まだ読んでくれる人がいるのかは分かりませんが、どうぞ。あ、ちなみに今回は明日も連続更新を予定してます。
視界一面に広がる草の海と、遥か彼方まで続く蒼穹。
肌を撫ぜる風は少しだけ強く、それが草を波打たせ、雲を流れさせていく。
遠くには水の柱が立っている。緑色と青色で分かたれた地平を跨ぐ様は……ある種の架け橋のようにも見えた。滝、ではない。いや、もしかすれば滝なのかもしれないけれど、十中八九違うだろう。
少なくとも、俺の知る滝は
さらに遠くでは中空を島が漂っており、吹き抜ける風を物ともせずに独特の軌道を描いている。
実に、まさしく、これ以上無いほどに非現実的な光景だ。
そして隣には、普段のアビドス制服でも私服でもない衣服に袖を通した、浅葱色の髪をした少女の姿。おそらく、俺も似たような物を身に纏っているのだろう。
言うなれば……まあ、冒険者といった装いだろうか。
「す、すごい! すごいよ、アヤト君!! これ、すごいよ!?」
「分かった! 分かったから! ちょっと落ち着こうユメ先輩!」
語彙力が心配になるレベルで目をキラキラとさせ、俺の身体をブンブンと振り回すユメ先輩。触れる感覚も揺れる感覚も、あらゆる感覚が『これは現実なのだ』と告げている。
この、明らかファンタジーすぎる光景を。
まあ、事実としてこれは夢ではなく、そして神秘だのなんだのが絡んだ物でもない。紛れもない現実だ。
……枕詞に『仮想』の二文字は付くのだが。
────────
さて。事情を説明するには、二日ほど時を遡る必要がある……ので、少しだけ回想をしよう。
……俺、誰に説明してるんだ? いかん、どうやら俺も動転してるらしい。
まあ、とりあえずそんなわけで。時は戻り、二日前。
そろそろ旅に出る頃合いかとアビドスを発つ準備をしていた俺の下に、ユメ先輩が訪ねてきたのだ。
「新作ゲームの、テスター……?」
「そう。この前ミレニアムに行った時に、リオちゃんとヒマリちゃんからお願い……? お誘い……? を貰ったの」
「はぁ」
この前のと言うと──ああ、あれか。精密検査の時の。
目が覚めてから一度もしてないから念のためにって、ミレニアムまで行って色々検査してもらったらしいけど……そんな話があったのか。
ん?
「あれ? ゲーム開発部じゃなくてリオとヒマリからなの?」
疑問を呟けば、ユメ先輩は“ずずい!”と身体を寄せながら瞳を煌めかせた。よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの詰め寄り方だ。
「そう、そうなの! アヤト君、聞いて驚け! なんとフルダイブVRゲームのテスターなんだよ!!」
「フルダイブ……VR!?」
「なんでも、色々と一段落ついて時間に余裕のできた二人が開発したんだって。元はリオちゃんが陰でやってたのをヒマリちゃんが嗅ぎ付けたみたいで……ってのはよくて! どう、面白そうじゃない!?」
俺とpathが繋がっていたせいか──というか、今も繋がってはいるのだが──ユメ先輩はこういったサブカル関連の知識が増えたらしく。
今ではアニメや漫画を嗜む立派な準オタクみたいになっていたり、たまに俺にしか分からない“向こう側”のミームなんかを言ってくるようになっていたりする。後者に関しては二人だけの時が基本だけど。
だからまあ、そんなユメ先輩がフルダイブVRの話を持ちかけられてテンションが上がっているのは頷けるんだが。
「ちょっと、意外だな……」
「……? どうかしたの?」
「いや、ミレニアムならとっくにフルダイブ技術を作っててもおかしくなさそうって思ったって言うか」
「あー。たしか、VRはともかくフルダイブにまでしようと思うと、安全性だったりそもそもの難易度だったり、それに完成度にも問題があったからって二人は言ってたかな。あ、でも、ちゃんと二人が作ったのは安全性も担保されてるらしいよ」
「なるほど」
パヴァーヌ編2章の終盤、アリスの救出劇の際に『他人の精神世界にダイブする装置』なんかが出てきていたのだし、その辺りの技術がもっと進んでいてもおかしくないと思っていたのだが。
たしかに、言われてみればフルダイブVR技術なんて危険性の温床みたいなものだ。単純に考えても、身体を動かそうとする脳からの電気信号だけを抽出し、呼吸のような生命維持に必要なソレらはそのままにする、なんてかなり難しいだろうし。
