あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 魔法の練習は宿の中では都合が悪い。

 あなたたちはいつもの広場へとやって来た。

 

 まずはサシャに魔法を教える。

 と言っても、『ポケット』を教えたのと同じやり方だ。

 サシャを通し、『魔法の矢』を構築。

 これを放つと、地面に突き立てていた杭と。

 それに被せていた鎧が綺麗さっぱり消滅した。

 

 鎧は大陸に来た当初に始末した山賊が着ていたものだ。

 使い道はなさそうだったが、せっかくなので身ぐるみ剥がしておいた。

 なんだかんだと使い道があってよかった。

 

「『魔法の矢』の威力じゃない……」

 

「上級呪文みたいな威力出てましたね……って言うか『魔法の矢』って物質を破壊することはできないはずじゃ?」

 

「こっちだとそうだけど、エルグランドの『魔法の矢』だから特性も違うんじゃない?」

 

 レインとフィリアが背後でそのように話していた。

 こちらの『魔法の矢』は物質を破壊することができないらしい。

 そうするとゴーレムなどの非生物系のモンスターと戦うには不適切なのだろうか?

 レインに聞きたいことリストに書き留めておく必要があるだろう。

 

「うぅん……こ、こう? う、うー……む、むずかしいです、ご主人様……」

 

 『ポケット』の魔法に比べれば『魔法の矢』は簡単な魔法だ。

 しかし、難易度はべつの話なのでサシャは苦戦していた。

 

 手軽に使えるので見落としてしまうが。

 じつのところ『ポケット』は非常に高度な魔法だ。

 だれにでも使えて、魔力消費も非常に少ない。

 そんな特性を実現するために高度になっている。

 魔法が高度だからと言って高難易度とは限らないのだ。

 

 それと同じように、単純で簡素だからと言って手軽に使えるとは限らない。

 人間の自身に付随する空間を、自身の肉体の一部と錯誤する。

 そのような形が基本原則となっている『ポケット』。

 

 言ってみれば、ズボンのポケットに物を放り込むのと同じ。

 そんな感覚で『ポケット』の魔法は使えるのだ。

 自身の肉体を操作するのとほとんど変わらない。

 そんな部分があるから手軽に使えるともいえる。

 

 それとは違って『魔法の矢』は、魔力で力場の弾丸を創り出す。

 そして、狙う対象を指定した上で、それを放つ。

 

 自分の肉体を動かしてどうこうと言うものではない。

 魔法的な感覚と魔力操作の感覚、そして対象指定。

 言ってみれば想像上の手を動かして、狙うものを指差すようなもの。

 はじめてであっさりできるようなものではないだろう。

 

 事実、サシャが構築しようとしている回路はメチャメチャだ。

 そもそも、回路を構築するという部分からして技術がないのだ。

 これは一朝一夕で覚えられるものではない。

 地道に訓練するしかないだろう。

 あなたはサシャに優しく伝えた。

 

「そうですよね……魔法も技術ですから、簡単には覚えられない、ですよね」

 

 その通りだ。

 手本はいつでも見せてあげよう。

 地道にやるといいと、あなたはサシャに諭した。

 

「はいっ。がんばります!」

 

 素直で可愛い。

 あなたはサシャに頑張りなさいと激励した。

 引き続き回路構築の練習をするように。

 あなたはサシャに命じ、次にレインに向き直る。

 

「転移魔法を教えてくれるのよね。よろしくお願いするわ」

 

 レインは教えを乞う時はわりと殊勝な態度を取る。

 普段は気安い調子なので、なんとなく新鮮である。

 

 あなたはエルグランドで一般的な転移魔法、『引き上げ』の魔法の回路を構築する。

 肩幅に広げ、向かい合わせにした手の中で構築されていく回路。

 

 魔法的視覚を持つ人間ならば見える。

 この魔法的視野は魔法使いならだれでもできる。

 と言うより、それができないと魔法の回路を見れない。

 見えないものは覚えられない。

 すると、魔法が覚えられない。

 だから魔法使いとはだれでも回路が見えるものだ。

 

 だれもがいちいち丁寧に魔法を教えてくれはしない。

 呪文書やスクロールから魔法を会得するには、この魔法的視野が必須だ。

 エルグランドの魔法書も、その魔法的視野があってこそ読める。

 

「……じっくり見ると、あなたの魔法使いとしての腕前が桁外れなことがよく分かるわ。回路構築がスムーズで、すごくきれいだわ」

 

 そう褒められるとちょっと照れる。

 あなたは照れ笑いしつつ、この回路を真似するように伝えた。

 

