各々が荷物をまとめ、『銀色の牙』の所有する荷馬車へとそれらを積み込む。
荷馬車を引くのは馬ではなく、ラバ*1のようだ。
ラバは頑丈で粗食に耐え、病害虫に強く、足腰も強いし、脚力もある。
さらには蹄が強いので悪路にも耐え、賢いので学習能力も高い。
挙句の果てに馬より安いし、図太いので調教無しでも戦闘から逃げ出さない。
なにもかもいいこと尽くめの動物だ。
荷馬車を引くのではなく、乗るのであれば馬なのだが。
荷運びと言う点においては、冒険者の友とはロバやラバなのだ。
「サシャ、君の荷物は?」
積み込みの光景を眺めていると、リーダーのナルイーダに問われた。
まぁ、そうも言われるだろうとも思った。
「魔法で仕舞ってあるんです。ご心配なく」
「ほう、魔法で……便利だなぁ」
いいなー、と言った呑気な感心の様子を見せるナルイーダ。
「便利だけど、重さがなくなるわけではないので、ちょっと不便なことはありますね」
背負い袋にでも入れていれば、降ろせばそれで済むのだが。
『ポケット』のものを出すには真っ正直に出すしかないのだ。
休憩にあたって荷を下ろして体を休めようという時にはすこし不便だ。
袋に入れてから『ポケット』に詰め込めば一息に出すこともできるが、手間だ。
これが金髪の女たらしだと、まるで呼吸するかのように『ポケット』を使いこなす。
一瞬で出したいものを放り出し、逆に一瞬で全てを仕舞いこんでしまう。
まぁ、あの色狂いはそんなことしなくても入れっぱなしでなんとかなる肉体の持ち主だが。
技術ではなく年季の差だとのことだが、そこに至れるまでどれだけかかることやら……。
あるいは、幼少期からの慣れがものを言う類のもので、永遠に至れないのか。
「ふむ、重さがそのままね。乗合馬車の運賃、荷物分ケチれそうだな……」
「どうでしょうね。めいっぱい持ったら馬車動かなくなりますよ」
「そんなに」
「私にこの魔法を教えてくれた人は、うっかり船に乗ると沈みますしね」
「いくらなんでも持ち過ぎだろ」
「ですよねぇ……」
浮力に余裕のある大型の船であれば沈まないのだが。
甲板や船底が重量に耐え切れずに穴が開いてしまう。
そのため船は沈まなくとも女たらしは水底に沈む。
「そんなに重いと、大変じゃないか?」
「さすがに私は加減して持ってますから。たぶん、皆さんがしっかり鎧を付けたのと同じくらい……かな」
「その出で立ちでか……」
そうナルイーダが評すサシャの姿は、少々着込んでいる以外は街中用の服装にも見えた。
ごく普通のスカートにごく普通のブラウス。その上にボレロを羽織っている。
手は鹿革のしっかりとした手袋を身に着け、足は木綿のタイツで覆って露出はほとんどない。
洒落た格好でありつつも、冒険のための実用性は残す。
そんな可愛らしい気遣いに溢れた装いである。
あの金髪の女たらしと同じコーディネートでもある。
肌や髪との兼ね合いでカラーに差があるくらいだ。
ただ、あの金髪の女たらしと違って、サシャのはごく普通の衣服だ。
上等な素材と丁寧な仕立てがされた高品質品ではあるが、それだけ。
強力なエンチャントのされた品はサシャにはまだ早いとのことだ。
「実質、荷物が大半だよな? 防具は?」
「魔法を使う関係でちょっと……」
「ああ、なるほど」
サシャもしっかりとした防具をつけたいのはやまやまなのだが。
サシャの魔法技術はまだ低く、防具着用状態で問題なく魔法を使うには達していない。
十全に技術を身に着けたところで、防具着用状態での魔法には失敗の危険が付きまとう。
これも魔法剣士のサガ。可愛い服が自由に着れるからむしろメリットとか自分をがんばって騙している。
「まぁ、忘れ物したとか不備があるとかでないならいいんだ。さて、準備はいいか? みんな、出発するぞ」
「おうよ」
「ぼつぼつ行こうぜ」
1名が御者役としてラバに指示をくれてやり、荷馬車が動き出す。
あとの者たちは自分の脚で歩く。荷物を降ろせるだけ楽だった。
それからは特筆することもないような旅路である。
街道をひたすら歩いて、およそ4時間歩き通す。
その間にはなにも事件が起こらなかった。街道なのでそんなものだ。
なにも事件が起こらないように街道を整備しているのだから、そうなってくれないと困る。
「そろそろ昼飯だな。みんな、昼飯にしよう」
ナルイーダの号令で昼食の時間が来た。
ここに至るまで、ただ歩くだけの退屈な旅だった。
以前、行商護衛をした時もこんなものだったが。
「サシャ、君は弁当持参か? なければ売ってもいいぞ」
「はい、ちゃんと持って来てます」
言いながらサシャが『四次元ポケット』から取り出したのは、皿に盛られたスパゲッティ。
羊のミルクから作られた独特の香りのあるチーズに、豚バラ肉を丁寧に熟成させた塩漬け肉、そして卵を使ったスパゲッティだ。
