あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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5-017 レイン4

 レインの酒癖は悪いし、飲み方も酷い。

 だが、いくらなんでも仕事の最中に乱れ狂うまで呑まない。

 そもそもレインはそんなに酒に弱いわけではない。

 アルコールの強くないピルスナーならば早々泥酔まではしない。

 

 普段あんなにベロベロに酔っぱらうのは日常の中でのことだからだ。

 普通なら男に襲われるかも、とかも不安に思うのだが。

 あの金髪の女たらしが傍にいれば確実に守ってもらえるので安心して飲める。

 ……なにより、あの女たらしになら襲われちゃってもいいし。

 

「それにしても、ヒマねぇ……」

 

 ナーフィー提供の香辛料が効いた干し肉をしゃぶりながら、レインがそんなことを零した。

 入り江をぼんやりと監視して、なにかが起きたら駆けつける。

 そんな仕事だからあまりにもヒマで、飲まなきゃやってられない。

 

「まぁ、そんなものだ」

 

 岩塩を舐めながらトノイドが苦笑気味に答える。

 年季の深い彼はこの手の仕事の経験は多いのだろう。

 冒険者と言えば華々しい戦闘ばかりが着目されるが。

 こうした地味な仕事も多い。戦うばかりが冒険者の仕事ではない。

 

「おうい、おかわり……飲みながらのんびりとやれる分には楽でいいと俺は思うぜ。物足りない気はするがな」

 

 『見えざる下僕』におかわりを指示しながらミフルダが応える。

 不可視の従者はピッチャーを用いてタルからピルスナーを酌む。

 そして、それをミフルダのジョッキへと注ぐ。

 ひとりでにピッチャーが浮かび上がって酒を提供しているように見えるので見た目は面白い。

 

「まぁ、狩る獲物によっちゃこんな具合でやることもあるからね。あたしには慣れ親しんだ感じで気楽さ」

 

 猟師でもあるナーフィーはいちばんリラックスした調子である。

 大物を狩るためには、狩場で長時間に渡って張る必要があることもある。

 そうした経験からか、力の抜き方、入れ方も弁えているようだった。

 

「実際、この手の仕事でサフアギンが出ることってどれくらいあるの?」

 

 おそらく経験があるだろうトノイドにそう尋ねかけると、彼は顎を撫でさすりながら何かを思い出すよう天井を眺めながら答える。

 

「そうだな……10回あれば、3回か4回と言ったところか……連中は海の中の方が関心が強いからな」

 

 サフアギンは人類に対し敵対的だが、同時に海中の生物にも敵対的だ。

 たとえばマーフォークやセイレーンと言った存在とは明白に敵対している。

 マーフォークやセイレーンは人類に対しては中立的、あるいは限定的に敵対的な種族だ。

 海中生物すべてと戦っているも同然のサフアギンは、人類に対しての関心はそこまででもないのかもしれない。

 

 考えてみれば、サーン・ランドの人間の海賊へのヘイトは強烈なまでに高い。

 だが、レインはサフアギン殺すべしと常に唱えるような人間は見たことがなかった。

 海賊なら常に殺すべしと唱えている人間はいるのだ。それはそれでどうかとも思うが。

 つまり、サーン・ランドにとって最大の脅威は海賊なのだ。

 翻って、サフアギンは重視するほどの脅威ではないということになる。

 

 サーン・ランドの持てる最大の富とは貿易港であることだ。

 その海を渡る富を収奪しようとする海賊と、ただ人を殺そうとするだけのサフアギン。

 サーン・ランドであれば前者の方が被害が大きいのだろう。

 

「そもそも、ここは連中の協力者がいれば使う場所だからな。いなければ連中は漁村なんかを直接攻める」

 

「じゃあ、これくらいヒマなのが普通なのかしら?」

 

「ああ。だから報酬も高くはないな。だが、そうした問題が起きていることがわかれば、駆け出し冒険者じゃ対処はできない……だから私のようなベテランに回ってくる仕事なわけさ」

 

「なるほどね、信頼されているのね、あなた」

 

「どうかな。私のような老いぼれでもできる仕事を恵んでもらっているだけかもしれんぞ?」

 

 そんな自虐的なジョークを漏らすトノイド。

 

「なに、サフアギンとの戦いでは頼りにしているぞ、トノイド。俺はああいう半魚人との戦いは得意じゃないからな」

 

「あたしらのリーダーなんだからしゃきっとしておくれな」

 

「はは、わかったわかった。なに、生臭い連中が出てきたらしっかり仕事をするさ」

 

「ちなみに、サフアギンとの戦いで考慮しておくべきことってなにかあるかしら? ときたま大型の個体がいたり、腕がもう1対あるとか……そう言うのは聞いたことがあるんだけど」

 

