「ご主人様、負けちゃいましたね」
サシャが心配そうに言う。
いや、心配と言うよりは不安げだろうか?
あなたが
それともみっともないナンパでもすると思ったのか。
ナンパするならちゃんとリサーチをするので安心して欲しい。
さて、それはともかく。
あなたは少女に声をかけた。
少女はあなたの方にちらりと視線を戻した。
「何か用か」
銀貨を5枚支払う。
それでサシャに戦いを指南してやって欲しい。
だめだろうか? あなたはそんな提案をした。
「指南なぞ、できん。この身が成すは、血濡れの芸術を世に作りだすだけのこと」
変に芝居がかったことをいう。
血濡れの芸術とはなんだろう?
「血に濡れて
この少女ちょっとおかしいのでは?
あなたは奇妙な語りに首を傾げた。
彼女は素手での戦闘がとても達者だ。
サシャに経験を積ませるにちょうどいい。
そう思ったのだが、変人なのはなぁ……。
いや、戦闘技術自体は間違いなく本物だ。
なので、べつに狂人でも構わないか。
ならばと、あなたは少女への提案の言葉を変えた。
5回分の指導ではなく、5回分の挑戦と言うことで。
ただ、その挑戦に際して圧倒的に仕留めないでほしい。
可能であればでいいので、ゆっくり仕留めて欲しい。
できれば手加減もしてやって欲しいとも。
まぁ、無理なら容赦なくボコって構わないが。
殺さなきゃそれでオーケーだ。
「ならば、構わぬ。手加減、それも承知した。嬲ればよいのであろうが」
嬲るって。手加減と嬲るは意味が違うが……。
いや、まぁ、それでいいのかもしれない。
嬲るということは仕留めないということ。
手加減じゃなくとも、戦いが長引くならそれでいいか。
手加減と言うには悪辣だが、まぁ。
「ええと、ご主人様、あの?」
この少女は間違いなく強い。
単純な技量ではあなたより上だろう。
先ほどの試合では見切りの技量、身躱しが目立ったが。
同時に、その闘技自体も高度だった。
絶え間ない錬磨の果てに培った業だ。
これを少しでも盗めれば、すばらしい成果だ。
そして、盗むなら対峙するのが一番であり。
同時に、これほどの技量の相手と試合ができるのは幸運だ。
サシャにとって、すばらしい戦闘経験値になるだろう。
「そ、そんなにですか? たしかに、ご主人様に勝つということは相当お強い……のだとは思うのですが……」
そんな風に訝るサシャ。
まぁ、たしかに、見た目が弱そうなのは認める。
だってどこからどうみても深窓の令嬢みたいだし。
だが、その技量だけは疑いようもなく本物だ。
身体能力は、深窓の令嬢くらいしかなさそうだが。
その技量は深窓の令嬢をお守りする護衛くらいある。
「すみません、そのたとえよく分からないです……」
では、単純にどっちが強いとかで言えばだが。
純粋な技量の話をすれば、あなたは完全に負けている。
身体能力が同じならば、勝ち目は100に1つくらいだ。
剣先を取り合うとか、機先を制し合うとか。
そう言った玄妙な戦技の交差では分が悪い。
あなたの剣技、戦闘技術はそう言うものではない。
機を伺う見切りと、フェイントと猛攻。
それがあなたの剣技の主軸であり、少女とは対極にある。
そして、だからこそ技量に差があると分かりやすく負ける。
剣技の方向性が同じだと、手札が分かりやすい。
なので、技量が多少劣る程度なら食い下がれる。
しかし、剣技の方向性が真逆だと手札がさっぱり分からない。
負けのペースに入ったらそのまま負ける。
そして、技量の差から100に1つくらいしか勝ちのペースに持ち込めないのだ。
ただ、そこには身体能力を勘定に入れていない。
あなたの圧倒的な身体能力があれば話はべつだ。
殺し合いなら肉体強度の差で100回やって100回勝てる。
