NEXTジェネレーションズ Day After Tomorrow ~仮面ライダーダークドライブ~ 作:大島海峡
久瑠間運転免許試験場。その地下施設。
各メンバーの私物に溢れ、色々な意味で風通しの良い特状課本部とは違い、そこは何もない、締め切られた場所だった。
打ち捨てられたデスク周辺。
グリーンの非常灯だけが光源の、仄暗い空間。
だが埃は溜まっておらず、電力ほかエネルギー類も通っている。
まるでそこだけ、変異したその世界から隔離されたかのように
その事実と所感は、英志の疑念を確信へと近づけさせた。
時間改変という、異常極まるこの事態の中で。
そしてコアドライビアシステムの生みの親にして、泊進ノ介の無二の相棒である『彼』姿が特状課に無く、代替的に『きれいな蛮野』がいた。
物的証拠は何もないが、消去法でいくと、思い当たる節はただ一つしかない。
喜びや旧懐というよりも、むしろ呆れに近い感情で、英志はその名を呼んだ。
「起きてるでしょ――クリム」
……どこからともなく返ってきたのは、渋い調子の含み笑い。それを合図に、動力が稼働を始め、電気がつき、中央の床が円形に窪み、そして地下に隠匿されていた技術を擁して、ふたたび迫り上がる。
〈流石だ英志。進ノ介と同じく、ナイスな読みをしている〉
現れたのはドライブピット。廃棄された、もしくは未開発になっていたはずのドライバーやシフトカーたち。その中には、剛から逸れたらしいシグナルチェイサーの姿もあった。
中心にはドライブドライバーが移動式の台座に鎮座し、そのディスプレイには他の自動制御システムには搭載されていない顔文字、笑みに相当する記号を表している。
自らの仮説が当たっていたことに、息が漏れる。無論、安堵によるものではなく。
「……褒められたと素直に思っておくよ。でも、父さんぐらいには事情を説明してもよかったんじゃない」
〈今回ばかりは許してくれ。改変を受けた進ノ介に説明したところで、彼自身を混乱させるだけだろう〉
「それはまぁ、そうだけど」
〈それに、起きていた、というのは正確な表現ではない。本来であれば、私も改変の影響を受けている〉
「え、でもこうしているじゃん」
〈彼らの協力があればこそだ〉
そう言って初めて、英志は別の人影がこのベースの片隅に存在していることに気が付いた。
白コートとも白衣ともつかない装束の男。
「誰!? ……て、見た顔だけど」
どことなくカートゥーンのアヒルを想わせる、挑発的な表情のを細面に浮かべた男。
先に、もとい改変前に会った時には色の薄いサングラスだったが、それが分厚く真っ黒な丸眼鏡に換わって、シャツのセンスがハイセンスになっている以外は、ドライビングスクールにいた不審者そのものだ。
「Hey! またお会いできて光栄だよ、Mr.エイジ! 仮面ライダーダークドライブ!」
……と、さも当然のように記憶を持ち越している。
〈このジョージ・
声に多少に苦みばしった笑みを含ませて言うクリムの声色を知ってか知らずか、そのジョージとやらは、
「時間軸や世界の改変は仮面ライダーの敵の常套手段だからね! まぁかくいう私もクリム氏も、洗脳されたことのある身だ。それなりの備えはしてあるさ。たとえば……このサイクロトロンドライバーの試作機の機能を限界まで拡張し、改変後の次元に意識だけ飛ばして、この世界における私の意識に上書きする、とかね」
そう言って掲げてみせたのは、銀光りするレトロフューチャー的な仮面ライダーのバックル。
それを見つめながら、
「……なに言ってるか全然理解できないけど、時間と人として大事な何かをすっ飛ばして来てくれたことだけは分かったよ」
と英志は呟いた。
「とは言え、私もまた、『彼』からの急報を受けていなければ危うかったよ」
「『彼』?」
英志が咄嗟に思い浮かべたのは、明光院ゲイツ、あるいはチェイス。
だが彼らは改変後の世界に、外側から訪れた存在だ。
ではいったいそれは何者かを問う前に、
『あー、聴こえる?』
と、施設の音響機器に乗せられて、ノイズ混じりの男の声が
英志の足下に忍び寄っていたシフトカー、カラフルコマーシャルより平面的な画面が虚空に投影される。声の主らしい、首から下のスーツ姿の影が浮かんだ。だがすぐに砂嵐で画質は乱され、暗転する。
