あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 フィリアを背負っての町への移動はさほど苦労はしなかった。

 まぁ、身体能力に不足することのないあなただ。それは当然とも言える。

 

 治療院にまでフィリアを担ぎ込み、4層『氷河山』で倒れたと説明。

 すると、すぐさま高山病と診断が下された。

 山酔いのことを高山病と言うらしい。

 

 幸い、治療さえできれば予後は良好とのこと。

 まぁ、その治療と言うのが、魔法による治療なのだが。

 

「魔法以外での治療は不可能、ね……フィリア当人が高山病で倒れちゃったら、払うしかないわよね」

 

 フィリアなら治療もできるだろうが。

 そのフィリアが倒れて意識不明の重態なのだ。

 あなたたちはチームの運営資金から渋々教会への布施を払い、神官に回復魔法の施しを願うしかなかった。

 あなたの魔法で治療も可能な気はしたのだが……。

 いちおう実力制限中なので、ここは素直に払うことにしたのだ。

 

「あれ……私……」

 

 回復魔法の効果はてき面で、たちまちフィリアの意識が回復した。

 周囲を見渡して、そこが町中だということに気付いたようだ。

 

「私、いったい……?」

 

「あなたは高山病で倒れられたのですよ。高山病はご存知でしたかな?」

 

 布施を払って呼び付けた神官がそのように説明してくれた。

 同時に、高山病の対処方法と、ならない方法についても詳しく説明してくれた。

 1日あたり500メートルの上昇制限が確実とか、有益な情報が多かった。

 この情報だけでも布施を払った価値がありそうだった。

 

「4層を探索できる冒険者の存在は、このソーラスの町において重大な価値があります。どうか、ご自愛なさってください」

 

「あ、ありがとうございます、神官様。えっと、高山病? の治療と言うのは、いずれの奇跡で行うのですか?」

 

「高山病は『病気治療』が効きますよ。ただ、環境による病ですからな……現地ではすぐさま再発症することが多いのです。下山が最良の施療となります」

 

「毎日500メートルの上昇での順応が必要と言うことですか……」

 

 フィリアが難しい顔をする。

 軽く1週間はかけないと登れないということになる。

 食糧問題はどうにでもなるが、凍傷問題が顕著化しそうだ。

 

 なにより、ああした低温環境は精神を苛みがちである。

 あなたは慣れっこなので平気だが、サシャやレイン、フィリアの精神状態が健全に保てるかは……。

 

「ところで、見たところ神ザインに信仰を捧げた方と見受けられますが……死者蘇生は可能ではありませんか?」

 

「え? はい。可能ですが……」

 

「可能であればですが、その奇跡の力を我々にお貸し願えませんか? 我らの力が及ばぬ時、どうか助力を」

 

「ああ、なるほど。魔力に余裕があればですが、私としてもザイン様の代行者となりて奇跡を振る舞うことに否はありません」

 

 考えていたところ、なにやら妙な契約みたいなものが始まっていた。

 どうも、死者蘇生の委託契約かなにかのようだが。

 この大陸の聖職者のコミュニティはよく分からないが、口を挟むつもりもない。

 フィリアがよいのであれば、それでいいだろう。

 

 

 

 しばらく容態を見る必要があるとのことで、フィリアは入院となった。

 事前に入院費用を支払って、フィリアに体を労わるように言って退出。

 治療院にいつまでも屯っていては迷惑だろうし、しょうがない。

 治療院を辞して、とりあえずあなたたちが取っている宿に戻り。

 

 あなたたちはにわかに出来た空白期間を前に戸惑った。

 

「どうしましょう?」

 

「えっと……私、とりあえずお風呂入りたいです」

 

「そうね。『水晶の輝き』にいきましょう」

 

 そう言うことになった。

 

 冒険から帰った直後なので、着替え類のストックはある。

 そのままアミューズメントパーク『水晶の輝き』へと直行。

 レインが軽く酒を1杯引っかけ、サシャが適当な軽食をサッと食べ、そのまま流れるように浴場へ。

 

「はぁー……」

 

