あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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5-018 レイン5

 退屈なことに、何も起こらないままに時ばかりが過ぎて行く。

 最初はサフアギンが出てこないかと緊張のし通しだったが、気がゆるんで来る。

 そうなると気になるのは、浜辺でずっと過ごしているゆえの環境の差。

 潮風が目に沁みるし、肌も髪もギシギシと軋んでうんざりしてくる。

 真水は『四次元ポケット』にたんまりと保管してあるので困らないが、水浴びをするのにも一苦労だ。

 まったく、飲まなくてはやってられない。

 

「飲む理由を見つけることにかけちゃ天才だな、みんな……」

 

 ラークァンに呆れられるくらいに、レインたちは飲んだ。

 朝にしこたま飲んで寝入って、起きたら日暮れまで酒盛りをした。

 もうどうしようもないほどにクズっぷり全開でレインたちは過ごしていた。

 2日酔いの回復のために浜辺の監視をしてるんじゃないかと言うくらいに呑んだ。

 

 ちゃんと監視をして、何かあれば飛び出すつもりでいる最低限のラインは守っていたが。

 それでも擁護のしようがないくらいにはクズだった。

 

 

 そうして1日が過ぎ、2日が過ぎ、3日目がやって来た。

 このままだと浜辺で酒盛りしに来ただけで終わってしまう。

 いや、そうなったらそうなったで、酒を飲んでいただけで金がもらえて最高なのでは?

 レインの中でそんな考えがよぎったが、気付かなかったことにした。

 

「サフアギンの拠点とか砦があって、それを破壊したらボーナスがもらえるのよね?」

 

「あるとしても水中だぞ」

 

「はい解散」

 

 報酬増額のために……なんて思ったが、水中戦は厳しい。

 水中で詠唱は出来ないので音声要素の必要な魔法は使えない。

 そんな状況に自ら飛び込むのは少々リスクが高過ぎる。

 『水中呼吸』の魔法を使えば一応問題は解決するが。

 サフアギンにだって魔法が使えるやつはいるので解呪されたらまずい。

 

「このままだと私、浜辺にお酒飲みに来ただけで終わっちゃうんだけど」

 

「安心しろ、俺たちもそうだ」

 

 などと言いながら麦酒をグビグビと飲むミフルダ。

 レインほど大量に酒を持ってきたバカはいないが、みな大なり小なり酒を持ち込んでいた。

 

「こうまで退屈だと、悪いことをしている気分になってくるな。トノイド、次は山砦の防衛をやろうじゃないか」

 

「オーク相手のか? 私たちでは荷運びを任せてもらえるかどうかと言ったところだぞ」

 

「ここで海を相手に管を巻いとるよりはマシだろうよ。我らドワーフの栄光の一翼を担うと思えば、荷運びもちっとはマシな仕事に思えるかもしれんしな」

 

「まぁ、そうかもしれんな。機会があればそうするとしよう」

 

「そうしてくれ」

 

 ドワーフは山深い場所に城塞のごとき都市を作るか、地下深くに都市を作る。

 そこで多種の危険な外敵と戦いながらも繁栄を謳歌するのがドワーフの常である。

 なぜそうするのかはだれにも分かりかねたが、それを乗り越えんとする決意はかならずドワーフに宿っている。

 

「そう言えば、サーン・ランドの近くにはドワーフの都市があるのよね」

 

「うむ。山の上にヒャンの都市がある。俺はそこの出身だ」

 

「あそこには毎年信仰系の使い手の試験生が送られると聞くから、フィリア……私のチームメイトも行くことになりそうだわ」

 

「腕利きか?」

 

「6階梯まで使えるわよ」

 

「凄腕だな。おまえの仲間に乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 脈絡なく行われる乾杯にも慣れたもので、レインは適当に乾杯を返した。

 勢いよく飲み干したジョッキを机に置き、天井を見上げる。

 楽でいいのだが、こうまで楽だと悪いことをしている気分だ。

 

 ドワーフの禁欲的な性格に感化されたのだろうか。

 まぁ、ミフルダはドワーフにしてはかなり享楽的な気質だが……。

 

「そう言えば……彼女はどこに試験にいくのかしら……?」

 

 ぼんやりと天井を見上げながら、レインの思考はそんなところへ行きついた。

 金髪の女たらしが試験で苦戦することはありえないだろう。

 しかし、試験でやらかす可能性は尋常ではなく高い。

 

 例えばヒャンの都市に派遣されたとしたら。

 オークの居住地が『ナイン』とやらで消し飛ばされる可能性は極めて高い。

 話を聞くに、キロメートル単位の範囲を吹き飛ばすというから町1つくらいは楽勝だ。

 たとえばサーン・ランドで使えば、どでかい入り江になることだろう。

 

「やだわ……考えたくない……」

 

 そんなものがふつうに使われていたというエルグランド。

 いったいどんな人外魔境なのか、知りたくもなかった。

 

