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「私は連絡には常に伝書鳩(でんしょばと)を使っていてね、『この街に要人が来る』と憲兵からの連絡が来た段階で私は街の外に鳩を飛ばした――」
地下の大型アリーナの中央はアスファルトが床に敷き詰められ、無数の観客に見下ろされ。
椎葉アモウは9人の日本人たちとともに、アメイン『ジョーハウンド』の前方10メートルほどの位置に立たされ。
「だが、近隣の町や都市から帰ってきた返答は『該当する車両や要人はこの地域にいない』だった、だから私は来訪者を最大限に警戒デシタ……こんなことが出来る人間、そうそういませんカラネ」
彼らの眼前には、コーロギン大佐が腕を組んで立ち塞がり。
その全身には、灰色のハトがとまっており。
「いいアイデアだと思いますヨネ?通信機やネットワークが遮断・乗っ取られることが多い昨今では、至極真っ当にクレバーな対策デス」
コーロギンが胸ポケットから撒いた餌を食べると、そのままアリーナの出口に飛び去っていった。
「いつも……いつも、こんなことをしているのか?」
うつむいて、ふるふると震えながらアモウは問いかける。
その顔面は既に変装が暴かれて素顔を晒しており。
周囲の日本人たちは、『北陸戦線の英雄』の登場にざわめいて。
更に観客席の人間たちは、そんな彼を含む日本人たちの処刑ショーが見れるとあって大盛り上がりであり。
「グヘヘッ、今そこを聞きますか椎葉アモウ……当たり前デスよ、見てくだサイこの観客たちを」
割れるような歓声が、地下にこだまして。
四方の壁に設置された超大型モニターには、悲痛な叫びをあげる日本人たちやコーロギン達が映し出されていた。
「老いも若いも男も女も関係ない!みなが熱狂していマス!求めていマス!殺戮を!血みどろのショーを!!」
両手を広げ、コーロギンは邪悪な笑みを浮かべた。
そして――
「いいぞ団長!!日本人なんてみんな踏みつぶしてやれーッ!!」
「バーカ、そんなすぐすぐ倒したら面白くねーだろ!!猿は限界まで追い回して殺せー!!」
「日本人なんて臭いのよ!!さっさと殺してちょうだい!!」
――感情をむき出しにして全力で楽しもうとする観客たちを見回して。
俯いたアモウを、勝ち誇ったように見下ろすのだった。
「彼らは平穏な日常の中に刺激を欲してマス、だからワタシはそれに応えて非日常の世界を演出しているダケ」
そして、彼が片手を振り上げると。
「日本人という『最高の資源』を使って『最高のショー』をする、それがこの『タヴェル・コーロギン』に求められた仕事ッ!!」
アモウや日本人たちを四方から囲んでいたピエロたちは、マシンガンを構え。
更に、巨大なジョーハウンドはそのベージュ色の身体を震わせると。
頭部のカメラアイを輝かせ、右腕に構えたライフルの銃口を椎場アモウに向けていき――
「日本人は……そうやって顔を歪ませたまま、この地面の下でくたばればいいのデス!!」
――コーロギンは心の底から愉しそうに、少年に罵声を浴びせるのだった。
(すまないナナミ、俺が……俺が甘かったせいで、君は――)
アモウはそんな言葉を聞きつつも、心の中で悔恨していた。
もっとうまくやっていれば、あの快活な少女を守れた。
もっと自分が強ければ、しっかり準備しておけば。
ちゃんと判断できていれば。
そんな気持ちが良心をしめつけて、心を完全に閉ざそうとしてしまいそうになるが。
「お、俺達……死んじまうのかよ!!イヤだッ!!助けてッ助けてくれっ!!」
彼は、知っていた。
「死にたくないッ!!助けてッ!!まだ私は生きたいっ……パパとママに会いたいッ!!」
「き、君が椎葉アモウなんだろう!?た、助けてくれっ!!俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ!!死にたくない!!」
「助けてくれぇ!!」
いくら悔やんでも、嘆いても、過去には戻れない。
「助けてッ!!」
失った命は、どのような手段を用いても回帰しない。
心を闇の中に押しとどめている間にも、時間は進んでいき共に嘆いてはくれない。
助けられなかった命、奪った命と、助けた子供達に怯えられたこと。
様々な辛いことが戦いの中でアモウを苦しめて、そして成長させてきた。
