あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 あなたは目を覚ました。

 見慣れない内装の部屋に一瞬おどろく。

 それから、ソーラスの町に来たことを思い出した。

 

 隣を見れば、サシャがシーツに包まれて眠っている。

 昨夜はサシャを丹念に可愛がってとろけさせて終わりだった。

 たまにはソフトな行為だけでぐっすり眠るのもいい。

 

 あなたはベッドから降りて伸びをした。

 それからウカノの祭壇を(しつら)えて朝のお祈りをする。

 赤く大きな魚、ドラードゥ・ルージュを藁で緊縛してお供えする。

 こういうものと聞いてやっているが、なんの意味があるのだろうか。

 ウカノが魚を縛ることで興奮する変態性欲の持ち主だとは思いたくないが……。

 

 その後にお茶を淹れ、それを喫しながら朝の読書を楽しんだ。

 ほんの2~3ページをじっくりと熟読するだけの行為だが。

 そうして朝からスッキリして、あなたの1日ははじまった。

 

 

 あいかわらず自分で作った朝食を食べ、あなたは宿を出た。

 冒険の準備に関して、あなたは全て万端整っている。

 そのため、こまごまとした準備の必要なサシャらを送り出して、あなたは別件を片付けることにした。

 つまり、この町に滞在している顔見知りの冒険者と顔を繋ぐのである。

 

 この町に根差して活動をしている者の持つ情報は値万金の価値がある。

 そうでなくとも、この町の伝手を確保することには重大な価値がある。

 あなたたちはこの町におけるコネなどないし、いい店も信頼できる人間も知らないのだ。

 

 あなたは心当たりのある場所を巡って歩き、やがてある広場で目当ての人物を見つけた。

 桜色の髪をした美女であり、腰に巻いたベルトに直接刀を差し込んでいる。

 おやつを食べていたらしく、手には蒸した菓子を持っていた。

 

「お。久し振りだな。どうだ、内功の上達具合は?」

 

 ハンターズの一員でもあるという、セリナ・ベルカッソス。

 内功なる技術におけるあなたの師でもある。

 あなたはセリナに自分の眼で確かめて欲しいと答えた。

 

「いいだろう。さぁ、おまえの功夫(クンフー)を見せてみろ」

 

 セリナが手にしていた菓子を口へと放り込む。

 そして、あなたへと手を突き出すような姿勢を取る。

 セリナは剣士だが、素手での闘技もできないことはないらしい。

 というより、素手と剣であろうと用いる業自体は同じとかなんとか……。

 

 あなたも同じく素手でセリナへと対峙する。

 お互いの呼吸を読み、整え、合わせ、技を交える。

 予定調和のようにお互いの拳技が交差し、それはまるで舞のようだ。

 

 1分少々の交錯の末、セリナが手を降ろす。

 あなたも同じく手を降ろし、セリナへと礼をした。

 セリナも同様、あなたへと礼を示した。

 

「腕をあげたな。元からそう教えられることはないと思っていたが、本当にもう教えられることがない」

 

 なんて言いながらセリナが苦笑する。

 3年かけてようやくこの領域まで持ってきたのだ。

 時折、速度を上げての訓練までしていた。

 実際の体感時間は10年近く費やしているだろう。

 それでようやくセリナと互角なので、ちょっとやっていられない。

 

 セリナは口では才能がないとか、凡才だとか言うが。

 普通に才能はあると思う。たしかに天才ではないのだろうが。

 間違っても非才ではないし、無能でもない。

 でなければこうまで技を体得出来はしないだろう。

 

 ともあれ、あなたは次に内養功(ないようこう)を見てくれと頼んだ。

 

「うん? 内養功もか? まぁ、それは構わんが」

 

 それは助かると、あなたは自分の腕をザックリと切り裂いた。

 そして呼吸を整え、氣を練り上げて自身の肉体を活性化させる。

 元々強力な治癒能力があるので朝飯前と言ってもいいほど簡単だ。

 腕にあった深い傷が瞬く間に塞がり、出血だけがケガの痕跡となった。

 

「ほう、やるじゃないか……」

 

 そして、あなたは人体にあるおよそ700のツボの位置について語った。

 

「そこまでやるのか。いや、たしかに功夫を見せろとは言ったが……」

 

 あなたは自分の全身のツボについて説明をした。

 そしてセリナの指示したツボについても即答した。

 約700もあるツボの暗記は実に大変だったが、あなたはやり遂げた。

 

「完璧だな……私よりやるんじゃないか?」

 

 セリナのお墨付きはもらえたというわけだ。

 では、最後にセリナにぜひとも教えてもらいたいものがある。

 

「うん? 私に教えられるものなら構わないが」

 

 あなたはセリナに房中術(ぼうちゅうじゅつ)を実地で教えてもらえるよう頼んだ。

 3年前、内功の基礎を教えられたときに言質は取った。

 セリナがエッロい個人授業をしてくれるはずなのだ。

 

「…………私はそんなことを言ったのか?」

 

 セリナが愕然(がくぜん)とした顔をしているが、たしかに言った。

 