「ええ」

 

 ただし、発動はしないよう。

 レインはどこにもマーキングをしていない。

 発動したらどこに転移するか分からない。

 

 一応、マーキング無しでも使えはする。

 ちゃんと思い浮かべた場所にも飛べる。

 だが、特定地点を鮮明にイメージするのは、かなり難しいことだ。

 このイメージのブレは転移地点のブレとなる。

 ほんの10センチズレるだけでも地面や壁の中に埋まる。

 

 そうなると絶対に助からない。即死だ。

 あなたですら即死する。

 

 壁の中に埋まってしまうと壁と融合してしまう。

 原子レベルで肉体が寸断されて壁に混ぜ込まれるのだ。

 要するに『原子分解(ディスインテグレイト)』の魔法の直撃を喰らったようなものだ。

 むしろ死なない方がおかしいだろう。

 

「怖いわね……ええ、やらないわ」

 

 当たり前ではあるが、雑に転移を発動するほどうかつではないようだ。

 

 レインがゆっくりと回路を構築していく。

 レインの技術で手に余るレベルではないだろう。

 しかし、さすがに初見の回路なので時間はかかる。

 それからたっぷりと10分近い時間をかけ、レインは回路を構築し終えた。

 

「……どう? 出来てるはずなんだけど」

 

 あなたはレインの構築した回路をつぶさに観察する。

 回路の構築に問題はないだろう。

 あなたの構築した回路とは若干違うが。

 これくらいなら術者の個性の範囲だろう。

 基本形式が正しければ魔法は問題なく発動する。

 

 回路の個性は説明がむずかしいが……。

 荷物を固縛する時の紐の結び方に似ている。

 最低限吹っ飛ばないように固定する者もいれば。

 まったく揺れ動かないようにがっちり固定する者もいる。

 また、紐の結び方も解き易いようにするか。

 固定第一で解きづらく解け難いようにする者もいる。

 

 いずれにせよ、荷物が固縛さえされていればいい。

 それと同じように、基本形式さえ押さえれば魔法は発動する。

 

 また、固縛する時に複数の紐を使ったり。

 紐と同時に布を噛ませたりなどするものもいる。

 それと同じように、追加の回路を付け加えるものもいる。

 すると、魔力消費が増えるが、呪文の効果が高まる。

 

 威力向上のために回路を付け足したり。

 高速化のために回路を簡略化する代わりに太くしたり。

 魔力消費は増えるが呪文を強化したり。

 高速化したりすることができるわけだ。

 これを魔法強化とか呪文修正とか言う。

 

 レインは特にそうした強化はしていない。

 回路は基本形式に沿ったものだ。

 

 まぁ、『引き上げ』の魔法を強化しても意味がないので当たり前か。

 高速化も、元から高速化されているのでなんの意味もない。

 逆に言うと、呪文構築の高速化部分を除けば魔力消費を削減することは可能だろう。

 

 ともあれ、あなたはレインに問題ないと太鼓判を押した。

 

「ありがと。呪文書にキッチリ書いておかなきゃ」

 

 魔法の回路は結構複雑なものだ。

 それを頭で覚えておくのは割とむずかしい。

 1つや2つならばそうむずかしいことではないが。

 何百あると魔法すべてを暗記するのは無謀だろう。

 やってできないことはないのだろうが。

 万一失敗したら魔力の無駄遣いになる。

 リスクの魔法は下手をすると爆散するし。

 

 そのため、呪文書に回路を記述しておくのが魔法使いの嗜みだ。

 そうして無数に集めた魔法を記した呪文書は高い価値を持つようになる。

 熟練魔法使いの呪文書は、時として魔導書などと言う触れ込みで売買されることもあるくらいだ。

 

 その辺りはエルグランドでもこの大陸でも変わらないようだ。

 もちろん、あなたもそうした呪文書は持っている。

 いざと言う時にはそこから回路を読み出して自分で行使する。

 

 まぁ、あなたの場合は構築済み回路を自分の中にチャージしているわけだが。

 と言うか、おそらくこちらの大陸の魔法使いもやっていることはほぼ同じだろう。

 ただ、魔法書と言う便利なものがないので、チャージするのに非常に時間がかかるだけで。

 そのためか、自分の魔力上限までしか回路をストックしておかないのが普通のようだ。

 