出来立てアツアツトロトロ。チーズがとろんと流れる様が伺えるほどだ。
それもこれも『四次元ポケット』のおかげだ。
「お、おおお……? スパゲッティを直接……しかも出来立てみたいだ……魔法ってこんなこともできるのか……」
「すげー、サシャちゃんすげー」
「魔法すげー」
「すげー。めっちゃうまそうじゃん」
買い取り交渉でも来るかな、と思ったが、幸いにしてこなかった。
いまのサシャでは『四次元ポケット』は2連続で使うことすらできない。
消費がなかなか激しい魔法なので、多少の休憩時間が必要なのだ。
「俺らも飯にするか。おまえら、飯を忘れたアホはいるか?」
「いねぇさ」
「そんなのラッキスくらいだぞ」
「しつけーんだよおまえら! 半年も前の話だぞ!」
「安心しろよ、一生擦ってやる」
「イギィーッ! めんどくせぇこいつら!」
なにやら全身をかきむしるような仕草をして不満を表明するラッキス。
他の面子はさした気にした様子もなく、サンドイッチを取り出して頬張っている。
そこらで売っているパンに、チーズとサラミを挟んだだけのものだ。
冒険者となれば、遠距離の旅では保存食に頼る。
が、そうでなければ日常で見られるような弁当が食される。
サシャはなんだか日雇い労働者の列に交じって食事をしているような、そんな不思議な気分になった。
「よお、サシャ。おまえ、どこの出身だ?」
「私ですか? スルラの町ですよ。王都の東の方にある町です」
「ほーん。親父とかおふくろも冒険者なのか?」
「お父さんは大工で、お母さんはお針子ですね。私が冒険者になったのは……ちょっとなんとも言えない事情なんですよね……」
奴隷になったところ、ガキでもババアでもガリでもデブでも食える異常性愛者に買われた。
その異常性愛者は同時に冒険バカでもあったので、冒険者になるよう強要された。
当事者であるサシャでも意味がわからなかった。
「なんだよ、もったいぶるなよな。教えろよ」
「もったいぶるとかではなく……奴隷として売られたら、私を買ったご主人様が冒険者で、冒険者になるように命令されたんです」
「……なんで?」
「さ、さぁ……?」
「奴隷を冒険の補助として連れていくとかなら……まぁ、分かるぞ。どこまでもついて来てくれる荷物運びは役立つからな」
荷運びの人足は、それなりに栄えた町ならばいくらでも雇える。
が、命は金に換えられない。危険な場所にはついて来てくれないのだ。
だから拒否権のない奴隷を使う。単純な話である。
「でも、おまえの様子からして明らかにそんなんじゃねえだろ。格安奴隷を冒険者にしてる道楽者……って感じでもねぇしな」
「どちらかと言うと道楽者なんだと思いますけどね……」
むしろあれで道楽者じゃなかったらなんなのだという話だし。
「あの、最近サーン・ランドで公共事業を色々やってる……墓地の拡張とか、孤児院の設立とかしてる人……知ってます?」
「ああ、サーン・ランドの『
「……はい」
『紅い聖女』。ご存知、金髪の女たらしの異名であった。
あれが聖女とは世も末であるが、たしかにそう言われている。
トレードマークの赤い衣服からの連想か、いつしかそう呼ばれていた。
「あの人が私のご主人様なんです」
「ほー。『紅い聖女』ってそんなことしてんのか。金持ちで美人だから性格がキツイんだろとか言われてたが、どうなんだ?」
「そんなことないですよ。すごく優しい人です。私のお母さんを高給で雇ってくれたり、バカンスに連れて行ってくれたりもしたんですよ」
「可愛がられてんだなぁ。羨ましい。俺もあんな美少女の奴隷になりてぇぜ」
「アハ、アハハ……アハハハ……」
たぶん申し出たらふつうになれる。奴隷ではなく仲間かもしれないが。
ただ、その際に女の子にされることは確定事項なので、言わない方がいい。
サシャは犠牲者を出さないために口をつぐんだ……。
昼食後、しばし休憩をした後に再度出発となる。
さらに2時間ほど歩いて、辿り着いたのは荒れた森だった。
街道沿いにある森で、この地を治める貴族の狩猟地として民草の立ち入りは禁じられている場所だ。
「おうおう、こりゃいるな。間違いねぇ」
「ああ、間違いない。何匹いるかはわからんが、いるのは間違いない」
山積した落ち葉が蹴散らされた痕跡があちらこちらにある。
そうでなくとも、なにやら樹皮の抉れた樹木がいくつもある。
かなりの剛力で無理やり抉った跡だが、それになにか手を加えたという様子はない。
「身長が3メートルくらいのやつが、こう、歩きながら無造作に棍棒かなにかで殴ったら……ここらだな」
「オーガだな、まず間違いなく」
「丘巨人も似たような身長だが、無意味に木をぼがぼが殴るようなことしねぇからな」
「違いねぇ」
