あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 冒険者は自分のコンディションを保つことを気にかけるものが多い。

 毎日酒を飲み明かし、好きなものを食い、好き放題(ほうだい)に女を抱くようでは冒険者としては二流(にりゅう)だ。

 今日死のうが構わない、明日には明日の風が吹くという主義なら好きにすればいいが、いずれにせよ二流だろう。

 いくら死んでもゾンビのごとく(よみがえ)れるエルグランドでもそう言われるのだから、2度とは蘇れないここではなおさらに違いない。

 それに付随(ふずい)するように、自分の体の手入れと言うものに最大限(さいだいげん)注意(ちゅうい)を払うのが一流と言うもの。

 

 ゆえにあなたはサシャにそのあたりの(こま)かな心構(こころがま)えと、具体的(ぐたいてき)な方法を(つた)えていた。

 肌の手入れに香油(こうゆ)をすり込むのは一般的(いっぱんてき)だが、香りの強いものは冒険中にはよろしくない。

 そのため、匂いの少ない食用に近い植物油(しょくぶつゆ)を用いた手入れのしかた。肌のかゆみを(おさ)える軟膏(なんこう)の使用方法などなど。

 

 男と比べ、女は肌が弱い。これは生物的な、先天的特徴(せんてんてきとくちょう)であるのでいたしかたないものである。

 そのため、劣悪(れつあく)環境(かんきょう)で行動を続けるほどにかゆみが(おそ)って来ることがある。

 ただかゆいだけと(あなど)ってはいけない。かゆみは集中力を()ぐし、それが続けば体力(たいりょく)までも(うば)われる。

 かゆいからと言ってやみくもに掻けば肌を傷つけ、コンディションをさらに落としてしまう。

 そう言った部分のケアと事前(じぜん)予防(よぼう)。これが冒険中のコンディションを大きく左右するのだ。

 

 また、忘れてはいけないのが爪のケアである。繊細(せんさい)指先(ゆびさき)は爪によって実現する。

 精妙(せいみょう)な剣技も、緻密(ちみつ)な魔法の行使も、すべて爪の状態(じょうたい)がよいほどに具合がいい。

 また、爪は割れてしまえば自然治癒(しぜんちゆ)に多大な時間がかかる。一朝一夕(いっちょういっせき)で治るものではない。

 

 そのため、あなたは爪に保護用(ほごよう)薬剤(やくざい)()っている。

 美の女神(めがみ)信奉者(しんぽうしゃ)である友人の作った薬剤だ。

 本来は美容用なのだが、爪の保護と健康(けんこう)増進(ぞうしん)に役立つ。

 

 あなたはそれをサシャにも丁寧(ていねい)に塗っていた。

 手はともかく、足の爪にその薬剤を塗っていると、非常に倒錯的(とうさくてき)なものを感じる。

 いまだになぜそうなるのかは知らないが、あなたはともかく興奮(こうふん)していた。

 

 

 

 

 そんなこんなであなたとサシャは冒険の準備(じゅんび)奔走(ほんそう)し、冒険……の下準備である護衛(ごえい)の仕事の時間がやって来た。

 

 早朝(そうちょう)馬車止(ばしゃど)め。いわゆるところのバス停に向かったあなたは依頼人(いらいにん)を探していた。

 冒険者の仕事でまずはじめにめんどうなところは、依頼人を見つけるところである。

 町のどこかにはいるはずだが、数百から数千、ことによれば万に及ぶ人口の町で1人を探し出すのは困難である。

 エルグランドでは依頼人が木っ端微塵(こっぱみじん)になっているということも少なくないのでなおさらに大変である。

 

 こういう部分を(ふく)め、労苦(ろうく)(いと)わずに(いそ)しめるか。それが冒険者の大事なところだ。

 冒険者とは、歩いて旅をするから冒険者なのだ。強いだけでは(つと)まらないのだ。

 

「あ、ご主人様。あの人ではないでしょうか」

 

 と、サシャが(しめ)すさきには壮年(そうねん)の男性が1人。

 似顔絵(にがおえ)を見せられたと言うわけでもないのにそう言えるのはなぜなのか。

 

「馬車の(ほろ)に商会の名前が入ってますから。依頼主の名義(めいぎ)はイスタール商会でした。あちらにもイスタールと書いてあります」

 

 あなたは幌に描かれた文字と思われる図形を記憶(きおく)し、イスタールと描いてあるのだと理解しておく。

 それが正しいか否かは分からないが、少なくともあなたの情報源はサシャなのである。

 

