【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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日常の一コマ・今回は、あなたの隣で

 

「パトロール?」

「そ~。いつもは一人でやってるんだけど、今回はちょーっと遠くまで行こうかと思ってて……できればもう一人、付いてきてくれる人が欲しいなって」

 

 アビドスで過ごしていたある日の朝、ホシノが訪ねてきた。

 それも、普段の制服姿ではなく、最終編で見せていたフルアーマーホシノの姿で。

 

「最初は先生に頼もうかとも思ったんだけどね……」

「あー、ようやく防衛室周りのが一段落ついたタイミングだもんなぁ。そりゃ声もかけづらい」

「頼んだら喜んで来てくれそうなのが、またね……」

 

 二人して苦笑を漏らす。

 ワーカホリックというわけではないが、あの人が生徒の頼みを断るワケがない。何か予定が入っていれば話は変わるかもしれないが……疲労が溜まっている程度なら無視して子どものために動こうとするだろう。

 

 デスマーチ明けの今であっても、それはきっと変わらない。

 うん、普通に気を遣うな。

 

「でも、俺が行っていいのか? あ、いや、別にパトロールが嫌ってわけじゃなくて。その、自分で言うのもアレだけどさ。俺の立場って、ほら……」

「まあ、それはそうなんだけど。ただ、今回はパトロールって言っても普段とは違う事しようと思っててさ」

「ほうほう?」

「砂漠横断鉄道、あるじゃん。アレの昔の路線をチェックしたいなって思ってるの。ただ、そうなると……」

「あー、ビナーに遭遇するかもって事か」

 

 俺の言葉に、ホシノはコクコクと首を縦に振る。

 

 砂漠横断鉄道計画。

 十数年以上前にセイント・ネフティスが実施しようとした計画であり、そして頓挫した計画でもある。が、最近だとそっちよりも新しい方が有名になりつつもあったり。

 

 正確には、ユメ先輩が復帰したことで正式に再稼働し始めたアビドス生徒会、繋ぎ手がカイザーを買収して立ち上げた“明日の結び目”、そしてセイント・ネフティスの三組織が合同で立ち上げた大規模開発事業が、だが。

 

 いや、実際、“大規模開発事業”と呼ぶしかないのだ。なにせ、基軸となる砂漠横断鉄道以外にも都市の再建や緑地化計画など、多岐にわたりすぎる計画が色々と練られているのだから。

 アビドスに古くから住んでいる人はまだセイント・ネフティスへ厳しい視線を向けていたりするが、その一部は繋ぎ手の姿を見て態度を軟化させたとかどうとか。やはり、アイツもアイツでそこそこネームバリューがある方らしい。

 

 で、ただまあ、アビドス砂漠には知る人ぞ知る蛇もどきがいるわけで。

 以前の路線にはアイツのせいで崩れている場所もあるから、それをチェックしておきたいというのがホシノの考えなのだろう。

 

「うん、それなら俺が行く方がいいだろうな」

 

 色々と得心がいく。

 なるほど、ホシノがこうも重装備を着込んでくるわけだ。

 

 それに、あくまでもビナーは遭遇の可能性が……それも僅かにある、という程度。対策委員会総出で出向くほどかと言われれば疑問が残る。が、それはそれとして一人で向かうのもリスクがある。

 で、まあ、自慢ではないが──預言者が絡んでくるなら、俺以上の適任もいないだろう。交渉役としても、単純な戦力としても。

 

「……そんな申し訳なさそうにせんでくれ。先生と違って俺は戦うしかできないんだから、これぐらいはむしろやらせて欲しいぐらいなんだし」

「そう言うとは思ったけどさ……でも、アヤトさんはこれまでに十分すぎるぐらい頑張ってきたんだし……」

「子どもがんなこと気にしないの。俺だってもう二十歳を超え……多分超えてる大人なんだから、もっと頼ってくれないと。それとも、俺はそんなに頼りないか?」

「うっ、それは……頼りにはなるけど」

「それに、ホシノ。君とユメ先輩が俺をこの世界に戻してくれたんだ。その分力になりたいって思うのは、悪いことかい?」

「……それはズルじゃん、もう」

「ふふん、大人はズルいんだ。っつーわけで、ちょっと待っといてくれ。すぐに準備してくるから」

 

