―1―
日本政府直轄特殊部隊『インビジブルシャドウ』
第二次大戦の傷跡も癒えた高度経済成長期に発足したそれは戸籍すら抹消された『存在しない人間たち』が『少年兵』として隊員を務め、日本の治安維持のため暗躍した。
任務内容は反政府勢力の殲滅と危険人物の排除をはじめとする、日本の国益と国体を破壊しようとするすべてを未然に摘み取ることであり。
超法規的な存在であり政府の人間の中でも存在を知るものは少ない、まさに『見えざる影(インビジブルシャドウ)』の集団である。
それが、境界戦による孤児となった『彼』を育て上げた機関であり。
彼と同じような少年少女達によって構成された『インビジブルシャドウ第六分隊』の宿舎。
そこで『彼』は啓示を受けるのだった――
「……つまんねぇ」
白い髪の少年は、硬いベッドに横たわりながらスマホをいじり呟く。
簡易的な二段ベッドが二つ並んだ部屋は狭く、同室の三人の少年は既に眠りにつき静かな寝息だけが響いて。
青い月光が差し込むボロボロの平家を補修した質素な宿舎は、周りを森で囲まれ。
家屋と草と土の臭い、そして少年たちの汗の臭いに包まれながら。
天井に視線を移して、まだ第二次成長期の真っ只中といった様子の少年はため息を漏らした。
(毎日毎日、同じことの繰り返し……生身の人間をぶっ殺して、アメインに乗ってぶっ殺して、レジスタンスの基地を破壊して、変態のオッサン相手にハニトラ仕掛けて……)
嫌気がさしていた。
自らを取り巻く全てに。
(……こんなくせー小屋の中で寝て、また起きての繰り返し)
別に、自分を育てた組織の思想などに疑問はなかった。
特殊部隊として育てられた自分には、人を殺すことぐらいしかやれることがないとわかっていたし。
自分が生まれた『境界戦』が始まるずっと前から、日本政府および『インビジブルシャドウ』が腐り切ってしまっていて。
今やその『治安維持』の名のもとに行われる暗殺や粛清が、主に北米との協調路線および他国の属国化に反対する勢力、日本の独立させようとするレジスタンスやテロリストを排除するためだけに使われようと。
愛国心の類の感情の無い彼にとっては、知ったことではなかった。
(こんなことをしている間に……ボクの一生って終わっちゃうのかなあ)
漠然と、そんな気持ちが胸をよぎる。
同年代の少年少女たちは、まったくそんな気持ちを抱かない。
インビジブルシャドウによって育てられた彼らは、洗脳教育によって疑問を抱くことを本能的に忌避するようになった操り人形であり。
『彼』だけが、そんな中で自分自身を失わず。
いまだその心の中に、くすぶる何かを感じて。
それが何なのか分からず、悶々としていた。
しかしー
『では次のニュースです、本日午後5時ごろ、アジア協商の領地内に乱入したアメインが同軍の指揮官の人身売買をはじめおした日本人への非人道的行為を世界に告発し、駆けつけた部隊を全滅させるという事件が起きました』
手元のスマホに映し出されるニュース映像を眺めていると、日本人のキャスターが神妙な面持ちで語りだし。
そして、事件の現場を撮影した映像が流れていき。
夕日に染まる大きく赤い駐留軍の施設の前で、巨大な白いアメインがアジア軍の高官らしき男に寸止めの鉄拳を放つ姿が映し出された。
『どうだ!圧倒的な力で迫られたら怖いだろう!痛いだろう!大人なのに……なんでそんなこともわからないんだ!!』
顔面に二つの瞳に見える多面体のカメラアイをもった白き機体は民衆たちを背にして、パイロットらしき男の声が響いて。
小さなスマホに映し出されたその姿に、少年は目を奪われていた。
「な、なんだこれ……なんなんだ、何言ってんだ……こいつ!?」
理解ができなかった。
その男が放つ、言葉の意味が。
だが、少年の瞳にはその白き巨人の姿が焼き付いて。
『いいか……今後、同じように日本人たちを虐(いじ)めてみろ、この俺が、ケンブが!!お前たちを必ず倒す!!』
その叫びに、電撃が走るような衝撃を感じた。
弱き人々を守るため、白き巨人は雄々しく立ち上がり、夕日の中でアジア軍のアメイン『ニュウレン』を相手に戦い。
非常に洗練されたフォーメーションで四方から迫る十数機のニュウレンの群れを、白き巨人が鉄拳と奪った斧だけで蹴散らしていく。
強い。
その白き巨人は、あまりに強かった。
機動力も装甲もパワーも、そのすべてがニュウレンとは比較にならず。
あまりの力の差が開きすぎて、人間と野生の熊が対面しているかのようだった。
銃弾を弾き、ニュウレンから奪った斧で胴体を叩き折り。
返す刃で背後の機体の首を斬り飛ばし、驚異的な跳躍力で宙に舞い。
その落下のスピードを活かした跳び蹴りで複数機のニュウレンを一気に轟沈させていた――
「やべぇ……こいつカッコいい、やべぇ!これ!やべぇ!」
少年は思わず、暗闇の中で叫んでいた。
あまりの衝撃に、今の今まで押し込めていた感情は濁流となって殆ど死んだ語彙力で出力され。
手を強く、握りしめて。
(弱き者を護るために戦う最強で最高の存在……そう、それはヒーローだ!!)
