が向いてきているのを感じて、口に運びつつあったたこ焼きを宙に浮かべたまま質問すると、予想通りに彼女は答えた。
……のだが、問題は、そのまま口を開けて固まられた事。
(これ、つまりは……あー、そういうこと?)
なんとなく周囲をきょろきょろと見回して、意を決するように。
瑞々しく淡い桜色の唇に、たこ焼きを向かわせる。いわゆる、というか俗に言うと、というか。付き合い立てのカップルなんかがやりがちなそれ。
つまりは、“あーん”とかいう擬音語で表現されるヤツ。たこ焼きでやるのは、熱などが少々心配な気もするが。
「ん……」
ハフハフと、少し熱そうにしながらの咀嚼。
目を閉じたまま僅かに頬が緩められて、さらにその白色が仄かに色付いて。数秒ほど経って、コクリと細い喉が動く。
「たしかに、美味しい……どうしたの?」
「いや、ナンデモナイデス……」
元々のシロコがかっこいい系やきれい系も行ける端正な顔立ちだからだろうが、なんというか。まあ、その。
ぶんぶんと頭を振って、内心を押し出すためにたこ焼きを頬張る。口中に広がるソースとマヨネーズの味に、鰹節と青のりが香りのアクセントを添えている。そうして外側の生地を噛めば、トロトロした内側の生地と共にたこが現れ、全てが一体となって──
うん、やっぱり凄く美味しい。
凄く美味しいのだが……
(さっきの……綺麗だったな…………)
「私のりんご飴も、食べる?」
「遠慮しておきますっ!!!」
「そう……」
たこ焼きはともかく、りんご飴はマズい。何がどうとかは言わないが、凄まじくマズい。
もう、うん。とにかくマズい。マズいったらマズいのだ。特に今はだめだ。
「あ、いや、別に君のが嫌とかそういうワケじゃないけど……ないけど! その」
「ふふ、分かってる。ごめん、ちょっと意地悪した」
「──へ?」
ベンチから腰を上げて、俺の正面に回り込む少女。
揺れる銀灰の髪が靡いて、太陽の光をキラキラと反射して煌めく。そうして、そのまま彼女は振り返って、俺と目を合わせるようにして────花が、咲いた。
「ありがとう、アヤトさん」
クスリと、微笑むように。
そこに籠められているのが一つの感情でない事は、俺でも読み取れた。いくつもの事柄を、いくつもの出来事を踏まえての言葉だという事は。
けれども、やはり、それを言葉にするのであれば──『信頼』と言うやつなのだろう。
彼女のよく知る“先生”や、彼女が知っていた頃の“先生”に向けるのと同じ。きっと大丈夫だ、という想い。感情。
ああ、うん。
なら、俺の返す言葉なんて決まってる。
「どういたしまして。君が……君たちが笑っていてくれるだけで、俺は十分に嬉しいよ」
柔らかな日差しに、肌を撫でるような暖かい風。いつの間にか、随分と気温も上がっていたらしい。
遠くの喧騒は、すぐ近くに。
俺が得た日常。終点だと思っていた先に、広がっていた色鮮やかな光景。
「それじゃ、休憩も十分だし。行くか」
「うん」
改めて、俺とシロコ*テラーは祭りを回って楽しむのだった。