あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

107 / 614
2-013

 考えながらも探索は続く。

 

 なんの収入も得られないのに、出費だけが積み重なる。

 ソーラス大迷宮の本領は第4層からだとか。

 そこまで辿り着いた者が栄光を掴めるという。

 

 つまり、第3層も儲からない。

 

 一応第2層と違って儲ける手立てはあるのだが、かなり難しいのだとか。

 かく言うあなたも、第3層で儲けを出すのは難しいと思っていた。

 いや、あなただけでは儲けを出すのは難しいと言うべきなのかもしれない。

 あなたは持てる技術のすべてを磨き、それを一流レベルにまで鍛え上げた自信がある。

 

 一方で、鍛え上がっていない技術などもある。

 エルグランドには他大陸には存在しないような技術が隆盛を誇っている場合がある。

 マナの反動、と言う技術などはその典型だろうか。

 これは端的に言うと、効率的に生命力を魔力に変換する技術だ。

 

 エルグランドのゴミみたいな安全性の魔法のための技術。

 生命力を魔力に強制変換する、禁呪も禁呪の基本仕様のためにある。

 生命力を効率的に変換すれば、生命力がごっそり減るのを防げる。

 まぁ、理屈としては間違ってないが、そこまでしてするか? と言いたくなるような技術ではある。

 

 そうした、エルグランド特有の技術と言うのは数多あるが。

 さすがにあなただって会得していない技術がある。

 

 たとえば顎関節だけで微笑む方法だ。

 骨格しかないタイプのアンデッドが磨く技術だ。

 なにをどうやっているのかは不明だが。

 たしかに顎関節だけで微笑んで見せる。

 

 ただ、見てても意味が分からない。

 そもそも、肉があるあなたには使い道がない。

 アンデッドになる予定もないし。

 

 第3層はそう言った、あなたが鍛えていない技術を要求されるのだ。

 第3層で活動するためには、あなたも修行が必要だろう。

 どれだけ冒険しても、至らない部分があると実感させられる。

 これだから冒険と言うやつはやめられない。

 あなたはにやりと笑った。

 

「なにニヤニヤしてるの? 女のことは地上に戻ってから考えなさいよ」

 

 レインに突っ込まれてしまった。

 べつに女のことは考えていなかったのだが。

 いや、あなた自身も女ではある。

 すると、女のことを考えていたと言えるのか……?

 

 そう思いながら歩いていたところで、あなたは左側に違和感を感じた。

 そちらへと眼をやってみると、そこには扉があった。

 

 第2層は洞穴だが、ところどころに扉がある。

 地形が一定でない、つまり日ごとに構造が変わるこの迷宮。

 時折こうした玄室が姿を現すことがあるのだとか。

 

「ほんとだ、扉があるわね」

 

「鍵は……かかってますね」

 

 サシャがドアノブを引いたり押したりする。

 罠の可能性もあるのでうかつにドアノブに触れてはいけないのだが。

 まぁ、この辺りは今後の課題と言うところか。

 

「……前に来た時も思いましたけど、ふつうの家にあるような扉が洞窟の中にあるって不思議ですね」

 

 フィリアがなんとも言えない顔で扉を見つめている。

 

「ご主人様、開けてみますか?」

 

 サシャの問いにあなたは頷いた。

 サシャの開錠(かいじょう)の腕前を見せてもらおう。

 

 練習ではできていても、本番ではできないこともある。

 戦闘で緊張した体はいつも通りに動いてはくれない。

 探索で積み重なった疲労は体の冴えを鈍らせる。

 いつもならできていたことができなくなる。

 探索では日常茶飯のことだ。

 

 サシャが道具を取り出し、鍵へと挑む。

 ドアノブの下部にある鍵穴に慎重に金属棒を差し込む。

 この棒を介して内部構造を手に伝わる感覚で察知する。

 そして、その内部構造を推察し、どこに開錠のための仕組みがあるかを探る。

 探り当てたら、その仕組みを作動させるべく、ツールを操る。

 