 まったく、ホシノだけじゃなくユメ先輩も先生も、最近は繋ぎ手も、誰も彼も俺に遠慮しすぎなんだ。子どもたちのためならこっちからお願いして手伝いたいぐらいだし、周りが何かしてる中俺だけが何もしてないってのは逆に申し訳なくなってくるんだ。

 いっそのこと、これからは勝手に動いて手伝ってやろうか? ……普通に騒動を引き起こして邪魔になる気もするな。

 

「ま、後のことは追々考えますかね」

 

 考えられるだけでも、十分すぎるぐらいに幸せなんだし。

 

 

────────

 

 そんなこんなで、出発から6時間ほど。

 俺とホシノは現在……空の上を旅していた。

 

「いやぁ……その、ごめんね? アヤトさん」

「このぐらいなら大したことないって。それに、道中の諸々は俺も納得しての事だったんだからさ」

 

 飛行機などではない。

 俺がホシノを抱えた──それも、いわゆるお姫様抱っこだ──状態で飛んでいるという、言ってしまえばそれだけの事だ。

 

 ……人間は空を飛ばないって? 知らん知らん、俺はただ神秘で翼を編んでるだけだから理論上は誰にでもできるはずだ。

 そもそもキヴォトスなら翼持ちの生徒だって珍しくないんだ。飛べる子だって一人か二人はいるんじゃない? 知らんけど。

 

 ちなみにこうやって空の旅をしている理由の方も単純で、地面を歩いて移動していられる時間が無くなったからだ。

 さらにちなむと、姫抱きになった理由の方はホシノが希望したからで──決して、一切、絶対に俺から希望を出したワケではない。違うからな!

 

 まあ、とはいえ、困ってる人を見かけたなら助けざるを得ないし、なんか集まって悪巧みしてるカイザー残党を見つけたら潰さざるを得ないし……つまりはあれだ。

 

 「仕方なかった」ってやつだ。

 

 なんて冗句はさておき。

 実際、少しではあるが道程からは余裕が無くなっている。今日中に帰れないのはともかく、明日も帰れないなんて事になるのは困るからな。

 俺が足代わりになるのもやむなし、というやつだ。

 

「ところでさ。聞いていいのか迷ってたんだけど……アヤトさん、そんな服持ってたんだね」

「……やっぱり似合ってない?」

「ううん。ちょっとびっくりしたけど、かっこいいと思うよ」

「…………それは、どーも」

 

 砂漠の中を行くというのと、今日中に帰れない可能性もあるという事で、俺は家を出る前に普段着から着替えていた。

 

 身に纏っているのは……なんて言えばいいのか。機能性としては、昔の“マクガフィン時代”の黒の装束にかなり近しいんだが。つまりは防弾・防刃・防炎・防水・耐衝撃etcを備えたそこそこおかしい防護服だ。

 ただ、デザインは全く違っていて……そうだな。イメージとしては、トガ*1だったか。あれなんかが近い気がする。もっとスッキリした形ではあるが、受ける印象が本当にそっち系なのだ。

 

 ちなみに色は白を基調に薄青と金が差し色として配されている。うん、めちゃくちゃ神聖な感じだ。

 マクガフィンから外そうとした結果だってのは分かるんだけどさ……さすがに俺には似合わなくないか?

 

「お世辞じゃないよ?」

「それはまあ、伝わってるけどさ……つっても、これまで怪しい黒ずくめの見た目だったのがこれだろ? さすがに違和感があるっていうか」

「うーん、別にそんな気にしないでいいと思うけど……ほら、あの、聖人化? してた時だって真っ白になってたんだし」

「うっ……それもそうかぁ」

「それで言ったらさ。昔の装備引っぱり出してきたからだけど、ほら、おじさんだって普段はだらけてるのに急にこの格好になったんだよ? 違和感凄かったでしょ」

「いやだってホシノはかっこいいじゃん」

「うへ? …………その、そういう事を言いたいんじゃないんだけど」

 

