NEXTジェネレーションズ Day After Tomorrow ~仮面ライダーダークドライブ~ 作:大島海峡
痛って、と小さく呻く。
英志は、すっかり様変わりした、というか『先祖返り』してしまった久瑠間運転免許試験場、その特状課の丸椅子に座って、治療を受けていた。
「なに、その妙に染みる消毒液。なんか色がもうヤバいけど、大丈夫なヤツなの?」
「なーに馬鹿なこと言ってんの。ただの赤チンでしょ?」
「赤……なんだって?」
謎の傷薬で治療に当たってくれるのは、母の
英志の知る母はとうに一線を退いて主婦業に専念していたが、《いま、この状況》》では薄い色のスーツ姿で、いかにもキャリアウーマンと言った塩梅だった。もちろん、当時の写真に比べれば露出は少ないが、妙に若々しい。
そのほかのメンツ。
「だからァ、俺はこの足で今回の
「はいはい、ワロスワロス」
捜査一課ではなくこの場に居座る
「あれまっ、『時機悪し。逢魔が時にご用心』ですって」
「え、マジすか。ちょっと見せてくださいよ」
そして課長であったはずの
現役で、全員が揃っているのは初めて見た。
おちゃらけていつつも、懐深く、温かい。職場というよりも、一つの家族のようだった。
……これが、当時の特状課の雰囲気か。
「でも、このシフトカー、まさかあそこまでの火力とはな」
デッドヒートのシフトカーを摘み上げながら、進ノ介は呟いた。
そして
ダークドライブになって以来、自分の世話役に等しいりんなだった。
「でも、それで自分がロイミュード以上にダメージ受けてちゃ世話ないからな……りんなさん」
「はーぁ、しょうがないかぁ」
という父の所感を受けた彼女は、物憂げに嘆息してシフトデッドヒートを受け取った。
……そして、足下の段ボール箱に、それを雑に放り込んだ。
「えっ!?」
英志は思わず身を乗り出して、椅子にけつまずいた。
「ちょっと、どうしたのいきなり」
霧子にたしなめられても気にすることなく前のめりのまま、
「どうしたんだよ? まるでそんな、捨てるモノみたいに扱って……」
と指で箱を示す。すると父はきょとんとした顔で、
「みたいじゃなくて、捨てるんだよ」
と、平然と答えた。
「なんで!?」
「なんでって……危ないだろ? こんなモノ使っちゃ」
「コントロールできる自信がないものは流石にちょっとねー……あーあ、こんな調子じゃ、今年もノーベル賞取れなさそう」
「それに、ロイミュードなんて数はめっちゃいるけど、たいして強くもないしな。今の装備で十分だろ」
その答えの筋は、通っている。
だが、簡単に研究や改良を諦めてしまうりんなも、試すよりも先に止まってしまう父進ノ介も、らしくない。
そしてそこに周囲のメンバーから、何の異論も差し挟まれることがない。
「それに、このデッドヒートはマッハとの共有も組み込んだ設計だったのよ? そのマッハドライバー計画が中断した今、無理に使うこともないでしょう?」
「えっ、マッハが!?」
「なんだよ、さっきからデカい声出して」
眉をひそめて耳を塞ぐ剛に首を振り向けた英志は、
「いやいや、だってマッハが……叔父さん、良いのっ?」
「え、なんでオレに訊くんだよ?」
そう問い返す叔父の困惑は、笑えないジョークでそうしているわけではなく、本心からのものだった。
――つまり、今この世界に、本当にマッハも存在しない。剛がそれに変身していたという事実そのものが、なかったことになっている。
「なに不安になってるか分かんないけど、大丈夫だって。進兄さんもいるし、りんなさんと、
父さん、剛がそう呼んだ時、英志の全身を稲妻で打たれた感覚が襲った。
……見慣れない白衣の男が、部屋の片隅で機材をいじっている。
耳や隠すほどのボサボサの黒髪。その分け目で落ちくぼんだ両目。痩せぎすの体躯の中年男。
今の今までその存在に気が付かなかったのは、彼が覆う陰気ゆえか。
面識はない、だが、英志は知っていた。
戒めのように、母や叔父が語っていた、彼女たちの側の、祖父。
忌まわしき過去の象徴。
家族を自身の研究対象か、道具としてしか見ていなかったという、最低最悪の父親。
ロイミュード事件の、元凶となった男。
死してなお、データとなって個人的な欲望のために周囲を犠牲にし続けた。
「
その恐るべき男の名を、英志は警戒と畏怖を込めて呟いた。
「こら。天十郎おじいちゃん、でしょ」
――と、その後頭部を、霧子がはたいた。
「悪いね、父さん。こいつ今日ずっとこんな調子なんだよ」
と、剛も戯れるように英志の首に腕を回して小突いた。
「――いいや、剛、霧子。私は大いに不満だ」
そう言って、蛮野はすくっと立ち上がった。
体格の割に、圧のある声とともに振り返ると、本能的に英志は固唾を呑んだ。逃れようにも、剛に拘束されている。
「おじいちゃん。そう呼ばれるほどに……私は老け込んではいなーいぞ?」
――声音、反転。
だいぶ軽い感じに言って小首をかしげた彼の着ているTシャツには、ポップなフォントで『Wait, Go!』という、どっちつかずの印字が施されている。とうてい、話に聞いていた悪党のセンスではない。
弄っていた機械やその周囲のデスクやファイルには、幼いころの子供たちが写った家族写真や、そんな彼らが描いたらしい拙い似顔絵などが貼られていた。
「あっははは! いやいや、もうじゅーぶんそんなトシでしょ? おじーちゃん」
英志を解放した剛は、ほがらかに笑ってそんな父親の二の腕を叩いたり、手刀で頭を叩いたり。
蛮野の方もそれを咎めるようなことをせず、似たような感じで背を反らして笑ってやり返す。
「もう、いつまで経っても仲良しなんだから」
と、しょうがなさそうに嘆息する霧子も、どこか嬉しそうだった。
「……ちょっと、外の空気吸ってくる」
あまりに衝撃的な出来事の連続に、足下がぐらつくような錯覚に見舞われつつ、英志はその場を後にしたのだった。