「しょうもねぇことばっかしやがってるな」
木の抉れはオーガの痕跡と言うことらしい。
学園で読んだ本には書いていなかった話だ。
冒険者が実践的に集めた知識には値千金の価値がある。
あとで書き留めておこうと、サシャは脳裏に刻んだ。
「よし、まずはオーガの生息地を探すところからだな。ラッキス、頼むぞ」
「おう」
「私もお手伝いします」
「おお、頼むぜ」
獣人ゆえの聴覚、嗅覚の鋭さを期待されてから声のかかったラッキス。
同じく獣人であるサシャも、その感覚の鋭さを活かして斥候役に立つ。
一瞬、自分とラッキスを1人ずつ配置して2手に別れるのも考えたが。
不意の遭遇からの遭遇戦が始まって再合流する術がない。
オーガの数次第ではかなり危険だ。手早いが愚策と言えるだろう。
ここは手堅くひと固まりで探索すべき場面だった。
もしこれがサシャの本来のチーム、EBTGであれば話は違ったのだが。
ちょっとした工夫こそ必要だが、4手に別れて探索可能だったろう。
一方で、『銀色の牙』はそれを問題なく実行できる戦闘力がない。
やってやれなくはないのだろうが、万一の危険が伴うのだろう。
サシャとラッキスを先頭にして、注意深く周囲を警戒しながら進む。
獣人の索敵能力は高い。単に生まれつき感覚が鋭いだけなのだが。
専門的に技能を積んだ者に比べれば劣るが、その技能の持ち主はいないのでしかたがない。
しばらく探索し、やがてひときわ目立つ足跡を見つけた。
オーガの体重はおよそ300キロほどが標準だ。
その体格に見合った大きな足を持つため接地圧は高くはないが、足跡は目立つ。
それを辿って行けば、やがてサシャらが辿り着いたのは丘の上に作られた粗末な家だった。
人間基準で見れば、それはかなり大きな家であるが。
オーガの基準で言えば、粗末なあばら家としか言えないだろう。
オーガは賢いとは言えないものの、救いがたいほどの低能でもない。
崩壊寸前のあばら家くらいならば辛うじて作ることは可能だ。
強靭な肉体を持つオーガにとって重要なのは雨を凌ぐ屋根だけだ。あばら家で十分と言うのもあるのだろう。
「そう大きくはない一家だな……いても5体程度だろうな。サシャ、君はどう思う?」
ナルイーダから突然話を振られ、内心でサシャは首を傾げる。
意見を仰ぐにしても、サシャではなく他のメンツに聞けばいいものを。
そう思ったが、これはサシャの卒業試験なのでサシャの思考を試さなくてはならないのだろう。
「そうですね……オーガの生態から考えて、おそらく男は狩猟に出ているものと思われます」
オーガは農業なんて高等知能を持たない連中だ。
食料を得るのに狩猟以外の選択肢はない。
すると、幼子や身重の女はあの家にいると考えられる。
それが何体かは分からないが、1体や2体はいるだろう。
「手早く数を減らすためにも、あの家を先に襲撃するべきだと思います」
「どう襲撃する?」
「焼き討ちはどうでしょう?」
「悪くないが、手立てはあるのか?」
「火種は私が『熱線』で。瞬く間に燃え上がらせるほどの火力はないので、油壷を同時に投げつけてくれる人がいると助かるのですが」
「残念、油壷の用意がない」
「用意してあります」
『ポケット』から素焼きの壺を取り出す。内部には可燃性の高い錬金油が満たされている。
手の平に乗る程度の大きさのもので、投げやすいように縄が括りつけてある。それが5個あった。
「準備がいいな」
「いろいろ頭を捻ってますので」
投擲技術を磨くにあたって、こうした小技にはずいぶんと思考を重ねた。
そうして考えた成果がいまここで役立っているのには達成感を感じられた。
「わかった、サシャの意見を採用しよう。投擲に自信のあるやつが投げる。そしてサシャが魔法で燃え上がらせる」
「飛び出して来るだろうオーガのうち1体は私が引き受けます。たしか、オーガは熊よりは弱かったはずですよね?」
「素手ならな。武器を持っていたらもう少し違うぞ」
「まぁ、大丈夫でしょう。1体は私が引き受けますので」
「わかった。状況次第ではあるが、残りは俺たちで対応しよう」
熊とオーガ、どちらが強いかと言えば、熊と言うことになる。
生物としての頑健さは似たり寄ったりではあるが、野生の本能由来の戦闘力は熊の方がやや上。
武器を扱える手と知能を活かせればオーガが上になることもあるだろうが。
どうにせよ、2年前の時点で熊を倒せていたサシャだ。
2年間でより強くなり、武器はあの頃より格段に上等な代物だ。
これで苦戦することがあったら、2年間の努力は無駄だったことになってしまう。
サシャは自身の成長を確かめるためにも、オーガとの戦闘を必要としていた。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後