そこを失敗したら緩やかな処刑装置が出来上がるだけだもんな。
それ以外にも五感信号を脳に入力する術だとか色々あるだろうし、その辺りをパスしたとしてもまだまだ問題が残ってる。
某SA○の影響もあるだろうが……俺でもダイブから戻れなかったら、あるいは戻さないためのコードを作られたら、なんて思い付くのだ。それ以外にも本当に問題は山積みなのだろう。
で、そうなってくると俄然興味が湧いてくる。リオの方は一部センスが独特な部分があるとはいえ、二人ともやり始めたらこだわる方だろうし。
完成度とか。凄そう。
「うん、めちゃくちゃ面白そうだと思うけど……」
「けど?」
「テスターに誘われたのは、ユメ先輩だけ? それとも、元々俺も名指しで呼ばれてた?」
「私とアヤト君の二人に頼みたいって……あ、もしかしてなんで私たちがテスターを頼まれたのか、ってこと?」
表情に出ていたのか、はたまたpathを通じて感情が漏れたのか──まあ、今はpathもかなり調整できるようになったし、おそらくは前者だろう。
ユメ先輩が俺の内心の疑問をくみ取って言い当てる。
「ふふん、それについてもちゃんと聞いてあるよ!」
「おお……」
「…………。今さ、もしかして『意外だ』とか思った? 私、これでもちゃんとアビドスの生徒会長やってるんだけどなー」
「うっ。オ、オモッテナイデスヨ」
じとっと。
ちょっとだけ恨めしそうに、そしてじゃれ合いなんかの色が乗せられた視線。半眼で髪を指先でくるくると弄る姿は、これでもかと『私、不服です』と告げていた。
事実、目が覚めて生徒会長に復帰してからのユメ先輩はかなり精力的に活動をしている。始発点編の諸々に対する復興計画であったり砂漠横断鉄道計画の再検討であったり、本当に。
まだ僅かに抜けている部分などもあるが、それはご愛嬌というヤツだろう。むしろそうでないとユメ先輩じゃない。その上で色々と生徒会長として色々と取り組んでいるのが彼女で、それ故の言葉が先のじとっとしたモノなわけで。
「あー、その。ごめん」
「うんうん、私とアヤト君の仲だからね。許します!」
「ユメ先輩、もうちょっとだけ内容気を付けて? 今は誰もいないからいいけど誤解を招きかねないから。ね?」
「私は気にしないからオッケーだよ!」
「俺が気にするの!!!」
一転して、『にぱっ』と花の咲くような笑顔を浮かべるユメ先輩。
ころころと変わる表情は、彼女本来の天真爛漫な色で、見ていて退屈しないというか、振り回されるというか。まあ、これこそが“梔子ユメ”という人なんだろう。
……それに、こうして振り回されるのは嫌いじゃないし。
「で、えーっと、私たちが頼まれた理由だっけ。まずは自信作だから楽しんでほしいっていうのが一つみたいで、それと……」
「ああ、VR適性が高そうってこと?」
「うん」
言い辛そうにしたユメ先輩の姿から、おおよその事情を察する。
まあ、ユメ先輩は肉体の無い精神体の状態で2年の時を過ごしていたのだし、俺も途中で肉体を棄てて暴れ回ったからな。そう考えれば、普通の人よりかはVR適性は高いのかもしれない。
……いざという時に
別にもっと頼ってくれていいんだがなぁ。俺も、この力で誰かが救えるなら何も迷う気は無いし。
さて、まあ。
とにかく。
「ユメ先輩さえ良ければ、俺は全然行ってもいいっていうか……むしろ行きたいレベルだけど」
「私も! じゃ、一緒に行こ!」
差し出された手を握るのに、そう時間はかからなかった。
────────
「にしてもほんと、現実と見分けつかないな……」
「だね……」
VR世界に降り立って、5分ほど。
ようやく落ち着きを取り戻した俺とユメ先輩は、改めて周囲を見渡しながら声を漏らしていた。
いや、本当。凄いのなんの。
視覚情報、見えてる景色は当然として、肌を撫ぜる風の感覚も、朝露に濡れた草の香りも。その全てが、VRじゃなくて転移で飛ばされただけのどこかですって言われても信じられるぐらいにクオリティが高い。
この感じなら、おそらく味覚の方も凄いのだろう。
……さっきから俺、凄いしか言ってない気がするな。
「で、こっからどうする?」
「たしか二人は『通信自体は繋げてるけど特に指示はしないから、好きに動いてほしい』って言ってたっけ」
「だったはず」
となると、と。
顔を合わせる。目を合わせる。
どちらからともなく『せーの』と口を開いて。
