湖畔からの撤収に取り掛かる。
と言っても、あなたの場合は『セイフティテント』を回収するだけ。
使用人らが居室から荷物を回収する方がはるかに手間だ。
それが終わったら使用人を連れて町に。土産の購入などをする。
旅行地に出向いたら、土産物を買うのはエルグランドでは一般的な感覚だ。
それはこの大陸でも同じことのようだ。アルトスレアではほぼ無かったし、ボルボレスアスでは東部地方にしかない感覚だったが。
大荷物になる可能性も考えられたため、町で馬車を借りて来て使用人らを運んでやる。
これくらいまでは屋敷の主人としての器量の範疇だろう。
さすがに土産の購入代金くらいは自分で出してもらうが。
「タルで蒸留酒を買おうと思うのよね」
「レインさんはお酒が好きですね……酒食が過ぎると健康を崩しますよ?」
「最悪、フィリアに治療を依頼するわ」
「澄んだ眼でなんてこと言うんですか」
魔法をかけてもらうとなると、基本的には金がかかる。
これは神より授かった奇跡の魔法を扱う信仰者が強欲だからではない。
神の奇跡をみだりに振る舞ってはならないという考えがあるらしい。
まぁ、無料で施せば
教会によって相場が決められているらしく、基本的にだれでも同じく金を取る。
仲間内であれば冒険のために必要なやむを得ない行為、ということでお目溢ししてもらえるらしいのだが。
フィリアはわりと四角四面なところがあるので、たぶん金を取るだろう。
まぁ、冒険のせいで体を壊したわけじゃないので、当然と言えば当然なのだが。
「腕利きのクレリックとの伝手があるって言うのはそう言う時に強いわよね」
「お酒の飲み過ぎで体を壊した時のためにクレリックがいるわけではないんですけどね……」
「
「あれは『病気治療』が効かないですからね。あれって厳密に言うと、病気じゃなくて体質の変化らしいですから」
たしかに体質の変化に『病気治療』は効かないだろう。
体質の変化も治してしまうとすれば、伸びた髪や爪も治してしまうことになる。
「このためにバカンスの最中だって言うのにワンド作りやらスクロール作りに勤んだのよ。来年まで保つようにタルで買わなきゃ!」
まさかそのために手仕事に精を出していたとは。
あなたはレインの酒好きに思わず笑いをこぼした。
「いずれは私も『四次元ポケット』を使えるようにならないとよね……」
すでにレインには『四次元ポケット』の魔法は教えている。
のだが、まだタルで物を入れられるほどには至っていない。
入れることさえできれば重量的制約、体積的な制約は存在しないのだが。
入れるにあたっては影響する。持ち上げて突っ込む必要もあるし。
あなたがレインからピルスナーのタルを預かっていたのはそのあたりが理由だ。
魔法の練度が高まっていけばそのあたりは帳消しにすることができる。
いまのレインはその練度を高めてタルを入れられるように頑張っている段階だ。
「消費する魔力量もなかなか多いから、そう簡単に練習ができないのが悩みどころよね。魔力の使い所がないバカンス中に重点的に練習はしたんだけど……」
「たしかに、結構消費の激しい魔法ですよね」
教えた相手はレインのみならず、フィリアもである。
まぁ、どんなものでも持ち歩けるようになるとわかれば、使いたくなる人間は多いだろう。
魔法のかばんの完全上位互換と言って差し支えない魔法であるし。
なんたって魔法なので破損の恐れがない。魔力の消費はあるけども。
まぁ、フィリアは真っ当に冒険の道具などを仕舞い込んでおり、レインと違っていつでもどこでも酒を飲めるようになるというややクズっぽい使い方はしていないが。
「……ご主人様、私が『四次元ポケット』を使えるようになるとしたら、あとどれくらいかかりますか……?」
唯一『四次元ポケット』を覚えていないし、仮に覚えても使えないサシャ。
サシャが無理やり使ったら、爆散して死ぬ。そのため教えていない。
あなたはすこし考えてから、魔力量そのものを拡張する必要があると答えた。
サシャの魔法的感性、魔法的才能は悪くはないが、べつに秀でているわけでもない。
そして、魔力量は常人と比して少な目の部類に入ると分かっている。
この魔力量は経験を積むことによって増強する。
そして、増強度合いは先天的な魔力キャパシティ、魔力容量に依存する。
サシャはおそらくこの魔力容量が少ない。そこまで絶望的な差でもないが。
劣っても精々1割とかその程度だ。まぁ、経験を積むほどに1割の差が何十倍もの魔力量の差になったりもするのだが……。
やはり先天的素養が薄いので、その分だけ経験をたくさん積む必要があるだろう。
もしくは、装備品によって補うとか。魔力容量は鍛えるのが非常に難しい。
そのため、装備品によって底上げを狙うのがベターな選択肢だろう。
「魔力量を増やす装備品……そんなのあるんですか?」
「聞いたことないわね。魔力を回復する装備品とかなら聞いたことあるけど」
「生命力を代わりに使う杖なら聞いたことありますけど」
