夢の中で出会ったドラゴンは病んでいた   作:ドラゴンの夢

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第6話

「また私は失敗してしまったのか」

 

 目覚めれば病院のベッドの上で視線を向ければ手首には包帯が巻かれていた。身体を起こして窓の外を見れば夏の日差しが差し込み、異形の化け物が卑しい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。

 

「まだ死なせはせぬぞ……天野天利」

 

 能で使われる翁の面のような気味の悪い笑みを浮かべ、その口から覗かせる歯はボロボロの歯抜けになっている。そして白く長い髭を手で擦りながら、首から下の細長い胴体に今まで人身御供とされた少女たちの腕がムカデの足のように連なりそれらを動かし這うようにして病院の個室に入ってくる。

 

「あと一年と少ししたら……わしの嫁として迎えてやるからのぅ……ほほほ、それまでは何があってもお主は死なせはせぬぞ」

「やっ……やめろ……ッ!私に近付くな化け物!!」

 

 ムカデの化け物は私の身体に巻きつき、そして数十もある腕で私の身体を撫でまわす。抵抗をしても今までの経験からこの化け物を喜ばせるだけだと知っているので、ただ目を瞑って怖気のする愛撫に身を固くして耐えていた。

 

「髪を切るとはのぅ……代々の贄は長髪であるのが取り決めであるというのに、全く本家の人間共は贄の調教がなっていないとは嘆かわしい」

 

 化け物の贄にされると本家の人間に教えられて以来、私はその運命に少しでも抗おうと長い髪を切り、化け物の好みから外れようと努力をしてきたが、その抵抗すら化け物にとっては贄を愛でるスパイスにしかならなかった。

 

 十八歳を迎えれば私はこの化け物に魂すら奪われる。その前になんとしてもこの化け物のモノになる前に命を絶たなければ……ッ!そうしなければ私の魂は飽きられるまで嬲られ続け、手足を捥がれた果てに魂すら食われる……そんなのは嫌だ!!

 

「嫌悪と恐怖の匂いがするのぉ……よいぞ、もっと魂を震わせるのじゃ。お主が十八を迎える頃には上質な恐怖に囚われた魂になるだろう。早くその時が来て、わしに魂を嬲られ心地よい悲鳴を聞かせるのじゃぞ?」

「ひっ……ッ!ぁ゛……いや……やめてぇ……ッ!」

 

 化け物の長い舌が私の顔を舐める。そしてゆっくりと巻き付いた身体を締め付け始めて私は痛みから耐えられずに懇願をしてしまう。心だけは決して折れまいと何度固く誓っても、その度に嬲られるだけで容易く折れてしまい、私は涙を流して何度も懇願を続けてしまう。

 

「今日はここまでにするかのぅ……ふぉふぉふぉ、お主は今までの中で格別の贄じゃ。何度折れても立ち上がり、そしてあっさりとまた折れる。その無様な姿がわしの心を満たしてくれるのぅ」

 

 嘲笑と愉悦の声が目を瞑った私の耳に届いて、それからすぐに締め付けが緩み拘束から解放される。そしてしばらく間、自身の身体を抱きながら、

 

「誰か助けて……」

 

 誰にも届かない私の助けを求める声は虚空へと消えるのであった。

 

 

★★★

 

 

「結局は縁日のバイトするのか?」

「金欲しいからやるかなぁ……最近は何かとガチャとかで金使うし」

 

 昼休みに俺は中庭で直樹とともに食事をしていた。あれから特に異常と言う異常はなく、今朝の魔法陣の出来事も直樹は口に出さないので俺も何も言わずにいつも通りの学校の昼休みを満喫する。

 

「そんじゃ来週だから今日の内に募集の電話しとけよ」

「いや、今から電話するわ」

 

 決断したら即実行。スマホで光華堂のサイトにアクセスしてアルバイトの求人に電話を始める直樹を横目で見ながら、俺はペットボトルの麦茶を飲んでいると――

 