『ごめん! やっぱ、時空間の乱れがひどくてさ。だから、このままで……ね』
それは、雑音に呑まれかけていてもどこか人を惹きつける力を帯びた、張りのある声だった。
「そう! 彼こそデータをバックアップしていた衛星ウィアのオーナーにして、我々の世代の第一号! 仮面ライダーゼ――」
『ごめん、ほんっとヤバイ状態になってるから、そういうの後で!』
ジョージの大音声と、どこぞの三流コメディアンの真似らしい身振り手振りを制した後、暗転した画面に、蛍光色の黄色い文字で〈SOUND ONLY〉と表記された。
『――俺は覚えてないんだけど、前に似たようなことがあったみたいでね。ウチの衛星の人工知能が、時間軸への干渉を事前に察知してくれたんだ――その中にいた俺はどうにか無事だったんだけど……なんて言ったら良いのかな、これ……地球がブレて見えてるって言うかそのまま割れちゃいそうっていうか……』
おそらく、彼の見下ろす光景は、とても言語化することが難しい代物なのだろう。そしてそれは同時に彼の声に潜む焦りも相まって、世界の危機が迫っていることを伝えるのに十分だった。
「おそらく、世界の崩壊が始まっている。その男の見立て通り、時間がない」
そこに入ってきたのが、チェイスだった。独自の調査のうえ、英志と同じ結論に、この場所にたどり着いたものか。それとも元より知っていながら『誰も訊かなかったから』無言でいたのか。
何者も映らない黒い窓を見上げつつ、淡々と調子を崩さず同調する。
「覚悟は決まったのか」
次いで英志に目線を移しながら問いかける。
英志は強く頷き返した。
「やっぱり僕は、自分たちの未来を築きたい。みんなが、チェイスの帰りを笑って迎えられる世界を」
言葉を濁さずはっきりそう言って、英志は数ある歴代の装備から、マッハドライバーを取り、シグナルチェイサー、張り付いていた古ぼけた運転免許を摘み上げる。
「そのために、力を貸してくれないか……チェイス」
そう乞われて差し出された自身の装備や免許を、チェイスはじっと見下していた。
「人間に助けを求められたのは、これで二度目だ」
そしておもむろに呟くと、彼は迷いのない精妙な手つきでそれを手に取った。
「だが悪い気はしない。むしろ、奇妙な充足感さえ感じる。どれほど世界が違おうとも、人々のために戦うことが、仮面ライダーとしての俺の本質、なのかもしれん」
と。
「やはり、チェイスはどこまでいってもチェイスだな」
そんな感想とともに、出入り口のドアがふたたび開閉する。水音が聞こえる。
ハートが先頭に立つかたちで、ロイミュード三人組もまた入室してきた。
「やはり、俺たちのボディを用意したのはお前だったんだな。クリム」
〈あぁ――他の技術の転送に際し、異なる時代から迷い込んだ君たちのコアを回収してしまったのは偶然だったが、見過ごすこともできない。まったく皮肉というほかない。蛮野と私が、立場を入れ替えることになろうとはね〉
本来ここに立つことのなかった面々。というよりも、クリムにとっては自身の仇でさえある。
若干空気がひりついたが、ただ互いに為すべきことのため、また心情も理解できるからこそ、クリムは彼らを受け入れたのだろう。
「泊進ノ介の息子」
チェイスよりも人間的な所作で、ハートは英志に、大物然とした笑みを向けた。
「前に会った時よりずいぶんとすっきりした面構えになっている。ようやくエンジンに火がついたか?」
「父親と違って、ずいぶんとかかりが遅いご様子で」
そう皮肉をもって同調するメディックに、英志は苦笑いした。
「それ、思い出補正。父さんもモヤモヤはだいぶ長い方だよ」
「かも、しれないな」
ハートは声を立てずに笑った。
「座して傍観するのは趣味じゃないんでな。我々も付き合おうとしようか。お前のひとっ走りにな」
「ありがとう……ていうか、見ないフリしてたけど」
今度は英志が問う番だった。
「なんでブレン、水びたしなのさ」
と。
そう、先に聞こえた水音の正体はブレンのそれ。あまりに存在感を主張し過ぎていて、ついに無視できなくなった。
上着の袖やらズボンの裾やらをまくり上げて、素足(?)を濡らしている彼は、くわえていた靴と靴下をパッと離して、
「ブレンドライバー探してたんですよっ!?
