あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 お腹いっぱい、酒でほろ酔い。気分は最高だ。

 あなたたちは陽気な気持ちで店を辞した。

 

 あなたの背中にはサシャ。

 飲み過ぎてしまったらしい。

 飲みやすかったからしかたない。

 

 幸い、サシャに酒乱の気はなさそうだ。

 泥酔して大地に恵みを返す様子もない。

 ごく単純に寝入ってしまっただけ。

 すやすやと眠るサシャの暖かな体温が心地いい。

 今日はこのまま宿に戻って眠るべきだろう。

 

 セリナをコマすことについては保留。

 とりあえずは長い目で見ることにした。

 女同士と言う点にはさほどの忌避を見せていなかった。

 あの反応からすると、興味もありそうだった。

 強引に迫ればイケそうな気配はするのだが……。

 確実とは言えない。今は待ちの時と言うわけだ。

 

「カイラには渡りをつけておく。あの宿に向かわせればいいな?」

 

 あなたは頷き、楽しい夕食をありがとうと礼を述べた。

 

「なに、大したことじゃない。有名な店でもあるしな。ではな」

 

 セリナがひらひらと後ろ手に手を振って立ち去った。

 あなたはそれを見送ると、レインとフィリアに帰ろうと促した。

 それにしても、あの料理はどれもじつに美味しかった。

 見慣れない料理過ぎて、料理人のこだわりポイントを見抜けなかったのは悔しいが。

 おいしさに関しては文句のつけどころもなかった。

 また行って、じっくりとこだわりポイントを見抜くとしよう。

 

「そうね。サシミと言うのは慣れなかったけど、他はおいしかったわね」

 

「ですねえ。特に、あのスープ。豆から作った調味料を使ってるらしいですよ。どんな調味料なんでしょうね?」

 

 豆から作った調味料と言うのはあなたの知識にはない品だ。

 あの店には興味深い料理が本当に多かった。

 

「というか、あの店、当たり前のように海の魚を出してたけど、一体どうやって調達してるのかしら……」

 

「そうなんですか?」

 

「フライ料理はほとんど海の魚だったと思うわよ」

 

「へぇー。私、海ってあんまり行ったことなくて分からなかったです」

 

「ああ、なるほど……そう言えば、あなたも前に海の魚をどこからともなく調達してたわよね」

 

 企業秘密ですとあなたは適当に答えた。

 

「企業ってなによ……まぁ、話したくないなら詳しくは聞かないけど」

 

 べつに話したくないわけではないのだが。

 理解を超えた現象だと思われるので口にしないだけだ。

 たぶんレインは頭を振ってツッコむだろう。

 意味もなく心労を重ねてもよいことはない。

 

「フライ料理の中に、パスアウェイフィッシュが入ってたのが驚きでしたね~。でも、すごく美味しかったです」

 

 パスアウェイ。出て行くとか、離れるとか、そう言う意味がある言葉だ。

 魚に使うにはなにやら妙な意味であるが、どういうことなのだろう。

 

「パスアウェイフィッシュって何?」

 

「食べたら死ぬ毒魚です」

 

「えっ」

 

「ちゃんと毒抜きをすれば食べられますよ。失敗して死ぬ人も多いですけど」

 

 パスアウェイには死ぬという意味もある。

 そう言えば、エルグランドにも似たような魚がいた。

 非常に強力な麻痺毒を持つフグと言う魚だ。

 

 考えてみると、キモジョウユで食べた刺身がそんな感じだったような。

 あの独特のコリコリとした歯応えはそんな感じだった。

 あれを毒抜きする技術があるとは知らなかった。

 いったい、どうやって毒抜きしたのだろう?

