時間の捻出。むずかしい問題である。
冒険者は自由な職業と見られがちだが、そうでもない。
たしかに自由にふるまおうと思えば、できる。
だが、冒険者としてうまくやろうと思えば、そうヒマはない。
冒険者がもっとも頼りにするのは己の腕っぷし。
であるから、それをよりよくする自己研鑽は必須。
冒険するための道具類や知識を蓄えるのも、当然ながら必須だ。
また、得た戦利品を捌くための交渉なども必要である。
町中にいる時は割と遊んでいるように見えるが。
それは戦いを乗り越えた後に羽を伸ばしているから。
自由人に見えるのは、町中に暮らしている人間たちから見ているからなのだ。
あなたは決心した。
年単位で訓練の時間を取ろうと。
今までさんざん迷って、迷宮に挑もうか、挑むまいかと悩んでいたが。
もうそれこそつい昨日までアタックしようと思っていたが。
やはり、戦力の不均衡の多少なりの改善が必要だ。
完全な解消は無理だろうが、今のままでは危うい。
冒険者としての技量を積むだけでは足りない部分がある。
それは不特定の多数の人間と行動し。
共に連携を取ることで得られる技術と経験だ。
サシャとレインはまだ冒険者として活動できる水準に至っていない。
駆け出し冒険者としてみれば、なんら問題ないレベルとは思うが。
しかし、迷宮探索は駆け出し冒険者にできることではないのだ。
まぁ、あなたがサシャとレインには不相応な場所に連れ回してしまっているだけと言えばそう。
あなたとフィリアはこのままでもどうにでもなる。
だが、サシャとレインが無理をし過ぎる。
無理は続かない。
無理せずに戦えなければ冒険者はやっていけない。
このままではいずれ、サシャかレインが死ぬ。
単に死ぬだけなら蘇生すればいいが。
できることなら死なない方がいいのは当たり前だ。
だから戦力の不均衡を解消しなくてはいけない。
それには冒険者としての技量を得る必要がある。
サシャとレインには、もっと実践的な訓練が必要であるように思えた。
実戦ではダメで、実践的な訓練が必要なのだ。
実戦では求められる水準が高過ぎる。
実践的な訓練で技量を身に着け、それを実戦でブラッシュアップすることで戦力として完成させる。
一晩考え込んだ末に、あなたはそのような結論を出した。
そして、それを朝食の席で全員に告げた。
「そう……たしかに、私が微妙だって言うのは分かってたことよ」
「あぅ……」
レインは比較的冷静に受け止めていた。
サシャはしょんぼりと落ち込んでしまった。
可哀想だが、さすがにこんなところで歯に衣を着せていいわけもない。
極論を言ってしまえばだが。
冒険者とは1人で完結している必要がある。
1人1人が最善を求めたスタンドプレーを行い、それがチームワークになる。
それが生物的とすらいえるほどの連携になるのだ。
あなたのように多角的な技能を身に着けていれば、本当に1人で冒険ができる。
さすがにその水準までは求めないが。
どんなチームでもうまく連携を取れるようになる。
それが冒険者としてめざすべき水準だろう。
そのためには自分にできること。
自分がすべきことを把握し。
その上で行動の取捨選択が必要だ。
そうした技量と経験を積むには。
このチームだけで活動していてはダメだ。
「冒険者学園ですね」
あなたの言葉にフィリアがそんなことを言った。
「冒険者学園なら実習授業がありますから……そうした経験を積むには凄く有用だと思いますよ。実際、『銀牙』のメンバーはビフスと私以外は冒険者学園出身でしたし」
なるほどとあなたは頷いた。
たしかに『銀牙』のメンバーの連携はよかったように思う。
あなたが瞬殺の嵐で片づけてしまったが。
各々がすべきことを把握し、その通りに動けていた。
まぁ、そこまで行動を見ていたわけではないが。
あなたから見て失点と言える行動はなかった。
あなたに捻じ伏せられたことからわかるように。
失点が無ければ成功するわけではないが。
失点はない方がいいのは当然だ。
「みんなで冒険者学園に入学して、卒業するまで頑張ってみるのも、悪くないんじゃないかと思います」
フィリアには要るのだろうか?
