夢の中で出会ったドラゴンは病んでいた   作:ドラゴンの夢

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第12話

「運がないなぁ……日頃から慎重に道を選んでいたのに……」

 

 右の後ろ足が抉られてまともに走ることも出来ないまま、僕は路地裏を縫うように街中を逃げる。追い掛けていくる手魑魅(てちみ)は何十とある腕を這わせながら確実に迫ってくる。

 

「電車もこの時間帯じゃ動いてないし……車もほとんど通らない。これは終わりだね」

 

 普段ならば知能のない妖怪を撒くのは簡単の筈だった。電車や車のドアに潜り込んでそのまま距離を取れば引き離せる。だけど今回は時間帯が悪かった。

 あと数分もすれば捕まるという状況で、僕に出来る事は限られている。ダメ元で戦うか奇跡を信じてこのまま逃げ続けるか。どちらを選んでも希望はなさそうだ。

 

 猫にしては思ったより長生きしたからここら辺で死ぬのも仕方ないか

 

 元より寿命で死にかけて偶然、霊力が高くそれが転じて化け猫になった僕からすれば今までの幸運のツケが回って来たとして大人しく走るのを止める。

 

――ズリッ……ズリッ……ズリッ……

 

 幾重にも重なる巨大な腕の群れが路地の角から姿を現す。

 今までに取り込んだ魂のあるゆる生物の腕が生え、低級霊にもかかわらず人の背丈まで膨れ上がるのは珍しい。通常なら共食いや上位の妖怪に暇つぶしに殺されて消えてる筈の妄執の具現化した手魑魅はこちらに向けて一斉に手を伸ばしてきた。

 

「ギャ……ゴッ……アァ……ッ!」

 

 伸びる手足が僕の全身を掴み強く握りしめる。血反吐を吐きながら僕の脳裏に浮かんだことは生への欲求だった。

 

 嫌だ、死にたくない。こんな痛くて苦しい思いなんて……ッ!足が千切れて……あっ、ハラワタが零れてる……死、死、死が迫る……アァァァ!!

 

 僕は最後まで馬鹿だった。目の前に迫る死を前にして初めてその恐ろしさを理解する。捻られる身体、零れる内臓、そして血が僕の身体かに抜けでて、魂が徐々に擦り減っていく。僕と言う存在そのものが消えていく恐怖に魂が断末魔を上げる。

 

「ギャァァ……うっ……あ、だずげでぇ゛……誰かだずげでぇ゛ぇ゛゛ぇ゛゛ぇ」

 

 聞こえる筈もない僕の叫びは人間の街に木霊するが、ここまで育った手魑魅を殺せる者など都合よく存在する訳もないがそれでも叫ぶ、だがそれに応える者は存在せずにそのまま魂が引き千切られ取り込まれる寸前で――

 

「どうしましたか……うわ……キモッ!」

「だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛……」

 

――幸か不幸か人間の学び舎で偶然出会った人間が僕の叫びを聞きつけて現れた。

 

 そして捻り千切れる僕を見た人間は驚いた表情を見せて。

 

「あん時の黒猫か……って話してる余裕はなさそうだな」

「ひぃぅ゛……」

 

 僕は思わず息を飲み、そして掴む手が離される。僕も手魑魅も目の前の怪物に心底怯えて何も出来なくなっていた。それは猫に睨まれて恐怖で竦むネズミのような、それよりも恐ろしい何かに睨まれて互いに動けなくなる。

 

「これはどういう状況なんだか知らんがとりあえず互いに止まったな」

 

 人間の取り巻く気配は変わり、今では完全な怪物へと変貌していた。人の形をしたナニカ、下位の神よりも遥かに強い怪物は僕たちにゆっくりと近付いてくる。

 

「この腕の集合体はなんだ?それになんであの時の黒猫が捕まっているんだ?どっちか答えてくれないか?」

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……」

「ごめん。腕だから口がないんだな。というかどっから声出してるの?まぁいいや、黒猫に聞くわ」

 

 低級霊如きが人語を話せるわけはなく、視線が僕に向けられる。

 

「それで何がどうなってお前は殺されそうになっているんだ?」

「ヒィ……ァ……ッ!」

 

 僕は目の前の怪物の圧力に今にも押しつぶされそうだった。それでも答えなければ機嫌を悪くさせるとマズいと考えて必死に言葉を紡ごうとするが、捻り千切れた肉体では痛みと恐怖で上手く声が出せない。

 

「あー……霊体でも身体がぶっ壊れると話せないのか……エンド様は治癒魔法とかそんなんなしで素で肉体再生するからなぁ……仕方ないから、またこうするか」

「もが……ッ!グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

 化物は僕の口の中に指を突っ込んできた。そして困惑と同時に身体が燃え上がるような感覚がとともに肉体の再生が始まる。口の中で爆ぜる力が体内で爆発的に広がるように僕の身体を満たして、今までにない程に活力が漲り、そして強い衝動が産まれる。

 

 壊したい。何でも良いから、壊したい……ッ!