彼女の攻撃は軽すぎるので、あなたにダメージが入らない。
「なるほど、方向性の違い……」
サシャの剣技はあなたの剣技に方向性が似ている。
あなたが教えたのもあるが、性格もあるだろう。
だからこそ、この試合はぜひやった方がいい。
この手の戦技を使う者の中でも、彼女が相当な凄腕なのは間違いない。
あなたにもさわり程度ならなんとか教えられるが。
あなたよりも格上の少女に学ぶ方がずっといい。
なんだったら、あなたも教えてもらいたいくらいだ。
と言うか既にそのつもりだ。あとで教えてもらう。
指南はダメでも勝負は受けてくれるだろうし。
挑めるだけ挑ませてもらう。
「なるほど……ご主人様でも学びたいと思うほどお強いんですね……その胸を借りれば、私ももっと強くなれる。そう言うことなんですね?」
そう言うことだ。
なかなかつらい試合になるだろうが。
ぜひとも頑張って欲しい。
「はい! えーと……ご主人様、剣を貸していただいてもいいですか?」
あ、そう言えばそうだった。
あなたはうっかりしていたことに気付いて笑った。
サシャの剣は昨日の熊との戦いで捨てて来てしまった。
あなたは腰の剣を鞘ごと外し、サシャへと渡してやった。
「ありがとうございます。よっと」
鞘からサシャが剣を抜き放ち、あなたは鞘を受け取る。
あなたの愛剣なので、ちょっとサシャには大きい。
だがまぁ、特別重い剣とかでもないので使えるだろう。
サシャが剣を構え、少女と相対した。
あなたは立ち位置を変え、先ほど拍手を送っていた少女の近くに陣取った。
ないとは思うが、サシャが投石をして、その流れ弾が当たったら大変だ。
あなたにじゃなくて、拍手をしてた少女にだ。
あなたなら、いてっ、で済むが、彼女だとボキッになるかもだし。
「行きます!」
サシャが踏み込む。
少女が呼応し、ゆるりと脚を捌いた。
なるほどとあなたは頷く。
相対していた時には見えないものが見える。
サシャが剣を振るう。
少女があなたにした時と同じように弾く。
大振りの一撃に併せるカウンター。
これは相手の姿勢を崩すためにやっているようだ。
攻撃の軌道を見極め、それを利用する形でやっている。
まっすぐ歩いてる時に横から押されたら進路がズレる。
それと同じようなことを剣相手にやっているわけだ。
ごく短時間の剣戟にそれを併せられる技量がすごい。
これを何度もやられると感覚が狂う。
それで余計に姿勢が崩れてしまい、体感も狂う。
するとバランスが悪くなり、転びやすくなる。
脇腹を打たれただけで崩された理由。
これこそがその秘密なのだろう。
「ああ、さすがは闘士様ですね……とても、お強いのですね」
観戦者の少女がそんなことをこぼす。
たしかに、めちゃめちゃ強い。
強過ぎるだろってくらい強い。
見た目はレインと同じくらいだが、強さの次元が違う。
見た目通りの歳じゃなさそうだ。
素手でありながら剣を持つ相手に
それ間合いの見極めが軸となっているようだ。
サシャの体格と剣の長さを見極める。
そして、踏み込みの勢いを見る。
それで、剣先が届く半歩先に陣取っている。
剣先を奪い合う戦いの典型と言えるだろう。
紙一重の刹那の見切りを成功させているのだ。
そして、サシャの踏み込みに合わせて自分も踏み込んでいる。
最も剣に威力が乗る地点から体を外す。
その上で、剣を叩いて軌道をずらす。
それをやってのける技量と感覚がすごい。
そして同時に、よく練られた戦法と言える。
慣れているだろうことがよく分かる。
この戦い方でかなりの修羅場を超えて来たのだろう。
しかし、素手専用と言った雰囲気の闘技だ。
まさかだが、ずっと素手で戦ってきたのだろうか。
武僧の類には見えないのだが……。
素手を貫き通すということはその類なのだろうか?
