とっぷりと日が暮れ、夜。
それぞれ防寒具を着込んだり、毛布を羽織ったりして眠る。
温暖な大陸でも、夜中にはやはり冷えることもある。
不寝番の実態としては火を絶やさない焚火係に近い。
火や月明かりが無ければ、人はとてもではないが戦えない。
そのため、光源としての焚火を絶やさないのは重要な仕事なのである。
もちろん襲撃に気付いて警告を発する役割もあるが。
やはり重要な部分としては、焚火係と言うのが正しいだろう。
その焚火から、ちょいちょいと赤く燃える熾火部分を分ける。
熾火に足つきの金属製ケトルを置き、お湯を沸かす。
本当ならお茶でも飲みたいところだが、不寝番後の就寝を考えると控えたい。
なのでやむなく沸かしただけのお湯を飲むことにする。
「あちっ……ふぅ、ふぅ……」
気候が温暖であっても、太陽の輝きのない夜は気温が低下する。
そんな時に野外でじっとしていれば、案外と寒いもの。
肌寒さを感じながら口にする暖かい飲み物はほっとする。
これが真夏ならば夜中で風が吹いていようがクソ暑いのだが……。
「不謹慎だけど、何か襲撃してこないかな……?」
などと言いつつ、『銀色の牙』の共有アイテムとして渡された袋を見るサシャ。
中には錬金術で造られた種々の便利な道具が詰め込まれている。
そのなかのひとつである、『光棒』とか言う安直な名前の道具を使ってみたいのだ。
これは小さな金粒の埋め込まれた鉄の棒なのだが、叩くと光りだす。
およそ6時間のあいだ、半径10メートルほどを明るく照らし、倍の距離をほのかに照らす。
松明や焚火などより格段に明るいらしいし、叩くと光るというのがなんかおもしろそうなのだ。
しかし、1つ銀貨2枚もする高価な消耗品なので迂闊には使えない。
銀貨2枚となると庶民の日当20日分である。
サシャの母、ブレウも日当は銅貨1枚だった。
銅貨とひとくちに言っても複数種類あるが、一般的な銅貨1枚である。
つまるところの標準貨幣。
銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。
そのように換金レートが制定され、一応は維持されている。
品位の確かな貨幣ならそのくらいのレートで交換できるのはたしかだ。
逆を言うと正貨でも品位の低い悪貨だともっと安いが……。
ともあれ、銀貨2枚と言うのは庶民の日当20日分に相当する。
それが6時間しか効果のない使い捨て。うかつには使えない。
だが、戦闘なら話はべつ。盛大に使っても問題ないだろう。
「襲撃してこないのがいちばんだけどね。あふ……」
あくびをひとつ。
不寝番が早く終わらないかなと思いながら夜空を見上げる。
サシャは最初に不寝番を担当しているので、空の月はまだ低い位置にある。
魔力回復のためには睡眠が重要な役割を果たす。
睡眠が長く取れるように順番を最初にしてもらったのだ。
魔力と言うのも一種の身体能力であるのに違いはない。
そのため、疲労が積み重なれば回復能力も衰えていく。
1日徹夜しただけでもガクッと魔力回復が衰えるのが分かるのだ。
特にサシャは最大値が少ないため、しっかりした休息が必須だ。
サシャの魔力量は、回復込みで1日に2階梯魔法を10回使えるかどうかと言ったところ。
『四次元ポケット』なら1日に3回か4回が精一杯だ。
回復能力が低下してしまった場合、2階梯魔法を5回使えるかどうか。
『四次元ポケット』は2回はなんとか使えるくらいだろう。
あまりにも手痛いリソースの損失だ。
この辺りはナルイーダにも説明して納得してもらっている。
「ふわぁぁ……」
またあくびをして、サシャは『ポケット』から本を取り出す。
周囲の警戒はほどほどでいいので、読書をしても許されるだろう。
ぼんやりしていて居眠りをしてしまっては大変だ。
それから交代となるまで、サシャは1人静かに読書に耽った……。
交代の時間が来て、就寝した。
毛布を地面に敷き、その上でマントを羽織って眠る。
