マーサがいまいち見つからなかったが、ブレウはすぐ見つかった。
ブレウはだいたい裁縫室にいて、そこでなにかしらの針仕事をしているからだ。
マーサは上級使用人らしく忙しいのでなかなか捕まらないのは仕方がない。
「毛皮の加工ですか……やって出来なくはないと思いますけど、毛皮の加工はしたことがないですね」
毛皮について聞いてみたが、反応はいまいち渋いものだった。
完璧は求めないので、穴が塞げて寒ささえ凌げればいい。
それでもなんとかできないだろうか?
「それくらいならなんとでもなりそうですね。でも、いいのですか? 熊の毛皮の敷物って高級品ですけれど」
しかし、屋敷の床に敷いてても意味がない。
って言うか、死体の残りものなんか置いといて何が楽しいのか。
あなたは毛皮を見るとそう思うタイプだった。
「まぁ、旦那様がいいという以上はいいんじゃないですか?」
あとでマーサに小言を言われそうな気はするが。
今は節約しながらの冒険中なので、多めに見てもらおう。
あなたはサロンから引っぺがして来た熊の敷物の再加工をブレウに頼んだ。
「では、最優先でやりますね」
どでかいハサミとナイフを手に作業をはじめるブレウ。
それを眺めながら、あなたは何のことはない雑談の調子で話を切り出した。
もしも女同士で子供が作れたらどうする? という話だ。
「女同士で、ですか? そんなことができたら、犬とか猫を飼うのが大変そう……」
なるほど、そっちに発想が繋がったか。
犬や猫は、同時に何匹も生まれるのが普通だ。
しかし、やたらめったらペットが生まれても困る。
そうした時、ペットの性別を統一するのはよくある対策だ。
だが、同性で子供が作れたら、その対策が使えない。
「人間で出来たら、そうですね……旦那様と子作りしちゃおうかしら、なんてっ!」
きゃー言っちゃったっ。なんて小声でつぶやくブレウ。
なんだか妙に可愛らしくて、あなたはほのぼのした気持ちになった。
「まぁ、それよりはサシャの方かもしれませんね。旦那様とサシャの子だったら、可愛い孫になるんだろうなぁって……はぁ、孫はいつ見れるのかしら」
などとため息を吐くブレウ。やはり孫は見たいらしい。
やはり、サシャにも暴露するべきなのだろうか?
しかし、暴露したところで子供を作りたいと思うのだろうか?
そもそも本気でやるとなると、サシャは年単位で戦線離脱することになる。
この局面でサシャの年単位の離脱は痛すぎる。
さすがにちょっと許容できない事態だろう。
「どうされましたか、旦那様」
悩んでいることを見抜かれたのか、ブレウが声をかけて来た。
あなたはもういいやと、ブレウに暴露することにした。
あなたは実は女同士でも子供を作れる秘術を知っている……と。
実際は秘術でもなんでもないが、そう言うことにしておく。
なんで? と聞かれたらうまく説明できる自信がなかったので……。
「……女同士で? ふーん。旦那様って、女同士でも子供が作れるんだ……」
ブレウの瞳に妖しい色が宿った。
どうしたのかと問う間もなく、ブレウが仕事道具を投げ出す。
そして、あなたへと抱き着いてきた。
「ねえ、旦那様? サシャがね、妹が欲しいって言っていたの……作ってあげましょう?」
ストップ、タイム、待った。
サシャが本当にそんなことを言ったのか?
「ええ、10年くらい前に」
今さら過ぎるし、展開が急すぎる……。
あなたはブレウの積極攻勢に戸惑うほかない。
聞いて即座に孕みたいと言い出すとはどういうことなのか。
あまりにも直球ストレート過ぎて意味が分からない。
「夫が出稼ぎから帰ってきたらね、2人目を作らないかって……そんな話をしてたの」
突然の昔語りにあなたは首を傾げた。
まぁ、内容自体は分かる。家族計画は大事だ。
しかし、随分とのんびりした計画を立てていたらしい。
30過ぎてからの出産はべつに遅くはないと思うが。
サシャが生まれてからおよそ15年は間が空き過ぎでは?