しかし、そんなことよりも目を奪われるものがある。
彼女がなにより凄いのは足捌きだ。
踏み込みの鋭さは感嘆を漏らしたくなる。
まさに殺戮の芸術と言ったところか。
血濡れの芸術とか自称するだけはある。
そんなことを考えてるうちに、少女の貫手がサシャの脇腹を穿った。
ちょうど肝臓がある位置だ。
あそこを打たれるとすごく響いてつらい。
「かっ、はぁっ」
打たれながらもサシャは怯まない。
そのまま反撃の剣を振るう。なかなかの根性だ。
しかし、少女は後ろに鋭い足捌きで後退。
サシャの剣の間合いからすぐさま逃れる。
一見すると攻撃的に見えるが。
少女の戦法は守勢寄りのそれだ。
一撃を入れたら下がる。
それが有効打であろうとなかろうと。
普通は追撃に入るな、と言う場面でも下がるので、消極的とも言える。
ただ、これは非常に厄介だ。
肉を切らせて骨を断つこともできない。
確実に回避できる状況で、確実に打ち込める状況でしか打ち込みに来ない。
やられるとすごく鬱陶しい。
遮二無二攻めても下がられてしまう。
すると、こちらも守りを固めるかしかないのか。
眺めて行くうち、サシャに打撃が打ち込まれていく。
サシャは見る見るうちにヘロヘロになっていく。
なるほど、嬲ると言って差し支えない。
常識的に見れば、動きを鈍らせにかかっている感じだが。
そして、サシャの急所に都合5撃目が打ち込まれた。
そこで少女がサシャの脚を払って転ばせた。
あなたがサシャにそこまで! と声をかけた。
「あ、あうぅ……ご主人様ぁ……」
ボコボコにされたサシャはもう泣きそうだった。
まぁ、あれは泣きたくもなる。気持ちはわかる。
こっちの攻撃はどれだけがんばっても当たらない。
なのに、相手はバチボコに当てまくって来るのだ。
しかも手足をどかどか打たれて痛いし。
急所にガスガス打撃を打ち込まれるとすごく響く。
一方的過ぎて、もしかして自分は凄く弱いのでは?
そんなことを思わされてしまうほど。
あんまりやると心が折れるかもしれない。
まぁ、心が折れるほどに心には厚みができる。
ベキベキに圧し折った方がいいのかも。
厚くなった分だけ心が狭くなるかもだが、その時はその時だ。
あなたはサシャを抱き起こしてやると、ぎゅうっと抱き締めた。
そして頭を撫でてやると、よく頑張って偉いねと褒めた。
「はぅぅ……」
サシャもぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
常人だったらあばら折れてるくらいキツい。
これはとても痛い。常人にやったら大怪我だ。
まぁ、あなたにはさほどの痛痒でもない……のだが。
ブレウ相手にやらないように注意しておかないと。
冒険が終わったら、久しぶりの里帰りでブレウとハグもするだろう。
そこで肋骨を数本へし折ってしまったら可哀想だ。
「銀貨5枚」
少女はあなたに金を請求してきた。
そう言えば渡してなかった。
あなたは素直に銀貨を5枚渡した。
少女は5枚数えて懐に仕舞いこんだ。
「たしかに、受け取った。再度、挑むか」
今日のところはとりあえずいい。
まずサシャを慰めてやらなくてはいけない。
そう言えば、この少女の名前はなんなのだろう。
これからしばらく世話になる予定なので、名を聞いておきたい。
「名、か。改まって語るほど、そう、優れた名など持たぬが」
べつに優れた名を名乗れなど言っていないが……。
単に呼び名が欲しいだけだ。
名の内容や意味はどうでもよい。
「人は俺を無謀な挑戦者と呼び、幸福に
それは呼び名ではなくあだ名とか異名のような気がする。
「だが、俺が為した時、人は俺をこう呼んだ。すなわち『チェスナッツの闘士』と。ならば、そう呼ぶが相応しい」
やっぱりそれでは異名である。
呼び難いのでマロンちゃんでいいだろうか?
「好きにしろ。呼び名など、どうでもよい」
ではマロンちゃんで決定。
これからよろしく、マロンちゃん。
あなたはマロンちゃんにそのように呼びかけた。
「……にこやかに呼ばれるのは如何にも久方ぶりのことだ。いいだろう。よろしく頼む」
マロンちゃんの差し出して来た手を握り、あなたは握手をした。
少女らしい、柔らかな手だった。
「闘士様にお友達が……ご友人様、私は闘士様の指導者です。どうぞよろしくお願いいたしますね」
もう1人の少女は名乗らなかった。役職のようなものを語っただけだ。
そのため、あなたは首を傾げてもう1人の少女に名を訪ねた。
「私の名は、闘士様にしかお教えできないのです。どうぞ御寛恕ください」
そう言うことであれば仕方ないとあなたは頷いた。
「呼び名に困るのであれば、どうぞ、ベルとお呼びください」
あなたは頷いた。
暇なときは世話になるつもりなので、それなりに会う機会も多いだろう。
呼び名を交換できたのはいいことだった。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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