「ん……んん……ここ、かな?」

 

 かちゃ、と言う金属音が聞こえて来た。

 ぴこりとサシャの耳が持ち上がり、嬉しそうな顔で立ち上がった。

 

「ご主人様、開きました!」

 

 よくできましたとあなたはサシャの頭を撫でた。

 本番で見事にやり遂げたことは立派だ。

 

 さて、中にはなにがあるのやら。

 あなたはドアノブに手をかけ、扉の前に立たないようにと警告をした。

 そしてあなたはそっとドアを開く。

 有毒なガスなどが漏れてこないことを確認した後、ドアを開け放った。

 

 そして、その先には、無数のゴブリンが犇めいていた。

 あなたは手近にいたゴブリンを蹴り飛ばした後、背後のレインに声をかけた。

 ファイアボールとやらを中に撃ち込め、と。

 

「え、あっ、『火球』!」

 

 撃ち込まれたファイアボール。こちらの大陸で言う『火球』。

 それを見て、あなたは即座にドアを閉めた。

 内部でファイアボールが炸裂し、ドアがぎしりと揺れた。

 数秒ほど待ってからドアを開ければ、中は死屍累々(ししるいるい)と言った有様である。

 密閉空間で爆発が起きれば、衝撃は逃げることなく内部を蹂躙する。

 

 無数に転がるゴブリンのほとんどは死んでいるようだが、生きている者もいる。

 あなたは刀を振り回して足元のゴブリンを滅多切りにして行った。

 もしかしたら気絶しているだけの場合もある。

 念には念を入れて首を叩き落とせば安心だ。

 

「咄嗟に動けたの、よかったですね、レインさん」

 

「そ、そう? でも、言われなければ気付けなかったわ」

 

 あの状況なら味方を巻き込まずにファイアボールが使える。

 そう言った発想はなかったのだろう。

 レインがすこし気落ちした様子で言う。

 まぁ、年季を積めば自然にできるようになる。

 

 あるいは、以前の失敗から、改善策を練るものだ。

 そうした想定を練ることは、さまざまな状況に対応できる素地を作ってくれる。

 だからこそ人はどんどん失敗をすべきなのである。

 もちろん失敗の回数にも限度はあるが……。

 

「戦利品は……う~ん、なさそうですね」

 

 部屋を見渡したフィリアはなんと言うこともなく呟く。

 一方でレインとサシャは恐る恐ると言った感じだ。

 あなたがゴブリンを滅多切りにしたせいで中々悲惨な状況だからだろう。

 

 『火球』にもっと威力があれば綺麗さっぱり消し飛んでいたのだろうが。

 威力が不足していたのでトドメを刺さざるをえなかったからしょうがない。

 

 魔法は威力を上げるのがなかなか難しいものである。

 魔法の扱いに長けるには何千何万と使う必要がある。

 それだけ魔力と技術を向上させる必要がある。

 体を鍛え、強力な武器を得るだけで威力が向上する武器戦闘とは違うのだ。

 

 そう言った素の威力は実のところ魔法の方が劣っていたりする。

 あなたが素手で全力でぶん殴るのと。

 鍛え抜いた『魔法の矢』では前者の方が何十倍も強い。

 一方で、魔法の威力を向上させるエンチャントのついた武具を使えば簡単に威力は逆転する。

 

 強力な武具も冒険者の強さの一端である。

 魔法使いはそう言った影響が如実に出るものだ。

 まぁ、鍛えれば強くなるのにも限度があるので、剣士だろうが強力な武具は必須だが。

 

「実入りはないんですけど、こういう戦闘は多いので、第二層は実力をあげるのには最適なんですよね……まぁ、偏るんですけど」

 

 偏るというのは人型生物との戦いに慣れ過ぎてしまうと言うことだろう。

 冒険者をする中では謎の生物と戦うこともままある。

 そうした者との戦闘経験を積めないというのはたしかに少々まずい。

 

 ただ、たくさんの戦いを乗り越えることで生命力や技量を鍛えられるのは魅力的だろう。

 いろいろな意味で一長一短と言ったところだろうか?

