あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

102 / 614
2-008

「ご主人様、負けちゃいましたね」

 

 サシャが心配そうに言う。

 いや、心配と言うよりは不安げだろうか?

 

 あなたが癇癪(かんしゃく)を起こすとでも思ったのだろうか。

 それともみっともないナンパでもすると思ったのか。

 ナンパするならちゃんとリサーチをするので安心して欲しい。

 

 さて、それはともかく。

 あなたは少女に声をかけた。

 少女はあなたの方にちらりと視線を戻した。

 

「何か用か」

 

 銀貨を5枚支払う。

 それでサシャに戦いを指南してやって欲しい。

 だめだろうか? あなたはそんな提案をした。

 

「指南なぞ、できん。この身が成すは、血濡れの芸術を世に作りだすだけのこと」

 

 変に芝居がかったことをいう。

 血濡れの芸術とはなんだろう?

 

「血に濡れて(まど)わぬ。戦にありて狂わぬ。夜にありて迷わぬ。それが我ら闘士……パサファロンの穢れた闘士だ」

 

 この少女ちょっとおかしいのでは?

 あなたは奇妙な語りに首を傾げた。

 

 彼女は素手での戦闘がとても達者だ。

 サシャに経験を積ませるにちょうどいい。

 そう思ったのだが、変人なのはなぁ……。

 いや、戦闘技術自体は間違いなく本物だ。

 なので、べつに狂人でも構わないか。

 

 ならばと、あなたは少女への提案の言葉を変えた。

 5回分の指導ではなく、5回分の挑戦と言うことで。

 ただ、その挑戦に際して圧倒的に仕留めないでほしい。

 可能であればでいいので、ゆっくり仕留めて欲しい。

 できれば手加減もしてやって欲しいとも。

 まぁ、無理なら容赦なくボコって構わないが。

 殺さなきゃそれでオーケーだ。

 

「ならば、構わぬ。手加減、それも承知した。嬲ればよいのであろうが」

 

 嬲るって。手加減と嬲るは意味が違うが……。

 いや、まぁ、それでいいのかもしれない。

 嬲るということは仕留めないということ。

 手加減じゃなくとも、戦いが長引くならそれでいいか。

 手加減と言うには悪辣だが、まぁ。

 

「ええと、ご主人様、あの?」

 

 この少女は間違いなく強い。

 単純な技量ではあなたより上だろう。

 先ほどの試合では見切りの技量、身躱しが目立ったが。

 

 同時に、その闘技自体も高度だった。

 絶え間ない錬磨の果てに培った業だ。

 一朝一夕(いっちょういっせき)で真似できるものではない。

 

 これを少しでも盗めれば、すばらしい成果だ。

 そして、盗むなら対峙するのが一番であり。

 同時に、これほどの技量の相手と試合ができるのは幸運だ。

 サシャにとって、すばらしい戦闘経験値になるだろう。

 

「そ、そんなにですか? たしかに、ご主人様に勝つということは相当お強い……のだとは思うのですが……」

 

 そんな風に訝るサシャ。

 まぁ、たしかに、見た目が弱そうなのは認める。

 だってどこからどうみても深窓の令嬢みたいだし。

 

 だが、その技量だけは疑いようもなく本物だ。

 身体能力は、深窓の令嬢くらいしかなさそうだが。

 その技量は深窓の令嬢をお守りする護衛くらいある。

 

「すみません、そのたとえよく分からないです……」

 

 では、単純にどっちが強いとかで言えばだが。

 純粋な技量の話をすれば、あなたは完全に負けている。

 身体能力が同じならば、勝ち目は100に1つくらいだ。

 

 剣先を取り合うとか、機先を制し合うとか。

 そう言った玄妙な戦技の交差では分が悪い。

 あなたの剣技、戦闘技術はそう言うものではない。

 

 機を伺う見切りと、フェイントと猛攻。

 それがあなたの剣技の主軸であり、少女とは対極にある。

 そして、だからこそ技量に差があると分かりやすく負ける。

 

 剣技の方向性が同じだと、手札が分かりやすい。

 なので、技量が多少劣る程度なら食い下がれる。

 しかし、剣技の方向性が真逆だと手札がさっぱり分からない。

 負けのペースに入ったらそのまま負ける。

 そして、技量の差から100に1つくらいしか勝ちのペースに持ち込めないのだ。

 

 ただ、そこには身体能力を勘定に入れていない。

 あなたの圧倒的な身体能力があれば話はべつだ。

 殺し合いなら肉体強度の差で100回やって100回勝てる。

 彼女の攻撃は軽すぎるので、あなたにダメージが入らない。

 

「なるほど、方向性の違い……」

 

 サシャの剣技はあなたの剣技に方向性が似ている。

 あなたが教えたのもあるが、性格もあるだろう。

 