この大陸にはないらしい。エルグランドでは比較的ポピュラーな装備品なのだが。
生命力や魔力、また運や筋力と言ったシンプルな身体能力増強。
そう言った増強効果がある種々の装備品はまったく珍しくない。
生命力増強効果のあるルビーの装飾品が定番の贈り物だったりとか。
一般の人間にも知れ渡っているくらいにはポピュラーだ。
「魔力増強効果のある装備品は……サファイアとか?」
あなたは首を振って、
淡月織とは、満月の夜に取った
要するにシルクなのだが、月光の魔力を帯びているため、下手な金属よりも頑丈になる上に魔力増強効果があるのだ。
「へぇー……なんだかロマンティックな素材ね」
ちなみにあなたが着ている衣服はその淡月織製である。
もはや素材効果など誤差に等しいあなただが、淡月織はシルクなのだ。
つまり、肌触りがいい上に、保湿性にも優れるため衣服としての快適度が非常に高いのである。
「これが。シルクっぽいとは思ってたけど本当にシルクだったのね」
「シルクみたいな何か特別な素材なのかと……」
まぁ、この大陸ではそう言った装備が手に入らないらしいので。
それなら、やっぱり経験を積むしかないのではないだろうか。
努力のごり押し以外に手立てがないなら、全力で才能の壁に頭突きをするしかない。
少なくとも1回は使えるようになれば、そこから道は開けるだろう。
レインの言う魔力を回復する装備品とかで補えばいいわけだし。
「まぁ、たしかにそうですね」
「魔力回復の装備品も高価なものだけどね……」
まぁ、その辺りは追々でもいいだろう。
どうせ、すぐに行き当たる壁と言うわけでもない。
少なくとも冒険者学園を卒業するまでの間になにかしらの回答を見つければいいのだ。
「そうですね……学園の図書室では魔法の装備についての本もあるみたいなので、そのあたりをあたってみます」
まずは、もう間もなく町に着く。
スルラの町のご近所さんに配るためのお土産の購入などに気を回してはどうだろう?
「それがいいわ。湖水地方ならではの飾り物とか買って行ってあげるといいわ」
「ううん……わかりました。学園に帰ってから、ですね」
「そうそう、それがいいわ」
何事も頑張り過ぎてしまうかわいいペット。
主がちゃんと休憩を取らせてやらなくてはいけない。
がんばり過ぎる配下は便利だが、使い過ぎれば壊れるのは自明の理。
そのあたりを上手くやってこそ一流の指揮者と言うものだった。
町で存分に土産を買った。使用人たちは手に持てる限り、あるいは背負える限り。
レインとフィリアは『ポケット』と『四次元ポケット』に入る限りだ。
サシャは『ポケット』に入る分しか買えなかったが、レインとフィリアとは身体能力の次元が違う。量はいちばん多いだろう。
なおハンターズのメンバーは酒のタルをバカみたいに買い込んでいた。
タルのままではポーチに入らないので、後々酒瓶に移してポーチに突っ込むんだとか。
また、ハンターズのポーチには保存効果の類もあるらしく、食料品も多々買い込んでいた。
「アトリの詐欺同然の交渉のおかげで酒にも食い物にも困らなくなったのは最高だな」
「ちゃんとした交渉の結果なのに、その埋め合わせと称してドレスを着せられたのは納得いってないんだが」
「黙れ、この
「拙者もくっ殺くノ一プレイとかやらされたでござる。拙者はどっちかって言うと武士でござるが……」
「私も囚われの姫将軍プレイとかやらされたぞ。姫将軍ってなんなんだ」
このバカンスを最高のものにしてくれた一因である。
モモの提案するプレイは最高に滾るものばかりだった。
次のバカンスでも、ぜひともプレイの案内などをして欲しい。
モモはきっと
「褒められてんのかな、これ」
「ふつうは暴言と言うか、殺し合いにまで発展しかねないレベルの侮辱表現だが、こいつの言うことだから褒めてるんだろう」
「エルグランドの人間分かんねぇなマジで……」
「彼女がエルグランドの人間の中でも特殊ケースに入る存在だと思いたいところだな……」
「だな……」
「まぁ、なにはともあれ、後は帰るだけだな」
「楽しかったバカンスも終わりか……」
「まぁ、私たちはどうせ王都の宿で飲んだくれてるだけなんだがな……」
「それを言うな」
「飲んだくれて娼館に行きまくるごろつきでござるからな……」
「はいやめ。この話やめ!」
ボルボレスアスの民としては、この大陸のモンスターは物足りないだろう。
あの大陸の飛竜はとかくに強靭で、大陸のあらゆるものが生命力に満ちていた。
その結果、暇を持て余して飲んだくれ、あなたが遊びに行く以外ではろくでもない暇つぶしに明け暮れているわけだ。
まぁ、いずれは
その時に備えて存分に英気を養い、武具を磨いていて欲しいものだ。
あなたの『引き上げ』の魔法によって王都へと引き上げ。
そこでハンターズとはお別れになり、全員で去って行った。
あなたは使用人らにめいめい荷解きをした後、屋敷の掃除をするように命じた。