「えーと、まぁ、神官としてはいらないですけど……お姉様は、私に近接戦闘もできるようになってほしいんですよね」
あなたは頷いた。
「なら、私は神官ではなくて、そう言う前衛の戦士として訓練をしてみようと思うんです」
たしかにそれを学ぶならば、フィリアにも必要だろうか。
具体的にどんな授業をしているのかは知らないが。
冒険者学園が存続している以上、卒業生は有能なのだろう。
無能揃いの冒険者しか養成できないなら廃校されてるだろうし。
おそらく、冒険者学園の卒業生は国家戦略的に有用な存在なのだ。
迷宮探索で町や国に恵みをもたらしてくれることを期待しているとか。
そのために国や貴族からのバックアップがあり。
成果を出して欲しいから実践的な授業がされている。
実利優先の学び舎と言うわけだ。
学問のための学び舎とは性格が違う場所なのだろう。
「まぁ、学費はともかく、生活費が必要なんですけど……お姉様が用立ててくれるんですよね」
あなたは頷いた。
ペットの面倒を見るのは当然だ。
レインは自腹を切ってもらうことになる。
金がないなら無利子で貸してもいいが。
「……まぁ、学費くらいはなんとかなるわ」
レインはむずかしい顔をしたが、問題ないらしい。
レインは冒険者学園をどう思っているのだろう。
通わずに冒険者になったことを思うと。
必要ないと考えていたのだと思われるが。
「ええ、まぁね。でも、実際に冒険者として活動する中で、自分の至らない部分に直面することは多かったわ。そうした部分を補ってくれるなら、たしかに冒険者学園と言うのは必要なんでしょうね」
つまり、通うことに関しては意欲的と言うことだ。
であれば、全員の総意は通うという方向性でいいのだろう。
サシャに関しては有無を言わせるつもりはない。
あなたにしてみても、冒険者学園と言うものには興味があった。
「あら、そうなの? あなたこそ必要ないでしょうに」
あなたにとって興味があるのは、学園と言う形態だ。
先輩や後輩と言う関係。甘酸っぱいラブロマンス!
なんでかは知らないが、学び舎の園と言うのは不思議と心が躍る。
「あのね、学園って言うのは女漁りをするための場所じゃないのよ」
レインが妙なことを言い出した。そんなのは当たり前である。
学園である以上、そこは学び舎だ。学び、問うことこそが学問。
女漁りをするための場所は娼館などであり、学園はそんな場所ではない。
「……まぁ、分かってるならいいわ」
レインはいまいち納得していないような顔をしていた。
あなたはちゃんと学問に打ち込むつもりでいる。
自分自身の訓練の時間も取りたい。
サシャとフィリアに訓練もつけたい。
そして、性愛も学問だ。
それを真摯に追求したいと思う。
「とりあえず、それならソーラスの迷宮に挑むのは中止ってこと?」
サシャの剣の受け取りまではソーラスに滞在する。
だが、迷宮探索は中止にしよう。
また、生活環境として王都の屋敷の雇用などを調整したい。
それに伴ってサシャの母ブレウの勧誘などもする。
冒険者学園に通うのは、それからということになるだろうか。
「そう、分かったわ」
ならば話は速い方がいい。
あなたは行動を開始することにした。
あなたはフィリアに留守番を頼んだ。
そして、サシャとレインを連れてスルラの町に向かうことにした。
「え? 滞在するんじゃないんですか?」
『引き上げ』の魔法で済ませる。
日帰り、あるいは1泊で済む。
ソーラスの町の用事は剣の受け取りだけだ。
なら、誰か1人が居ればそれでいい。
それまでの間にブレウの勧誘をしたい。
それから王都屋敷の事務的な処理も終えておきたい。
「な、なるほど……日帰り……」
「転移魔法が使えるって言うのはそういうものよ。マーキング先とやらを増やせるならぜひ同行したいわね」
「お土産よろしくお願いしますね~」
フィリアはお土産が欲しいらしい。考えておこう。
あなたはサシャとレインの手を取ると『引き上げ』の魔法を発動した。
空間が歪む感覚に、サシャとレインが戸惑いの声を発している。
歪む感覚が収まると、あなたたちは見慣れた場所に立っていた。
「ここって……私が訓練してた場所、ですね」
あなたがマーキングしていた場所は、獣を召喚してサシャに戦わせていた場所だ。