 一瞬だけきょとんとした後、何故かじとっとした目を向けてくるが……ホシノは分かっていない。

 何も分かってない。

 

「いいか、ホシノ。普段おっとりしてるからこそ本気を出した時とのギャップが凄くなるんだ。かわいさとカッコよさの両立なんてそうそうできる事じゃないんだぞ。それに小柄な身体に重装備ってのは全人類のロマンであってだな……」

「ああもう! いいから!! 分かったから!」

 

 むぅ、まだ語り足りないぞ。

 

「もう十分だからね!?」

「およ、なんで……って、ああ。pathが緩んでたのか」

 

 揺れであったり風であったり、あるいは同じように空を飛んでいる鳥であったり……今回は俺一人ではないという事で、飛行には実はかなり気を遣っていたりする。

 というわけで、逆にそれ以外の部分に対する意識はどうしても薄くなってしまうのだ。

 

 まあ、今回は物理的な距離も近かったから内心を読み取られてしまったんだろうけど。

 

 

 ……他の事に思考が移ったのと赤面してるホシノの顔を見てたら、段々と冷静になってきたが。

 さっきのオタク語り、若干……そこそこ…………いや、かなりキモかった気がするな。あれだ、推し語りが止まらなくなったオタク特有のあれ。

 

 自制しよう。真面目に。

 ホシノの嫌がる事をやるなんて論外だからな。親しき中にも礼儀あり、だ。

 

「……おじさん、そこまで気にしろとも言ってないんだけど。顔にまで出てるよ?」

「…………ど、どうした? 気のせいだろ? 俺がそこまでナイーブな精神してるとでも?」

 

 再度、じとっとした視線。

 そして、ボソッとした“伝わってない気がするなぁ”という呟き。

 

 ……いや、まあ、伝わってはいるのだ。自慢でもなく客観的な事実として、俺はホシノから少なくとも悪くは思われていない。

 無理やり繋ぎ直されたpathを通じても、それはぼんやりと伝わっている。本当に優しい子だ。

 

 だからつまりは、問題は俺の方にあるわけで。

 端的に言ってしまえば、距離感を掴みかねているのだ。

 

 関わりのほとんどなかったシロコ*テラーや、逆にほとんど異体同心レベルにまでなっていたユメ先輩はともかく……ホシノとは敵対者としての関係がほとんどだった。というか、特にホシノはそれが顕著だったのだ。

 こうして平和になって傍に居られるようになって、逆にどう振る舞えばいいのかが分からなくなるというのは……うん、そうおかしな悩みでもないだろう。

 

 なんて考え込む俺に溜息を一つ吐くと、ホシノは話題を切り替えた。

 あるいは、爆弾を放り込んできた。

 

「ね、アヤトさん。この際だからこっちも聞いておきたいんだけどさ。キヴォトスに来る前、私の事が好きだったって……本当なの?」

「えふっ……ごほっごほっ。ぐっ、ごほっ!?」

「うひゃあ!? ちょ、急に聞いたおじさんも悪かったけど落ちないでね!? さすがにこの高さは怪我するよ!?」

「いやまずそれ誰から聞いたの!?」

「……その反応、本当だったんだ」

 

 あの、ホシノさん。

 危ないんで左手放さないで欲しいんですけど。いやそんな髪の毛くるくるさせて目を逸らされたら気まずいんですけど。微妙に顔を赤くしてまんざらでもなさそうにされたら本当に困るんですけど。

 

「ユメ先輩の『アヤト君は凄いんだよ自慢』の中に一回だけ入ってたけど……ふーん。へーえ。そうなんだ」

 

 あんの人はぁぁあ!!! 何をしてくれてやがるんですか!?

 人にはプライバシーってものがあるんですよ!? いやpathがユメ先輩にホシノにプレ先にまで繋がってる俺が言える事じゃないけどさ!