あなたは購入した土産物をあちこちに配り歩いた。
王都の行きつけの娼館のほか、顔なじみの商人たちにだ。
もちろん、サシャを購入したスルラの町の奴隷商のところにも顔を出した。
そのあとはソーラスの町に出向き、まずはセリナに土産を渡した。
「ほう、湖水地方でバカンス。しゃれたことをしているな。ハンターズの連中とか。面白い連中だが、バカンスを共にしたら疲れそうだな」
そうでもなかった。極普通に楽しかったし、モモの提案するプレイは最高に楽しめた。
「ああ、そう……セクハラはされなかったか?」
あなたは首を傾げた。モモにもトモにもそんなことはされなかった。
あの2人はふつうにお互いのことが優先順位が高いタイプの人間だろう。
「あの2人ではなく。いや、モモは冗談半分でセクハラするタイプのクズだが、アトリやリンなんかもセクハラをしてくるだろう。しかもいけるならそのまま本番まで行く感じのを」
あなたはなおさらに首を傾げた。まったくそんなことはなかったように思う。
どちらかと言うと、ハンターズのメンバーは狩人らしくパーソナルスペースが広いタイプに思えた。
確実に即応できるような距離を常に保ち続けていたように思う。
「……なるほど。セクハラが冗談で済まない相手にはやらない分別くらいはあるのか」
なるほどとあなたは頷いた。リンやアトリにセクハラされてもあなたは喜ぶだけだ。
だが、モモやトモにセクハラされたら、もちろんだが相応の報復をするだろう。
しかしアトリやリンの行動からすると、冗談で済まない相手にやらないのではないように思う。
おそらくだが、冗談で済ましてくれなかった時に対応不能な相手にはやらないのだろう。
「それはそれでクズだな……いや、相手を見て強く出たり出なかったりとか、チンピラみたいだぞ……」
それに関しては擁護は出来そうになかった。
「あら~。湖水地方のお土産ですか~、ポピー柄がすてきな布地ですね~」
「うへへ、カンガルー革の財布! お金が溜まるってウワサのやつ!」
「これで私たちもラッキーガールになれる!?」
「湖水地方の蒸留酒……このあたりで買ったらひと瓶で金貨3枚はするぞ?」
カイラを筆頭に……いや、このチームは一応、リーゼがリーダーらしいが。
ともあれ、冒険者チーム、『
カイラの反応が怖くて、他のメンバー、リーゼを筆頭としたリゼラ、トキ、スアラ、チーと言ったメンバーはまだ食べれていない。
「湖水地方でバカンスかぁ……楽しそ~」
「いいな、湖水地方……私たちは第3層で強化合宿をしていたからな……」
「あら~、涼しかったからいいじゃないですか~」
「たしかに涼しかったけどな……」
ソーラス迷宮は第3層『大瀑布』は水で満たされた空間だ。さぞかし涼しかろう。
そもそも、迷宮内の気温は季節によらず一定だというので、過ごしやすいのだろう。
いずれ夏はバカンスではなく、ソーラス迷宮の第3層で彼女らを見習って強化合宿などしてみるのもいいかもしれない。
「だが、もう魚は見たくないくらい食べたぞ」
「おいしかったですね~」
「カイラは魚が好きだな……」
「大好きです~。あそこは海の魚も獲れますしね~。なんで獲れるかは知りませんけど~」
どうやら、迷宮の3層では魚が獲れるらしい。
しかも、エルグランドの釣り竿よろしく、海の魚も獲れるようだ。
セリナに紹介されたあの店の魚の出所は、迷宮なのかもしれない。
「来年はお金貯めてさ、湖水地方とかでバカンスしようよ!」
「べつに湖水地方じゃなくても、お金を溜めて保養施設で遊び暮らすのもいいな」
「私の故郷もいいぞ? 湖水地方に近いし、山の上だから尚更涼しいしな」
「うへへ……トキの里帰りついでのバカンスもいいね……」
「あらあら~、来年のことを言えばオーガが笑いますよ~。まずは今年1年を乗り越えることを考えないと~」
「は~い。カイラママの仰せのままに~」
「やれやれ、カイラお母さんは口うるさいなぁ」
「お母さんじゃないです~」
どうやら、カイラは『世界樹の王』ではお母さんポジションに納まったらしい。
まぁ、カイラの力量はメンバーと比較して圧倒的に上。
その上でカイラはサポート型の能力の持ち主だ。
そう言うポジションになるのも自然かもしれない。
さておき、屋敷では使用人を働かせているので、そろそろ戻らなくてはいけない。
使用人をあごで使うのは主の特権だが、働きぶりをちゃんと見ているフリくらいはしてやらないといけない。
そのため、あなたはカイラにおいとますることを伝えて席を立った。
「はい~、お土産ありがとうございました~。また今度、遊びに来てくださいね~」
あなたはうなずくと、『引き上げ』の魔法で屋敷へと戻った。
本当はマロンちゃんとベルにも土産を渡したかったのだが、見つからなかった。
常にあの広場で賭け試合をしているわけではないらしかった。
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