「ブボォバァ……ッ!」

「な、おい!どうした……あっ、光華堂の縁日の求人を――」

 

――気味の悪い人面ムカデが少女の後を付けていた。

 

 人間の胴体を五メートル以上は伸ばして、その胴体に気持ち悪い程の綺麗な手足を付けてムカデのようにカサカサと地面を這っている。少女はそれが見えているのか、視線を何度かチラチラと向けながら目の前の芝生を歩き去っていく。

 

 なにあれ、キモッ!妖怪かなんかかアレ?というかあの少女って例のイカ焼きちゃんか。手首の包帯を見ると退院してすぐに学校に来てんのか?どんな関係か知らないけど、あんなキモイの学校に連れてくんなよ!

 

 食欲が完全に失せて、驚いて零した麦茶がズボンを汚した。俺は隣の直樹のあーあ、という表情を横目に内心から沸いてくる怒りにペットボトルをそのまま握りつぶし。

 

「ちょっと用事が出来たわ。景観汚す馬鹿野郎と話してくる」

「イカ焼きの手首の包帯見てそんだけ怒れるお前がこわ……あっ、いえなんでもありません。それで面接のお時間は……」

 

 何やら勘違いしている直樹を放っておいて、俺はあのキモイ人面ムカデに一言言うべく歩きだした。どんな事情か知らないが、見た目からして百パーセント邪悪な妖怪など放って置く理由はない。

 

 俺はイカ焼きちゃんこと、天野天利の後を付いている気持ちの悪い化け物を追う。ありがたいことに人目の付かない方向へと向かって歩いて行くので、ゆっくりと気付かれないように後を付けて――

 

「ちょっと良いかな?」

「……何ですか?」

 

――ちょうど良く人気のない屋上で天野天利と化け物と俺の三人になる。

 

 天野天利さんは自分に声を掛けられたと勘違いして、冷たく鋭利な視線をこちらにむけてくる。だが俺はエンド様のパワハラに鍛えられた神経で何の痛痒もなく。

 

「そこのムカデみたいな妖怪の方に聞いているんです。何者ですか?」

「えっ……あ、あなたは……見えるの?」

 

 口に手を覆い信じられぬモノを見る目でこちらを見てくるが、俺の会話の対象は人面ムカデの妖怪なので無視をしていると、人面ムカデはこちらを向いて爺の顔をニヤッと笑いながら。

 

「ふむ、見鬼の力のある小僧か……わしにそのような口を利くとは態度がなっていないのぅ。まぁよい、それでわしに何のようじゃ?」

「に、にげてぇ……ッ!あなた、殺されちゃう!!」

 

 胴体を持ち上げてこちらを見下ろす人面ムカデと何故かパニックになっている天野天利を見ながら単刀直入に、

 

「あなたの見た目がとても気持ち悪いので、出来れば学校に来ないでください。それに気配も何か嫌な感じで邪悪っぽいので不審者は学校に立ち入るな」

 

 あけすけに俺がそう忠告するとムカデ妖怪はより一層笑みを深めて。

 

「呵々……ッ!わしにそう命令するか。それで小僧よ、命令に従わなかったらどうするつもりなのじゃ?」

「死なない程度に痛めつけるか実力差を教えて屈服させてやる。どちらか選べ」

 

 見た目が化け物で気配が邪悪とはいえ、コミュニケーション出来る存在を殺すのは気が引けるので端的に選択肢を与えてやると、年長者の余裕からなのか態度は変わらずに興味深そうにこちらを見て。

 

「どれ、小僧の力とやらをわしに見せてくれないかのぅ。その実力差とはどんなものなんじゃもし大したものでなけれ――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 俺はエンド様の眷属としての気配を晒した瞬間、人面ムカデは細長い身体を限界までコンクリートに押し付けるように平身低頭の姿で俺を見上げて震えていた。隣に居た天野天利は恐怖のあまり地べたに膝を付けて、

 

「あっ……あっあ……」

 