その巨人とパイロットが、自分をがんじがらめにしていた世界の常識を全て破壊していくのを感じた。
そして少年は――真田アラタは『天啓』を得た。
自分の生きている意味を、『そこ』に見出してしまったのだ。
(そうだ、ボクは……『このため』に生まれてきたんだ!!)
この白き巨人と、それを駆る者と共に戦うことが自分がこれまで戦士として生きてきた『意味』であり。
『侵入したアメインのパイロットは、先日報道した同型の機体を組み上げたテロリストの少年である可能性が高く関係各所が情報収集にあたっています』
ニュース映像が切り替わった瞬間に、アラタはスマホの電源を落とし。
そして十数年ぶりに輝きを取り戻した大きな瞳を見開いて、狭い部屋の中を見回し。
自身の身体が、ひどく熱をもっていることを感じながらも。
頭は機械のごとく冷静に『これから自分が成すべきこと』を思考して――
「……こいつら、邪魔だよな」
――小さく、呟くのだった。
眼前の少年達は政府直轄の少年兵であり、生きていれば必ずあの白い巨人と敵対してくる。
これからのことを考えたら、生かしておく理由は無い。
「ったくうるせえなあアラタ、お前……そのニュースは九州の『ヤタガラス』だろう?」
そんなことを考えていると、二段ベッドの下から、金髪に青い瞳の少年『キバガミ・ユウヤ』が顔を覗かせてきた。
中性的で整った顔立ちとややがっしりとした体格の彼は、元々は日本人である母親と結婚を約束していた北米軍の軍人の父親の間に生まれて。
産まれた直後に父親である北米軍の軍人が母親との結婚を一方的に破棄し、経済的にも困窮していた母親に捨てられ『インビジブルシャドウ』によって拾われ。
「この白いアメインは『椎葉アモウ』が乗ってるヤツだよな、多くのデータがなぜか消失しているが情報部がだいたいの情報を掴んでいるから――次の任務の内容は、九州に出向いてこいつらを殲滅して機体を回収することになるだろうな」
アメイン操作や要人暗殺を得意としていて、気さくな性格で少年兵たちのリーダーシップ的な存在で。
判断能力も高く、アラタともよく喋り。
二人の仲は、良好だった――
「どれだけ強いアメインだろうと、寝込みを襲えば倒せるだろうしね」
「ああ、そういうことだ……こういう連中は今の日本には都合が悪い、今の日本に残された道は北米の植民地になって生き残ることだけだからな」
――だが、今のアラタにとっては障害の一つでしかなく。
「次の任務でも頼りにしてるぜ、アラタ――――グブッ!?」
ドシャッ。
サイレンサーをつけた小型銃を布団の中から発射して、アラタは彼を排除して。
「椎葉アモウ……さんか、素敵な名前だなぁ」
物音に跳び起きた、残りの二人を何の迷いもなく射殺して。
アラタは恍惚とした表情で、窓ガラスを投げ捨てた机で砕くと。
そのまま施設の外へと駆け出していく――
「待っててくださいねアモウさん――ボクは絶対にあなたのもとに行きます、この真田アラタはそのために生まれたんだッ」
――そして、その夜。
真田アラタは奪取したジョーハウンドの全火力をもって『インビジブルシャドウ第六分隊』の家屋を破壊。
多くの少年兵や隊員達を死傷させ、機体を破棄して逃げおおせた。
そして各地のレジスタンス組織を転々として『鋼のゆりかご』に合流し。
小千谷ナナミが与えた『メイレスゲンリャク』を駆り、AI『ジャック・オー』とともに各地を転戦して、今に至る――
―2―
アメイン輸送用トレーラーと合流し撤退を果たしたアモウは、4時間ほど車に揺られながらもその道中は疲労で眠りについて。
起きた時にはすでに深夜を回っており、かなりの距離を走ったトラックは新日本協力機構が統治する街の中へ入り。