ぐっすりと眠って、しばらく。
「襲撃ぃ――――!」
当番のナルイーダの怒鳴り声で目を覚ました。
立ち上がりながら、抱いて眠っていた剣を鞘から抜き放つ。
焚火は蹴散らされているが、輝きを放つ『光棒』が転がっている。
その光に照らし出されるのは、昼間にも戦った巨躯の持ち主、オーガだった。
探索して見つけた2体の子供よりも大柄。
だが、サシャが嬲って殺したオーガよりは小柄。
おそらく長兄なのだろうと思われた。
親と弟らが殺されていたのを見て、襲撃を踏み止まったのだろう。
そして、オーガの有利な時間、夜を待った。オーガには暗視能力がある。
焚火を蹴散らせば有利に戦えると踏んだのだろう。
まったく正しい戦術眼と言うほかない。
いくら暗闇への備えを用意していても、暗視にはかなわないのだ。
『まぶしい……! 妙なものを使う!』
巨人語で零しながら、オーガが光の範囲から離脱していく。
ナルイーダが地面から『光棒』を拾い上げ、それを追おうと動く。
「ま、待てナリー! 」
ラッキスが警告の声を発する。その言葉にナルイーダが手にした盾を構えようとする。
その前に、暗闇の中から恐ろしい速さで人の頭ほどもある岩の塊が飛んで来た。
「げぁっ」
岩がナルイーダに直撃し、数メートルほど転がった。
胴体への直撃だが、致命傷に近い威力だろう。
仲間が即座に駆け寄って、なんらかのポーションを飲ませている。
「防御を固めてください! 私が行きます!」
「っ……わかった! 頼んだ!」
ラッキスが勢いよく返事をし、サシャは頷いた。
獣人には暗視能力こそないが、夜目が利く。
月明かりさえあれば、周辺を昼間のごとく見渡すことができる。
ラッキスが投石に気付いたのもその能力のおかげだ。
条件はサシャも同じで、月明かりのお蔭で周辺を真昼のごとく見渡せる。
カッ飛んで来た岩の塊を剣で殴りつけて地面へと払い落とす。
襲撃のために、周辺に岩の塊を集めて何か所かに置いていたのだろう。
オーガの癖に案外と知恵が回るらしい。
さらにもう1つ岩を拾い上げ、投擲の構えに入るオーガ。
それに対し、サシャは腰元の革細工の固定具から岩塊を外す。
革帯を何本も垂れ下がらせ、スナップボタンで1つに固定できる固定具だ。
球状のもの、岩塊を保持しつつ、手早く取り出せるように注文して作った品だ。
慣れ親しんだ手触りの岩を掴み、それをいつものように投げ放った。
おおよそ8割の力で放たれた岩塊。
まるで投石器を使ったかのような速度だ。
それはオーガの手首をしたたかに打ち据えた。
『オオッ!』
痛みに思わずと言った調子で岩塊を取り落とすオーガ。
低品位ながらもアダマンタイトを含有した岩塊の重量は凄まじい。
同じ大きさの鉄塊を投げつけられたのとほぼ変わらない威力だ。
金髪の女たらしが愛用していた岩塊だ。
なんでこんなもん愛用していたのか不思議だったが。
使うほどに、割と唯一無二な特質があることが分かる。
ただの岩より格段に重く、鉄塊並みの重量。
鉄塊と違って錆びないので手入れが不要。
咄嗟に投げるのに特別な技術が要らない。
どんなふうに当てても一定の効果が出る。
とりあえず、で使うには非常に便利なのだった。
魔法がかかっているので投げても戻ってくるし。
『リターン』の魔法の効果によって戻って来た岩をキャッチするサシャ。
固定具に捻じ込んで固定し、遂にオーガへと肉薄する。
迎え撃つために振るわれた巨大なバトルアックスを受け止める。
「うううぅ……! あああぁぁぁ――――ッ!」
剣の頑健さ任せに、それを真っ向から捻じ伏せた。
サシャは渾身の力を振り絞って上方へと払いのける。
オーガの体格と体重を活かして掬い上げるようにされれば厄介だ。
こちらが上方へと掬い上げるようにすれば、相手は下面へ下げるしかなくなる。
バトルアックスとショートソードの間に火花が散る。
飛び散った金属片がサシャの頬に刺さるが、戦いの感覚に高揚したサシャには欠片の痛みも感じられなかった。