 

「とりあえず探索を続けましょう」

 

 あなたたちは頷き、探索を再開した。

 

 ソーラス迷宮は2層の内部構造は日々変化する。

 そのため、次の階層に辿り着くための下穴の位置も変化する。

 第3層では常に変わらないというから、これは2層だけの特質だ。

 

 どんな熟練冒険者でも2層目を踏破しなければいけない。

 そのため、最も嫌われている階層でもある。

 2層、3層では稼げない。しかし、2層は突破するのに手間がかかる。

 加えて3層ですらも稼げないので、4層に辿り着けるのは本当に手練れの冒険者のみ。

 だからこそ4層に辿り着ける者を上級冒険者と呼び、単独で辿り着けるような怪物を特級などと称するのだろう。

 

 なかなか面白い迷宮である。

 あなたはだいぶこの迷宮を気に入っていた。

 何がいいって、冒険者としての実力が試されるからだ。

 逆を言えば、冒険者としての力量が自然と積める。

 

 冒険者に必要なのは、騎士のような正面戦闘の技術だけではない。

 騎士たちは全力でブチ当たって勝てばそれでいい。

 だが、冒険者は全力でブチ当たって勝つ必要はない。

 

 そもそも、収入が得られない戦いもある。

 まさにこの階層であることだが。

 無理に戦わず、戦いを避けて道を踏破するのもまた冒険者である。

 

 かと言って戦いをひたすらに避けるのもよろしくはない。

 戦いを避けて進もうとすれば、迂回や待機などで時間を食う。

 時間を食えばそれだけ物資も消耗する。

 騎士のように後方から物資が届くことはない。

 そして、人間相手の戦争をやる騎士と違って現地調達ができるとも限らない。

 

 自分の持てるリソースをいかに節約して目的を達成するか。

 冒険者に必要な技術とはそれであり、技術と能力の双方が問われる。

 また、目的を手段にしてしまうなどの初期条件を見誤らないことも。

 

 この第2層をうまく踏破するにはリソースの節約と目的の達成の両立が問われる。

 第2層はそうした技術を学ぶのに最適な場所と言えるだろう。

 

「前方、なにかいますね」

 

 考えながら歩いていると、サシャが鼻をぴくぴくとさせながら言い出した。

 あなたが視線を前方に向けるが、何も見えない。

 サシャの鼻による探知は風向きによってだいぶ精度が違う。

 条件が噛み合えば、この暗闇の中で眼の利くあなたよりも優れているようだ。

 

 そして、さほど間を置かないうちに暗闇の中で敵の姿が見えた。

 オークが2体いる。向かい合って何か会話をしているように見える。

 声は聞こえない。小声で話しているのか、あるいはあなたの可聴域外の声音で話しているのか。

 

 そして、明かりでこちらに気付いたのだろう、オークがこちらに相対する。

 あなた以外の全員はまだ見えていないだろう。

 明かりあると周囲が分かりやすいが、気付かれやすい。

 魔法による暗視などの手段があれば、だいぶ楽なのだろうが。

 

 あなたは弓に矢を番え、それを放った。

 一体のオークの口の中に突き込まれ、そのまま後方へと飛び去って行く矢。

 かくんと力の抜けたオークが崩れ落ちる。

 脳幹を一気に破壊するとそのような死に方をする。

 

 もう一方のオークは仲間を助け起こそうとしている。

 オークにはそうした連帯の精神があるらしい。

 悪用の手段がいろいろとありそうだ。

 

 重傷を負わせて味方の救護をさせるとかどうだろう。

 動きの鈍ったやつはおもしろいほど簡単に仕留められる。

 あるいは一見して生きているようなオークの死体の下に地雷でも仕掛けておくとか。

 

 まぁ、今はとりあえず目の前のオークに対処する必要があるだろう。

 あなたは再度矢を番えてオークを射貫いた。

 矢はオークの側頭部を貫通して飛んで行った。

 楽勝だったが、これはサシャに経験を積ませるために戦わせた方がよかっただろうか?