 

 内なる破壊衝動のままに僕は黒猫の小さな肉体から虎のように巨大な体躯に変化して、隣に居る手魑魅をバラバラに引き裂いた。血肉は爪により一瞬で裂けて、大きな顎で捕食する。

 

「猫が虎に変わった……というかブラックパンサーみたいだな」

 

 そんな僕を観察する怪物は神であると本能的に悟る。この世でもっとも強い強大な存在であり、あらゆるモノに終わりをもたらすモノ。そして僕はその神の眷属になった。

 手魑魅を殺した事で破壊衝動が落ち着いた僕は神様に頭を下げて。

 

「神様……僕を眷属にして助けてくれてありがとうございます」

「別に俺は神様でも何でもないけど……優斗と呼んでくれ」

「分かりました、ユウト様」

「それで何がどうなってあの状況に陥ったのか教えてくれ」

「はい」

 

 神様の望むままに僕は手魑魅と言われる低級霊に襲われたこと、そして殺される寸前で神様に助けてもらい、破壊衝動のままに手魑魅を殺したことを話すと。

 

「あぁ、あんだけの量でも終焉の本能が根付いちゃうのか」

 

 僕の内で常に燻ぶる破壊衝動に納得した神様は僕の瞳を覗きこんで見つめる。じっと見つめられて恥ずかしくなった僕は、

 

「神様……ユウト様は僕に何をお望みでしょうか?」

「望み?」

 

 この力の対価に神様は何を求めるか知りたかった。僕に差し出せるものなら何でも差し出すけど、この力の対価として決して相応しくないことを自覚しているので恐る恐る聞くと神様は笑って。

 

「じゃあ、ペットになってくれ。生き物って一度飼いたかったんだ」

「飼ってくれるんですか……?やった!」

 

 僕を愛玩動物として所有してくれることを望んでくれた。神様の物になれることに僕は喜ぶと、神様は不思議そうに僕を見て。

 

「ペットになれるのがそんなに嬉しいのか?」

「はい!ユウト様に可愛がってもらえること程に幸せなことはありません」

 

 そう尋ねるので正直に答えた。

 今の僕はとても不安だった。死を意識した瞬間に来る恐怖が力を得た今でもこの身体に巣くっている。だから、僕はこの世でもっとも強い神様の傍に居られることにとても安心した。

 

 どんな存在も現象も神様には勝てない。僕は神様の傍でずっと愛でて貰うんだ。そうすれば僕は永遠の安寧が得られる……もっと撫でてください神様。

 

 神様の手が大きくなった僕の頭に触れた時に多幸感が僕を満たす。そして僕はこの時の為に産まれて尽くすことが運命だと理解してゴロゴロと喉を鳴らしながら神様に身体を擦り付ける。

 

「名前はなんて言うんだ?」

「名前は……ユウト様に名付けて欲しいです」

 

 僕には名前があったけど、今の生まれ変わった僕にはもう必要ない名前だ。今は神様の所有物としての証として名を付けて欲しかった。その望みは神様は僕を抱きしめながら――

 

「きなこにしよう。俺の好物のお菓子から名付けた!どうだ?」

「嬉しいです!僕はきなこ。ユウト様の愛玩動物としての名」

 

――正式に名を与えられて僕は絶頂した。

 

 僕は神様の物……僕だけが神様のペット。一番愛される眷属……そして神様の心を癒すという大役を担う重大な役割。神様……僕は何をしてでも神様の傍にいます。

 

「大丈夫か?きなこ。あとちょっと大きいから元の黒猫サイズに戻れるか」

「……ハッ!ただいま!ふにゃぁ……」

 

 元の大きさに戻った僕は神様の腕の中に抱えられながら、誰よりも愛しく忠誠を誓う神様の胸の鼓動の中で安心感に包まれて眠ってしまうのだった。

 

 

☆☆☆

 

「眠ってる……まぁ、あんなことがあったら気が緩むよな」

 

 手の化け物に殺されかけて、瀕死の状態から奇跡の復活である。緊張の糸が切れて気が緩んだのだろう。俺はきなこを撫でながら。

 

「霊体なら家族にバレる可能性はないから丁度良かった……それにしても」

 

 きなこの体内で脈打つ俺の眷属としての力を感じ取り、これは定期的にストレス解消の機会を与えなくちゃなとペットの飼育方法を考える。

 

「破壊衝動なんてプチプチ潰せば抑えられるけど、猫なら爪研ぐガリガリする板でも与えればいいのかな?まぁそん時に考えればいいか」

 

 内なる破壊衝動の向き合い方をどう教えればいいか迷いながら、色々と誤解している家族のもとに帰るという現実を思い出して。

 

「天野天利さんは嘘付くにしても、私は吸血鬼だから優斗さんの血がとても好物なのって馬鹿みたいな理由で誤魔化す奴が居るかよ……」

 

 そして両親も紅くなる瞳と鋭い爪に変化する手を見てすっかり信じ込んでいるから笑えない。

 

「それにしても寝たくないから散歩してたら思わぬ出会いだなぁ……」

 

 エンド様と次会えば確実に逆レイプでもされて、お前がパパになるんだよ!されるから深夜の住宅街を彷徨っていて正解だった。だが、

 

「このまま放置しても絶対にキレるから覚悟決めないとなぁ……」

 

 孤独を嫌うエンド様を苦しめたくないのでささやかな抵抗を諦めて、俺は大きく息を吐いて覚悟を決めて寝る決意をするのだった。

 

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