『はぁ……ブタ野郎の癖に、こんな立派なグレートアックスなんか使って生意気よ。殺すわ』
人間が使えば両手持ちのグレートアックスだが。
巨人のオーガが持てば片手武器のようにすら見えた。
『なるほど……親父を殺したのはおまえか』
ふくれた不細工な頭部に不似合いなほどに理知的な声だった。
人間に馬鹿と天才がいるように、オーガにも馬鹿と天才がいる。
このオーガは、かなり知性の高い個体なのだろう。
だからこそ夜半に襲撃するという選択肢を取れたわけなのだし。
『そうよ。あとはおまえを殺せば低脳の家系を完全に断てるわ』
魔法を使い出したりはしまいが、賢いとは厄介と言うことだ。
考えてみれば、先ほど即座に逃げの一手を打てたのも知性の輝きだろう。
と言うより、それそのものがこのオーガの作戦だったのかもしれない。
考えてみればオーガには『銀色の牙』とサシャの姿が見えていたのだ。
暗視能力には距離の限界があるが、サシャたちの周囲には焚火があった。
その光源を頼りにすれば、サシャたちの周辺はキッチリ見えていたはずだ。
その状態で遠方から投石を繰り返せば何人かは間違いなく削れる。
サシャらに暗視能力や夜目の能力が無かったならば、殲滅も出来たかもしれない。
にもかかわらず真っ先に突入してから離脱して投石をはじめた。
おそらく、ねらいは光源だったのだろう。
自分にとっての有利を得るのではなく。
相手にとっての不利を押し付けて来た。
視界を奪うことでイニシアチブを得た上で、逃亡を抑止した。
真っ暗な状態での戦闘は無謀だが、逃走もまた無謀だ。
ただの愚鈍なオーガでは、まず思いつかない正統派の作戦だ。
少なくとも知性と言う領域においては人間の平均か、それ以上だ。
必要となれば、恥も外聞もなく逃げ出すくらいはしてのけるだろう。
逃がせば報酬は減額だ。特段金に困ってはいないが、試験結果に響く。
確実にここで仕留めると、サシャは剣を握る手に力を込めた。
『おまえが自分でその役立たずのタマを切り取って、土下座して許しを乞うなら……優しく殺してあげるわよ?』
まずは小手調べの挑発。乗ってくればいいが。
しかし、オーガはその肉に埋もれた眼をやや細めただけだった。
サシャを惑わすかのように、グレートアックスをゆらゆらと揺らしている。
サシャは腰元のワンドホルスターに意識を向けた。
4本のワンドが刺さっており、いずれも金髪の女たらしにもらったものだ。
加速のワンド、魔力のワンド、蜘蛛の巣のワンド、生命
これらを上手く活用すれば、確実に仕留める自信がある。
だが、出来れば使いたくない。使ったら確実に足が出る。
冒険者の報酬と言うのは、基本的には安い。
オーガ討伐の相場は、ザックリ見積もって1体あたり金貨30枚ほど。
数が増えるほど危険なので、5体同時ならば金貨300枚ほどが相場だろうか。
もちろん依頼相手によって、もっと安かったり高かったりもするし。
依頼の内容次第では討伐報酬はゼロだったりすることもある。
額面だけ見れば高いが、これをチームで山分けする。
『銀色の牙』は5人チーム。今はサシャを入れて6人。
1人当たりの取り分は金貨50枚。安くはないが高くはない。
それを補填するのが戦利品である。
たとえばいまサシャの眼前で揺れているグレートアックスの相場が金貨2枚。
しかし魔法が付与されていれば相場は10倍にも100倍にも跳ね上がる。
オーガのような知性ある種族ならば、哀れな犠牲者から得た戦利品を身に着けていることも珍しくない。
が、このオーガ一家は移住して来たばかり。装備品も安物ばかり。
報酬が討伐報酬だけになるのはほぼ確実。つまり、この依頼は損な依頼なのだ。
これに対して魔法のアイテムなんぞ使ってしまっては赤字確定である。
昼に使ったポーションは金貨5枚が相場。
ワンドはエルグランドのワンドなので正確な値段は分からないが。
1階梯のワンドならば1回あたり金貨2枚、2階梯なら10枚、3階梯なら20枚、4階梯なら40枚だ。