 とは言え、自分に許した範囲の戦闘力で十分に対処可能だったので、問題ないと言えばそうか。

 

 ともあれ、あなたは仲間たちにオーク2体を仕留めたことを伝える。

 

「オークを2体倒したの? 2射で? それ、かなりの強弓なのね」

 

 あなたは頷く。あなたの使う武具のほとんどはエルグランドのものだ。

 だが、弓だけはボルボレスアスで手に入れたものを使っている。

 ボルボレスアスの狩人たちは超人的な膂力を持つ。

 そのため、並の弓とは比較にならない強弓があるのだ。

 

 エルグランドには超人を想定した弓はほとんど存在しない。

 仮にあったとしても、所有者が手放さない。

 そのため、ボルボレスアスの狩人向けの強弓はほどよい手ごろな選択肢となる。

 引き分けに300キロと言う超人的な膂力を必要とする強弓は人間など薄紙のごとく貫通する威力がある。

 多少頑丈とは言え、人型生物の枠組みから外れないオークでは耐え切れるわけもなかった。

 

「うわ、本当にオークが2体死んでる」

 

「これ、矢が貫通したと思わしき場所が弾け飛んでるんですけど……」

 

「クロスボウのボルトが貫通してもここまでいかないですよ」

 

 死体を見分している三人がそのように感想を述べた。

 なんなら引いてみるかとあなたは弓を渡した。

 

「私じゃ引けなさそうだけど……んんっ」

 

 レインが弓を引こうとし、かすかに弓がたわんだ程度で止まる。

 レインはすぐに見切りをつけて、フィリアへと渡した。

 

「んーっ! はぁっ、すごい強弓ですね、これ」

 

 フィリアが全力で引く。

 やはり微かにたわんだ程度で止まってしまう。

 まぁ、フィリアの膂力はそこまでではないので、さほど疑問もないだろう。

 フィリアが次にサシャへと渡し、サシャは見様見真似と言った様子で弓を引く。

 

「ううっ……! ご主人様は軽そうにしてたのに……」

 

 それでも2人よりは格段に引けている。

 胸元あたりまで弦を絞れている。

 耳まで引けば威力を出せるが、引くのに時間がかかる。

 そのため、強弓を使っておいて、胸辺りまで絞って放つという使い方もよく見かける。

 サシャの場合全力で絞ってそれなので連射速度は出せないだろうが。

 

 辛うじて使えそうなので、使ってみるかと提案してみる。

 まぁ、使えるだけで、当てられるとは限らないが。

 矢と言うのは真っすぐ飛ばないものなので熟練が必要なのだ。

 

 弓は弦を本体に張るが、必然的に弦の真正面には本体が存在する。

 必然、矢を放つには斜め前方に放つ必要がある。

 これでは真っすぐ飛ばないのは当然だ。

 弓本体に切り欠きでもあれば話は別だが。

 そんなことをしたら弓が折れてしまうだろう。

 

「ううーん……あとで練習してみてもいいですか?」

 

 あなたは頷いた。とりあえず実戦投入してみると言った無謀さはないようだ。

 あなたは手に入れた武器をさっそく使ってみて爆散とかよくやらかしていたので、その慎重さに感心した。

 爆弾を目の前の敵に投げつけて自分ごと爆殺とかよくあるよくある。あれはすごく痛い。

 

文字数はどの程度が好ましいですか?

  • 2000文字前後
  • 3000文字前後
  • 4000文字前後
  • 5000文字前後
  • 6000文字前後
  • 7000文字前後
  • 8000文字前後
  • 9000文字前後
  • 1万字前後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。