「ま……まぁ、まぁ……ま、まぁ、待て……その、ほら、あれだ。私とても完璧に技を会得して居るわけではないのでな……」

 

 セリナが言い訳のターンに入った。

 あなたは聞くだけ聞くつもりで続きを促した。

 

「だから、なんだ、ほら……そう、私よりもすべてに熟達した師匠がいる。スーニャンと言うのだがな……外見年齢は20そこそこの美女だぞ」

 

 なんとセリナの師匠も女らしい。

 たしかに、そちらから学べば完璧な授業ができるのだろう。

 セリナの師匠なのだからセリナより上なのはほぼ確実だし。

 

「だろう? だから、スーニャンにおしえてもらえ」

 

 で、そのスーニャンなる人物はどこにいるのだろう。

 

「…………わからん」

 

 ダメではないか。

 あなたはセリナに早く房中術を教えるように迫った。

 今すぐに、あなたの体に教え込んでもらいたい。

 

「ま、待て。待てったら! わ、私は……わた、わたし……わたし、は……しょ、処女なんだ!」

 

 どでかい声でセリナがとんでもない宣言をした。

 あなたたちが試合をしていた広場に響き渡るほどの声量だった。

 通行人たちがまさかの発言に、セリナへと目線を送っている。

 セリナはおぼこ。なんとなくそんな気はしないでもなかったが。

 しかし、当人の口から聞けるのは特殊な滋養が染み出して実によい。

 

「男とは手を握ったこともないんだ! 女同士なんて尚更なんだぞ! そ、それなのに、房中術なんて、そんな、ムリだ!」

 

 そのレベルで初心なのはさすがに予想外だった。

 男と手を握ったこともないのはさすがに……深窓の令嬢か何かだろうか?

 高位貴族の女性なら、結婚まで男に触れられたことがないというのもあるだろうが……。

 

「あ、いや、さすがに触れられたことはある。モモロウが私の胸を揉んだことがあって……そう言えば尻も撫でられたな」

 

 なるほど、今度モモロウを殴っておこう。

 どう考えてもセクハラだ。

 

「その時にメアリとアトリに殴られていたから勘弁してやってくれ」

 

 その場で制裁がされたからとは言え、セクハラして来た相手を庇うとは。

 セリナからにじむ善性にあなたは思わず目をパチクリとする。

 

「それで、だからな、私ではうまくできないと思うのでな……それに、まだ覚悟が……」

 

 では、覚悟が決まったら教えて欲しい。

 あなたはセリナを急かさずにそうすることにした。

 

「わ、わかった……覚悟が決まったら……」

 

 すぐじゃなくてもいい。ゆっくりでいいんだよ。

 気持ちに折り合いをつけるのは大事なことだから。

 無理に突っ走ると後悔することになる。気長に待つから。

 

 あなたはそんな人格者みたいなことを言い出した。

 穏やかな笑みを浮かべ、セリナの決断を待つ姿勢を見せた。

 そんなあなたの態度に、セリナがバツの悪そうな顔をした。

 

 セリナからにじむ善性。自由人のようでいて、生真面目……いや、義理堅い性格。

 そうした部分から、急かされない方がセリナは苦しいと見た。

 いつまでも待つから、と言われれば、最速最短でこなそうとしてしまうタイプだ。

 

「なんとか、がんばる……だから、もう少し……もう少しだけ、待ってくれるか?」

 

 あなたは頷いた。

 では、今日のところはとりあえず食事でもどうだろう?

 以前紹介してくれた、あの店で昼食にしたいところだ。

 ライスにお茶をぶちまけるというなんかよくわからない料理が食べれるらしいではないか。

 

「ああ、お茶漬けか……あそこで食べれるのは出汁茶漬けだが……まぁいい。そうだな、昼にしよう」

 

 ではさっそくいこう。

 あなたはセリナと共に、以前に行った海鮮料理の店に行くことにした。

 まずはデートをして心理的障壁を解きほぐすところからだ。

 房中術の指導のために、セリナの緊張を解きほぐさなくては……。

 

 

 

 セリナと昼食を食べた後、軽くお茶など飲んでから別れた。

 その後、冒険者が屯している広場を練り歩いて目当ての人物を探した。

 1時間ほど散策した末に、奥まった片隅でようやく目当ての人物を見つけた。

 

 それは色が抜け落ちたような真っ白な少女だ。

 手には重厚なガントレットをしており、鋼色の瞳をしている。

 あなたは彼女に手を挙げて声をかけた。

 

「挑戦者か。挑戦料は銀貨1枚だ」

 

 もしや忘れられているのだろうか。

 彼女はマロンちゃん。本名は不詳だが、素手での闘技に熟達した拳士だ。

 あなたはマロンちゃんに名乗り、あんなに一緒だったのにと熱弁した。

 

「俺の記憶を捏造(ねつぞう)しようとするな、女たらしめが」

 

 一応は覚えていてくれたらしい。

 あなたはマロンちゃんとの再会を喜んだ。

 