 あなたは馬車の傍で簡単な食事をしている男性に声をかける。

 すなわち、冒険者ギルドで護衛の依頼を()けて来たものであると。

 

「おお、あなた方が。お待ちしておりました。獣人の方と、人間の方。ギルドの職員にも勝たれた、有望(ゆうぼう)な方と聞いております」

 

 物腰(ものごし)丁寧(ていねい)であるし、視線(しせん)下卑(げび)た色もない。

 また、身のこなしからして戦闘技術は得ていない。

 そう言った情報から、あなたはひとまずその男を信頼した。

 

「もう3人ほどいらっしゃるとのことです。待ちましょう」

 

 了解したとあなたは告げると、『四次元ポケット』から果物(くだもの)をいくつか取り出した。

 朝食は済ませて来たが、これから運動するならすぐ身になる果物を摂るのがいい。

 あなたはサシャに果物を見せ、どれがいいかを尋ねた。

 

「リンゴをいただきますね」

 

 受け取ったリンゴをサシャは(そで)で軽く(ぬぐ)うと、かぷりとかじりついた。

 一方のあなたはイチゴを()まんでいた。甘酸っぱくておいしい。

 

 エルグランドではハーブ育成の(かたわ)ら、果物なんかも育てていたあなたの『四次元ポケット』にはうなるほどの果物がある。

 なにしろ腐らないので、10年もの、20年もののリンゴと言う、若干ながら理解に苦しむ存在がありえるのだ。

 放置して腐らせるのももったいないと思うと、『四次元ポケット』に突っ込んでおいて気が向いたら食べるとなりがちである。

 

 あなたは男性にも水を向け、果物を進呈(しんてい)した。

 

「やや、これは立派なリンゴですなぁ。時期ではありませんが、いったい?」

 

 魔法で保存している、とあなたは端的(たんてき)に答えた。

 実際それ以外に言いようがないのも事実である。

 

「なるほど、魔法。便利なものですなぁ。おほっ、これはうまいリンゴだ」

 

 喜んで食べているあたり、あなたの育てたリンゴは好評(こうひょう)のようだ。

 そこらへんから引っこ抜いてきた果樹を農園に植え替えただけなので、大した世話はしていないが。

 

 

 果物を主体とした軽食でなごやかに時間を過ごしていると、ようやっと残りの3人が到着した。

 

 デカい剣を背負(せお)った青年が1人。なにを考えているのか生足を露出(ろしゅつ)させた少女。

 そして、いかにも魔法使いでございと言った服装の少女が1人である。

 ハーレムであろうか。きわめて気に入らない。あなたは剣を背負った青年が(みじ)めに死ぬことを(いの)った。きわめてみっともない嫉妬(しっと)である。

 

「いやあ、お待たせしてすみません。剣士をやってるオウロと言います」

 

 剣士と己の職能(しょくのう)限定(げんてい)する紹介(しょうかい)はあなたにとっては新鮮(しんせん)だった。必要なら弓だろうが爆弾(ばくだん)だろうが使うものである。

 このあたりでは専門家、というか、それしか使えないようなのがふつうなのだろうか。ともあれ、あなたは自己紹介を返す。

 冒険者をやってる何某(なにがし)である、と言うだけのシンプルな紹介だが。

 

 ステータスカードのない自己紹介とはなんとめんどうであろうかとあなたは唸る。

 あなたのステータスカードはもちろんあるが、エルグランドの文字なので見せても読めないだろう。

 

「サシャです。えっと……剣士、でいいんでしょうか?」

 

 剣士と名乗りたいなら好きにすればいいのではないか。あなたはそう答える。

 実際(じっさい)、剣と言う武器は無難(ぶなん)なので、とりあえず剣は持っておきたいものである。

 閉所(へいしょ)でもある程度使えて、開所(かいしょ)でもそれなりに使える。そう言う場所を選ばない面が冒険者には好まれるのだろう。

 

「では、剣士です。よろしくおねがいします」

 

 そんな調子でサシャは剣士と言うことになった。

 

「私はセアラ。オウロの幼馴染(おさななじみ)よ」

 

 どうでもいい情報を付け加えつつ、生足を露出した少女が名乗った。

 亜麻(あま)色の髪は手入れ自体はしているようだが、少々ぼさぼさである。

 手入れに手間暇(てまひま)をかけられるほどの余裕(よゆう)が無いのだろう。

 それを差し引いても、十分に可愛らしい少女だったが。

 

