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「寂れた町を見せて申し訳ないなアモウくん、私がこの町の代表になってから5年が経過したが……近年は不漁が続いてね、海上はアジア協商との衝突を避けるためにあまり遠くまで漁に出れないのだよ」
検問所と人気(ひとけ)の無い漁村を抜け、椎葉アモウは町の代表者である『レドガー』の屋敷へと招かれた。
町の中心街に建てられた手広い軍事施設の隣に、高い塀に囲まれて建てられた洋風の真新しく白い屋敷だった。
四つの別邸に囲まれた三階建ての本邸の中には十数人のメイドや使用人が働いており、そのすべてが外国人だった。
椎葉アモウは厚意に甘え、風呂と部屋の一室を借り。
「そうなんですか、確かにこの周辺は地政学的にアジア協商の勢力の影響を受けやすい」
今はだだっ広い食堂の広いテーブルで、レドガーと共にディナーをとっていた。
レドガーはアモウが他の使用人に世話になっていた時間も仕事をしていたが、その疲れなどはまったく見せず。
「その通りだ、ひとたび衝突したらこの町を奪われるかもしれない、勝てぬ喧嘩はしないのがこの町の軍の司令官と私の意向でね」
上座の席に座った彼は慣れた手つきで分厚いステーキを切り分け、苦笑いを浮かべていた。
「かと言って、軍もいつまでも手をこまねいているわけにはいかない――上からはアジア協商の海上勢力への一大反抗作戦及び離島の奪還をせがまれていてね、この町の軍も参加することになっている」
頭上にはシャンデリアが輝き、広いテーブルの上にはポタージュスープや生ハムが乗ったサラダ、ステーキにパン。
アスパラとジャガイモが添えられ、バターソースとバジルがかけられたサーモンのバター焼き。
様々な料理が二人の前に綺麗に並べられていた。
「ああ、すまん、日本人の君には聞き苦しい話だろう……忘れてくれ」
と、言いつつも男は悪びれる様子はなく。
「美味い物を食う時くらい、雑念は捨てたいものだよな」
苦笑いを浮かべたまま、ステーキを口に運び、瞳を閉じて食感を楽しんでいるようだった。
「いえ、今は日本中どこでもそうですから……この2年半、俺はずっと見続けてきました」
アモウは貸し与えられたスーツを見に纏い、ナイフとフォークを器用に使ってステーキを切り分けて。
口に運んでいく。
ひと通りのテーブルマナーは、少し前にロシア貴族から晩餐会に誘われた時にレクチャーを受けていた。
最初はおぼつかない様子であったが、ロシア貴族の青年が「あとでこういった場で恥をかくから」と入念に教えてくれたのが功を奏した形であり。
「それに、美味しいものを美味しく食べられるうちは食材に感謝して味わいますよ、どんな話を聞いていたとしてもね」
アモウは口の中でとろけそうなほどに柔らかなステーキ肉の食感を味わいながらも、青年に感謝の念を抱いた。
(この肉も、スープも日本人から搾取した力で生み出されたものだ……でも、俺はこれを血肉にする)
日本を分断し搾取する外国の人間のもてなしを受けることの、矛盾。
それを最初は胃が受け付けなかった、味がしなかった。
だが、今の彼は違う。
漫然と口に物を運ばず。
(決して無駄にはしない)
食材に感謝し、すべてを血肉として生きる。
「ほほう、意外と豪胆な少年だ……面白い気に入った、遠慮せずジャンジャン食べたまえ」
そんな彼の様子を興味深げに見据え。
「私もジャンジャン食うよ、私の屋敷だからネ」
レドガーはステーキを完食すると、赤ワインを飲み干して。
食堂の隅で待機していたイゴールに目配せすると、しばらくして新しいステーキ肉を持ってこさせていた。
その一連のやりとりを見ていたアモウは、よく食う男だな、と思った。
しばらく二人は無言で食事をして。
テーブルの上に並べられた料理を完食すると、レドガーが口を開いた――
「それにしても、アモウ君は『北陸戦線(ほくりくせんせん)』のあともずっと各地を巡りまわっていたのかね?なぜ……またこの九州(ちいき)に?」
――非常に、軽快な雰囲気をまとって話を始めるが。
「別に、全国ご当地の美味いもの巡りを満喫(スタディ)していたわけでもあるまい?」
アモウは理解していた。
探(さぐ)りを入れられている、と。
もう、この二年半で同じような状況に何度か遭遇してきた。
最初の頃は少し馬鹿正直に話すことも多かったが、それで危うい事態に陥ったこともあった。
「そうですね、よく聞かれます」
だから今の彼は人を信じつつも、用心深くなった。
今の自分は、ただただ漫然と旅をしているわけではない。
普通の少年だった自分は、偶然発見した『ケンブ』を完成させ。
AI『ガイ』をはじめとする、かけがえのない仲間等との出会いや、死別を乗り越えて。
ゴーストを排除し、新日本協力機構を設立するために北陸戦線を戦いぬき。
そこから2年半全国各地を周り、更に色々なものを見て。
多くの人や物と出会い、さまざまなものに触れ、色々なものを食べていきてきた。
だから、人を信じる心を失い、遠ざけてるわけではない。
むしろ、以前よりももっと人が……この日本という国が好きになったと、今では思う。
「最初は知っている土地や知り合いの所を巡っていたんですが、今は風の向くままに日本中を巡ってます……ただの『風来坊(ふうらいぼう)』ってやつですよ」
だからこそ、多くは語らない。
出来るだけトラブルを起こしたくないのだ。