 だからこそ、この試合はぜひやった方がいい。

 この手の戦技を使う者の中でも、彼女が相当な凄腕なのは間違いない。

 あなたにもさわり程度ならなんとか教えられるが。

 あなたよりも格上の少女に学ぶ方がずっといい。

 

 なんだったら、あなたも教えてもらいたいくらいだ。

 と言うか既にそのつもりだ。あとで教えてもらう。

 指南はダメでも勝負は受けてくれるだろうし。

 挑めるだけ挑ませてもらう。

 

「なるほど……ご主人様でも学びたいと思うほどお強いんですね……その胸を借りれば、私ももっと強くなれる。そう言うことなんですね?」

 

 そう言うことだ。

 なかなかつらい試合になるだろうが。

 ぜひとも頑張って欲しい。

 

「はい! えーと……ご主人様、剣を貸していただいてもいいですか?」

 

 あ、そう言えばそうだった。

 あなたはうっかりしていたことに気付いて笑った。

 サシャの剣は昨日の熊との戦いで捨てて来てしまった。

 あなたは腰の剣を鞘ごと外し、サシャへと渡してやった。

 

「ありがとうございます。よっと」

 

 鞘からサシャが剣を抜き放ち、あなたは鞘を受け取る。

 あなたの愛剣なので、ちょっとサシャには大きい。

 だがまぁ、特別重い剣とかでもないので使えるだろう。

 

 サシャが剣を構え、少女と相対した。

 あなたは立ち位置を変え、先ほど拍手を送っていた少女の近くに陣取った。

 ないとは思うが、サシャが投石をして、その流れ弾が当たったら大変だ。

 あなたにじゃなくて、拍手をしてた少女にだ。

 あなたなら、いてっ、で済むが、彼女だとボキッになるかもだし。

 

「行きます!」

 

 サシャが踏み込む。

 少女が呼応し、ゆるりと脚を捌いた。

 なるほどとあなたは頷く。

 相対していた時には見えないものが見える。

 

 サシャが剣を振るう。

 少女があなたにした時と同じように弾く。

 

 大振りの一撃に併せるカウンター。

 これは相手の姿勢を崩すためにやっているようだ。

 攻撃の軌道を見極め、それを利用する形でやっている。

 

 まっすぐ歩いてる時に横から押されたら進路がズレる。

 それと同じようなことを剣相手にやっているわけだ。

 ごく短時間の剣戟にそれを併せられる技量がすごい。

 

 これを何度もやられると感覚が狂う。

 それで余計に姿勢が崩れてしまい、体感も狂う。

 するとバランスが悪くなり、転びやすくなる。

 脇腹を打たれただけで崩された理由。

 これこそがその秘密なのだろう。

 

「ああ、さすがは闘士様ですね……とても、お強いのですね」

 

 観戦者の少女がそんなことをこぼす。

 たしかに、めちゃめちゃ強い。

 強過ぎるだろってくらい強い。

 見た目はレインと同じくらいだが、強さの次元が違う。

 見た目通りの歳じゃなさそうだ。

 

 素手でありながら剣を持つ相手に(まさ)る戦闘技術。

 それ間合いの見極めが軸となっているようだ。

 

 サシャの体格と剣の長さを見極める。

 そして、踏み込みの勢いを見る。

 それで、剣先が届く半歩先に陣取っている。

 

 剣先を奪い合う戦いの典型と言えるだろう。

 紙一重の刹那の見切りを成功させているのだ。

 そして、サシャの踏み込みに合わせて自分も踏み込んでいる。

 最も剣に威力が乗る地点から体を外す。

 その上で、剣を叩いて軌道をずらす。

 

 それをやってのける技量と感覚がすごい。

 そして同時に、よく練られた戦法と言える。

 慣れているだろうことがよく分かる。

 この戦い方でかなりの修羅場を超えて来たのだろう。

 

 しかし、素手専用と言った雰囲気の闘技だ。

 まさかだが、ずっと素手で戦ってきたのだろうか。

 武僧の類には見えないのだが……。

 素手を貫き通すということはその類なのだろうか?

 

 しかし、そんなことよりも目を奪われるものがある。

 彼女がなにより凄いのは足捌きだ。

 踏み込みの鋭さは感嘆を漏らしたくなる。

 まさに殺戮の芸術と言ったところか。

 血濡れの芸術とか自称するだけはある。

 

 そんなことを考えてるうちに、少女の貫手がサシャの脇腹を穿った。

 ちょうど肝臓がある位置だ。

 あそこを打たれるとすごく響いてつらい。

 

「かっ、はぁっ」

 

 打たれながらもサシャは怯まない。

 そのまま反撃の剣を振るう。なかなかの根性だ。

 しかし、少女は後ろに鋭い足捌きで後退。

 サシャの剣の間合いからすぐさま逃れる。

 

 一見すると攻撃的に見えるが。

 少女の戦法は守勢寄りのそれだ。

 一撃を入れたら下がる。

 それが有効打であろうとなかろうと。

 普通は追撃に入るな、と言う場面でも下がるので、消極的とも言える。

 