 

「……ね。アヤトさんの知ってるおじさんは、どんな子だったの?」

 

 目的地である駅までは、まだ少し遠い。

 日差しも和らぎ始め、風も強くはない。当然ながら、第三者もいない。

 

 まあ、つまりは。邪魔立てする物は──どこにもない。

 

 仕方がない、か。

 観念すると、俺は訥々と言葉を紡いだ。

 

「そう、だな。優しくて、かわいらしくて、強くて、かっこよくて……でも、弱い女の子だった」

「…………」

「そんなに深くまで知ってるわけじゃないけど、うん。誰よりも矢面に立って、色んなコトを自分一人で解決しようとするぐらいに優しくて。後輩たちとアビドスのためなら迷わず自分の身を差し出せるぐらいに強くて。でもそれを外に出さずに、のほほんとかわいらしく振る舞っていて。……そして、ずっと過去を引きずって、潰れそうになるぐらい一人で抱え込んでしまうような。そんな子だった」

「……そっか」

「うん」

 

 そんなホシノだったから、俺は好きになったんだ。

 もちろんそれは空想の存在に向ける好意であって、実際に人に向けるような恋愛や親愛のソレではなかったかもしれないけど。

 

 でも、そんなホシノだからこそ。俺は目を奪われて、どうか幸せになってくれと願ったんだ。

 

「たしかに、その子は私と似てるけど……うん。でも、違うね」

「え?」

「だって私は、頼れる人がいっぱいいるから。後輩たちに先生、リオちゃんもそうだし……何より私には、ユメ先輩とアヤトさんがいるから。だからもう、一人で抱え込むことはないの」

 

 思ってもいなかった言葉は、けれども案外すんなりと腑に落ちた。

 ホシノの言葉が、雰囲気が、それだけ真剣で──何よりも、満たされたものだったからだろう。

 

「う~ん……やっぱり、ちゃんと言葉にしないとダメか」

「……?」

 

 ギュッと、首に回された手に力が籠められる。

 持ちあげられるように、その小さな顔が近付いてきて。

 

 

「あなたのおかげで、私は変わったの。あなたの知っていた私よりも……そしてあなたの知っている私よりも。ずっと、ずっと」

 

 

 くすり、と、頬に小さな吐息。

 数センチあるかないか、今にも触れ合いそうな距離で。

 

 

「だから、気にしないで。アヤトさんはアヤトさんのまま、もう演じたりしないでいいの。“ただの”アヤトさんとして、私たちの傍に居て。ね?」

 

 

 大きく、花が咲いた。

 夕陽の橙色に照らされて、柔らかく、美しく、どこまでも鮮やかに。

 

「……俺は、きっと君が思ってるほど凄い奴じゃない。些細な事で悩むし、鈍感なフリをして逃げる事もある」

「うん」

「こうして、年下の女の子にフォローを入れさせてしまうほどで……」

「うん」

「それでも、いいの?」

 

 沈み切る直前。

 西から射す橙色の光が、砂面に大きく反射して金色に変わって、眩く辺りを照らし上げる。

 

 市街地からは遠く離れ、風だけが緩やかに流れる中に俺とホシノは二人だけ。ポツンと打たれた点のように、二人だけだ。

 でも、かつてとは違ってすぐ近くで。対峙するのではなく、並び合っている。並び合って、同じ方向を向いている。

 

 だからこそ見えてきただろうし、もう分かっているはず。

 俺は凄い人間ではなくて、ただ偶然に力を得てしまっただけの一般人だ。弱くて、脆くて……すぐいっぱいいっぱいになる。もしかしたら一般未満でさえあるかもしれない。

 

 でも、そんな俺に。

 彼女は──小鳥遊ホシノという少女は、また笑って。

 

「いいに決まってるでしょ? 私は、マクガフィンじゃなくてそんなアヤトさんと一緒に居たいんだから」

「……ありがとう」

 

 ギュッと、今度こそ抱きしめられる。

 触れ合う温度は温かく、命が鼓動を打っていた。紛れもなく、ここに生きている一人の人間として。

 

 そしてきっと、それは俺も。

 

「これから、改めてよろしくな。ホシノ」

「こちらこそ、アヤトさん」

 

 まだしばらく、夕陽と風に彩られた空の旅は続く。

 世界は、どこまでも美しかった。

 

 

 

*1
古代ローマ時代の服

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