指差した先は、水の柱がある方向。
「ふふっ、お揃いだね」
「まあ、だってアレが一番気になるじゃん」
「だね。さ、行こ! アヤト君!」
今にも走り出しそうにしているユメ先輩の手を取って、歩き始める……というか、結局走り始める。普段の旅に付いてくる時よりも元気だし、相当テンション上がってるな、コレ。
……まあ、正直に言えば俺も人のことは言えないのだが。だってフルダイブVRだもの。全オタクの夢だろ。
そんなこんなで、辿り着いたは水の柱。
いや、というよりこれは。
「泉?」
「っぽいね。でも、じゃあどうなって水が上に昇ってるんだろ……」
「ファンタジーだし、何かの魔法とか? いやでも、魔法ってこの世界にあるのか……?」
「重力が逆転してるとか、そういうパターンかも!」
「あー、たしかにそれも定番っちゃ定番か」
なんて、二人して無音で立ち昇る水の柱を見上げながら言葉を交わす。
改めて見ると、相当高い。7、8メートルぐらいあるんじゃないか? でも、何か動力的な物も見えるわけでもない。というか……上まで昇った水はどうなってるんだ?
神秘が使えない以上は跳んで確認とかもできないし……くそぅ、思ったより不便だな。いや、キヴォトスに来る前はこうだったんだけどさ。
うぅむ、パッと見ではもう分かる事は無さそうだし。となれば、だ。
「って、え?」
思い切って水の柱に手を突き入れようとすると、目の前にウィンドウがポップアップする。なになに? 記された文章は……『Caution! 天壌を隔てし無銘の一柱:■■へ挑戦しますか?』。
「…………」
一度ゴシゴシと目を擦って、もう一度ウィンドウを見直す。『Caution! 天壌を隔てし無銘の一柱:■■へ挑戦しますか?』。
…………。
絶対ヤバい奴じゃん!!! ナニコレ!? この名前絶対裏ボスとかそんな感じでしょ!? 俺たちこの世界に来てから10分ぐらいだよ!?
アイエエエ、始まりの街isどこぉ???
「ア、アヤト君……! あれ!」
俺が間の一時間ぐらいを寝落ちした映画みたいな展開に慄いていると、ユメ先輩も何かを発見したらしい。クイクイと袖を引っ張られて、振り向くように言われる。
うん、まあ、多分これ以上の衝撃は無いだろうけどなぁ……
「っと、うわっぷ……何!?」
顔に叩き付けられる、さっきまでとはまるで違う強い風。視界の端で浅葱色の長髪が靡き、舞い上げられた草が飛んで行く。
そして、見上げた視界の先には──
「ドラゴン、それに……っ!」
「飛行城──天空の城だよ!」
空を浮く島々よりも更に高く、気の遠くなりそうなほど遠くを悠々と行く城。雲を割きながら見える色は、同じく真っ白な穢れの無い色。蒼穹に二重の意味で“浮く”姿は、しかしどこまでも美しい。
あれだけ離れているのにはっきりと視認できるという事は、おそらく大きさもかなりのもの。サイズ感がおかしくなりそうだ。
住処にしているのか、その周囲には何体もの竜が飛んでいる。
東洋の“龍”と表すべきものではなく、まさしくドラゴンと呼ぶべき西洋の“竜”。皮翼を広げて空を行く姿は、城と同じく威風堂々とした印象だ。
まさしく、これこそがと断言できるほどにファンタジーな光景だ。
だがしかし、それ以上に俺とユメ先輩にとって重要だったのは。
「間違いない……あの城!」
「ラピ○タだよね!!」
その城のデザインが、非常に見覚えのあるものだったことだ。
もちろん、そのまんまというワケではない。さっき言った通り、色やサイズ感などは違う。ドラゴンが近くに居たりするし。だが、その見た目は非常に記憶の中のソレと近しいのだ。
となれば──やる事など、一つに決まっている。
「アヤト君!」
「ユメ先輩!」
せーっの、と。
手を繋いで、大きく息を吸い込んで。
「バ○ス!!!」
空が、否、世界が光に包まれた。
次いで、衝撃。目も開けていられないほどの暴風。そして──何かが崩れ落ちる、ガラガラという音。
「え?」
「へ?」
思わず漏れたであろう声が、ちょうど二つ分響いた。俺とユメ先輩だ。
「……」
「……」
ダラリと、頬を伝う汗の感覚。思わず隣へと目を向ければ、同じくこちらを見たのだろう、ユメ先輩の金の瞳と目が合う。
「…………」
「…………」
そのまま、数秒。
ダラダラと冷や汗が顔を流れ──ってこんな所まで再現してあるのか、凄いな。……じゃなくて!