 また、事前にコストを支払うわけではない。

 なので使うにあたっての詠唱、動作、物質も必要なようだ。

 その辺りはやり方の違いだろう。

 たぶん、エルグランドと同じように事前に支払うことも可能……ではあるはずだ。

 ただ、そうすると魔法をストックする分だけ金と手間がかかってしまう。

 手間はともかく金は死活問題だろう。

 魔法によっては莫大なコストが必要なこともある。

 だから、できるけどやらない。

 ストックしても使わないことはあるのだから。

 

「いいなぁ。お姉様、私にピッタリの魔法とかあったりしませんか?」

 

 フィリアに適した魔法と言われても難しい。

 そもそも、レインの言う秘術と、フィリアの言う奇跡。

 その何が違うのかすらもあなたには分かっていない。

 

 どうも違うものらしいとは知っているのだが。

 具体的にどういう区分で秘術と奇跡になっているのか、分からない。

 

「ええ? うーん……たしかに秘術と奇跡で同じ魔法はあったりするんですけど、秘術にしかない魔法、奇跡にしかない魔法があって……」

 

 しかし、エルグランドではそれらに区別はないのだ。

 どうも聞く限り『神託』の魔法は神官の使う奇跡に分類されるようなのだが。

 

「そうですね。奇跡、信仰魔法に分類される魔法ですよ」

 

 しかし、その『神託』と、たとえば『魔法の矢』。

 それらは同じく魔法であるという認識でしかない。

 

 一応、エルグランドの魔法にも、分類や系統分けはある。

 必要とされる能力や、影響される能力の差で生まれる区分だ。

 

 だが、魔法は魔法である。能力と技術があればだれでも使える。

 特定職業に就いていないと使えないとか、そう言うことはない。

 

「なるほど……たしかに魔法は魔法ですし……ええ? でも神様から授からずに使える魔法なんてあるのかな……」

 

 少なくとも、レインには使えている。

 なのでエルグランドの魔法は秘術ではあるらしい。

 しかし、レインにこちらで奇跡に分類される回復魔法を教えてはいない。

 教えたらわりと使えてしまったりするのだろうか。

 

 ともあれ、フィリアの要望にある意味まったく合致せず。

 しかし、合致し得る魔法がある。

 あなたはその魔法について教えることにした。

 

「わぁ、どんな魔法ですか?」

 

 それは究極にして最強の身体強化魔法だ。

 これよりも強力な身体強化の魔法は存在しない。

 絶対にと断言できるほど強力な魔法だ。

 しかも、武器の扱いも上手くなる。

 戦いの駆け引きですら自然とできるようになる。

 それでいながら、この魔法はとても簡単である。

 いまのレインでも軽々と使えるだろう。

 

「そんなすごい魔法なんですか!?」

 

 とてもすごい。

 同時に、とてもクソ。

 

「え」

 

 この魔法は、魔法使いを戦士に変身させる。

 魔法戦士ではないのがミソだ。

 そう、この魔法を使うと魔法が使えなくなる。

 

 この魔法の名を『資質転換』という。

 これは魔法使いの技能を戦士の技能に転換する。

 結果、魔法使いとしてはゴミカス以下となる。

 

 しかも、術者は本来は魔法使いなのだ。

 戦士としての装備の持ち合わせはないだろうし。

 高度な戦闘技術を会得しているわけではない。

 武器の扱いと駆け引きは魔法の効果でできるようになるが。

 それだけで優れた戦士になれるわけではないのだ。

 

 ただし、使いどころがまったくないわけではない。

 この魔法は魔法戦士が使うととても強力だ。

 事前に魔法による種々の強化を施し、仕上げに『資質転換』を使う。

 すると、手厚い魔法の強化を受けた超強力な戦士になれるわけだ。

 魔法こそ使えなくなるが、代わりに肉弾戦に強くなる。

 まさにあなたは破壊兵器と化すわけだ。

 

 まぁ、総合力とか咄嗟の手札とかを考慮すると。

 やっぱり魔法戦士として戦った方が強いけど……。

 

「な、なるほど。たしかに、私は近接戦もある程度こなせますからね」

 

 フィリアは魔法戦士と言うわけではない。

 だが、身体能力も武器の扱いもそれなりに達者だ。

 レインが使えば、力だけは立派な素人になる。

 だが、フィリアが使えば話は違ってくる。

 専業戦士にはやや劣る身体能力を補強し、武器の扱いも上手くなる。

 肉弾戦を熟さざるを得ない状況では、起死回生の一手になりうるだろう。

 

 そう言うわけなので、あなたはフィリアにこの魔法を教えることにした。

 

「よろしくおねがいします!」

 

 意気込みがあってよろしい。

 あなたはフィリアに丁寧に魔法を教え始めた。

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