 エルグランドではがんばる、がまんするの2つで対処する。

 あるいは手持ちにあるなら耐毒装備で耐えて食べるのだ。

 あるいは死んでもいいやという雑な感覚で食べる。そして予定通りに死ぬ。

 

「また今度、私たちで食べに行きましょうね」

 

 もちろん。あなたは頷いた。

 あの店の料理はおいしかった。酒もだ。

 サシャがおいしそうに酒を飲めていたのがいい。

 酒で高揚した少女としっぽり楽しむのはなんとも言えぬ淫靡(いんび)さがあっていい。

 

 あなたたちはなにくれとなく他愛ない会話をしながら宿へと向かった。

 

 

 

 宿に戻ると、あなたはサシャをベッドに横たえた。

 その後、魔法で水で作り出し、それで布を濡らす。

 そして、その布でサシャの体を拭ってやった。

 

「もうお風呂やってないって」

 

 宿の人間に入浴できるか尋ねに行ったレインが戻って来た。

 あなたは聞き方が悪かったのではないかとレインに訪ねた。

 

「聞き方が悪かったって、ちゃんと丁寧に尋ねたわよ?」

 

 それではやり方が悪い。

 あなたは部屋を出ると、階下に降りて宿の人間を訪ねた。

 つまり、申し訳ないがこれから入浴できるだろうか、と言う質問だ。

 

「入浴ですか。もう遅いですし、火は落としちゃったんですよ。すみませんけど明日にしてもらえませんかね」

 

 あなたは金貨を取り出し、それを渡した。

 そして、あなたは訪ねた。これから入浴したいのだが、と。

 

「すぐに準備しますよ」

 

 あなたは満足して頷いた。

 

 

 部屋に戻り、レインに風呂を準備してもらえるようになったと伝えた。

 そして、その際に、誠意とは言葉ではなく金で見せるものだと教えた。

 言葉に重みを持たせるのは難しいことだ。

 だが、金に重みをもたせることは誰にでもできる。

 まぁ、金さえあれば、と言う枕詞はつくが……。

 それさえ満たせばだれにでも可能なのだ。

 

「なるほど……」

 

 屋敷の使用人は頼まれれば嫌とは言えない。

 だが、面倒臭いと思うこともあるだろうし。

 やりたくないと思うことも当然あるだろう。

 しかし、屋敷の主にそんなことは言えない。

 

 翻って、この宿の従業員はどうだろうか。

 ここを定宿にしている客には気を利かすかもだが。

 あなたたちは5日も泊まっていない相手だ。

 そして、また来るかも分からない。

 

 そんな相手に気を利かしたりはしない。

 よっぽどのお人好しでなければそんなものだ。

 そこに少々の金を小遣いに渡してやれば断然違う。

 次の小遣いを求めて気を利かしてくれるわけだ。

 

「でも、それだとキリがないんじゃない?」

 

 それはたしかにその通りだ。

 最低限のサービスで満足できるならそれでもいいが。

 しかし、木賃宿(きちんやど)に泊まるのでもなければそんなものだ。

 告げられた宿泊費の倍を支払うことで快適に過ごせるなんてザラである。

 

「うーん、なるほど。その辺りは私もまだ未熟ね」

 

 真面目腐った顔でレインが頷く。

 その後ろではフィリアが声をひそめてくすくす笑っていた。

 フィリアはそれなりに冒険者としての年季がある。

 初々しいレインが可愛く想えたのだろう。

 あなたもレインが可愛く思えた。

 

 次からはうまいこと小遣いをやってみるといい。

 快適に過ごせるかはそこらのさじ加減で違ってくる。

 

「ええ、やってみるわ」

 

 向上心の旺盛な若人を見るのは気分がいい。

 あなたは頷いて、がんばれと激励(げきれい)した。

 

 その後、あなたたちは入浴を済ませた。

 宿の風呂はそれなりに広い。

 5人くらいならば同時に入れる。

 

 なお、男女の入浴時間は当然分けられている。

 仮に男が入ってきたら八つ裂きにしていいと女将は言っていた。

 あなたは女将に与えられた殺人許可に満足して、そのようにする、と笑って答えた。

 あなたは湯に浸かりながら、すっかりこの入浴も慣れたなと想いに耽った。

 

 観光地で楽しめる贅沢だった行為。

 それがいつの間にやら日常の行為になった。

 エルグランドに戻ったら、自宅の風呂回りを改装しなくては。

 1日の終わりに疲労した体を湯で癒すのは格別の心地よさがある。

 