 

 

 3日目が終わろうとしている。日没がやって来た。

 あとは明日の朝、引き上げるだけで仕事は終わりだ。

 楽だったからいいのだが、それはそれで試験の評価がどうなるのかと不安にはなる。

 最後の監視となる3日目の夜、レインはぼんやりとため息を吐いて海面を眺めていた。

 

「どうした。美人がため息を吐くと絵にはなるが、気が滅入ってしまうぞ」

 

「あらお上手。いえね、この調子じゃ私の試験はどうなることやらと思ってね」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 トノイドはひとくさり笑うと、少しばかり声を潜めて語り出した。

 

「この手の仕事で重要なのは忍耐だ。血気盛んに飛び出していかなかっただけレイン嬢の評価は高い。酒を飲んでだらけていたのも悪くない」

 

「そうなの!?」

 

「張り切り冒険野郎は気を張り過ぎる。人間と言うのは四六時中気を張ってはいられん。時として怠け、時として遊ぶ。それができるやつの方が長生きできるぞ」

 

「なるほど……」

 

 まさかそんなに悪くない評価をもらっているとは思わず、レインは驚く。

 やっていたことと言ったら、酒を飲んでいただけ。

 それで評価が高いと思う方がおかしいだろう。

 

「なに、そう気を張るな。卒業試験の段階まで辿り着けたのなら、そのまま卒業できる公算の方が……」

 

 そこまでトノイドが言ったとき、ずがんっと鈍い音が響いた。

 ぼんやりとしていた面々が一斉に飛びあがると、武器を構えた。

 

「敵襲か!?」

 

「投石って感じだな! 嬢ちゃん! 頼む!」

 

「ええ! 『太陽光』!」

 

 この時のために準備をしていた明かりの魔法をレインが使用する。

 2階梯の『持続光』よりも上の、3階梯魔法『太陽光』。

 『持続光』と異なり効果時間は短いものの、光の強さはこちらが上。

 そしてなにより、この魔法によって生まれる光には名前通りに太陽光の特性がある。

 およそ半径20メートル。この領域内においては、太陽光への過敏性を持つ者はその弱点を突かれる。

 

 レインの持っていた投げ槍、その石突に宿ったまばゆいばかりの光。

 それはまさに太陽の輝きであり、屋内に光が溢れる。

 暖かな光を放つ槍を、レインがトノイドへと受け渡す。

 もともとこれはトノイドの槍なのだ。

 

「助かる」

 

 戦いにおいて先頭に立つのはトノイドとミフルダだ。

 そしてミフルダはドワーフの例にもれず、矮躯である。

 そのため長身のトノイドが明かりを受け持つこととなっていた。

 

「ボーナスの時間だな!」

 

 このチームにサフアギンに苦戦する者はいない。

 だからこそ、この仕事があてがわれているのだ。

 そして、第5階梯までも使える魔法使い、レインが臨時でいる。

 油断や慢心をしない限り、まず負けることはない。

 

 そう、サフアギンは財布が向こうから歩いてきたようなもの。

 

 わざわざ襲撃しに来てくれるなんて、ありがたいことこの上ない。

 各々が臨時収入を得るため、張り切って外へと飛び出した。

 

 飛び出したトノイドが高々と槍を掲げる。

 森の木々の青々とした葉の枚数まで判別できるほどの明るさだ。

 およそ半径20メートルが煌々と、さらに20メートル先が薄暗く照らし出される。

 そして、およそ30メートルほど先に、そいつらはいた。

 

 半人半魚とは言うが、見た目は疑いようもなく魚に近い。

 巨大な魚に手足を生やしたような、気色の悪い生物だ。

 肉厚な大きい背びれや、黒く丸い瞳、鋭い牙と、サメのそれに類似して見えた。

 

「そうら!」

 

 トノイドが振りかぶって槍を投げ放つ。

 それは空を疾駆しサフアギンに……突き刺さらない。

 突き刺さったのは地面だった。それも、サフアギンのすぐ目の前。

 

「オオッ……! ■■■■■■■■! ■■■■■!」

 

「ギャッ! ■■■■■■! オオオオッ……!」

 

 水の世界における共用語、水中語でなにがしかを語っている。

 が、水中語を理解できるものは誰もいない。

 だが、内容についてはなんとなく伺い知れる。

 光を避けようと手で覆いを作り、呻く姿は眩しい! と叫んでいるほかにないように思えた。

 

 明るい光に対する脆弱性はたしかなものだ。

 サフアギンのいずれもが光に目が眩み、盲目状態となっている。

 

「はっはぁ! 俺の酒代!」

 

「あたしの酒代さ!」

 

「いいや、僕の飯代だね! 『熱線』!」

 

