あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 翌朝(よくあさ)、あなたはサシャを宿に待機(たいき)させて奴隷商のところへと赴いていた。

 

「これはこれは。以前お買い上げなさった奴隷がなにか粗相(そそう)でもいたしましたでしょうか?」

 

 あなたは奴隷商の問いに首を振った。

 サシャにはとても満足している。

 返金(へんきん)など求めるつもりは一切ない。

 

「それはようございました。では、本日はどのような?」

 

 あなたはサシャの代金(だいきん)不手際(ふてぎわ)があったと伝える。

 その言葉に、かすかに奴隷商は警戒(けいかい)したような雰囲気(ふんいき)を見せる。

 金貨50枚のうちいくらかを返せ、とでも言われると思ったのだろう。

 

「不手際があった……とは、どのような?」

 

 あなたは金貨50枚では安すぎた。金貨500枚がふさわしいだろうと伝えた。

 そして、ここに不足分(ふそくぶん)の金貨450枚があるので、受け取るようにとも。

 

「なるほど……いやはや、私の目利(めき)きもまだ未熟(みじゅく)でございますな。このようなお手間(てま)をおかけしてもうしわけございません」

 

 奴隷商はとてもよく心得(こころえ)ていたので、あなたの用意した金貨をすなおに受け取った。

 

「お客様のお支払(しはら)いになられた金貨の枚数は、たしかに書面(しょめん)(したた)めましょう」

 

 あなたはたいへんよく心得た奴隷商がとても気に入った。

 そこで、あなたは両替した金貨ではなく、エルグランドの金貨を取り出した。ざっと、1万枚ほどだ。

 

「これは……マフルージャの金貨ではないようですが……お客様、こちらの金貨はいったい?」

 

 これは自分の故郷の金貨で、両替(りょうがえ)の手間ゆえに持っているものだと伝える。

 そして、取引(とりひき)にあたっていくらかのめんどうもあるだろうが、これを投資(とうし)すると。

 

「投資……とは、つまり、私どもの運転資金(うんてんしきん)(もち)いてもよい、と言うことでございますか?」

 

 そのとおりである。返金の必要もなければ、義務(ぎむ)もない。むろん、それを求めることもない。

 あなたはこの店が気に入ったので、この店がよりよくなるように資金を提供(ていきょう)する。それだけだ。

 ただ、そうした金銭(きんせん)相応(そうおう)見返(みかえ)り……よい奴隷を優先的(ゆうせんてき)に回すとか、そう言ったものがほしいだけだ。

 これを世間一般(せけんいっぱん)裏金(うらがね)とか賄賂(わいろ)とか言うが、これを禁じる法は存在しないので問題ない。

 

「なるほど……心得ております。女の、それも若く見目(みめ)うるわしい奴隷が手に入れば必ずやお伝えしましょう」

 

 あなたは満足して笑顔でうなずいた。

 帰りしな、すれ違った従業員(じゅうぎょういん)のすべてにひとつかみの金貨をわたした。心付けは大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 宿に戻るとサシャがぺこりと頭を下げてあなたを出迎(でむか)えた。

 そのたまらない出迎えにあなたはサシャを抱きしめると、その(くちびる)を奪った。

 

「んむっ!? んぷ、ぅ、ん……」

 

 サシャの唇を堪能(たんのう)したのち、あなたはサシャを解放(かいほう)した。

 このまま続けると理性(りせい)が飛んで、訓練(くんれん)が出来なくなってしまう。

 

「はふ……え、えと……いったいどちらに行ってらしたんですか?」

 

 すこし代金(だいきん)の支払いに出向いただけなので気にしなくていいとあなたはなんでもないように伝える。

 

「代金の支払い……ですか。前金(まえきん)はすでに払っていて、後金(あときん)を払いに行った……なにか大きなお買い物をされたんですか?」

 

 そのとおりである。まぁ、買ったのは尋ねている当人であるが。

 自分が庶民の経済力ではとても買い戻せないすさまじい高額奴隷になっていることを知らないサシャはお金持ちってすごーい、と言うようなぼんやりとした感心の気配を(ただよ)わせていた。

 

 そんなサシャに、あなたはこれから訓練をするので支度(したく)をするように告げた。

 

「は、はい! がんばります!」

 

 いつもの場所へ移動し、いつもの訓練である。

 熊といい勝負が出来るにまで至ったサシャの訓練は見ていて安心感(あんしんかん)がある。

 まぁ、油断して臓物とか目玉とかが飛び出してしまうとかはたまにあるが。

 

 残念ながらサシャは攻撃能力に(かたよ)っており、防御の技術は未熟だ。

 いまのサシャでは熊相手に防御をしようということ自体が無謀(むぼう)なので、しかたない部分もあるが。

 ケガを魔法で癒しながらくり返し戦わせ、ときおり取っている休憩の中で、サシャが疑問(ぎもん)(はっ)した。

 

「そう言えば……ご主人様がお強いとは知っているのですが、具体的(ぐたいてき)に戦った場面はまだ見たことがないような……」

 

 それはそうである。いまのいままで冒険らしい冒険などしていない。

 相手の頭を爆散(ばくさん)させるだけの簡単なお仕事ばかりだ。

 これはあなたが常軌(じょうき)(いっ)して強いためしかたのないことではある。

 

「やはり、ご主人様がキチンと戦うとなると、なにかこう……すごいんですよね!」

 

 フフン、とあなたは自慢(じまん)げに、かつ不敵(ふてき)にほほえんでみせた。

 そして、あなたはサシャの剣を借りると、(ふところ)から取り出した薬瓶(くすりびん)を砕き、その中身(なかみ)を浴びて一言(つぶや)いた。

 

 火炎属性付与(エンチャント・ファイア)*1と。

 

 その途端(とたん)(はげ)しく燃えあがるあなた。手にした剣にも炎が()う。

 その神々(こうごう)しくも圧巻(あっかん)な光景に、サシャが感嘆(かんたん)の息を漏らす。

 その炎が自然に燃え尽きるまで、あなたは炎をまとった剣舞(けんぶ)でサシャを楽しませた。

 

「すごかったです! ご主人様!」

 

 とサシャが褒めてくれたので、あなたは鼻高々(はなたかだか)である。

 油をかぶって火打石(ひうちいし)着火(ちゃっか)しただけなので、ここまで喜んでもらえるとうれしい限りだ。

 火炎に対する耐性(たいせい)を得ていると火がすぐに消えてしまうので、それらを切ってやった甲斐はある。

 常人なら(またた)く間に焼け死ぬが、あなたはがんばってがまんしたので問題なかった。

 

 この心底(しんそこ)しびれる一発芸(いっぱつげい)は、あなたが父に教えてもらったものだ。

 全身に可燃性(かねんせい)の油をかぶり、着火。熱はがんばる、がまんするの2つの方法で対処(たいしょ)する。

 その際にどんなことを行うかは、行うもの次第なところがこの芸の面白さだ。

 

 あなたはエルグランドに存在するエンチャントとは異なるエンチャント魔法を演出(えんしゅつ)する。

 たいへんくだらない上に実用性(じつようせい)皆無(かいむ)で、あなたの友人たちはこれに爆笑してくれた。

 やはり別大陸でもこの一発芸は通用するのだと思うと、あなたは心底安堵(あんど)した。

 まぁ、すごいと褒めてくれるというのは予想とちょっと違ったのだが……。

 純粋に尊敬(そんけい)の目を向けてくれるのが気持ちよかったのであなたは気にしなかった。

*1
心底しびれることができる

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