「ねぇ、あなたってエルグランドでは宿をよく使っていたの?」

 

 レインの問いかけにあなたは頷いた。

 野営の方が格段に多かったが、町にいれば宿を使った。

 いや、娼館があればそっちに入り浸っていたが。

 まぁ、娼館も宿みたいなものだ。寝れるのはいっしょ。

 

「ふぅん。私は野営の方が格段に多かったんだけど、宿を使うにはそれなりの流儀があるのね。まだまだ学ぶことは多いわね」

 

 そんなことを言いながらレインが伸びをした。

 流儀と言うにはちょっと大げさではあるが。

 暗黙の了解とか不文律があるのはたしかだ。

 まぁ、そんなものがあるのはそれなり以上の宿屋だけ。

 最下級の宿にはそんなものはないので、宿のグレードでうまく使い分けるように。

 

「最下級の宿ね。どんな感じなの?」

 

 エルグランドでは金貨1枚で泊まれる宿があった。

 こちらで言うと銅貨1枚くらいだろうか。

 すると、宿の広間で寝ることができる。

 広間には暖炉があるので最低限暖かい。

 雨も風も凌げるので、払う価値はある。

 

「他の客と雑魚寝ってことね」

 

 それは違う。

 床で寝るには追加で金貨が3枚必要だ。

 暖炉の前の特等席なら10枚は要る。

 金貨1枚の場合、ポールを使って張り巡らせてあるロープに体を預けて寝るのだ。

 

「ちょっと待ちなさい。それ立って寝ることになってない?」

 

 もちろんそうだ。立ったまま寝る。

 雨風は凌げるので最悪の寝床ではない。

 床には寝れないが、金貨1枚だからそんなものだ。

 

 立って寝るのがキツいなら、追加料金を払うしかない。

 金貨をもう1枚支払うことで壁の使用許可がもらえる。

 壁に寄りかかって寝れば、立つよりは快適だ。

 ロープよりも安定しているし、安いので人気だ。

 

「想像を絶するわね……」

 

 宿によってはべつの広間があり、そこには床に木箱が並べられている。

 その木箱に入り、毛布をかぶって寝ることが可能だ。

 ノミとダニだらけだが、毛布がある。

 

 しかも木箱に入ることで隙間風を防ぐことができる。

 十分に熟睡できる。ここまでくると、グッと宿らしくなる。

 箱に自分の外套を巻いて乗せればまくらにもなって完璧だ。

 これが大体だが金貨20枚くらいだろうか。

 

「ベッドすらないの……ベッドで寝るにはどれくらいいるのよ」

 

 大部屋で金貨30枚くらいが相場だ。

 そのベッドにしてもノミやダニだらけなのは当たり前だが。

 個室となると金貨50枚くらいは必須だろうか。

 それにしたってベッドは綺麗ではないが。

 食事なんて洒落たものは当然出していない。

 最下級の宿は寝るだけの場所……いや、夜露や風を防ぐ場所と言うべきか。

 

 まともに宿と言えるものとなると、もっと必要だ。

 最低でも金貨100枚くらいからが相場だろうか。

 普通の宿。つまり、下級の宿の相場がそんなものだ。

 金貨120枚で夕食付きと言うところが多かった。

 

 大体の冒険者はこういった宿に泊まる。

 金貨1枚で泊まれる宿は下層労働者向けの宿だ。

 下層労働者はそもそも家すら持っていないことが多い。

 なので、そう言うところで寝る必要があった。

 

「下層労働者向けの宿……そう言うところに慣れる必要もあるのかしらね」

 

 それはさすがに要らない。

 あなたは苦笑した。

 

 冒険者なら普通の宿に泊まるべきだ。

 ちゃんと体調を整えて冒険をしなくては。

 あくまでそう言う宿もあるのだと教えただけだ。

 

「自分に投資をして利益を最大化しろ、ってことね」

 

