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「……塩おにぎり、思ったより美味いな」
殆どの遊具が撤去された、寂れた小さな公園。
やせ細った一本の木と、荒れた砂場だけが残されたその場所の端に設置された白いベンチに二人は座り。
「でしょ?塩だけだから米のおいしさをより感じるよね?安くなってたから結構おにぎり買っちゃったんだあ♪」
袋から数個のおにぎりや総菜パン、ペットボトルのお茶を取り出して食べていた。
空はやや曇天となり、人気(ひとけ)のない公園は更に薄暗い雰囲気に包まれていく――
「ウチは新潟の産まれだから、米の味にはうるさいんだけど……コンビニのおにぎりの米は普通に美味しいよねえ」
ナナミはダベりながらも、数個のおにぎりを一気に食べていき。
足元にぽろぽろとこぼれた米粒は、どこからか飛来した数匹のハトがつついて再び飛んで行った。
(……めちゃくちゃ食うなこいつ)
そして、コロッケパンと焼きそばパンを食べ、おいしい棒のコンポタ味を10本食べ終えると。
「ふう食べたァ、さすがにこれで満腹だぁ」
ゴミをレジ袋にまとめ、少女は尻肉でパンパンのハーフパンツの後ろのポケットにそれをねじ込んだ。
「――で、アモウ先輩はぁ、何で『イエロサーカス』に行こうとしたんすかあ?」
そして、隣に座るアモウに値踏みするような視線を送り。
「確かに調べてみたら周辺のオセアニア領の日本人が次々にこの街に連行されているデータが多数見つかったけどさあ……他の勢力も滅多に手を出さない『要塞都市』に単身で乗り込もうとするなんて無謀だし、普通は考えないですよぉ?」
いきなり真面目な話をするのでアモウは面食らいながらも、おにぎりをお茶で流して唇を開いた――
「何でって……『日本人が人間扱いされてない地獄がそこにある』なんて聞いたら、俺は放っておけない」
ナナミの大きな瞳をまっすぐに見据えて、アモウは言い切った。
「周辺の街や村の日本人が『イエロサーカス』に連行されている、その事実だけで俺が動く十分な理由なんだ」
「正義のヒーロー的な?」
『北陸戦線』を終えて2年と半年の時間が経過しても変わらない、椎葉アモウの行動原理。
それは『ガイと共にあること』、『人との繋がりを大事にすること』、『日本人を守ること』。
その三つだけは、絶対にブレない。
それがなくなった時、彼は『椎葉アモウ』ではないモノになってしまう。
「別に俺だって、すべての日本人を助けられるとは思ってない……思ってはないけど、それでも俺が守ることができる人達はできるだけ助けたい、それが今の俺の旅の目的の一つだから」
彼も、それを最近は強く強く自覚していた――
「へぇ……なるほど、まっすぐだなぁ」
ナナミはそんな彼から視線を逸らしていた。
ひどく眩(まぶ)しく見えたからだ。
(……この『まっすぐさ』にアラタは脳を破壊されちゃったのかぁ、なるへそねえ)
素敵な人だと、彼女は心の底から思った。
明確な目的意識があり、日本人を守ってきた実力も行動力もあり、カリスマ性も成長途中ではあるが人を引き寄せる魅力がある。
(この人が、私(わたし)が探していた『主人公』なのかなぁ――)
だからこそ、彼女は思案する。
彼が、自分が求めていた存在なのか否かを。
「……で、小千谷(おぢや)はどうなんだ?」
「え?」
思いがけず質問され、ナナミは思わず間の抜けた声を出していた。
「九州から中部地方にかけて活動する新興レジスタンス『鋼(はがね)のゆりかご』の構成員である小千谷ナナミ博士は、何で戦ってるんだ?」
アモウは、今朝送られてきた『協力員』のデータをスマホで確認しながら質問を投げかけていた。
『小千谷(おぢや)ナナミ』。
2047年生まれの17歳、血液型はB型。
好きなものは『境界戦』前に日本が製作していた『アニメ』と『漫画』などのサブカルチャー全般。
5歳でフェルマーの最終定理を完全理解、同年に周囲からの推薦もありユーラシア連邦の大学に入学。