使えば使うほど勝利が近づき、同時に金が懐から逃げていく。
レインが金にうるさいのも分かるくらいに魔法とは金がかかる。
先ほども言ったように、金には困っていないのだ。
だが、報酬額以上に資金を使っていたら、どこかで破綻する。
サシャの想定では、冒険中に消費した道具の額も試験の査定に含まれる。
だからワンドは出来る限り使わずに済ませなくてはいけない。
『……でも、必要だからね! これくらいなら!』
腰元のホルスターから素早く蜘蛛の巣のワンドを引き抜く。
意識を集中させ、振るえば、サシャの周囲に虚空から現れた蜘蛛の巣が広がった。
それはオーガの足元にも展開され、その足をからめとって移動を困難とさせる。
『なに!? この妖術は開けた場所では使えぬはず!』
魔法の効能について詳しいらしいオーガが狼狽する。
元いた場所では、おそらくオーガメイジが頭目を張っていたのだろう。
オーガメイジは厳密にはオーガではないが、オーガの集団を牛耳っていることはよくある。
この大陸の魔法である『蜘蛛の巣』は本来なら2つ以上の相対する地点に固定する必要がある。
つまり柱と柱の間に固定したり、床と壁の間に固定したり。
地面と地面と言った並行する地点に固定することはできない。
だが、エルグランドの『蜘蛛の巣』は、床面にばら撒くものだった。
しかも数も十数倍以上と、ほぼ上位互換の魔法なのだった。
エルグランドの魔法が術者の未来を省みないだけのことはある性能だろう。
『エルグランドの魔法ではこういう無法がまかり通るのよブタ!』
言うと同時、サシャの手から放たれるアダマンタイト鉱石。
オーガが咄嗟にグレートアックスでそれを防ぎ、轟音が響き渡る。
『ぬぅ! ちょこざいな!』
粘り気のある糸を引き千切って移動しようとするオーガだが、移動困難な蜘蛛の巣に手間取っている。
燃やせば容易く焼け落ちるのだが、その手の道具は持っていないらしい。
仮にあったところで、サシャがそれの使用を許すわけもないのだが。
『アハハ! 無様無様! 死ね! 死ね!』
投げても即座に戻ってくるアダマンタイト鉱石。
何度も何度も投げつけるうち、オーガが遂に蜘蛛の巣から離脱した。
そして、立ち向かうのではなく、逃げ出した。
『やっていられるか! おれは逃げる! うわっ!』
が、背後にあった蜘蛛の巣に気付かず、それにからめとられた。
『ば、ばかな……この妖術は、こんなに広くも、多くもないはず……』
『残念だったわねぇ。うちの
『み、見逃してくれ、強い女よ……おれの持ち物すべてを差し出す! 質のいい宝石を持っている! あっ、持っているというのは隠れ家に置いているという意味だ! おれの懐にはないぞ! だから、殺すな!』
驚くほどに賢いなとサシャは嗤う。
価値のある提案、そして自分の命を保証しない限り得られない報酬。
これは命乞いを聞く価値があると思わせる内容だ。
『もっと上手に、もっと哀れにさえずってごらんなさい? 私を気持ちよくさせてくれたら考えてあげるわ』
『たのむ! おれはこんなところで終わる男ではないのだ! いずれは王になるほどの男なのだ! 殺さずにいてくれればかならずや報いる!』
『不遜よ、ブタ。もっと哀れに泣きながら慈悲を乞うていればいいものを。来世でやりなおしなさい!』
そう喝破し、サシャが剣を振り下ろした。
最期の言葉を残す間もなく、オーガの頭が断ち割られた。
灰色の脳髄がどろりと零れ出す。即死だろう。
「はぁ……つまらない命乞い。ご主人様って、許しを乞うのも上手いのねぇ……」
そんなことをぼやきながら、サシャはオーガの持ち物を引っぺがした。
すべて戦利品として報酬に充てるのだ。
おそらくこれで依頼は終わり。
よっぽどの宝物が出てこない限り、報酬は最低限に終わるだろう。
試験の査定がどうなるか、いまから不安でしかたない。
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