「ぎ、ぎもぢぃ……」

 

 熱いくらいのお湯が恐ろしく心地よい。

 『氷河山』から下りて来て、まだ1時間と経っていない。

 寒冷地に適応しだしていた感覚が、急激に暖かさに引き戻されていく。

 

「はぁ……高山病かぁ。怖いですね……まさか、山に登るだけでなる病気があるなんて……」

 

「そうね。逆もあるのかしら? 低いところに行ったらなる病気」

 

「地面より下って、地下ってことですか?」

 

 あなたは水中ならあることはあると答えた。

 深い水底では水の重みがかかるため、体が押し潰される。

 まぁ、それこそ水深数百メートルまでいかないと起きないが。

 

「怖いわね……」

 

 海棲種族との戦闘で怖いのはそう言うところだ。

 水中に急激に引きずり込まれると、まず助からない。

 逆に、水中から急激に引き上げられても助からない。

 シャンパンの栓を一気に抜いたような酷い有様になることがある。

 

「しゃ、シャンパンの栓……? それっていったいどういう……」

 

「やめて、聞きたくないわ。おえ……」

 

 なんとなく理解したらしいレインが気持ち悪そうにしている。

 あなたは愉快な話ではないので聞かない方がいいとサシャに断った。

 

「そ、そうですね……えっと、高山病の話ですが……ゆっくり登ればいいんですよね?」

 

「らしいわね。毎日500メートル……どうやって測ればいいのかしら?」

 

 まぁ、そこらへんはあまり正確には測れないが。

 体に不調が出ないように、ゆっくりとやるしかないのではないだろうか。

 不調が出たら降りて、それが解消されるのを待つしかない。

 

「うーん、気長な話になるわね……高い山に適応する技とかないのかしら?」

 

 そのゆっくり登る方法が適応する技だと思われる。

 他にあるとしたら、高山病の原因は酸素不足が原因と聞いたことがある。

 そのため、もしかしたら『水中呼吸』の呪文が効く……かも?

 呼んだ神官がそのあたりに言及していなかったあたり、効果がない気もする。

 

「たしかに酸素不足ならそれが効きそうだけど……」

 

「次に挑む時は試してみましょう。それが効くなら楽ですしね」

 

「フィリアが退院次第、再挑戦かしら?」

 

 あなたは首を振った。退院したら、少し慣らしに出る。

 フィリアは強制的に安静にさせられているので、少し鈍っているはずだ。

 衰えるほどではなくとも、急に動くと体を痛めることもある。

 

「たしかに、休暇明けでいきなり動くと体を痛めることありますもんね」

 

「そう言うものなの? その辺りの感覚はちょっとわかりかねるし、任せるわ」

 

「ところで、入院期間ってどれくらいなんでしょう?」

 

 さぁ……?

 あそこまで重症化した高山病が治癒したところを見たことがない。

 加えて魔法による治療までしている。

 退院と言うか、動き始めていいラインが全然分からない。

 

「明日お見舞いに行って、ついでに聞いてきましょう」

 

「そうね。フィリアの着替えとか持って行ってあげないとだし、汚れ物を受け取って洗ってもあげないとね」

 

「入院中ヒマでしょうから、なにかヒマつぶしになるもの……あ、治療院のご飯ってどうなんでしょう?」

 

「味はともかく、量が微妙そうな気配はするわね……」

 

 冒険者と言うのは総じて大食漢だ。

 肉体を維持するのには食事が必要だからしょうがない。

 そして、フィリアは大柄な体格に見合った食事を必要としている。

 標準的な量しか出してもらえない場合、飢えること間違いなしだ。

 まぁ、気合で我慢しそうな気はするが、肉体が衰えるので……。

 

「フィリアには『四次元ポケット』もあることだし、なにかおいしいものも持って行ってあげましょうか」

 

「そうですね。屋台の食べ物とかも色々買い込んでみてもいいですね」

 

 あなたはフィリアの好きな料理を作ることを決めた。

 フィリアは内臓系の料理が大好物でよく食べている。

 ブラッドソーセージや、内臓肉の詰め物料理、シンプルに内臓肉の炒め物など。

 