複数人を育てる大変さや金銭的負担からすると、理に叶ってはいるのかもしれないが……。
「元々は家計も苦しいから、サシャだけと思ってたのだけど。サシャはほら、薬師様のお蔭でいい仕事に就けそうだったし?」
サシャの収入をアテにしての2人目と言うわけだ。
ブレウも針子として働いていたわけで、3人の収入で1人を養う。
なるほど、たしかにかなりの教育を望むことも可能だろう。
「でも夫は帰ってこなかったし、サシャを売る羽目になったわ……夫がいないんじゃ、ね」
まぁ、それは当たり前の話ではある。
しかし、それでなんであなたが代打になるのか。
べつに嫌というわけではないのだが。
「旦那様の子なら、きっと強い子ができるわ。たくさんお金をかけて、賢い子にもしてあげられる。幸せにしてくれるんでしょう?」
どうも、獣人特有の思想と言うか、感性と言うか。
なんとなく、そのあたりが如実に出た答えのようだ。
強い子が欲しいから、強い人が好き。あるいは逆。
これはそう言うシンプルな考えだろう。
「それにね。子供を産んで育てて……独り立ちしていくところを見るとね、もう1度子供を産みたいなと思ってしまうものなの。私が寂しいだけなのかもしれないけれど……」
ブレウの手元から巣立っていったサシャ。
あなたが買った直後はともかくとして。
冒険者学園の3年間は、サシャを完全に大人にした。
ブレウの手元から巣立ち、自分1人で生きていける強さを得た。
その姿を前にして、誇らしくうれしい気持ちにもなったのだろう。
だが、自分を頼りにしてくれる幼い我が子はもういない……。
そう思った時の寂しさは、筆舌に尽くしがたいものだったのかもしれない。
「だから、旦那様。夫よりも強い種を私にくれる?」
こうまで言われてはしかたない。
あなたはブレウに子を宿すべく、ベッドへと向かった……。
あなたとブレウの交合は静かに、そして柔らかに過ぎていった。
そして、ブレウの胎に、新たな命が宿った。
「ふふ……元気で強い子に生まれて来てちょうだいね、私の赤ちゃん」
ブレウもそれを実感しているのだろう。
やはり尋常ではない行為だからか、なんとなく分かるのだ。
あなたはブレウの腹を優しく撫で、元気な子を産んでねと応援した。
「きっと強い子になるわ。今からたくさん名前を考えておかなくっちゃ。どんな子が産まれるのか楽しみだわ」
となると、これからまずは育児休暇制度について考えなくては。
世の中には妊娠したメイドを解雇して放り出す鬼畜もいるが。
あなたは元気な子を産めるように取り計らってやるのも主の甲斐性だと思っている。
乳母の雇い入れもしなくてはならないだろうから、マーサに指示が必要だ。
マーサは女性使用人に関する裁量権を持っているし、人事権も持っている。
それを付与しているのはあなただが、使用人の職責を侵すのは褒められたことではない。
「え? 仕事をしてはだめなの?」
育児休暇について話したところ、ブレウがそう言い出した。
「お裁縫って好きだもの。赤ちゃんのための産着も作らないといけないし。サシャのコサージュも作らないと」
そのあたりはべつに仕事でなくてもいいような……。
というか、それは私事だから、仕事時間中に私用をしていたことになるのでは……?
