あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 バカンスの準備が終わり、あなたたちはバカンスへと出発した。

 と言っても、全員引き連れての移動は負担が大きい。

 そのため、移動に関しては魔法で解決することにした。

 つまり、あなたが先に現地に向かい、そこで転移魔法のマーキング。

 その後、魔法で全員連れて行くという寸法だ。

 

 以前にサーン・ランドに向かった際のやり方と同じだ。

 ただし、今回はテレポートサービスは使わない。

 定期的に両替はしているものの、未だにマフルージャ金貨の手持ちはそう多くはない。

 それが一気に何百何千と飛ぶのだ。なかなか手痛い出費だ。

 自力で解決できるなら、自力で解決したいところであった。

 

 しかし、このやり方ならべつに国外でもレインのテレポート代は必要なかったのでは……?

 そんな考えが頭をよぎったが、気にしないことにした。

 

 

 

 さて、あなたは1人で湖水地方へと向かって走っていた。

 並みの馬の何倍もの速さで駆け抜ける。

 ざっと時速400キロメートルほどだ。

 もっと早くすることもできるが。

 到着時間が劇的に変わるわけでもない。

 このくらいの速度でぼつぼつ走るのが楽でいい。

 

 半分の速さでつくには倍の速さを出す必要がある。

 しかし、倍々に速度を出していくと周辺被害が偉いことになってしまう。

 バカンス先に壊滅的被害を齎してはバカンスが楽しめなくなってしまう。

 

 そうしてあなたは30分と経たずに湖水地方へと到着した。

 既に貴族の別荘地として使われてるであろう地点は面倒ごとがあっても嫌なので避ける。

 適当に山に入って行くと、半ば渓谷とも言えるような地点に湖を発見し、あなたはそこにセイフティテントを設置した。

 満足いくロケーションが得られたと満足感を得ながら、あなたは魔法で邸宅へと帰還した。

 

 

 

「おかえり。もうマーキングしてきたの?」

 

「早いですね……一体どうやったら……?」

 

 どうもこうもない。

 普通に走っただけである。

 

「……湖水地方って、遠かったですよね?」

 

「まぁ、馬車に揺られて10日とか、そう言うレベルの距離ね。高位の飛行魔法とかなら高速移動する手段もあるし、その手の手段を使ったんでしょ?」

 

 レインのそんな推測に、あなたは首を振った。

 がんばって走った、それ以外に言えることはなにもなかった。

 

「…………そう」

 

「あっ、レインさん! 理解を放棄しましたね! 1人で現実逃避はずるいですよ!」

 

「知らないわよ! いっしょに現実逃避したいなら遅れずについてきなさいよ!」

 

 レインとフィリアがよく分からない言い争いを始めている。

 現実逃避とは仲良くいっしょにやるものだったろうか。あなたは首を傾げた。

 

「まぁ、ともかく……行きましょうか」

 

「そうですね。いっぱい泳ご~」

 

 一番バカンスを楽しみにしてそうな様子のサシャ。

 他の皆も大なり小なり楽しみそうだ。

 特に、バカンスなど一生縁のないものと思っていた使用人たちの喜びようは凄い。

 浮かれ切った使用人たちに叱責の声を飛ばすマーサの姿も、ここ最近は定番のようになってしまっている。

 

 あなたは使用人たちにも通達を出し、庭に全員集合するように告げた。

 

 

 

 しばらくして、思い思いに荷物を纏めた使用人たちが集合する。

 使用人と、その家族たち。あなたが屋敷の主となってから使用人をすこし増やしたので、総勢で30人ほどだ。

 そして、レインによく似た翠髪の美女があなたに報告をする。

 

「ミストレス。当家の使用人は全員集合していますわ」

 

 そう言って柔和に微笑む姿はしっとりとした、美しさに満ちている。

 レインはこの表情を絶対にしないだろうなとあなたは内心で想った。

 

 このレインによく似た翠髪の美女は……まぁ、予想通りの人物だ。

 そう、あなたが提供した若返りの薬によって若返ったポーリンだった。

 ポーリンは現在、この屋敷の全ての取り纏め役を担う使用人だ。

 ポジションで言うと執事、あるいは家令か。

 いわゆるスチュワード……ポーリンは女性なのでスチュワーデスと言うことになる。

 

 あなたはポーリンの言葉に頷き、転移で移動するので手を繋ぐようにと手を差し出した。

 ポーリンが代表してあなたの右手を握り、もう一方の手を何を言うでもなくサシャが掴んだ。

 そして全員が手を繋ぎ、だれも手を放していないことを確認すると、あなたは転移を発動させた。

 

 

 

 

 頬を撫でる風は明白に温度が低い。

 サーン・ランドの強烈な暑さも、王都ベランサの蒸し暑さもない。

 涼し気な空気に満たされた湖畔はひどく心地よい。

 額に浮いた汗が引いていくような感覚さえ覚えた。

 ぽつんぽつんといくつもの浮島が点在する広大な湖は透明度が高く、見ているだけで涼しくなるようだった。

 