 内臓肉は栄養価が高い割に、かなり安価に手に入る食材でもある。

 そう言う意味では、冒険者のお口の友にはピッタリなのかもしれない。

 

「あー……フィリアって豚のファルス好きなのよね……ちょっとアレはどうかと思う」

 

「結構おいしいですけどね……?」

 

 ファルスとは詰め物料理のことだ。

 大体どこの土地でも存在する料理だ。

 豚肉を使ったものとなると、こちらではキザムと呼ばれる豚肉の内臓煮込み胃袋詰めのことだと思われる。

 

 消化管類のほか、肝臓や腎臓、肺、心臓と言った肉を使う。

 脂の強いものは茹でこぼし、臭み消しを施してからミンチに。

 それから香味野菜やハーブ、スパイスで味付けと臭み消し。

 その後に胃袋に詰めて、数時間ほど茹でる。これでキザムの完成だ。

 

 内臓肉の滋味あふれる味わいと、胃のコリコリとした食感が楽しい。

 クセもあるし、塩気も強いので、マッシュポテトなどといっしょにいただく。

 クセを消すために、ハーブソースをかけたりすることもある。

 

「キザムですか。いいですね。でも、キザムにするなら屠畜してから3時間以内の内臓を使うのが最高ですよ」

 

 なんかサシャがしれっと難易度の高いことを言い出した。

 そんなの屠殺場のすぐ隣に肉屋でもない限り買えないのでは?

 

「はい。屠殺場の隣の肉屋で買えばいいと思いますよ。狙い目は昼前です」

 

 なるほど、養豚が盛んなスルラの町の住人らしいというか。

 冗談抜きで屠殺場のすぐ隣に肉屋があるらしい。

 

「スペースに余裕があるなら、生きてる豚を買って自分で解体するのが一番ですけどね。生きてる豚を買えば、ブラッドソーセージも新鮮なのが作れますし!」

 

 などとじつに楽しそうに語るサシャ。

 やはり、サディストだから豚を料理するのが好きなのだろうか。

 まぁ、サシャがお勧めするなら生きた豚を買って来よう。

 そして、それをそのまま処理し、キザムやブラッドソーセージを作ろう。

 

 そう言えばサメ対策に買った豚はまだ処理していない。

 あれは内臓を抜いた枝肉の状態なので、食肉処理して食べないといけない。

 

「調理する場所ってありますかね?」

 

「まぁ、王都に1度帰って、庭でやればいいんじゃない?」

 

 屋敷の庭園で豚を殺して捌くのはちょっとどうかと思う。

 いや、あなたはべつにそんなに気にしないのだが。

 女性使用人が多いので、嫌がる使用人がかなり多そうというか。

 

「うーん……やっぱり、どこかの野外でやるしかないでしょうか?」

 

「ソーラスの外でシカを捌いたこともあったし、水場さえあればなんとかなりそうね」

 

 この大陸では水場に困ることはそうない。

 そのため、捌く場所にはそう難儀しないだろう。

 とは言え、叶うことなら町中でやりたいのはたしかだ。

 野外だと野生動物とかを警戒する必要があって面倒だ。

 

 ひとまず、風呂から上がったら豚を買いに行こう。

 まるまると太って、美味しそうなやつを1匹ほど。

 

 

 

 風呂から上がって、あなたたちは『引き上げ』でスルラに転移した。

 そして、サシャの紹介で養豚業者のところへ。

 見知った相手だったらしく、業者はサシャに驚いていた。

 

 かつてのサシャはそう裕福でない生活だったという。

 それがあからさまに金持ってるオーラを放っているのだ。

 手入れの行き届いた肌に髪、明らかに高給そうな服、高品質そうな装身具。

 挙句の果てに、明らかに重そうな財布から金貨を出して払う姿。

 劇的な変化過ぎて、驚かない方が不思議だろう。

 

 よっぽどいい旦那を見つけたと思われたのだろうか。

 子供はもうできたの? と言われたサシャの機嫌がどん底に落ちた時は肝が冷えた。

 

