あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 防寒対策をキッチリと整えたことにより、4層の探索は順調だった。

 その都度に温度調節のために服を脱ぎ着するのがやや面倒だが。

 

「こうしてみると、あちこちに雪洞や洞窟があるのね」

 

「なかなか油断できないですね。どこにモンスターが潜んでるか分かりませんから……特に、霜巨人は雪の斜面に潜んでたりもするので」

 

「雪のある環境では隠密の達人……らしいわね」

 

 そう言えばソーラスには霜巨人がいたが。

 あれはいったいどこから来たのだろうか?

 まさかこの階層から出て来たとは思えないが……。

 

「北方の高山地帯でしょうね。あそこらへんは凄まじく高い山がたくさんあるのよ。真夏でも雪が溶けないというか、真夏でも雪が降るくらい寒いわよ」

 

 なるほど、高山ならばたしかに雪もあるだろう。

 高さ次第と言えばそうだが、5000メートルもあれば夏でも氷点下近辺だ。

 加えて言えば、霜巨人は寒冷地に適応しているだけで、寒冷地にしかいないわけではない。

 ソーラスに居住していることからわかるよう、寒冷地以外でも住めるのだろう。

 

「この階層は、高山だから寒いってわけではなさそうね」

 

 高度自体はそう大したことはないが、それでも高山ではあるだろう。

 おそらく1000メートル前後ほどの高さだと思われる。

 そこからすると、現時点でも見える山頂の高さは4000メートルほどと思われた。

 登山の推定所要時間は、冒険者の強靱な身体能力を見込んでも12時間は必須と思われた。

 

 もちろんそれは一直線に進むことができれば、という甘い見積もりだ。

 道中にあるだろう難所の苦戦度合によってはもっと日数が必要だ。

 また、この厳しい低温環境では体温保持のための活動に時間を割かざるを得ない。

 野営にも念入りな調整が必要になるため、3日くらいは見込んだ方がよさそうだ。

 

 そう言う意味では、この階層はいちばんの難所なのかもしれない。

 なにせ、真冬でも気温20度前後がザラな大陸なのだ。

 そんな中で、マイナス20度がザラな環境での冒険は堪えるはずだ。

 というよりも誰もそんな環境での活動ノウハウなどなく、そこを培うところからとなる。

 下手をすれば、この階層に初挑戦と同時に凍死と言うこともありそうだ。

 

 低温環境のノウハウと言う意味では、あなたは十分なものがある。

 まぁ、育った環境から培った寒冷耐性の都合で、ややバグってるところはあるが。

 

「寒さはなんとかなったけど、クレバスだったかしら。あの割れ目。あれには気を付けないとよね」

 

 あなたは熟練者でも気付かない時は気付かないのであきらめろと説明した。

 落ち着いて探索できる状況であれば、長い棒で探りながら移動すればいいのだが。

 生憎と、あの時の状況は敵に追われての逃走中だった。

 その状況で悠長に地面を探ってはいられない。あきらめるしかない。

 

「そう。じゃあ、『軟着陸』を使う魔力はちゃんと残しておかないとね」

 

「私はそれよりも『軟着陸』をしっかり使えるようにならないと……」

 

 そう言えば、前回のサシャは使える状況にありながら使わずに落下した。

 命は助かったからいいものの、1人なら助からなかった重傷だった。

 それを改善するべきというのは当然の話だ。

 

 あなたは少し考えて、『軟着陸』を的確に使う訓練について話した。

 不定期に崖下に投げ落とすという訓練はどうだろう。

 失敗したら死ぬので、必死で『軟着陸』を使うようになるだろう。

 うまくいかなかったときは潔く死んでもらい、あとで蘇生する。

 

「あまりにも情のない訓練はやめましょう!」

 

 痛くなければ覚えないのに?

 

「痛いを通り越してるんですよ!」

 

 そうかもだが。

 

「そうよ、さすがに崖下に落とすのは可哀想よ」

 

「そうですそうです。さすがにサシャちゃんが可哀想ですよ」

 

「落とすなら3階くらいまでにしときなさい」

 

「そうで……なんと言いましたか?」

 

 レインが突如として鬼畜なことを言い出した。

 あなたの崖下に投げ落とすのに比べればマシだが。

 それでも3階となると、余裕で死ねる高さである。

 

「あなたの言う通り、痛くなければ覚えないというのは真理よ」

 

 するとまさか、この大陸では落として覚えさせる……?

 

「そうよ。大丈夫、足から落ちればそう死なないから!」

 

「魔法使いの訓練はいったいどうなっているんですか!」

 

「大丈夫だってば。サシャならまず死なないわよ。そもそも貴族家系でこの訓練で死んだって話も聞かないし」

 

 そんな間抜けな死因を公表できずに別の死因で公表しているのでは?