 ただ、これは非常に厄介だ。

 肉を切らせて骨を断つこともできない。

 確実に回避できる状況で、確実に打ち込める状況でしか打ち込みに来ない。

 やられるとすごく鬱陶しい。

 遮二無二攻めても下がられてしまう。

 すると、こちらも守りを固めるかしかないのか。

 

 眺めて行くうち、サシャに打撃が打ち込まれていく。

 サシャは見る見るうちにヘロヘロになっていく。

 なるほど、嬲ると言って差し支えない。

 常識的に見れば、動きを鈍らせにかかっている感じだが。

 

 そして、サシャの急所に都合5撃目が打ち込まれた。

 そこで少女がサシャの脚を払って転ばせた。

 あなたがサシャにそこまで! と声をかけた。

 

「あ、あうぅ……ご主人様ぁ……」

 

 ボコボコにされたサシャはもう泣きそうだった。

 まぁ、あれは泣きたくもなる。気持ちはわかる。

 

 こっちの攻撃はどれだけがんばっても当たらない。

 なのに、相手はバチボコに当てまくって来るのだ。

 しかも手足をどかどか打たれて痛いし。

 急所にガスガス打撃を打ち込まれるとすごく響く。

 

 一方的過ぎて、もしかして自分は凄く弱いのでは?

 そんなことを思わされてしまうほど。

 

 あんまりやると心が折れるかもしれない。

 まぁ、心が折れるほどに心には厚みができる。

 ベキベキに圧し折った方がいいのかも。

 厚くなった分だけ心が狭くなるかもだが、その時はその時だ。

 

 あなたはサシャを抱き起こしてやると、ぎゅうっと抱き締めた。

 そして頭を撫でてやると、よく頑張って偉いねと褒めた。

 

「はぅぅ……」

 

 サシャもぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。

 常人だったらあばら折れてるくらいキツい。

 これはとても痛い。常人にやったら大怪我だ。

 まぁ、あなたにはさほどの痛痒でもない……のだが。

 

 ブレウ相手にやらないように注意しておかないと。

 冒険が終わったら、久しぶりの里帰りでブレウとハグもするだろう。

 そこで肋骨を数本へし折ってしまったら可哀想だ。

 

「銀貨5枚」

 

 少女はあなたに金を請求してきた。

 そう言えば渡してなかった。

 あなたは素直に銀貨を5枚渡した。

 少女は5枚数えて懐に仕舞いこんだ。

 

「たしかに、受け取った。再度、挑むか」

 

 今日のところはとりあえずいい。

 まずサシャを慰めてやらなくてはいけない。

 そう言えば、この少女の名前はなんなのだろう。

 これからしばらく世話になる予定なので、名を聞いておきたい。

 

「名、か。改まって語るほど、そう、優れた名など持たぬが」

 

 べつに優れた名を名乗れなど言っていないが……。

 単に呼び名が欲しいだけだ。

 名の内容や意味はどうでもよい。

 

「人は俺を無謀な挑戦者と呼び、幸福に固執(こしゅう)せし者と呼んだ。またあるいは闘士と。あるいは血に狂いし殺戮者と」

 

 それは呼び名ではなくあだ名とか異名のような気がする。

 

「だが、俺が為した時、人は俺をこう呼んだ。すなわち『チェスナッツの闘士』と。ならば、そう呼ぶが相応しい」

 

 やっぱりそれでは異名である。

 呼び難いのでマロンちゃんでいいだろうか?

 

「好きにしろ。呼び名など、どうでもよい」

 

 ではマロンちゃんで決定。

 これからよろしく、マロンちゃん。

 あなたはマロンちゃんにそのように呼びかけた。

 

「……にこやかに呼ばれるのは如何にも久方ぶりのことだ。いいだろう。よろしく頼む」

 

 マロンちゃんの差し出して来た手を握り、あなたは握手をした。

 少女らしい、柔らかな手だった。

 

「闘士様にお友達が……ご友人様、私は闘士様の指導者です。どうぞよろしくお願いいたしますね」

 

 もう1人の少女は名乗らなかった。役職のようなものを語っただけだ。

 そのため、あなたは首を傾げてもう1人の少女に名を訪ねた。

 

「私の名は、闘士様にしかお教えできないのです。どうぞ御寛恕ください」

 

 そう言うことであれば仕方ないとあなたは頷いた。

 

「呼び名に困るのであれば、どうぞ、ベルとお呼びください」

 

 あなたは頷いた。

 暇なときは世話になるつもりなので、それなりに会う機会も多いだろう。

 呼び名を交換できたのはいいことだった。

 

文字数はどの程度が好ましいですか?

  • 2000文字前後
  • 3000文字前後
  • 4000文字前後
  • 5000文字前後
  • 6000文字前後
  • 7000文字前後
  • 8000文字前後
  • 9000文字前後
  • 1万字前後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。