 地面に水溜りを作っていたので見ないフリをすることにした。

 

「それで大したことがなかったら俺をどうするつもりだったんだ?」

「あっ、えっ、わ、わわわしはそのな、なんでもありません。もう二度とこの学校の地に足を踏み入れませんので、どうか!どうか!わしを見逃してください!」

 

 最後まで聞いて殺すだったら、危ないので始末を付けるつもりだったが肝心な所で眷属としての力を見せてしまった。もう完全に戦意を失っている相手を殺すのも良心が咎めるので犬を払うように手を振って。

 

「さっさと消えろ」

 

 そう言い放った瞬間に人面ムカデは脱兎の如く消えた。残されたのは俺と天野天利だけだったので気配を鎮めて、逃げ出した人面ムカデの方向を見つめてから天野天利に視線を戻す。

 

「結局、あれなんだったの?天野天利さん」

 

 彼女の足元の水溜りを極力見ないように顔を背けて尋ねると――

 

「私を助けてください」

「は?」

 

――未だに全身を震わしてこちらを見る天野天利さんは俺に助けを求めてきた。

 

 

☆☆☆

 

 

「どれ、小僧の力とやらをわしに見せてくれないかのぅ。その実力差とはどんなものなんじゃもし大したものでなけれ――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 あの化け物が心底怯えて、この学校の生徒である名前も知らない男子に悲鳴を上げていた。普段の私ならその光景に胸がすく思いだった筈だったが――

 

「あっ……あっあ……」

 

 あの化け物が子供騙しの玩具に見える程の本物の怪物に出会って私は腰を抜かして地面に倒れることしか出来なかった。失禁していることさえ気にならない程の強力な圧力を目の前にして、それが自分に向けられないことを祈りながら成り行きを見守る。

 

「それで大したことがなかったら俺をどうするつもりだったんだ?」

「あっ、えっ、わ、わわわしはそのな、なんでもありません。もう二度とこの学校の地に足を踏み入れませんので、どうか!どうか!わしを見逃してください!」

 

 怪物の言葉に必死の懇願と命乞いで哀れな老いぼれと化した化け物の姿は、私が長年怯え続け無力感を与えた超常的な存在としての威厳など欠片もなかった。そしてその弱弱しい姿に心の奥底から湧き上がる憎悪が怪物の恐怖で抑えられながら強く願う。

 

 お願いします!この化け物を殺してください!私を何年も何年も苦しめて、大勢の少女の魂を食らった邪悪な化け物を殺して!そうすれば私たち一族は因習から解放される!代々続いたこの酷い儀式に終止符を打てる!

 

 他力本願ながらも私はそう強く怪物に願う。そして怪物が化け物にどんな判断を下す一瞬が永遠に感じられる時の中で――

 

「さっさと消えろ」

 

――怪物は殺す事はせずに見逃す判断をした。

 

 あぁ……あの憎い化け物を殺すチャンスが潰えた。……いや、違う。まだ可能性は残っている……あの化け物すら恐れた怪物なら一瞬で殺せるだろう。だから私は何としてでもこの怪物に私の願いを聞き入れてもらおう。

 

 だが口に出そうとしても恐怖で声が出ない。気を抜けば意識を手放してしまいそうな圧力の中で必死に口を動かそうとすると、

 

「結局、あれなんだったの?天野天利さん」

 

 怪物がただの男子に化けて私に聞いてきた。あの圧力はとうに消え去ったが、それはこの怪物が隠しているだけだと理解して居るので、震えを隠せないがそれでも私の中に眠る強い思いを初めて――

 

「私を助けてください」

「は?」

 

――他者に対して告げるのであった。

 

 怪物は困惑をしながらも私を見つめて、しばらく考えたてから小さく頷く。その瞬間に私の心の中にあるこの数年間のわだかまりを吐きだすように。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

ーー私は産まれて初めて心から安堵を覚えて産声のような泣き声を上げた瞬間であった。

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