「おまえも、変わったやつだ。俺のような偏屈者(へんくつもの)との再会をありがたがるとはな。情婦をいたぶらせる妙な趣味もある異常者らしいというべきか」

 

 サシャの訓練でマロンちゃんに挑ませたことだろうか。

 あれはべつに趣味でやっていたわけではないのだが。

 いや、痛みに泣くサシャはそれはそれで可愛いのだが。

 かわいそうはかわいいとはよく言ったものだ。

 

「まぁ、いい。おまえの趣味がどうであろうと……俺にとってはどうでもいいことだ」

 

 マロンちゃんはそのように頷いて、顎をしゃくった。

 何の用だと促しているのだろう。

 あなたはソーラスの迷宮に再度挑む予定であることを伝えた。

 これからしばらくソーラスにいるので、またいずれ挑ませてもらうと。

 

「挑戦料は銀貨1枚だ」

 

 最初の時と同様の返事が返って来た。

 マロンちゃんの態度はいつでもお堅い。

 いずれはこれを蕩けさせるつもりだ。

 なんとしても懇ろになりたいものである。

 

「好きにしろ。俺がそれに応えることはないが。おまえがそう努力することを止める筋はない」

 

 そこをなんとか通すのがデキる女たらしと言うもの。

 あなたはマロンちゃんと仲良くなりたいのだ。

 そのために支払う労力はどれほどであっても安い。

 

「……まったく、妙な異常者に目を付けられたものだ」

 

 ぼんやりとした調子でマロンちゃんがそうこぼした。

 希薄ではあるが、顔にはほんのりとした苦笑が浮かんでいた。

 あなたはマロンちゃんのはじめて見る笑顔を大絶賛した。

 

「そうだろうな。笑顔はいつも可憐なものだった」

 

 なんだか妙に他人事な調子でそう頷かれた。

 どれだけ話しても、なんとも理解の追い付かない少女だ。

 まぁ、こういう不思議ちゃんもたまにはいいものだ。

 あなたはまた遊びに来ると言って、今日は立ち去ることにした。

 

「好きにしろ」

 

 うーん、お堅い。あなたはますます燃えた。

 今日はとりあえず顔つなぎなので、またいずれ口説きに来よう。

 

 

 

 マロンちゃんにつれない態度で袖にされた後も、あなたはあいさつ回りをした。

 やがてあいさつ回りが終わると、既に時刻は夕暮れ時だった。

 あなたはとりあえず宿に戻った。

 

 宿に戻ると、レインの部屋から話し声が聞こえた。

 聞こえてくる様子からすると、全員が話し込んでいるようだった。

 ノックしてから部屋に入ると、予想通りに全員が揃っていた。

 

「ご主人様、おかえりなさい」

 

「おかえりなさい、お姉様。あいさつ回りはどうでしたか?」

 

 無事に終わった。いなくなっていた者もいたが。

 それが死んだからなのか、この町を去ったからなのかは不明だが。

 

 サシャたちの方は準備はどうだったのだろうか?

 部屋で大荷物を広げているあたり、それなりに整ったのだろうが。

 

「多少なり財布に余裕はあったことだし、錬金術道具をいくつか買ったわ。この『光棒』とかね」

 

 鉄製の棒の先端に金が埋め込まれている妙な道具だ。

 叩いたり擦ると、この金の小片が光るらしい。

 どういう仕組みか謎だが、水をかけても消えない光源は便利そうだ。

 

「煮炊きするための熱源を用意する道具なんかもあったんだけど……あなたがいれば必要ないわよね?」

 

 あなたは頷いた。薪も炭も唸るほどの量があなたの『四次元ポケット』に入っている。

 良質の薪も炭も、すぐに買おうと思って買えるものではない。

 そのため、冒険中に切らしたくなければ信頼出来る入手先から買い貯めておくしかないのだ。

 その買い貯めがたっぷりとあるので煮炊きはどうにでもなる。

 

「食料関係も……気張らなくていいわよね?」

 

 さすがにその辺りまで縛るつもりはない。

 あくまで直接戦闘と探索周りで本気を出さないだけだ。

 食事に関しては妥協せずに普通に食べるつもりでいる。

 

「ならよかった。後は着替えとか、手当用の道具とかいろいろね。大体整ったと思うわ」

 

 必要なものが揃ってなかったら死ぬだけだから気楽にいこうとあなたは軽い調子で言った。

 

「自分はまず間違いなく生きて帰れるからって気楽な……!」

 

「ま、まぁまぁ。お姉様がいれば確実に蘇生してもらえるという安心感はありますし……」

 

「できれば死にたくはありませんけどね……うぅ、死ぬのってどんな感じなのかな……知りたくない……」

 

 こっちの大陸の死がどんなものかはあなたにも分からない。

 エルグランドの死は、気合で土の底から這い上がれば自宅で復活できるが。

 まぁ、冒険者たるもの、1回や2回の死でめげてはいけない。

 冒険者とは床とか地面とか辛酸(しんさん)とかを舐めて1人前になるものだ。

 どうにせよ、諦めずに頑張って欲しいものだ。

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