「涼しい……ああ、涼しい……」

 

 涙を零しそうな勢いで湖水地方の冷涼な空気に感動するフィリア。

 他の使用人たちも、冷涼な空気にはしゃぎ出している。

 美しい風景に感嘆の声をあげる者もおり、みんなが嬉しそうだった。

 

 そして、あなたからすると、感覚がバグりそうな気がしてくる光景だった。

 湖水地方なのに、こんなに暑いなんて!? と。

 

 そう、実は、エルグランドにも湖水地方があるのだ。

 1日に出る死者よりも湖の方が多いと言われるほど、エルグランドの湖水地方は巨大だ。

 10万を下ることはないだろうほどの膨大な数があり。

 その10万を超える湖1つ1つに10を超える島があると言われる。

 100万の孤島群、エルグランドでもっとも美しいと言われるエルグランドの至宝だった。

 

 そこは非常に冷涼な空気で満たされており、真夏でも平均気温は20度を下回る。

 対して、目の前の湖水地方は印象はひどく似ている。

 なのに、確実に気温は30度手前くらいあるのだ。

 動き回れば普通に汗が滲んで来るレベルの暑さであり、あなたからすると困惑のし通しだった。

 

 まぁ、湖水浴をすることを思うと、気温は高い方がいいのだ。

 そうすると、この気温はむしろ最適なのではないだろうか。

 エルグランドの湖水地方で水泳なんかしたらいろんな意味で死ぬが。

 ここなら快適なことこの上無いだろう。

 

「綺麗ね。それにすごく涼しい。やっぱり湖水地方はバカンスに最適よねぇ」

 

「そういえば……湖水地方って、だれが領有してるんですか? 勝手にバカンスして大丈夫なんでしょうか?」

 

「ああ、誰も領有してないわよ。こんなとこ領有しても、旨味ないでしょ」

 

「……たしかに」

 

 湖水地方と言うのは金を産み出す土地ではない。

 少し雨が降っただけで陸地が激減するのだ。

 耕作はもちろん、居住すらむずかしい。

 

 それ以外にも種々の要因があるが。

 湖水地方はバカンスをする以外には役に立たないというのが普通だ。

 風景が美しい以外には、なんの価値もない。

 その美しい風景に金を出す奇特な連中が多数になれば、金を産み出す土地になるのかもしれないが。

 

 さておき、あなたは手を叩いて注目を集めると、セイフティテントを手で指し示した。

 見た目は本当にただのテントで、2人が入れるかどうかというような小型のものだ。

 出入口は真っ暗になっており、中は伺いしれない。

 あなたは率先して自分が入り、次に他の者たちを呼び寄せた。

 

「ほんとに入れるの? わっ……」

 

 マジックアイテムについて関心の強いレインが真っ先に入って来る。

 そして、その内部を見て驚きの声を上げた。

 そのあとに続いたフィリア、サシャ。

 そして娘たちが突っ込んで行ったからか、ポーリンとブレウが続々と後に続いてきた。

 

「うわぁ……」

 

「す、すごい……」

 

 フィリアを除き、全員が一様に驚いている。まぁ、そうもなるだろう。

 セイフティテントの内部は、見るからに普通の家のような内装になっていたのだから。

 それも、豪邸と言って差し支えないほどの広さとなっており、ちゃんと個室もあった。

 

「広い……王都の屋敷くらいあるんじゃない、これ?」

 

「この規模の異空間を造れるマジックアイテムって凄いですよね……」

 

「端から端まで……ざっと50メートルくらい?」

 

 あなたは頷いた。セイフティテントは正方形の空間を作り出し、その一辺は50メートルである。つまり2500平方メートル。

 王都屋敷は庭も含めるともっと広いが、建物自体の大きさで言うと同じくらいだろうか。

 ただ、難点がある。セイフティテントは上下高さはほんの3メートルしかないのである。

 

「あら、じゃあ2階すら作れないわね」

 

「背の高い人が思いっ切りジャンプしたら、頭ぶつけそうですね」

 

 持ち運べる居住空間と言う意味では破格の性能なのはたしかだ。

 ただ、こんなところに客人を呼ぶわけにもいかない。

 基本的には咄嗟の避難用などの用途が主だ。

 

「滞在には十分過ぎるくらいね。いえ、破格じゃない? 2階がないのと、外の風景が見えないのは残念だけど」

 

「窓自体無いので、ちょっと息が詰まる感じがしますね」

 

「でも住み心地はよさそうですよ! この絨毯、毛足が長くてふわふわです!」

 

 サシャが床に敷いてある絨毯のふわふわ具合に感動している。

 エルグランドで使っていた頃から内装を変えていないので、色々と北国仕様なのだ。

 まぁ、内部の空間は外気に影響されないので、住み心地に悪影響はないが……。

 

「そう言われてみると、独特な建築様式ね……エルグランドの建築様式なのかしら」

 