 ミフルダが手にした投げ斧を、ナーフィーが矢を、そしてラークァンが『熱線』を。

 各々が持てる最大の威力の攻撃を遠慮なく叩きつけんとする。

 レインもまた同様に、威力を最大限に強化した『熱線』を放った。

 

 ミフルダの放った投げ斧がサフアギンの頭を叩き割る。

 ナーフィーの矢がサフアギンの胸を穿ち、それを飛び越えた計4本の灼熱の光線がサフアギンを瞬く間に焼き払う。

 

 まさに瞬殺。一瞬にして起きた殺戮だ。

 冒険者との戦いとはこのようなものだ。

 だらだらと長引くことは早々なく、どちらかが瞬く間に死ぬ。

 

「無事終わったようだな」

 

 サポート役を担ったトノイドが歩を進め、地面に突き立っている槍を手にする。

 地面から槍を引っこ抜きつつも、死体を眺める。

 

「ふん……? こいつら、若造だな。体格が小さい……」

 

「そうなの?」

 

 そう言われても、レインには大きいのか小さいのか判別がつかない。

 人間よりもはるかに大きいように思えるのだが……。

 

「サフアギンどもの成体はおよそだが身長2メートルはある。こいつらは1.9メートル程度……おそらく年齢で言うと15やそこらだろう」

 

「子供ってこと?」

 

「ああ。それに、数も妙だ。4体しかいない」

 

「何かおかしいの?」

 

「連中の戦士は5人以上からなる戦隊と言うものを組む。戦闘中に臨時で編成するならともかく、普通は5人以上になるように組む。あまりが出れば、どこかに組み込んで6人や7人の戦隊ができる」

 

「へぇ……」

 

 サフアギンとの戦いを数多乗り越えて来た歴戦の戦士。

 トノイドの持つ戦士としての年輪がサフアギンの不審点を瞬く間に見破っていく。

 

「連中は斥候隊と言うものを組むことはない。すべての基本は戦隊だ。おそらくこれは戦隊ではない。武装していないやつもいることだしな」

 

 そう言ってトノイドが指差したのは、一番背後にいたサフアギンだ。

 レインの放った『熱線』によって、真っ黒い炭と化している。

 いまだ熱を放ち、腐りかけた魚を焼き捨てているような異様な匂いがした。

 トノイドの言うように、武装らしい武装はしていないように思われた。

 

「武装しているやつの武装も……見ろ、ほとんど新品のトライデントだ」

 

「おっと」

 

 差し出された3つ又の槍を受け取る。

 新品と言われても、武具の目利きは不得意なレインだ。

 どこを見れば新品なのかもわからない。

 

「連中の槍は骨類から作られる。軽く、沈まない。使うほどに磨滅して小さくなるので、立派に見える槍ほど新品だ」

 

「へぇ……」

 

「大方、サフアギンのガキどもが度胸試しに陸に上がって来たか。そして人間の小屋のようなものを見つけてちょっかいをかけた……そんなところだろう」

 

「あらら……度胸試しが命取りになっちゃったのね」

 

「間抜けどもめ。いい気味だ」

 

 トノイドがそのように嘲笑した。

 それについてはまったく同感だったが、不運だなとは同情できた。

 

 言ってみれば、近所で評判の怖いやつの家をノックして度胸試しをしたら。

 その怖いやつが一瞬にして飛び出して来て、メチャクチャに殴られた。そんなところだ。

 もしくは、あの金髪の女たらしの部屋をノックする度胸試しをしたら、全員女の子にされた上で女にされたみたいな……。

 

「おっ……レイン嬢、見ろ」

 

「あら、なに?」

 

 サフアギンの死体を漁っていたトノイドがなにかに気付き、それをレインへとみせて来た。

 トノイドのごつい手の平の上に乗っていたのは、白く丸い輝くもの。

 

「あら、ホワイトパールね。形もきれいじゃない」

 

「連中もこの手のものを装身具に使うらしいからな。これはありがたく私たちの酒代にさせてもらうとしよう」

 

「最高」

 

 打ち上げが楽しみになって来たとレインは笑う。

 

「さて、戦利品はこんなところか……打ち上げのための酒代くらいにはなったな。まったくいいボーナスだった」

 

「サフアギンを討伐した証拠の提出はどうなってるの?」

 

「コイツらの耳の中には、耳石と言うものが入っている。それを提出することになるな。なに、私に任せておけ。サフアギンの討伐証明を取るのはお手の物だ」

 

 胸元のナイフを抜きながらトノイドがそのように笑う。

 レインは任せることとし、自分は耳石とやらを取り出した後の死体の処理をすることとした。

 そこらに放置しておくと野生の獣が食い荒らし、餌場にしてしまいかねない。後にここを使う人間の迷惑になるのだ。

 まぁ、埋めるのも面倒なので、『浮遊盤』と言う魔法で海まで運んで流すのが精々だろうか。

 

 

 ……こうして、レインの試験における唯一の戦いが終わった。

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