 少なくとも学園で見れる資料では、そのような注意事項しか書かれてはいなかった。

 だが、トノイドのような熟練の戦士ならば何か知っているかもしれない。

 トノイドはサフアギンとの戦いを幾度となく乗り越えた歴戦の戦士だ。

 そんな彼だからこそ知る何かがあるかもしれない。

 

「そうさな……これは私の実体験からくるものなので鵜呑みにしないで欲しいんだが」

 

 そのように前置きをしつつも、トノイドはサフアギンの持つ特殊能力について話しはじめた。

 

「やつらとの戦いは水辺であることが多いんだが、あの汚らしい半魚人どもに殺されるほかに、サメに襲われることが多い」

 

 サメ。海中におけるハンターであり殺戮(さつりく)者たるもの。

 無慈悲で貪欲な捕食者であるサメは、サーン・ランドにおいて最も恐れられている魚類だろう。

 

「サメは血の匂いに敏感だ。だから水辺で流れた血に反応して襲ってくる……そう言われるんだが、私はそうは考えていない」

 

「と言うと?」

 

「人間は襲われるのだが、サフアギンのクズどもは襲われない。これはサフアギンの血はサメにとって美味そうに思えないからだと言われるが……なら、人間の返り血を浴びたサフアギンなら襲われるということだろう?」

 

「まぁ、サメにサフアギンと人間の区別がつくかと言えば、つかなさそうだものね」

 

「そうだ。私はサフアギンはサメと会話する能力があるんじゃないかと……そう考えている。サメに命令して人間を襲わせてるんじゃないか、そう言う推測だ」

 

「水中では危険ね……」

 

 サメは水中に完全に適応した種族だ。

 水中においてサメから逃げることは叶わない。

 それほど強靭な生物と言うわけでもないが、サフアギンと同等クラスの脅威だ。

 サフアギンが命ずれば瞬く間に襲い来るというのであれば油断はできない。

 

「まぁ、意思疎通自体はそれほど正確ではないようだし、距離も大したことはないだろう。ただ、水辺から突如として襲い来るサメがいるかもしれない。それは頭の隅に入れておいてくれ」

 

「ええ。サメが乗り上げて来れるくらいの距離からは離れた方が得策そうね」

 

 数多の経験を経た熟練冒険者の持つ知識には万金の価値がある。

 あの金髪の女たらしが常々言うことだが、レインもそれには同意のし通しだ。

 学園の書庫で得られる知識では得られない知見が得られる。

 

 酒に浸かった脳みそが、この知識を編纂したら金になりそうだとかささやく。

 サシャは各地の伝承や逸話を書き留め、いずれ編纂(へんさん)して本にすると張り切っていたが。

 

 自分なら実用的なモンスター図鑑を作って、それを冒険者に売り捌く。

 冒険者は金を持っているし、モンスター図鑑の知識で生き延びる目も出る。

 そして、レインは金持ちになれる。どちらにとっても得のあることだ。

 

「ちなみに、サフアギン以外でそう言う感じの……本に乗ってない知識とかってあったりするの?」

 

「ふふ、どうかな。タダでは話せんな」

 

 などと含み笑いをするトノイド。

 

「酒は口をなめらかにしてくれるが、酒ばかりではな」

 

 ツマミがあったらそれをくれ。そんな要求だった。

 レインは『ポケット』から小さな袋を取り出した。

 その中身を、適当な皿の上にあける。

 

 ざらざらと溢れ出したのは白い豆。

 エンドウ豆を塩水に漬けた後に炒ったものだ。

 表面の白いものは、焼いた貝殻の粉で、サクサクした食感を生んでくれる。

 

「おお、塩豆じゃないか」

 

 サーン・ランドでは子供から老人まで慣れ親しんでいる菓子だ。

 酒のつまみにも最高であり、レインはこれを常備している。

 

「わかった、話そう。そうだな、セイレーンの話はどうだ? 連中は呪歌の話ばかりが注目されるが、実のところその俊敏な動きからなる鉤爪での戦闘も脅威で……」

 

 トノイドはツマミと酒を手に入れ、なめらかになった口が動き出す。

 この程度の出費で知識が得られるなら安いもの。

 レインは静かにトノイドの話に聞き入った。

 

 

 

 

 日が落ち、夜が深くなって来ると、全員がそれとなく警戒をはじめた。

 ピルスナーのタルに蓋をし、酒の量は控えてしずかに海を眺める。

 真っ暗い海辺になにかしらの光がないかを見張っているのだ。

 

 サフアギンは高度な暗視能力を持つ。

 そのため明かりは使わないだろうが、人間はそうもいかない。

 人間には暗視能力がないし、夜目を鍛えてもそうまで高度に見えるわけではない。

 なのでどうしても明かりが必要なのだ。

 

 そしてレインたちも光によってバレないために、明かりは一切つけていない。

 真っ暗な中での監視は退屈でしかたがなかった。

 