 しかし、何を考えて生足を露出させているのかあなたには分からない。

 ホットパンツから伸びる白い脚は()め回したくなるが、それとこれとは話が別である。

 

 肌を露出させることで有益(ゆうえき)な効果がある能力でもあるのかもしれない。

 いちおう、そう言う能力が存在しないわけではない。あなたの父も、上着(うわぎ)は基本的に着ていなかったし、(くつ)も履かなかった。

 それはあなたの父に飛行(ひこう)能力があるからであり、その飛行能力の発揮(はっき)のために上着は着れなかった。靴は接地(せっち)しないので意味がない。

 もしかしたら大地に触れると、大地の声が聞こえるとかそう言う感じの能力があって足を露出しているのかもしれない。

 

 ひとまず、あなたはそうやって自分を納得させた。

 

「レインよ。よろしく」

 

 次に、ローブ姿の少女がそう名乗った。とくに情報は付け加えられていない。

 (つや)やかな翠髪(すいはつ)を流しており、冒険者になった当初(とうしょ)世話になったエルフの先達(せんだつ)を思い出させる。

 最初はとんでもないクソ野郎と思ったが、エルグランドの冒険者の流儀(りゅうぎ)馴染(なじ)んでみると、少々愛想(あいそ)が無いだけで親切な人だったと思わされた。そんなエルフだった。

 とは言え、レインと名乗った少女はエルフではなく人間のようだ。露出した耳は人間のそれである。

 

「サシャはしっかり準備してるみたいだけど、君はずいぶん身軽(みがる)だな。ぜんぶ持たせてるのかい?」

 

 オウロがあなたにそんな言葉を投げかけて来た。

 言われてみると、オウロもセアラもレインも、大きな袋を背負っている。

 アレコレと旅に必要なものが入っているのだろう。

 

 あなたは武装(ぶそう)している以外は 極論(きょくろん)すれば手ぶらである。

 すべて『ポケット』に突っ込んでいるので、見た目はそうなるのだ。

 

 あなたは少し考えてから、おまえには関わりのないことだと告げた。

 『ポケット』について説明するのがめんどうだったので突き放したのだ。

 

「ちょっと、せっかくオウロが心配してくれたのに、何よその態度は?」

 

 今度はセアラが突っかかってきた。冒険者は自己責任(じこせきにん)の商売である。

 冒険者が死ぬのはマヌケだからだし、(かせ)げないのは能無(のうな)しだからだ。

 あなたは自分が死んでもそちらに関わりはないし、同様にそちらが死んでも自分に関わりはないと告げた。

 

「わざわざ心配してやったのに!」

 

 余計なお世話もあったものである。

 めんどうになったあなたは、さっさと出発しようと男性に(うなが)した。

 

「途中で戦闘になった時の取り決めとかくらいしないと出発するわけにはいかないでしょ。あんたバカなの?」

 

 そんなものはその場で適当(てきとう)にやれとあなたは告げた。

 連携(れんけい)訓練(くんれん)などしていないのだから、個々(ここ)が必要に応じて動いた方がいい。

 それで問題が起きたのならば、それはやはり起こした奴が無能(むのう)だということだ。

 冒険者とは仲良しこよしの商売ではない。そう言うものなのだから。

 

「あっそ、勝手にすれば!」

 

 セアラがキレ散らかす。なにをそうも怒るのか、あなたには分からない。

 この辺りではこういうのがスタンダードなのだろうか。それともこの3人が妙なのか。

 

「まぁまぁ、セアラも落ち着いて。それに、取り決めは必要だろ? だれが前衛(ぜんえい)を張るとか、だれを守るとかさ」

 

 それこそなおさらに必要のない話である。あなたはサシャを前衛にし、サシャはあなたを後衛(こうえい)にする。それだけの話だ。

 サシャに危険が迫ればあなたがフォローするし、あなたに危険が迫ればサシャがフォローする。

 そこにオウロやセアラ、そしてレインが関わる余地などどこにもありはしない。

 であるから、オウロはセアラとレインを守り、セアラとレインはオウロをフォローする。それだけだ。

 

「ふぅ、わかったよ。俺たちのフォローはしてくれなくてもいい。でも、そっちが危険だと思ったらフォローに入る。それでいいよな?」

 

 勝手にすればいいとあなたは答えた。

 それに応じてやる義理(ぎり)が無いだけで、オウロらの行動に文句を言う権利(けんり)はあなたにはないのだから。

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