ソーラスの迷宮、その第2層。
『岩窟』とシンプルに銘打たれたその層は、まさに名の通りである。
つまりは洞窟。湿気を含んだ空気に満たされた洞窟は外部からの光を全て遮断している。
ふつうの生物は明かり無しで進むことは不可能だろう。
レインが『ポケット』からランタンを取り出す。
シャッター付きのランタンだ。
不用時にはシャッターを閉じて光を隠せる。
隠密用であるとかに用いられる。
冒険者
そのランタンを開くと、中から眩しいばかりの明かりが漏れ出した。
火を使った明かりと言う感じではない。
あなたは思わずランタンに顔を寄せて覗き込んだ。
「おっと、どうしたのよ?」
これはいったいどういう理屈で光っているのだろうか?
あなたは興味津々で尋ねた。
「これって、ただの『持続光』の魔法だけど……」
それはどんな魔法なのだろう?
「どんなって、単に明かりをつけるだけの魔法よ。すごく明るいけど、それだけ。効果時間が永遠なことが特徴かしらね」
永遠の明かり。
あなたはこの魔法を教えて欲しいとレインに熱望した。
こんなに便利な魔法があるならぜひとも覚えたい。
あなたはエルグランドの生物の常として、非常に夜目が効く。
だが、それもせいぜいが半径十数メートル程度のものだ。
たしかな明かりがあるだけで、見通せる距離は何倍も広くなる。
エルグランドにもそりゃ明かりの魔法くらいあるが。
殺傷力を追加してあったり、失明するくらい強力だったり。
視界を確保する気はないのか? と言いたくなるようなのばかりだ。
時折あったりもするが、効果時間が短いし……。
しっかり明るくて、明かりに揺らぎがないのはよい。
その上、効果時間が永遠と言うのはすばらしい。
空間に放射されているのではないので遮蔽で遮れるのもいい。
こういう利便性に割り振った魔法は使いでがあっていい。
腰にぶら下げるランタンなど用意したい。
魔法による明かりであれば熱もないはず。
うっかりランタンに触れて火傷をする心配もなくなる。
「食いつきすごいわね……まぁ、それは次の機会にね」
あなたは次の魔法講義を楽しみに待つことにした。
おかえしにはなにを教えるべきだろうか?
『マナストーム』の魔法とかでどうだろうか?
『魔法の矢』に代表される純粋魔法属性――この大陸では力場属性と言うようだ――のボール系魔法だ。
範囲型の魔法の典型、ボール系魔法。
そして、大抵の相手に攻撃が通じる純粋魔法属性。
この2つを兼ね備えた『マナストーム』は魔法使いにとって最も頼れる魔法になるわけだ。
ちなみに上位呪文に『マナフレア』や『大源の波動』などが存在する。
さすがにそちらは消耗が激し過ぎて、レインには使えないだろう。
さておき、あなたは光に照らされた洞窟を見渡す。
天然石の、なんと言うことのない洞窟だ。
本当になんということもない、ただの洞窟。
周囲を構成する石が特別な石と言うこともない。
愛用の採掘道具で壁を叩くとふつうに崩れる。
これならトンネルをサクッと掘ることも可能だろう。
まぁ、事前に集めた情報によると。
3日もすると採掘痕は消えてしまうらしい。
新しい道を永続させることはできないと言うことだ。
そもそも、構造が時折変わると言うから元々無理な話だが。
「粘土でも削ってるのかってくらい手軽に壁を掘るわね」
「結構硬いんですけどね、この岩壁。まぁ、腕力のある人なら意外と楽なのかも」
これに関しては腕力もあるが。
ふつうにあなたの技術が凄いだけだ。
あなたが本気でやれば、歩くのと同じ速度で壁をブチ抜ける。
通路を探すのがめんどいから壁をブチ抜くこともあった。
それくらい採掘技術に熟達し、愛好しているのだ。
洞窟の道幅はそれなり。
5人くらいは並んで歩けそうな広さ。
戦闘では長槍を振り回すのは厳しそうなくらい。
剣やこんぼうで戦う分には注意を払う必要もないだろう。
ただ、閉鎖空間であることは間違いない。
魔法は範囲型のものは控える必要がある。
レインに注意をしておくべきだろう。
「そうね。こんなところで『ファイアボール』なんか使ったら大惨事でしょうし」
あなたなら熱い! と文句を言う程度で済む。
だが、サシャはこんがりと焼けてしまうだろう。
フィリアはどうだろう。死にはしないと思うが。
しかし、それなりの重傷は負うと思われる。
「でしょうね。ついでに言えば私もこんがり焼けるわ」
なので、範囲型の魔法は使用禁止。
投射型の魔法を主に使ってもらうことになる。