その一角の工場地帯に入ったトレーラーは、そのまま一際大きな工場へと入り。
アメインが直立したまま格納できるハンガーが5つ並び、トレーラーを格納できるスペースが二つ備わった大型格納庫を備えたその場所こそ、レジスタンス『鋼のゆりかご』の本拠地だとナナミから説明を受けるのだった。
「紹介するよ先輩、我らレジスタンス組織『鋼のゆりかご』の副代表の佐橋レンだ……ここでは1番の年長だね」
煌々と白く輝く照明の下、格納庫に一列に並んだ数名のスタッフをナナミは紹介していく。
「君が『椎葉アモウ』君か、初めましてだな……君のケンブ斬、凄まじかったな」
子綺麗なスーツに身を包んだ、短い髪と眼鏡をかけた理知的な顔立ちの男だった。
佐橋レンは『鋼のゆりかご』の副代表であり、四十代後半ではあるが日本解放の志をともにする小千谷のものでレジスタンス組織の運営をしている。
奔放な性格の小千谷のフォローをする苦労人である。
「初めまして、いえ……あれを用意してくれたみんなのおかげです、そうでなければ俺はあの場で死んでましたよ」
差し出された手を握りしめて、アモウは告げ。
「謙虚だな、だが好感の持てるいい少年だ……まあ、新日本から間借りしてる施設だが、ゆっくり休んでいきたまえよ」
「ありがとうございます」
信頼できる大人だと、アモウは直感した。
旅をしていると必然的に、そういった人間の真贋(しんがん)を見る目は鍛えられていく。
また、そういった人でないと小千谷ナナミのような奔放な人間のフォローは出来ないのだろうと、彼は納得していた。
「続いて彼がメカニック担当の初芝(はつしば)ジョウジ、生真面目な奴で仕事は丁寧で確実だ、ケンブ斬二式も彼が最終調整をした……仲良くしてくれると助かるぜ」
「……ジョウジです、機体のことで分からないことがあったら何でも聞いてください、二式は特殊な機構が多いので」
副司令の隣に立つやや背の小さな青年が紺色の作業着で手を拭き、そのままアモウに手を差し出す。
「ありがとう、あとでまた話を聞かせてください」
アモウはその手と握手を交わし、アメイン整備士に特有の厚く硬い皮を肌で感じていた。
巨大なパーツや精密な部品を扱うメカニックマンの手であり、アモウも旅の道中で何度もアメインをいじってきたから分かる。
同類の人間の手であると。
「了解です」
そして機械いじりが好きな自分としては、あとでぜひ話が聞きたいと思うのであった。
「あ、あああ…あのっ!メカニック補助の刈谷(かりや)ルミです!!」
同じく紺色の作業着を着た、分厚い眼鏡とおさげ髪の少女がアモウの前に飛び出てきて。
「お、おう…」
その地味な顔は汗をかいて、かなり焦った様子でアモウも思わず声を詰まらせた。
「あっ、すみません!!私少し話すの苦手で……でもっ、椎葉さんに会えて嬉しいです!!いっしょに日本を解放していきましょう!!」
俯いたまま手を差し出してくるので、アモウもそれを握って。
「ああ、俺にできることがあれば……なんでも言ってくれ」
そう、迷わずに言い切るのだった。
「俺は瀬川ユウシロウ、ジョウガン改二のパイロットだ…よろしくな『北陸戦線の英雄』サン」
そして、アモウはユウシロウが差し出した手を握り返し。
その瞳の奥に深い絶望を見た。
苦労を重ねた人の瞳であり、温和に微笑むその顔にも辛さが滲み出ていて。
「よろしくお願いします、ジョウガンのパイロットなんですね」
「ああ、確かヤタガラスでも同じ機体が使われていたよな」
アモウはその絶望に触れないように、話題を広げていく。
多くの人が絶望や苦痛に包まれた日本を旅してきた彼だから、そういった気遣いも自然にできるようになっていた。
「ええ……俺の親友も、ジョウガンに乗ってましたから」