得意分野はアメインの開発からAIの研究など多岐にわたる、いわゆる『天才児』。
8歳で大学を卒業し、その後は軍需企業『ブレンゾン社』にてアメインの開発を続け、トライヴェクタ代表である『槙・ミスズ・アネット』と共に自立思考型AI搭載の機体『メイレスシリーズ』の共同開発に従事。
しかし2年前、15歳になった彼女は突然会社を退社。
その後は『鋼(はがね)のゆりかご』にて、レジスタンス活動を行っており。
今に至る――
「すごい経歴じゃないか、アメインの開発をしてたのに……なんでまた危険なレジスタンス活動を?」
そんな華々しくも、いきなりの転身を果たした経歴を見ながらアモウは首を傾げて。
「うーん、何だろうなあ……ウチにはアモウ先輩が納得してくれる理由なんてないんだけどなあ」
彼に問いかけられたナナミも、思わず首をひねってしまっていた。
「っていうか、何で俺が『先輩』なんだ?」
「いや、レジスタンス活動……略してレジ活(かつ)の先輩だから、嫌(ヤ)だった?」
それなりの敬意を感じたアモウは、首を横に振った。
「別に嫌(ヤ)じゃないけど、略さないで」
なんとなく、レジ係の活動のような略し方だったので、そこだけは譲れないアモウだった。
お店のレジ係も非常に大切で重要な仕事だが、レジスタンス活動とは違う。
レジスタンス活動は命がけで、その名称を略すようなものでは決してない。
そう、彼は思っていたからだ――
「了解したよ、うーん、それにしてもなぁ、理由かあ……『飽きちゃったから』って言っても、納得してくれる?」
首をひねりながら、難しい表情でナナミが言う。
「……飽きちゃった?」
「うん、なんか飽きちゃった、会社員として巨大ロボットを開発して……それも楽しかったんだけどさ、もっと他に色々なことがやりたくてさ」
ベンチに身体を大きくもたれかけ、曇天を仰ぎ。
愁いを帯びた表情(カオ)で、ため息をもらした。
「そりゃあ、ウチみたいなのは私のできることを研究室にこもって専門的にやってるのが一番世の中の……日本のためになるのは分かってるけどさあ、もっと生(ナマ)でいろんなものを見てみたいじゃん?」
へらへらとした笑みを浮かべて、少女はアモウを見つめる。
「廃村寸前の限界集落に集まった人たちのためにインフラを整備したり、軍に連れ去られた子供を奪還して親のもとに引き合わせてあげたり、お腹空かせた人達に弁当届けたり……私も沢山してきたけどさ、やってて自分が『良い奴』になったなぁって満足感、あるじゃん?」
日本各地に点在するレジスタンス組織は、もちろん他国の軍隊と戦って日本を奪還するために活動している。
だが、決してそれだけではない。
分断された日本を、元に戻すため。
日本人たちの流す涙を拭い、悲劇を食い止めるため。
「メチャクチャ感謝されるし、それって研究室にこもってたら絶対に味わえないじゃん?」
様々な活動をしてきたその感想を、ナナミは素直に話していて。
「ああ、確かにそれは分かる……そうだよな、それは本当に分かるよ」
アモウもうんうんと、何度も相づちを打っていた。
彼もまた、今までいくつもの村や街などの復興に手を貸し。
多くの日本人を助けてきた。
見返りがほしいわけではないが、感謝されると気分がいい。
それは彼の原動力の一つでもあった。
「……小千谷、君って第一印象に反して普通に『いい奴』なんだな」
「第一印象も良かったでしょう快活で!まあいいや、いこうぜ先輩……助けが必要な日本人が待ってる」
だからこそ、同じ想いをもった日本人としてアモウは眼前の少女の評価を改めた。
第一印象は最悪だったが、共に地獄に赴く相棒(バディ)としては十分。
そう、確信するのだった。
「ああ、そうだなナナミ」
「おっ……名前呼びいいねえ、バディ感あって♪」
曇天の下、歩き出した二人。
「さあて、ウチたちは……生き残ることができるかな」
そのゆく手には、ビルをかき分けるようにして建つ大型の要塞が待ち構えているのだった――
つづく