「はぁ~……子供かぁ……」

 

「まぁまぁ……いつか、あの、ほら……その、なんか出来るわよ。なんか、あれ」

 

「レインさんの慰めが驚くほどフワッとしてるんですけど」

 

「ごめんなさいね、中身ゼロの慰めしかできなくて。貴族社会の闇を見てたら子供なんか欲しいと思わなくなるわよ」

 

「み、見たくない……!」

 

 そんな会話をしながら、ソーラスの町中を歩いている。

 スルラの町の外でやってもよかったのだが。

 べつにソーラスでやっていけないわけでもないし。

 市場で香味野菜やハーブにスパイスを買って、町の外で作ろうということになっている。

 

 市場でアレコレ購入し、ついでに軽食類を買ったり、酒を買ったり。

 そんなことをしていると、あなたはバッタリとセリナに遭遇した。

 あなたの内功の師匠であり、ベッドでのエロいコーチングをしてくれる約束をしているセリナだ。

 

「なんだ、すごい大荷物だな。なんだその豚は?」

 

 セリナはあなたが担いでいる豚に視線が釘付けだった。

 まぁ、生きた豚の手足を縛って担いでいたら、誰だって注目もするだろう。

 あなたはこれからこいつを捌いて、新鮮な内臓肉料理を作るのだと教えてやった。

 

「ほう、内臓料理ね。たしかに新鮮な内臓の方がいいからな。にしても生きてる豚とは」

 

「あなたはたしか、セリナだったかしら? 仲間のフィリアが入院中でね。そのお見舞いに、キザムを作ろうってね」

 

「キザム? ああ、ハギスの豚バージョンみたいなやつか……それをお見舞いに……?」

 

 なぜか戦慄するセリナ。何か問題だったろうか?

 フィリアの大好物だし、内臓肉は栄養満点。

 養生のためにはピッタリだと思うのだが。

 

「た、たしかにそうかもしれんが……文化の違いというやつかな……まぁ、いい」

 

 なにやら振り切るような仕草をするセリナ。

 気を取り直したような表情をした後、吊るされている豚を見やる。

 

「ふむ、内臓料理か……ルージューフォシャオが食べたくなってきたな」

 

 ルージューフォシャオ?

 

「何種類かの内臓肉をルースイと言う調味液で煮込む内臓料理でな。よく師匠が作ってくれた……」

 

 などと思い返すように遠い目をするセリナ。

 以前話していた、スーニャンなるセリナの師匠のことだろうか。

 美女とのことなので、いつか会ってみたいものだ。

 

「……うん、話していたら完全にそのクチになって来た。たまには自炊するか。豚を買って来る。じゃあな」

 

 ふらりと立ち去ろうとしたセリナを引き留める。

 あなたはキザムもいいが、そのルージューフォシャオと言うのが気になった。

 食べたことのない料理ならば、食べてみたいではないか。

 あと、セリナの手料理が食べれそうなので食べてみたい。

 

「なに? その豚で作れと? 買う手間と金が省けるのはありがたいが、なんでだ?」

 

 キザムなら間違いはないが、面白みはない。

 そこで、フィリアの見たことも食べたこともない料理は驚きもあってよい。

 ダメならダメで、キザムは探せば売っている店くらいある。

 そこで買ってきて差し入れればいいのだし。

 

「なるほど。おまえは材料を提供し、私は知識と技術を提供するわけか。素人の手慰みだぞ?」

 

 べつに構わない。

 問題なのは味ではなく、誰が作ったかだ。

 あなたは属人的な情報だけで飯が食える。

 

「それはそれで侮辱的な気もするが……まぁいいか。ただ飯食えるならそれで。じゃあ、行くか」

 

 そう言って歩き出すセリナ。

 どこに行くのだろう?

 

「私の家だ。そこならキッチンもあるからな」

 

 なるほど、訪問デート。

 いずれ来る、エッチな個人授業の時に初訪問と言うのもよかったが。

 事前に勝手を知っておくのも悪くなさそうだ。

 あなたはそんな目論見を抱きながら、セリナの後に続いた。

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