貫通力に優れる魔法なら、むしろ使い易いだろう。
この道幅の狭さなら、複数体同時に討伐できる可能性が高い。
こうした環境を事前に確認して考慮するのは大事だ。
地形を考慮して戦うのも冒険者には大事な技能と言えるだろう。
まぁ、環境を力づくで変えてしまうのも手段のひとつだが。
また、あなたはサシャに対し、剣の振り方には気を付けるようにとも伝えた。
振り回すことに不足はないが、さすがに壁際ではぶつかる。
自分の立ち位置をしっかりと把握しておく必要がある。
剣を壁に叩きつけてしまうと、大きな隙を晒す羽目になる。
「わかりました。ちなみに、対応策ってたとえばどんなのが?」
振りをコンパクトにするのは基本だろうか。
突きを主体にするとか、あるいはいっそ武器を変えてしまうとか。
あるいは、ちょっとくらいなら力づくで叩き切ってしまうとか。
「えーと……それは、壁をですか」
壁をである。
まぁ、相当な馬鹿力がないと無理だが。
武器も頑丈で切れ味のいいものが必要だろう。
少なくとも、普通の剣では無理だ。
魔法がエンチャントされた頑強な武器が必須だ。
「むせ返るほどに濃厚な筋肉の香りがする対応策ですね……ううん、策って言えるのかな……? えと、ご主人様ならどうします?」
サシャに問われ、あなたは少し考える。
あなたなら、弓を使うかもしれない。
もしくは魔法。そもそも近接戦をしないと言う選択肢だ。
「なるほど、遠距離……たしかに狭い通路なら、狙い撃ちやすいのかも」
そう言うことだ。
避けにくいし、無理によければ壁にぶつかる。
壁にぶつかったならしめたものだ。
次の射撃を避けるのは困難なのだから。
「なるほどー……えーと、この洞窟に出る敵は、主に人型生物なんでしたよね」
あなたは集めた情報を思い起こす。
ソーラス大迷宮第2層、『岩窟』。
この階層は主に人型生物が出現する。
ゴブリン、ホブゴブリン、オーク。
そう言った、それなりの知性を持つ手合いだ。
迷宮の外においては社会生活を営んでいる種族。
ここは迷宮であるから、生態系は常識を超えている。
まるで舞台装置のようにモンスターが出現するのだ。
知性はあっても意思疎通は不可能。
常に敵対的で、殺意に狂っている。
先ほど述べた連中は知性を持ち、人間と交流も可能な種族だが。
この迷宮においては、ロクな理性を持たない殺戮者に過ぎない。
さほど強い種族でもないので、ゴミのように出て来ては、ゴミのように片付けられているが……。
また、人型生物と言う括りなのか、ミノタウロスやトロルも出る。
あれらは巨人種に分類されるが、人型生物ではある。
そうした手合いと遭遇するときわめて危険だ。
大きいということは脅威だ。
この閉所では余計に脅威になる。
相手は大きいから動きが制限される側面もあるが。
同時に、こちらも避ける範囲が制限される。
でかい相手と同じところにいたら、そりゃ狭い。
「気を付けて進みましょう」
今のところ道は一本だ。
前だけを警戒していれば済む。
疲労も抑えられるだろう。
あなたはレインの言葉に頷き、サシャの隣に立って歩きだした。
湿った空気の漂う岩窟はあまり快適とは言えない。
いや、少なくとも愉快ではない。ふつうに不愉快。
暗所なので足元の確認も難しく、歩きにくい。
でこぼこした地形も、暗いせいで見分けにくい。
あなたは問題なくとも、他の面々が構う。
転びそうになったら手を貸すくらいはしてやらないと。
そうした繰り返しで、無暗に疲労が溜まっていくのだ。
こういうのに対応するのは経験回数が物を言う。
うんうん、冒険とはこのようなもの……。
あなたは内心でそんなことを考えていた。
「ご主人様、なにかいます」
サシャが声をあげる。
あなたが目を凝らすと、なるほどたしかにいる。
一本道の先に、2体の人型生物。
大きさは、人間基準で言えば巨躯。
こちらへと向かって歩いて来ている。
あの速さなら1分もせずに遭遇するだろう。
あなたの感知範囲ではあるが、サシャはなぜ気付いたのだろう。
サシャが気付ける距離ではない気がする。
「すごく臭います。これ、たぶんオークの臭いです。独特の……苦い? 感じの香りがするって聞いてます」
あなたは鼻をくんくんと鳴らす。
特に何も感じないが……。
獣人と言うのは本当に感覚が鋭い。あなたは感心した。
あなたの身体能力は超人のそれだ。
だが、五感は鋭敏であれど人の域を超えない。