 まさにその通り。

 冒険者たるもの、最大の投資対象は自分だ。

 宿代をケチる者は多いが、それはよくない。

 地味な部分こそ大きな影響が出るものだ。

 

「そう言えば、あなたが高級な宿に泊まっていたのもその辺りが理由なの?」

 

 あなたは頷いた。

 サシャの安全確保の方も理由としては大きかったが。

 やはり、快適に寝れるなら快適に寝たいものだ。

 そのために多少金貨を払うのは自然な行為と言える。

 睡眠は大事だ。1日に8時間くらい寝るべきだとあなたは信じている。

 

「なるほどね。次からはもうちょっと宿のランクあげようかしら」

 

 それがいいだろう。あなたはレインの考えを肯定する。

 宿のランクが高いと、従業員のランクも高くなる。

 

 ランクの高い宿は、一晩泊まるだけの相手でも多大な金を落とすのだ。

 従業員たちの給料も高く、余裕がある。

 だからか、それなりに気を利かせてくれるのだ。

 

 ついでに言えば、金持ちの宿泊客相手に特別サービスをする者は多いが。

 売春婦まがいのことをして小遣い稼ぎをする従業員もいるのだ。

 そう言った従業員と一晩の逢瀬を交わすのもなかなか楽しい。

 その辺りは口に出さなかったが。

 

「そうね、そうするわ。でも、いい宿って一見で泊まれないこともあるのよね」

 

 そこまでの高級宿は必要ない。

 金回りのいい冒険者向けの宿と言うものがある。

 そう言った宿は少々粗野だが、サービス自体は貴族向けの宿と遜色(そんしょく)のないところもあるものだ。

 

「あ、なるほど。この町なら余計にたくさんあるだろうし、探してみるのもいいかしらね」

 

 そんな風に考え込むレイン。

 しかし、フィリアにのぼせるから上がろうと諭されて考えを中断した。

 あなたたちは入浴を終えて部屋に戻る。

 部屋ではサシャがすやすや眠っていた。

 

 あなたは髪を乾かし、窓際で髪を丁寧にとかす。

 空には月が浮かんでおり、寒々とした光をあなたへと注ぐ。

 月光を髪に映すことで美しくなれると言う伝承がある。

 

 あなたの母はあなたにそう言い聞かせてくれたものだ。

 そして、窓際の椅子にあなたを座らせて髪をとかしてくれた。

 

 ちなみに、あなたの父も似たような伝承を教えてくれた。

 便所掃除をすると綺麗になれるらしいと。

 落差がひどすぎて悲しくなるような伝承だ。

 

「……卑劣な」

 

 ぽつりとレインが呟いた。なにがだろうか。

 あなたがレインの方に向き直り、どうしたのかと視線で問う。

 すると、レインはじっとりとした眼であなたを見ていた。

 

「……なんでもないわよ」

 

 あなたは首を傾げた。

 まるで月光を浴びて髪をとかすあなたが女神のように美しく見えて、思わずそれに見惚れてしまったことに対し、普段の言動があんな有様な癖に外見が良すぎるだろうという意味合いを込めて卑劣なと呟いてしまったかのようではないか。

 

「完璧に言い当ててんじゃないわよ! あんたは人の心でも読んでんの!?」

 

 あなたは笑ってそんなことはできないと答えた。

 実際、あなたに人の心を読むような能力はない。

 まぁ、人の心理を推測する知識と技術はあるのだが。

 

 ともあれ、髪を整え終えたあなたはリボンで緩く髪を縛るとベッドに入った。

 もちろんサシャと同じベッドに。

 あなたはサシャを抱き寄せ、腕枕をしてやる。

 すると、サシャはむにゅむにゅと口を動かしたかと思うと、あなたへとすり寄って来た。

 

 あなたの胸に納まったサシャの頭を撫でる。

 あなたもベッドに体を預けて目を閉じた。

 サシャのふわふわした毛に覆われた耳が、あなたの呼吸音を聞いて揺れる。

 穏やかな気持ちだ。あなたは静かに眠りに落ちて行った。

 

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