「ど、どうする? アヤト君……」
「どうしよっかぁ……」
ただの悪ふざけとして、言ってみたかったセリフを二人して叫んだだけだったというのに……なぜこんなことになってしまったんだ*1。
いやだからふざけてる場合じゃなくて!
「……ん?」
何か──崩れ落ちる天空城の残骸に混じって、何かが見えた気がした。
キラリと光を反射するそれは……
「水、晶……?」
ふと思い出す。
こんな何でもない場所にあった水の柱が、推定裏ボスエリアへの転移オブジェクトだったのだ。となれば、あんな“いかにも”な天空城にボスがいないなんて事があるのだろうか。
「ねえ、ユメ先輩。俺、ちょっと嫌な予感がするんだけどさ」
「き、奇遇だね、アヤト君……」
未だ中空を落下しているはずの水晶が、独りでに止まる。否、止まっただけでなく、その全体に罅を入れる。
崩壊の際の衝撃か、瓦礫が当たったのか……なんて訳ないですよねハイ。明らかにあれ内側から何か出てこようとしてますよね。
「うん、とりあえず……こんな危ない所にいられるか! 俺は初期地点に戻るからな!」
「アヤト君それ死亡フラグ! 逆に危ないやつ!!」
三十六計何とやら、こういうのはさっさと立ち去るに限る。
というわけで走っていると、不意に目の前にウィンドウが浮かび上がった。
『さっき急に天空城が崩壊したようだけれど……あなた達、何をやったの?』
「ひゃあ! リオちゃん!? びっくりしたぁ……」
「わ、分かんないッピ……!」
『状況的に見てあなた達以外に原因は無いのよ。再現性があるかも含めてバグは調査したいから、渋らずに教えてちょうだい』
「ひぃん、私たちも本当によく分かってないの~! ちょっとふざけただけだったの~!」
情けない泣き言を二人して叫びながら、それでも足は止めない。
既に背後から破壊音が聞こえ始めているのだ。振り返らなくてもヤバい事は分かっている。ちなみに振り返ったら竜人っぽい感じの女の子がブチ切れた表情で槍を振り回してた。
案外余裕あるなって? 半分以上は現実逃避だわ! ここ現実じゃないけど!
「ユメ先輩! あっち! 洞窟!!」
「分かった!」
『あの、だからその“ふざけ”の内容を……ダメね、聞いてないわ』
『まあまあ、それだけ楽しんでくれているわけですし。後で改めて聞きましょう』
セーーーフ!! 間に合った!!
洞窟内は狭いから侵入できなかったのか、はたまたエリア判定が切り替わったからか。どうにか俺とユメ先輩は惨劇から逃げ切る事ができた。
いやぁ、久々に肝が冷える感覚を味わった。
「ふ、ふふ……」
「ははっ!」
ぜぇはぁと肩で息をしながらも、顔を見合わせて零れるのは笑い声だけ。
うん、やっぱりこういうのもゲームの醍醐味だろう。さすがにハチャメチャが過ぎるけども。それでも、こうしてユメ先輩と……“一緒に”走ったりできるのは嬉しいから。
「さて……こっからどうしようか」
「うーん、戻ってまた襲われたら困るし……進む?」
「賛成」
「じゃあ行こー!」
俺とユメ先輩の冒険は、まだしばらく続くのだった。*2