「親友か、いいな……そういうの、オジサンには眩しいや」
今は離れて戦う親友を想うアモウを前に、ユウシロウは自嘲気味な笑みを浮かべて。
そのユウシロウの後ろで延々と俯いたまま何かブツブツと呟いている少年を、ナナミは苦笑しながら見つめ。
「さて、最後の一人なんだケド……」
ナナミの反応はまるで、その少年をアモウに見せたくないようであったが。
「あ、アモウさん!!はじめまして……ぼ、ボクは!!」
ひどく赤面したまま少年は立ち上がり、椎葉アモウのもとに飛び出てくると。
顔を伏せたまま、その白い手を彼の前に突き出すのだった。
「メイレスゲンリャクのパイロット『真田アラタ』です!!」
まるで少女のような顔立ちの、研ぎ澄まされたナイフのような冷たく危険な美しさをもった少年。
そう、アモウは直感した。
「あの3年前のアジア軍への『英雄宣言』を見て……ずっと、ずっとあなたに憧れて生きてきました!一緒に戦えて本当に嬉しいです!!」
冷たいその手をとり、握手をして。
「あ、ああ、ありがとう……よろしく頼む」
「うぉおぉっ……あ、アモウさんに頼むッて言われた、頼まれちゃったよォ……し、幸せ」
感涙しながら、へなへなと力の抜けた掌で握り返してくるその少年の顔を見つめて。
「あ~なんか絶対いまボクきっめえ顔してるよ……えへへ、うわぁ」
『ヤバい協力者』が彼であると、アモウはすぐさま実感した。
真田アラタの細やかな情報は、先ほど撤退する車両の中でナナミに見せてもらったが。
その特異な経歴以上に、本人は繊細でいて危うい雰囲気をまとっていて。
「『英雄宣言』なんて大層な呼ばれ方をしているけど、あれは……あの時は、思ったことを口走っただけなんだ、だから別に――」
彼もまた、自分に『英雄像』を求めるのか……そうアモウは思いつつも。
新たな出会いに素直に喜べなくなっている自分に、辟易(へきえき)としていた。
いつからだろうか、そうなってしまったのは。
「さすがはアモウさんだなあ、思ったことを言うだけで多くの人の心を掴んでしまった……なんて素敵なんだ、ううっ」
「ほ、本気で泣いてる……?」
最初は、『あの放送で勇気を貰えました!』『ファンになりました!』などと言われれば、気恥ずかしさとともに嬉しさもあったが。
最近ではそういう手合いは、あしらうことが増えてしまっていた。
「悪いね先輩、アラタのヤツは重度の椎(しい)アモファンでね……私と出会ったときにはもう、こうだったんだ」
「いや、別に……っていうかその略し方をやめて」
が、彼はこれから共に戦う仲間であり。
「ああ、アモウさんと一緒の空気を吸えるだけで幸せ……おお、おええっ」
それ以上に、このレベルにまでなった少年を放置できないので。
一緒にいる間に少しでもマトモと言える状態になれるよう、関わっていこうと思うのだった。
「まあ、とりあえず挨拶はこの辺にして、アモウも疲れているだろうからさっさとお開きにしようぜ」
「そうですな……それでいいですよね?代表」
ユウシロウに言われ、佐橋副代表はナナミに問いかけ。
ナナミも、嗚咽をもらして泣いてうずくまったアラタを一瞥すると。
「ええ、限界オタクも限界みたいだし……先輩ももう部屋で休んでちょうだいよ」
うんうんと頷き、アラタの背中をさすりながら。
椎葉アモウに対してそう告げるのだった。
「あ、ああ……じゃあ、彼は頼んだからな?」
「おう、任せたまへ」
「じゃあ、いこうぜアモウ……案内する」
「ええ、お願いします」
かくして、アモウはアラタに会釈しながらユウシロウに共にその場をあとにして。
格納庫には、アラタの嗚咽とアメインを整備する鉄や人の足音が響いて。
夜は更に深まっていくのだった――
つづく