 そのせいでこの訓練で死んだという人間の話を聞かないのではないだろうか。

 そう思ったが、あなたは野暮なことは言わなかった。言ってもしょうがないし。

 

 そんなところで、あなたたちは雪の斜面へと差し掛かった。

 白銀の雪が一面を美しく覆い、まるで純白の絨毯かのようだ。

 思わずその美しさに一行が見惚れていると、にわかに雪原が蠢く!

 

 雪原を突き破って飛び出すのは、白い肌を持つ巨人。

 それは手にしたグレートアックスを振るい、周辺の雪を一挙に掻き回した。

 支えを突如として喪った雪が崩れ落ち、それは連鎖的に規模を増してゆく。

 

 雪崩。牙を剥く恐るべき自然の発露。

 雪山において多くの人間の命を奪う現象。

 元より、人間の手でも人工的に雪崩は起こせる。

 雪山を熟知する霜巨人には容易いことなのだろう。

 巨人の手によって引き起こされたその現象があなたたちへと襲い掛かって来た!

 

「『石壁』!」

 

 レインの呪文が地面よりそそり立つ岩壁を生み出す。

 あなたたちはその岩壁の影に身を隠し、自然の脅威から身を守った。

 岩壁に激突し、弾ける雪の塊。地響きのような轟音が響く。

 

 やがて、雪崩が収まると、あなたたちは石壁の影から飛び出す。

 狙うは、雪崩によって土と雪の混じった汚れた雪原に佇む霜巨人。

 8人もの霜巨人がいる。あの規模の雪崩を起こせるのも納得の人数と言うべきか。

 

 あなたが弓を引き絞り、矢を解き放つ。

 一息に放った3連射の矢がグレートアックスによって弾かれる。

 そして、その矢の影に隠されていた矢が霜巨人の眼球を貫いた。

 鋭い一刺しは、予想外の位置から放たれてこそ鋭い。

 眼球から脳を掻き回された霜巨人がどうと崩れ落ちる。

 

「『聖炎の一撃』!」

 

 フィリアがワンドから発動させた魔法が、地面から火を噴き上がらせる。

 3年前、このソーラスでトロールに対して使っていた魔法と同じだ。

 火に対する脆弱性を持つ霜巨人には特に効く。

 火に巻かれた巨人が悲鳴を上げてのたうち回る。

 

 健在な巨人らが岩を拾い上げ、あなたたちに投げ放つ。

 しかし、戦士としての技能を持つ者は適当に躱し。

 唯一その技能を持たないレインは、それを前提に岩壁に隠れたまま。

 誰1人として遠距離攻撃を無傷で潜り抜けていく。

 あなたも同様に、岩壁にすぐ傍で矢を放っているのでちょっと避けるだけで済む。

 

 サシャがあなたの背負っている矢筒に手を向ける。

 石を投擲するよりも、よりよい手段をこの場で見出したのだろう。

 

「『火矢』!」

 

 あなたの矢筒に収められた矢に魔法が付与される。

 火のエナジーを感じるその魔法に、あなたは効果を理解すると、矢を番えて放つ。

 空気を切り裂いて飛翔する矢に火が灯る。

 

 1つ1つの効果は小さいだろうが、火の存在は霜巨人を委縮させる。

 あなたは小鳥打ち用のショートボウのような気軽さで、戦争用ロングボウを次々と放つ。

 耳まで絞らない、胸元まで絞る騎射に近い運用だが、必要十分。

 あなたの強弓の連射が瞬く間に霜巨人2体を討ち取った。

 

「さて、行くわよ『火球』!」

 

 レインが強化を施した『火球』の呪文を放つ。

 脈打つ秘術のエネルギーは暴走寸前の有様を示している。

 エルグランドの呪文強化の秘術に近い運用方法だ。

 迂闊に使うと爆散するやつだ。敵ではなく、術者が。

 

 それは飛翔した先、霜巨人の目の前で炸裂する。

 霜巨人の肉を焼き飛ばす強烈な一撃。

 元より火への脆弱性を持つ霜巨人には致命的な威力のようだ。

 

 人数の不足と言う点も相まって、やや手数不足の感がある。

 だが、この階層においても、あなたたちの実力は十分に通じた。

 わずか30秒足らずの戦闘で敵の頭数は半減した。

 

 もはや勝ち目が薄いことは明白だが。

 霜巨人たちは、それを理解した上でなおも挑みかかって来た。

 恐れ知らずに振舞う、限りない蛮行の巨人こそが霜巨人。

 怯懦から逃げ出すことは、彼らにとり最大の恥なのだ。

 そして、彼らはその決断の愚かさを自身の命で以て支払う。

 