ガイと出会ってから4年近くの時間が経過し、彼の精神は戦士のそれへと深化(しんか)していた――
(――ナナミ、俺はお前のぶんまで戦う、そして絶対に日本人を守ってみせる)
――だからこそ、彼は悔恨を10秒で終わらせた。
彼を知らない人間は、その短さを非情に感じるかもしれない。
だが、この10秒は彼にとって非情に大切な時間であり、何百回の追悼にも勝る濃度があった。
そして――
「助けてッ!!私……まだ死にたくないッ!!」
――隣で立ち尽くしていた、ボロボロのワンピースを着ていた中学生ほどの歳の少女が叫び。
荒れたショートヘアの少女の悲痛な声を聞いて、アモウは瞳を開いた。
「――ああ、助けるよ」
黒い瞳の奥に、炎が灯る。
それは、目の前の命を助けるという覚悟の炎。
「『ガイ』ッ!!今だッ!!」
アモウが叫び、ポケットから取り出したスマホを頭上にかざす。
その画面に表示された幼体の『ガイ』の身体が光り輝き、瞳をぱっちりと見開いて。
『……ワカッタ、アモーッ!』
同時に、ジョーハウンドのカメラアイが真っ赤に輝いた。
「なにっ!?」
コーロギンが反応した時には、既に遅かった。
ジョーハウンドはガクガクと一瞬だけ身を震わせたかと思うと、その腕に構えたライフルの銃口を兵士達に向けた。
そして――
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「ぐあああっ!?」
「暴走した!?げべええっ!?」
ジョーハウンドは、日本人達を囲んでいた兵士達だけを器用にライフルの掃射で撃ち抜いていく。
「ぎゃああッ!?」
ドババババッ!!
グチャチャチャチャッ!!
完全にAI『ガイ』にハッキング・制御されたその機体の攻撃を受け、兵士達は一瞬で肉片と化し。
抵抗しようとマシンガンを向けた兵士も抵抗虚しく、自分の頭ほどの弾丸を受けて即死した。
日本人や兵士達の悲鳴が響き、その光景を見ていた観客たちも騒然としていた――
「ウィルス対策済みの有人機を……こ、これが自律型AIの力!?」
その光景を前にコーロギンは青ざめながらも、その場から駆け出し。
「やむを得まセン、ショーは中断ッ!!総員、椎葉アモウを抹殺するのデスッ!!」
アモウ達日本人に背を向けて胸元から取り出した通信機で施設の管制室に即座に連絡を入れ。
そのまま、人目をはばからずに逃走を図った――
「私はもちろん、逃げマースッ!!」
――アモウはその背後を見つめ、瞳を細めて。
近くに散らばっていた肉片の側らのマシンガンを拾って構え。
手馴れた動作で、男の背中を照準に捉えた。
そして――
「逃がすわけが……ないだろうッ!!」
ドドドドドドドドドッ!!
ドドドドドッ!!
「ぐげばばっ!?」
乾いた銃声とともに、放たれた弾丸の嵐がコーロギンを背中から貫き。
血飛沫が飛び散るなか、コーロギンはそのまま前のめりに倒れ。
ぷるぷると蠢きながら、血反吐を吐いた。
「し、椎葉……アモン……お、お前はあ……悪魔デスッ!!生きていれば絶対に……我々に、世界に災いをもたらす……ぐぶっ!?」
呪いの言葉を吐き捨てて、コーロギンはそのまま絶命し。
「あ、あれが椎葉アモウ……俺達日本人を助けてくれる」
「椎葉……アモウッ!!」
その場にはアモウたち日本人とジョーハウンド。
「あ、悪魔だ……」
「椎葉……椎葉アモンッ!!」
そして観客たちが残され。
ジョーハウンドは片膝立ちの状態に移行しつつ、胸部に増設されたコクピットを解放し。
「なにが悪魔だ」
ドドドドドッ!!
「ぐええっ!?」
勢いよくそこから転げ出たパイロットを、アモウはマシンガンで撃ち抜いて始末すると。
(ミスズさんが改良してくれたおかげで、本体(コア)ユニットがなくてもガイのハッキング能力やサポートは得られる、だけど――)
差し出されたジョーハウンドの掌に乗って、そのまま胸部のコクピットに乗り込み。
狭苦しい操縦席のレバーなどを操作し始めた。
「――いかんせんジョーハウンドじゃ、心もとないぞッ!!」
ガイのアシストによって、慣れない操作系であるが十全に動かせそうなことを確認すると。
アモウはやや焦りの表情を浮かべながらも、ジョーハウンドを立ち上がらせた。
鋼のボディがアリーナの照明に照らされて鈍い輝きを放ち。
『北陸戦線の英雄』はついに、その巨大兵器(アメイン)を駆る。
つづく