NEXTジェネレーションズ Day After Tomorrow ~仮面ライダーダークドライブ~   作:大島海峡

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5.

 痛って、と小さく呻く。

 英志は、すっかり様変わりした、というか『先祖返り』してしまった久瑠間運転免許試験場、その特状課の丸椅子に座って、治療を受けていた。

 

「なに、その妙に染みる消毒液。なんか色がもうヤバいけど、大丈夫なヤツなの?」

「なーに馬鹿なこと言ってんの。ただの赤チンでしょ?」

「赤……なんだって?」

 

 謎の傷薬で治療に当たってくれるのは、母の霧子(きりこ)だった。

 英志の知る母はとうに一線を退いて主婦業に専念していたが、《いま、この状況》》では薄い色のスーツ姿で、いかにもキャリアウーマンと言った塩梅だった。もちろん、当時の写真に比べれば露出は少ないが、妙に若々しい。

 

 そのほかのメンツ。

「だからァ、俺はこの足で今回の事件(ヤマ)をだな……」

「はいはい、ワロスワロス」

 捜査一課ではなくこの場に居座る追田(おった)現八郎(げんぱちろう)は変わらず現場主義のステレオタイプ。彼とは対照的に安楽椅子(チェアマン)タイプの西城究は、分厚いデスクトップPCに備え付けられたキーボードをたたきながら、一瞥もくれず、聞いたこともないようなネットスラングで彼を煽る。

 

「あれまっ、『時機悪し。逢魔が時にご用心』ですって」

「え、マジすか。ちょっと見せてくださいよ」

 そして課長であったはずの本願寺(ほんがんじ)(じゅん)も老境ながら現職のままで、腰を曲げて身をかがめつつも、ガラケーの占いを見て一喜一憂……あまり変わっていない。

 

 現役で、全員が揃っているのは初めて見た。

 おちゃらけていつつも、懐深く、温かい。職場というよりも、一つの家族のようだった。

 ……これが、当時の特状課の雰囲気か。

 

「でも、このシフトカー、まさかあそこまでの火力とはな」

 デッドヒートのシフトカーを摘み上げながら、進ノ介は呟いた。

 そして沢神(さわがみ)のネームプレートを提げたパーマの女性にそれを差し出す。

 ダークドライブになって以来、自分の世話役に等しいりんなだった。

 

「でも、それで自分がロイミュード以上にダメージ受けてちゃ世話ないからな……りんなさん」

「はーぁ、しょうがないかぁ」

 という父の所感を受けた彼女は、物憂げに嘆息してシフトデッドヒートを受け取った。

 ……そして、足下の段ボール箱に、それを雑に放り込んだ。

 

「えっ!?」

 英志は思わず身を乗り出して、椅子にけつまずいた。

 

「ちょっと、どうしたのいきなり」

 霧子にたしなめられても気にすることなく前のめりのまま、

「どうしたんだよ? まるでそんな、捨てるモノみたいに扱って……」

 と指で箱を示す。すると父はきょとんとした顔で、

「みたいじゃなくて、捨てるんだよ」

 と、平然と答えた。

 

「なんで!?」

「なんでって……危ないだろ? こんなモノ使っちゃ」

「コントロールできる自信がないものは流石にちょっとねー……あーあ、こんな調子じゃ、今年もノーベル賞取れなさそう」

「それに、ロイミュードなんて数はめっちゃいるけど、たいして強くもないしな。今の装備で十分だろ」

 

 その答えの筋は、通っている。

 だが、簡単に研究や改良を諦めてしまうりんなも、試すよりも先に止まってしまう父進ノ介も、らしくない。

 そしてそこに周囲のメンバーから、何の異論も差し挟まれることがない。

 

「それに、このデッドヒートはマッハとの共有も組み込んだ設計だったのよ? そのマッハドライバー計画が中断した今、無理に使うこともないでしょう?」

「えっ、マッハが!?」

「なんだよ、さっきからデカい声出して」

 眉をひそめて耳を塞ぐ剛に首を振り向けた英志は、

 

「いやいや、だってマッハが……叔父さん、良いのっ?」

「え、なんでオレに訊くんだよ?」

 そう問い返す叔父の困惑は、笑えないジョークでそうしているわけではなく、本心からのものだった。

 ――つまり、今この世界に、本当にマッハも存在しない。剛がそれに変身していたという事実そのものが、なかったことになっている。

 

「なに不安になってるか分かんないけど、大丈夫だって。進兄さんもいるし、りんなさんと、()()()のサポートがあるんだから」

 

 父さん、剛がそう呼んだ時、英志の全身を稲妻で打たれた感覚が襲った。

 ……見慣れない白衣の男が、部屋の片隅で機材をいじっている。

 耳や隠すほどのボサボサの黒髪。その分け目で落ちくぼんだ両目。痩せぎすの体躯の中年男。

 

 今の今までその存在に気が付かなかったのは、彼が覆う陰気ゆえか。

 面識はない、だが、英志は知っていた。

 

 戒めのように、母や叔父が語っていた、彼女たちの側の、祖父。

 忌まわしき過去の象徴。

 家族を自身の研究対象か、道具としてしか見ていなかったという、最低最悪の父親。

 ロイミュード事件の、元凶となった男。

 死してなお、データとなって個人的な欲望のために周囲を犠牲にし続けた。

 

蛮野(ばんの)天十郎(てんじゅうろう)……」

 

 その恐るべき男の名を、英志は警戒と畏怖を込めて呟いた。

 

「こら。天十郎おじいちゃん、でしょ」

 ――と、その後頭部を、霧子がはたいた。

 

「悪いね、父さん。こいつ今日ずっとこんな調子なんだよ」

 と、剛も戯れるように英志の首に腕を回して小突いた。

 

「――いいや、剛、霧子。私は大いに不満だ」

 そう言って、蛮野はすくっと立ち上がった。

 体格の割に、圧のある声とともに振り返ると、本能的に英志は固唾を呑んだ。逃れようにも、剛に拘束されている。

 

「おじいちゃん。そう呼ばれるほどに……私は老け込んではいなーいぞ?」

 

 ――声音、反転。

 だいぶ軽い感じに言って小首をかしげた彼の着ているTシャツには、ポップなフォントで『Wait, Go!』という、どっちつかずの印字が施されている。とうてい、話に聞いていた悪党のセンスではない。

 弄っていた機械やその周囲のデスクやファイルには、幼いころの子供たちが写った家族写真や、そんな彼らが描いたらしい拙い似顔絵などが貼られていた。

 

「あっははは! いやいや、もうじゅーぶんそんなトシでしょ? おじーちゃん」

 英志を解放した剛は、ほがらかに笑ってそんな父親の二の腕を叩いたり、手刀で頭を叩いたり。

 蛮野の方もそれを咎めるようなことをせず、似たような感じで背を反らして笑ってやり返す。

「もう、いつまで経っても仲良しなんだから」

 と、しょうがなさそうに嘆息する霧子も、どこか嬉しそうだった。

 

「……ちょっと、外の空気吸ってくる」

 あまりに衝撃的な出来事の連続に、足下がぐらつくような錯覚に見舞われつつ、英志はその場を後にしたのだった。

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