「なるほど、目的地も決めずにその足で世界を見て回っているということか、私もぜひやってみたいところだが……」
興味深そうにうんうんと頷き、レドガーはイゴールに目配せするが。
イゴールは少し申し訳なさそうに首を横に振るのだった。
「残念、どうやら私の立場ではそれは難しいようだ、ふふふっ」
「はは、そうみたいですね」
やれやれと肩をすくめたレドガーに、アモウは苦笑して頷いてみせた。
「私は代々、政治家の家系に生まれたが……三男だからね、兄たちのように期待されず、今ではこうして軍に追随するかたちで町を治めている、まあその仕事に不満があるわけでもないが時折思うんだよ」
空になったワイングラスを見つめながら、男はアンニュイな笑みを浮かべて語り。
「自分はこのままでいいのか、与えられたポジションで満足なのか……ってね、妻はビジネスで世界中を飛び回っていて子供も既に自立していて、家族として誇らしくもあるが寂しくもある」
そして、ため息をもらしてみせた。
探りを入れてくるような抜け目ない人であるが、人間くさい人だな……とアモウは感じた。
きっと嘘ではなく、本当にそんなふうに考えてるのだろう。
そう、思った。
「イゴールさんをはじめ、この屋敷には沢山の働く人がいる……そういう頼もしい人達に囲まれて、俺は羨ましいと思いますけど」
喋りつつ、出しゃばったか……と思ってしまっていた。
だが、自分はそう感じたので伝えておきたかった。
「羨ましい……?」
思ったことは言葉にして伝えなければ、相手に届かないから。
「レドガーさんがどう捉えるか分かりませんが、俺は少なくとも自分の隣に人がいるうちは、その人との繋がりを大事にしていきたいと思います」
そのことを教えてくれた仲間たちが、自分にはいる。
そして眼前の男にも、周りに多くの人がいる。
だから、出しゃばりだとしても……どうしてもそれを伝えたかったのだ。
「なるほど……君たち日本人のいうところの『縁(えにし)』か」
合点がいった様子で、レドガーは深々と相槌をうっていた。
そして、彼は入り口付近で待機していたイゴールや。
食器を片付けにきたメイドや使用人たち一人一人の顔をよくよく見て、互いに会釈をするのだった。
「なるほど、悪くないな」
使用人と自分は主従関係であり、仕事上の付き合いでしかない。
自分の信念に従って生きれば、自ずと周りはついてくる。
そんなドライな価値観を幼少期から教育され、常に心の片隅に兄たちへのコンプレックスを抱いて生きてきた男は、眼前の少年の言葉に感銘を受けていた。
日頃の感謝を忘れず、互いの人間関係を大切にする。
非常に日本人的ではあるが、それでも自分にとってはまったく新しい価値観だった。
「ええ、人と人の繋がりを、今あるものを大切にしたい……旅に出るようになってからは特に、そう思うようになりました」
興味本位で声をかけ、この少年を家に招いて本当に正解だったとエドガーは心底思っていた。
「旅か……よし、イゴール支度をしろ、この屋敷の皆で明日から旅に出るぞ」
「レ、レドガーさま、ご、ご冗談を」
焦りながらも返答するイゴールの顔を見て、エドガーが満足そうに笑う。
「ハハハッ、すまないな!だが、使用人たちに交代で休暇を出して特別褒賞も用意してほしい、私は不器用だからね……そういう形でしか感謝を表せない、いつもありがとう」
「あ、ありがとうございます、エドガー様に仕えることができ……我々は光栄です」
深々と頭を下げるイゴールの反応を、レドガーは満足そうに確認すると。
改めて、眼前の少年を見据えて思うのだった。
この男は、いつかもっと大きくなると。
「いやはや、しかし本当に……君は大したやつだよ、椎葉アモウくん」
今は、全国を放浪して各地で虐げられている日本人を助けている、と以前から聞いていたが。
絶対にそれだけでは終わらない器だと、直接会って、見て、そして言葉を交わして確信した。
今はまだその時ではないが、いずれこの少年は化けると。
「そんな、俺はただの……普通の人間ですよ」
謙遜するアモウを前にして、エドガーの脳裏に一つの欲求が生まれていた。
「なるほど、そうか……」
この少年の活躍を、見てみたいと。
『北陸戦線の英雄』の二つ名をもつ彼が、鋼の巨人に乗り込み日本人を救う。
そんな光景を見てみたいと、心底思ってしまっていた。
「椎葉アモウくん、この町を海沿いに更に西に進むと……我らオセアニア連合の拠点となっている都市がある、全体が要塞化され、ほぼ完全な植民地状態となった街だ」
だからこそ、彼は至極真面目な表情でアモウを見つめて。
非常に言いづらい雰囲気をまとわせながら、言葉を紡ぐ。
「……そのようですね」
そんな彼の様子に、アモウも警戒しつつ頷いて。
「その都市のはずれには大型の施設がある、名前は『鋼の雑技団(イエロサーカス)』――その存在は君には教えておかなければいけないと思った、あれは我々の軍の恥であり……君たち日本人にとっては『地獄』そのものだからね」
レドガーの言葉に、アモウの表情が微(かす)かに険しくなり。
男はそれを見逃さなかった。
英雄の心に、火をつけることができた。
あとはもう彼は戦うしかない、虐げられている人間を見過ごせるわけがない。
男は冷静な表情を崩すことなく、少年に気取(けど)られないよう。
事(こと)が起きたあとの身の振りかたを、強(したた)かに思案するのであった――
つづく