ちょうど町のはずれにある、ぽつんとした広場だ。
なにか建てるには不便の多い場所なのでマーキングに使っていた。
ちなみにマーキング先に何かが建造されればマーキングが潰れるのですぐにわかる。
「ほ、本当に一瞬で帰って来ちゃった……魔法って、すごい……!」
「すごいわよね。これが私にも使えるのよね」
レインが嬉しそうにしている。
高位の転移魔法と同等とのことなのでうれしいのだろうか。
ともあれ、あなたはさっそくブレウの勧誘に出向こうと2人を促した。
「あ、はい。行きましょう」
「ええ。私はいればいいようなものだし、簡単ね」
あなたはスルラの町へと歩を進めた。
サシャの自宅を訪ねると、ブレウは在宅だった。
あなたの姿を認めると、ブレウはすぐにサシャの姿を探し、そしておどろきをあらわにした。
「まぁ……サシャ、大きくなったわね!」
「うん! ただいま、お母さん!」
そう言ってブレウに抱き着くサシャの姿は子供らしくて可愛い。
あなたもレインも微笑まし気にサシャの姿を見守っていた。
「髪もつやつやで、ふっくらしちゃって……可愛がってもらっているのね」
「え、えと、うん」
色んな意味で可愛がっている。
サシャ的には秘密にしておきたいようだ。
まぁ、ベッドの中のことなんて吹聴するようなことでもな。
恋のさや当てに吹聴するならともかく。
じつの母親にそれを報告するのは性癖が倒錯し過ぎだろう。
「あ、お母さん。あのね、ご主人様が、お母さんを雇いたいって」
「え?」
あなたはとりあえず家に上がってもいいかを訪ねた。
「はい。狭くて汚い家ですが……」
快く迎え入れてもらい、あなたたちはテーブルに案内された。
あなたとレインが隣り合い、サシャはブレウの隣に。
そして、あなたは単刀直入に、ブレウを王都の屋敷で雇いたいと述べた。
「私を、王都のお屋敷で……? え、ええと、私はなにをすれば?」
あなたは仕事の内容についても述べた。
お針子として服を仕立てるのと同時、仕立て直しや補修なども任せたい。
また、それに付随して給金についても伝えた。
「金貨5枚!? そんな、私はそれほどのお給金を頂くような腕は……」
お針子としてやっていける程度の腕前があるなら問題はない。
この場合に重要なのは、サシャの母親であるという一点だ。
たとえばブレウがお針子でなく、酒場の店員だったとしても同様の待遇で勧誘していた。
その場合、屋敷で就いてもらう仕事は別物になっただろうが、給金も同額だった。
「それほどの厚遇を頂けるなんて……その、よろしいのであれば、ぜひ」
あなたは言質を取れたことに頷いた。
レインの援護射撃も要らなかったようだ。
「でも、その、私はそんなに優れた腕はないので、流行りの洋服が仕立てられるかは……」
あなたは『ポケット』から型紙を取り出した。
取り出した型紙は、あなたが仕立てていた下着の型紙だ。
その型紙から下着を仕立てることは可能かと訪ねた。
「これは……ええ、これだけ詳細な型紙があれば」
であればなんら問題ない。
あなたが求める仕事ができるならそれでいい。
あなたはさっそくブレウに今の勤め先に暇を貰って来るように伝えた。
「はい。ですがその、少々お時間を頂く必要があるかと……」
あなたはテーブルの上に金貨を10枚並べた。
5枚は支度金。もう5枚は今の勤め先への迷惑料。
金貨を5枚くれてやるから、即日の退職を認めろということだ。
「わ、わかりました」
では、さっそく行って来るように。
そう告げると、ブレウは慌てて家を出て行った。
それを見送り、次にあなたはサシャとレインに留守番を頼んだ。
懇意にしている商人のところに顔を出してくるつもりだ。
「へぇ、懇意にしてる商人なんていたのね」
「わかりました。えと、ご近所に挨拶をしてきてもいいですか? お母さんが帰ってきたらすぐに気付くと思いますし」
そのくらいなら問題ないとあなたは答えた。
行き違いにならなければ、それでいいのだ。
あなたはさっそく奴隷商人のところに出向くことにした。
なにかめぼしい新商品が入荷していないか、楽しみである。
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