そう言う意味ではサシャの嗅覚と言う身体能力はあなたを超えていた。
「敵ってわけね。さぁ、どうする?」
あなたはちょっと考える。
その後、1体ずつ自分とサシャで倒すと提案した。
フィリアとレインには後ろから援護をして欲しい。
ここで魔法を使って消耗しても面白くない。
その際には、フィリアはサシャの援護を。
レインには自分の援護をして欲しいとも付け加えた。
「了解です、お姉様」
「分かったわ。やりましょう」
こんな風に相談してから戦闘に入れる。
なんとも恵まれた戦闘だ。
あなたは内心で苦笑しつつ、腰に下げていた刀を抜き払った。
歩いていた相手との距離が近付く。
それに伴って、相手が足を速める。
こちらは明かりで周囲がよく見える。
逆に、遠方からでも相手はこちらが見える。
相手の周辺にも光が届き始めた。
それで周囲の様子を伺えるようになったのだろう。
それが足を速めたのに違いない。
インクを零したように真っ黒い闇。
そこから染み出るように現れたのは、醜い人型生物だった。
これがこの大陸のオークかとあなたは感心した。
まるでブタと人間を混ぜ合わせたような醜い生物だった。
エルグランドのオークはひどく醜く、貪欲な生物だ。
腐ったような肌の色以外は人間のような外見をしている。
大きさも体格も人間に等しい。
知能こそあれ、創造的なことができる知性はなく。
破壊と殺戮しかできず、そのくせ繁殖力だけは優れた惨めな生物。
こちらのオークはブタと人間を混ぜ合わせたような姿。
そして、きわめて屈強な体躯を持っている。
分厚い筋肉の上に、たっぷりと脂肪を乗せた肉体。
レスリングを得意とする者たちのような体形だ。
生まれながらの戦士の種族と言われるだけはある。
彼らは野蛮でこそあれ戦士なのだ。
こちらの大陸のオークは文化的な生活を営める知性がある。
いずれオークの共同体などを見るのが楽しみである。
そんなことを考えつつ、手にした粗末な槍を突き出してくるオークにあなたは応戦する。
立ち位置を3歩ほど変え、槍を刀で上へと打ち払って止める。
返す刀に振るった刃がオークの胸を深々と切り裂く。
どぷり、と赤い血が勢いよく溢れ出した。
しかし、オークはその負傷を意にも介さない。
続けざまに槍を振り上げて打ち下ろして来た。
なるほど、賢い。
慣れていない者は槍で突きたがる。
しかし、槍で強いのは打ち下ろしだ。
視界の外に穂先を出したた状態で振り下す。
これをされると、非常に対応しにくい。
それでいて、威力は重力も相まって強力。
まぁ、ここは狭く天井も低い洞窟の中だ。
さほどの高さまで振り上げられてはいないのだが。
生粋の戦士の種族とは、ここで発生する連中でも変わらないのだろうか?
そんなことを考えつつも横に一歩かわし。
後頭部に石の直撃を受けながら刀を振るい、オークの腕を切り飛ばす。
「ブォオオオ!」
オークが咆哮を上げる。
残った手で槍を握り、捻りを加えながら突き出して来た。
あなたはこれをまた躱す。
上空を飛んでいく石ころを見送り、あなたは雷光の如き
その一撃はオークの心臓部を貫いた。
普通なら即死だが、オークは生存本能か、あるいは闘争本能か。
槍を即座に捨て、あなたの刀を手で掴み、抜かれるのを止めた。
ほう、なかなかやる。すばらしい根性だ。
感嘆の溜息を吐いたあなたはぐいっと刀を押し込む。
オークがぎゃっ、とか悲鳴を上げて痙攣する。
刀を捻って心臓を抉る。
そこで少し待った後、刀を引き抜いた。
最後に、オークの頭を刎ね飛ばした。
刀に豪快な血ぶりをくれてやる。
それからボロ布を『ポケット』から取り出して刀を拭った。
「ご、ごめんなさい……」
戦闘が終わったことを察知したレインがそのように謝って来た。
先ほど後頭部に叩き込まれた石のことだろう。
次に投げた石は掠りもしなかった。
まぁ、味方に当てるよりはいいが。
コントロールの練習もしましょう。
あなたはレインに端的に告げた。
「そうするわ……」
一方のサシャの方を見やる。
肩口を血で濡らした状態ながら戦闘を終えていた。
返り血と言うわけではないだろう。
返り血なら、肩を手で押さえて蹲りはしない。
オークの胸に2本のボルトが突き刺さっているあたり、フィリアの援護がだいぶ利いたようだ。
まだまだ課題の多いパーティーだ。だから面白い。
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