「あぁ……水落ちしたベルトや小物は見つからないものだから」
ジョージが何故だかしみじみとした調子でブレンを慰めた。
「だいたい、ハート様を差し置いて活躍すること自体、おこがましいですわ。ねぇ、ハート様?」
シナを作って自身に寄り添うメディックに、是も非も唱えることなく、気づかわしげな視線をブレンに注ぎ、
「これ以上は時間がないようだ。諦めてくれ」
と宥めた。しかしそんな二人に諸々の感情を滾らせたものか、ブレンはハンカチを噛み、ヒステリックに慟哭を発した。
ノイズ交じりの笑い声が立った。
『面白いな、君の仲間たちも』
この騒がしい雰囲気に、かえって落ち着きを取り戻したらしい男が、通信越しに言った。
「……まぁ、仲間っていうには、色々あり過ぎますけどね」
ただ、と英志は室内を見渡す。ここには居ないゲイツにも、想いを馳せる。
異なる世界、異なる時代、異なる技術。それらが一年前と同じように、一堂に会している。
それらに対する想いを総括して
「色々あったんだよなぁ」
と、ごく当たり前の所感を零す。
〈……そう、これまでも、これからも、世界は様々な可能性を秘めている。そしてその力で、いくつもの危機を乗り越えてきた〉
クリムは重く応えた。
〈あのシンジという少年が見た未来は、文明の行き着く果てとして、一つの真実なのかもしれない。だがそれを変えることができるのもまた、人や技術の進歩だと私が思う……そのことを、彼に伝えて欲しい〉
胡散臭い秘密主義者だが、科学者として、その言葉に、真摯な想いに嘘はない。
『……俺も、人と人工知能が手を取り合う未来を、諦めちゃいない』
と、次いで通話の先の彼が口を挟んだ。
『この時代に飛んで来たシンジをスキャンした際、ウィアは彼のバイタルから一つの仮説を立てている。それが正しければ……多分彼は、君の』
言いかけた彼はしかし、それ以上何も言わなかった。おそらく、画面越しに英志の動揺ない顔色を見たのだろう。
……正直なところ、理屈ではないとは分かっていつつも、英志もまた彼との接触を経て、また彼の尋常ならざる激情から、奇妙な運命を感じていた。
だからこそ、それを汲んだ男は
『彼を救えるのはただ一人、君だ』
と言い、大きく息を吸った。
託された願いを、英志は静かに、真っ直ぐに受け止める。
定まった意志。それに呼応するように、彼の懐中がにわかに熱を持ち始めた。
自身の上着からその源を抜き取れば、それはゲイツから投げ渡された、件のデバイス。
輝きとともに、浮かび上がった針が回る。時を、刻み始める。
〈ダークドライブ!〉
色と形が変わる。青の外殻の中央に、左右に開閉するタイプのフレーム。そこにダークドライブのマスクが投影されている。
『さぁ、夢に向かって翔べ――仮面ライダー!』
熱く檄を飛ばした声に応え、英志はありとあらゆる垣根を超えて寄り集まった仲間たちを顧みる。
「行こう、みんな。静止した世界を、動かすために!」