「木造主体なんですね。なんていうか全体的に可愛らしい感じ……この毛布とかすごく可愛い……」

 

 フィリアはエルグランド北部の常雪地帯の建築様式がお気に召したらしい。

 まぁ、絶対の基本と言われ、建築するにあたって真っ先に作られるサウナが無かったりと、完璧にソレではないのだが。

 

 さておき、あなたは連れて来た使用人たちに対し、まずは部屋の掃除をするところから頼んだ。

 マジックアイテムであっても、内部の時間が経過すれば埃は積もる。掃除は必須だった。

 そして、マーサには全体の監督をしつつ、使用人らの部屋割りなどを決めるように頼んだ。

 

 あなたは自分用の部屋となる場所の掃除をすることにした。

 以前、フィリアに大変な無体を働いた後、軽くベッド周りを整備しただけなのだ。

 本来使用人を使えばいい話なのだが、みんなでやった方が速いという当たり前の真理のもと、あなたは掃除を断行した。

 

 

 見慣れないものが数多くあるセイフティテント内部の掃除はやや難航した。

 あなたに聞かないと分からないものがたくさんあるため、あなたは指示だしに奔走させられた。

 特に、あちこちに設置してある給茶機の扱いに苦慮していた。

 こちらの大陸には存在しない道具だったのだ。

 

 木炭を燃料とする卓上給茶機や、部屋に備え付けの大型給茶機など。

 特にキッチンに設置してあった、200リットルの水タンクを備えた給茶機など何なのかすらわからないようだった。

 

 エルグランド北部のきわめて寒さの厳しい地帯では、茶文化が大変な隆盛を誇っていた。

 なにしろ寒すぎる。茶を飲んで体を温めないと死ぬ。

 寒すぎて酒の醸造すら不可能と言うすさまじい地域でもあった。

 

 なんせ、夏でも雪が溶けないほどに寒いのだ。

 酒が醸造できる温度にまで気温が上がってくれない。

 伝統的には寒さ厳しい地でも育つ松の葉を茶にしていたというが、現代では紅茶が一般的だ。

 あなたが紅茶を好んで飲むのも、エルグランドの民だから、の一言で済まされる風習だった。

 

 そうした苦労はあったが、日が暮れる前に掃除は完了した。

 そして、あなたはセイフティテントの外で夕飯の支度をはじめた。

 外部と遮断されているので空気の流れが悪いセイフティテント内部は埃が舞いがちだ。

 換気するのが難しいので、なかなか埃が落ち着くのには時間がかかる。

 

 埃まみれの食事を食べたくないなら、外で料理をするしかなかった。

 そもそもせっかく湖水地方に来たのだから、外で食事をするべきだろう。

 湖畔の冷涼な風を感じ、美しい風景を眺めながら食事をするのだ。最高に決まっている。

 そして外で食事をするなら、そのまま外で料理をした方が近くて楽なのは誰でもわかることだった。

 

「ご主人様、おなか空きましたね……!」

 

「サシャ、はしたないわよ。それによだれが……」

 

 漂う料理の香りに、待ち切れないと全身で表現するのはサシャだ。

 それを苦笑しながら嗜めるのはブレウ。

 すきっ腹にはあまりにも堪える香りを放つ鍋に、あなたもよだれが垂れそうだった。

 今日のディナーは、使用人が採取して来てくれた山菜をふんだんに使った山菜カレーだ。

 

 野趣(やしゅ)溢れる山菜主体のカレーは大人の味わいと言ったところだろう。

 使用人たちが焼いてくれた無発酵の薄焼きパンにつけて食べれば最高においしい。

 副菜として、獣人の使用人らが素早くとっ捕まえて来た魚をフリッターにする。

 パーチに似た魚だがかなり大きく、食べ応えは抜群そうだ。やや色彩もカラフルだった。

 魚が豊富なのは、エルグランドの湖水地方も、この大陸の湖水地方も変わらないらしい。

 

 やがてあなたのカレーが仕上がり。

 薄焼きパンも大量に焼き上がり。

 フリッターもカラリと揚がり。

 夕飯の時間がやってきた。

 

 今日はバカンスなので無礼講だ。

 バカンスとは休みなのだ。無礼講なのは当然。

 である以上、招いたあなたはホストである。

 ホストがキッチリと客人を供応しないのは無作法だ。

 

 使用人たちにカレーを供し、みんなで夕飯をいただく。

 身分差などほとんどない集団であるから、みんなもそれなりに気楽だ。

 唯一貴族としての身分を持つレインだが。

 古株の使用人も少なくない。

 そこまで気負った対応をするものはいない。

 

 あなたが樽で用意して来たエールに、各種の蒸留酒。

 好きなものを好きなだけ飲んでよいとして、テントの前にずらりと並べてある。

 今日ばかりはマーサもうるさいことを言わず、率先して酒を飲んでいた。

 そう言う気配りのできる使用人なのだ。

 

 日の暮れだす中、晩餐は賑やかに和やかに過ぎていく。

 バカンスは始まったばかりだった。

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