 

 

 霜巨人を全て倒し、あなたたちは戦利品の回収を行う。

 魔法のかかったグレートアックスに、チェインシャツや、グレートクラブ。

 込められた魔法の効果も相まって、サイズ調節が効くが、わざわざ使いたいほどのものはない。

 いずれも売却行きだろうと、あなたが荷物の運搬を請け負った。

 

 巨人の死体から身包みを剥がすべく動き回った面々に、あなたは視線を向ける。

 

「なに?」

 

 特に、額にかいた汗を拭っているレインに。

 あなたは少し考えた後、今までの道程を思い返す。

 この斜面に差し掛かる少し前に、石窟を見かけている。

 深さがどれほどか不明だが、奥行き2メートルほどはあったのは間違いない。

 

 あなたは少しだけ引き返すと号令をかけた。

 提案ではない。それは強制命令であり、リーダーとしての強権の発動だった。

 有無を言わさぬ姿勢に、いつにない厳しさを感じ取ってかメンバーがやや戸惑う。

 

「どうしたの? なにかあった?」

 

 話している暇はないとあなたはレインの疑問をにべもなく拒否した。

 そして、あなたは急ぎ足! と掛け声を発し、石窟へと引き返した。

 

 歩いて5分ほどの距離にあった石窟に辿り着く。

 あなたは転がっていた石を拾い上げ、それに『持続光』の魔法をかける。

 光を発するようになった石を、石窟の奥へと投げ込む。

 

 数メートルほど飛んで、石窟の奥の壁に当たった。

 どうやら、岩場のくぼみでしかない石窟だったようだ。

 あなたはこれは好都合と、石窟の中へと潜り込んだ。

 

 全員に中に入り込むように言い、あなたは入口に幌布を張る。

 テントに使ったり、タープに使ったりで大活躍の幌布だ。

 風の侵入を防ぐためなので、それほどしっかりとした固定は必要ない。

 それに、魔法で保温もしているので、多少の風の侵入は換気的に好都合だし。

 

「ふぅ。それで、どうしたの?」

 

 あなたはレインに今すぐ服を脱げと命じた。

 レインのグーを受け止める。ハエが止まるほどスロウだ。

 

「なんでよ! ぐっ、このっ!」

 

 夏場でもそうだが、濡れた服は風が吹くと冷える。

 寒い場面ではより一層その影響は顕著だ。

 先ほど戦闘と、その後の戦利品の回収で、全員が汗を掻いた。

 

 少量ならいいが、結構な汗を掻いてしまっている。

 これをしっかりと吹かないと、体温が下がって危険なのだ。

 

「じゃあ、服を脱げって言わないで汗を拭けって言いなさいよ!」

 

 汗を拭くのは当然にしても、濡れた服も変えないといけない。

 なので服を脱げと命じたのだ。べつに変な意図はない。

 

「ぐっ……」

 

「ま、まぁまぁ。お姉様は冒険中は本当に真摯ですから……」

 

「そうですよね。ご主人様って、冒険中は頼れる熟練冒険者って雰囲気がバリバリで、スケベ心も、女関連のだらしなさもなくて、ただの凛々しい美少女でしかなくて……」

 

「そう言われるとムカついてきたわ。あなた欠点なさすぎて嫌味だから、冒険中もエロ本でも読んでなさいよ」

 

 なんで。どうして。

 あなたは理不尽な文句に目を白黒させた。

 

 

 

 全員が服を着替え、汗を拭く間、あなたは火の支度をしていた。

 あなたはほとんど汗を掻いていなかったので着替えが不要だったのだ。

 

 洞窟内では盛大に火を焚くのは少し危ない。

 完全に風を遮断したわけではないので、そう危なくはないかもだが。

 一応の用心として、あなたは炭に着火して火の支度をした。

 

 炭火に対し、鍋をかける。

 中身は以前も提供したコーンクリームシチューだ。

 今日は屋敷で焼いて来てもらったパンも用意してある。

 錬金術で作ったパンはこの3年でもう品切れだ。

 べつにまた作ればいいが、めんどいので作ってもらった。

 

「あら、おいしそうね」

 

 あなたは大型のティープレスで用意した紅茶もカップに注ぐ。

 砂糖もジャムもあるので、好きなように飲んで欲しい。

 

 体を冷やさないように着替えても、やはり少しは冷える。

 ならば、外部から熱を補給し、内部から熱を生み出す活力の補給が必要だ。

 1度戦闘をしたら、1度休憩をする。それくらいの気分でいた方が安全だろう。

 

 あなたたちは雪風で冷えた体を温めるべく、暖かいシチューに舌鼓を打った。

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