 ちなみにサフアギンは光に弱いが、皆無な環境で暮らしているわけではない。

 あくまで強い光に弱いだけであり、弱い光などは必要としている。

 水中生物なので、水中に適応した結果なのだろう。

 水が光を遮るので、浅い海でも光は弱いのだ。

 

「ところでなんだけど、人間がサフアギンと取引してなにか得られるものってあるの?」

 

「詳しいことは私も知らないが、海中で得られる宝を取引に使うらしいとは聞いている。沈没船の宝を引き上げたりな」

 

「ああ、なるほど。沈没船のお宝を引き上げられたら大金持ちになれるものね」

 

「そうでなければ真珠やサンゴなんかを取引に使うらしい。サーン・ランドの真珠の取引が厳しいのはそう言う理由でもある」

 

「密猟者の取り締まりのためだと思ってたわ」

 

「それもあるとは思うが、やはりサフアギンと取引してる連中を探すためだろうな。サフアギンはいまのところそこまでの脅威ではないが、連中が陸へ本格的に侵攻するとなれば、サーン・ランドは地獄の渦になる……その対策に力を入れるのは私も正しいと思っている」

 

 30年前の大海嘯。津波によってサーン・ランドが飲み込まれた事件だ。

 その際に同時に押し寄せたサフアギンとの戦いは想像を絶するものとなったという。

 それを兵士の立場で乗り越えたトノイドは、サフアギンに対する警戒心を常に抱いているのだろう。

 

「やつらは単体ではそう強力な種族ではないが、それは私たち人間にも同じことが言える。私たち人間も1人1人はそう強大ではない……」

 

 それはたしかなことだろう。サフアギンはそう強力な種族ではない。

 だが、海中において絶大な繁栄を誇っている種族であることは間違いない。

 それは奇しくも陸において絶大な繁栄を謳歌する人間に類似していると言えるだろう。

 どちらもが群の力によって他を圧倒して来た種族なのだから。

 

「油断をするな。そして常に備えろ。”その時“が私たちに準備の時間を与えてくれるとは限らない。私がこの仕事を請け負う理由も、”その時“に備えるためだ」

 

 そう締めくくると、トノイドは窓の外を飽きもせずに眺め出した。

 熟練の冒険者と言うのは、誰もが同じことを言うのだなとレインは変な感心をしていた。

 あの金髪の女たらしも、準備はし過ぎるということはないという具合のことを常々言う。

 考えてみれば、あの女たらしの年季は下手をすればこの老戦士よりも長いのだった……。

 

 

 

 

 入り江に光るものは何もなく、ただ時だけが過ぎていく。

 まんじりともせずに過ごし、やがて朝日が昇り出す。

 

「う゛ぅ~む……この歳になると徹夜はなかなかキツいな……」

 

 ぐいぐいと腰を伸ばしながらトノイドがそんなことをぼやく。

 他の面々も似たような調子で、ストレッチをしたり大あくびをしたりしている。

 

「まったく、退屈でしょうがない。俺は何度か意識が吹っ飛んじまいそうになったぞ」

 

「まぁ、何事も無くてよかったって言うべきなんだろうさ。サフアギンが出なくて、取引してる人間がいない方がいいんだ」

 

「たしかにその通りではあるんだがな……」

 

 レインもあくびをしながら、『ポケット』から酒瓶を取り出す。

 

「あとは夜になるまで寝るだけよね?」

 

「ああ。レイン嬢のお蔭で、不寝番も要らんだろうしな」

 

「じゃあ、これも私の奢りよ。湖水地方の蒸留酒よ。欲しい人は?」

 

「ぜひもらおう。私はタダ酒には眼が無くてな」

 

 ジャガイモから造られた酒で、多種のハーブや香辛料が付け込まれている。

 なかなか癖のある風味だが、口当たりはまろやかで飲みやすい。

 あの金髪の女たらしも好んで飲んでいた。

 カップに全員分注いで、それぞれに配った。こうすれば自分も遠慮なく飲める。

 

「ほう、これはキツイな! ああっ、腹が燃える!」

 

「むほほ……これはいい。たまらん風味だ。かぁーっ……」

 

「ううーん、なかなかこれは……癖があるねぇ。ふぅん。でもまぁ、口当たりは悪くないね……」

 

「僕はあまり酒は得意じゃないんだよな……ミフルダ、よければ僕の分を飲んでもいいよ」

 

「ラークァン! 話せるじゃないか!」

 

「このくらいのことで大喜びしないでくれよ」

 

 そんな騒がしいひと時を過ごした後、めいめいベッドに潜り込んで眠った。

 海辺が近いゆえに、潮騒(しおさい)を子守歌にしての眠りだった。

 夢も見ないほどにレインは深く寝入った……。

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