まぁ、そのあたりをギャーギャーいうつもりもないが……。
「それに、生まれるずっと前から休むなんて大げさよ。生まれるひと月くらい前までは働くものでしょ。サシャの時だってそうだったわ」
なかなかパワフルなスタイルだったらしい。
しかし、それを言われるとあなた自身もそうだった。
あなたの母は臨月まで騎馬で冒険をしていたし。
産後2週間くらいで冒険に復帰していたはずだ。
実質、休んでいたのはほんの1か月くらいと言うことになる。
「それはパワフル過ぎない……?」
あなたもそれはちょっと思った。
臨月まで冒険していたのはまだいいが。
産後2週間で冒険に復帰は無茶が過ぎる。
強い冒険者なら無理ではないのだろうが……。
「まぁ、仕事の休暇はいらないけれど……夜泣きをされると大変だから、夜だけでも面倒を見てくれる人がいると助かるし、乳母は欲しいなぁって」
そのあたりは相性もあるので、あなたが本決めはしない。
出産間近になったらブレウが候補から選ぶといい。
ブレウと波長が合う乳母がいちばんだ。
「こんなによくされちゃっていいのかしら? まるで貴族様になったみたい!」
なんて無邪気に喜ぶブレウが可愛らしくて、あなたは思わずキスをした。
すると、ブレウも微笑んでキスを贈り返して来た。
あなたとブレウは深く口づけを交わし合った。
ブレウを孕ませて、それ関連の手配をした。
育児休暇制度の整備に、使用人の追加雇用。
そして、産婆をすぐさま呼べるように今から準備を。
「なんでまたこんなことを?」
「ここまでする必要がありますか?」
ポーリンとマーサは首を傾げ通しだった。
結婚という幸福のかたちで退職するのはよいことだ。
だが、やめたくはなかったのにやめるのは幸福ではない。
ならば、収入はいくらか減っても続けられるように。
あるいは、一時休職しても、戻って来やすいように。
そんな職場環境を作るのは、主人としての甲斐性だと思う。
これから先、メイドたちが幸福な結婚生活を送れるように、あなたも尽力したい。
そのようなことを、あなたは滔々と語って聞かせた。
「ミストレス……今度は妊婦に手を出したのですか?」
「ご主人様、どなたに手を出したのか詳しくお聞かせ願います。こんな制度を作る以上、雇い入れるつもりなのでしょう?」
しかし、あなたの信頼は1ミリもなかった。
吊るし上げに合いつつも、あなたは育児休暇制度の整備に尽力した。
ブレウが妊娠したと言っても、なにせ妊娠0日目。見た目では分からない。
なので、いまはただ黙って耐えて制度を充実させるほかなかった……。
そんな奮闘をしているとレインたちが帰って来た。
「ただいま。どう? 出来た?」
完璧な育児休暇制度ができた。
あなたは自信を持って答えた。
「……? え? 育児休暇制度? なにそれ?」
「まさか、新しく雇った人が妊婦だったんですか?」
「あの、それより……船の設計はどうしたんですか?」
船の設計。あなたはハバクックのことを思い出した。
そして、大急ぎで船の設計に取り掛かった。
って言うか、船に敷くはずの敷物はどうなったのか。
あなたはすっかり忘れていた冒険の準備に再度取り掛かった……。
そんな紆余曲折はあれど。
あなたたちは3層『大瀑布』の攻略準備を順調に進めた。
2日かけて準備をし、道具類を揃えての再挑戦だ。
王都屋敷に泊まり、翌日に魔法で出立する。
「旦那様、お気をつけて。あと、こちらを」
わざわざブレウが出て来て、あなたに気遣いの言葉を向けてくれた。
ついでに、昨日に頼んだ敷物も届けてくれた。ちゃんと覚えていたらしい。
そして、あなたの傍らにいる愛娘、サシャへと声をかける。
「サシャ、次に帰ってくるのがいつか次第だけれど、いい報告があるかもしれないわ」
「え? それってなに?」
「ふふ、いまはまだナイショ。でも、とってもいいことなのよ」
「ふーん……? えっと、なにかはわからないけど、楽しみにしてるね」
「ええ、楽しみにしておいてね。その時には、サシャの知恵も借りるかもしれないわ」
「ええ? いったいなんなんだろう?」
「いずれ分かるわ、いずれね」
そう言っていたずらっぽく笑うブレウ。
サシャはなんだろー? と素直に疑問に思い。
あなたはなんだか妙に重たい胃に呻いていた。
べつにバレたところで、そう問題はないはずだ。
ないはずだが、バレた時にサシャはどう思うのだろう。
同世代が子を抱いていることを複雑に思っているタイミングで。
実の母が妊娠して、翌年には子を抱くことになる事実。
イヤミか貴様ッッ! と言われたら何も反論できない。
人の心を傷付けてそんなに楽しいか? とか言われそう。
あなたは各種の状態異常に耐性があるし、その肉体は強靱。
種々の病に耐性を持ち合わせ、下手な刃を弾き返すほどに強い。
だが、胃がシクシクと痛むことに耐性は得られないらしかった。
ブレウのおなかが目立ってきたら、なんて説明したらいいのだろう……。
今から冒険だというのに、あなたの気は鉛のように重かった……。
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